説明

過酸化水素分解触媒および過酸化水素分解方法

【課題】濃度が10ppm以下の極めて低濃度の過酸化水素を、常温付近の温和な条件下で効率良く分解することができる触媒を提供するとともに、該触媒を用いた過酸化水素の分解方法を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼等の金属板の表面に、アルミナを5〜100μmの厚みでコーティングして多孔質アルミナ被膜を形成し、該多孔質アルミナ被膜に、粒子径が5nm以下の貴金属コロイド粒子を担持した構造の触媒であり、該触媒の形状は、ハニカム構造あるいはメッシュ構造とすることができる。当該触媒を用いることにより、10ppm以下の低濃度で含まれる過酸化水素を、常温付近で効率良く分解することができ、特に、過酸化水素水を高流速で触媒中を通過させても、分解率の低下が少なく、良好に分解することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素分解触媒および過酸化水素分解方法に関し、詳細には、水に溶解した低濃度の過酸化水素を効率良く分解する触媒および該触媒を用いる過酸化水素の分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は、洗浄剤、殺菌剤あるいは漂白剤として、食品、繊維、洗剤、半導体、鍍金など様々な工業分野で使用されており、過酸化水素を使用するこれらの工場では、過酸化水素を含む排水が発生する。また、沸騰水型原子力発電プラントの原子炉内においては冷却水の放射線分解により過酸化水素が発生する。これらの過酸化水素を含む水を、排出あるいは再利用するためには、含有される過酸化水素を環境等に影響のないレベルまで分解する必要がある。また、過酸化水素はイオン交換樹脂等を損傷するため、排水処理工程等においてイオン交換処理が含まれている場合には、イオン交換処理の前に、あらかじめ過酸化水素を分解しておくことが必要となる。
【0003】
過酸化水素の分解法としては、チオ硫酸ナトリウム等の還元剤を添加する方法や酵素を用いる方法、あるいは各種の触媒を用いる方法が知られており、特に触媒による方法は、あらたな薬剤を使用する必要がないことから、数多く提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、過酸化水素の分解触媒として、アルミナ等の無機酸化物を担体として、パラジウム等の白金族金属を担持した触媒が開示されている。具体的には、粒子状のアルミナを担体とし、該アルミナ粒子にテトラクロロパラジウム酸ナトリウムの水溶液を加え、振とうすることでテトラクロロパラジウム酸ナトリウムを含浸させた後、水素化ホウ素ナトリウム水溶液を加えて、金属パラジウムに還元することで、パラジウムがアルミナに担持された触媒を得ている。しかしながら、当該触媒は、粒子状のアルミナにパラジウム等の白金族金属が担持された構造であり、担持されたパラジウム等の白金族金属の粒子径に関する記載もない。
【0005】
また、当該特許文献1の触媒による過酸化水素の分解方法は、水素の共存下で、500ppmまでの濃度の過酸化水素を分解する方法であり、実施例では110〜115ppmの過酸化水素の分解が示されている。しかしながら、当該方法では、過酸化水素の分解時に水素を共存させることが必要であり、水素を供給するための設備負荷や水素ガスを扱うための安全対策等が必要となるなど、設備面に掛かるコストが大きいという課題がある。
【0006】
特許文献2には、チタニア、α−アルミナ又はγ−アルミナを担体として、白金を担持した、直径1〜5mmの粒状触媒が開示されている。当該触媒も粒子状のアルミナ等に白金を担持した構造の触媒であり、また、担持された白金の粒子径に関する記載もない。そして、当該触媒を用いた過酸化水素の分解において、過酸化水素の濃度は、0.1重量%(1000ppm)以上であり、実施例で示されている過酸化水素の濃度は20000ppmである。
【0007】
特許文献3には、白金を活性炭に担持させた固体触媒が開示されている。当該触媒については担体である活性炭の形状や大きさ等に関する記載がなく、触媒としての形状は不明であるが、実施例での、活性炭に白金を担持した触媒100mlを充填するという記載から判断して、粒状の活性炭に白金が担持された構造であると推定される。また、担持された白金の粒子径に関する記載もない。そして、実施例中で示されている過酸化水素の分解では、過酸化水素濃度は約2重量%(20000ppm)である。
【0008】
