説明

連続発酵による乳酸の製造方法

【課題】
微生物を用いた乳酸生産のための連続発酵法において、長期発酵にわたり全体的にコストの削減と更なる発酵時間を延長して効果的に乳酸の生産性を向上させる乳酸の製造方法を提供する。
【解決手段】
本発明は、発酵培養液を分離膜によって濾液と未濾過液に分離し、濾液から所望の発酵生産物である乳酸を回収すると共に、未濾過液を発酵培養液に保持または還流する連続発酵による乳酸の製造する際、発酵原料中の全アミノ酸濃度を下げると共に天然バイオマスを用いることにより、安定した長期発酵にわたり全体的にコストの削減と更なる発酵時間を延長して効果的に乳酸の生産性を向上させることにより、低コストと高生産性の安定した連続発酵することができる乳酸の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を培養する発酵によって、乳酸を製造するための乳酸の製造法の改良に関するものである。さらに詳しくは、本発明は、培養を行いながら、微生物の発酵培養液から、目詰まりが生じにくい多孔性膜を通して乳酸を含む液を効率よく濾過・回収すること、および未濾過液を発酵培養液に戻すことにより、発酵に関与する微生物濃度を向上させて高い生産性を得ることができる連続発酵において、発酵原料中の全アミノ酸濃度を2g/L以下にすることにより、更なる乳酸の生産性を向上させ、かつコスト削減できる乳酸の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
微生物や培養細胞の培養を伴う物質生産方法である発酵法は、大きく(1)バッチ発酵法(Batch発酵法)および流加発酵法(Fed−Batch発酵法)と、(2)連続発酵法に分類することができる。
【0003】
上記(1)のバッチ発酵法および流加発酵法は、設備的には簡素であり、短時間で培養が終了し、雑菌汚染による被害が少ないという利点がある。しかしながら、時間の経過とともに発酵培養液中の生産物濃度が高くなり、浸透圧あるいは生産物阻害等の影響により生産性および収率が低下してくる。そのため、長時間にわたり安定して高収率かつ高生産性を維持することが困難である。
【0004】
一方、上記(2)の連続発酵法は、発酵反応槽内で目的物質が高濃度に蓄積されることを回避することによって、長時間にわたって高収率かつ高生産性を維持できるという特徴がある。具体的に、L−グルタミン酸やL−リジンの発酵の生産について、このような連続培養法が提案されている(非特許文献1参照。)。しかしながら、これらの例では、発酵培養液に原料の連続的な供給を行うと共に、微生物や培養細胞を含んだ発酵培養液が抜き出されるために、発酵培養液中の微生物や培養細胞が希釈されることから、生産効率の向上は限定されたものであった。
【0005】
このことから、連続発酵法において、微生物や培養細胞を分離膜で濾過し、濾液から生産物を回収すると同時に濾過された微生物や培養細胞を発酵培養液に保持または還流させることにより、発酵培養液中の微生物や培養細胞濃度を高く維持する方法が提案された。そのため、産業的に応用も可能で、簡単な操作で長時間にわたり安定して高い物質生産性を得ることができるように、分離膜に多孔性高分子膜を用いた連続発酵法および連続発酵装置が開発された(特許文献1参照。)。
【0006】
一方、微生物を用いた物質生産において、微生物を培養する培地として一般的に知られているYPAD培地(非特許文献2参照。)やYPADに含まれている酵母エキスおよびペプトンなどを、過剰に添加した培地で培養を行うことにより、即ち、アミノ酸やビタミンなどを多く添加することにより、物質生産量および生産収率が向上することは良く知られている。
【0007】
しかしながら、このような培地を用いた上記の連続発酵法は、優れた発酵法であっても、更なる乳酸生産の長期化には至っておらず、培地のコストが問題となった。従って、全体的にコストの削減と更なる長期発酵で効果的に乳酸の生産性を向上させる方法が望まれていた。
【特許文献1】特開2007−252367号公報
【非特許文献1】Toshikiko hirao et.al.(ヒラノ・トシヒコ ら)、Appl. Microbiol. Biotechnol.(アプライド マイクロバイアル アンド マイクロバイオロジー)、32、269−273(1989)
【非特許文献2】「メソッド イン イースト ジェネティクス(Methods in Yeast Genetics)」、Cold Spring Harbor Laboratory Volume194、1991年、12〜18頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、微生物を用いた乳酸生産のための連続発酵法において、長期発酵にわたり全体的にコストの削減と更なる発酵時間を延長して効果的に乳酸の生産性を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、乳酸合成能力を持つ酵母を用いた乳酸発酵において、発酵培養液を多孔性高分子膜で濾過し、濾液から生産物を回収するとともに未濾過液を前記の発酵培養液に保持または還流し、かつ、発酵原料を前記の発酵培養液に追加する連続発酵により乳酸を製造する際、発酵原料中の全アミノ酸濃度を下げると共に天然バイオマスを用いることにより、安定した長期発酵にわたり全体的にコストの削減と更なる発酵時間を延長して効果的に乳酸の生産性を向上させることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法は、乳酸を生産する能力を有する酵母の発酵培養液を分離膜で濾過処理し、濾液から生産物を回収すると共に未濾過液を前記の発酵培養液に保持または還流し、かつ、発酵原料を前記の発酵培養液に追加する連続発酵により乳酸を製造する方法であって、前記の分離膜として平均細孔径が0.01μm以上1μm未満の多孔性膜を用い、膜間差圧を0.1以上20kPa未満の範囲にして濾過処理すると共に、発酵原料中の全アミノ酸濃度を2g/L以下にすることを特徴とする連続発酵による乳酸の製造方法である。
【0011】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の多孔性膜の純水透過係数は2×10−9/m/s/pa以上6×10−7/m/s/pa以下である。
【0012】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の多孔性膜の平均細孔径は0.01μm以上0.2μm未満であり、かつ、その平均細孔径の標準偏差は0.1μm以下である。
【0013】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の多孔性膜の膜表面粗さは0.1μm以下であり、多孔性膜は多孔性樹脂層を含む多孔性膜である。
【0014】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の多孔性膜の膜素材にポリフッ化ビニリデン系樹脂を用いることができる。
【0015】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の発酵原料は、スクロース、フラクトース、グルコース、ガラクトース、ラクトースおよびマルトースなどからなる群から得ばれた少なくとも1種類を含む培地である。
【0016】
また、本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の発酵原料は、デンプン、デンプン加水分解物、甘藷糖蜜、甜菜糖蜜、ケーンジュース、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの抽出物または濃縮液、甜菜糖蜜またはケーンジュースの濾過液、シラップ(ハイテストモラセス)、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製または結晶化された原料糖および甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製または結晶化された精製糖などからなる群から得ばれた少なくとも1種類を含む培地である。
【0017】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の乳酸はL−乳酸であり、前記の酵母はサッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母または乳酸合成酵素遺伝子を導入した酵母である。
【0018】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法の好ましい様態によれば、前記の乳酸合成酵素遺伝子は、ゼノプス・レービス(Xenopus laevis)由来のL−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子であり、前記のL−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子は、配列番号1に示す核酸配列を有する遺伝子である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、アミノ酸削減培地等を用い全アミノ酸濃度を下げることによって、特許文献1で提案されている従前の優れた連続乳酸発酵より、全体的に安定に発酵時間および乳酸生産を著しく向上させ生産効率を上げることができる。また、糖源として天然バイオマスを用いることにより、より安価な乳酸発酵が可能になる。
【0020】
上記のように、本発明によれば、長時間にわたり安定して高生産性を維持する連続発酵が可能となり、広く発酵工業において、発酵生産物である乳酸を低コストで安定に生産することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法は、微生物の発酵培養液を分離膜で濾過し、濾液から生産物を回収すると共に未濾過液を前記の発酵培養液に保持または還流し、かつ、発酵原料を前記の発酵培養液に追加する連続発酵において、分離膜として平均細孔径が0.01μm以上1μm未満の細孔を有する多孔性膜を用い、その膜間差圧を0.1から20kPaの範囲にして濾過処理すると共に、発酵原料中の全アミノ酸濃度が2g/L以下の発酵原料を用いることを特徴とするものである。
【0022】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法において、発酵原料中の全アミノ酸濃度はより好ましくは1mg/L以上1.5g/L以下であり、さらに好ましくは2mg/L以上1g/L以下である。この全アミノ酸濃度は低いほど好ましい。
【0023】
本発明において分離膜として用いられる多孔性膜は、発酵に使用される微生物や培養細胞による目詰まりが起こりにくく、そして、濾過性能が長期間安定に継続する性能を有するものである。そのため、本発明で使用される多孔性膜は、その平均細孔径が0.01μm以上1μm未満であることが重要である。
【0024】
本発明で分離膜として用いられる多孔性膜の構成について、具体的に説明する。本発明で用いられる多孔性膜は、被処理水の水質や用途に応じた分離性能と透水性能を有するものである。多孔性膜は、阻止性能および透水性能や耐汚れ性という分離性能の点からは、多孔質樹脂層を含む多孔性膜であることが好ましい。このような多孔性膜は、多孔質基材の表面に、分離機能層として作用とする多孔質樹脂層を有している。多孔質基材は、多孔質樹脂層を支持して分離膜に強度を与えるものである。
【0025】
