説明

遺伝子変異を用いた筋萎縮性側索硬化症の予測法

【課題】筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法を提供する。
【解決手段】被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、以下の工程:(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列を決定する工程、及び(b)前記決定されたアミノ酸配列のうち、特定の(第298番目)アミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程を包含する、前記方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者の遺伝子変異を検出し、検出結果に基づいて被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis(ALS))は、皮質延髄路、皮質脊髄路、脊髄運動ニューロンが侵される致死性変性疾患であり、障害されたニューロンが支配する筋肉の筋力低下と萎縮を呈する疾患である。
ALSの徴候は、特に錐体路において上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方で認められることが多く、感覚系や自律神経系では通常認められない(陰性徴候)。
下位ニューロンの障害による徴候は、主として頭頸部(脳神経による)・四肢(脊髄神経による)の筋萎縮・筋力低下・線維束性収縮であり、上位ニューロンの障害による徴候は、主として四肢の筋力低下(上肢よりも下肢に顕著)、球麻痺、強制号泣・強制失笑、腱反射・下顎反射亢進などである。
ALSは、病状が極めて速く進行する悪性の疾患であり、症例の半数ほどが発症後5年以内に呼吸筋の麻痺を起こし、自力で呼吸が困難となる。
このように、ALSは進行性の重篤な疾患であるため、早期検査や早期治療が望まれる。しかしながら、ALSの早期検査や早期治療に必要な明確な診断基準があるとはいえないのが現状である。
【0003】
ところで、TDP-43(TAR DNA-binding protein of 43 kDa)は、不均一リボ核酸蛋白質(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein: hnRNP)の一種であり、mRNAのUG-repeat配列に結合し選択的スプライシングの調節に関与する。
TDP-43は、認知症の原因の一つである前頭側頭葉変性症(FTLD)の脳において生じる、タウ陰性ユビキチン陽性の封入体の主要構成成分として知られている。また、TDP-43は、筋萎縮性側索硬化症の脳や脊髄にも蓄積することが明らかとなっている(非特許文献1、2)。
【0004】
TDP-43の変異は、Sequencherなどの解析ソフトを用いたハイスループットな解析方法によりいくつか同定されている(非特許文献3、4)。例えば、Sreedharanは、シークエンス結果において変異箇所の塩基のシグナルがeven peakとして示される場合があることを利用して変異を同定している。「even peak」は、シークエンス解析した塩基配列に変異が存在する場合に、その変異箇所における2種類の塩基が示す同等の高さのシグナルピークをいう。
しかしながら、変異箇所において、同等の高さのピークが生じるとは限らず、塩基のピークの高さに差が出る場合がある。従って、even peakが生じた箇所をコンピューターソフトを用いて検出する方法では、シグナルがeven peakとならないような変異箇所では、その変異が見逃される可能性がある。
【非特許文献1】Arai T, et al., Biochem Biophys Res Commun. 2006 Dec 22;351(3):602-611, Epub 2006 Oct 30
【非特許文献2】Neumann M, et al., Science. 2006 Oct 6;314(5796):130-3.