特許文献4には、白金、パラジウム、白金/パラジウム合金などの白金族触媒を用いる過酸化水素の分解方法が開示されており、触媒形状として、板状、網状、ハニカム状の触媒が記載されている。当該触媒は、白金族金属そのものであり、白金族金属を担体に担持させた構造を有するものではない。そして、実施例で示されている過酸化水素の分解において、過酸化水素濃度は4.8重量%(48000ppm)と高濃度であり、当該特許文献4による過酸化水素の分解においては、超音波の照射が必要条件となっている。
【0009】
特許文献5には、Ag、Pt、Pd、Cu及びFeから選ばれる金属又は金属化合物の少なくとも1種を活性炭前駆体と混練し、次いで不融化及び/又は炭化処理した後、賦活処理して得られる触媒が開示されている。具体的には、実施例4において、石炭ピッチに塩化白金酸カリウムを練り込み、溶融紡糸及び不融化してピッチ繊維とした後、賦活化して触媒を得ており、その形状は繊維状である。そして、当該触媒においては、850℃で30分間水蒸気賦活すると記載されているのみで、最終的に得られる触媒において、白金が金属状態で存在するとの明確な記載はなく、白金の粒子径に関する示唆もない。また、実施例で示されている過酸化水素の分解における過酸化水素濃度は5000ppmである。
【0010】
特許文献6には、沸騰水型原子炉の炉心の冷却水中に生成する過酸化水素の分解触媒として、貴金属をステンレス鋼にメッキした触媒、あるいは貴金属とステンレス鋼を合金化した触媒が開示されている。また、触媒の形状として、もつれた線、箔片、ひだを付けたリボン、多孔質の燒結金属複合体、蜂の巣状構造が例示されている。しかしながら、当該触媒は、触媒成分である貴金属はメッキあるいは合金化された状態で存在しており、貴金属の微粒子を担持させた構造ではない。
そして、当該触媒を用いた過酸化水素の分解は、水素の共存下で実施されるものである。水素が共存しない場面での過酸化水素の分解に対しては貴金属をメッキあるいは合金化した当該触媒は使用されないことが記載されている。また、当該触媒を用いて分解反応を行う過酸化水素の濃度に関する記載はない。
【0011】
特許文献7には、炭素系材料、セラミックス・金属酸化物系材料、金属系材料あるいは有機高分子系材料を基体として、平均粒子径が1〜20nmの金属ナノコロイド粒子を担持させた金属担持体が記載されており、これらの金属担持体は、排ガス浄化用触媒、光触媒、燃料電池用改質触媒等の触媒として用いられることが示されている。そして、実施例において、白金コロイド溶液の触媒活性として過酸化水素の分解の事例が開示されている。しかしながら、当該実施例は、白金コロイド溶液による過酸化水素の分解を示すものであり、白金コロイド粒子を担持した構造の触媒についての事例ではない。また、過酸化水素の濃度は30質量%である。
【0012】
一般的な触媒の製造方法として、アルミナ多孔質層を形成したハニカム構造体を、貴金属ハロゲン化物溶液中に浸漬し、加熱・乾燥することで多孔質層上に貴金属を担持させる方法も知られている。このような方法では、高温で焼成することにより、触媒粒子が凝集することで活性が低下するおそれがあるため、活性保持の点からは触媒粒子が浸漬担持された後は焼成を行わないことが望ましい。しかし、焼成を行わない場合は、触媒の耐久性に課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平8−257573号公報(段落[0045])
【特許文献2】特開平10−337576号公報(段落[0011])
【特許文献3】特開2000−107773号公報
【特許文献4】特開2001−276619号公報
【特許文献5】特開2003−266081号公報
【特許文献6】特開平6−222192号公報(段落[0017]、[0037])
【特許文献7】特開2005−199267号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、低濃度で水中に含まれる過酸化水素を、何ら添加剤を添加することなく、常温付近の温和な条件下で効果的に分解できる触媒を提供するとともに、過酸化水素を高効率で分解する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した。そして、金属板に多孔性のアルミナ被膜を形成し、該アルミナを担体として、微細径の貴金属コロイド粒子を担持させた多層構造の触媒により、10ppm以下のような低濃度の過酸化水素を何ら添加剤を添加することなく、常温、常圧、中性で水と酸素に高効率で分解できることを見出し、本発明に到達した。
【0016】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)金属板の表面に多孔質アルミナ被膜を形成し、該多孔質アルミナ被膜に、粒子径が5nm以下の貴金属コロイド粒子を担持したことを特徴とする、過酸化水素分解触媒。
(2)前記貴金属コロイド粒子が、白金あるいはパラジウムのコロイド粒子である、前記(1)に記載の過酸化水素分解触媒。
