説明

透過型電子顕微鏡用試料の調製方法

【課題】様々な形状の飲食品について組織構造を変化させずに、透過型電子顕微鏡用試料を調製する方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、液状またはゲル状食品を、急速凍結後に凍結置換することを含む、前記食品の透過型電子顕微鏡用試料の調製方法に関する。また、本発明は、前記方法により調製した試料を、透過型電子顕微鏡を用いて観察することを含む、液状またはゲル状食品の組織構造の評価方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透過型電子顕微鏡用試料の調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透過型電子顕微鏡を用いて、食品の組織構造を観察する方法が、いくつか提案されているが(非特許文献1、非特許文献2、非引用文献3)、これらの方法では、固形状であるアイスクリームをナイフで切り取ること、または粘度の高い半固形状であるホイップクリームを三角形のフィルターの先端に付着させることにより、少量の試料を調製するため、流動性が高い液状食品や組織構造が容易に崩れるゲル状の試料の調製に適用できるものではなかった。また、液状食品について例えば、透過型電子顕微鏡を用いて、牛乳中のカゼインミセルを観察する方法が提案されているが(非特許文献4)、この方法では、牛乳の試料を調製する際に、牛乳を希釈するため、実際の牛乳の組織構造そのものを観察できるものではなかった。
【0003】
ゲル状であるヨーグルトの組織構造を観察する方法も提案されているが(非特許文献5)、この方法における化学固定では、試料の固定時に水溶性物質が流出することで組織構造が変化するため、実際の試料の組織構造を正確に観察することは困難であった。
【0004】
また、透過型電子顕微鏡を用いて、酵母の細胞内構造を観察する方法において、急速凍結および凍結置換を用いた試料の調製方法が提案されている(非特許文献6および非特許文献7)。しかし、これらの方法では、酵母の個々の細胞内構造の観察を目的としたものであり、酵母培養液などの酵母溶液の濃縮のために遠心処理を伴うことから、液状食品の試料の調製に適用しようとすると、液状食品の濃度や組織構造が変化するため、実際の試料の組織構造を正確に観察することは困難であった。
このように液状食品やゲル状食品に対し、透過型電子顕微鏡を用いて、その組織構造を正確に観察する十分に満足できる手段(試料の調製方法)は、いまだ開発されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】International Dairy Journal, Vol.9, P. 817〜829(1999) 「A study of fat and air structures in ice cream」, H.D.Goff, A.K.Smith
【非特許文献2】Journal of Microscopy, Vol.213, Pt 1, P. 63〜69(January 2004) 「Freeze-sucstitution and low-temperature embedding of dairy products for transmission electron microscopy」, A.K.Smith, H.D.Goff
【非特許文献3】Food Research International, Vol.33, P. 697〜706(2000) 「Changes in protein and fat structure in whipped cream caused by heat treatment and addition of stabilizer to the cream」, A.K.Smith, H.D.Goff
【非特許文献4】蛋白質核酸酵素 1989-09, 34, 11巻号, P. 1359?1369 (1989) 「カゼインの電子顕微鏡像」, 木村 利昭・種谷 真一
【非特許文献5】Journal of the Society of Dairy Technology, Vol 49, No 1, P. 1〜10 (February 1996) 「The effect of starch based fat substitutes on the microstructure of set-style yogurt made from reconstituted skimmed milk powder」, A Y Tamime, E Barrantes and A M Sword
