説明

遷移金属ナノ粒子の合成方法

【課題】有機溶媒中で金属カルボニル錯体を熱分解することにより遷移金属ナノ粒子を合成する方法において、粒子サイズの均一性を損なうことなく遷移金属ナノ粒子を量産化できるようにする。
【解決手段】有機溶媒中で金属カルボニル錯体を熱分解することにより遷移金属ナノ粒子を合成する方法において、前記有機溶媒と界面活性剤とを合わせた反応溶液を用意し、前記金属カルボニル錯体の沸点よりも低い温度において前記金属カルボニル錯体を前記反応溶液に注入して、前記金属カルボニル錯体を前記界面活性剤と錯形成させ、この後、前記金属カルボニル錯体を熱分解する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属ナノ粒子の合成方法に関し、特に金属カルボニル錯体の熱分解プロセスに基づく単分散遷移金属ナノ粒子の量産化技術として用いて好適なるものである。
【背景技術】
【0002】
鉄を中心とした遷移金属ナノ粒子は、磁性、触媒等の観点から注目されている。通常、これらの金属ナノ粒子を液相合成する場合、溶液中に存在する金属イオンを化学的に還元する手法がとられる(非特許文献1)。しかし、鉄のような遷移金属イオンの場合、酸化還元電位が低いため、強力な化学還元剤を使用しない限り金属相を得ることは通常困難である。
【0003】
一方最近では、不活性な雰囲気下のもと有機溶媒中において金属カルボニル錯体を熱分解することにより、鉄およびコバルト等の金属ナノ粒子の合成例が報告されている(非特許文献2−4)。本手法においては、金属カルボニル錯体中の金属元素は0価の原子であるため、還元プロセスを用いることなく難還元性である金属鉄等のナノ粒子形成を可能にしている。そして、金属カルボニル錯体の分解反応が生じる高温加熱した有機溶媒中に注射器を用いて金属カルボニル錯体を急速注入することにより、サイズの揃った鉄ならびにコバルト等の遷移金属ナノ粒子の合成例が報告されている。これらの遷移金属ナノ粒子は、磁性材料ならびに触媒等の応用の観点から注目されており、それらの特性は粒子サイズに大きく依存することから、精密にサイズ制御された遷移金属ナノ粒子の量産化技術の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】D. L. Huber, Annu. Small 1, 482 (2005): "Synthesis, properties, and applications of iron nanoparticles"
【非特許文献2】S. Sun, C. B. Murray, Journal of Applied Physics 85, 4325 (1999): "Synthesis of monodisperse cobalt nanocrystals and their assembly into magnetic superlattices"
【非特許文献3】S. Peng, C. Wang, J. Xie, S. Sun, Journal of American Chemical Society 128, 10676 (2006): "Synthesis and Stabilization of Monodisperse Fe Nanoparticles"
【非特許文献4】D. C. Lee, D. K. Smith, A. T. Heitsch, B. A. Korgel, Annu. Rep. Prog. Chem., Sect. C, 103, 351-402 (2007): "Colloidal magnetic nanocrystals: synthesis, properties and applications"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したように、有機溶媒中における金属カルボニル錯体の熱分解プロセスを用いたナノ粒子合成法は、サイズの揃った高品位な金属ナノ粒子を少量作製するのには適している。
【0006】