【非特許文献3】Sreedharan et al, Science. 2008 Mar 21; 319 (5870):1668-72
【非特許文献4】Gitcho et al, Ann Neurol. 2008 Feb 20
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その解決しようとする課題は、筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、筋萎縮性側索硬化症と認知症とを合併した症例において、TDP-43タンパク質のアミノ酸配列の298番目のアミノ酸残基に変異を見出した。さらに、この変異は筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性の予測に用いることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、以下の工程:(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列を決定する工程、及び(b)前記決定されたアミノ酸配列のうち、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第298番目のアミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程を包含する、前記方法。
(2)予測は、当該第298番目に相当する位置のアミノ酸残基がグリシンから他のアミノ酸残基に変異しているときに、筋萎縮性側索硬化症に罹患している、又は筋萎縮性側索硬化症の発症可能性があると判断するものである、(1)に記載の方法。
(3)被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、以下の工程:(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質をコードする塩基配列を決定する工程、及び(b)前記決定された塩基配列のうち、配列番号1で表される塩基配列の第892番目の塩基に相当する位置の塩基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程を包含する、前記方法。
(4)予測は、当該第892番目の塩基に相当する位置の塩基がグアニンから他の塩基に変異しているときに、筋萎縮性側索硬化症に罹患している、又は筋萎縮性側索硬化症の発症可能性があると判断するものである、(3)に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、筋萎縮性側索硬化症の発症可能性の有無をその発症前に予測することが可能となる。また、本発明により、筋萎縮性側索硬化症の発症を発症後に遺伝的に確認することができるため、筋萎縮性側索硬化症と他の疾患とを判別することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施の形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの実施の形態のみに限定する趣旨ではない。本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施をすることができる。
【0010】
本発明は、TDP-43タンパク質又はTDP-43遺伝子における特定の変異を検出し、その変異が筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性に関連するという知見を得ることにより完成されたものである。
【0011】
1.筋萎縮性側索硬化症(ALS)
本発明において、「筋萎縮性側索硬化症の発症」とは、被験者がALSの徴候又は症状を生じた状態をいう。ALSの発症の有無は、ALSの徴候又は症状の有無に基づいて確認できるだけでなく、ALSの徴候又は症状の有無と併せて、TDP-43の変異を検出することにより確認することができる。TDP-43の変異は、ALSを診断するためのツールとして利用することができる。
また、「筋萎縮性側索硬化症の発症可能性」とは、被験者は実際にALSを発症していないが、将来ALSの徴候又は症状を生じるリスクをいう。従って、TDP-43の変異はALSのリスクファクターとなり、ALSの発症可能性の有無は、TDP-43の変異を検出することにより予測することが可能である。
ALSの徴候又は症状としては、例えば、頭頸部(脳神経による)、四肢(脊髄神経による)の筋萎縮、筋力低下、線維束性収縮、構音障害、嚥下障害、舌萎縮(球麻痺)、腱反射の低下あるいは亢進、強制泣き・笑い、下顎反射亢進、バビンスキー徴候などが挙げられる。また一部の例では認知症をきたす。
【0012】
2.TDP-43
TDP-43は、不均一リボ核酸蛋白質(hnRNP)の一種であり、mRNAのUG-repeat配列に結合し選択的スプライシングの調節に関与する。TDP-43タンパク質は、414アミノ酸からなり、全身の臓器に広汎に発現している。
TDP-43タンパク質は、RNP-1及びRNP-2のコンセンサス配列からなるRNA認識モチーフ(RRM)とglycine-richドメインを有する。TDP-43タンパク質は、N末側のRRM-1を介してRNA又はDNAのUG又はTFリピートに結合する一方、C末側のglycine-richドメインを介してhnRNPA2/B1やhnRNPA1などのRNA結合蛋白と結合し、蛋白質複合体を形成することによってスプライシング抑制作用を示す。
TDP-43タンパク質のアミノ酸配列は、GenBankアクセッション番号NP 031401として登録されている。TDP-43タンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
