説明

遺伝子導入剤及びその製造方法、並びに核酸複合体

【課題】血清を含む培地において、より効率的に、細胞に遺伝子を導入することができる遺伝子導入剤、及びこの遺伝子導入剤の製造方法を提供する。また、この遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体を提供する。
【解決手段】分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合してなる重合体であって、該重合体の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の一部が、加水分解されているポリマー鎖である遺伝子導入剤。前記遺伝子導入剤と核酸との核酸複合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤、及びこの遺伝子導入剤の製造方法、並びに、この遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体とに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。外来DNAの導入のためのベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ付随ウイルス、レンチウイルス、センダイウイルス又はