遮断機の異常検知システム
【課題】自然環境の影響を受けずに遮断機の異常を正確に検出する。
【解決手段】モータ5により駆動される遮断桿4が動作するときのモータ電流を検出する検出装置1と、電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知する処理装置2とを備える。処理装置2は、遮断桿4が正常に動作しているときの電流データを収集して、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成し、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出して、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める。判定基準の決定後、処理装置2は、遮断桿4が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する。処理装置2は、異常を検知したとき、管理装置1に通報する。
【解決手段】モータ5により駆動される遮断桿4が動作するときのモータ電流を検出する検出装置1と、電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知する処理装置2とを備える。処理装置2は、遮断桿4が正常に動作しているときの電流データを収集して、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成し、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出して、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める。判定基準の決定後、処理装置2は、遮断桿4が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する。処理装置2は、異常を検知したとき、管理装置1に通報する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、踏切、ゲート等の遮断機の折損といった異常を検出して、報知するための異常検知システムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道の踏切には、人や車の通行を制限するための遮断機が設置されている。遮断機では、モータにより遮断桿を昇降させる。列車の通行に応じて遮断桿を下ろすことにより、遮断機が閉じられる。
【0003】
ところが、遮断桿が下りかけているときに、車が踏み切りに進入して、遮断桿が折られたり、引きちぎられることがある。このような遮断桿の折損といった異常の検知は、列車の乗務員や通行人が確認して、通報することにより行われている。
【0004】
しかし、これでは、異常発生時の速報性に欠け、安全上問題がある。そこで、自動的に遮断桿の折損を検知できるように、衝撃センサおよび重量センサを用いること、カメラを用いること、音センサを用いること、光ファイバおよび光センサを用いることが、例えば特許文献1に記載されている。
【特許文献1】特開平2005−145213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
遮断機は屋外に設置されるため、上記の各種センサを用いる場合、雨や露などの自然環境の影響を受ける。すなわち、これらのセンサが誤作動しやすくなり、異常が発生したときに正しく検知できないおそれがある。また、遮断桿を取り替えるたびに、センサの調整や動作確認が必要となる。そのため、作業時間が長くなり、限られた時間内に作業を終えられないことがある。
【0006】
そこで、本発明は、上記に鑑み、各種センサを用いることなく、自然環境の影響を受けずに遮断機の異常を正確に検出できる異常検知システムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、屋外において列車、車、人といった移動体の通行を制限するために、モータにより動作する遮断機の異常検知システムであって、遮断機が動作するときのモータ電流を検出する検出装置と、検出した電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知して、異常を報知する処理装置とを備えたものである。
【0008】
処理装置は、遮断機が正常に動作しているときの電流データを収集する収集部と、遮断機が動作するときの動作区間のうち、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成する切出部と、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出する算出部と、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める基準決定部と、判定基準の決定後、遮断機が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する監視部とを有する。
【0009】
遮断機を設置したとき、あるいは交換したとき、遮断機は正常に動作するので、収集部は、この間に正常時の電流データを収集する。そして、切出部が、開始時の突入電流の影響を受けない定常動作区間での電流データを切り出し、算出部は、切り出された時系列データに基づいて線形統計量および非線形統計量を算出する。2種類の統計量を組み合わせることにより、風等によるノイズの影響を排除できる。基準決定部は、2種類の統計量に基づいて判定基準を決める。
【0010】
このように実際に動作する遮断機に応じた判定基準が決められる。監視部は、この判定基準にしたがって、遮断機が動作するたびに算出される線形統計量および非線形統計量に基づき、異常の有無を判断する。異常があるとき、監視部は、異常の発生を報知する。
【0011】
遮断機の異常は、遮断機が動作するときに発生する。そのため、遮断機の動作のたびに、異常を検知することにより、異常の発生をすぐに検知でき、速報できる。
【0012】
ここで、判定基準を決める際、基準決定部は、線形統計量および非線形統計量を多次元状態空間にプロットし、プロットにより形成される領域を正常エリアとして、この正常エリアを判定基準にする。すなわち、遮断機が動作したときに得られる各統計量が正常エリア内部にあれば正常、正常エリア外部にあれば異常となる。
【0013】
処理装置は、遮断機が正常に動作したとき、検出されたモータ電流に基づいて判定基準を更新する。異常の監視中、遮断機の正常時に得られるデータを蓄積して、判定基準を更新していくことにより、遮断機の特性に応じて正確な判定基準を決めることができる。これによって、異常検知の精度が高まる。
【0014】
また、判定基準に対する感度係数が設定され、基準決定部は、感度係数に応じて判定基準を変更する。必要に応じて、感度係数を調整することにより、遮断機の特性が変化しても、容易に対応することができ、誤検知を防止できる。
【0015】
