説明

運動技能向上方法及び運動技能評価装置

【課題】人の運動技能を向上させる運動技能向上方法及び人の運動技能を評価する運動技能評価装置の提供。
【解決手段】所定回数の運動技能の訓練および習得度に関するテストを1セットとし、間に60秒間の休憩を挟みながら4セット行う。1つのセットの中で運動技能の訓練を3回行う。各訓練は5秒間だけ行う。磁気刺激を付与する場合には、各訓練の前に2秒間だけ経頭蓋磁気刺激を付与する。より具体的には、上肢運動に関係する運動関連領野(例えば1次運動野)に対して磁気刺激を付与するために、コイルを対象者の頭部の対象部位に接触させた状態でパルス磁場発生装置からコイルへパルス電流を流す。なお、磁気刺激を付与する頻度は20Hz程度であることが望ましく、また、その強度は運動閾値の70%以下であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人の運動技能を向上させる運動技能向上方法及び人の運動技能を評価する運動技能評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、生体に電気刺激を与えて運動機能の回復や改善を行う手法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。このような手法では、経皮的埋め込み電極方式が採用され、脳卒中、脊髄損傷等により麻痺した手足の神経、筋に対し、生体内に埋め込んだ複数個の電極を通して電気刺激を与えることによって、麻痺した手足の生体機能を回復させるものである。
【0003】
しかしながら、電気刺激により生体機能を回復させる手法では、高電圧の電流を用いて皮膚上から刺激を付与するため、皮膚の知覚線維が刺激され、強い痛みを伴うことが欠点となっていた。また、刺激範囲が広範となるため、特定の対象部位にのみ刺激を与えることは困難であり、予期せぬ副作用が発生する虞があるという問題点を有している。
【0004】
そこで、近年では、コイルを用いて時間的に変化する磁界を生体に与え、生体に誘起される電界により脳や神経を刺激する方法による診断及び治療が実施されている(例えば、非特許文献2参照)。
【非特許文献1】Friedhelm Hummel(フリードヘルム フンメル)他、Brain(ブレイン)、2005年、128巻、P490−499
【非特許文献2】Martin Tegenthoff(マーティン テゲンソフ)他、PLOS BIOLOGY(ピーエルオーエス バイオロジー)、第3巻、P2031−2040
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
磁気刺激を用いる手法では、非侵襲的かつ局所的な刺激を簡易な手法で与えることができるという利点を有しているが、従来の方法では、運動機能の向上が認められるのに長時間(およそ1時間から数十日)にわたる多量の刺激(例えば、数千回以上)が必要となり、短時間での効果が期待される医療現場などでの応用には不適切であるという問題点を有していた。
【0006】
また、治療、リハビリ等を行うことによって運動技能が向上するか否かの明確な指針が得られる評価装置の開発が求められていた。
【0007】
本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり、対象者が運動技能を習得するための動作を実行する前に所定時間だけ刺激を付与し、前記対象者が動作を実行した際に刺激の付与を停止させる構成とすることにより、短時間かつ少量の刺激により人の運動機能を向上させることができる運動技能向上方法を提供することを目的とする。
【0008】
本発明の他の目的は、対象者が前記運動技能を習得するための動作を実行した場合に刺激を付与し、刺激を付与してから所定時間経過後に刺激の付与を停止させる構成とすることにより、短時間かつ少量の刺激により人の運動機能を向上させることができる運動技能向上方法を提供することにある。
【0009】
