説明

透過型電子顕微鏡による磁性体の観察方法および装置

【目的】電子ビームが磁性体薄膜を透過するときに受けるローレンツ力による偏向から、この薄膜の磁気的特性を求めるローレンツ顕微鏡において、像回転や倍率変化を起こすことなく、デフォーカス距離(焦点のずれ距離)を変化させることのできる装置、及びそれを使った観察方法を提供する。
【構成】電子ビーム1が通過する孔を中央部に有する試料ホルダ4の内部に磁性薄膜試料を保持し、この試料ホルダ4をその外面側の3個所で電子ビーム1と垂直な方向に加圧支持する積層型圧電素子2と、試料ホルダ4をその下面側の3個所で電子ビーム1と平行な方向に移動可能に支持するバイモルフ型圧電素子3と、これらの圧電素子にそれぞれ別個に調節可能な電圧を印加する印加電圧制御手段とを設けて、試料ホルダ4を電子ビーム1と平行方向に移動させることによりデフォーカス距離を設定する構成とする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、透過型電子顕微鏡による磁性体の観察方法及び装置に係り、特に、磁性体薄膜に焦点をずらした電子ビームを照射し、この電子ビームが磁性体薄膜を透過するときに受けるローレンツ力による偏向(まがり)から、磁性体試料の磁化情報を得る、いわゆる、デフォーカス方式のローレンツ顕微鏡法による磁性体の観察方法及び装置に関する。
【0002】
【従来の技術】ローレンツ顕微鏡法は、電子ビームが磁性体薄膜を透過するときに被るローレンツ力による偏向から、この薄膜の磁気的特性を調べる方法である。ローレンツ顕微鏡法は、他の磁気的特性の計測手段に比べて、高い分解能が得られるという特長を持っている。
【0003】ローレンツ顕微鏡法のうち、デフォーカス法と呼ばれる方法は、通常の透過電子顕微鏡(TEM)にわずかな修正や測定法の工夫を加えるだけで、磁性体薄膜内部の磁壁(磁化の向きが急激に変化する部分)や磁化リップル(磁化の揺らぎ)の構造を調べることを可能にする、磁性材料の有力な分析方法である。デフォーカス法では、試料面から電子ビームの焦点をずらすことにより、ローレンツ偏向に起因する磁場コントラストを観察する。試料面と焦点位置との間の距離(ずれ距離)が変わると得られる像は変化し、その変化の仕方から、様々な情報が得られる。
【0004】従来、焦点位置をずらすには、ジャパニーズ ジャーナル オブ アプライドフィジックス、“鉄単結晶薄膜中の非対称180度ブロッホ壁”第17巻、141〜148頁、1978年(Japanese Journal of Applied Physics, “Asymmetric 180°Bloch Walls in Fe Single CrystalFilms" Vol.17, pp141〜148, 1978)に示されているように、対物レンズ(磁場レンズ)に流す電流を変えて、そのレンズ作用の大きさ(焦点距離)を変化させていた。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかし、磁場レンズは一般にレンズ内で電子の軌跡が回転するために、上のような方法でデフォーカス距離を変化させると、像が回転してしまうという問題があった。さらに上記方法では、デフォーカス距離を変えるのにレンズの焦点距離を変更することが必須なため、各デフォーカス距離で得られた像において、倍率が異なるという問題もあった。このため、連続的にデフォーカス距離を変化させつつ、同一場所を観察するのは困難であった。
【0006】本発明の目的は、像回転や倍率変化を起こすことなく、デフォーカス距離を変化させることの出来る試料台移動機構、及び電子顕微鏡装置、さらにそれを使った観察方法を提供することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明の請求項1においては、磁性体薄膜試料に焦点をずらした電子ビームを照射し、試料を透過するときに受けるローレンツ力による電子ビームの偏向を検知して試料の磁気的特性を調べる透過型電子顕微鏡において、焦点の試料面からのずれ距離を、試料を保持している試料ホルダを電子ビームと平行な方向に移動させることにより設定する磁性体の観察方法とする。
【0008】また、本発明の請求項2においては、磁性体薄膜試料に焦点をずらした電子ビームを照射し、試料を透過するときに受けるローレンツ力による電子ビームの偏向を検知して試料の磁気的特性を調べる透過型電子顕微鏡において、電子ビームが通過する孔を中央部に有する試料ホルダと、この試料ホルダをその外面側の複数個所において電子ビームと垂直な方向に加圧力調節可能に加圧支持する第1の支持手段と、上記試料ホルダをその下面側の複数個所において電子ビームと平行な方向に移動調節可能に支持する第2の支持手段と、上記第1の支持手段による加圧力調節と第2の支持手段による移動調節をそれぞれ複数の支持個所ごとに別個に制御する制御手段とを備えた透過型電子顕微鏡による磁性体観察装置とする。
【0009】さらに、本発明の請求項3においては、請求項2における前記第1の支持手段は、前記複数個所にそれぞれ配設された圧電素子より成る第1の圧電素子群であり、前記第2の支持手段は、前記複数個所にそれぞれ配設された圧電素子より成る第2の圧電素子群であり、前記制御手段は、上記第1及び第2の圧電素子群内の各圧電素子にそれぞれ別個に調節可能な電圧を印加する印加電圧制御手段である構成とする。
【0010】即ち、請求項3によれば、電子ビームと平行な方向への試料ホルダの移動、及び電子ビームと垂直な方向への試料ホルダの移動がそれぞれ独立な圧電素子により行われ、それぞれの圧電素子に印加する電圧により試料の位置を制御する試料移動機構を備えた透過型電子顕微鏡による磁性体観察装置が提供される。
【0011】
【作用】本発明によれば、試料台が電子ビームと平行な方向に移動可能となるので、対物レンズを含めて全てのレンズ系に流す電流は一定のまま、デフォーカス量を連続的に変えられる。また、本発明では、試料の位置制御を圧電素子により高い精度と再現性で行えるので、同一場所を異なったデフォーカス距離で観察できる。
【0012】
【実施例】以下、本発明を実施例に従って説明する。図1R>1は、本発明による電子顕微鏡の試料台の一実施例の説明図で(a)は上面図、(b)はそのX−X′断面図である。電子顕微鏡全体の構成は本図では省略してある。図1において、レンズ磁界が磁性材料の内部磁化に影響を与えない位置に設置された試料ホルダ4は、3つのバイモルフ型圧電素子3により垂直方向に支えられ、さらに、3つの積層型圧電素子2により横方向に押さえられている。試料ホルダ4の中央部にあけられた孔の部分を通って、試料ホルダ4の内部に保持された磁性材料中を電子ビーム1が通過し、下方の検出器によって像が観測される。試料ホルダ4の電子ビーム1との平行な方向への移動は、つぎの手順によって行われる。
【0013】まず、積層型圧電素子2にそれが縮むように電圧をかける。この状態でバイモルフ型圧電素子3に電圧をかけ、焦点をずらしたい方向へ圧電素子を曲げ、試料ホルダ4を移動させる。最後に、再び積層型圧電素子2に試料ホルダ4を押さえつける方向に電圧をかける。この一連の動作により、バイモルフ型圧電素子3の稼働距離範囲内で、焦点ずれ距離の設定が可能となる。ただし、各圧電素子にはわずかな特性のバラツキがあり、また、試料台と電子ビーム1の方向も必ずしも垂直ではない。したがって、あらかじめ各素子の電圧に対する移動量を測定し、電子ビーム1に平行に試料が移動するように、各素子にかける電圧を設定しておく必要がある。このようにあらかじめ電圧を設定することにより、同一場所を、像回転することなく、焦点のずれ距離を変化させることが出来る。
【0014】本実施例では、バイモルフ型圧電素子3及び積層型圧電素子2はそれぞれ3つで1組となっているが、3つ以上で1組としてもよい。本実施例では、電子ビーム1と平行な方向への移動に、バイモルフ型圧電素子3を使ったが、移動距離が短くてよいときには積層型圧電素子を使ってもよい。
【0015】図2は、本発明により収束磁壁像(磁壁の両側を透過した電子ビームが、互いに重なりあうことによってできる像)を観察したとき得られる、電子ビームの強度分布を原理的に示した図である。磁性薄膜5を通過した電子ビーム1は、磁性体中の磁化のローレンツ力により、数1に示される角度θだけ曲げられる。
【0016】
【数1】


