説明

遊星歯車用支持軸

【課題】 潤滑油供給用の軸方向中心孔14及び分岐孔15、15の開口周縁部の様に、強度が低下し易い部分を有する場合でも、折損に結び付く様な重大な損傷が発生する事のない遊星歯車用支持軸を実現する。
【解決手段】 外周面16を含む表面層部分に高周波熱処理により、硬度がHv550以上である表面硬化層17を形成する。この表面硬化層17の有効硬化層深さhを、上記軸方向中心孔14の内周面18から上記外周面16迄の距離Hの0. 75倍以下に規制する。この構成により、上記各分岐孔15、15の開口周縁部等で発生した亀裂が上記軸方向中心孔14の内周面18にまで伝播する事を防止して、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の遊星歯車用支持軸は、例えば自動車用自動変速機やトランスアスクルを構成する遊星歯車装置に組み込まれる遊星歯車をキャリアに対して回転自在に支持する為の、遊星歯車用支持軸の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機を構成する遊星歯車装置が従来から、例えば特許文献1〜4等、多くの刊行物に記載されて広く知られると共に、広く実施されている。この従来から知られた遊星歯車装置は、例えば図2〜4に示す様に、外周面に歯1aを形成した太陽歯車1と、この太陽歯車1と同心に配置され、内周面に歯2aを形成したリング歯車2との間に、複数個(一般的には3〜4個)の遊星歯車3、3を、円周方向に関して等間隔に配置している。そして、これら複数個の遊星歯車3、3の外周面に形成した歯3aを、上記両歯1a、2aに噛合させている。
【0003】
上記複数個の遊星歯車3、3は、それぞれ支持軸4の周囲に、それぞれ複数本ずつのニードル5、5を介して回転自在に支持している。これら各支持軸4の基端部(図3〜4の右端部)は、上記太陽歯車1を中心として回転自在なキャリア6に支持固定している。図示の例では、上記各支持軸4の基端部を上記キャリア6に形成した通孔7aに締まり嵌めで内嵌すると共に、これら各支持軸4と上記キャリア6との間に係止ピン8を掛け渡して、これら各支持軸4が上記通孔7aから脱落するのを防止している。
【0004】
又、図示の例では、上記太陽歯車1を円筒状に形成し、上記キャリア6を、断面L字形で全体を円輪状に形成している。そして、図3に示す様に、このキャリア6の内周縁部に形成した円筒部9を、回転軸10の外周面にスプライン係合させている。上記太陽歯車1は、この回転軸10の周囲に、この回転軸10に対する相対回転を自在に支持している。又、上記リング歯車2は上記各部材1、6、10の周囲に、これら各部材1、6、10に対する相対回転自在に支持している。
【0005】
又、上記各支持軸4の先端部(図3〜4の左端部)は、円輪状に形成された連結板11に形成した通孔7bに内嵌固定し、これら各支持軸4の先端部同士を連結している。これら複数の支持軸4の中間部外周面で、上記キャリア6と上記連結板11との間部分は、円筒面状の内輪軌道12としている。一方、上記遊星歯車3の内周面は、円筒面状の外輪軌道13としている。そして、これら内輪軌道12と外輪軌道13との間部分に前記各ニードル5、5を設けて、上記遊星歯車3を、上記支持軸4の中間部周囲で連結板11とキャリア6との間部分に、回転自在に支持している。尚、上記各支持軸4の内部には、図4に示す様に、通油孔として機能する軸方向中心孔14及び分岐孔15を設け、上記各ニードル5、5の設置部分に潤滑油を送り込み自在としている。即ち、上記軸方向中心孔14の上流端を、上記キャリア6内に設けた潤滑油供給路16に通じさせると共に、上記分岐孔15の両端部を、上記軸方向中心孔14の内周面と外周面とに開口させている。そして、遊星歯車式変速機の運転時に、上記各ニードル5、5の設置部分に潤滑油を送り込み自在としている。
【0006】
上述の様な遊星歯車3及び支持軸4等を含んで構成する遊星歯車装置は、例えば、前記回転軸10を駆動軸又は従動軸とし、上記太陽歯車1又は上記リング歯車2の中心を従動軸又は駆動軸に結合する。そして、何れの歯車1、2、3を回転自在とし、何れの歯車1、2、3を回転不能とするかを切り換える事により、上記駆動軸と従動軸との間の変速並びに回転方向の変換を行なう。この様な遊星歯車装置自体の構成及び作用は、従来から周知であり、本発明の要旨とも関係しないから、全体構造の図示並びに詳しい説明は省略する。