本発明の他の目的は、対象者の脳に非侵襲的な刺激を所定の手法で付与し、前記手法にて刺激を付与した後、運動技能の習得度を算出する構成とすることにより、治療、リハビリ等を行うことによって運動技能が向上するか否かの明確な指針を与えることができる運動技能評価装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1発明に係る運動技能向上方法は、対象者の脳に非侵襲的な刺激を付与することにより、前記対象者の所定の運動技能を向上させる方法において、前記対象者が前記運動技能を習得するための動作を実行する前に所定時間だけ前記刺激を付与する第1のステップと、前記対象者が前記動作を実行した際に前記刺激の付与を停止させる第2のステップとを有することを特徴とする。
【0011】
第1発明にあっては、非侵襲的な刺激を付与する手法と実際の運動とを効率良く組み合わせることによって、刺激の付与が短時間かつ少量であっても、運動技能が顕著に向上する。
【0012】
第2発明に係る運動技能向上方法は、対象者の脳に非侵襲的な刺激を付与することにより、前記対象者の所定の運動技能を向上させる方法において、前記対象者が前記運動技能を習得するための動作を実行した場合に前記刺激を付与する第1のステップと、前記刺激を付与してから所定時間経過後に前記刺激の付与を停止させる第2のステップとを有することを特徴とする。
【0013】
第2発明にあっては、非侵襲的な刺激を付与する手法と実際の運動とを効率良く組み合わせることによって、刺激の付与が短時間かつ少量であっても、運動技能が顕著に向上する。
【0014】
第3発明に係る運動技能向上方法は、第1発明又は第2発明に記載の運動技能向上方法において、前記第1及び第2のステップを繰り返した後、前記運動技能の習得度を算出する第3のステップを更に有することを特徴とする。
【0015】
第3発明にあっては、所定の手法により運動技能を向上させた後、運動技能の習得度を算出するため、治療、リハビリ等を行うことによって運動技能が向上するか否かの明確な指針が得られる。
【0016】
第4発明に係る運動技能向上方法は、第1発明乃至第3発明の何れか1つに記載の運動技能向上方法において、前記刺激は磁気刺激であり、運動閾値の70%以下の強度で刺激を付与することを特徴とする。
【0017】
第4発明にあっては、付与する刺激は運動閾値の70%以下の強度の磁気刺激であり、微弱な刺激であっても実際の運動と効率的に組み合わせることによって、運動技能の向上が望める。
【0018】
第5発明に係る運動技能評価装置は、対象者の運動技能を評価する運動技能評価装置において、前記対象者の脳に非侵襲的な刺激を付与する刺激付与手段と、前記刺激を所定の手法で付与すべく前記刺激付与手段を制御する手段と、前記手法にて刺激を付与した後、前記運動技能の習得度を算出する手段とを備えることを特徴とする。
【0019】
第5発明にあっては、非侵襲的な刺激を付与する手法と実際の運動とを効率良く組み合わせることによって運動技能を向上させ、その習得度を算出する。したがって、治療、リハビリ等を行うことによって運動技能が向上するか否かの明確な指針が得られる。
【0020】
第6発明に係る運動技能評価装置は、第5発明に記載の運動技能評価装置において、前記刺激は磁気刺激であり、運動閾値の70%以下の強度で刺激を付与することを特徴とする。
【0021】
第6発明にあっては、付与する刺激は運動閾値の70%以下の強度の磁気刺激であり、微弱な刺激であっても実際の運動と効率的に組み合わせることによって、運動技能の向上が望める。
【発明の効果】
【0022】
第1発明及び第2発明による場合は、非侵襲的な刺激を付与する手法と実際の運動とを効率良く組み合わせることによって、刺激の付与が短時間かつ少量であっても、運動技能を顕著に向上させることができる。
【0023】
第3発明及び第5発明による場合は、所定の手法により運動技能を向上させた後、運動技能の習得度を算出するため、治療、リハビリ等を行うことによって運動技能が向上するか否かの明確な指針を得ることができる。
【0024】
第4発明及び第6発明による場合は、付与する刺激は運動閾値の70%以下の強度の磁気刺激である。したがって、微弱な刺激であっても実際の運動と効率的に組み合わせることによって、運動技能の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明をその実施の形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
実施の形態1.