多孔質基材の材質は、有機材料および/または無機材料等からなり、なかでも有機繊維が望ましく用いられる。好ましい多孔質基材は、セルロース繊維、セルローストリアセテート繊維、ポリエステル繊維、ポリプロピレン繊維およびポリエチレン繊維などの有機繊維を用いてなる織布や不織布等である。なかでも、密度の制御が比較的容易であり製造も容易で安価な不織布が好ましく用いられる。
【0026】
また、多孔質樹脂層は、上述したように分離機能層として作用するものであり、有機高分子膜を好適に使用することができる。有機高分子膜の材質としては、例えば、ポリエチレン系樹脂、ポリプロピレン系樹脂、ポリ塩化ビニル系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂、ポリスルホン系樹脂、ポリエーテルスルホン系樹脂、ポリアクリロニトリル系樹脂、セルロース系樹脂およびセルローストリアセテート系樹脂等が挙げられる。有機高分子膜は、これらの樹脂を主成分とする樹脂の混合物からなるものであってもよい。ここで主成分とは、その成分が50重量%以上、好ましくは60重量%以上含有することをいう。なかでも、多孔質樹脂層を構成する膜素材としては、溶液による製膜が容易で物理的耐久性や耐薬品性にも優れているポリ塩化ビニル系樹脂、ポリフッ化ビニリデン系樹脂、ポリスルホン系樹脂、ポリエーテルスルホン系樹脂およびポリアクリロニトリル系樹脂が好ましく用いられる。膜素材には、ポリフッ化ビニリデン系樹脂またはそれを主成分とする樹脂が最も好ましく用いられる。
【0027】
ここで、ポリフッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンの単独重合体が好ましいが、フッ化ビニリデンと共重合可能なビニル系単量体との共重合体も好ましく用いられる。フッ化ビニリデンと共重合可能なビニル系単量体としては、テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレンおよび三塩化フッ化エチレンなどが例示される。
【0028】
本発明で用いられる多孔性膜は、平膜であっても中空糸膜であっても良い。多孔性膜が平膜の場合、その平均厚みは用途に応じて選択されるが、好ましくは20μm以上5000μm以下であり、より好ましくは50μm以上2000μm以下の範囲で選択される。
【0029】
上述のように、本発明で用いられる分離膜は、多孔質基材と多孔質樹脂層とから形成されている多孔性膜を用いることが望ましい。その際、多孔質基材に多孔質樹脂層が浸透していても、多孔質基材に多孔質樹脂層が浸透していなくてもどちらでも良く、用途に応じて選択される。多孔質基材の平均厚みは、好ましくは50μm以上3000μm以下の範囲で選択される。また、多孔性膜が中空糸膜の場合、中空糸の内径は好ましくは200μm以上5000μm以下の範囲で選択され、膜厚は好ましくは20μm以上2000μm以下の範囲で選択される。また、有機繊維または無機繊維を筒状にした織物や編物を中空糸の内部に含んでいても良い。
【0030】
まず、多孔性膜のうち、平膜の作成法の概要の一例を説明する。
【0031】
多孔質基材の表面に、樹脂と溶媒とを含む原液の被膜を形成すると共に、その原液を多孔質基材に含浸させる。その後、被膜を有する多孔質基材の被膜側表面のみを、非溶媒を含む凝固浴と接触させて樹脂を凝固させると共に、多孔質基材の表面に多孔質樹脂層を形成する。
【0032】
原液は、樹脂を溶媒に溶解させて調整することができる。原液の温度は、製膜性の観点から、通常、5〜120℃の範囲内で選定することが好ましい。溶媒は、樹脂を溶解するものであり、樹脂に作用してそれらが多孔質樹脂層を形成するのを促すものである。溶媒としては、N−メチルピロリジノン(NMP)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N−メチル−2− ピロリドン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン、テトラメチル尿素、リン酸トリメチル、シクロヘキサノン、イソホロン、γ−ブチロラクトン、メチルイソアミルケトン、フタル酸ジメチル、プロピレングリコールメチルエーテール、プロピレンカーボネート、ジアセトンアルコール、グリセロールトリアセテート、アセトンおよびメチルエチルケトンなどを用いることができる。なかでも、樹脂の溶解性の高いN−メチルピロリジノン(NMP)、N,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)およびジメチルスルホキシド(DMSO)が好ましく用いられる。これらの溶媒は、単独で用いても良いし2種類以上を混合して用いても良い。原液は、先述の樹脂を好ましくは5重量%以上60重量%以下の濃度で上述の溶媒に溶解させることにより調製することができる。
【0033】
また、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドンおよびグリセリンなどの溶媒以外の成分を溶媒に添加しても良い。溶媒に非溶媒を添加することもできる。非溶媒は、樹脂を溶解しない液体である。非溶媒は、樹脂の凝固の速度を制御して細孔の大きさを制御するように作用する。非溶媒としては、水や、メタノールおよびエタノールなどのアルコール類を用いることができる。なかでも、非溶媒として、価格の点から水やメタノールが好ましく用いられる。溶媒以外の成分および非溶媒は、混合物であってもよい。
【0034】
原液には、開孔剤を添加することもできる。開孔剤は、凝固浴に浸漬された際に抽出されて、樹脂層を多孔質にする作用を持つものである。開孔剤を添加することにより、平均細孔径の大きさを制御することができる。開孔剤は、凝固浴への溶解性の高いものであることが好ましい。開孔剤としては、例えば、塩化カルシウムや炭酸カルシウムなどの無機塩を用いることができる。また、開孔剤として、ポリエチレングリコールやポリプロピレングリコールなどのポリオキシアルキレン類や、ポリビニルアルコール、ポリビニルブチラールおよびポリアクリル酸などの水溶性高分子化合物や、グリセリン等を用いることができる。
【0035】
次に、多孔性膜のうち、中空糸膜の作成法の概要の一例を説明する。
【0036】
中空糸膜は、樹脂と溶媒からなる原液を二重管式口金の外側の管から吐出すると共に、中空部形成用流体を二重管式口金の内側の管から吐出して、冷却浴中で冷却固化して作製することができる。
【0037】
原液は、上述の平膜の作成法で述べた樹脂を好ましくは20重量%以上60重量%以下の濃度で、上述の平膜の生成法で述べた溶媒に溶解させることにより調整することができる。また、中空部形成用流体には、通常気体もしくは液体を用いることができる。また、得られた中空糸膜の外表面に、新たな多孔性樹脂層をコーティング(積層)することもできる。積層は中空糸膜の性質、例えば、親水・疎水性あるいは細孔径等を所望の性質に変化させるために行うことができる。積層される新たな多孔性樹脂層は、樹脂を溶媒に溶解させた原液を、非溶媒を含む凝固浴と接触させて樹脂を凝固させることによって作製することができる。その樹脂の材質は、例えば、上述有機高分子膜の材質と同様のものが好ましく用いられる。また、積層方法としては、原液に中空糸膜を浸漬してもよいし、中空糸膜の表面に原液を塗布してもよく、積層後、付着した原液の一部を掻き取ったり、エアナイフを用いて吹き飛ばしすることにより積層量を調整することもできる。
【0038】
本発明で用いられる多孔性膜は、支持体と組み合わせることによって分離膜エレメントとすることができる。支持体として支持板を用い、その支持板の少なくとも片面に、本発明で用いられる多孔性膜を配した分離膜エレメントは、本発明で用いられる多孔性膜を有する分離膜エレメントの好適な形態の一つである。この形態で、膜面積を大きくすることが困難な場合には、透水量を大きくするために、支持板の両面に多孔性膜を配することが好ましい態様である。
【0039】
分離膜の平均細孔径が上記のように0.01μm以上1μm未満の範囲内にあると、菌体や汚泥などがリークすることのない高い排除率と、高い透水性を両立させることができ、さらに目詰まりをしにくく、透水性を長時間保持することが、より高い精度と再現性を持って実施することができる。微生物として細菌類を用いた場合、多孔性膜の平均細孔径は好ましくは0.4μm以下であり、平均細孔径は0.2μm未満であればなお好適に実施することが可能である。平均細孔径は、小さすぎると透水量が低下することがあるので、本発明では、平均細孔径は0.01μm以上であり、好ましくは0.02μm以上であり、さらに好ましくは0.04μm以上である。
【0040】
ここで、平均細孔径は、倍率10,000倍の走査型電子顕微鏡観察における、9.2μm×10.4μmの範囲内で観察できる細孔すべての直径を測定し、平均することにより求めることができる。
【0041】
上記の平均細孔径の標準偏差σは、0.1μm以下であることが好ましい。更に、平均細孔径の標準偏差が小さい、すなわち細孔径の大きさが揃っている方が均一な透過液を得ることができる。発酵運転管理が容易になることから、平均細孔径の標準偏差は小さければ小さい方が望ましい。
【0042】
平均細孔径の標準偏差σは、上述の9.2μm×10.4μmの範囲内で観察できる細孔数をNとして、測定した各々の直径をXkとし、細孔直径の平均をX(ave)とした下記の(式1)により算出される。
【0043】
【数1】

【0044】
本発明で用いられる多孔性膜においては、発酵培養液の透過性が重要点の一つであり、透過性の指標として、使用前の多孔性膜の純水透過係数を用いることができる。本発明において、多孔性膜の純水透過係数は、逆浸透膜による25℃の温度の精製水を用い、ヘッド高さ1mで透水量を測定し算出したとき、2×10−9/m/s/pa以上であることが好ましい。純水透過係数が2×10−9/m/s/pa以上6×10−7/m/s/pa以下であれば、実用的に十分な透過水量が得られる。より好ましい純水透過係数は、2×10−9/m/s/pa以上1×10−7/m/s/pa以下である。
【0045】
本発明で用いられる多孔性膜の膜表面粗さは、分離膜の目詰まりに影響を与える因子である。膜表面粗さが好ましくは0.1μm以下のときに、分離膜の剥離係数や膜抵抗を好適に低下させることができ、より低い膜間差圧で連続発酵が実施可能である。従って、目詰まりを抑えることにより、安定した連続発酵が可能になることから、表面粗さは小さければ小さいほど好ましい。
【0046】
また、多孔性膜の膜表面粗さを低くすることにより、微生物や培養細胞の濾過において、膜表面で発生する剪断力を低下させることが期待でき、微生物や培養細胞の破壊が抑制され、多孔性膜の目詰まりも抑制されることにより、長期間安定な濾過が可能になると考えられる。
【0047】
ここで、膜表面粗さは、下記の原子間力顕微鏡装置(AFM)を使用して、下記の装置と条件で測定することができる。
・装置:原子間力顕微鏡装置(Digital Instruments(株)製Nanoscope IIIa)
・条件:探針 SiNカンチレバー(Digital Instruments(株)製)
:走査モード コンタクトモード(気中測定)
水中タッピングモード(水中測定)
:走査範囲 10μm、25μm 四方(気中測定)
5μm、10μm 四方(水中測定)
:走査解像度 512×512
・試料調製 測定に際し膜サンプルは、常温でエタノールに15分浸漬後、RO水中に24時間浸漬し洗浄した後、風乾し用いた。RO水とは、濾過膜の一種である逆浸透膜(RO膜)を用いて濾過し、イオンや塩類などの不純物を排除した水を指す。RO膜の孔の大きさは、概ね2nm以下である。
【0048】
