説明

遺伝子導入剤の製造方法

【課題】分岐型重合体の架橋体よりなる遺伝子導入剤の架橋数を制御して、遺伝子導入に好適な分子量及び粒子径を有する遺伝子導入剤を製造する。
【解決手段】芳香環を核とし、それから放射状に伸延した複数の分岐鎖を有する分岐型重合体同士を架橋させて架橋分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造するに当たり、ピーク波長が360〜375nmの範囲にある光による光照射リビング重合により、該芳香環に複数の分岐鎖を導入して分岐型重合体を得、この分岐型重合体に対してピーク波長が350nm以下の光を照射した後の分岐型重合体を架橋する。分岐型重合体の架橋は、2工程の光照射後の分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖の末端をSH基に変換し、このSH基同士を反応させることにより行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香環を核とし、それから放射状に伸延した複数の分岐鎖を有する分岐型重合体同士が架橋した架橋分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造する方法に係り、詳しくは、この方法において、得られる架橋分岐型重合体の分子量及び粒子径を遺伝子導入に好適な値に調整する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
安全性、品質安定性、製造コストに問題があるウイルスベクターに代わる遺伝子導入技術として、合成高分子ベクター、カチオン性脂質ベクターが研究開発されている。
【0003】
本出願人らは、合成高分子ベクターとして、ベンゼンなどの芳香環を核としてカチオン性ポリマー鎖が放射状に伸延する分岐構造のベクターが、DNAを高密度で凝縮させて小さな核酸複合体微粒子を形成させ、効率良く細胞へ遺伝子導入できることを発明した(下記特許文献1,2)。この複合体微粒子が細胞膜を透過するメカニズムとしては、カチオン性ポリマー鎖による陽電荷が細胞膜表面の陰電荷と静電的に結合しエンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれる作用に大きく依存していると考えられる。
【0004】
本出願人らはまた、特許文献1,2に記載される遺伝子導入剤の遺伝子導入効率を更に向上させたものとして、芳香環を核とし、それから放射状に伸延したカチオン性の複数の分岐鎖を有する分岐型重合体を有する遺伝子導入剤であって、複数の該分岐型重合体同士が架橋した架橋体よりなる遺伝子導入剤を発明した(下記特許文献3,4)。
【0005】
この遺伝子導入剤は、ベンゼンなどの芳香環を核としてカチオン性の分岐鎖が伸延する分岐型重合体同士を架橋させた架橋体よりなる合成高分子ベクターであり、その構造上の利点により、DNAなどの核酸を高密度に凝縮することができる。即ち、この遺伝子導入剤は、分岐型重合体が複数個架橋したものであるため、特許文献1,2に記載されるような1個の分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤に比べてDNAなどの核酸をより広いネットワークで包蔵することができ、優れた遺伝子導入活性を示すようになる。
【0006】
特許文献3の遺伝子導入剤を構成する架橋体は、細胞への悪影響が懸念される架橋剤を用いることなく、分岐鎖末端の光開裂性官能基の光開裂で発生するラジカルを利用して分岐鎖同士を架橋して形成される。
【0007】
一方、特許文献4の遺伝子導入剤を構成する架橋体は、分岐型重合体を加水分解することにより分岐鎖末端の光開裂性官能基をSH基に変換すると、その分岐鎖末端のSH基同士が酸素存在下で容易に酸化されてジスルフィド結合(以下「S−S結合」と称す場合がある。)を形成することを利用して、この分岐鎖同士を架橋して形成されたものである。
【0008】
このS−S結合は、還元性物質の存在下で解離する不可逆的な結合であるため、特許文献4の遺伝子導入剤は、生体内に存在するグルタチオン、システイン、アスコルビン酸、ビタミンEなどの還元性物質により、容易に低分子量体へと分解される。即ち、生体内でS−S結合が解離することにより、遺伝子導入剤に凝集されたDNAなどの核酸が遺伝子導入剤からリリースされやすくなり、遺伝子導入活性が向上するという利点がある。
【0009】
また、この遺伝子導入剤は、生体内に存在する還元性物質により、容易に低分子量体へと分解されるため、生体内での代謝性ないしは分解性、生体からの排出性にも優れている。
【0010】
しかも、特許文献4の遺伝子導入剤における分岐型重合体同士の架橋は、分岐鎖の末端のSH基同士の自己酸化還元反応によるS−S結合によるものであり、この架橋反応は、温和な条件で、例えば、酸素共存下に室温で放置するだけでも速やかに進行する。また、この架橋反応は、ラジカル反応よりも選択性が高いマイルドな反応であるため、架橋点が分岐鎖の主鎖や側鎖に入り乱れた複雑なネットワークになりにくく、分岐鎖の末端同士が選択的に反応しやすいため、ゲル化が起こりにくい。このため、製造効率に優れ、歩留まりよく製造することができるという利点もある。
【0011】
また、このように、特許文献4における架橋反応は、温和な条件で進行させることができ、光照射なども不要であるため、分岐型重合体に光照射することによる分岐鎖の分解などを引き起こすこともない。
【0012】