図1は本実施の形態に係る運動技能評価装置の全体構成を示す模式図である。図中1は人の運動技能を評価する運動技能評価装置である。この運動技能評価装置1は、評価対象の人間(以下、対象者という)の脳に対し非侵襲的な刺激としてパルス磁場を与えるパルス磁場発生装置10と、運動技能の習得度について評価を行うデータ処理装置20とを備えている。
【0026】
パルス磁場発生装置10には、磁場を発生させるためのコイル18が接続される。このコイル18は所謂8の字コイルであり、直径が70mm程度の2つの円形コイルを樹脂などの絶縁物内に同一平面上で8の字型に並列させたものである。パルス磁場発生装置10は、これらの2つの円形コイルに逆向きにパルス電流を流すことにより、局所的な磁場を発生させることができる。
【0027】
なお、本実施の形態では、8の字コイルを用いることとしたが、単一の円形コイル、2つの円形コイルをおよそ95度の角度で並列させたダブルコーンコイル等を用いる構成であってもよい。
【0028】
パルス磁場発生装置10の使用に際しては、コイル18を対象者の頭部の予め定めた対象部位に接触させ、適宜の大きさのパルス電流をコイル18に流す。このときコイル18からパルス磁場が発生し、このパルス磁場によって生体組織に電場が誘導される。誘導電場は生体内に渦電流を誘起し、神経膜に脱分極を生じさせ、活動電位を発生させる。すなわち、磁場自体は生体組織を直接刺激するものではなく、誘導電場による渦電流が生体組織を刺激することになる。
【0029】
図2はパルス磁場発生装置10及びデータ処理装置20の内部構成を説明するブロック図である。パルス磁場発生装置10は、制御部11を備え、この制御部11には、入出力IF13、操作部14、表示部15、及びパルス発生部16等のハードウェアがバス12を介して接続されている。
【0030】
制御部11はCPU、ROM、RAM等を備えており、ROMに予め格納している制御プログラムをRAM上にロードすることにより、前述したハードウェア各部の制御を行う。入出力IF13は、各種データの入出力を行うインタフェースである。操作部14は、各種のスイッチを備えており、発生させる磁場の大きさ、発生周期、繰り返し数等を設定できるようにしている。また、表示部15は、例えば、LEDディスプレイであり、操作部14を通じて設定された設定値等を表示できるようにしている。
【0031】
パルス発生部16は、コイル18に対してパルス電流を流すタイミングについての制御を行う。具体的には、パルス電流を流すタイミングを予め設定しておき、設定されたタイミングに従ってパルス電流を流すように制御する。タイミングの設定は、予め制御部11内のROMに格納しておく構成であってもよく、操作部14を通じて事前に受付ける構成であってもよい。また、データ処理装置20にて設定し、設定した情報を入出力IF13を通じて取得する構成であってもよい。
【0032】
データ処理装置20は、具体的にはパーソナルコンピュータである。データ処理装置20は、CPU21を備え、このCPU21には、ROM23、RAM24、入出力IF25、キーボード26、モニタ27、及びHDD28等のハードウェアがバス22を介して互いに接続されている。
【0033】
CPU21は、ROM23に予め格納された各種制御プログラムをRAM24上にロードして実行することにより、前述したハードウェア各部の制御を行う。入出力IF25は、パルス磁場発生装置10の入出力IF13に接続されており、パルス磁場発生装置10から出力される情報を取得する。キーボード26は、データの入力、データ処理に係る操作等を受付ける。モニタ27は、例えば液晶ディスプレイであり、入力されたデータ、データ処理の結果を表示する。HDD28は、磁気記録媒体を有する記憶装置であり、入力されたデータ、データ処理の結果等を表示する。
【0034】