膜表面粗さdroughは、上記AFMにより各ポイントのZ軸方向の高さから、下記の(式2)により算出する。
【0049】
【数2】

【0050】
本発明で使用される微生物の発酵原料は、発酵培養する微生物の生育を促し、目的とする発酵生産物である乳酸を良好に生産させ得るものである。発酵原料としては、例えば、炭素源、窒素源、および必要に応じてアミノ酸、無機塩類、およびビタミンなどの有機微量栄養素を適宜含有する通常の液体培地等が好ましく用いられる。
【0051】
上記の炭素源としては、例えば、グルコース、スクロース、フラクトース、ガラクトースおよびラクトース等の糖類、これら糖類を含有する澱粉、澱粉加水分解物、甘藷糖蜜、甜菜糖蜜、ケーンジュース、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの抽出物または濃縮液、甜菜糖蜜またはケーンジュースの濾過液、シラップ(ハイテストモラセス)、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製または結晶化された原料糖、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製または結晶化された精製糖、更には酢酸やフマル酸等の有機酸、エタノールなどのアルコール類、およびグリセリンなどが使用される。ここで糖類とは、多価アルコールの最初の酸化生成物であり、アルデヒド基またはケトン基をひとつ持ち、アルデヒド基を持つ糖をアルドース、ケトン基を持つ糖をケトースと分類される炭水化物のことを指す。
【0052】
また、原料糖としては、ケーンジュースまたはケーン粕に石灰または石灰乳などを加え、加熱して不純物を取り除くまたは連続沈殿させ不純物を除く。その後、濃縮させて真空結晶化し、糖蜜と結晶に分離する。そのときに結晶として分けられたものを原料糖とする。石灰または石灰乳は、不純物を取り除くときに加熱しながら添加しても良い。連続沈殿時および濃縮時には、加熱しても良い。真空結晶化して分離された結晶を乾燥してもよい。
【0053】
また、上記の窒素源としては、例えば、アンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩類、尿素、硝酸塩類、その他補助的に使用される有機窒素源、例えば、油粕類、大豆加水分解液、カゼイン分解物、その他のアミノ酸、ビタミン類、コーンスティープリカー、酵母または酵母エキス、肉エキス、ペプトン等のペプチド類、各種発酵菌体およびその加水分解物などが使用される。
【0054】
また、上記のアミノ酸としては、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物などが使用される。
【0055】
また、上記のアミノ酸が、遊離アミノ酸であって発酵培養する微生物の生育を促し、目的とする発酵生産物である乳酸を良好に生産させ得ることができれば、少なくとも1種類以上を含むアミノ酸の組合せを適宜添加使用することができる。
【0056】
アミノ酸は、補助的窒素源としてタンパクあるいはペプチド含有物として培地に加えても良い。タンパクあるいはペプチド含有物として、例えば、油粕類、大豆加水分解液、カゼイン分解物、その他のアミノ酸重合体、コーンスティープリカー、酵母または酵母エキス、肉エキス、ペプトン等のペプチド類、各種生体由来のタンパク質およびペプチド含有物が挙げられる。前記の補助的窒素源由来のアミノ酸の濃度は、上記の1mg/L以上2g/L以下の濃度範囲であることが好ましい。
【0057】
また、上記の無機塩類としては、例えば、リン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩およびマンガン塩等を適宜添加使用することができる。
【0058】
本発明で使用される微生物が生育のために特定の栄養素を必要とする場合には、その栄養物を標品もしくはそれを含有する天然物として添加することができる。また、消泡剤も必要に応じて添加使用することができる。
【0059】
本発明において、発酵培養液とは、発酵原料に微生物が増殖した結果得られる液のことを言う。追加する発酵原料の組成は、目的とする乳酸の生産性が高くなるように、培養開始時の発酵原料組成から適宜変更することができる。
【0060】
本発明では、発酵培養液中の糖類濃度は5g/L以下に保持されるようにすることが好ましい。その理由は、発酵培養液の引き抜きによる糖類の流失を最小限にするためである。そのため、糖類の濃度は可能な限り小さいことが望ましい。
【0061】
微生物の発酵培養は、通常、pHが4〜8で温度が20〜40℃の範囲で行われることが多い。発酵培養液のpHは、無機の酸あるいは有機の酸、アルカリ性物質、さらには尿素、炭酸カルシウム、水酸化カルシウムおよびアンモニアガスなどによって、上記範囲内のあらかじめ定められた値に調節される。
【0062】
発酵培養において、酸素の供給速度を上げる必要があれば、空気に酸素を加えて酸素濃度を好適には21%(v/v%)以上に保つ、発酵培養液を加圧する、攪拌速度を上げる、あるいは通気量を上げるなどの手段を用いることができる。逆に、酸素の供給速度を下げる必要があれば、炭酸ガス、窒素およびアルゴンなど酸素を含まないガスを空気に混合して供給することも可能である。
【0063】
本発明においては、培養初期にBatch培養またはFed−Batch培養を行って微生物濃度を高くした後に連続培養を開始しても良いし、高濃度の菌体をシードし、培養開始とともに連続培養を行っても良い。適当な時期から発酵原料の供給および濾過を行うことが可能である。発酵原料供給および濾過の開始時期は、必ずしも同じである必要はない。また、発酵原料の供給および濾過は連続的であってもよいし、間欠的であってもよい。発酵原料には、上記に示したような菌体増殖に必要な栄養素を添加し、菌体増殖が連続的に行われるようにすればよい。
【0064】
本発明においては、発酵培養液を平均細孔径が0.01μm以上1μm未満の細孔を有する多孔性膜を用いて濾過処理する。
【0065】
発酵生産能力のあるフレッシュな菌体を増殖させつつ行う連続培養操作は、培養管理上、通常、単一の発酵反応槽で行うことが好ましい。しかしながら、菌体を増殖しつつ生産物を生成する連続発酵培養法であれば、発酵反応槽の数は問わない。発酵反応槽の容量が小さい等の理由から、複数の発酵反応槽を用いることもあり得る。その場合、複数の発酵反応槽を配管で並列または直列に接続して連続培養を行っても、発酵生産物の高生産性は得られる。
【0066】
本発明においては、微生物を発酵反応槽に維持したままで、発酵反応槽からの発酵培養液の連続的かつ効率的な濾過が可能である。そのため、微生物を連続的に発酵培養し、十分な増殖を確保した後に発酵原料液組成を変更し、目的とする乳酸を効率よく製造することも可能である。
【0067】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法で得られる乳酸は、上記の微生物が発酵培養液中に生産する物質である。
【0068】
本発明において、微生物の発酵培養液を分離膜で濾過処理する際の膜間差圧は、微生物および培地成分が容易に目詰まりしない条件であればよいが、膜間差圧を0.1kPa以上20kPa以下の範囲にして濾過処理することが重要である。膜間差圧は、好ましくは0.1kPa以上10kPa以下の範囲であり、さらに好ましくは0.1kPa以上5kPaの範囲である。上記膜間差圧の範囲を外れた場合、微生物および培地成分の目詰まりが急速に発生し、透過水量の低下を招き、連続発酵運転に不具合を生じることがある。
【0069】
濾過の駆動力としては、発酵培養液と多孔性膜処理水の液位差(水頭差)を利用したサイホンにより多孔性膜に膜間差圧を発生させることができる。また、濾過の駆動力として多孔性膜処理水側に吸引ポンプを設置してもよいし、多孔性膜の発酵培養液側に加圧ポンプを設置することも可能である。上記の範囲に膜間差圧を制御する手段としては、上記のように発酵培養液と多孔性膜処理水の液位差を変化させることにより制御することができる、また、膜間差圧を発生させるためにポンプを使用する場合には、吸引圧力により膜間差圧を制御することができる。更に、発酵培養液側の圧力を導入する気体または液体の圧力によっても膜間差圧を制御することができる。これら圧力制御を行う場合には、発酵培養液側の圧力と多孔性膜処理水側の圧力差をもって膜間差圧とし、膜間差圧の制御に用いることができる。
【0070】
また、本発明において使用される多孔性膜は、濾過処理する膜間差圧として、0.1kPa以上20kPa以下の範囲で濾過処理することができる性能を有することが好ましい。
【0071】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法で用いられる連続発酵装置のうち、分離エレメントが発酵反応槽の内部に設置された代表的な一例を、図1の概要図に示す。図1は、本発明で用いられる連続発酵装置の一つの実施の形態を説明するための概略側面図である。
【0072】
図1において、連続発酵装置は、分離膜エレメント2を備えた発酵反応槽1と水頭差制御装置3で基本的に構成されている。発酵反応槽1内の分離膜エレメント2には、多孔性膜が組み込まれている。この多孔性膜としては、例えば、国際公開第2002/064240号パンフレットに開示されている分離膜および分離膜エレメントを使用することができる。分離膜エレメントに関しては、追って詳述する。
【0073】
次に、図1の連続発酵装置による連続発酵の形態について説明する。
【0074】
培地供給ポンプ7によって、培地を、発酵反応槽1に連続的もしくは断続的に投入する。培地については、発酵反応槽1への投入前に必要に応じて加熱殺菌、あるいはフィルターを用いた滅菌を行うことができる。発酵生産時には、必要に応じて攪拌機5で発酵反応槽1内の発酵培養液を攪拌し、また必要に応じて気体供給装置4によって必要とする気体を供給し、また必要に応じてpHセンサ・制御装置9およびpH調整溶液供給ポンプ8によって発酵培養液のpHを調整し、また必要に応じて温度調節器10によって発酵培養液の温度を調節することにより生産性の高い発酵生産を行うことができる。
【0075】
ここでは、計装・制御装置による発酵培養液の物理化学的条件の調節に、pHおよび温度を例示したが、必要に応じて溶存酸素やORPの制御、更にはオンラインケミカルセンサーなどの分析装置により発酵培養液中の乳酸の濃度を測定し、それを指標とした物理化学的条件の制御を行うことができる。また、培地の連続的もしくは断続的投入の形態に関しては、上記計装装置による発酵培養液の物理化学的環境の測定値を指標として、培地投入量および速度を適宜調節することができる。
【0076】
発酵培養液は、発酵反応槽1内に設置された分離膜エレメント2によって微生物と発酵生産物に濾過・分離され、発酵生産物は装置系から取り出される。また、濾過・分離された微生物は、装置系内にとどまることで装置系内の微生物濃度を高く維持することができ、生産性の高い発酵生産を可能としている。ここで、分離膜エレメント2による濾過・分離には発酵反応槽1の水面との水頭差圧によって行い、特別な動力は必要ない。また、必要に応じてレベルセンサ6および水頭差圧制御装置3によって分離膜エレメント2の濾過・分離速度および発酵反応槽内の発酵培養液量を適当に調節することができる。上記、分離膜エレメントによる濾過・分離には水頭差圧によって行うことを例示したが、必要に応じてポンプ等による吸引濾過あるいは装置系内を加圧することにより濾過・分離することもできる。
【0077】
図2は、本発明の連続発酵による乳酸の製造方法で用いられる他の連続発酵装置の例を説明するための概要側面図である。図2は、分離膜エレメントが、発酵反応槽の外部に設置された連続発酵装置の代表的な例である。