特許文献3,4において、架橋反応に供する分岐型重合体は、具体的には、芳香環よりなる核から、光開裂性官能基を末端に有する分岐鎖が複数、放射状に伸延するイニファターに対して、ビニル系モノマーを光照射リビング重合することにより製造される。このイニファターの光開裂性官能基のジチオカルバメート基は、370nm付近の波長の光を照射すると、可逆的な解裂反応が生じ、ビニル系モノマーとリビング規則により重合するが、300〜350nm付近の波長の光が照射されると、ジチオカルバメート基の一部が脱離する不可逆的な解裂反応が生じるため、光照射リビング重合に際しては、370nm付近の波長の光を含む光が照射される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】WO2004/092388号公報
【特許文献2】特開2007−70579号公報
【特許文献3】特開2008−289468号公報
【特許文献4】特願2009−126716
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明者らは、上記架橋分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤について種々検討を重ねる過程で、架橋分岐型重合体の粒子径が大き過ぎると、細胞に受け入れられない可能性があるため、粒子径が過大とならないようにすること、このために、架橋分岐型重合体の架橋分子数(以下、この架橋分子数を単に「架橋数」と称す場合がある。)が過度に多くならないように制御することが重要であることを知見した。
【0015】
前述の如く、特許文献4の遺伝子導入剤は、特許文献3の遺伝子導入剤と同様優れた遺伝子導入活性を示す上に、生体内で容易に低分子量体に分解させるという利点を有し、しかもこの遺伝子導入剤を製造する際の分岐鎖末端のSH基同士の架橋反応は、例えば、酸素共存下に室温で放置するだけでも速やかに進行するマイルドな反応であるため、特許文献4におけるラジカル反応に比べて架橋点が分岐鎖の主鎖や側鎖に入り乱れた複雑なネットワークになりにくく、さらに、分岐鎖の末端同士が選択的に反応しやすいため、ゲル化が起こりにくいという利点もある。
【0016】
しかしながら、特許文献4における架橋反応は、非常に速やかに進行するため、得られる架橋分岐型重合体の架橋数を制御することが困難であった。
【0017】
従って、本発明は、分岐型重合体の架橋体よりなる遺伝子導入剤の架橋数を制御して、遺伝子導入に有利な分子量及び粒子径を有する遺伝子導入剤を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、架橋分岐型重合体の分子量及び粒子径を制御する方法について検討を重ねた結果、分岐型重合体に対して300〜350nm付近の波長の光を照射すると、分岐鎖の末端に存在する光開裂性官能基が不可逆的に解裂し、架橋反応に関与しない官能基(以下、この基を「不活性基」と称す場合がある。)に変換され、これにより、架橋分岐型重合体の架橋数を制御することが可能となり、この結果、目的とする遺伝子導入に有利な分子量及び粒子径を有する遺伝子導入剤を得ることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0019】
本発明(請求項1)の遺伝子導入剤の製造方法は、芳香環を核とし、それから放射状に伸延した複数の分岐鎖を有する分岐型重合体同士を架橋させて架橋分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造する方法において、ピーク波長が360〜375nmの範囲にある光による光照射リビング重合により、該芳香環に複数の分岐鎖を導入して分岐型重合体を得る第1の光照射工程と、該分岐型重合体に対してピーク波長が350nm以下の光を照射する第2の光照射工程とを有し、第2の光照射工程を経た後の分岐型重合体を架橋させることを特徴とするものである。
【0020】
請求項2の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1において、前記第2の光照射工程を経た後の分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖の末端をSH基に変換する加水分解工程と、該分岐鎖の末端のSH基同士を反応させることにより該分岐型重合体同士を架橋する架橋工程とを有することを特徴とするものである。
【0021】
請求項3の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1又は2において、前記第1の光照射工程における光照射時間が1〜200時間であり、前記第2の光照射工程における光照射時間が1〜10時間であることを特徴とするものである。
【0022】
請求項4の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし3のいずれか1項において、前記分岐型重合体は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項5の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項4において、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とするものである。
【0024】
請求項6の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項4又は5において、ビニル系モノマーが2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、N−イソプロピルアクリルアミド、及びN−イソプロピルアクリルアミドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0025】
請求項7の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項4ないし6のいずれか1項において、前記分岐鎖は、1種類のモノマーよりなるホモポリマーであることを特徴とするものである。
【0026】