遮断機は、モータ駆動される昇降自在な遮断桿を有し、処理装置は、遮断桿が上昇するときの電流データに基づいて判定基準を決める。遮断桿の折損等の異常が発生したとき、遮断桿の動作に対する異常の影響は、遮断桿が下降するときよりも遮断桿が上昇するときに大きく及ぶ。そのため、遮断桿の上昇時のデータによって判定基準を決めることにより、精度の高い判定基準が得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、実使用される遮断機の特性に応じた判定基準を決めることができるので、異常検知の精度を高めることができ、誤報をなくせる。また、自然環境に影響を受けやすい衝撃センサ、光センサを使用していないので、自然環境の影響を受けることなく、精度の高い異常検知を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本実施形態の踏切の遮断機における異常検知システムを図1に示す。異常検知システムは、遮断機が動作するときのモータ電流を検出する検出装置1と、検出した電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知して、異常を報知する処理装置2と、処理装置2を管理する管理装置3とを備える。
【0018】
遮断機は、踏切を開閉する昇降自在な遮断桿4と、遮断桿4を昇降させるモータ5と、モータ5を駆動制御する駆動装置6とを備えている。遮断桿4は、モータ5に連結された歯車等の減速機構に回転自在に支持される。モータ5の駆動により、遮断桿4が下がって、踏切を閉じる遮断動作と、遮断桿4が上がって、踏切を開ける復帰動作とが行われる。駆動装置6は、列車接近検知装置7により列車の接近が検出されたとき、モータ5に通電して、遮断桿4を下げる。列車の通過が検出されると、モータ5に通電して、遮断桿4を上げる。
【0019】
検出装置1は、カレントトランス、ホールセンサ等の電流検出センサであり、駆動装置6からモータ5に電源を供給するケーブルに取り付けられている。検出装置1は、遮断機が動作するとき、すなわち遮断桿4が昇降するときにモータ5に流れる電流を検出する。
【0020】
処理装置2は、CPU、ROM、RAMを有するマイクロコンピュータからなる。検出装置1は、処理装置2に接続され、検出した電流データを処理装置2に出力する。これらの処理装置2、検出装置1および駆動装置6は、踏切に設置された器具箱8に内装されている。
【0021】
処理装置2は、通信インターフェース9を介して光ファイバ等の通信回線に接続される。通信回線は、IPネットワークに接続されている。IPネットワークには、管理装置3が接続され、管理装置3と処理装置2とは、インターネットを通じて通信可能とされる。なお、ネットワークにつなぐ通信回線は、無線LAN等の無線回線であってもよく、通信インターフェース9は無線通信を行う。
【0022】
管理装置3は、管理センタに設置されたホストコンピュータである。管理装置3は、複数の踏切の処理装置2と通信を行って、各踏切の状態を監視する。処理装置2から異常の通報があると、管理装置3は、作業員を派遣するといったように、異常に対する処置を指示する。
【0023】
そして、遮断桿4の折損、あるいは遮断桿4の昇降が妨害されるといった遮断機の異常を検出するために、処理装置2は、遮断機が動作するときのモータ電流に基づくカオス的な時系列データの統計量によって、遮断機の正常/異常を検知する。すなわち、図2に示すように、処理装置2は、遮断機が正常に動作しているときの電流データを収集する収集部10と、遮断機が動作するときの動作区間のうち、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成する切出部11と、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出する算出部12と、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める基準決定部13と、判定基準の決定後、遮断機が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する監視部14とを有する。
【0024】
そして、基準決定部13は、線形統計量および非線形統計量を多次元空間にプロットし、プロットにより形成される領域を正常エリアとし、正常エリア内部を正常、正常エリア外部を異常とする判定基準を決める。上記の各部がROMに格納されたソフトウェアにしたがって動作することにより、遮断機の異常検知が実行される。
【0025】
ここで、判定基準を決めるために必要な要素として、電流データを切り出すときの区間、線形統計量および非線形統計量があげられる。これらの要素は、正常/異常識別能力に基づいて予め選定される。選定された区間、線形統計量および非線形統計量が、実際の検知時に使用される。
【0026】
上記の区間および各統計量の各要素を選定するときの手順を図3にしたがって説明する。これらを選定するために、遮断機が正常な場合と遮断機に異常がある場合について実験を行う。まず、遮断機が動作するときの電流データを収集する(S1)。図4に示すように、折損していない遮断桿4を用い、遮断動作および復帰動作を行うことにより、正常動作時の電流データを複数収集する。遮断機に異常がある場合として、折損した遮断桿4を用い、遮断動作および復帰動作を行う。このとき、多様な異常を想定して、長さの異なる遮断桿4や折れ曲がった状態を偽装した遮断桿4を用いる。これにより、異常があるときの複数の電流データを収集する。
【0027】
次に、遮断機が動作するときの動作区間の中から、所定区間における電流データを切り出す(S2)。図5に示すように、遮断機が動作するとき、モータ電流は時系列的に変化する。動作区間には、不動作区間、突入電流区間、定常動作区間がある。正常/異常識別を行うために、電流データを切り出すのに最も有効な区間を選定する必要がある。そこで、A〜Eの動作区間全体から切り出した時系列データをCASE1、突入電流区間を除いたC〜Eの区間から切り出した時系列データをCASE1STB、B〜Dの突入電流ピークから定常動作終了までの区間から切り出した時系列データをCASE2、C〜Dの定常動作区間から切り出した時系列データをCASE2STBとする。
【0028】
正常動作時の時系列データであっても、各データの様相は大きく異なっている。また、共通的なノイズと思われる周波数帯域も見当たらない。そのため、上記の時系列データに対して、一般的な前処理に用いる周波数フィルタは使えない。そこで、前処理として、シグモイド関数を用いた公知の包絡線処理を上記の各区間から切り出した時系列データに施す(S3)。
【0029】
包絡線処理を施した時系列データをそれぞれCASE1_SGENV5、CASE1STB_SGENV5、CASE2_SGENV5、CASE2STB_SGENV5とする。なお、前処理は、必要に応じて行われる。
【0030】
各区間から切り出した8種類の時系列データに対し、線形統計量および非線形統計量を算出する(S4)。線形統計量は、各時系列データを対象とする。非線形統計量は、各時系列データに基づいて求めた軌道平行測度を対象とする。
【0031】
線形統計量は、モータ電流の時系列データの最小値、最大値、平均値、中央値、標準偏差、合計値といった各統計量の中から選択される。非線形統計量は、軌道平行測度の最小値、最大値、平均値、中央値、尖度、カオス情報規範(CIC値)といった各統計量の中から選択される。軌道平行測度に関しては、例えば、特開2007−48097号公報、特開平10−134034号公報に記載されている。時系列データが少しのノイズを含んでいても、一見しただけではノイズを含んでいるかを区別することはできないが、カオス理論を応用した軌道平行測度を適用すれば、風やいたずらによるノイズの影響を排除して異常を検知することができる。カオス情報規範に関しては、例えば特開2000−48097号公報に記載されている。なお、非線形統計量として、軌道平行測度以外に、リアプノフ指数、フラクタル次元、KSエントロピーなどを用いてもよい。
【0032】
各種統計量あるいはこれらの組み合わせの中から、判定基準を作成するために用いる評価関数を選定して、正常/異常識別能力を評価する(S5)。すなわち、各種統計量あるいはこれらの組み合わせのうち、最も正常/異常識別能力の高いものを評価関数とする。