【非特許文献6】顕微鏡 Vol.45, No.4, P. 212〜217(2010) 「凍結置換法と連続切片法による酵母のストラクトーム解析」, 山口正規
【非特許文献7】Methods in Enzymology, Vol.451, P. 133〜149(2008) 「Electron Microscopy In Yeast」, Mizue Baba
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の目的は、液状食品およびゲル状食品を含めて、様々な飲食品について、全体の組織構造を変化させない、透過型電子顕微鏡用試料の調製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意研究を重ねる中で、急速凍結法・凍結置換法が、あらゆる形状の飲食品に適用できることを見出し、さらに研究を進めた結果、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の透過型電子顕微鏡用試料の調製方法、当該試料を用いた、透過型電子顕微鏡による試料の観察方法、および透過型電子顕微鏡による観察を利用した試料の評価方法に関する。
【0009】
[1] 液状またはゲル状食品を、急速凍結後に凍結置換することを含む、前記食品の透過型電子顕微鏡用試料の調製方法。
[2] 液状またはゲル状食品を試料支持台の上に載置させて急速凍結させることを含む、[1]に記載の方法。
[3] 試料支持台から5〜10μmの位置の試料を切り取ることを含む、[2]に記載の方法。
[4] 水を含む固定液を用いて凍結置換させることを含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
【0010】
[5] [1]〜[4]のいずれかに記載の方法により調製した試料を、透過型電子顕微鏡を用いて観察することを含む、液状またはゲル状食品の組織構造の評価方法。
[6] 液状またはゲル状食品の保存安定性を評価する、[5]に記載の方法。
[7] [6]に記載の方法により、保存安定性が高いと評価された液状またはゲル状食品。
[8] タンパク質粒子の大きさが500nm以下である、少なくとも1kcal/mlの高濃度流動食。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、試料の調製が困難であった液状食品およびゲル状食品を含めて、様々な形状の飲食品について、その組織構造を維持した状態で、透過型電子顕微鏡用試料の調製が可能となる。さらに、飲食品本来の組織構造を観察することができるため、飲食品の微細構造を理解することにより、飲食品の保存安定性や、テクスチャなどの評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】化学固定法により試料を調製した、セットタイプヨーグルトの透過型電子顕微鏡写真である。
【図2】急速凍結・凍結置換法により試料を調製した、セットタイプヨーグルトの透過型電子顕微鏡写真である。
【図3】寒天の固定および化学固定法により試料を調製した、牛乳の透過型電子顕微鏡写真である。
【図4】急速凍結・凍結置換法により試料を調製した、牛乳の透過型電子顕微鏡写真である。
【図5】タンパク質吸着法により試料を調製した、流動食(栄養組成物)の透過型電子顕微鏡写真である。
【図6】急速凍結・凍結置換法により試料を調製した、流動食の透過型電子顕微鏡写真である。
【図7】急速凍結・凍結置換法により試料を調製した、流動食の透過型電子顕微鏡写真である。
【図8】急速凍結・凍結置換法により試料を調製した、流動食の透過型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において「液状食品」とは、溶液、エマルション、コロイドなどの液状の飲料・食品を意味し、例えば、果汁、牛乳、加工乳、クリーム、植物性クリーム、乳飲料、ドリンクヨーグルト、乳酸菌飲料、栄養成分や機能性成分を含んだ健康飲料、流動食、スープ、ソース、マヨネーズ、ドレッシングなどである。
【0014】
本発明において、「ゲル状食品」とは、熱や酸によるタンパク質の変性、および/または、ゲル化剤の作用により、ゲル化・固化した食品を意味し、例えば、ヨーグルト;プリン、ムース、ババロア、ゼリー、杏仁豆腐、水羊羹などの生菓子;寒天;豆腐;蒟蒻;ゲル状・ゼリー状の栄養補助食品などである。