【0017】ここで、Mは磁化の大きさ、tは試料の厚さ、mは電子の質量、eは素電荷、Uは電子の加速電圧である。位置Aでは、磁壁内を通過した電子ビームと磁性薄膜5の磁化Mにより角度θだけ曲げられた電子ビームが、磁壁像のエッヂの部分のみで重なりあう。位置Bでは磁壁像の全ての点で電子ビームが2重に重なる。さらに位置Cでは、磁化により曲げられた電子ビーム同士も重なりあい、磁壁像の中央部分で3重に重なる部分ができる。位置Dでは、磁壁像の全ての点で電子ビームは3重に重なる。ここまでは、観察される磁壁像の幅Wは磁壁の幅に一致していたが、位置Eでは、電子ビームの重なる幅は広がり、磁壁の幅以上の磁壁像が得られる。この図2より明らかなように、位置Cのとき最もコントラストが高く磁壁像を観察できる。
【0018】図3に、デフォーカス距離の変化により観測される収束磁壁像の幅の理論曲線7と、実験で測定したデータ点8のプロットを示す。この図3より、磁化により電子ビームが曲げられた角度θが分かり、この角度θを使って数1より磁壁に平行な方向の磁化の大きさMが決定できる。また、図2の位置Bのデフォーカス距離Zと角度θから、数2により磁壁の幅Wを得ることができる。
【0019】
【数2】