【0078】
図2において、連続発酵装置は、発酵反応槽1と、膜分離膜エレメント2を備えた膜分離槽12と、水頭差制御装置3とで基本的に構成されている。ここで、分離膜エレメント2には、多孔性膜が組み込まれている。この多孔性膜と分離膜エレメントには、例えば、国際公開第2002/064240号パンフレットに開示されている分離膜および分離膜エレメントを使用することが好適である。また、膜分離槽12は、発酵培養液循環ポンプ11を介して発酵反応槽1に接続されており、発酵培養液の流通を可能にしている。
【0079】
図2において、培地供給ポンプ7によって、培地を発酵反応槽1に投入し、必要に応じて、攪拌機5で発酵反応槽1内の発酵培養液を攪拌し、また必要に応じて、気体供給装置4によって必要とする気体を供給することができる。このとき、供給された気体を回収リサイクルして再び気体供給装置4で供給することができる。また必要に応じて、pHセンサ・制御装置9およびよびpH調整溶液供給ポンプ8によって発酵培養液のpHを調整し、また必要に応じて、温度調節器10によって発酵培養液の温度を調節することにより、生産性の高い発酵生産を行うことができる。さらに、装置内の発酵培養液は、発酵培養液循環ポンプ11によって発酵反応槽1と膜分離槽12の間を循環する。
【0080】
発酵生産物を含む発酵培養液は、分離膜エレメント2によって微生物と発酵生産物に濾過・分離され、発酵生産物を装置系から取り出すことができる。また、濾過・分離された微生物は、装置系内にとどまることにより装置系内の微生物濃度を高く維持することができ、生産性の高い発酵生産を可能としている。
【0081】
ここで、分離膜エレメント2による濾過・分離は、膜分離槽12の水面との水頭差圧によって行うことができ、特別な動力を必要としない。必要に応じて、レベルセンサ6および水頭差圧制御装置3によって、分離膜エレメント2の濾過・分離速度および装置系内の培養液量を適当に調節することができる。必要に応じて、気体供給装置4によって必要とする気体を膜分離槽12内に供給することができる。このとき、供給された気体を回収リサイクルして再び気体供給装置4で膜分離槽12内に供給することができる。
【0082】
分離膜エレメント2による濾過・分離は、必要に応じて、ポンプ等による吸引濾過あるいは装置系内を加圧することにより、濾過・分離することもできる。また、別の培養槽(図示せず)で連続発酵に微生物または培養細胞を培養し、それを必要に応じて発酵反応槽内に供給することができる。別の培養槽で連続発酵に微生物または培養細胞を培養し、得られた培養液を必要に応じて発酵槽内に供給することにより、常にフレッシュで乳酸の生産能力の高い微生物による連続発酵が可能となり、高い生産性能を長期間維持した連続発酵が可能となる。
【0083】
次に、本発明の乳酸の製造方法で用いられる連続発酵装置で、好ましく用いられる分離膜エレメントについて説明する。
【0084】
図3に示す分離膜エレメントについて説明する。図3は、本発明で用いられる分離膜エレメントを例示説明するための概略斜視図である。本発明の乳酸の製造方法で用いられる連続発酵装置では、好ましくは、国際公開第2002/064240号パンフレットに開示されている分離膜および分離膜エレメントを用いることができる。分離膜エレメントは、図3に示されるように、剛性を有する支持板13の両面に、流路材14と前記の分離膜15(多孔性膜)をこの順序で配し構成されている。支持板13は、両面に凹部16を有している。分離膜15は、培養液を濾過する。流路材14は、分離膜15で濾過された濾液を効率よく支持板13に流すためのものである。支持板13に流れた濾液は、支持板13の凹部16を通り、集水パイプ17を介して連続発酵装置外部に取り出される。濾液を取り出すための動力として、水頭差圧、ポンプ、液体や気体等による吸引濾過、あるいは装置系内を加圧するなどの方法を用いることができる。
【0085】
図4に示す分離膜エレメントについて説明する。図4は、本発明で用いられる別の分離膜エレメントを例示説明するための概略斜視図である。分離膜エレメントは、図4に示すように、中空糸膜(多孔性膜)で構成された分離膜束18と上部樹脂封止層19と下部樹脂封止層20によって主に構成される。分離膜束18は、上部樹脂封止層19および下部樹脂封止層20よって束状に接着・固定化されている。下部樹脂封止層20による接着・固定化は、分離膜束18の中空糸膜(多孔性膜)の中空部を封止しており、発酵培養液の漏出を防ぐ構造になっている。一方、上部樹脂封止層19は、分離膜束18の中空糸膜(多孔性膜)の内孔を封止しておらず、集水パイプ22に濾液が流れる構造となっている。この分離膜エレメントは、支持フレーム21を介して連続発酵装置内に設置することが可能である。分離膜束18によって濾過された濾液は、中空糸膜の中空部を通り、集水パイプ22を介して連続発酵装置外部に取り出される。濾液を取り出すための動力として、水頭差圧、ポンプ、液体や気体等による吸引濾過、あるいは装置系内を加圧するなどの方法を用いることができる。
【0086】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法で用いられる連続発酵装置の分離膜エレメントを構成する部材は、高圧蒸気滅菌操作に耐性の部材であることが好ましい。連続発酵装置内が滅菌可能であれば、連続発酵時に好ましくない微生物による汚染の危険を回避することができ、より安定した連続発酵が可能となる。分離膜エレメントを構成する部材は、高圧蒸気滅菌操作の条件である、121℃の温度で15分間の状態下に耐性であることが好ましい。分離膜エレメント部材は、例えば、ステンレスやアルミニウムなどの金属、ポリアミド系樹脂、フッ素系樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリアセタール系樹脂、ポリブチレンテレフタレート系樹脂、PVDF、変性ポリフェニレンエーテル系樹脂およびポリサルホン系樹脂等の樹脂を好ましく選定することができる。
【0087】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法で用いられる連続発酵装置では、分離膜エレメントは、図1のように発酵反応槽内に設置しても良いし、図2のように発酵反応槽外に設置しても良い。分離膜エレメントを発酵反応槽外に設置する場合には、別途、膜分離槽を設けてその内部に分離膜エレメントを設置することができ、発酵反応槽と膜分離槽の間を培養液を循環させながら、分離膜エレメントにより培養液を連続的に濾過することができる。
【0088】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法で用いられる連続発酵装置では、膜分離槽は、高圧蒸気滅菌可能であることが望ましい。膜分離槽が高圧蒸気滅菌可能であると、雑菌による汚染回避が容易である。
【0089】
本発明に従って連続発酵を行った場合、従来の連続発酵と比較して、より長期的な乳酸生産や高い体積生産速度が得られ、極めて効率のよい発酵生産が可能となる。ここで、連続発酵培養における生産速度は、下記(式3)により計算される。
【0090】
【数3】

【0091】
次に、本発明の乳酸の製造方法に用いることができる乳酸を生産する能力を有する栄養非要求性酵母について、具体的に例示しながら説明する。
【0092】
本発明で用いることができる酵母としては、パン酵母などの酵母を挙げることができる。酵母は、自然環境から単離されたものでもよく、また、突然変異や遺伝子組換えによって一部性質が改変されたものであってもよい。
【0093】
本発明で使用される酵母は、乳酸を生産する能力を持つ酵母である。本発明で使用される酵母は、乳酸の生産能力が高いものが好ましい。本発明で使用される酵母は、元来乳酸の生産能力が高い酵母を自然界から分離してもよいし、人為的に生産能力を高めた酵母であってもよい。具体的には、本発明で使用される酵母は、突然変異や遺伝子組換えによって一部性質が改変された酵母であってもよい。
【0094】
本発明において好適に用いられる酵母としては、例えば、サッカロミセス(Saccharomyces)属、シゾサッカロミセス(Schizosaccharomyces)属またはクリベロミセス(Kluyveromyces)属に属する酵母が挙げられる。なかでも、サッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母がより好ましく、さらに好ましくは、サッカロミセス・セレビセ(Saccharomyces cerevisiae)である。本発明で特に好ましく使用される酵母は、具体的には、NBRC10505株およびNBRC10506株である。
【0095】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法では、酵母が、乳酸合成酵素遺伝子を導入した酵母であることが好ましい。本発明において、乳酸合成酵素遺伝子(ldh遺伝子)とは、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)とピルビン酸を乳酸と酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)に変換する活性を持つ乳酸脱水素酵素をコードしている遺伝子である。本発明においては、乳酸合成酵素遺伝子(ldh遺伝子)は、乳酸脱水素酵素(ldh)遺伝子である。
【0096】
乳酸脱水素酵素遺伝子は、生物の種類に応じてもしくは生体内においても各種同族体が存在する。本発明における乳酸脱水素酵素遺伝子としては、天然由来の乳酸合成酵素遺伝子の他、化学合成的あるいは遺伝子工学的手法で人工的に合成された乳酸脱水素酵素遺伝子でもよい。
【0097】
本発明の乳酸の製造方法でL−乳酸を製造する場合、L−乳酸生産能力を付与あるいは増強した酵母を用いることができる。L−乳酸生産能力の付与あるいは増強は、L−乳酸合成酵素遺伝子を導入することで行うことができる。L−乳酸合成酵素をコードする遺伝子は、好ましくは、酵素活性の強いL−乳酸合成酵素遺伝子である。天然由来の乳酸合成酵素遺伝子としては、例えば、乳酸菌などの原核生物もしくはカビなどの真核微生物由来のもの、さらにウシや人などの哺乳類を含む高等真核生物由来の乳酸合成酵素遺伝子を挙げることができる。
【0098】
本発明で好ましく使用されるL−乳酸脱水素酵素遺伝子として、例えば、カエル由来のものでは、アオガエル科(Rhacophoridae)、アカガエル科(Ranidae)、アマガエル科(Hylidae)、ジムグリガエル科(Microhylidae)、ヒキガエル科(Bufonidae)、クサガエル科(Hyperoliidae)、スキアシガエル科(Pelobatinae)、スズガエル科(Discoglossidae)、およびコモリガエル科(Pipidae)に属するL−乳酸脱水素酵素遺伝子が挙げられる。これらの中でも、コモリガエル科(Pipidae)に属するL−乳酸脱水素酵素遺伝子を用いることが好ましく、コモリガエル科に属するカエルの中でも、ゼノプス・レービス由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子が好ましく用いられる。
【0099】
本発明で好ましく使用されるL−乳酸脱水素酵素遺伝子は、ゼノプス・レービス(Xenopus laevis)由来のL−乳酸脱水素酵素遺伝子である。より好ましく使用されるL−乳酸脱水素酵素遺伝子は、配列番号1に示す核酸配列を有する乳酸脱水素酵素遺伝子であり、さらに好ましく使用されるL−乳酸脱水素酵素遺伝子は、カエル由来のL−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子であって、配列番号1に示す核酸配列を有する遺伝子である。