以下では、極めて微弱な高頻度磁気刺激を感覚−運動領野などに与える方法と実際の運動(すなわち、運動技能を習得するための動作)とを組み合わせることによって、従来よりも短時間かつ少量の刺激によって対象者の運動技能を効率的に向上させることができる方法を提案し、このようにして向上させた運動技能について評価する装置について説明する。
【0035】
図3は運動技能を習得するための動作の一例を説明する説明図である。本実施の形態では、手の平の上で2つのボール101,102を転がす運動技能を例にとり、この運動技能を向上させる方法について説明する。ボール101,102は、図3(a)に示したように手の平の上に2つ乗せることができるものが望ましく、直径3cm〜4cm程度、適宜の重さを有する球状のものが使用される。また、ボールの動きを容易に視認できるように、互いに異なる色の塗装を施していることが望ましい。
【0036】
この運動技能を習得するための動作は、図3(b)に示したように、右の手の平に2つのボール101,102を乗せている場合には時計回り(左の手の平に乗せている場合には反時計回り)におよそ水平面内で転がし、一方のボール101の位置と他方のボール102の位置とを交換するというものである。単位時間(例えば10秒)あたりにボール101,102の位置を交換した回数をこの運動技能の習得度として算出することができる。
【0037】
図4は磁気刺激を付与して運動技能を習得する手法、図5は磁気刺激を付与しないで運動技能を習得する手法について説明する説明図である。本実施の形態では、所定回数の運動技能の訓練および習得度に関するテスト(以下、運動テストという)を1セットとし、間に60秒の休憩を挟みながら4セット行う。1つのセットの中で運動技能の訓練を3回行う。各訓練は5秒間だけ行い、その間、対象者は、2つのボール101,102をできるだけ多く回転させるように努める。
なお、本実施の形態では、1セットあたりの訓練の回数を3回、各訓練を5秒としたが、1セットあたりの訓練の回数を4〜6回、1回あたりの訓練時間を5〜10秒としてもよい。
【0038】
磁気刺激を付与する場合には、各訓練の前に2秒間だけ経頭蓋磁気刺激(TMS : Transcranial magnetic stimulation、以下単に磁気刺激という)を付与する。より具体的には、上肢運動に関係する運動関連領野(例えば1次運動野)に対して磁気刺激を付与するために、前述のコイル18を対象者の頭部の対象部位に接触させた状態でパルス磁場発生装置10からコイル18へパルス電流を流す。磁気刺激を付与する頻度は20Hz程度であることが望ましく、また、その強度は運動閾値の70%以下であることが望ましい。ここで、運動閾値とは、特定の刺激部位を刺激し、50%以上の確率で50μVのMEP振幅(MEP : Motor Evoked Potential)を対象四肢の筋肉で誘発できる最低の刺激強度をいう。なお、国際安全基準は、磁気刺激を付与する頻度が20Hzである場合、1回の刺激が2秒を超えないことを安全基準として規定しているが、本発明では当該国際安全基準を満たした手法で磁気刺激の付与を行っている。
【0039】
磁気刺激を付与する間隔(ISI : inter stimulus interval, 刺激間時間間隔)は9秒間とる。3回の運動技能の訓練の後、120秒間の休憩をとり、運動テストを行う。運動テストは、図3(b)を用いて説明した動作を10秒間行う。この動作の実行回数がこのセットにおける習得度として算出される。
【0040】
磁気刺激を付与しない場合の訓練手法については、磁気刺激を付与する場合と全く同様であり、対象者の脳の対象部位に対して磁気刺激を付与する代わりに、コイル18を対象者の頭部から10〜15cm程度離して空気中に磁場を放射する。3回の運動技能の訓練の後、120秒間の休憩をとり、前述と同様の運動テストを行う。
【0041】