【0020】また、図3のグラフにおいて、収束磁壁像の幅がデフォーカス距離と共に増加する部分の変化を、デフォーカス距離θに外挿することによっても、磁壁の幅Wを読み取ることが可能である。さらに、図3のグラフにおいて、収束磁壁像の幅がデフォーカス距離によって変化しないとき、その収束磁壁像の幅はそのまま磁壁の幅Wである。
【0021】このような観察が可能となったのは、像回転を起こすことなく、またレンズの倍率も変えることなく、同一場所を観察できるようになったためであることは言うまでもない。本実施例では、収束磁壁像の観察について述べたが、発散磁壁像、磁化リップル像の観察においても同様である。
【0022】
【発明の効果】以上の説明のように、本発明によればデフォーカス距離を変えても像回転を起こさず、レンズの倍率も変化させずに、同一場所の観察が行える。また、磁化の大きさ、磁壁の厚さの情報が得られる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明による試料移動機構の一実施例を示す(a)は上面図、(b)はそのX−X′断面図。
【図2】磁性薄膜に電子ビームを照射したときに得られる、電子ビームの重なりを示す図。
【図3】デフォーカス距離と収束磁壁像の幅との関係を求めた実験結果を示す図。
【符号の説明】
1…電子ビーム 2…積層型圧電素子
3…バイモルフ型圧電素子 4…試料ホルダ
5…磁性薄膜 6…磁壁
7…理論線 8…データ点
9…外挿線

【特許請求の範囲】
【請求項1】磁性体薄膜試料に焦点をずらした電子ビームを照射し、試料を透過するときに受けるローレンツ力による電子ビームの偏向を検知して試料の磁気的特性を調べる透過型電子顕微鏡において、焦点の試料面からのずれ距離を、試料を保持している試料ホルダを電子ビームと平行な方向に移動させることにより設定することを特徴とする透過型電子顕微鏡による磁性体の観察方法。
【請求項2】磁性体薄膜試料に焦点をずらした電子ビームを照射し、試料を透過するときに受けるローレンツ力による電子ビームの偏向を検知して試料の磁気的特性を調べる透過型電子顕微鏡において、電子ビームが通過する孔を中央部に有する試料ホルダと、この試料ホルダをその外面側の複数個所において電子ビームと垂直な方向に加圧力調節可能に加圧支持する第1の支持手段と、上記試料ホルダをその下面側の複数個所において電子ビームと平行な方向に移動調節可能に支持する第2の支持手段と、上記第1の支持手段による加圧力調節と第2の支持手段による移動調節をそれぞれ複数の支持個所ごとに別個に制御する制御手段とを備えたことを特徴とする透過型電子顕微鏡による磁性体観察装置。
【請求項3】請求項2における前記第1の支持手段は、前記複数個所にそれぞれ配設された圧電素子より成る第1の圧電素子群であり、前記第2の支持手段は、前記複数個所にそれぞれ配設された圧電素子より成る第2の圧電素子群であり、前記制御手段は、上記第1及び第2の圧電素子群内の各圧電素子にそれぞれ別個に調節可能な電圧を印加する印加電圧制御手段であることを特徴とする透過型電子顕微鏡による磁性体観察装置。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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