【0100】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法では、乳酸脱水素酵素遺伝子は、L−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が好ましく、L−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子は、L−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子の発現を可能とするプロモーターの下流に導入されていることが好ましい。さらに、本発明の連続発酵による乳酸の製造方法では、L−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子は、染色体上のピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子のプロモーターの下流に発現可能な状態で導入されていることが好ましい。
【0101】
本発明で好ましく使用される乳酸脱水素酵素遺伝子には、遺伝的多型性や変異誘発などによる変異型の遺伝子も含まれる。ここでいう遺伝的多型性とは、遺伝子上の自然突然変異により遺伝子の塩基配列が一部変化しているものである。また、変異誘発とは、人工的に遺伝子に変異を導入することをいい、例えば、部位特異的変異導入用キット(Mutant−K(タカラバイオ社製))を用いる方法や、ランダム変異導入用キット(BD Diversify PCR Random Mutagenesis(CLONTECH社製))を用いる方法などが挙げられる。
【0102】
さらに、酵素活性が強化された乳酸合成酵素をコードするDNAとしては、例えば、部位特異的変異導入法を用いた変異手法によって得られる酵素活性が強い乳酸合成酵素をコードするDNAや、強力なプロモーターの支配下に乳酸合成酵素をコードするDNAを連結したDNAなどを挙げることができる。
【0103】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法に用いられる酵母は、好ましくは、乳酸合成酵素(乳酸脱水素酵素、Lactate dehydrogenase)をコードする遺伝子を遺伝子組み換え等の手法を用いて導入することにより製造することができる。また、酵母が、既に目的とする乳酸合成酵素をコードする遺伝子を有している場合は、必ずしも該遺伝子を導入する必要はない。
【0104】
本発明で使用される酵母は、1倍体で良いが、倍数体でもよい。染色体が1組であることが1倍体、複数組を倍数体である。例えば、染色体が2組あれば2倍体と呼ぶ。
【0105】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法では、乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を酵母に導入する方法としては、例えば、乳酸脱水素酵素遺伝子をクローニングし、クローニングした該遺伝子を組み込んだ発現ベクターを酵母に形質転換する方法、クローニングした該遺伝子を染色体上の目的箇所に相同組換えで挿入する方法等が挙げられるが、これらに限られるものではない。
【0106】
本発明で好ましく使用される乳酸脱水素酵素遺伝子をクローニングする方法としては、特に制限はなく、既知の手法を用いることができる。例えば、既知の遺伝子情報に基づき、PCR(Polymerase Chain Reaction)法を用いて必要な遺伝領域を増幅取得する方法や、ゲノムライブラリーやcDNAライブラリーより相同性や酵素活性を指標としてクローニングする方法などが挙げられる。また、既知のタンパク質情報に基づき化学合成的又は遺伝子工学的に合成する方法も可能である。
【0107】
クローニングした乳酸脱水素酵素遺伝子を組み込む発現ベクターとしては、酵母で汎用的に利用される発現ベクターを用いることができる。酵母で汎用的に利用される発現ベクターとは、酵母細胞内での自立的複製に必要な配列、大腸菌細胞内での自立的複製に必要な配列、酵母選択マーカーおよび大腸菌選択マーカーを有している。また、組み込んだ乳酸脱水素酵素遺伝子を発現させるために、その発現を調節するオペレーター、プロモーター、ターミネーターまたはエンハンサー等のいわゆる調節配列をも有していることが望ましい。
【0108】
ここで、酵母細胞内での自立的複製に必要な配列とは、例えば、酵母の自立複製開始点(ARS1)とセントロメア配列の対もしくは酵母の2μmプラスミドの複製開始点であり、大腸菌内での自立的複製に必要な配列とは、例えば、大腸菌のColE1複製開始点である。また、酵母選択マーカーとしては、URA3またはTRP1等の栄養要求性相補的遺伝子、G418耐性遺伝子およびネオマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子が挙げられ、大腸菌の選択マーカーとしては、アンピシリン耐性遺伝およびカナマイシン耐性遺伝子等の抗生物質耐性遺伝子が挙げられる。調節配列としては、GAPDH(グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ)プロモーター、ADH(アルコールデヒドロゲナーゼ)プロモーターおよびGAPDHターミネーターが挙げられる。しかしながら、発現ベクターはこれらに限定されるものではない。
【0109】
上記発現ベクターのプロモーター下流に乳酸脱水素酵素遺伝子を導入することにより、該遺伝子を発現可能なベクターが得られる。得られた乳酸脱水素酵素遺伝子発現ベクターを、後述する方法により酵母に形質転換することにより、乳酸脱水素酵素遺伝子を酵母に導入することができる。
【0110】
乳酸脱水素酵素遺伝子を染色体上の目的箇所に、好ましくは、pdc1遺伝子のプロモーターの下流に相同組み換えで挿入する方法としては、乳酸脱水素酵素遺伝子の上流および下流に、導入目的箇所に相同的な部分を付加するようにデザインしたプライマーを用いてPCRを行い、得られたPCR断片を後述する方法により酵母に形質転換する方法が挙げられる。また、形質転換株の選択を容易にするために、上記PCR断片には酵母選択マーカーが含まれることが好ましい。
【0111】
ここで用いられるPCR断片を調整する方法は、例えば、下記(1)〜(3)のステップ1〜3の工程により行うことができる。その概略図を図5に示す。図5は、pdc1遺伝子プロモーター下流に、乳酸脱水素酵素遺伝子(ldh遺伝子)を導入する方法を説明するための概略図である。
【0112】
(1)ステップ1:乳酸脱水素酵素遺伝子の下流にターミネーターがつながったプラスミドを鋳型とし、プライマー1とプライマー2をセットとして、乳酸脱水素酵素遺伝子およびターミネーターを含む断片をPCRで増幅する。プライマー1は、導入目的箇所の上流側に相同的な配列40bp以上を付加するようデザインし、プライマー2は、ターミネーターより下流のプラスミド由来の配列をもとにデザインする。好ましくは、プライマー1に付加する導入目的箇所の上流側に相同的な配列は、ピルビン酸脱炭酸酵素1遺伝子(pdc1遺伝子)の上流に相同的な配列である。
【0113】
(2)ステップ2:酵母選択マーカーを持つプラスミド、例えば、pRS424やpRS426等を鋳型として、プライマー3とプライマー4をセットとして、酵母選択マーカーを含む断片をPCRで増幅する。プライマー3は、上記のステップ1のPCR断片のターミネーターより下流の配列と相同性のある配列が30bp以上を付加するようにデザインし、プライマー4には、導入目的箇所の下流側に相同的な配列40bp以上を付加するようデザインする。好ましくは、プライマー4に付加する導入目的箇所の下流側に相同的な配列は、pdc1遺伝子の下流に相同的な配列である。
【0114】
(3)ステップ3:上記のステップ1とステップ2で得られたPCR断片を混合したものを鋳型とし、プライマー1とプライマー4をセットとしてPCRを行うことにより、両末端に導入目的箇所の上流側および下流側に相同的な配列が付加された、乳酸脱水素酵素遺伝子、ターミネーター及び酵母選択マーカーを含むPCR断片が得られる。好ましくは、前記のPCR断片は、両末端にpdc1遺伝子の上流および下流に相同的な配列が付加された、ldh遺伝子、ターミネーターおよびマーカー遺伝子を含むPCR断片である。
【0115】
上記で得られた乳酸脱水素酵素遺伝子発現ベクターまたはPCR断片を酵母に導入するには、形質転換、形質導入、トランスフェクション、コトランスフェクションおよびエレクトロポレーション等の方法を用いることができる。具体的には、例えば、酢酸リチウムを用いる方法やプロトプラスト法等が用いられる。
【0116】
得られた形質転換株の培養方法としては、例えば、「M.D. Rose et al.,"Methods In Yeast Genetics", Cold Spring Harbor Laboratory Press (1990)」等に記載されている既知の方法を用いることができる。乳酸脱水素酵素遺伝子発現ベクター又はPCR断片が導入された酵母は、発現ベクターまたはPCR断片が有する酵母選択マーカーによって、栄養非添加培地または薬剤添加培地で培養することにより選択することができる。
【0117】
本発明で好ましく用いられる乳酸脱水素酵素遺伝子が導入された酵母を培養することにより、培地中に乳酸を製造することができる。
【0118】
得られた乳酸の測定法に特に制限はないが、例えば、HPLCを用いる方法や、F-キット(ロシュ社製)を用いる方法などがある。
【0119】
本発明において、乳酸脱水素酵素活性とは、ピルビン酸とNADHを乳酸とNAD+に変換する活性を示す。また限定されるわけではないが、乳酸脱水素酵素活性は比活性を指標として比較することができる。すなわち、ldh遺伝子導入方法および遺伝的バックグラウンドが同じ酵母を同条件で培養し、培養菌体から抽出したタンパク質を用いてNADHの減少に伴う340nmにおける吸光度の変化を測定する。その際に、常温において1分間当たりに1μmolのNADHを減少させる酵素量を1単位(Unit)と定義することにより、乳酸脱水素酵素の比活性は下記(式4)であらわされる。ここで、Δ340は、1分間あたりの340nmの吸光度の減少量であり、6.22は、NADHのミリモル分子吸光係数である。
【0120】
【数4】

【0121】
得られた発酵培養液中の乳酸は、従来から知られている方法によって、精製することができる。例えば、微生物を遠心分離した発酵培養液をpH1以下にしてから、ジエチルエーテルや酢酸エチル等で抽出する方法、イオン交換樹脂に吸着、洗浄した後、溶出する方法、酸触媒の存在下でアルコールと反応させてエステルとしてから蒸留する方法、およびカルシウム塩やリチウム塩として晶析する方法などで精製することができる。
【0122】
本発明において、発酵原料中の全アミノ酸濃度が2g/L以下であることは、本発明で使用される乳酸発酵用培地の中に含まれるアミノ酸の濃度が総計2g/L以下であることである。その発酵原料中の全アミノ酸濃度が2g/L以下である乳酸発酵用培地の好ましい具体的な例として、次の表1に示される全アミノ酸濃度が0.9g/L含まれる組成の培地(以下、合成培地1と略すことがある。)、同表2に示される全アミノ酸濃度が45mg/L含まれる組成の培地(以下、天然培地1と略すことがある。)、および同表3に示される全アミノ酸濃度が1.5g/L含まれる組成の培地(以下、天然培地2と略すことがある。)等が挙げられる。