【0015】
本発明にかかる透過型電子顕微鏡用試料の調製方法は、急速凍結および凍結置換すること以外、一般的な方法を用いてよい。典型的には、固定液で置換した後に、脱水工程、樹脂包埋工程、超薄切片の作製工程などを行う。また、飲食品本来の組織構造を観察するために、従来の方法で用いられる、試料の希釈・濃縮、分離・精製などの工程を含まないことが好ましい。
【0016】
「急速凍結」とは、液体プロパン、スラッシュ窒素、液体エタンなどに、試料を投入する方法、液体プロパン、液体窒素などで冷却した金属に、試料を付着する方法などをいう。より短時間で試料を凍結する観点から、−150℃以下に冷却した液体プロパン中に試料を投入する方法が好ましい。
急速凍結では、一般的には、最大氷結晶生成帯である−1〜−5℃を通過するために費やす時間が30分以内、あるいは飲食品の氷結前線が1時間に表面から内部へ進む距離により凍結界面前進速度Vを表し、V=5〜20cm/hの場合が処理条件に設定されている。一方、電子顕微鏡観察における「急速凍結」では、微細構造の観察の障害にならないよう、氷結晶のサイズを10nm以下に抑えることが好ましいと考えられており、この凍結状態を得るには、−3〜−80℃の温度帯を短時間で通り抜けること、具体的には、10 ℃/sec以上の冷却速度が必要とされている(参考図書:「よくわかる電子顕微鏡技術」、P.137、平野寛・宮澤七郎、朝倉書店)。
【0017】
液体プロパン、スラッシュ窒素、液体エタンなどに試料を投入する方法により、試料を急速凍結する場合には、より短時間で試料を凍結する観点から、熱伝導率の高い材質(素材)からなる試料支持台上により、試料を挟んだ状態で行うことが好ましい。本発明において「試料支持台」とは、平坦な表面を有するディスクである。
試料支持台を用いる場合には、熱伝導率の高い材質からなるものであれば、特に限定されないが、例えば、銅、銀、カーボンナノチューブなどの材質が好ましい。また、試料支持台の寸法に関しては、実際に取り扱いやすいことや、より短時間で試料を凍結する観点から、その厚みとして25μm以下の範囲が好ましく、その面積として10mm以下の範囲が好ましい。
【0018】
試料が液状食品である場合、そして、特に粘度が低く、流動性が高い液状食品である場合には、食品本来の組織構造が崩れることを抑えながら冷却効率を高め、より短時間で試料(液状食品)を凍結すると共に、試料の厚みや液量を所定値以上で確保する観点から、1枚の試料支持台(第1の試料台)上に、適量の試料を載せてから、複数の微細孔の有る(メッシュ状の)グリッドを載せ、その上に、もう1枚の試料支持台(第2の試料台)を軽く載せて、急速凍結することが好ましい。つまり、試料が液状食品である場合、試料の厚みや液量を所定値以上で確保する観点から、2枚の試料支持台(第1の試料台と第2の試料台)の間に、複数の微細孔の有るグリッドを挟み、そこへ適量の試料を固定(保持)して、急速凍結することが好ましい。グリッドを用いて、その細孔へ試料を保持すると、グリッドの細孔の寸法と同程度で、試料を固定することができる。このとき、試料を急速凍結させるために、試料はより少量であることが好ましく、例えば、0.1μl程度とするができるが、実際に取り扱いやすいことなども考慮すると、1μl程度であることが好ましい。
【0019】
なお、試料が液状食品である場合には、グリッドを使わず2枚の試料支持台のみで試料を処理すると、2枚の試料支持台の間に、適量の試料が安定的に保持されず、試料の厚みにバラツキが生じる。複数回で試料を調製する際に、急速凍結する時間(凍結速度)などを統一して観察することが困難になるだけでなく、試料の厚みが薄すぎると、洗浄工程で試料が流出する可能性もある。
【0020】
グリッドを用いる場合には、試料支持台と同じく、熱伝導率の高い材質からなるものであれば、特に限定されないが、例えば、銅、銀、カーボンナノチューブなどの材質が好ましい。また、グリッドの寸法に関しては、実際に取り扱いやすい観点や、より短時間で試料を凍結する観点から、その厚みとして25μm以下の範囲が好ましく、試料支持台と同等の形状や寸法が実際に取り扱いやすいことから、その面積として10mm以下の範囲が好ましい。なお、グリッドの微細孔に関しては、複数回で試料を調製する際に、急速凍結する時間(凍結速度)などを統一する観点から、常に同等の形状や寸法が好ましい。
【0021】