図6は運動テストの結果を示すグラフである。図6(a)はある対象者に磁気刺激を付与した場合、及び磁気刺激を付与しない場合の運動テストの結果を示し、図6(b)は別の対象者の運動テストの結果を示している。各グラフの横軸は運動テストの試行回数をとり、縦軸はボール101,102の位置を交換した回数をとっている。グラフ中「●」で示したシンボルは、磁気刺激を付与しない場合の運動テストの結果を示し、「○」で示したシンボルは、磁気刺激を付与した場合の運動テストを示している。なお、それぞれの運動テストは4日程度の間隔を空けて行った。運動テストは右手について行い、前述した4セットからなるセッションを120秒間の休憩を挟みながら3回繰り返した。その結果、磁気刺激を付与しない場合には両者共運動技能の向上が見られないが、磁気刺激を付与した場合には2つ目のセッションの後半から統計的に有意な差が認められるようになった。すなわち、図4で示した方法で15分〜30分程度の磁気刺激を付与することにより運動技能が向上することが分かった。このとき付与した磁気刺激は480パルス程度であり、従来より少量の刺激付与により人の運動技能を向上させることができることが分かった。
【0042】
次に、右手による運動テストと左手による運動テストとの比較を行う。図7は右手及び左手の運動テストの比較結果を示すグラフである。図7(a)に示したグラフの横軸は運動テストの試行回数、縦軸はボール101,102の位置を交換した回数をとっている。グラフ中「●」で示したシンボルは、右手による運動テストの結果を示し、「○」で示したシンボルは、左手による運動テストの結果を示している。試行回数が1回〜4回は、何れも準備段階での運動テストの結果を示している。この結果から、左手による運動技能は右手による運動技能ほど習熟していないことが分かる。準備段階に続いて図5で説明した訓練及び運動テスト、図4で説明した訓練及び運動テストを交互に繰り返した。その結果、最初からある程度習熟していた右手による運動技能は、磁気刺激による技能向上が顕著に見られないが、習熟していない左手による運動技能は、磁気刺激によって技能向上が見られることが分かった。
【0043】
各セッションでの実行回数を準備段階での平均回数により除算して上達率を算出した結果、図7(b)のグラフで示した結果が得られた。このグラフの横軸は運動テストの試行回数、縦軸は前述のようにして求めた上達率をとっている。また、グラフ中「●」で示したシンボルは、右手による運動テストの結果を示し、「○」で示したシンボルは、左手による運動テストの結果を示している。左手による運動テストの結果から、運動技能学習における一時的停滞(学習の頭打ち)を簡単に克服することができ、かつ刺激後には変動幅が少ない運動技能の遂行が可能になる。また、既に十分に学習が完了している運動技能ではこの刺激による向上効果が顕著に見られないため、運動技能の学習過程の評価にも応用可能であることが分かった。
【0044】
図8は複数の人の平均上達率を示すグラフである。横軸には運動テストの試行回数、縦軸には平均上達率をとっている。また、グラフ中「●」で示したシンボルは、最初から熟練している人達の上達率の平均値、「○」で示したシンボルは、熟練していない人達の上達率の平均値を示しており、いずれも磁気刺激を付与して訓練を行ったものである。このグラフからも、既に十分に学習が完了している場合には運動技能の向上が顕著ではないが、学習の頭打ちが生じている場合には磁気刺激を付与することにより、運動技能の向上が有意に認められることが分かった。
【0045】
このように本発明では、学習の頭打ちが生じている場合には磁気刺激を付与することによって運動技能を向上させることができる。また、既に十分に学習が完了している場合には運動技能の向上が顕著でないため、学習過程の評価にも応用することができ、例えば、スポーツ選手など効率的に身体運動を獲得したり、精度の高い運動制御が要求される局面での応用が期待できる。更に、脳卒中、脳梗塞などにより脳障害が生じた場合、又は加齢により運動機能が著しく低下した場合等においてはリハビリが欠かせないのが現状であるが、本発明は運動機能改善における効率的なリハビリトレーニング法の重要な指針となり得る。
【0046】
実施の形態2.