(3)前記多孔質アルミナ被膜の厚みが5〜100μmである、前記(1)又は(2)に記載の過酸化水素分解触媒。
(4)前記貴金属コロイド粒子の担持量が、金属板1m当たり1500mg以上である、前記(1)〜(3)のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
(5)前記金属板がステンレス鋼板である、前記(1)〜(4)のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
(6)前記金属板が、ハニカム構造あるいはメッシュ構造である、前記(1)〜(5)のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
(7)金属板の表面にアルミナ水分散液をコーティングした後、焼成することにより、金属板上に多孔質アルミナ被膜を形成し、該多孔質アルミナ被膜を形成した金属板を、貴金属コロイド溶液に浸漬処理し、その後、乾燥することにより製造された、前記(1)〜(6)のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
(8)前記アルミナ分散液が、無機バインダー及び分散剤を含有する、前記(7)に記載の過酸化水素分解触媒。
(9)前記(1)〜(8)のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒を用いることを特徴とする、過酸化水素の分解方法。
(10)水中に溶解した濃度10ppm以下の過酸化水素の分解方法である、前記(9)に記載の過酸化水素の分解方法。
(11)過酸化水素の分解温度が0〜50℃である、前記(9)又は(10)に記載の過酸化水素の分解方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、金属板の表面に、多孔質アルミナ被膜を形成し、この多孔質アルミナ被膜上に、粒子径が5nm以下の貴金属コロイド粒子を担持させることで、低濃度の過酸化水素を効果的に分解する触媒が得られる。当該触媒は長期耐久性にも優れている。そして、当該触媒を用いることにより、10ppm以下のような低濃度の過酸化水素を、室温付近の温和な条件下において、効率的に分解することができる。また、当該触媒を用いることにより、過酸化水素を中性で分解することができるため、処理装置を腐食するおそれがない。
金属板をハニカム状に成型した構造体は、水に溶解した過酸化水素との接触面積が大きく、圧力損失がないため、比較的流速を低くしても高効率で過酸化水素を分解できるため、ワンスルー通水による処理が可能である。また、高流速でも複数回の通水で高効率で過酸化水素を分解するため、循環通水による処理も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の触媒のTEM写真である。
【図2】過酸化水素分解例1で用いた装置の概略構成図である。
【図3】過酸化水素分解例3で用いた装置の概略構成図である。
【図4】本発明の過酸化水素分解例3で過酸化水素を連続で分解した時の過酸化水素の線流速と分解率の関係を示すグラフである。
【図5】本発明の過酸化水素分解例3で過酸化水素を連続で分解した時の過酸化水素の線流速とフィルター差圧の関係を示すグラフである。
【図6】本発明の過酸化水素分解例3で過酸化水素を連続で分解したときの過酸化水素の線流速と分解量(線流速×分解率)の関係を示すグラフである。
【図7】過酸化水素分解触媒A(本発明例)と過酸化水素分解触媒G(比較例)を用いて過酸化水素を分解した時の処理時間と過酸化水素濃度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の過酸化水素分解触媒は、金属板の表面に多孔質アルミナ被膜を形成し、更にそのアルミナ被膜に、粒子径が5nm以下の貴金属コロイド粒子を担持したものである。
【0020】
基体となる金属板の材質としては、ステンレス鋼、ニッケル鋼、マンガン鋼、クロムモリブデン鋼、チタン合金等が挙げられるが、価格等の入手のし易さの点からステンレス鋼が好ましい。
【0021】
基体となる金属板の形状は、特に制限はなく、過酸化水素の分解に使用される装置の形状や大きさ等に応じて適宜選択される。例えば、板状、波板状、線状、リボン状等に加工した金属板、あるいは、金属板を円筒状、ハニカム状、メッシュ状等に成型した構造体を用いることができる。
【0022】
実用的に触媒としての強度を保持するには、構造体に成型した金属板を用いるのがよい。処理する過酸化水素を含む水(処理水)との接触効率が良く、過酸化水素の分解率を高めるために、処理水の流れ方向に複数枚の触媒フィルターを形成した際に圧力損失を小さくすることができる点より、ハニカム構造あるいはメッシュ構造の構造体を用いることが好ましい。