また、TDP-43タンパク質をコードする遺伝子は、染色体1p36.21に存在し、6個のエクソンを含む。TDP-43遺伝子のcDNAの塩基配列は、GenBankアクセッション番号NM 007375.3として登録されている。TDP-43遺伝子のcDNAの塩基配列を配列番号1に示す。
【0013】
3.TDP-43における変異
TDP-43タンパク質における変異としては、被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列のうち、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第298番目のアミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基がグリシン(Gly)から他のアミノ酸、例えばセリン(Ser)に置換される変異(Gly298Ser)が挙げられる。なお、本発明において、被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列は、上記第298番目のアミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基以外の領域のアミノ酸配列が配列番号2に示すアミノ酸配列と必ずしも完全同一であるとは限らず、RNA認識活性を有する限り、一部のアミノ酸配列(例えば1個又は数個のアミノ酸配列)において欠失、置換又は付加等が生じていることもある。
また、TDP-43遺伝子における変異としては、被験者に由来するTDP-43タンパク質をコードする塩基配列のうち、配列番号1で表される塩基配列の第892番目の塩基に相当する位置の塩基がグアニン(G)から他の塩基、例えばアデニン(A)に置換される変異(892G>A)が挙げられる。被験者に由来するTDP-43タンパク質をコードする塩基配列においても、上記TDP-43タンパク質において記載したのと同様に、一部の塩基配列(例えば1個又は数個の塩基配列)において欠失、置換又は付加等が生じていることもある。
【0014】
本発明において、TDP-43タンパク質のアミノ酸配列における変異は、例えば以下の方法により同定することができる。
被験者に由来する試料から公知の方法を用いてゲノムDNAを抽出し、抽出したゲノムDNAを鋳型として、PCRを行う。PCRは、目的の塩基配列を増幅できるように設計したプライマーを用いて行い、得られたPCR産物の塩基配列を公知のシークエンス解析方法、例えばPCR-direct sequence法を用いて決定する。
決定した塩基配列の解析方法は、限定されるものではないが、好ましくは、塩基配列を決定した結果得られたシグナル波形(クロマトグラム)を紙に印刷し、目視で波形を分析する。目視による変異の同定は、ノイズシグナルの強度が標準シグナルピークの2%以下に抑えられるような良好なシークエンス条件のもとで、標準シグナルピークの50%以上(好ましくは60%以上)の強度のシグナル波形が、標準シグナル波形全長の5%以上(好ましくは3%以上)横軸方向にピークをずらすことなく重複して出現した場合を判断基準として行う。
この判断基準に基づいて目視でクロマトグラムを分析した結果、同じ位置の塩基で2種類のピークが示された場合は、その位置の塩基を変異箇所の塩基として同定する。同定した変異箇所の塩基に基づいて、TDP-43タンパク質のアミノ酸配列における変異を同定する。
【0015】
本発明において、被験者に由来する試料としては、TDP-43遺伝子又はTDP-43タンパク質を含むものであれば限定されるものでなく、例えば、血液細胞、口腔内粘膜細胞、脳組織、皮膚組織、体毛、体液などが挙げられる。
【0016】
本発明において、「被験者」には、疾患を発症した者及び発症していない者の双方が含まれる。当該疾患としては特に限定されるものではなく、例えば、孤発性又は家族性の筋萎縮性側索硬化症、認知症、慢性炎症性脱髄性ポリニューロパチー(CIDP)、および多巣性運動ニューロパチー(MMN)などが挙げられる。疾患を発症していない者には、疾患を発症する可能性を有する者が含まれ、例えば、家族性の筋萎縮性側索硬化症の家系に属する者などが挙げられる。
被験者の動物種としては、例えばヒト、サル、ブタ、ラット、マウス、ニワトリなどが挙げられる。
【0017】
4.筋萎縮性側索硬化症の発症又は発症可能性の予測方法
本発明は、被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列を決定する工程、及び(b)前記決定されたアミノ酸配列のうち、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第298番目のアミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程を包含する方法に関する。予測は、当該第298番目に相当する位置のアミノ酸残基がグリシンから他のアミノ酸残基に変異しているときに、筋萎縮性側索硬化症に罹患している、又は筋萎縮性側索硬化症の発症可能性があると判断することにより行うことができる。
【0018】
本発明において、「配列番号2で表されるアミノ酸配列の第298番目のアミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基」(以下「AA298subject」ともいう)とは、被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列において、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第298番目のアミノ酸残基(以下「AA298seq」ともいう)に相当する位置のアミノ酸残基を意味し、例えばグリシン(G)、セリン(S)が挙げられる。