実施の形態1では、運動技能を習得するための動作を実行する前に経頭蓋磁気刺激(TMS)を付与する構成としたが、前記動作の実行中に磁気刺激を付与する構成であってもよい。本実施の形態では、磁気刺激を付与しながら運動技能を習得する手法について説明する。
【0047】
図9は磁気刺激を付与しながら運動技能を習得する手法について説明する説明図である。実施の形態1と同様に、所定回数の運動技能の訓練および運動テストを1セットとし、間に60秒の休憩を挟みながら4セット行う。1つのセットの中で運動技能の訓練を3回行う。各訓練は5秒間だけ行い、その間、対象者は、2つのボール101,102をできるだけ多く回転させるように努める。
なお、本実施の形態では、1セットあたりの訓練の回数を3回、各訓練を5秒としたが、1セットあたりの訓練の回数を4〜6回、1回あたりの訓練時間を5〜10秒としてもよい。
【0048】
各訓練の開始と同時的に磁気刺激を付与する。すなわち、コイル18を対象者の頭部の対象部位に接触させた状態に保ち、対象者が運動技能を習得する動作を開始したのと同時的にパルス磁場発生装置10からコイル18へパルス電流を流す。なお、磁気刺激を付与する頻度は20Hz程度であることが望ましく、また、その強度は運動閾値の70%以下であることが望ましい。
【0049】
磁気刺激を付与する間隔(ISI : inter stimulus interval, 刺激間時間間隔)は9秒間とる。3回の運動技能の訓練の後、60秒間の休憩をとり、運動テストを行う。運動テストは、図3(b)を用いて説明した動作を10秒間行う。この動作の実行回数がこのセットにおける習得度として算出される。
【0050】
このようにして訓練を行った結果、実施の形態1と同様に15分〜30分程度の磁気刺激を付与することで対象者の運動技能が向上することが分かった。このとき付与した磁気刺激は480パルス程度であり、従来より少量の刺激付与により人の運動技能を向上させることができることが分かった。
【0051】
実施の形態3.
実施の形態1及び実施の形態2では、コイル18を人の頭部の対象部位に接触させて磁場を発生させることにより運動領野を刺激する構成としたが、運動領野以外の部位を刺激することによっても運動技能を向上させることが可能である。本実施の形態では、感覚領野に対して磁気刺激を付与した場合の運動テストの結果について説明する。
【0052】
図10は運動領野及び感覚領野を刺激した場合の運動テストの結果を示すグラフである。図10(a)に示したグラフは運動領野を刺激した場合の運動テストの結果であり、横軸は運動テストの試行回数、縦軸はボール101,102の位置を交換した回数をとっている。試行回数が1回〜9回は磁気刺激を付与しないで運動テストを行った場合、試行回数が10回〜21回は磁気刺激を付与して運動技能の訓練を行った後に運動テストを行った場合の結果を示している。運動技能の訓練手法としては図4で説明した手法を用いた。また、試行回数が22回以降は磁気刺激を付与しないで運動テストを行った結果を示している。
【0053】
実施の形態1で説明した結果と同様に、運動領野に磁気刺激を与えて訓練を行った場合、運動技能が顕著に向上していることが分かる。このとき、習得度の上昇率を表す回帰直線の傾きは0.13、テスト結果のばらつきを示す標準偏差は1.71であった。
【0054】
一方、10(b)に示したグラフは感覚領野を刺激した場合の運動テストの結果である。横軸は運動テストの試行回数、縦軸はボール101,102の位置を交換した回数をとっている。試行回数が1回〜9回は磁気刺激を付与しないで運動テストを行った場合、試行回数が10回〜21回は磁気刺激を付与して運動技能の訓練を行った後に運動テストを行った場合の結果を示している。運動技能の訓練手法としては図4で説明した手法を用いた。また、試行回数が22回以降は磁気刺激を付与しないで運動テストを行った結果を示している。
【0055】
運動領野と感覚領野とは6cm程度離れているため、前述したようなコイル18を用いて局所的な磁場を発生させることにより、感覚領野にのみ刺激を与える事が可能である。図10(b)に示したグラフから、感覚領野に刺激を与えて訓練を行った場合でも運動技能が向上することが分かる。これは、感覚領野に刺激を与えることで手の感覚が研ぎ澄まされ、ボール101,102のコントロールを正確に行えるようになった結果、運動技能が向上したものと考えられる。
【0056】