【0023】
金属板の表面にコーティングするアルミナは、TiOやZrO等の金属酸化物に比べて金属板との密着性が良好で、スラリー化も容易であり、多孔質で比表面積の大きい被膜を形成しやすく、シリカ等に比べて劣化しにくい利点がある。炭化ケイ素や窒化ケイ素等に比べると安価である。アルミナとしては、γ−アルミナが好ましく用いられる。担持した触媒の単位面積当たりの分解速度を向上させるには、使用するアルミナの比表面積は大きい方が好ましく、比表面積150m/g以上、更に好ましくは200m/g以上の多孔質アルミナが好適である。
【0024】
金属板の表面に形成する多孔質アルミナ被膜の厚みは、5〜100μmの範囲が好ましい。該アルミナ被膜は多孔質であるため、被膜の厚みが5μmより薄い場合は、担持する貴金属コロイド粒子の量を多くすることができず、また、金属板の表面に均一な被膜を形成することが難しくなり、貴金属コロイド粒子の分布が不均一となる恐れがある。一方、被膜の厚みが100μmを超えても、担持できる貴金属コロイド粒子の量には限界があり、金属板の表面に形成した被膜が、過酸化水素の分解処理中に剥れたり脱落したりする恐れがある。また、処理水との接触効率の点からは、金属板の両面に多孔質アルミナ被膜を形成することが好ましい。
【0025】
金属板の表面に形成した多孔質アルミナ被膜の比表面積は、100m/g以上あることが好ましく、更に好ましくは150m/g以上である。比表面積が100m/g未満の場合には、貴金属コロイド粒子の担持量が少なくなり、触媒活性が低下する恐れがある。
【0026】
貴金属コロイド粒子を形成する貴金属としては、白金族の貴金属が用いられるが、なかでも白金あるいはパラジウムが好ましい。担持される貴金属コロイド粒子の粒子径は、5nm以下であり、触媒活性の点から、1.6〜5nmの範囲がより好ましい。粒子径が5nmを超えると、単位重量当たりの貴金属の表面積が低下するため触媒活性が低下する。一方、粒子径が小さくなる程、単位重量当たりの貴金属量は多くなるが、コロイド粒子の安定性に劣る。尚、貴金属コロイド粒子の粒子径は、透過型電子顕微鏡(TEM)などにより測定することができる。
【0027】
担持する貴金属コロイド粒子の量は、十分な触媒活性を発揮させるために、1500mg/m以上とすることが好ましく、より好ましくは1500〜10000mg/m、更に好ましくは3000〜8000mg/mである。担持量が1500mg/m未満では、十分な触媒活性が得られず、逆に10000mg/mを超えても、触媒活性は最早増大しないので、不経済になる。
なお、本発明において、貴金属コロイド粒子の担持量は、担体として用いた金属板(アルミナ被覆した部分)の単位表面積(m)当たりの担持量(mg)として表したものである。
【0028】
本発明の過酸化水素分解触媒は、次のようにして製造することができる。例えば、アルミナ、アルミナゾル及び硝酸アルミニウム水溶液に、水と水性溶剤の混合液を加え、ボールミル等で粉砕、混合してアルミナ濃度20〜50%のアルミナ分散液(スラリー)を調製する。
次いで、用意した金属板(例えば、ステンレス鋼板、ステンレス鋼板製ハニカム構造体等)を、アルミナ分散液に浸漬した後、引き上げ、乾燥機にて100〜140℃で乾燥する。このアルミナ分散液への浸漬工程と、乾燥工程を、複数回繰り返すことで、金属板にコーティングするアルミナ層を厚くすることができるため、結果的に貴金属の担持量を増やすことができると共に、貴金属を広い面積に亘って分散して担持させることができる。
次いで、アルミナをコーティングした金属板を、電気炉等に入れ、400〜800℃、好ましくは500〜700℃で焼成することで、多孔質アルミナ被膜が形成されたステンレス鋼板やステンレス鋼製ハニカム構造体等を製造する。焼成温度を前記の範囲とすることで、アルミナの金属板への密着性が良好となる。
【0029】
金属板の表面へのアルミナの密着性は、コーティングに用いるアルミナ分散液の粘度が低い方が良い。そのため、アルミナ分散液の濃度及び粘度を調整すべく、水と水性溶剤を混合したり、分散剤を添加したりすることができる。金属板への密着性を高めるためには、アルミナゾル等の無機バインダーを添加することが好ましい。アルミナゾルの添加量は、アルミナ100質量部に対して1〜10質量部(Alとして)、好ましくは1〜5質量部である。
【0030】
アルミナゾルとしては、アルミニウム金属のアルコキシド、アセチルアセトナート、酢酸塩、硝酸塩等を加水分解及び縮合して得られた物質を挙げることができる。また、アルミナゾルは、公知の材料であり、市販されているものを入手することもできる。
【0031】