【0033】
評価の結果、線形統計量の合計値と非線形統計量の平均値との組み合わせが、最も正常/異常識別能力が高い。そこで、評価関数Aを非線形統計量(軌道平行測度)の平均値、評価関数Bを線形統計量(モータ電流の時系列データ)の合計値とする。
【0034】
正常/異常識別能力の評価方法として、8種類の時系列データ毎に、各種線形統計量およびこれらの組み合わせを多次元状態空間にプロットする。そして、プロットされた各統計量の分布から正常/異常の分離状況を判断して、識別能力を評価する。
【0035】
具体例として、評価関数Aを非線形統計量の平均値、評価関数Bを線形統計量の合計値としたときの各統計量の分布図を図6〜21に示す。そして、各分布図から得られた知見の一覧を図22に示す。これらより、遮断動作時よりも復帰動作時の電流データを収集すれば、高い識別能力が得られることがわかる。特に、CASE2、CASE2STBの切り出し区間におけるデータにおいて、正常/異常を識別できる可能性が高いことがわかる。
【0036】
遮断機の動作には、遮断桿4の重量が関係する。遮断桿4の遮断動作時には、遮断桿4の重量が作用するため、復帰動作時よりもモータ電流が低くなる、あるいは動作時間が短くなる。ここで、遮断桿4が折損している場合、正常時よりも遮断桿4の重量は減る。この重量減少の影響は、遮断動作時よりも復帰動作時に顕著に現れる。すなわち、復帰動作時には、重量減少によりモータ5への負荷が減り、モータ電流が低くなる、あるいは動作時間が短くなる。一方、遮断動作時には、遮断桿4の重量はモータ5の負荷にはなっていないが、遮断桿4の重量が減少するので、若干モータ電流が高くなる、あるいは動作時間が若干長くなる。それぞれの動作時における重量減少によるモータ電流の差あるいは動作時間の差は、復帰動作時には遮断動作時よりも大きくなる。したがって、復帰動作時における正常時のデータの分布と異常時のデータの分布との分離状況は、遮断動作時における正常時のデータの分布と異常時のデータの分布との分離状況に比べて分離度合いが大きくなる。このことは、正常/異常を識別しやすくなることを意味する。
【0037】
また、遮断桿4が折れ曲っている場合、遮断桿4の重量は変わらない。しかし、遮断桿4の重心位置が遮断桿4の回転中心側に近づく。そのため、復帰動作時においては、モータ5のトルクは正常時よりも小さくてすみ、モータ電流が低くなる。なお、遮断動作時では、遮断桿4の自重が正常時と同様に作用するので、モータ電流に大きな変化はない。このように、遮断桿4が折れ曲っている場合であっても、復帰動作時の電流データを収集することにより、正常/異常を識別可能となる。
【0038】
ここで、詳細に正常/異常識別能力を評価する。正常/異常識別能力とは、異常を正常と誤認識しない、および正常を異常と誤認識しない能力である。このことを検証するために、例えば図23(a)に示すように、評価関数値の各点がプロットされている。そして、図23(b)に示すように、各点の最も外側にある点を多角形の頂点として抽出する。各頂点を結ぶと、領域が形成される。ここで、正常動作時の評価関数値をプロットしたとき、形成される領域を正常エリアとする。正常エリアの内部には正常動作時の評価関数値が存在し、外部には異常時の評価関数値が存在する。
【0039】
この正常エリアに対して、内部に存在する異常時の評価関数値をカウントし、また外部に存在する正常動作時の評価関数値をカウントする。カウント数に基づいて誤識別率を算出すると、図24に示すようになる。このことから、CASE2STB、CASE2_SGENV5、CASE2STB_SGENV5の切り出し区間におけるデータにおいて、高い正診率となっていることがわかる。以上の評価結果により、復帰動作時に検出された電流データを用い、定常動作区間の電流データを切り出せば、高い正常/異常識別能力が得られる。切り出し区間を定常動作区間とすることにより、電流データの収集において、動作を開始するときの突入電流の影響を排除できる。
【0040】
なお、上記の評価方法では、評価関数Aを非線形統計量の平均値、評価関数Bを線形統計量の合計値とした場合について説明したが、評価関数として、他の統計量あるいは各統計量を組み合わせた場合についても同様に評価することによって、最も適切な評価関数を選定することができる。
【0041】
上記のように選定された切り出し区間、評価関数に基づいてソフトウェアが作成され、処理装置2に実装される。この処理装置2は、遮断機が新設されたとき、あるいは遮断桿が交換されたときに、遮断機の異常検知を開始する。この検知動作を図25にしたがって説明する。
【0042】
遮断機が新設されたとき、あるいは遮断桿4が交換されたとき、遮断桿4は正常に動作する。そこで、処理装置2の収集部10は、遮断機が正常に動作しているときに、検出装置1によって検出された動作時の電流データを収集して、メモリに保存する(S10)。遮断機が所定回数動作するまで収集を続ける。データを収集するとき、遮断動作時および復帰動作時に収集するが、復帰動作時だけ収集してもよい。
【0043】
処理装置2は、遮断機の正常時に収集したデータに基づいて、判定基準を決定する(S11)。すなわち、図26に示すように、切出部11は、収集した全動作区間の電流データから定常動作区間における電流データを切り出し、時系列データとしてメモリに保存する(S20)。算出部12は、モータ電流の時系列データの線形統計量を算出して、その線形統計量の合計値を求めるとともに、時系列データに基づいて軌道平行測度を演算して、非線形統計量を算出して、非線形統計量の平均値を求める(S21)。基準決定部13は、線形統計量の合計値および非線形統計量の平均値をそれぞれ評価関数として、多次元状態空間にプロットする。ここで、評価関数は2つであるので、2次元空間にプロットする。そして、プロットされた外側の各点により形成される領域を正常エリアとする(S22)。このように正常エリアを決めることにより、判定基準が決定する。
【0044】
判定基準が決定された後、監視部14は、遮断機が動作するたびに異常が発生したかを監視する(S12)。すなわち、遮断機が動作したときの電流データを収集して、メモリに保存する。遮断桿4の復帰動作時のモータ電流に基づいて、線形統計量の合計値および非線形統計量の平均値を求める。そして、これらを2次元空間にプロットした点が正常エリアの内部か外部のいずれに存在するかを判断する。外部に存在すれば、遮断桿4の折損といったように遮断機に異常があると判断する。このとき、監視部14は、管理装置3に異常の発生を報知する(S14)。管理装置3では、遮断機の異常に対処する。
【0045】
内部に存在すれば、監視部14は、遮断機は正常に動作していると判断する。このとき、基準決定部13は、収集した電流データに基づき判定基準を更新する(S15)。すなわち、この動作によって得られた線形統計量の合計値および非線形統計量の平均値をプロットし、追加された点も含めて、正常エリアを再び決める。これによって、判定基準が更新される。監視部14は、更新された判定基準にしたがって異常の有無を監視する。
【0046】
このように、監視中に、遮断機が正常であるときのデータを蓄積していくことにより、正確に正常エリアを決めることができ、異常の有無の検知精度が高まる。したがって、正常を異常と判断する誤検知が少なくなり、作業員が現場に出向く頻度を減らすことができ、また異常を正常と判断する誤検知も減り、安全性を高めることができる。
【0047】
また、復帰動作時のデータに基づいて異常を検知すれば、遮断桿4が下りているときに折損等の異常が発生しても、遮断桿4が上がると、すぐに異常の発生を検知して、速報することができる。したがって、遮断機の異常に対して、迅速に対処することができ、安全性が高まる。