請求項8の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項4ないし6のいずれか1項において、前記分岐鎖は、前記2種以上のモノマーのランダムコポリマー又はブロックコポリマーであることを特徴とするものである。
【0027】
請求項9の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし8のいずれか1項において、前記分岐鎖の1本当たりの分子量が、300〜6,000であることを特徴とするものである。
【0028】
請求項10の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし9のいずれか1項において、前記架橋体の分子量が、10,000〜600,000であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0029】
本発明の遺伝子導入剤の製造方法においては、ピーク波長が360〜375nmの範囲にある光(以下、この光を「第1照射光」と称す場合がある。)により光照射リビング重合を行って分岐型重合体を得た後、この分岐型重合体に対して、ピーク波長が350nm以下の光(以下、この光を「第2照射光」と称す場合がある。)を照射することにより、各分岐鎖の末端に結合する光開裂性官能基の一部を不活性基に変換する。この第2照射光を照射した後の分岐型重合体の架橋反応においては、末端が不活性基に変換された分岐鎖においては架橋が起こらず、光開裂性官能基の残存する分岐鎖同士のみが架橋反応を起こすようになる。このため、一つの分岐型重合体当たり、架橋反応を起こす分岐鎖数が少なくなることにより、架橋鎖の形成頻度が低減され、架橋数が少なく、分子量、粒子径の小さい架橋体を得ることができるようになる(請求項1)。
【0030】
本発明において、分岐型重合体の架橋反応は、このように2段階の光照射工程を経て得られた分岐型重合体を加水分解することにより、分岐型重合体の分岐鎖の末端をSH基に変換し、このSH基同士を反応させることにより行うことが好ましく、このように、S−S結合で架橋された架橋体であれば、特許文献4におけると同様に、
(1) 生体内でS−S結合が解離することにより、遺伝子導入剤に凝集されたDNAなどの核酸が遺伝子導入剤からリリースされやすくなり、遺伝子導入活性が向上する。
(2) 生体内に存在する還元性物質により、容易に低分子量体へと分解されるため、生体内での代謝性ないしは分解性、生体からの排出性に優れる。
(3) 分岐鎖の末端のSH基同士の自己酸化還元反応によるS−S結合による架橋反応は、温和な条件で、例えば、酸素共存下に室温で放置するだけでも速やかに進行する。また、この架橋反応は、ラジカル反応よりも選択性が高いマイルドな反応であるため、架橋点が分岐鎖の主鎖や側鎖に入り乱れた複雑なネットワークになりにくく、分岐鎖の末端同士が選択的に反応しやすいため、ゲル化が起こりにくい。このため、製造効率に優れ、歩留まりよく製造することができる。
(4) この架橋反応は、温和な条件で進行させることができ、光照射なども不要であるため、架橋反応時に分岐型重合体に光照射することによる分岐鎖の分解などを引き起こすことがない。
といった優れた効果が奏される(請求項2)。
【0031】
前記第1の光照射工程における光照射時間は1〜200時間で、第2の光照射工程における光照射時間は、1〜10時間であることが好ましい(請求項2)。光照射時間が上記範囲内であれば、第1の光照射工程における光照射リビング重合で、分岐型重合体の分岐鎖を十分に伸延させ、その後、第2の光照射工程で、架橋反応に必要な光開裂性官能基数を維持した上で、光開裂性官能基の一部を不活性基に変換することができ、その後の架橋反応で、所望の分子量及び粒子径の架橋体を得ることができるようになる(請求項3)。
【0032】
前記分岐型重合体は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることが好ましく(請求項4)、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合しているものであることが好ましい(請求項5)。
【0033】
前記ビニル系モノマーは、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、N−イソプロピルアクリルアミド、及びN−イソプロピルアクリルアミドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい(請求項6)。
【0034】
前記分岐鎖は、1種類のモノマーよりなるホモポリマーであってもよく(請求項7)、前記2種以上のモノマーのランダムコポリマー又はブロックコポリマーであってもよい(請求項8)。
【0035】
前記分岐鎖の1本当たりの分子量は、300〜6,000であることが好ましく(請求項9)、前記架橋体の分子量は、10,000〜600,000であることが好ましい(請求項10)。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下に、本発明の遺伝子導入剤の製造方法の実施の形態を詳細に説明する。
【0037】
本発明の遺伝子導入剤の製造方法は、芳香環を核とし、それから放射状に伸延した複数の分岐鎖を有する分岐型重合体同士を架橋させて架橋分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造する方法において、ピーク波長が360〜375nmの範囲にある光による光照射リビング重合により、該芳香環に複数の分岐鎖を導入して分岐型重合体を得る第1の光照射工程と、該分岐型重合体に対してピーク波長が350nm以下の光を照射する第2の光照射工程とを有し、第2の光照射工程後の分岐型重合体を架橋させることを特徴とするものであり、第2の光照射工程で、分岐型重合体に第2照射光を照射して、分岐鎖末端の光開裂性官能基の一部を不活性基に変換することにより、後の架橋工程において、架橋反応に関与する分岐鎖末端を減らし、結果として、分岐鎖末端のすべてが光開裂性官能基である分岐型重合体を架橋反応させた場合に比べて、架橋数が低く、分子量及び粒子径が小さい遺伝子導入剤を得ることができる。