【0123】
【表1】

【0124】
【表2】

【0125】
【表3】

【0126】
上記の合成培地1は、次のようにして調製することができる。例えば、表1に示された栄養素のうち、ビタミン類と金属塩についてはそれぞれフィルター処理により滅菌し、それ以外の栄養素については、糖、アミノ酸、核酸および無機塩類のグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表1に示す濃度となるように調製する。表1に示したアミノ酸は、各アミノ酸を表1に示された濃度になるように作製し培地に添加する、または10倍濃度の各アミノ酸溶液を作製し、それを希釈して表1に示された濃度になるように添加することができる。また、各アミノ酸、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物などの群から選ばれた1種類以上のアミノ酸を使い、培地の全アミノ酸濃度が0.9g/Lの濃度になるように必要量を添加しても良い。
【0127】
また、上記の天然培地1は、次のように調製することができる。例えば、表2に示された栄養素のうち、原料糖、アミノ酸および無機塩類である硫酸アンモニウムをグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表2に示す濃度となるように調製する。その中のアミノ酸は、表2に示された濃度になるように各アミノ酸溶液を作製し、培地に添加することができる。各アミノ酸溶液は、10倍濃度に作製し、それを希釈して表2に示された濃度になるように添加することができる。各アミノ酸としては、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、およびこれらの水和物などを使用することができる。培地の全アミノ酸濃度は、各アミノ酸群から選ばれた1種類以上のアミノ酸を使い、培地の全アミノ酸濃度が45mg/Lの濃度になるように必要量を添加しても良い。
【0128】
また、上記の天然培地2は、次のように調製することができる。例えば、表3に示された栄養素のうち、原料糖、アミノ酸および無機塩類である硫酸アンモニウムをグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表3に示す濃度となるように調製する。その中のアミノ酸は、表3に示された濃度になるように各アミノ酸溶液を作製し、培地に添加することができる。各アミノ酸溶液は、10倍濃度に作製し、それを希釈して表3に示された濃度になるように添加することができる。各アミノ酸としては、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、およびこれらの水和物などを使用することができる。培地の全アミノ酸濃度は、各アミノ酸群から選ばれた1種類以上のアミノ酸を使い、培地の全アミノ酸濃度が1.5g/Lの濃度になるように必要量を添加しても良い。
【0129】
発酵原料中の全アミノ酸濃度を2g/L以下にすることにより、乳酸発酵開始から発酵終了までの乳酸を生産する能力を有する酵母の生育速度を遅らせて長時間にわたり高密度化することができ、乳酸生産性を向上させることができる。また、酵母の死滅周期を遅らせ、死滅時に発生する副産物の濃度を少なめにすることにより、発酵培養液の分離膜として使用する多孔質膜の閉塞を抑えることができ、乳酸発酵の更なる長期化が可能になって、乳酸発酵の生産効率を上げることができる。
【0130】
本発明において、発酵原料の中または乳酸発酵用培地の中のアミノ酸濃度の測定は、例えば、次に示す条件で次のアミノ酸分析計を用いて測定することができる。
・アミノ酸分析計:L−8800A形(株式会社日立製作所製)
・カラム:日立カスタムイオン交換樹脂 #2622(株式会社日立製作所製)6mm×25mm×2本
・アンモニアフィルタカラム:日立カスタムイオン交換樹脂#2650(株式会社日立製作所製)4.6mm×60mm
・移動相:L−8500緩衝液PF−1、PF−2、PF−3、PF−4、L−8500カラム再生液PF(L−8500形日立高速アミノ酸分析計用、和光純薬工業株式会社製)
・反応溶液:ニンヒドリン試液ワコーニンヒドリン試液−L8500セット(ニンヒドリン溶液、緩衝液)(L−8500形日立高速アミノ酸分析計用、和光純薬工業株式会社製)
・化学反応槽温度:135°C
・検出波長:570nm,440nm
・試料注入量:25μl。
【0131】
本発明において、全アミノ酸濃度を2g/L以下にする発酵原料は、乳酸発酵を立ち上げるときから発酵終了までの投入される全ての培地の発酵原料あり、また、新規に発酵培養液に追加される発酵原料も全アミノ酸濃度が2g/L以下のものである。
【実施例】
【0132】
本発明の連続発酵による乳酸の製造方法について、実施例に基づいて具体的に説明する。
【0133】
本発明の実施例では、乳酸脱水素酵素遺伝子の例としてカエルの乳酸脱水素酵素遺伝子を選定し、酵母の例として参考例1で作出したサッカロミセス・セレビセ(Saccharomyces cerevisiae)を選定し、図1および図2に示した連続発酵装置を用いて乳酸の連続発酵を行った。また、分離膜として、参考例2と参考例3で作製した分離膜による図3と図4に示した分離膜エレメントを用いた。
【0134】
(参考例1)(乳酸合成能力を持つ酵母の造成)
乳酸脱水素酵素(ldh)遺伝子として、配列番号1に示す核酸配列を有するゼノプス・レービス(Xenopus laevis)由来の乳酸脱水素酵素遺伝子を使用した。乳酸脱水素酵素遺伝子のクローニングは、PCR法により行った。PCRには、ゼノプス・レービスの腎臓由来cDNAライブラリー(STRATAGENE社製)より付属のプロトコールに従い調製したファージミドDNAを鋳型として用いた。
【0135】
PCR増幅反応には、KOD−Plus polymerase(東洋紡社製)を用い、反応バッファーおよびdNTPmixなどは付属のものを使用した。上記のように、付属のプロトコールに従い調整したファージミドDNAを50ng/サンプル、プライマーを50pmol/サンプル、およびKOD−Plus polymeraseを1ユニット/サンプルになるように50μlの反応系に調製した。調製した反応溶液を、PCR増幅装置iCycler(BIO−RAD社製)により94℃の温度で5分熱変成させた後、94℃(熱変成):30秒、55℃(プライマーのアニール):30秒、68℃(相補鎖の伸張):1分を1サイクルとして30サイクル行い、その後4℃の温度に冷却した。なお、遺伝子増幅用プライマー(配列番号2,3)には、5末端側にはSalI認識配列、3末端側にはNotI認識配列がそれぞれ付加されるようにして作製した。
【0136】
PCR増幅断片を精製し、末端をT4 polynucleotide Kinase(タカラバイオ社製)によりリン酸化後、pUC118ベクター(制限酵素HincIIで切断し、切断面を脱リン酸化処理したもの)にライゲーションした。ライゲーションは、DNA Ligation Kit Ver.2(タカラバイオ社製)を用いて行った。ライゲーション溶液を、大腸菌DH5αのコンピテント細胞(タカラバイオ社製)に形質転換し、抗生物質アンピシリンを50μg/mLを含むLBプレートに蒔いて一晩培養した。生育したコロニーについて、ミニプレップでプラスミドDNAを回収し、制限酵素SalIおよびNotIで切断し、ldh遺伝子が挿入されているプラスミドを選抜した。これら一連の操作は、全て付属のプロトコールに従い行った。
【0137】
上記の乳酸脱水素酵素遺伝子が挿入されたpUC118ベクターを、制限酵素SalIおよびNotIで切断し、DNA断片を1%アガロースゲル電気泳動により分離し、定法に従い、乳酸脱水素酵素遺伝子を含む断片を精製した。得られた乳酸脱水素酵素遺伝子を含む断片を、図6に示す酵母発現ベクターpTRS11のXhoI/NotI切断部位にライゲーションし、上記と同様な方法でプラスミドDNAを回収し、制限酵素XhoI及びNotIで切断することにより、乳酸脱水素酵素遺伝子が挿入された発現ベクターを選抜した。以後、このようにして作成した乳酸脱水素酵素遺伝子を組み込んだ発現ベクターをpTRS102とした。
【0138】
得られた発現ベクターpTS102を増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号4,5)をプライマーセットとしたPCRにより、乳酸脱水素酵素遺伝子およびGAPDHターミネーター配列を含む1.3kbのDNA断片を増幅した(図5のステップ1に相当する。)。ここで、配列番号4は、pdc1遺伝子の上流65bpに相同性のある配列が付加されるようにデザインした。
【0139】
次に、プラスミド酵母選択用マーカーを持つプラスミドpRS424を増幅鋳型として、オリゴヌクレオチド(配列番号6,7)をプライマーセットとしたPCRにより、酵母選択マーカーであるTRP1遺伝子を含む1.2kbのDNA断片を増幅した。ここで、配列番号7は、pdc1遺伝子の下流65bpに相同性のある配列が付加されるようにデザインした。
【0140】
それぞれのDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離し、常法に従い精製した。ここで得られた各1.3kb断片と1.2kb断片を混合したものを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号:4,7)をプライマーセットとしたPCR法によって、乳酸脱水素酵素遺伝子、GAPDHターミネーターおよびTRP1遺伝子が連結された約2.5kbのDNA断片を増幅した。
【0141】
上記のDNA断片を1.5%アガロースゲル電気泳動により分離し、常法に従い精製後、酵母サッカロミセス・セレビセNBRC10505株に形質転換し、トリプトファン非添加培地で培養することにより、ldh遺伝子が染色体上のpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入されている形質転換株を選択した。
【0142】
上記のようにして得られた形質転換株が、乳酸脱水素酵素遺伝子が染色体上のpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入されている酵母であることの確認は、下記のようにして行った。まず、形質転換株のゲノムDNAをゲノムDNA抽出キット“Genとるくん”(登録商標)(タカラバイオ社製)により調製し、これを増幅鋳型とし、オリゴヌクレオチド(配列番号7,8)をプライマーセットとしたPCRにより、約2.8kbの増幅DNA断片が得られることで確認した。非形質転換株では、上記PCRによって約2.1kbの増幅DNA断片が得られる。以下、上記乳酸脱水素酵素遺伝子が染色体上のpdc1遺伝子プロモーターの下流に導入された形質転換株を、B2株として、後の実施例で用いた。
【0143】
(参考例2)多孔性膜の作製(その1)
樹脂としてポリフッ化ビニリデン(PVDF)樹脂を、また溶媒としてN,N−ジメチルアセトアミド(DMAc)をそれぞれ用い、これらを90℃の温度下に十分に攪拌し、下記組成を有する原液を得た。
[原液]
・PVDF:13.0重量%
・DMAc:87.0重量%
次に、上記の原液を25℃の温度に冷却した後、あらかじめガラス板上に貼り付けて置いた、密度が0.48g/cm3で、厚みが220μmのポリエステル繊維製不織布(多孔質基材)に塗布し、直ちに下記組成を有する25℃の温度の凝固浴中に5分間浸漬して、多孔質基材に多孔質樹脂層が形成された多孔性膜を得た。
[凝固浴]
・水 :30.0重量%
・DMAc:70.0重量%