試料がゲル状食品である場合には、ゲル状食品本来の組織構造が崩れることを抑えながら冷却効率を高め、より短時間で試料(ゲル状食品)を凍結する観点から、1枚の試料支持台(第1の試料台)上に、適量の試料を載せてから、その上に、もう1枚の試料支持台(第2の試料台)を軽く載せて、急速凍結することが好ましい。このとき、試料を急速凍結させるために、試料はより少量であることが好ましく、例えば、0.1μl程度とするができるが、実際に取り扱いやすいことなども考慮すると、1μl程度であることが好ましい。試料の寸法は、より小さい方が好ましく、0.5mm角程度まで小さくすることができるが、実際に取り扱いやすいことなども考慮すると、1mm角程度であることが好ましい。
【0022】
そして、試料がゲル状食品である場合には、ゲル状食品本来の組織構造が崩れることを抑える観点から、急速凍結の操作において、1枚の試料支持台(例えば、第1の試料台)のみをピンセットで掴んで、液体プロパンなどに投入することが好ましい。
【0023】
「凍結置換」とは、凍結した試料を冷却した媒体(置換媒体)中に浸して、試料の水分および脂肪分を置換媒体に置換する方法をいう。具体的には、固定剤を含む置換媒体を入れた試料ビンに急速凍結した試料を入れ、その試料ビンを氷晶の再結晶化点以下の状態を維持して、試料の水分および脂肪分を置換媒体に置換する方法をいう。このとき、試料における置換の効率を高めるため、試料が液状食品である場合には、試料を挟んでいる一方の試料支持台を剥がし、グリッドも剥がしてから、試料が付着している試料支持台を凍結置換に供し、試料がゲル状食品である場合には、試料を挟んでいる一方の試料支持台を剥がしてから、試料が付着している試料支持台を凍結置換に供する。
【0024】
置換媒体は特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、アセトン、テトラハイドロフランなどの−80℃において液体である水溶性の溶媒を用いることができ、低温でも粘度が低くて、置換の効率に優れているなどの観点から、アセトンが好ましい。置換媒体に添加する固定剤は特に限定されないが、置換媒体に溶解するものが望ましく、四酸化オスミウム、タンニン酸、グルタールアルデヒド、KMnOなどを用いることができ、試料の形態を保存する観点から、四酸化オスミウムが好ましく、試料の切片上で、免疫ラベルする観点から、タンニン酸やグルタールアルデヒドが好ましい。発酵乳(セットタイプヨーグルト、ソフトタイプヨーグルト、ドリンクタイプヨーグルト、乳酸菌飲料など)のように、乳酸菌やビフィズス菌などを含む飲食品の透過型電子顕微鏡用試料の調製では、飲食品中の微生物(乳酸菌やビフィズス菌など)の組織構造、特に、細胞膜の構造を観察するために、置換媒体に少量の水分、特に蒸留水を添加することが好ましく、水分の配合量は、置換媒体の全体に対して、1〜5容量%、より好ましくは2〜3容量%である。
【0025】
本発明において、凍結置換する温度および時間は、飲食品の組成に依存する。例えば、発酵乳(セットタイプヨーグルト、ソフトタイプヨーグルト、ドリンクタイプヨーグルト、乳酸菌飲料など)では、細胞膜のある乳酸菌を含むため、細胞内の水分を十分に置換すべきであり、凍結置換の時間を長くすることが好ましい。典型的には、急速凍結させた試料と置換媒体を含む試料ビンを、約−80℃(ディープフリーザー、ドライアイスアセトン、液体窒素など)にて12〜72時間、好ましくは14〜48時間で保持してから、−25〜−20℃(冷凍庫)にて2〜12時間、好ましくは2〜4時間で保持した後に、約4℃(冷蔵庫)にて1〜2時間、好ましくは1〜1時間半で保持し、最終的に、室温へ戻すことにより、温度を徐々に上昇させる。そして、室温に戻した試料を、無水アセトンにて10〜15分間×3回で保持して洗浄する。
【0026】
無水アセトンで洗浄した試料は、脱水の効率を高める観点から、さらに、吸水性の低い無水エタノールで置換することが好ましい。実際に、試料に水分が存在すると、次工程の樹脂包埋において、樹脂の重合が安定しなくなる。そこで、無水アセトンで洗浄した試料を、無水エタノールにて10〜15分間×3回で保持して置換する。なお、脱水が困難な試料では、3回目に保持する時間を約12時間に設定する。
【0027】
「樹脂包埋」とは、試料を安定に保持するため、エポキシ樹脂などの樹脂に埋め込むことをいう。本発明において、樹脂包埋は、通常で用いられる方法で行うことができる。具体的には、無水エタノールで置換した試料を、さらに有機溶媒と樹脂の両方を溶解できる溶媒(プロピレンオキサイドなど)にて約15分間×2回で保持して置換(洗浄)する。そして、この溶媒(プロピレンオキサイドなど)と樹脂を混合して、試料ビンに流し込む。その後に、溶媒(プロピレンオキサイドなど)を揮発させてから、試料を樹脂に包埋させる。