アルミナ分散液の粘度調整に用いる水性溶剤としては、水と混和する溶剤であれば特に限定されないが、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコール類やアセトン等のケトン類を挙げることができる。中でもイソプロパノールが好ましい。これらの水性溶剤の使用量は、アルミナ分散液の粘度状況に応じて適宜設定されればよく、通常、水との比率が、水/水性溶剤=2/1〜1/3の範囲で選択される。
【0032】
さらに、アルミナの金属板表面への密着性を向上させるためには、アルミナ分散液の中に硝酸アルミニウム等の分散剤を添加するのが好ましい。硝酸アルミニウムを添加することにより、アルミナの金属板への密着性が高くなり、厚いアルミナ層を形成できるため、白金コロイド粒子を分散して担持させることができる。硝酸アルミニウムの添加量は、アルミナ100質量部に対して1〜5質量部、好ましくは2〜4質量部である。硝酸アルミニウムは粉末として、あるいは水溶液として添加することができる。
【0033】
次に、多孔質アルミナ被膜を形成したステンレス鋼板やステンレス鋼製ハニカム構造体等を、貴金属コロイド溶液に浸漬処理し、引き上げ、貴金属コロイド粒子をアルミナ表面に吸着させた後、60〜80℃で乾燥して、アルミナに貴金属コロイド粒子を担持させる。浸漬処理および乾燥は、所定の白金担持量になるまで、複数回繰り返すのがよい。この際、貴金属コロイド溶液として、貴金属の粒子径が5nm以下のものを用いることが望ましい。
【0034】
貴金属コロイド粒子を多孔質アルミナ被膜の表面に担持する方法としては、貴金属コロイド溶液を噴霧する方法もあるが、この場合、複雑な金属構造体等に対しては、貴金属コロイド粒子の吸着量の調整や、均一な吸着が難しくなるため、貴金コロイド溶液中に金属板を浸漬処理する方法が好適に用いられる。
【0035】
貴金属コロイド溶液は、公知の方法にて調整することができる。例えば、白金コロイドの場合には、塩化白金酸の希薄水溶液に、白金に対して当量以上の還元剤の水溶液を、ゆっくり滴下し、白金イオンを還元してナノオーダーの白金粒子を析出させ、イオン交換処理により、残存する金属イオンや還元剤を取り除くことで、得ることができる(特許文献8、9参照)。
【特許文献8】特開2004−100040号公報
【特許文献9】特開2005−169333号公報
【0036】
ナノオーダーの貴金属粒子を得るためには、貴金属塩の希薄水溶液を用いる必要があり、10−4〜10−3モル/L程度の溶液とするのがよい。また、貴金属イオンを還元する還元剤は、特に限定されず、水素化ホウ素ナトリウムやクエン酸、酢酸、コハク酸、リンゴ酸等のカルボン酸類あるいはこれらの塩等を用いることができる。
【0037】
また、上記で得られた貴金属コロイド溶液は、穏やかな条件でゆっくりと水を留去することで、濃縮することもできる。
【0038】
本発明の過酸化水素分解触媒は、触媒表面に直径が5nm以下の極めて微細な貴金属が均一に吸着しており、過酸化水素を効率良く分解できるので、10ppm以下のような低濃度の過酸化水素を、温和な条件下で効率良く分解することができる。
【0039】
本発明の過酸化水素分解触媒は、ステンレス鋼等をハニカム状やメッシュ状に成型した構造体の表面に、担持層及び触媒層を形成した構造であるため、強度に優れ、過酸化水素を含む水を撹拌したり、あるいは圧力を加えて触媒層を通過させる等の機械力が加わっても、触媒が破壊されることがないので、過酸化水素の分解を様々な処理条件下で好適に実施することができる。
【0040】
本発明の過酸化水素分解触媒を用いた場合、過酸化水素を効率良く分解できるので、圧力は常圧で、温度は0〜50℃、好ましくは10〜40℃で過酸化水素を分解することができる。
【0041】
過酸化水素の分解方法は、バッチ式あるいは連続式等の方式を問わない。バッチ式の場合、例えば、容器内部に上記の過酸化水素分解触媒を設置し、過酸化水素を含む水を容器に入れて撹拌することで過酸化水素を分解することができる。あるいは容器外に触媒槽を設置し、過酸化水素の入った容器からポンプ等で過酸化水素を含む水を抜き出し、触媒と接触させ、触媒槽を通過した水を容器に戻して循環させる等の方法により過酸化水素を分解することができる。
【0042】
連続式の場合には、例えば、処理水の流れ方向に複数枚の触媒フィルターを形成し、処理水を該触媒フィルターに通水するだけで、過酸化水素を水と酸素に分解することができる。したがって、本発明の過酸化水素分解触媒を水処理装置の触媒フィルターとして設置することで、透過する処理水に含まれる過酸化水素を分解する水処理装置を構築することができる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明の実施例について詳細に説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【0044】