ここで、「相当する位置のアミノ酸残基」とは、被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列と配列番号2で表されるアミノ酸配列とを、例えば相同性検索の要領でアライメント解析した場合に、同じ位置に存在するアミノ酸残基のことを意味する。従って、AA298subjectよりも前のアミノ酸残基が例えば1個欠失していた場合は、AA298seqと比較した297番目のアミノ酸配列がAA298subjectとなる。
【0019】
また、本発明は、被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質をコードする塩基配列を決定する工程、及び(b)前記決定された塩基配列のうち、配列番号1で表される塩基配列の第892番目の塩基に相当する位置の塩基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程を包含する方法である。予測は、当該第892番目の塩基に相当する位置の塩基がグアニンから他の塩基に変異しているときに、筋萎縮性側索硬化症に罹患している、又は筋萎縮性側索硬化症の発症可能性があると判断することにより行うことができる。
【0020】
本発明において、「配列番号1で表される塩基配列の第892番目の塩基に相当する位置の塩基」(以下「B892subject」ともいう)とは、被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列をコードする塩基配列において、配列番号1で表される塩基配列の第892番目の塩基(以下「B892seq」ともいう)に相当する位置の塩基を意味し、例えばグアニン(G)、アデニン(A)が挙げられる。
ここで、「相当する位置の塩基」とは、被験者に由来するTDP-43遺伝子の塩基配列と配列番号1で表される塩基配列とを、例えば相同性検索の要領でアライメント解析した場合に、同じ位置に存在する塩基のことを意味する。従って、B892subjectよりも前の塩基が例えば1個欠失していた場合は、B892seqと比較した891番目の塩基がB892subjectとなる。
【0021】
本発明において、AA298subjectの種類は、例えば、以下の方法により決定することができる。
被験者に由来する試料から公知の方法を用いてゲノムDNAを抽出し、抽出したゲノムDNAを鋳型として、PCRを行う。PCRは、目的の塩基配列を増幅できるように設計したプライマーを用いて行い、得られたPCR産物の塩基配列を公知のシークエンス解析方法を用いて決定する。
決定した塩基配列の解析方法は、限定されるものではないが、好ましくは、塩基配列を決定した結果得られたシグナル波形(クロマトグラム)を紙に印刷し、既に同定した変異が生じる可能性のある位置の塩基(例えばB892subject)のシグナル波形を目視で確認し、塩基の種類を決定する。この塩基の種類からAA298subjectの種類を決定することができる。
決定した塩基又はアミノ酸残基の種類に基づいて、TDP-43遺伝子及び/又はTDP-43タンパク質に変異が生じているか否かを判断し、筋萎縮性側索硬化症の発症又は発症可能性を予測することができる。
また、被験者由来のタンパク質のアミノ酸配列を直接解析することにより、AA298subjectの種類を決定し、筋萎縮性側索硬化症の発症又は発症可能性を予測することもできる。
【0022】
本発明において、AA298subjectがセリン(Ser)である場合、及び/又はB892subjectがアデニン(A)である場合は、筋萎縮性側索硬化症の発症可能性が有ると予測できる。また、既に筋萎縮性側索硬化症の症状や徴候を示している被験者において、AA298subjectがセリンである場合、及び/又はB892subjectがアデニン(A)である場合は、筋萎縮性側索硬化症を発症したと確認できる。
【0023】
本発明は、TDP-43タンパク質又は遺伝子の変異を決定する方法を利用した、筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性の予測用キットを提供する。
本発明のキットは、プライマーの他に、PCR反応用試薬、シークエンス解析用試薬、プローブ、溶解液、緩衝液、使用説明書など、筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性の予測に必要な他の任意の構成要素を適宜含めることができる。プライマーは、目的の塩基配列を増幅することができるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、配列番号3又は4で表される塩基配列のプライマーが挙げられる。
【0024】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0025】
1.TDP-43における変異の同定
(1)対象及び方法
TDP-43における変異の同定に用いる被験者対象としては、筋萎縮性側索硬化症20例(孤発例15例、家族例4家系5例)を選択した。また、1621例の健常対照を選択した。
変異の同定は、まず、TDP-43遺伝子の6つのエクソンをはさむようにイントロン内にプライマーを設計し、被験者由来のゲノムDNAを鋳型としてPCR法で増幅し、BigDye Terminator(Applied Biosystems社)を用いてPCR-direct sequence法により塩基配列を解析した。
用いたプライマーとPCRの反応条件は、以下のとおりである。また、用いたプライマーがアニーリングする位置を図1に示す。図において、枠で囲んだ配列はプライマーがアニーリングする位置を示す。小文字の配列はイントロンを示し、大文字の配列はエクソン6を示す。枠で囲んだGは、変異箇所に存在するグリシンを示す。
TDP-F6-1(フォワードプライマー):CTG AAA TAT CAC TGC TGC TG(配列番号3)
TDP-R6-1(リバースプライマー):GTG TTG GTT TAC CAA TCA GG(配列番号4)
【表1】

【0026】