しかし、生成粒子のサイズが反応試薬の総量ならびに濃度に大きく依存するため、再現性よく量産化することが困難であるという問題がある。例えば、生成粒子量を増大する手法として、金属カルボニル錯体の仕込み量を単純に増加する方法(いわゆる高濃度合成法)が挙げられる。しかし、このような方法では形成される粒子数も同時に急増するため、反応途中に粒子同士の融合・合体が進みサイズ分布が極端に広がってしまう。このような高濃度合成法の問題点を避けるために、金属カルボニル錯体の仕込み量だけでなく、使用する全試薬量を等倍に増加するスケールアップ法による量産化手法が採られるが、この場合においても生成粒子のサイズ分布が極端に広がるだけでなく、粒子形状が不定形になることを確認している。通常、スケールアップ法においては相対的な試薬混合比は変わらないため、反応系の拡大に伴って温度・混合状態に不均一性がある場合を除いて、生成粒子に影響することは少ない。このように、単純なスケールアップ法においてもサイズが不均一になる現象は、金属カルボニル錯体を用いた場合に特有である。
【0007】
本発明は上記点に鑑み、有機溶媒中で金属カルボニル錯体を熱分解することにより遷移金属ナノ粒子を合成する方法において、粒子サイズの均一性を損なうことなく遷移金属ナノ粒子を量産化できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した有機溶媒中における金属カルボニル錯体の熱分解プロセスを用いた量産化において、ナノ粒子のサイズ分布が広がる理由は、本プロセスの独特な反応過程に起因すると考えられる。例えば金属カルボニル錯体として鉄ペンタカルボニル(Fe(CO))を用いた場合、その分解温度(約200℃)は沸点(103℃)よりもかなり高い。本発明に基づくナノ粒子合成法においてはFe(CO)を有機溶媒中で熱分解して鉄原子を溶媒中に供給する必要があるが、高温溶媒中に注入されたFe(CO)は熱分解する前に気化してしまい、溶媒中での反応に関与しない。しかし、界面活性剤であるアルキルアミンの共存下においては、気−液界面を介して気相状態のFe(CO)分子がアルキルアミンと錯形成して溶媒中に取り込まれるため、溶媒中での分解が可能になる。本プロセスでは、気−液界面を介して連続的に溶媒中に取り込まれるFe(CO)量が反応律速となることから、気−液界面の面積を十分増やすことなく試薬量を増加すると、溶媒中へのFe(CO)の供給が円滑に行われなくなるため反応が不均一に進行しやすい。
【0009】
そこで、溶媒中での金属カルボニル錯体の分解を均一に進行させるため、熱分解による粒子形成反応に先立ってFe(CO)の沸点よりもやや低い温度(約95℃)においてFe(CO)を反応溶液中に注入し、共存するアルキルアミンと錯形成させ、予め溶液中に粒子形成に必要なFe(CO)を取り込むことにより、気−液界面を介した物質移動によらなくても十分に反応が進行するようにした。本手法により粒子形成の初期段階である核生成が均一に進行するようになれば、その後の気−液界面を介したFe(CO)の供給に多少乱れが生じても、個々の既存粒子が分解生成されたFe原子を均等に取り込む形で、サイズ均一性を保持しながら成長するものと考えられる。
【0010】
本発明は上記した検討を基になされたもので、請求項1に記載の発明では、有機溶媒中で金属カルボニル錯体を熱分解することにより遷移金属ナノ粒子を合成する方法において、前記有機溶媒と界面活性剤とを合わせた反応溶液を用意し、前記金属カルボニル錯体の沸点よりも低い温度において前記金属カルボニル錯体を前記反応溶液に注入して、前記金属カルボニル錯体を前記界面活性剤と錯形成させ、この後、前記金属カルボニル錯体を熱分解することを特徴としている。
【0011】
また、請求項2に記載の発明では、請求項1に記載の遷移金属ナノ粒子の合成方法において、容器に前記有機溶媒と前記界面活性剤を充填して前記反応溶液を用意し、前記金属カルボニル錯体を前記容器内へ注入し、前記反応溶液を撹拌して前記界面活性剤との錯形成を促進させることを特徴としている。
【0012】
また、請求項3に記載の発明では、請求項2に記載の遷移金属ナノ粒子の合成方法において、前記容器内を不活性ガスで置換した後に、前記金属カルボニル錯体を前記容器内へ注入し、前記金属カルボニル錯体の注入後は、気化した前記金属カルボニル錯体が前記容器外へ排出されることを防ぐために前記容器内への前記不活性ガスの注入を停止することを特徴としている。
【0013】
上記した界面活性剤としては、例えばアルキルアミンを用いることができ、このアルキルアミンとしては、アルキル鎖長ならびに級数の異なる各種アルキルアミンが使用可能である。また、金属カルボニル錯体としては、鉄ペンタカルボニル、コバルトカルボニルを始めとする各種金属カルボニル錯体が使用可能である。