【0028】
本発明において、「超薄切片」は、より正確な組織構造を観察するため、本発明の方法によって調製した試料のうち、凍結までの所要時間が短い部分から作製することが好ましい。具体的には、超薄切片は、試料支持台との接触面から5〜10μmの位置の試料から作製することが好ましい。試料支持台との接触面を水平にして切片を作製するためには、樹脂包埋において、試料支持台と共に試料を樹脂包埋し、切片を作製する直前に、試料支持台を樹脂から剥がすことが好ましい。試料支持台に試料が付着した状態で、樹脂包埋することにより、試料の表面が包埋処理に曝されないため、試料の所望の位置から、適切な形状の超薄切片を作製することができる。
【0029】
超薄切片は透過型電子顕微鏡の観察に通常で用いられる寸法であればよく、典型的には、60〜100nmの厚さである。酢酸ラウニル、鉛染色液などの通常で用いられる染色剤を用いて、実際に作製した超薄切片を電子染色する。
【0030】
こうして得られた試料について、透過型電子顕微鏡を用いて撮影した画像を観察することにより、飲食品の組織構造を観察することができる。このとき、飲食品の組織構造を正確に観察することができるため、例えば、飲食品の物性などを新たな側面から評価することができ、飲食品の保存安定性や、食感・風味などを評価することができる。
【0031】
以下に、本発明を実施例に基づいて、さらに説明するが、かかる実施例は、本発明の例示であり、本発明を限定するものではない。
【実施例】
【0032】
<比較例1>
化学固定法による、セットタイプヨーグルトの透過型電子顕微鏡用試料の調製
1.前固定
(1−1) セットタイプヨーグルトの組織を崩さないように注意しながら、1mm×1mm×1mm角に、カッターを用いて切り取る。
(1−2) 前固定液(2%のGA(グルタールアルデヒド)および2%のPFA(パラホルムアルデヒド)を含む0.1Mのリン酸緩衝液)を試料ビンに入れ、前記の切り取った試料を漬ける。
(1−3) 試料ビンを冷蔵庫(約4℃)へ入れ、2時間で保持して、前固定する。
【0033】
2.後固定
(2−1) 前固定液を捨て、0.1Mのリン酸緩衝液にて30分間×3回で、液交換しながら洗浄する。
(2−2) 0.1Mのリン酸緩衝液を捨て、後固定液(2%のOsO(四酸化オスミウム)を含む0.1Mのリン酸緩衝液)を試料ビン入れる。
(2−3) 試料ビンを冷蔵庫(約4℃)へ入れ、2時間で保持して、後固定する。
【0034】
3.脱水
(3−1) 後固定液を捨て、0.1Mのリン酸緩衝液にて軽く洗浄する。
(3−2) 50%のエタノール(10分間、約4℃)、70%のエタノール(10分間、約4℃→約20〜25℃(室温))、90%のエタノール(10分間、室温)、99.5%のエタノール(10分間、室温)、無水エタノール(30分間×2回、室温)の順番で、試料ビンに入れ替え、試料の水分をエタノールに置換する。
【0035】
4.包埋
(4−1) プロピレンオキサイド(PO)にて30分間×2回で保持して、エタノールを置換した後に、プロピレンオキサイド:樹脂(Quetol - 812)=7:3の混合液を試料ビンに入れて、樹脂を浸透させる。
(4−2) デシケータ内で、プロピレンオキサイドを揮発させ、樹脂(Quetol - 812)に包埋する。
【0036】
5.切片の作製および染色
(5−1) 樹脂に包埋された試料から、約70nmの超薄切片を作製する。
(5−2) 酢酸ウラニル染色液と鉛染色液で、タンパク質やリン脂質などを電子染色する。
【0037】
TEM(JEM 1200EX)にて、倍率1740倍で試料を観察、撮影した結果を図1に示す。
【0038】
<実施例1>
急速凍結・凍結置換法による、セットタイプヨーグルトの透過型電子顕微鏡用試料の調製
1.急速凍結
(1−1) セットタイプヨーグルトの組織を崩さないように注意しながら、1mm×1mm×1mm角に、カッターを用いて切り取る。
(1−2) MAXTAFORM グリッドII HF51(英国 Pyser・SGエネ)のディスク上に、前記の切り取った試料を裁置し、その上に、もう1枚のディスクを裁置する。
(1−3) この下側のディスクを精密ピンセットで摘み、液化プロパン(約−175℃)に投下する。
【0039】
2.凍結置換