【0007】
ところで、上述の様な遊星歯車装置の運転時に上記支持軸4の外周面(ラジアルニードル軸受の内輪軌道12)乃至表面層部分には、上記各ニードル5、5の転動面との転がり接触に基づいて大きな面圧(高面圧)が加わり、この表面層部分に、数GPa程度にも達する、大きな接触応力が発生する。この為に従来から、上記支持軸4を構成する金属材料として、硬くて大きな負荷に耐えられ、転がり疲労寿命が長く、且つ、滑りに対する耐摩耗性の良好なものを選択使用している。具体的には、SCM420等の肌焼き鋼、SK5等の高周波焼入れ鋼、SUJ2やSUJ3等の高炭素クロム軸受鋼が使用されている。
【0008】
又、上記支持軸4の外周面乃至は表面層部分は、上記各ニードル5、5の公転運動に基づき、高面圧下で繰り返し剪断応力を受ける為、転がり疲れ寿命確保の面から、厳しい使用条件となる。この為、上述の様な金属材料により造られる上記支持軸4の表面層部分には、浸炭処理や浸炭窒化処理等の表面熱処理を施して、上記繰り返し加わる剪断応力に拘らず(この剪断応力に耐えて)、上記表面層部分の転がり疲れ寿命を確保できる様にしている。更にこの表面層部分には、上記表面熱処理に加えて(この表面熱処理に引き続いて)高周波熱処理を施す事により、表面硬度を確保して、転がり疲れ寿命の一層の向上を図っている。
【0009】
ところが、遊星歯車装置に組み込まれる上記支持軸4の場合には、特有の形状、構造に起因して、次の様な問題を生じる。即ち、この支持軸4の内部には、上記各ニードル5、5の転動面と前記内輪軌道12及び前記外輪軌道13との転がり接触部に潤滑油を供給する為に、軸方向中心孔14及び分岐孔15が形成されている。一方、上記支持軸4の表面層部分の硬度を向上させるべく、この支持軸4に上記高周波熱処理に伴う焼き入れを行なう際には、高周波加熱により温度上昇した上記支持軸4の表面を急冷する為に冷却水を、この支持軸4の表面に向けて噴射する。従って、上記焼き入れ作業時には、この支持軸4の表面が先に冷やされ、引き続き芯部に向かって冷やされていく。この為、この支持軸4の表面でマルテンサイト変態が始まる温度域(例えば、SUJ2の場合で、200〜300℃)で上記支持軸4に、熱処理変態応力と熱的内部応力とが生じる。このうちの熱的内部応力は、この支持軸4の表面と芯部との温度差に基づき、この表面と芯部との熱膨張差により発生する。
【0010】
この様な熱処理変態応力及び熱的内部応力は、上記支持軸4の一部に、亀裂に結び付く、大きな引っ張り応力となって加わる可能性がある。特に、上記軸方向中心孔14及び分岐孔15の端部で上記支持孔4の表面(軸方向端面又は外周面)に存在する開口の周縁部に存在するエッジ部の様に、薄肉で熱容量の小さな部分に冷却水が直接吹き付けられると、この部分の温度が急激に低下し、この部分に瞬間的に熱応力を誘発させて、この部分の材料強度を低下させる可能性がある。そして、この部分に亀裂等の損傷が発生すると、この損傷が上記支持軸4の芯部に迄伝播し、この支持軸4全体が折損する可能性がある。従来は、遊星歯車式変速機の運転時に上記支持軸4に加わる力は限られていた為、上述の様な支持軸4の折損等の故障が発生する事はなかった。これに対して、近年、自動車用エンジンの出力向上等により、上記支持軸4に加わる力が大きくなる傾向にあり、上述の様な折損を確実に防止できる技術の実現が求められている。
【0011】
【特許文献1】特開平7−317885号公報
【特許文献2】特開平11−270661号公報
【特許文献3】特開2002−235841号公報
【特許文献4】実開昭63−125254号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上述の様な事情に鑑み、潤滑油供給用の軸方向中心孔の開口周縁部の様に、強度が低下し易い部分を有する場合でも、折損に結び付く様な重大な損傷が発生する事のない遊星歯車用支持軸を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の遊星歯車用支持軸は、従来から知られている遊星歯車用支持軸と同様、例えば図1に示す様に、中心部に軸方向中心孔14を有する。又、必要に応じて、この軸方向中心孔14の内周面と外周面とを貫通する分岐孔15、15を有する。そして、遊星歯車式変速機を構成する遊星歯車3をキャリア6(図3〜4参照)に対して回転自在に支持する為に使用する。