【0014】
なお、本発明は遷移金属ナノ粒子を合成する方法に係るものであるが、それが遷移金属ナノ粒子を製造するのに用いられるのであれば、本発明は遷移金属ナノ粒子の製造方法としても把握されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の第1実施形態において、Fe(CO)の注入温度を(a)180℃および(b)95℃と変えて作製した場合の生成粒子のTEM写真である。
【図2】本発明の第2実施形態において、Fe(CO)を95℃で注入する条件のもとで、反応溶液量ならびにFe(CO)量をともに5倍に増量したスケールアップ合成により作製された鉄ナノ粒子のTEM写真である。
【図3】本発明の第2実施形態において、Fe(CO)を180℃で注入する条件のもとで、反応溶液量ならびにFe(CO)量をともに5倍に増量したスケールアップ合成により作製された鉄ナノ粒子のTEM写真である。
【図4】本発明の第3実施形態において、Fe(CO)を95℃で注入する条件のもとで、Fe(CO)の注入量のみを倍増した高濃度合成により作製された鉄ナノ粒子のTEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(第1実施形態)
典型的な鉄ナノ粒子形成反応において、使用した試薬類は下記の通りである。
・Fe原子供給源:鉄ペンタカルボニル(Fe(CO)
・溶媒:1−オクタデセン、ドデカン
・錯化剤:アルキルアミン(オクチルアミン、ジオクチルアミン、トリオクチルアミン、オレイルアミン等)
以下、典型的な条件における鉄ナノ粒子の合成法について述べる。まず上記試薬のうち、フラスコ(300mL)に溶媒として1−オクタデセンあるいはドデカン(19mL)と、界面活性剤としてオレイルアミン(1mL)を充填する。ここで、溶媒と界面活性剤を合わせた反応溶液の総量を20mLとする。その後、室温において溶液を撹拌しながらフラスコ内を不活性(アルゴン)ガスで置換した後、マントルヒーターにより混合溶液を95 ℃で30分間加熱撹拌し、溶液中の溶存酸素および水を除去する。その後、Fe(CO)(0.4mL )を注射器にてフラスコ内へ注入し、2〜5分程撹拌を継続してオレイルアミンとの錯形成を促進させる。Fe(CO)注入後は、気化したFe(CO)がフラスコ外へ排出されることを防ぐために、フラスコ内へのアルゴンガスの注入を停止する。その後、混合溶液をFe(CO)の分解反応が生じる180℃まで昇温し、その温度で30〜60分間程度保持する。この180℃で保持する過程においてFe(CO)は徐々に分解され、鉄ナノ粒子が形成される。反応終了後は、反応溶液を室温まで空冷した後にヘキサンとプロパノールを添加し、粒子沈殿を促進させる。その後、遠心分離により沈殿物のみを回収し、ヘキサンに再分散させる。
【0017】
図1に、典型的な反応条件において、反応溶媒へのFe(CO)の注入温度を180℃および95℃と変えて作製した生成粒子のTEM写真を示す。反応条件は、1−オクタデセン=19mL、オレイルアミン=1mL、Fe(CO)=0.4mL、反応温度=180℃、反応時間=60分であり、溶媒である1−オクタデセンと界面活性剤であるオレイルアミンを合わせた溶液総量を20mLに固定した。参考までに、図1(a)に旧来の方法(反応温度である180℃においてFe(CO)を注入)により作製した粒子の写真も示してあるが、Fe(CO)を95℃で注入して予め錯形成させた場合(図1(b))の方が若干粒子サイズは小さいものの、粒子サイズの均一性はほとんど損なわれていないことが確認される。
【0018】
(第2実施形態)
図2に、図1(b)のFe(CO)を95℃で注入する条件のもとで、反応溶液量ならびにFe(CO)量をともに5倍に増量(1−オクタデセン=95mL、オレイルアミン=5mL、Fe(CO)=2mL)した、いわゆるスケールアップ合成により作製された生成粒子のTEM写真を示す(図2(b))。この場合も、比較用として通常の反応溶液量(1−オクタデセン=19mL、オレイルアミン=1mL)およびFe(CO)量(Fe(CO)=0.4mL)で作製した生成粒子の写真を図2(a)に示す。写真から、反応溶液量ならびにFe(CO)量をともに5倍に増量した粒子合成においても、粒子サイズの均一性が良好に保持されていることが確認される。