シークエンス解析の結果として得られるシグナル波形(クロマトグラム)を紙に印刷し、目視で波形を検討した。目視による変異の同定は、ノイズシグナルの強度が標準シグナルピークの2%以下に抑えられるような良好なシークエンス条件のもとで、標準シグナルピークの60%以上の強度のシグナル波形が、標準シグナル波形全長の3%以上横軸方向にピークをずらすことなく重複して出現した場合を判断基準として行った。
【0027】
(2)結果
シークエンス解析の結果を示すクロマトグラムを目視で検討した結果、被験者20例(ALSの孤発例(Sporadic)15例、家族例(familial)4家系5例)のうち家族例の1症例から、B892subjectがアデニン(A)となっている変異(表1において「G/A」、以下「892G>A」ともいう)を同定した。892G>Aは、AA298subjectをグリシン(Gly)からセリン(Ser)に置換する変異(Gly298Ser)である。892G>A(Gly298Ser)を同定した結果を以下の表1に示す。また、リバースプライマー(TDP-R6-1)を用いてシークエンス解析を行った結果、本発明者らが同定した変異箇所のクロマトグラムを図2に示す。図において、上パネルは野生型のクロマトグラムを示し、下パネルは変異型のクロマトグラムを示す。○で囲んだ変異箇所のシグナルは、シトシン(C)とチミン(T)の両方のシグナルのピークを示した。変異箇所の塩基は、C/Tと表示する。(G/A)は、フォワードプライマーを用いてシークエンス解析した場合の変異箇所の塩基を示す。
【表2】

892G>A(Gly298Ser)は、ALSの被験者から検出されたのに対し、1621例の健常対照(Control)からは全く検出されなかった。
従って、一般に、被験者が892G>A(Gly298Ser)を有する場合は、その被験者はALSに罹患している、又はALSの発症可能性があると予測される。
以上より、被験者において892G>A(Gly298Ser)を検出することにより、被験者のALSの発症又はその発症可能性を予測することができることが示された。
【0028】
(3)考察
本発明者らは上記方法により、4家系から2箇所の変異(Met337Val及びGly298Ser)を同定した。Sreedharanらが200家系以上を調べて3箇所しか変異を同定できなかったのに対し、本発明者らは4家系から2箇所の変異を同定したことから、目視による解析は、発見率が高いことが示された。また、本発明者らによる目視による解析は、Sequencherなどのコンピューターソフトを用いる解析では見出すことのできない変異を同定することができることを示した。
本発明におけるGly298Serの変異は、目視による解析によって初めて同定された変異である。現在、一般的に、変異箇所に現れるeven peak(ピークの高さが同等の波形)をコンピューターソフトにより検出することにより、変異箇所の同定が試みられている。しかしながら、この方法は、変異箇所の塩基のシグナルがeven peakとならない場合は同定することができない。Gly298Serの変異は、塩基のシグナルがeven peakとならない場合があるため、Gly298Serの変異を同定することは容易でない。
また、本発明のGly298Serの変異は、筋萎縮性側索硬化症と認知症との合併例から検出されたものであるため、筋萎縮性側索硬化症及び認知症の双方の発症可能性の予測に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】プライマーがアニーリングする位置とエクソン6を含む配列を示す図である。
【図2】TDP-R6-1(リバースプライマー)を用いてシークエンス解析した場合の変異箇所のクロマトグラムを示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0030】
配列番号3:合成DNA
配列番号4:合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、以下の工程:
(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質のアミノ酸配列を決定する工程、及び
(b)前記決定されたアミノ酸配列のうち、配列番号2で表されるアミノ酸配列の第298番目のアミノ酸残基に相当する位置のアミノ酸残基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程、
を包含する、前記方法。
【請求項2】
予測は、当該第298番目に相当する位置のアミノ酸残基がグリシンから他のアミノ酸残基に変異しているときに、筋萎縮性側索硬化症に罹患している、又は筋萎縮性側索硬化症の発症可能性があると判断するものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する方法であって、以下の工程:
(a)当該被験者に由来するTDP-43タンパク質をコードする塩基配列を決定する工程、及び
(b)前記決定された塩基配列のうち、配列番号1で表される塩基配列の第892番目の塩基に相当する位置の塩基の種類に基づいて、当該被験者の筋萎縮性側索硬化症の発症又はその発症可能性を予測する工程、
を包含する、前記方法。
【請求項4】
予測は、当該第892番目の塩基に相当する位置の塩基がグアニンから他の塩基に変異しているときに、筋萎縮性側索硬化症に罹患している、又は筋萎縮性側索硬化症の発症可能性があると判断するものである、請求項3に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−247219(P2009−247219A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−95035(P2008−95035)
【出願日】平成20年4月1日(2008.4.1)
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【Fターム(参考)】