(2−1) 固定液(2%のOsOおよび2.5%の蒸留水を含むアセトン)を試料ビンに入れ、前記の急速凍結した試料を入れる。
(2−2) 試料ビンをドライアイスアセトン(約−80℃、48時間)で保持して、凍結置換する。
(2−3) 冷凍庫(約−25℃、4時間)、冷蔵庫(約4℃、1時間)の順番で温度を上昇させた後に、冷蔵庫から取り出して、室温に戻す。
(2−4) 無水アセトンで洗浄(15分間×3回)した後に、無水エタノールで置換(15分間×3回)する。
【0040】
3.包埋
(3−1) プロピレンオキサイド(PO)にて30分間×2回で保持して、エタノールを置換した後に、プロピレンオキサイド:樹脂(Quetol - 812)=7:3の混合液を試料ビンに入れて、樹脂を浸透させる。
(3−2) デシケータ内で、プロピレンオキサイドを揮発させ、樹脂(Quetol - 812)に包埋する。
【0041】
4.切片の作製および染色
(4−1) 樹脂に包埋された試料の試料支持台から5〜10μmの位置を切り取り、約70nmの超薄切片を作製する。
(4−2) 酢酸ウラニル染色液と鉛染色液で、タンパク質やリン脂質などを染色する。
【0042】
TEM(JEM 1200EX)にて、倍率1740倍で試料を観察、撮影した結果を図2に示す。
化学固定法による観察結果(図1)では、黒く着色されたタンパク質の繋がりが非常に緩く、空白となった脂肪部分との関係性を理解できないのに対して、急速凍結・凍結置換法による観察結果(図2)では、タンパク質の結合が綿密であることが確認でき、ヨーグルト本来の組織構造を観察できた。
【0043】
<比較例2>
寒天の凝固・化学固定法による、牛乳の透過型電子顕微鏡用試料の調製
(1) 均質化処理した牛乳を25℃まで加温し、あらかじめ湯水に溶解しておいた寒天を所定量で添加した。こうして得られた液体を冷却して凝固させた後に、1mm×1mm×1mm角に、カッターを用いて切り取る。
(2) 以下の工程は、比較例1における工程と同様である。
TEM(JEM 1200EX)にて、倍率10200倍で試料を観察・撮影した結果を図3に示す。
【0044】
<実施例2>
1.急速凍結・凍結置換法による、牛乳の透過型電子顕微鏡用試料の調製
(1−1) MAXTAFORM グリッドII HF51(英国 Pyser・SGエネ)のディスク上に、牛乳を約1μlで滴下し、EM - ファイングリッド F-400mesh(日新EM株式会社)を裁置し、その上に、もう1枚のディスクを裁置して挟み込む。
(1−2) この3層にサンドイッチしたグリッドを精密ピンセットで摘み、液化プロパン(約−175℃)に投下する。
(1−3) MAXTAFORM グリッドII HF51のディスクの1枚と、EM - ファイングリッド F-400meshをピンセットで剥がして、残り1枚のディスクを残す。
【0045】
2.凍結置換
(2−1) 固定液(2%のOsO4および2.5%の蒸留水を含むアセトン)を試料ビンに入れ、前記の急速凍結した試料を入れる。
(2−2) 試料ビンをドライアイスアセトン(約−80℃、24時間)で保持して、凍結置換する。
(2−3) 冷凍庫(約−20℃、2時間)、冷蔵庫(約4℃、1時間)の順番で温度を上昇させた後に、冷蔵庫から取り出して、室温に戻す。
(2−4) 無水アセトンで洗浄(10分間×3回)する。
【0046】
3.包埋、切片の作製および染色
以下の工程は、実施例1における工程と同様である。
【0047】
TEM(JEM 1200EX)にて、倍率10200倍で試料を観察・撮影した結果を図4に示す。
寒天の凝固・化学固定法による観察結果(図3)では、牛乳の各成分を観察できるが、タンパク質や脂肪が局在化しているため、牛乳本来の組織構造を観察できないのに対して、急速凍結・凍結置換法による観察結果(図4)では、タンパク質や脂肪の分布の様子を理解でき、牛乳本来の組織構造を観察できた。
【0048】
<比較例3>
タンパク質吸着法による、流動食の透過型電子顕微鏡用試料の調製
(1) 流動食を4倍に希釈して、1%のGA溶液で固定し、タンパク質を試料支持台に吸着させる。
(2) 液体を濾紙で吸い取り、乾燥させる。
(3) タンパク質を吸着させた試料支持台に、ゲルマニウムをシャドウイングする。
TEM(JEM 1200EX)にて、倍率5000倍で試料を観察・撮影した結果を図5に示す。
【0049】
<実施例3>
急速凍結・凍結置換法による、流動食の透過型電子顕微鏡用試料の調製
実施例2と同様の工程により、流動食の透過型電子顕微鏡用試料を調製した。