この多孔性膜をガラス板から剥がした後、80℃の温度の熱水に3回浸漬してDMAcを洗い出し、分離膜を得た。多孔質樹脂層表面の9.2μm×10.4μmの範囲内を、倍率10,000倍で走査型電子顕微鏡観察を行ったところ、観察できる細孔すべての直径の平均は0.1μmであった。次に、上記分離膜について純水透水透過係数を評価したところ、50×10-93/m2/s/Paであった。純水透水量の測定は、逆浸透膜による25℃の温度の精製水を用い、ヘッド高さ1mで行った。また、平均細孔径の標準偏差は0.035μmで、膜表面粗さは0.06μmであった。
【0144】
(参考例3)多孔性膜の作製(その2)
重量平均分子量41.7万のフッ化ビニリデンホモポリマーとγ−ブチロラクトンとを、それぞれ38重量%と62重量%の割合で170℃の温度で溶解し原液を作製した。この原液をγ−ブチロラクトンを中空部形成液体として随拌させながら口金から吐出し、温度20℃のγ−ブチロラクトン80重量%水溶液からなる冷却浴中で固化して、中空糸膜を作製した。
【0145】
次いで、重量平均分子量28.4万のフッ化ビニリデンホモポリマーを14重量%、セルロースアセテートプロピオネート(イーストマンケミカル社、CAP482−0.5)を1重量%、N−メチル−2−ピロリドンを77重量%、ポリオキシエチレンヤシ油脂肪酸ソルビタン(三洋化成株式会社製、商品名イオネットT−20C)を5重量%、および水を3重量%の割合で95℃の温度で混合溶解して原液を調整した。この原液を、上記で得られた中空糸膜の表面に均一に塗布し、すぐに水浴中で凝固させた本発明で用いる中空糸多孔性膜を製作した。得られた中空糸多孔性膜の被処理水側表面の平均細孔径は、0.05μmであった。次に、上記の分離膜である中空糸多孔性膜について純水透水量を評価したところ、5.5×10-93/m2・s・Paであった。透水量の測定は、逆浸透膜による25℃の温度の精製水を用い、ヘッド高さ1mで行った。また、平均細孔径の標準偏差 は0.006μmであった。
【0146】
(実施例1)連続発酵によるL−乳酸の製造(その1)
図1に示す連続発酵装置を稼働させることにより、乳酸が連続発酵で得られるかどうかを調べるため、同装置を用いた連続発酵試験を行った。培地には、全アミノ酸濃度が0.9g/Lになるように調節した上述の表1に示す乳酸発酵用の合成培地1を、121℃の温度で15分間高圧蒸気滅菌処理して用いた。
【0147】
上記の合成培地1は、次のように調製した。表1に示された栄養素のうち、ビタミン類と金属塩についてはそれぞれフィルター処理により滅菌し、それ以外の栄養素については、糖、アミノ酸、核酸および無機塩類のグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表1に示す全アミノ酸濃度が0.9g/Lとなるように調製した。表1に示したアミノ酸は、10倍濃度の各アミノ酸溶液を作製し、それを希釈して表1に示された濃度になるように添加した。また、各アミノ酸には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物を使用した。
【0148】
分離膜エレメント部材には、ステンレスおよびポリサルホン樹脂の成形品を用いた。分離膜には、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする、前述の参考例2で作製した多孔性膜を用いた。この多孔性膜の特性を調べたところ、平均細孔径は0.1μmであり、純水透過係数は50×10-9/m/s/paであった。この実施例1における運転条件は、特に断らない限り下記のとおりである。
・発酵反応槽容量:1.5(L)
・使用分離膜:PVDF濾過膜
・膜分離エレメント有効濾過面積:120平方cm
・温度調整:30(℃)
・発酵反応槽通気量:200(mL/分)
・発酵反応槽攪拌速度:800(rpm)
・滅菌:分離膜エレメントを含む培養槽、および使用培地は総て121℃、20分のオートクレーブにより高圧蒸気滅菌。
・pH調整:8N NaOHによりpH5に調整
・膜透過水量制御:膜分離槽水頭差により流量を制御(水頭差は2m以内で制御)
発酵培養液に含まれる乳酸は、下記に示す条件でHPLC法により乳酸量を測定することで確認した。
・カラム:Shim−Pack SPR−H(島津社製)
・移動相:5mM p−トルエンスルホン酸(流速0.8mL/分)
・反応液:5mM p−トルエンスルホン酸、20mM ビストリス、および0.1mM EDTA・2Na(流速0.8mL/分)
・検出方法:電気伝導度
・温度:45(℃)。
【0149】
また、L−乳酸の光学純度測定は、下記の条件でHPLC法により測定した。
・カラム:TSK−gel Enantio L1(東ソー社製)
・移動相 :1mM 硫酸銅水溶液
・流速:1.0ml/分
・検出方法 :UV254nm
・温度 :30℃。
【0150】
また、L−乳酸の光学純度は、次式で計算される。
・光学純度(%)=100×(L−D)/(L+D)
ここで、LはL−乳酸の濃度を表し、DはD−乳酸の濃度を表す。また、グルコース濃度の測定には、“グルコーステストワコーC”(登録商標)(和光純薬社製)を用いた。
【0151】
まず、B2株を、試験管で表1に示す5mlの窒素ガスでパージした乳酸発酵用の合成培地で24時間、30℃の温度で静置培養した(前々々培養)。得られた培養液を窒素ガスでパージした新鮮な乳酸発酵用の合成培地50mlに植菌し、24時間、30℃の温度で静置培養した(前々培養)。前々培養液を、図1に示す連続発酵装置の窒素ガスでパージした1Lの乳酸発酵培地に植菌し、発酵反応槽1を付属の攪拌機5によって800rpmで攪拌し、発酵反応槽1の通気量の調整と30℃の温度に温度調整を行い、24時間培養を行った(前培養)。前培養完了後直ちに、乳酸発酵培地の連続供給を行い、連続発酵装置の発酵培養液量を1.5Lとなるように膜透過水量の制御を行いながら連続培養し、連続発酵による乳酸の製造を行った。このとき、気体供給装置から窒素ガスを発酵反応槽1内に供給し、排出されたガスを回収して再度発酵反応槽1に供給した。すなわち、窒素ガスを含む気体のリサイクル供給を行った。連続発酵試験を行うときの膜透過水量の制御は、水頭差制御装置3により、発酵反応槽水頭を最大2m以内、すなわち膜間差圧が20kPa以内となるように適宜水頭差を変化させることにより行った。適宜、膜透過発酵液中の生産された乳酸濃度および残存グルコース濃度を測定した。また、乳酸およびグルコース濃度から算出された投入グルコースから算出された乳酸生産速度を、後述の実施例2から実施例8および比較例1の結果と共にまとめて表4に示した。680時間の発酵試験を行った結果、この乳酸発酵用の合成培地と連続発酵装置を用いることにより、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0152】
【表4】

【0153】
(実施例2)連続発酵によるL−乳酸の製造(その2)
前記の参考例2で作製した多孔性膜を用い、培地が、全アミノ酸濃度が0.9g/Lになるように調節した乳酸発酵用の合成培地1から、上述の表2に示す全アミノ酸濃度45mg/Lを含む天然培地1に換えたこと以外には、実施例1と同様にしてL−乳酸連続発酵を行った。
【0154】
上記の天然培地1は、次のように調製した。表2に示された栄養素のうち、原料糖、アミノ酸および無機塩類である硫酸アンモニウムをグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表2に示す全アミノ酸濃度が45mg/Lとなるように調製した。表2に示したアミノ酸は、アミノ酸分析計により原料糖に含まれたアミノ酸成分およびアミノ酸濃度を測り、その不足分のアミノ酸を、作製した10倍濃度の各アミノ酸溶液を希釈して表2に示された全アミノ酸の濃度になるように添加した。また、各アミノ酸には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物を使用した。原料糖の中に含まれた全アミノ酸の濃度が表2に示された濃度より多い場合は、原料糖を希釈して全アミノ酸濃度を減らし、表2に示された濃度になるようにし、またそこに不足する糖の濃度はスクロースを添加して糖濃度を調節した。
【0155】
1120時間の発酵試験を行った結果、表4に示したようにこの天然培地1と図1に示す連続発酵装置を用いることにより、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より、長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0156】
(実施例3)連続発酵によるL−乳酸の製造(その3)
図2に示す連続発酵装置を稼働させることにより、乳酸がで得られるかどうかを調べるため、同装置を用いた連続発酵試験を行った。微生物として前述の参考例1で造成した酵母B2株を用い、培地には、全アミノ酸濃度が0.9g/Lになるように調節した実施例1と同じ表1に示す乳酸発酵用の合成培地1を用い、121℃の温度で15分間高圧蒸気滅菌処理して用いた。分離膜エレメント部材には、ステンレスおよびポリサルホン樹脂の成形品を用いた。また分離膜には、実施例1と同じ多孔性膜を用いた。この多孔質膜の特性を調べたところ、平均細孔径は0.1μmであり、純水透過係数は50×10-9/m/s/paであった。この実施例3における運転条件は、特に断らない限り下記のとおりである。
・発酵反応槽容量:1.5(L)
・膜分離槽容量:0.5(L)
・使用分離膜:PVDF濾過膜
・膜分離エレメント有効濾過面積:120平方cm
・温度調整:30(℃)
・発酵反応槽通気量:200(mL/分)
・発酵反応槽攪拌速度:800(rpm)
・pH調整:8N NaOHによりpH5.0に調整
・滅菌:分離膜エレメントを含む培養槽、および使用培地は総て121℃、20分のオートクレーブにより高圧蒸気滅菌。
・膜透過水量制御:膜分離槽水頭差により流量を制御(水頭差は2m以内で制御)
生産物であるL−乳酸の濃度の評価には、前記の実施例1に示したHPLCでの乳酸測定法と同様である。
【0157】
前記の参考例2で作製した多孔性膜を用い、実施例1と同様の培地と培養環境下でにL−乳酸連続発酵を行った。640時間の発酵試験を行った結果、表4に示したようにこの乳酸発酵用の合成培地1と図2に示す連続発酵装置を用いることにより、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より、長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0158】
(実施例4)連続発酵によるL−乳酸の製造(その4)
前記の参考例2で作製した多孔性膜と、実施例2のと同じ表2に示す天然培地1を用い、実施例3と同様にL−乳酸連続発酵を行った。1050時間の発酵試験を行った結果、表4に示したようにこの天然培地1と連続発酵装置を用いることにより、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0159】
(実施例5)連続発酵によるL−乳酸の製造(その5)
参考例2で作成したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜の代わりに、分離膜として参考例3で作製したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜(中空糸膜)を用いた他は、実施例1と同様にして、連続発酵試験を行った。表4に示したように、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0160】