<金属表面へのアルミナコーティング>
(実験例1)
プラスチック製の容器に、γ−アルミナ(KHD−24、住友化学(株)製、比表面積289m/g)10g、アルミナゾル(アルミナゾル200、日産化学(株)製、羽毛状のコロイダルアルミナ、Al:10%)6.0gを秤り取り、水4.5g、イソプロパノール9gを加えて掻き混ぜながら、硝酸アルミニウムの40質量%水溶液1.5gを加えて混合した。ボールミルを用いて一昼夜分散させ、アルミナスラリーを調製した。
ステンレス製の板(3cm×3cm)を、アルミナスラリーに浸漬し、引き上げた後、120℃で乾燥した。この浸漬と乾燥の工程を3回繰り返した後、600℃で1時間、大気雰囲気下で焼成した。
【0045】
(実験例2)
アルミナゾルの添加量を1.2gとする以外は、実験例1と同様にしてステンレス板にアルミナをコーティングした。
【0046】
(実験例3)
γ−アルミナ(NKHD−24、住友化学(株)製、比表面積337m/g)を使用する以外は、実験例1と同様にしてステンレス板にアルミナをコーティングした。
【0047】
(実験例4)
アルミナゾルの添加量を1.2gとし、γ−アルミナ(NKHD−24、住友化学(株)製、比表面積337m/g)をする以外は、実験例1と同様にしてステンレス板にアルミナをコーティングした。
【0048】
(実験例5)
200℃で2時間、大気雰囲気下で焼成する以外は、実験例1と同様にしてステンレス板にアルミナをコーティングした。
【0049】
実験例1〜5のコーティング結果を表1に示す。
表1の結果より、比表面積の高い担体を用いることにより、コーティング後のアルミナ被膜の比表面積は増大し、又、アルミナゾルの使用比率を1/1から1/5とすることにより、少ない塗布回数で密着性に優れるコーティング膜を形成できた。
尚、密着性評価の基準は、後記の白金担持工程において、アルミナ層の脱落が認められない場合を○、アルミナ層の脱落が認められる場合を×とした。
【0050】
【表1】

【0051】
<アルミナ層への貴金属の担持>
(触媒製造例1)
実験例1で製造した、アルミナコーティングステンレス板を用いた。
白金コロイド溶液は、次のようにして調製した。すなわち、500mlの容器中に超純水288mlを入れ、20分間煮沸還流した後、テトラクロロ白金酸・6水和物47.8mgを超純水18mlに溶解した水溶液を添加し、15分間煮沸還流した。次いで、クエン酸ナトリウム360mgを超純水36mlに溶解した水溶液を加え、煮沸還流下で2時間反応させた。冷却後、得られた液を、アンバーライトMB−1を用いてイオン交換し、白金コロイド液を得た。透過型電子顕微鏡(TEM)により測定した白金コロイドの平均粒子径は1.1nmであった。
【0052】
得られた白金コロイド液中に、アルミナをコーティングしたステンレス板を浸漬し、白金コロイド粒子を吸着させ、60〜80℃の乾燥機中で乾燥した。白金コロイド液への浸漬と乾燥の操作を繰り返し、白金を担持した触媒を得た。吸着した白金の重量から求めた白金の担持量は、9000mg/mであった。
得られた触媒を、触媒Aとする。
図1は触媒AのTEM写真であるが、該図より、多孔質アルミナ被膜に5nm以下の貴金属白金粒子が担持されていることがわかる。
【0053】
(触媒製造例2)
5cm×5cm×5cmの大きさのステンレス製ハニカム構造体(田中貴金属工業(株)製、メタルハニカム担体500CPSI)を、500℃で1時間、大気雰囲気中で焼成して前処理した後、実験例1と同様にして得たアルミナスラリー中に浸漬し、引き上げた後、120℃で乾燥した。この浸漬と乾燥の工程を3回繰り返した後、600℃で1時間、大気雰囲気下で焼成しアルミナをコーティングした。コーティングされたアルミナの重量から求めたコーティング層の厚みは7.6μmであった。
【0054】
このアルミナでコーティングされたハニカム構造体を、触媒製造例1と同様にして調製した白金コロイド液に浸漬して白金コロイド粒子を吸着させ、60〜80℃の乾燥機中で乾燥した。白金コロイド液への浸漬と乾燥の操作を30回繰り返し、白金を担持した触媒を得た。
ハニカム構造体を解体して、ハニカムを構成する5cm×5cmの大きさの平板と波板を取り出した。吸着した白金の重量から求めた白金の担持量は、平板では5200mg/m、波板では6400mg/mであった。
得られた平板の触媒を触媒B、波板の触媒を触媒Cとする。
【0055】
(触媒製造例3)
アルミナスラリーへの浸漬と乾燥の操作を5回、白金コロイド液への浸漬と乾燥の操作を25回行った以外は、触媒製造例2と同様にして触媒を調製した。さらに、触媒製造例2と同様にして、平板と波板を取り出した。吸着した白金の重量から求めた白金の担持量は、平板では5800mg/m、波板では7500mg/mであった。