TEM(JEM 1200EX)にて、倍率10200倍で試料を観察、撮影した結果を図6に示す。
タンパク質吸着法による観察結果(図5)では、流動食においてタンパク質の存在している状態が不明であり、タンパク質と結合していない脂肪の状態を確認できないのに対して、急速凍結・凍結置換法による観察結果(図6)では、流動食に存在しているままの状態でタンパク質を観察でき、脂肪の存在する部分だけが明確な空白となるため、脂質の存在している状態も確認できた。
【0050】
上記の結果から、本願発明によれば、液状食品やゲル状食品などの、あらゆる形状の飲食品の組織構造の観察が可能な透過型電子顕微鏡用試料を調製できることが理解できる。
【0051】
<応用例1:流動食の組織構造と、保存安定性との関係>
それぞれ組成の異なる流動食のサンプルA(1kcal/ml、株式会社明治)とサンプルB(1.5kcal/ml、株式会社明治)の組織構造を観察するため、実施例3と同様に調製した試料を観察した。それぞれの試料を、TEM(JEM 1200EX)にて、倍率10200倍および30200倍で観察・撮影した結果を図7および図8に示す。
【0052】
上記の結果から、以下のことが分かった。
サンプルAのタンパク質粒子は、小さく、いびつな形状である。サンプルAの脂肪球は、タンパク質粒子よりも小さい。
サンプルBのタンパク質粒子は、サンプルAと比較して大きく、完全な球状である。サンプルBの脂肪球は、サンプルAと比較して、ばらつきを平均すると、ほぼ大きさは同じであった。
高濃度の流動食であるサンプルBでは、一般的な濃度の流動食であるサンプルAと比較して、タンパク質粒子が大きく、完全な球状であり、タンパク質粒子が十分に溶解や分散していないと考えられた。一方、サンプルAとBでは、脂肪球の大きさがタンパク質粒子の大きさと比例しておらず、流動食の濃度とは無関係に、ほぼ大きさは同じであった。
【0053】
流動食のサンプルAとBの物性値を表1に示す。
【表1】

【0054】
表1の結果と、TEMの観察結果を比較すると、以下のことが分かる。
粒径の測定において、サンプルBでは、サンプルAと比較して、約3倍の数値を示した。一般的に、粒度分布計を用いて測定した粒径は、脂肪球の大きさ(寸法)を表現する基準とされることが多い。しかし、本発明の方法により調製した流動食の試料の観察により、粒度分布計を用いて測定した粒径は、タンパク質粒子の大きさ(寸法)を強く反映し、タンパク質粒子の大きさを表現していることが示された。
【0055】
すなわち、レーザー回折式の粒度分布測定装置などを用いた粒径の測定では、タンパク質粒子と脂肪球の大きさを、それぞれ区別することができないが、本発明の方法では、タンパク質粒子と脂肪球の大きさを、それぞれ区別することができる上に、タンパク質粒子などの形状も視覚的に理解することができる。これにより、レーザー回折式の粒度分布測定装置などを用いて測定した粒径の数値がタンパク質粒子の大きさを表しているのか(反映しているのか)、脂肪球の大きさを表しているのかを的確に判断することができる。
【0056】
今回の流動食のサンプルでは、本発明の方法を用いて測定した粒径の数値がタンパク質粒子の大きさを表していると考えると、サンプルAでは、タンパク質粒子の大きさは平均で300nm程度であり、サンプルBでは、平均で800nm程度であると判断することができる。脂肪球の大きさは粒径として認識しにくいが、視覚的に理解することができ、サンプルAのタンパク質粒子と大きさが同程度であることから、サンプルAでは、脂肪球の大きさは平均で300nm程度であり、サンプルBでも、平均で300nm程度であると判断することができる。
【0057】
流動食のサンプルAとBを平置きの状態にし、室温にて2ヶ月間、4ヶ月間、および6ヶ月間で保存した。それぞれの保存安定性(沈殿乾燥重量[g/100ml])を表2に示す。沈殿乾燥重量が少ないほど、保存安定性が高いことを意味する。
【0058】
【表2】

【0059】
表2の結果から、サンプルAでは、保存安定性が高く(沈殿乾燥重量が小さく)、サンプルBでは、保存安定性が幾らか低い(沈殿乾燥重量が幾らか大きい)ことが分かる。サンプルAおよびBの沈殿の組成を調べたところ、その殆どがタンパク質であった。サンプルBでは、サンプルAと比較して、タンパク質粒子が大きいことにより、沈殿乾燥重量の多さに影響を与えていると考えられた。