【0019】
なお参考までに、反応溶液量ならびにFe(CO)量をともに5倍に増量した類似実験として、180℃においてFe(CO)を注入した場合の実験結果も合わせて図3に示す。図3(b)より、大きな非球状粒子とともに数nmの小さな粒子が同時に生成し、サイズ分布の均一性が著しく損ねられていることが分かる。これは、粒子成長過程において、生成粒子の融合ならびに2次核生成が生じていることによるものと思われる。
【0020】
(第3実施形態)
図4に、反応溶液の総量を図1の場合と同様(20mL)にして、Fe(CO)の注入量のみを倍増(0.8mL)した高濃度合成の結果を示す。参考までに、Fe(CO)を増量しない場合のTEM写真も(a)に示してある。この場合も、予め95℃においてFe(CO)を反応溶液中に注入してアルキルアミンと錯形成させることにより、粒子サイズの均一性を損ねることなく、約10 nmの鉄ナノ粒子が形成されていることが確認される。
【0021】
(その他の実施形態)
(1)炭化水素系有機溶媒としては、反応温度(160〜200℃)以上の沸点を有するものであれば特に問題ない。したがって、本稿で紹介した1−オクタデセン(炭素数=18)ならびにドデカン(炭素数=12)以外にも、ヘキサデカン(炭素数=16)、オクタデカン(炭素数=18)等も使用可能である。ただし、反応終了後、室温に冷却して粉末をろ過回収する必要があるため、室温において液状であることが望ましい。
【0022】
(2)アルキルアミンとして、アルキル鎖長ならびに級数の異なる各種アルキルアミンが使用可能である。ただし、反応温度が160〜200℃と高温になること、ならびに反応終了後にアルキルアミンを除去する必要があることから、界面活性剤は反応温度にて気化しない程度の適度な高沸点を有し、室温で液状であることが望ましい。また、級数の小さなアルキルアミンの方が粒子表面へ強く配位し、溶媒中での良好な分散状態を保持しやすい。
【0023】
(3)鉄以外にもコバルト等の金属カルボニル錯体(例えばCo(CO))が使用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0024】
有機溶媒中で金属カルボニル錯体を熱分解する方法による鉄等の遷移金属ナノ粒子を形成する際の量産化技術に関するものである。粒子サイズの均一性を保持しながら、ラボレベルで1バッチあたりグラムオーダーの遷移金属ナノ粒子の合成が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機溶媒中で金属カルボニル錯体を熱分解することにより遷移金属ナノ粒子を合成する方法において、
前記有機溶媒と界面活性剤とを合わせた反応溶液を用意し、前記金属カルボニル錯体の沸点よりも低い温度において前記金属カルボニル錯体を前記反応溶液に注入して、前記金属カルボニル錯体を前記界面活性剤と錯形成させ、この後、前記金属カルボニル錯体を熱分解することを特徴とする遷移金属ナノ粒子の合成方法。
【請求項2】
容器に前記有機溶媒と前記界面活性剤を充填して前記反応溶液を用意し、前記金属カルボニル錯体を前記容器内へ注入し、前記反応溶液を撹拌して前記界面活性剤との錯形成を促進させることを特徴とする請求項1に記載の遷移金属ナノ粒子の合成方法。
【請求項3】
前記容器内を不活性ガスで置換した後に、前記金属カルボニル錯体を前記容器内へ注入し、前記金属カルボニル錯体の注入後は、気化した前記金属カルボニル錯体が前記容器外へ排出されることを防ぐために前記容器内への前記不活性ガスの注入を停止することを特徴とする請求項2に記載の遷移金属ナノ粒子の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−222622(P2010−222622A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−69634(P2009−69634)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度文部科学省科学技術試験研究委託事業元素戦略プロジェクトの委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】