【0048】
しかも、器具箱8内でモータ電流を測定できるので、雨や風などの影響を受けずに、モータ電流を検出できる。したがって、自然環境の影響を受けることなく、異常検知を行うことができ、検知精度を高めることができる。
【0049】
ところで、遮断機の設置環境やモータ等の機械的な部品の経時的な劣化によって誤検知が起こるおそれがある。そこで、判定基準に対する感度係数を設定するとよい。処理装置2の基準決定部13は、感度係数に応じて、正常エリアを拡大、縮小することによって、判定基準を変更する。例えば感度係数=1では、正常エリアは、電流データに基づいて決められた領域である。感度係数<1にすると、正常エリアが縮小され、判定基準は厳しくなる。感度係数>1にすると、正常エリアが拡大され、判定基準は緩くなる。
【0050】
したがって、遮断機の設置後、誤検知が発生するようになった場合、現場において、感度係数を調整することにより、現状の遮断機に対応した判定基準に変更できる。これにより、誤検知を減らすことができ、長期間にわたって高い検知精度を維持できる。
【0051】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で上記実施形態に多くの修正および変更を加え得ることは勿論である。上記の異常検知システムは、踏切だけでなく、車が出入する駐車場のゲートなどの移動体の通行を制限する遮断機に適用してもよい。また、処理装置は、管理装置内に設けてもよい。処理装置は、検出装置とネットワークを通じて通信することにより、電流データを収集する。
【0052】
判定基準を決めるための評価関数として、例えば動作時間に関する評価関数を加えてもよい。2つ以上の複数の評価関数を用い、多次元状態空間において正常エリアを決める。また、上記の実施形態では、判定基準を1つとしたが、他の評価関数を用いて、複数の判定基準により異常の有無を検知してもよい。複数の判定基準を用いることにより、風等によるノイズの影響を受けずに正確に異常を検知することができる。しかも、遮断桿の折損、遮断桿の折れ曲り、遮断桿の昇降妨害といった遮断機の異常の種類毎に、評価関数を選定して、複数の判定基準を決めることにより、異常の種類を識別することが可能となる。これによって、遮断機の異常に対して、適切な対処を行える。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の遮断機の異常検知システムの全体構成図
【図2】処理装置の概略構成を示すブロック図
【図3】判定基準決定に必要な要素を選定するときのフローチャート
【図4】要素選定のための遮断桿に関する実験条件を示す図
【図5】遮断機の動作時のモータ電流の時系列変化を示す図
【図6】遮断動作時のCASE1における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図7】遮断動作時のCASE1STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図8】遮断動作時のCASE2における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図9】遮断動作時のCASE2STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図10】遮断動作時のCASE1_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図11】遮断動作時のCASE1STB_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図12】遮断動作時のCASE2_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図13】遮断動作時のCASE2STB_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図14】復帰動作時のCASE1における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図15】復帰動作時のCASE1STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図16】復帰動作時のCASE2における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図17】復帰動作時のCASE2STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図18】復帰動作時のCASE1_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図19】復帰動作時のCASE1STB_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図20】復帰動作時のCASE2_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図21】復帰動作時のCASE2STB_SGENV5における正常/異常識別結果を示す図
【図22】実験における正常/異常の識別可能性を示す図
【図23】(a)は評価関数値をプロットした図、(b)は正常エリアとなる領域を示す図
【図24】実験における正常/異常識別の評価結果を示す図
【図25】遮断機の異常を検知するときのフローチャート
【図26】判定基準を決めるときのフローチャート
【符号の説明】
【0054】
1 検出装置
2 処理装置
3 管理装置
4 遮断桿
5 モータ
6 駆動装置
7 器具箱
10 収集部
11 切出部
12 算出部
13 基準決定部
14 監視部
【技術分野】
【0001】
本発明は、踏切、ゲート等の遮断機の折損といった異常を検出して、報知するための異常検知システムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道の踏切には、人や車の通行を制限するための遮断機が設置されている。遮断機では、モータにより遮断桿を昇降させる。列車の通行に応じて遮断桿を下ろすことにより、遮断機が閉じられる。
【0003】
ところが、遮断桿が下りかけているときに、車が踏み切りに進入して、遮断桿が折られたり、引きちぎられることがある。このような遮断桿の折損といった異常の検知は、列車の乗務員や通行人が確認して、通報することにより行われている。
【0004】
しかし、これでは、異常発生時の速報性に欠け、安全上問題がある。そこで、自動的に遮断桿の折損を検知できるように、衝撃センサおよび重量センサを用いること、カメラを用いること、音センサを用いること、光ファイバおよび光センサを用いることが、例えば特許文献1に記載されている。
【特許文献1】特開平2005−145213号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
遮断機は屋外に設置されるため、上記の各種センサを用いる場合、雨や露などの自然環境の影響を受ける。すなわち、これらのセンサが誤作動しやすくなり、異常が発生したときに正しく検知できないおそれがある。また、遮断桿を取り替えるたびに、センサの調整や動作確認が必要となる。そのため、作業時間が長くなり、限られた時間内に作業を終えられないことがある。
【0006】