【0038】
即ち、分岐型重合体1分子に存在する複数の光開裂性官能基のうちの一部を、第2照射光により不活性基に変換することにより、光開裂性官能基に由来する架橋反応基の数が減少するので、反応系内における架橋反応基同士の衝突確率が低下し、結果として、架橋数を低く抑えることができる。
【0039】
以下に、本発明の遺伝子導入剤の製造方法を、その好適な製造手順に従って説明する。 なお、本発明において、第1の光照射工程と第2の光照射工程とを経た後の分岐型重合体の架橋は、この2段階の光照射工程を経た分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖の末端をSH基に変換し、この分岐鎖の末端のSH基同士を反応させることにより行うことが好ましい。従って、以下においては、このようにして分岐型重合体の架橋を行う方法を例示して本発明を説明するが、本発明における分岐型重合体の架橋は、何ら以下の方法に限定されるものではない。
【0040】
<第1の光照射工程>
本発明における第1の光照射工程においては、ピーク波長が360〜375nmの範囲にある光(第1照射光)により光照射リビング重合を行い、芳香環に複数の分岐鎖が導入された分岐型重合体(以下「第1の分岐型重合体」と称す場合がある。)を得る。
【0041】
前記分岐型重合体としては、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、このイニファターにビニル系モノマーを光照射リビング重合させたものが好ましい。
【0042】
イニファターとなるN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する芳香族化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、アルキル基に限らず、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0043】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン特にトルエンが好適である。従って、本発明における光照射リビング重合の反応溶媒としては、上記の溶媒のうち1種を単独で用いるか、又は2種以上を混合して用いることが好ましい。
【0044】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0045】
このイニファターの芳香環に対して放射状に伸延する複数の分岐鎖を導入するには、このイニファターにビニル系モノマーを光照射リビング重合させる。
【0046】
この場合、イニファターに重合させるビニル系モノマーとしては、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のビニル系モノマーが好適であり、具体的には、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、4−N,N-ジメチルアミノスチレン、及び4−アミノスチレンの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種が挙げられ、特に、耐加水分解性に優れることから、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート等のカチオン性ビニル系モノマーが好ましい。これらのビニル系モノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0047】
イニファターと上記ビニル系モノマーとを反応させるには、イニファター及びビニル系モノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しビニル系モノマーが結合した反応生成物を生成させる。
【0048】
該原料溶液中のビニル系モノマーの濃度は0.5M以上、例えば0.5M〜2.5Mが好適であり、イニファターの濃度は1〜20mM程度が好適である。
【0049】
第1照射光は、前述の如く、ピーク波長が360〜375nmの範囲、特に好ましくは365〜375nm、より好ましくは370nm付近にある光であり、この第1照射光は、波長350nm以下の光を含まないことが好ましい。このような第1照射光の照射には、例えばブラックライト、ショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯、高圧水銀灯などに分光フィルターを取り付けた装置を用いることができる。第1照射光の照射時間は、照射強度、目的とする分岐鎖の分子量にも依存するが、1〜200時間程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1〜100時間程度が特に好適である。
【0050】
この光照射により、分岐鎖部分にビニル系モノマーよりなるポリマー鎖が導入され、分岐鎖の末端がN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であるホモポリマー(第1の分岐型重合体)を得る。
【0051】
この第1の分岐型重合体の分岐鎖の1本当たりの分子量としては、300〜6,000程度、特に1,000〜4,000程度が好ましく、第1の分岐型重合体の分子量は、分岐鎖の鎖数にもよるが、1,000〜60,000程度、特に5,000〜30,000程度が好ましい。
【0052】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0053】