得られた平板の触媒を触媒D、波板の触媒を触媒Eとする。
【0056】
(触媒製造例4)
触媒製造例2と同様にして、ハニカム構造の触媒を得た。ハニカム構造体を解体することなく、過酸化水素の分解に使用した。
この触媒を触媒Fとする。
【0057】
(比較触媒製造例1)
ステンレス板(2.5cm×2.5cm)に白金メッキを行った。メッキされた白金の重量から求めた白金の担持量は1200mg/mであった。
この白金メッキをされたステンレス板を比較触媒Gとする。
【0058】
(比較触媒製造例2)
触媒製造例2で用いたステンレス製ハニカム構造体と同じハニカム構造体に白金メッキを行った。メッキされたハニカム構造体を解体して、ハニカムを構成する5cm×5cmの大きさの平板と波板を取り出した。メッキされた白金の重量から求めた白金の担持量は、平板では1200mg/m、波板では1300mg/mであった。
得られた平板の触媒を比較触媒H、波板の触媒を比較触媒Iとする。
【0059】
(比較触媒製造例3)
比較触媒製造例2と同様にして、白金メッキされたステンレス製のハニカム構造体を得た。ハニカム構造体を解体することなく、過酸化水素の分解に使用した。この触媒を比較触媒Jとする。
【0060】
<過酸化水素の分解>
(過酸化水素濃度の測定法)
過酸化水素濃度の測定は、フェノールフタリン法により行った。すなわち、過酸化水素濃度を測定するサンプル1mlを純水5ml中に添加して希釈する。フェノールフタリン溶液0.1mlおよび硫酸銅溶液0.1mlを添加して混合し、3分間静置した後、550nmでの吸光度を測定する。別途、過酸化水素濃度と吸光度の検量線を作成しておき、測定された吸光度から、過酸化水素の濃度を求める。
【0061】
(過酸化水素分解例1)
触媒製造例1で得られた触媒A(3cm×3cm)および比較触媒製造例1で得られた比較触媒G(2.5cm×2.5cm)を用いて、過酸化水素の分解実験を行った。実験装置の概略構成図を図2に示す。
【0062】
撹拌装置ならびに過酸化水素の投入ラインおよび排出ラインを備えた800mlの容器中に触媒Aを設置し、室温(20〜23℃)下、950rpmで攪拌しながら、濃度1ppmの過酸化水素水を1ml/分の速度で投入し、1ml/分を超える速度で排出した。排出液中の過酸化水素濃度を測定し、分解反応の初期段階ならびに定常状態での反応速度定数を算出した。結果を表2に示す。
【0063】
比較触媒Gについても、同様に試験を行った。その結果を 触媒Aとあわせて表2に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
表2より、本発明の触媒は、比較触媒と比べて、過酸化水素を効率良く分解することがわかる。
【0066】
(過酸化水素分解例2)
触媒製造例2で作製した触媒BおよびC、触媒製造例3で作製した触媒DおよびEを用いて、過酸化水素分解例1と同様にして、過酸化水素の分解を行い、触媒面積あたりの過酸化水素の分解反応の速度定数を求めた。ただし、過酸化水素水(濃度1ppm)の投入速度および排出速度は8ml/分、攪拌速度は325rpm、周速0.6m/sとした。
【0067】
比較触媒製造例2で作製した比較触媒HおよびIを用いて試験した結果と、あわせて表3に示す。なお、表3においては、各触媒(B〜E)の分解効率を、各触媒について求めた反応速度定数と、比較触媒HあるいはIの反応速度定数との比である、分解速度比として表した。
【0068】
【表3】

【0069】
表3より、本発明の触媒は、比較触媒と比べて、過酸化水素を効率良く分解することがわかる。
【0070】
(過酸化水素分解例3)
触媒製造例4で作製したハニカム構造の触媒Fを用いて、過酸化水素の分解反応を実施した。実験装置の概略構成図を図3に示す。
【0071】
送水ポンプ、圧力計、温度計を備えた水の循環ラインに、ハニカム構造の触媒Fを横方向に4個直列に設置し、触媒の入口と出口には差圧計を設置した。この循環ラインに、定量ポンプを用いて、過酸化水素注入タンクより過酸化水素を投入し、水中の過酸化水素濃度を1ppmとし、1ppmの過酸化水素水を28℃で触媒中を流通させた後、排出される過酸化水素の濃度を測定して、定常状態での過酸化水素の分解率を求めた。過酸化水素の線流速(投入速度)を1.3m/秒まで変化させ、過酸化水素の分解率と線流速の関係を求めた。比較触媒として比較触媒製造例3で得られたハニカム構造の比較触媒Jを用いて、同様に試験した結果とあわせて図4に示す。
【0072】
触媒Fおよび比較触媒Jについて、フィルター差圧と線流速の関係を測定した結果を図5に示す。
【0073】
また、触媒Fおよび比較触媒Jについて、過酸化水素の分解率と線流速を掛け合わせて分解量を算出し、線流速との関係を求めた結果を図6に示す。