そこで、本発明は、上記に鑑み、各種センサを用いることなく、自然環境の影響を受けずに遮断機の異常を正確に検出できる異常検知システムの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、屋外において列車、車、人といった移動体の通行を制限するために、モータにより動作する遮断機の異常検知システムであって、遮断機が動作するときのモータ電流を検出する検出装置と、検出した電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知して、異常を報知する処理装置とを備えたものである。
【0008】
処理装置は、遮断機が正常に動作しているときの電流データを収集する収集部と、遮断機が動作するときの動作区間のうち、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成する切出部と、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出する算出部と、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める基準決定部と、判定基準の決定後、遮断機が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する監視部とを有する。
【0009】
遮断機を設置したとき、あるいは交換したとき、遮断機は正常に動作するので、収集部は、この間に正常時の電流データを収集する。そして、切出部が、開始時の突入電流の影響を受けない定常動作区間での電流データを切り出し、算出部は、切り出された時系列データに基づいて線形統計量および非線形統計量を算出する。2種類の統計量を組み合わせることにより、風等によるノイズの影響を排除できる。基準決定部は、2種類の統計量に基づいて判定基準を決める。
【0010】
このように実際に動作する遮断機に応じた判定基準が決められる。監視部は、この判定基準にしたがって、遮断機が動作するたびに算出される線形統計量および非線形統計量に基づき、異常の有無を判断する。異常があるとき、監視部は、異常の発生を報知する。
【0011】
遮断機の異常は、遮断機が動作するときに発生する。そのため、遮断機の動作のたびに、異常を検知することにより、異常の発生をすぐに検知でき、速報できる。
【0012】
ここで、判定基準を決める際、基準決定部は、線形統計量および非線形統計量を多次元状態空間にプロットし、プロットにより形成される領域を正常エリアとして、この正常エリアを判定基準にする。すなわち、遮断機が動作したときに得られる各統計量が正常エリア内部にあれば正常、正常エリア外部にあれば異常となる。
【0013】
処理装置は、遮断機が正常に動作したとき、検出されたモータ電流に基づいて判定基準を更新する。異常の監視中、遮断機の正常時に得られるデータを蓄積して、判定基準を更新していくことにより、遮断機の特性に応じて正確な判定基準を決めることができる。これによって、異常検知の精度が高まる。
【0014】
また、判定基準に対する感度係数が設定され、基準決定部は、感度係数に応じて判定基準を変更する。必要に応じて、感度係数を調整することにより、遮断機の特性が変化しても、容易に対応することができ、誤検知を防止できる。
【0015】
遮断機は、モータ駆動される昇降自在な遮断桿を有し、処理装置は、遮断桿が上昇するときの電流データに基づいて判定基準を決める。遮断桿の折損等の異常が発生したとき、遮断桿の動作に対する異常の影響は、遮断桿が下降するときよりも遮断桿が上昇するときに大きく及ぶ。そのため、遮断桿の上昇時のデータによって判定基準を決めることにより、精度の高い判定基準が得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、実使用される遮断機の特性に応じた判定基準を決めることができるので、異常検知の精度を高めることができ、誤報をなくせる。また、自然環境に影響を受けやすい衝撃センサ、光センサを使用していないので、自然環境の影響を受けることなく、精度の高い異常検知を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本実施形態の踏切の遮断機における異常検知システムを図1に示す。異常検知システムは、遮断機が動作するときのモータ電流を検出する検出装置1と、検出した電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知して、異常を報知する処理装置2と、処理装置2を管理する管理装置3とを備える。
【0018】
遮断機は、踏切を開閉する昇降自在な遮断桿4と、遮断桿4を昇降させるモータ5と、モータ5を駆動制御する駆動装置6とを備えている。遮断桿4は、モータ5に連結された歯車等の減速機構に回転自在に支持される。モータ5の駆動により、遮断桿4が下がって、踏切を閉じる遮断動作と、遮断桿4が上がって、踏切を開ける復帰動作とが行われる。駆動装置6は、列車接近検知装置7により列車の接近が検出されたとき、モータ5に通電して、遮断桿4を下げる。列車の通過が検出されると、モータ5に通電して、遮断桿4を上げる。
【0019】
検出装置1は、カレントトランス、ホールセンサ等の電流検出センサであり、駆動装置6からモータ5に電源を供給するケーブルに取り付けられている。検出装置1は、遮断機が動作するとき、すなわち遮断桿4が昇降するときにモータ5に流れる電流を検出する。
【0020】
処理装置2は、CPU、ROM、RAMを有するマイクロコンピュータからなる。検出装置1は、処理装置2に接続され、検出した電流データを処理装置2に出力する。これらの処理装置2、検出装置1および駆動装置6は、踏切に設置された器具箱8に内装されている。
【0021】
処理装置2は、通信インターフェース9を介して光ファイバ等の通信回線に接続される。通信回線は、IPネットワークに接続されている。IPネットワークには、管理装置3が接続され、管理装置3と処理装置2とは、インターネットを通じて通信可能とされる。なお、ネットワークにつなぐ通信回線は、無線LAN等の無線回線であってもよく、通信インターフェース9は無線通信を行う。
【0022】
管理装置3は、管理センタに設置されたホストコンピュータである。管理装置3は、複数の踏切の処理装置2と通信を行って、各踏切の状態を監視する。処理装置2から異常の通報があると、管理装置3は、作業員を派遣するといったように、異常に対する処置を指示する。
【0023】
そして、遮断桿4の折損、あるいは遮断桿4の昇降が妨害されるといった遮断機の異常を検出するために、処理装置2は、遮断機が動作するときのモータ電流に基づくカオス的な時系列データの統計量によって、遮断機の正常/異常を検知する。すなわち、図2に示すように、処理装置2は、遮断機が正常に動作しているときの電流データを収集する収集部10と、遮断機が動作するときの動作区間のうち、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成する切出部11と、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出する算出部12と、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める基準決定部13と、判定基準の決定後、遮断機が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する監視部14とを有する。
【0024】
そして、基準決定部13は、線形統計量および非線形統計量を多次元空間にプロットし、プロットにより形成される領域を正常エリアとし、正常エリア内部を正常、正常エリア外部を異常とする判定基準を決める。上記の各部がROMに格納されたソフトウェアにしたがって動作することにより、遮断機の異常検知が実行される。