第1の分岐型重合体の分岐鎖は、前述のカチオン性ビニル系モノマーの1種のみからなるホモポリマーであってもよく、2種以上のモノマーを導入したブロックコポリマー又はランダムコポリマーであってもよい。例えば、上記ホモポリマーに対し、ホモポリマーの合成に用いたビニル系モノマーとは異なるビニル系モノマー、例えば、N,N−ジメチルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、メトキシエチル(メタ)アクリレートなどを導入してもよい。具体的には、上記イニファターに対し、まずN−イソプロピルアクリルアミドをブロック重合させて、ホモポリマーを形成し、その後、このホモポリマーに3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをブロック重合させ、分岐鎖の基端側をN−イソプロピルアクリルアミドのブロックポリマー、分岐鎖の先端側を3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのブロックポリマーで構成した分岐鎖としてもよい。このように、分岐鎖を2種類以上のモノマーのブロックコポリマーとする場合、イニファターに対する重合の順序は任意である。いずれの場合も分岐鎖の末端は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基となる。
【0054】
<第2の光照射工程>
本発明における第2の光照射工程においては、前記第1の光照射工程により得られた第1の分岐型重合体に対して、ピーク波長が350nm以下の光(第2照射光)を照射し、第1の分岐型重合体1分子内に存在する複数のジチオカルバメート基(N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基)のうちの一部を、不可逆的な解裂反応により、不活性基に変換する(以下、第2の光照射工程を経た分岐型重合体を「第2の分岐型重合体」と称す場合がある。)。
【0055】
第2の光照射工程における光の照射方法としては、第1の光照射工程と同様に、第1の分岐型重合体を含む溶液に対して第2照射光を照射することが好ましい。この場合、第1の光照射工程の後、第1の分岐型重合体を精製し、改めて第1の分岐型重合体を含む溶液を調製してもよいが、第1の光照射工程の後、精製操作を行わずに、続けて第2照射光を照射することが好ましい。また、第1照射光を一定時間照射した後、第1照射光と第2の光照光の両方を照射してもよい。この場合、第1照射光を照射して、第1の分岐型重合体の分子量が所望の大きさになったところで、第2の照射光を照射するのが好ましい。
【0056】
第2照射光は、ピーク波長が350nm以下の光であるが、好ましくはこの第2照射光のピーク波長は310〜330nmである。第2照射光は、波長350nmを超える光を含むものであってもよいが、好ましくは波長350nm以下の光のみを含む。第2照射光の照射には、第1照射光と同様に、例えばブラックライト、ショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯、高圧水銀灯などに分光フィルターを取り付けた装置を用いることができる。
【0057】
第2の光照射工程における光の照射時間は、照射強度、不活性基の導入割合(目的とする架橋体の架橋数)にも依存するが、1〜10時間、特に1〜3時間程度が好ましく、例えば1μW/cm〜1mW/cm程度で1〜3時間程度が好ましい。照射時間をこの範囲内とすることにより、架橋に必要な光開裂性官能基を残存させた上で、その一部を不活性基に変換し、その後の架橋反応で適度な分子量及び粒子径の架橋体を得ることができる。
【0058】
第2照射光を照射した後の第2の分岐型重合体の分岐鎖末端の平均ジチオカルバメート官能基数は、3分岐鎖の分岐型重合体の場合、0.5〜1.5個/分子、特に1〜1.5個/分子、4分岐鎖の分岐型重合体の場合、0.5〜2.0個/分子、特に0.5〜1.0個/分子、6分岐鎖の分岐型重合体の場合、0.5〜2.0個/分子、特に0.5〜1.0個/分子であることが好ましい。分岐鎖末端のジチオカルバメート官能基数は、分岐型重合体の分岐鎖数に等しい理論値となり、3分岐型重合体の場合は3個/分子、4分岐型重合体の場合は4個/分子、6分岐型重合体の場合は6個/分子となる。第2照射光を照射した後の第2の分岐型重合体官能基数が理論値に近すぎると、本発明による効果を十分に得ることができず、官能基数が0.5未満であると、架橋体の収率が低下する。
【0059】
<加水分解工程>
上記の第2の光照射工程後の第2の分岐型重合体を加水分解することにより、第2の分岐型重合体の分岐鎖の末端のN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基をSH基に変換する。
【0060】
この第2の分岐型重合体の加水分解は、アルカリ条件下における一般的な方法により行うことができる。例えば、第2の分岐型重合体を0.1〜5N程度の水酸化ナトリウム水溶液に溶解させて0.1〜10.0重量%程度の濃度の水溶液とし、この分岐型重合体溶液をpH8以上のアリカリ性とし、5分〜24時間程度、10〜150℃に加温することで行える。この加水分解後には、必要に応じて脱離したチオカルバメート化合物を除去するための精製を行うことが好ましく、例えば、前記加水分解処理後の水溶液を透析チューブへ封入し、0.01〜5N程度の濃度の水酸化ナトリウム水溶液で1〜3日間程度透析を行い、次いで、1〜3日間程度、水により透析を行った後、透析液を濾過し、得られた重合体を凍結乾燥することにより目的とする分岐型重合体を得ることができる。
【0061】
なお、この加水分解工程において、一部の分岐型重合体が加水分解と共にSH基同士の架橋反応を起こす場合もある。従って、後述の実施例の通り、加水分解工程と架橋工程とを同時に行ってもよい。