特に、本発明の遊星歯車用支持軸に於いては、外周面16を含む表面層部分に高周波熱処理により形成された、図1に斜格子模様で示す、硬度がHv550以上(好ましくは、請求項2に記載した様に、Hv500以上)である表面硬化層17の有効硬化層深さhを、上記軸方向中心孔14の内周面18から上記外周面16迄の距離Hの0. 75倍以下(h≦0.75H)に規制している。
【0014】
尚、高周波熱処理により形成された上記表面硬化層17の硬度は、上記外周面16部分で最も高く、この外周面16から芯部19に向かう程低くなる。従って、硬度がHv550以上である表面硬化層17の有効硬化層深さhとは、上記外周面16から、硬度がHv550である部分迄の、径方向距離である。請求項2に記載した発明の場合には、上記外周面16から、硬度がHv500である部分迄の、径方向距離である。因に、同じ試料で見た場合、有効硬化層深さhの値は、硬度をHv550とした場合よりも、硬度をHv500とした場合の方が大きくなる。従って、請求項1よりも請求項2の方が、有効硬化層深さhの上限値が小さい。又、上記軸方向中心孔14の内周面18から上記外周面16迄の距離Hとは、上記遊星歯車用の支持軸4aの外径Dと、上記軸方向中心孔14の内径dとの差の1/2{H=(D−d)/2}である。
【発明の効果】
【0015】
上述の様に構成する本発明によれば、必要とされる転がり疲れ寿命を有し、しかも、潤滑油供給用の孔の開口周縁部の様に、強度が低下し易い部分を有する遊星歯車用の支持軸4aでも、折損の様な重大な故障を有効に防止できる。
先ず、有効硬化層深さh部分で硬度がHv550(或いはHv500)であり、外周面16寄り部分での硬度がこれよりも大きい表面硬化層を有する為、表面の転がり疲れ寿命を確保できる。
【0016】
又、表面硬化層17の有効硬化層深さhを、軸方向中心孔14の内周面18から上記外周面16迄の距離Hの0. 75倍以下に規制している為、上記表面硬化層17を形成する為の高周波焼き入れ(高周波熱処理)時に、遊星歯車用の支持軸4aを構成する金属材料中に発生する内部応力によるこの金属材料の強度が低下、特に上記軸方向中心孔14(更には分岐孔15、15)の開口周縁部の材料強度が低下しても、この低下に基づく、重大な故障の発生を防止できる。この理由は、次の通りである。
【0017】
即ち、上記表面硬化層17の有効硬化層深さhを上記範囲に規制する事により、この表面硬化層17の内径側(芯部19寄り部分)に、優れた靱性を有する部分を、十分な径方向厚さを確保した状態で残留させられる。言い換えれば、上記支持軸4aの径方向に関して、高周波熱処理によりマルテンサイト組織となっている上記表面硬化層17を支える部分が、この表面硬化層17と上記軸方向中心孔14との間に、十分な厚さ寸法を確保した状態で存在する。
【0018】
逆に言えば、上記表面硬化層17の有効硬化層深さhが、上記軸方向中心孔14の内周面18から上記外周面16迄の距離Hの0. 75倍を越えて大きく(h>0.75Hに)なると、上記表面硬化層17を支えるべき、優れた靱性を有する部分の径方向厚さが不十分になる。そして、この表面硬化層17の一部(例えば分岐孔15、15の開口周縁部)で発生した亀裂が上記支持軸4aの径方向に伝播して上記軸方向中心孔14にまで達し易くなる。この亀裂がこの軸方向中心孔14にまで達した場合には、上記支持軸4aの折損等の重大な故障に結び付き易くなる。
【0019】
これに対して本発明の場合には、上記表面硬化層17の有効硬化層深さhを小さく抑える(h≦0.75Hとする)事により、上記表面硬化層17の一部で発生した亀裂が上記軸方向中心孔14にまで達しにくくして、上記支持軸4aの折損等の重大な故障を発生しにくくしている。
【実施例】
【0020】