【0025】
ここで、判定基準を決めるために必要な要素として、電流データを切り出すときの区間、線形統計量および非線形統計量があげられる。これらの要素は、正常/異常識別能力に基づいて予め選定される。選定された区間、線形統計量および非線形統計量が、実際の検知時に使用される。
【0026】
上記の区間および各統計量の各要素を選定するときの手順を図3にしたがって説明する。これらを選定するために、遮断機が正常な場合と遮断機に異常がある場合について実験を行う。まず、遮断機が動作するときの電流データを収集する(S1)。図4に示すように、折損していない遮断桿4を用い、遮断動作および復帰動作を行うことにより、正常動作時の電流データを複数収集する。遮断機に異常がある場合として、折損した遮断桿4を用い、遮断動作および復帰動作を行う。このとき、多様な異常を想定して、長さの異なる遮断桿4や折れ曲がった状態を偽装した遮断桿4を用いる。これにより、異常があるときの複数の電流データを収集する。
【0027】
次に、遮断機が動作するときの動作区間の中から、所定区間における電流データを切り出す(S2)。図5に示すように、遮断機が動作するとき、モータ電流は時系列的に変化する。動作区間には、不動作区間、突入電流区間、定常動作区間がある。正常/異常識別を行うために、電流データを切り出すのに最も有効な区間を選定する必要がある。そこで、A〜Eの動作区間全体から切り出した時系列データをCASE1、突入電流区間を除いたC〜Eの区間から切り出した時系列データをCASE1STB、B〜Dの突入電流ピークから定常動作終了までの区間から切り出した時系列データをCASE2、C〜Dの定常動作区間から切り出した時系列データをCASE2STBとする。
【0028】
正常動作時の時系列データであっても、各データの様相は大きく異なっている。また、共通的なノイズと思われる周波数帯域も見当たらない。そのため、上記の時系列データに対して、一般的な前処理に用いる周波数フィルタは使えない。そこで、前処理として、シグモイド関数を用いた公知の包絡線処理を上記の各区間から切り出した時系列データに施す(S3)。
【0029】
包絡線処理を施した時系列データをそれぞれCASE1_SGENV5、CASE1STB_SGENV5、CASE2_SGENV5、CASE2STB_SGENV5とする。なお、前処理は、必要に応じて行われる。
【0030】
各区間から切り出した8種類の時系列データに対し、線形統計量および非線形統計量を算出する(S4)。線形統計量は、各時系列データを対象とする。非線形統計量は、各時系列データに基づいて求めた軌道平行測度を対象とする。
【0031】
線形統計量は、モータ電流の時系列データの最小値、最大値、平均値、中央値、標準偏差、合計値といった各統計量の中から選択される。非線形統計量は、軌道平行測度の最小値、最大値、平均値、中央値、尖度、カオス情報規範(CIC値)といった各統計量の中から選択される。軌道平行測度に関しては、例えば、特開2007−48097号公報、特開平10−134034号公報に記載されている。時系列データが少しのノイズを含んでいても、一見しただけではノイズを含んでいるかを区別することはできないが、カオス理論を応用した軌道平行測度を適用すれば、風やいたずらによるノイズの影響を排除して異常を検知することができる。カオス情報規範に関しては、例えば特開2000−48097号公報に記載されている。なお、非線形統計量として、軌道平行測度以外に、リアプノフ指数、フラクタル次元、KSエントロピーなどを用いてもよい。
【0032】
各種統計量あるいはこれらの組み合わせの中から、判定基準を作成するために用いる評価関数を選定して、正常/異常識別能力を評価する(S5)。すなわち、各種統計量あるいはこれらの組み合わせのうち、最も正常/異常識別能力の高いものを評価関数とする。
【0033】
評価の結果、線形統計量の合計値と非線形統計量の平均値との組み合わせが、最も正常/異常識別能力が高い。そこで、評価関数Aを非線形統計量(軌道平行測度)の平均値、評価関数Bを線形統計量(モータ電流の時系列データ)の合計値とする。
【0034】
正常/異常識別能力の評価方法として、8種類の時系列データ毎に、各種線形統計量およびこれらの組み合わせを多次元状態空間にプロットする。そして、プロットされた各統計量の分布から正常/異常の分離状況を判断して、識別能力を評価する。
【0035】
具体例として、評価関数Aを非線形統計量の平均値、評価関数Bを線形統計量の合計値としたときの各統計量の分布図を図6〜21に示す。そして、各分布図から得られた知見の一覧を図22に示す。これらより、遮断動作時よりも復帰動作時の電流データを収集すれば、高い識別能力が得られることがわかる。特に、CASE2、CASE2STBの切り出し区間におけるデータにおいて、正常/異常を識別できる可能性が高いことがわかる。
【0036】
遮断機の動作には、遮断桿4の重量が関係する。遮断桿4の遮断動作時には、遮断桿4の重量が作用するため、復帰動作時よりもモータ電流が低くなる、あるいは動作時間が短くなる。ここで、遮断桿4が折損している場合、正常時よりも遮断桿4の重量は減る。この重量減少の影響は、遮断動作時よりも復帰動作時に顕著に現れる。すなわち、復帰動作時には、重量減少によりモータ5への負荷が減り、モータ電流が低くなる、あるいは動作時間が短くなる。一方、遮断動作時には、遮断桿4の重量はモータ5の負荷にはなっていないが、遮断桿4の重量が減少するので、若干モータ電流が高くなる、あるいは動作時間が若干長くなる。それぞれの動作時における重量減少によるモータ電流の差あるいは動作時間の差は、復帰動作時には遮断動作時よりも大きくなる。したがって、復帰動作時における正常時のデータの分布と異常時のデータの分布との分離状況は、遮断動作時における正常時のデータの分布と異常時のデータの分布との分離状況に比べて分離度合いが大きくなる。このことは、正常/異常を識別しやすくなることを意味する。
【0037】
また、遮断桿4が折れ曲っている場合、遮断桿4の重量は変わらない。しかし、遮断桿4の重心位置が遮断桿4の回転中心側に近づく。そのため、復帰動作時においては、モータ5のトルクは正常時よりも小さくてすみ、モータ電流が低くなる。なお、遮断動作時では、遮断桿4の自重が正常時と同様に作用するので、モータ電流に大きな変化はない。このように、遮断桿4が折れ曲っている場合であっても、復帰動作時の電流データを収集することにより、正常/異常を識別可能となる。
【0038】
ここで、詳細に正常/異常識別能力を評価する。正常/異常識別能力とは、異常を正常と誤認識しない、および正常を異常と誤認識しない能力である。このことを検証するために、例えば図23(a)に示すように、評価関数値の各点がプロットされている。そして、図23(b)に示すように、各点の最も外側にある点を多角形の頂点として抽出する。各頂点を結ぶと、領域が形成される。ここで、正常動作時の評価関数値をプロットしたとき、形成される領域を正常エリアとする。正常エリアの内部には正常動作時の評価関数値が存在し、外部には異常時の評価関数値が存在する。
【0039】
この正常エリアに対して、内部に存在する異常時の評価関数値をカウントし、また外部に存在する正常動作時の評価関数値をカウントする。カウント数に基づいて誤識別率を算出すると、図24に示すようになる。このことから、CASE2STB、CASE2_SGENV5、CASE2STB_SGENV5の切り出し区間におけるデータにおいて、高い正診率となっていることがわかる。以上の評価結果により、復帰動作時に検出された電流データを用い、定常動作区間の電流データを切り出せば、高い正常/異常識別能力が得られる。切り出し区間を定常動作区間とすることにより、電流データの収集において、動作を開始するときの突入電流の影響を排除できる。