【0062】
<架橋工程>
上述の加水分解工程で得られた分岐型重合体のSH基を反応させることにより、複数の分岐型重合体同士を架橋する。この架橋方法としては、分岐鎖末端のSH基同士の自己酸化還元反応による架橋が好ましい。
【0063】
上述の分岐型重合体の分岐鎖末端のSH基は、酸素、過酸化水素などの酸化剤によって酸化されやすいため容易にS−S結合を形成する。従って、上記分岐型重合体を含む溶液を調製し、これを空気中でゆるやかに撹拌するなどして反応させることにより目的とする架橋体を容易に得ることができる。
【0064】
この架橋工程において用いる溶媒としては、水、メタノール、エタノール等のアルコール、やクロロホルム、ベンゼンなど化学的に安定な溶媒が好ましく、分岐型重合体を含む溶液の分岐型重合体の濃度としては、1〜10%程度が好ましい。この反応時間としては1〜24時間程度が好ましい。
【0065】
この架橋反応は、光照射により発生するラジカルを用いたラジカル反応ではないため、側鎖や主鎖を介した架橋を伴う複雑なネットワーク構造が形成されにくく、分岐鎖同士が結合した分岐型重合体を得やすい。また、第2の光照射工程において、反応に関与するジチオカルバメート基の一部を不活性基に変換する間引き処理を行っているので2量体や3量体程度の架橋数を有する分岐型重合体を得やすい。さらに、光照射による架橋反応ではないため、光照射により生じるアミノ基の酸化による着色などの変質が起こらず、分岐鎖(例えば、ジメチルアミノ基)が光酸化反応からも保護され、品質の良い遺伝子導入剤を得ることができる。
【0066】
<架橋体の分子量及び粒子径>
本発明により製造される架橋体の数平均分子量(PEG)としては、10,000〜600,000程度、特に10,000〜500,000程度、さらに30,000〜300,000程度が好ましい。
【0067】
この架橋体の分子量は、第2の光照射工程における光照射時間等の光照射条件と、その後の架橋工程の反応時間を制御することにより調整することができる。
【0068】
また、本発明により製造される架橋体の粒子径は、10〜200nm程度、特に10〜50nm程度が好ましい。粒子径が200nmを超えると、細胞内に遺伝子を導入しにくくなったり、生体内で異物として認識される場合がある。この粒子径は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0069】
<核酸含有複合体>
上記の遺伝子導入剤(ベクター)が核酸を核酸含有複合体として包囲することによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0070】
上記遺伝子導入剤と核酸とを複合させるには、遺伝子導入剤の濃度1〜1000μg/mL程度の溶液に対し、核酸を添加し、混合すればよい。核酸に対して遺伝子導入剤を過剰量添加し、遺伝子導入剤中のカチオン性ポリマーを核酸に対し飽和状態に核酸含有複合体として複合化させるのが好ましい。
【0071】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0072】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0073】
核酸複合体の粒子径は50〜200nm程度が好適である。この粒子径は、例えばレーザを用いた動的光散乱法によって測定される。粒子径がこれよりも小さいと、核酸複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0074】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0075】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0076】
核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0077】
この核酸複合体は培養試験に用いるほか、任意の方法で生体に投与することができる。
【0078】
生体への投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0079】
この核酸複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0080】
また、この核酸複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0081】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0082】
この核酸複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【実施例】
【0083】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0084】
i)イニファターの合成
下記反応式に従って、1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0085】
1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下、室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、3Lのメタノールへ投入して30分間撹拌して濾過した。この操作を繰り返して合計4回行った。得られた粉末を室温で減圧乾燥して白色の1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0086】
H NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(m,36H,CHCH),δ3.71−3.73ppm(q,12H,N(CHCH),δ3.99−4.01ppm(q,12H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,12H,Ar−CH)であった。