【0074】
図4〜6の結果より以下のことがわかる。すなわち、図5より本発明の触媒は、比較触媒と比べてほぼ同等の差圧特性を示すことから、本発明のハニカム構造の触媒は、アルミナのコーティングによる目詰まり等を起こすことなく、良好な形状を維持していることがわかる。
そして、図4より、本発明のハニカム構造の触媒は、同形状の比較触媒に比べて、過酸化水素を効率良く分解すること、そして、その結果、図6に示されるように、本発明の触媒は、触媒中を流通する過酸化水素の線流速が大きくなった場合でも、過酸化水素の分解率の低下が少ないため、過酸化水素分解量は線流速と正比例し、直線的に増加することがわかる。
【0075】
(過酸化水素分解触媒の耐久性試験)
触媒製造例1で得られた平板の触媒A(3cm×3cm)および比較として比較触媒製造例1で得られた平板の比較触媒G(2.5cm×2.5cm)を用いて、過酸化水素分解例1と同様の方法で過酸化水素の分解実験を行った。各触媒について、分解時間と過酸化水素濃度との関係を図7に示す。
図7の結果より、本発明の触媒は、比較触媒に比べて、定常状態における過酸化水素濃度が低く、かつ濃度の振れも少なく良好な触媒活性を示すとともに、触媒活性が衰えることなく長期耐久性を示すことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の触媒を用いることで、10ppm以下の低濃度で含まれる過酸化水素を、常温付近の温和な条件下で効率良く分解することができるので、食品、繊維、半導体等の過酸化水素を洗浄剤や殺菌剤、漂白剤等として使用する分野を始め、原子力発電所等冷却水中に過酸化水素が生成する分野等において、低濃度の過酸化水素を含む水等を効果的に処理して、処理後の水等を適切に排出し、再利用することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属板の表面に多孔質アルミナ被膜を形成し、該多孔質アルミナ被膜に、粒子径が5nm以下の貴金属コロイド粒子を担持したことを特徴とする、過酸化水素分解触媒。
【請求項2】
前記貴金属コロイド粒子が、白金あるいはパラジウムのコロイド粒子である、請求項1に記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項3】
前記多孔質アルミナ被膜の厚みが5〜100μmである、請求項1又は2に記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項4】
前記貴金属コロイド粒子の担持量が、金属板1m当たり1500mg以上である、請求項1〜3のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項5】
前記金属板がステンレス鋼板である、請求項1〜4のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項6】
前記金属板が、ハニカム構造あるいはメッシュ構造である、請求項1〜5のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項7】
金属板の表面にアルミナ水分散液をコーティングした後、焼成することにより、金属板上に多孔質アルミナ被膜を形成し、該多孔質アルミナ被膜を形成した金属板を、貴金属コロイド溶液に浸漬処理し、その後、乾燥することにより製造された、請求項1〜6のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項8】
前記アルミナ分散液が、無機バインダー及び分散剤を含有する、請求項7に記載の過酸化水素分解触媒。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の過酸化水素分解触媒を用いることを特徴とする、過酸化水素の分解方法。
【請求項10】
水中に溶解した濃度10ppm以下の過酸化水素の分解方法である、請求項9に記載の過酸化水素の分解方法。
【請求項11】
過酸化水素の分解温度が0〜50℃である、請求項9又は10に記載の過酸化水素の分解方法。





【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図1】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−200771(P2011−200771A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−69059(P2010−69059)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】