【0040】
なお、上記の評価方法では、評価関数Aを非線形統計量の平均値、評価関数Bを線形統計量の合計値とした場合について説明したが、評価関数として、他の統計量あるいは各統計量を組み合わせた場合についても同様に評価することによって、最も適切な評価関数を選定することができる。
【0041】
上記のように選定された切り出し区間、評価関数に基づいてソフトウェアが作成され、処理装置2に実装される。この処理装置2は、遮断機が新設されたとき、あるいは遮断桿が交換されたときに、遮断機の異常検知を開始する。この検知動作を図25にしたがって説明する。
【0042】
遮断機が新設されたとき、あるいは遮断桿4が交換されたとき、遮断桿4は正常に動作する。そこで、処理装置2の収集部10は、遮断機が正常に動作しているときに、検出装置1によって検出された動作時の電流データを収集して、メモリに保存する(S10)。遮断機が所定回数動作するまで収集を続ける。データを収集するとき、遮断動作時および復帰動作時に収集するが、復帰動作時だけ収集してもよい。
【0043】
処理装置2は、遮断機の正常時に収集したデータに基づいて、判定基準を決定する(S11)。すなわち、図26に示すように、切出部11は、収集した全動作区間の電流データから定常動作区間における電流データを切り出し、時系列データとしてメモリに保存する(S20)。算出部12は、モータ電流の時系列データの線形統計量を算出して、その線形統計量の合計値を求めるとともに、時系列データに基づいて軌道平行測度を演算して、非線形統計量を算出して、非線形統計量の平均値を求める(S21)。基準決定部13は、線形統計量の合計値および非線形統計量の平均値をそれぞれ評価関数として、多次元状態空間にプロットする。ここで、評価関数は2つであるので、2次元空間にプロットする。そして、プロットされた外側の各点により形成される領域を正常エリアとする(S22)。このように正常エリアを決めることにより、判定基準が決定する。
【0044】
判定基準が決定された後、監視部14は、遮断機が動作するたびに異常が発生したかを監視する(S12)。すなわち、遮断機が動作したときの電流データを収集して、メモリに保存する。遮断桿4の復帰動作時のモータ電流に基づいて、線形統計量の合計値および非線形統計量の平均値を求める。そして、これらを2次元空間にプロットした点が正常エリアの内部か外部のいずれに存在するかを判断する。外部に存在すれば、遮断桿4の折損といったように遮断機に異常があると判断する。このとき、監視部14は、管理装置3に異常の発生を報知する(S14)。管理装置3では、遮断機の異常に対処する。
【0045】
内部に存在すれば、監視部14は、遮断機は正常に動作していると判断する。このとき、基準決定部13は、収集した電流データに基づき判定基準を更新する(S15)。すなわち、この動作によって得られた線形統計量の合計値および非線形統計量の平均値をプロットし、追加された点も含めて、正常エリアを再び決める。これによって、判定基準が更新される。監視部14は、更新された判定基準にしたがって異常の有無を監視する。
【0046】
このように、監視中に、遮断機が正常であるときのデータを蓄積していくことにより、正確に正常エリアを決めることができ、異常の有無の検知精度が高まる。したがって、正常を異常と判断する誤検知が少なくなり、作業員が現場に出向く頻度を減らすことができ、また異常を正常と判断する誤検知も減り、安全性を高めることができる。
【0047】
また、復帰動作時のデータに基づいて異常を検知すれば、遮断桿4が下りているときに折損等の異常が発生しても、遮断桿4が上がると、すぐに異常の発生を検知して、速報することができる。したがって、遮断機の異常に対して、迅速に対処することができ、安全性が高まる。
【0048】
しかも、器具箱8内でモータ電流を測定できるので、雨や風などの影響を受けずに、モータ電流を検出できる。したがって、自然環境の影響を受けることなく、異常検知を行うことができ、検知精度を高めることができる。
【0049】
ところで、遮断機の設置環境やモータ等の機械的な部品の経時的な劣化によって誤検知が起こるおそれがある。そこで、判定基準に対する感度係数を設定するとよい。処理装置2の基準決定部13は、感度係数に応じて、正常エリアを拡大、縮小することによって、判定基準を変更する。例えば感度係数=1では、正常エリアは、電流データに基づいて決められた領域である。感度係数<1にすると、正常エリアが縮小され、判定基準は厳しくなる。感度係数>1にすると、正常エリアが拡大され、判定基準は緩くなる。
【0050】
したがって、遮断機の設置後、誤検知が発生するようになった場合、現場において、感度係数を調整することにより、現状の遮断機に対応した判定基準に変更できる。これにより、誤検知を減らすことができ、長期間にわたって高い検知精度を維持できる。
【0051】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の範囲内で上記実施形態に多くの修正および変更を加え得ることは勿論である。上記の異常検知システムは、踏切だけでなく、車が出入する駐車場のゲートなどの移動体の通行を制限する遮断機に適用してもよい。また、処理装置は、管理装置内に設けてもよい。処理装置は、検出装置とネットワークを通じて通信することにより、電流データを収集する。
【0052】
判定基準を決めるための評価関数として、例えば動作時間に関する評価関数を加えてもよい。2つ以上の複数の評価関数を用い、多次元状態空間において正常エリアを決める。また、上記の実施形態では、判定基準を1つとしたが、他の評価関数を用いて、複数の判定基準により異常の有無を検知してもよい。複数の判定基準を用いることにより、風等によるノイズの影響を受けずに正確に異常を検知することができる。しかも、遮断桿の折損、遮断桿の折れ曲り、遮断桿の昇降妨害といった遮断機の異常の種類毎に、評価関数を選定して、複数の判定基準を決めることにより、異常の種類を識別することが可能となる。これによって、遮断機の異常に対して、適切な対処を行える。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の遮断機の異常検知システムの全体構成図
【図2】処理装置の概略構成を示すブロック図
【図3】判定基準決定に必要な要素を選定するときのフローチャート
【図4】要素選定のための遮断桿に関する実験条件を示す図
【図5】遮断機の動作時のモータ電流の時系列変化を示す図
【図6】遮断動作時のCASE1における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図7】遮断動作時のCASE1STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図8】遮断動作時のCASE2における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図9】遮断動作時のCASE2STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図10】遮断動作時のCASE1_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図11】遮断動作時のCASE1STB_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図12】遮断動作時のCASE2_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図13】遮断動作時のCASE2STB_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図14】復帰動作時のCASE1における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図15】復帰動作時のCASE1STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図16】復帰動作時のCASE2における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図17】復帰動作時のCASE2STBにおける線形統計量および非線形統計量の分布図