【0087】
【化1】

【0088】
<実施例1:第2の光照射工程を経て製造した架橋分岐型重合体>
ii)6分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーの光重合による合成
2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミドをカチオン性モノマーとして用い、1,2,3,4,5,6−ヘキサキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)−ポリ−(2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド)−メチル]ベンゼンよりなるカチオン性ホモポリマーの合成を行った。なお、蛍光灯などの照明による迷光をできるだけ排除するため、以下の操作はすべて暗室で行った。
【0089】
即ち、上記i)により合成した1,2,3,4,5,6−ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン43.6mgを20mLのクロロホルムへ溶解し、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド8.0gを加えて混合し、全量をクロロホルムで50mLに調整した。2mm厚石英セル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで10分間(2L/min)パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)に分光フィルター(HQBP370)を装着して波長370nmの単色紫外光を96時間照射した(第1の光照射工程)。このとき、ウシオ電機社のUIT−150にUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着した装置により測定した照射強度が2.5mW/cmになるように、光源と石英セルとの距離を調製した。第1の光照射工程の後、前記分光フィルター(HQBP370)を別の分光フィルター(HQBP330)に交換して波長310nmの単色紫外光を、さらに7時間照射した。得られた重合溶液をエバポレーターで濃縮し、n−ヘキサン/ジエチルエーテル(70/30=V/V)系で重合物を再沈殿させ、クロロホルム/n−ヘキサン系で3回再沈殿を繰り返して精製し、溶媒を蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて6分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを得た(重合率22%)。得られた分岐型スター型重合体の分岐鎖1本当たりの分子量は、ポリエチレングリコール換算のGPCにより約3,100であり、分岐型スター型重合体の分子量は、19,600(Mw/Mn=3.1)と測定された。静的光散乱(シスメックス社、ゼーターサイザー−Nano
ZC)によるポリマー粒子径(ポリスチレン樹脂として測定)の測定値は、5.61nm±0.85nmであった。
【0090】
H NMR(in DO)の測定結果は、δ0.5−0.8ppm(br,3H,CH),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.3−2.5ppm(br,2H,CH−N),δ3.1−3.3ppm(br,2H,NH−CH),δ6.4−6.6ppm(br,1H,−NH−)であった。
【0091】
ポリマー鎖のω末端のジチオカルバメート官能基数を、λmax=278nmでのモル吸光係数(ε=2,700/mol・cm)と紫外吸収の値から計算により求めたところ、1.8個/分子であった。
【0092】
【化2】

【0093】
iii)6分岐型スター型重合体の分岐鎖末端のジチオカルバメート基の加水分解及び架橋反応
上記ii)で合成した6分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマー0.2gを50mLの0.5N水酸化ナトリウム水溶液に溶解した。この溶液(pH=8.5)を滅菌瓶へ移し、121℃で40分間高圧蒸気滅菌処理した。放冷後、透析用セロファンチューブへ封入し、0.1N水酸化ナトリム水溶液で1日間透析を行った後、脱塩水で3日間透析を行った。透析した溶液を0.2μmフィルターで濾過後に凍結乾燥して分岐鎖末端のN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を加水分解処理した6分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを得た。
【0094】
【化3】

【0095】
得られたポリマーの水溶液の紫外可視吸収スペクトルを分光光度計で測定したところ、加水分解前に確認されたジチオカルバメート基に由来するλmax=278nmの吸収がほぼ消失していたことから、分岐鎖の末端からジチオカルバメート基が脱離したと推察される。静的光散乱によるポリマー粒子径の測定結果は、酸素共存下で、16.7nm±3.78nmとなり、加水分解処理によって粒子径の増大が認められた。これは、加水分解処理時に、分岐鎖の分岐鎖末端同士がS−S結合により架橋され、分岐型スター型重合体の2量体、3量体などが生成したためであると考えられる。
【0096】
【化4】

【0097】
<比較例1:第2の光照射工程を省略して製造した架橋分岐型重合体>
iv)6分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーの光重合による合成
上記ii)において、310nm単色紫外光の照射を行わず、370nm単色紫外光を96時間照射した直後にポリマー成分を精製して分岐型スター型重合体を回収したこと以外はすべて上記ii)と同様の操作を行って、6分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを得た(重合率22%)。得られた分岐型スター型重合体の分岐鎖1本当たりの分子量は、ポリエチレングリコール換算のGPCにより約3,175であり、分岐型スター型重合体の分子量は、20,100(Mw/Mn=2.9)と測定された。静的光散乱によるポリマー粒子径の測定値は、5.78nm±0.95nmであった。
【0098】
ポリマー鎖のω末端のジチオカルバメート官能基数は、λmax=278nmでのモル吸光係数(ε=2,700/mol・cm)と紫外吸収の値から計算したところ5.7個/分子であり、高い活性基残存率が確認された。
【0099】
v)6分岐型スター型重合体の分岐鎖末端のジチオカルバメート基の加水分解及び架橋反応
続いて、iii)と同様手法によりiv)で得られた分岐型スター型重合体の加水分解処理を行い、分岐鎖末端をSH基に変換し、目的とする化合物の精製を行った。
【0100】
加水分解処理後の分岐型スター型重合体は、実施例1の分岐型スター型重合体と同様に278nmの吸収がほぼ消失していたことから、分岐鎖末端からジチオカルバメート基が脱離したと考えられる。静的光散乱によるポリマー粒子径の測定結果は、酸素共存下で、280.7nm±53.4nmであり、実施例1に比べて粒子径が10倍以上も大きく、マクロ粒子が形成されていることが分かった。
【0101】
[考察]
比較例1の方が、実施例1に比べて粒子径が大きくなった。これは、分岐型重合体1分子当たりのジチオカルバメート官能基数が多い比較例1の方が、分岐型スター型重合体同士の架橋反応が生じ易く、5量体以上の超高分子量体が形成されたためであると考えられる。このような超高分子量体よりなる遺伝子導入剤は、遺伝子の導入を行う際の無菌操作で用いる0.2μmのフィルターを通過しなかったり、生体内において異物として認識されるおそれがあると考えられる。
【0102】
一方、実施例1は、ジチオカルバメート官能基数が1.8個/分子であることから、1分子当り4個程度のジチオカルバメート基が不活性基に変換されたと考えられる。つまり、実施例1は、比較例1に比べて、SH基の数が少なく、SH基同士の衝突確率が低下したため、架橋反応を行っても分子量を低く抑えることができると共に、粒子径も小さくすることができたと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香環を核とし、それから放射状に伸延した複数の分岐鎖を有する分岐型重合体同士を架橋させて架橋分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造する方法において、
ピーク波長が360〜375nmの範囲にある光による光照射リビング重合により、該芳香環に複数の分岐鎖を導入して分岐型重合体を得る第1の光照射工程と、
該分岐型重合体に対してピーク波長が350nm以下の光を照射する第2の光照射工程とを有し、
第2の光照射工程を経た後の分岐型重合体を架橋させることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記第2の光照射工程を経た後の分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖の末端をSH基に変換する加水分解工程と、
該分岐鎖の末端のSH基同士を反応させることにより該分岐型重合体同士を架橋する架橋工程とを有することを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記第1の光照射工程における光照射時間が1〜200時間であり、前記第2の光照射工程における光照射時間が1〜10時間であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、前記分岐型重合体は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項6】
請求項4又は5において、ビニル系モノマーが2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、N−イソプロピルアクリルアミド、及びN−イソプロピルアクリルアミドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項7】
請求項4ないし6のいずれか1項において、前記分岐鎖は、1種類のモノマーよりなるホモポリマーであることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項8】
請求項4ないし6のいずれか1項において、前記分岐鎖は、前記2種以上のモノマーのランダムコポリマー又はブロックコポリマーであることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記分岐鎖の1本当たりの分子量が、300〜6,000であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項において、前記架橋体の分子量が、10,000〜600,000であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。

【公開番号】特開2011−160665(P2011−160665A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−23155(P2010−23155)
【出願日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
【Fターム(参考)】