一方、サンプルAでは、粘度が11mPa・sであり、サンプルBでは、20mPa・sであった。サンプルBでは、サンプルAと比較して、粘度が高かったが、この程度の粘度の差違では、沈殿の生成を抑制する効果が低く、タンパク質粒子の大きさが沈殿の生成へ大きく影響を与えていると考えられた。なお、サンプルAとBの保存中に、何れも脂肪の浮上は観察されなかった。
【0060】
上記の結果から、タンパク質粒子の大きさは保存安定性(沈殿の発生量)に影響を与えることが見出された。このことから、本発明の方法を用いて、飲食品の組織構造を観察することにより、レーザー回折式の粒度分布測定装置などを用いて測定した粒径だけを指標にするよりも正確に、飲食品の保存安定性を予測することができることが導き出された。
特に、タンパク質粒子の大きさが500nm以下、好ましくは300nm以下である流動食では、粘度に関わらず、サンプルAのように、その保存安定性が高いことが示された。
また、脂肪球の大きさが500nm以下、好ましくは300nm以下である流動食では、粘度に関わらず、サンプルAとBのように、その保存安定性が高いことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、飲食品本来の組織構造を限りなく保持した状態の透過型電子顕微鏡用試料を提供することができる。これにより、飲食品本来の組織構造を観察できることとなり、飲食品の保存安定性、および食感・風味などを評価することができる。さらに、レーザー回折式の粒度分布測定装置を用いて測定した粒径の数値が、タンパク質の粒径を表しているのか、脂肪球の粒径を表しているのか、その他の粒子の粒径を表しているのかを視覚的に判断することができる。
【0062】
特に、流動食では賞味期限が長く、長時間で静置されるため、長期間の保存中に沈殿が生じたり、脂肪が浮上したりする可能性が高い。このとき、沈殿物や浮遊物が生じると、医療現場や介護現場などで使用する経鼻チューブや経管チューブなどへ、沈殿物や浮遊物が詰まってしまうなどの問題が起きる可能性があるため、保存安定性の高い流動食を提供することが望まれる。さらに、流動食(製品)の製造直後に短時間で、流動食の保存安定性を評価できることが望ましく、このような課題に対して、これまで、レーザー回折式の粒度分布測定装置を用いて測定した粒径などの指標を用いて、品質を管理していたが、単に粒径という指標だけでは、タンパク質粒子が大きいのか、脂肪球が大きいのかを判断することは困難であった。そこで、本願発明の方法を用いて、流動食を評価することにより、流動食の保存安定性を詳細に予測することができ、きめ細かく品質を管理できることとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液状またはゲル状食品を、急速凍結後に凍結置換することを含む、前記食品の透過型電子顕微鏡用試料の調製方法。
【請求項2】
液状またはゲル状食品を試料支持台の上に載置させて急速凍結させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
試料支持台から5〜10μmの位置の試料を切り取ることを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
水を含む固定液を用いて凍結置換させることを含む、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の方法により調製した試料を、透過型電子顕微鏡を用いて観察することを含む、液状またはゲル状食品の組織構造の評価方法。
【請求項6】
液状またはゲル状食品の保存安定性を評価する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項6に記載の方法により、保存安定性が高いと評価された液状またはゲル状食品。
【請求項8】
タンパク質粒子の大きさが500nm以下である、少なくとも1kcal/mlの高濃度流動食。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2013−88328(P2013−88328A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230105(P2011−230105)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(000006138)株式会社明治 (265)
【出願人】(511253368)株式会社東海電子顕微鏡解析 (1)
【Fターム(参考)】