【図18】復帰動作時のCASE1_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図19】復帰動作時のCASE1STB_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図20】復帰動作時のCASE2_SGENV5における線形統計量および非線形統計量の分布図
【図21】復帰動作時のCASE2STB_SGENV5における正常/異常識別結果を示す図
【図22】実験における正常/異常の識別可能性を示す図
【図23】(a)は評価関数値をプロットした図、(b)は正常エリアとなる領域を示す図
【図24】実験における正常/異常識別の評価結果を示す図
【図25】遮断機の異常を検知するときのフローチャート
【図26】判定基準を決めるときのフローチャート
【符号の説明】
【0054】
1 検出装置
2 処理装置
3 管理装置
4 遮断桿
5 モータ
6 駆動装置
7 器具箱
10 収集部
11 切出部
12 算出部
13 基準決定部
14 監視部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
屋外において移動体の通行を制限するために、モータにより動作する遮断機の異常検知システムであって、遮断機が動作するときのモータ電流を検出する検出装置と、検出した電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知して、異常を報知する処理装置とを備え、処理装置は、遮断機が正常に動作しているときの電流データを収集する収集部と、遮断機が動作するときの動作区間のうち、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成する切出部と、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出する算出部と、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める基準決定部と、判定基準の決定後、遮断機が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する監視部とを有することを特徴とする遮断機の異常検知システム。
【請求項2】
処理装置は、遮断機が正常に動作したとき、検出されたモータ電流に基づいて判定基準を更新することを特徴とする請求項1記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項3】
判定基準に対する感度係数が設定され、基準決定部は、感度係数に応じて判定基準を変更することを特徴とする請求項1または2記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項4】
基準決定部は、線形統計量および非線形統計量を多次元状態空間にプロットし、プロットにより形成される領域を正常エリアとし、正常エリア内部を正常、正常エリア外部を異常とする判定基準を決めることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項5】
遮断機は、モータ駆動される昇降自在な遮断桿を有し、処理装置は、遮断桿が上昇するときの電流データに基づいて判定基準を決めることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項1】
屋外において移動体の通行を制限するために、モータにより動作する遮断機の異常検知システムであって、遮断機が動作するときのモータ電流を検出する検出装置と、検出した電流データに基づいて遮断機の異常の有無を検知して、異常を報知する処理装置とを備え、処理装置は、遮断機が正常に動作しているときの電流データを収集する収集部と、遮断機が動作するときの動作区間のうち、定常動作区間における電流データを切り出して時系列データを作成する切出部と、時系列データの線形統計量および非線形統計量を算出する算出部と、線形統計量および非線形統計量に基づいて異常の有無の判定基準を決める基準決定部と、判定基準の決定後、遮断機が動作するたびに検出されたモータ電流に基づき、判定基準にしたがって異常の有無を検知する監視部とを有することを特徴とする遮断機の異常検知システム。
【請求項2】
処理装置は、遮断機が正常に動作したとき、検出されたモータ電流に基づいて判定基準を更新することを特徴とする請求項1記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項3】
判定基準に対する感度係数が設定され、基準決定部は、感度係数に応じて判定基準を変更することを特徴とする請求項1または2記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項4】
基準決定部は、線形統計量および非線形統計量を多次元状態空間にプロットし、プロットにより形成される領域を正常エリアとし、正常エリア内部を正常、正常エリア外部を異常とする判定基準を決めることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の遮断機の異常検知システム。
【請求項5】
遮断機は、モータ駆動される昇降自在な遮断桿を有し、処理装置は、遮断桿が上昇するときの電流データに基づいて判定基準を決めることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の遮断機の異常検知システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【公開番号】特開2008−290549(P2008−290549A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−137241(P2007−137241)
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【出願人】(000196587)西日本旅客鉄道株式会社 (202)
【出願人】(391054464)株式会社てつでん (6)
【出願人】(397054303)セントラルエンジニアリング株式会社 (6)
【出願人】(501369525)鹿島メディアバインド株式会社 (2)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月23日(2007.5.23)
【出願人】(000196587)西日本旅客鉄道株式会社 (202)
【出願人】(391054464)株式会社てつでん (6)
【出願人】(397054303)セントラルエンジニアリング株式会社 (6)
【出願人】(501369525)鹿島メディアバインド株式会社 (2)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]