また、上述と同様に回帰直線の傾き及びテスト結果の傾きを求めた場合、それぞれ0.04及び0.67となり、運動領野に磁気刺激を与えて訓練を行った場合と比較して何れも小さくなることが分かった。すなわち、感覚領野に磁気刺激を与えて訓練を行った場合、比較的ゆっくりとではあるが確実に運動技能を向上させることできることが分かった。
【0057】
このように、運動領野と異なる部位(感覚領野)を刺激した場合であっても運動技能の向上が見られることから、例えば、前頭葉、前頭連合野などの脳の他の部位に対して磁気刺激を与えることにより、運動技能向上の可能性があるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】本実施の形態に係る運動技能評価装置の全体構成を示す模式図である。
【図2】パルス磁場発生装置及びデータ処理装置の内部構成を説明するブロック図である。
【図3】運動技能を習得するための動作の一例を説明する説明図である。
【図4】磁気刺激を付与して運動技能を習得する手法について説明する説明図である。
【図5】磁気刺激を付与しないで運動技能を習得する手法について説明する説明図である。
【図6】運動テストの結果を示すグラフである。
【図7】右手及び左手の運動テストの比較結果を示すグラフである。
【図8】複数の人の平均上達率を示すグラフである。
【図9】磁気刺激を付与しながら運動技能を習得する手法について説明する説明図である。
【図10】運動領野及び感覚領野を刺激した場合の運動テストの結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
1 運動技能評価装置
10 パルス磁場発生装置
11 制御部
13 入出力IF
14 操作部
15 表示部
16 パルス発生部
20 データ処理装置
21 CPU
23 ROM
24 RAM
25 入出力IF
26 キーボード
27 モニタ
28 HDD

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の脳に非侵襲的な刺激を付与することにより、前記対象者の所定の運動技能を向上させる方法において、
前記対象者が前記運動技能を習得するための動作を実行する前に所定時間だけ前記刺激を付与する第1のステップと、前記対象者が前記動作を実行した際に前記刺激の付与を停止させる第2のステップとを有することを特徴とする運動技能向上方法。
【請求項2】
対象者の脳に非侵襲的な刺激を付与することにより、前記対象者の所定の運動技能を向上させる方法において、
前記対象者が前記運動技能を習得するための動作を実行した場合に前記刺激を付与する第1のステップと、前記刺激を付与してから所定時間経過後に前記刺激の付与を停止させる第2のステップとを有することを特徴とする運動技能向上方法。
【請求項3】
前記第1及び第2のステップを繰り返した後、前記運動技能の習得度を算出する第3のステップを更に有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の運動技能向上方法。
【請求項4】
前記刺激は磁気刺激であり、運動閾値の70%以下の強度で刺激を付与することを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1つに記載の運動技能向上方法。
【請求項5】
対象者の運動技能を評価する運動技能評価装置において、
前記対象者の脳に非侵襲的な刺激を付与する刺激付与手段と、前記刺激を所定の手法で付与すべく前記刺激付与手段を制御する手段と、前記手法にて刺激を付与した後、前記運動技能の習得度を算出する手段とを備えることを特徴とする運動技能評価装置。
【請求項6】
前記刺激は磁気刺激であり、運動閾値の70%以下の強度で刺激を付与することを特徴とする請求項5に記載の運動技能評価装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−79712(P2008−79712A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−261062(P2006−261062)
【出願日】平成18年9月26日(2006.9.26)
【出願人】(301022471)独立行政法人情報通信研究機構 (1,071)
【出願人】(393031586)株式会社国際電気通信基礎技術研究所 (905)
【Fターム(参考)】