(実施例6)連続発酵によるL−乳酸の製造(その6)
参考例2で作成したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜の代わりに、分離膜として参考例3で作製したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜(中空糸膜)を用いた他は、実施例2と同様にして、連続発酵試験を行った。表4に示したように、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0161】
(実施例7)連続発酵によるL−乳酸の製造(その7)
参考例2で作成したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜の代わりに、分離膜として参考例3で作製したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜(中空糸膜)を用いた他は、実施例3と同様にして、連続発酵試験を行った。表4に示したように、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0162】
(実施例8)連続発酵によるL−乳酸の製造(その8)
参考例2で作成したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜の代わりに、分離膜として参考例3で作製したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜(中空糸膜)を用いた他は、実施例4と同様にして、連続発酵試験を行った。表4に示したように、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0163】
(実施例9)連続発酵によるL−乳酸の製造(その9)
参考例2で作成したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜の代わりに、分離膜として参考例3で作製したポリフッ化ビニリデン(PVDF)を主成分とする多孔性膜(中空糸膜)を用いることと共に、培地は全アミノ酸濃度が1.5g/Lになるように調節した上述の表3に示す乳酸発酵用の天然培地2を用いた他は、実施例8と同様にして、連続発酵試験を行った。
【0164】
上記の表3の天然培地2は、次のように調製した。表3に示された栄養素のうち、原料糖、アミノ酸および無機塩類である硫酸アンモニウムをグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表3に示す全アミノ酸濃度が1.5g/Lとなるように調製した。表3に示したアミノ酸は、アミノ酸分析計により原料糖に含まれたアミノ酸成分およびアミノ酸濃度を測り、その不足分のアミノ酸を、作製した10倍濃度の各アミノ酸溶液を希釈して表3に示された全アミノ酸の濃度になるように添加した。また、各アミノ酸には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物を使用した。原料糖の中に含まれた全アミノ酸の濃度が表3に示された濃度より多い場合は、原料糖を希釈して全アミノ酸濃度を減らし、表3に示された濃度になるようにし、またそこに不足する糖の濃度はスクロースを添加して糖濃度を調節した。
【0165】
表4に示したように、以前の優れた乳酸連続発酵(比較例1)より長時間および高生産性の安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であることを確認することができた。
【0166】
(比較例1)連続発酵によるL−乳酸の製造(その10)
培地が、次の表5に示す全アミノ酸濃度が3.6g/Lになるように調節した乳酸発酵用の合成培地であること以外は、実施例3と同様にしてL−乳酸連続発酵を行った。
【0167】
【表5】

【0168】
上記の表5の合成培地2は、次のように調製した。表5に示された栄養素のうち、ビタミン類と金属塩についてはそれぞれフィルター処理により滅菌し、それ以外の栄養素については、糖、アミノ酸、核酸および無機塩類のグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表5に示す全アミノ酸濃度が3.6g/Lとなるように調製した。表5に示したアミノ酸は、10倍濃度の各アミノ酸溶液を作製し、それを希釈して表5に示された各アミノ酸の濃度になるように添加した。また、核アミノ酸には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物を使用した。
【0169】
300時間の発酵試験を行った結果、この乳酸発酵用の合成培地2と連続発酵装置を用いることにより、安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であった。しかしながら、表4に示したように、乳酸の生産量と収率および生産速度において、本発明の実施例より劣っていた。
【0170】
(比較例2)連続発酵によるL−乳酸の製造(その11)
培地が、次の表6に示す全アミノ酸濃度が2.3g/Lになるように調節した乳酸発酵用の合成培地3であること以外は、実施例3と同様にしてL−乳酸連続発酵を行った。
【0171】
【表6】

【0172】
上記の表6の合成培地3は、次のように調製した。表6に示された栄養素のうち、ビタミン類と金属塩についてはそれぞれフィルター処理により滅菌し、それ以外の栄養素については、糖、アミノ酸、核酸および無機塩類のグループに分け、グループごとにオートクレーブ処理により滅菌し、常温以下の温度まで冷却した後、表6に示す全アミノ酸濃度が2.3g/Lとなるように調製した。表6に示したアミノ酸は、10倍濃度の各アミノ酸溶液を作製し、それを希釈して表6に示された各アミノ酸の濃度になるように添加した。また、核アミノ酸には、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリン、またはこれらの水和物を使用した。
【0173】
300時間の発酵試験を行った結果、この乳酸発酵用の合成培地3と連続発酵装置を用いることにより、安定した乳酸の連続発酵による製造が可能であった。しかしながら、表4に示したように、乳酸の生産量と収率および生産速度において、本発明の実施例より劣っていた。
【図面の簡単な説明】
【0174】
【図1】図1は、本発明の連続発酵装置の一つの実施の形態を説明するための概略側面図である。
【図2】図2は、本発明で用いられる他の連続発酵装置の例を説明するための概要側面図である。
【図3】図3は、本発明で用いられる分離膜エレメントの一つの実施の形態を説明するための概略斜視図である。
【図4】図4は、本発明で用いられる他の分離膜エレメントの例を説明するための概略断面説明図である。
【図5】図5は、pdc1遺伝子プロモーター下流に、乳酸脱水素酵素遺伝子(ldh遺伝子)を導入する方法を説明するための概略図である。
【図6】図6は、本発明で用いられる酵母発現ベクターpTRS11のフィジカルマップを示す図である。
【符号の説明】
【0175】
1 発酵反応槽
2 分離膜エレメント
3 水頭差制御装置
4 気体供給装置
5 攪拌機
6 レベルセンサ
7 培地供給ポンプ
8 pH調整溶液供給ポンプ
9 pHセンサ・制御装置
10 温度調節器
11 発酵液循環ポンプ
12 膜分離槽
13 支持板
14 流路材
15 分離膜
16 凹部
17 集水パイプ
18 分離膜束
19 上部樹脂封止層
20 下部樹脂封止層
21 支持フレーム
22 集水パイプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸を生産する能力を有する酵母の発酵培養液を分離膜で濾過処理し、濾液から生産物を回収すると共に未濾過液を前記の発酵培養液に保持または還流し、かつ、発酵原料を前記の発酵培養液に追加する連続発酵により乳酸を製造する方法であって、前記の分離膜として平均細孔径が0.01μm以上1μm未満の多孔性膜を用い、膜間差圧を0.1以上20kPa未満の範囲にして濾過処理すると共に、発酵原料中の全アミノ酸濃度を2g/L以下にすることを特徴とする連続発酵による乳酸の製造方法。
【請求項2】
多孔性膜の純水透過係数が2×10−9/m/s/pa以上6×10−7/m/s/pa以下であることを特徴とする請求項1記載の連続発酵による乳酸の製造方法。
【請求項3】
多孔性膜の平均細孔径が0.01μm以上0.2μm未満であり、かつ、該平均細孔径の標準偏差が0.1μm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の連続発酵による乳酸の製造方法。
【請求項4】
多孔性膜の膜表面粗さが0.1μm以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の連続発酵による乳酸の製造方法。
【請求項5】
多孔性膜が多孔性樹脂層を含む多孔性膜である請求項1から4のいずれかに記載の連続発酵による乳酸の製造方法。
【請求項6】
多孔性膜の膜素材にポリフッ化ビニリデン系樹脂を用いることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の連続発酵による乳酸の製造方法。
【請求項7】
発酵原料が、スクロース、フラクトース、グルコース、ガラクトース、ラクトースおよびマルトースからなる群から選ばれた少なくとも1種類を含む培地である請求項1記載の乳酸の製造方法。
【請求項8】
発酵原料が、デンプン、デンプン加水分解物、甘藷糖蜜、甜菜糖蜜、ケーンジュース、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの抽出物または濃縮液、甜菜糖蜜またはケーンジュースの濾過液、シラップ(ハイテストモラセス)、甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製または結晶化された原料糖および甜菜糖蜜またはケーンジュースからの精製または結晶化された精製糖からなる群から選ばれた少なくとも1種類を含む培地である請求項1記載の乳酸の製造方法。
【請求項9】
乳酸がL−乳酸である請求項1〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
酵母がサッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母である請求項1記載の乳酸の製造方法。
【請求項11】
酵母が乳酸合成酵素遺伝子を導入した酵母である請求項1または10記載の乳酸の製造方法。
【請求項12】
乳酸合成酵素遺伝子が、ゼノプス・レービス(Xenopus laevis)由来のL−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子である請求項11記載の乳酸の製造方法。
【請求項13】
L−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が、配列番号1に示す核酸配列を有する遺伝子である請求項12記載の乳酸の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2009−142210(P2009−142210A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323002(P2007−323002)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】