本発明の効果を確認する為に行なった実験に就いて説明する。この実験には、図1に模式的に示した様な、支持軸4aを使用した。この様な支持軸4aを、出願人会社製の遊星歯車式変速機用の試験機に組み込んで、以下の条件で耐久試験を行なった。
支持軸4aの外径D=16. 7mm
各ニードル5、5(図3〜4参照)の外径=3. 5mm(総ニードル型)
ラジアルニードル軸受の基本動定格荷重C=23000N
同基本静定格荷重C0 =24000N
運転時に付与したラジアル荷重=9000N
遊星歯車3(図3〜4参照)の回転速度=6000min-1
ラジアルニードル軸受の計算寿命L10=56時間
潤滑油種類及び油温=ATF、100℃
【0021】
上記耐久試験は、上記支持軸4aの軸方向中心孔14の内径d及び表面硬化層17の有効硬化層深さhを種々(本発明の技術的範囲に属する実施例を3種類と、本発明の技術的範囲から外れる比較例を3種類との合計6種類に)異ならせて行なった。そして、上記支持軸4a、各ニードル5、5、遊星歯車3(図2〜4参照)のうちの少なくとも1個が破損した時点で中止し、その時点迄の運転時間を、当該支持軸4aを含むラジアルニードル軸受の転がり疲れ寿命とした。この結果を次の表1に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
上述の様な条件で行なった耐久試験の結果を表す、上記表1から明らかな通り、本発明の技術的範囲に属する支持軸4aを組み込んだラジアルニードル軸受の場合、優れた転がり疲れ寿命を有し、しかも、折損の様な重大な故障に結び付く、亀裂の発生を防止できる。これに対して比較例1〜3は、何れも、表面硬化層17の有効硬化層深さhが大き過ぎて(h>0.75Hであって)、軸方向中心孔14にまで達する亀裂が発生しただけでなく、転がり疲れ寿命も短かった。尚、比較例1、3の場合、h>Hであるが、この状態は、上記表面硬化層17が、上記軸方向中心孔14から軸方向に外れた位置で、この軸方向中心孔14の内周面18よりも径方向内方にまで達している状態を言う。
【0024】
尚、上述した耐久試験を行なうのに、上記支持軸4aを構成する金属材料は、高炭素クロム軸受鋼2種(SUJ2)を使用した。但し、本発明を実施する場合に、高炭素クロム軸受鋼3種又は4種(SUJ3、SUJ4)等、他の高炭素クロム軸受鋼、更には、前述した様な、SCM420等の肌焼き鋼、SK5等の高周波焼入れ鋼を使用する事もできる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施例を示す、遊星歯車用支持軸の断面図。
【図2】従来構造の遊星歯車装置の第1例を示す略側面図。
【図3】図2のA−A断面図。
【図4】同じく部分拡大断面図。
【符号の説明】
【0026】
1 太陽歯車
1a 歯
2 リング歯車
2a 歯
3 遊星歯車
3a 歯
4、4a 支持軸
5 ニードル
6 キャリア
7a、7b 通孔
8 係止ピン
9 円筒部
10 回転軸
11 連結版
12 内輪軌道
13 外輪軌道
14 軸方向中心孔
15 分岐孔
16 外周面
17 表面硬化層
18 内周面
19 芯部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向一端面に開口すると共に、軸方向中間部に迄達する軸方向中心孔を中心部に有し、遊星歯車式変速機を構成する遊星歯車をキャリアに対して回転自在に支持する為の遊星歯車用支持軸に於いて、外周面を含む表面層部分に高周波熱処理により形成された、硬度がHv550以上である表面硬化層の有効硬化層深さが、上記軸方向中心孔の内周面から上記外周面迄の距離の0. 75倍以下である事を特徴とする遊星歯車用支持軸。
【請求項2】
表面硬化層の硬度をHv500以上として有効硬化層深さを規制した、請求項1に記載した遊星歯車用支持軸。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−292026(P2006−292026A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−111585(P2005−111585)
【出願日】平成17年4月8日(2005.4.8)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】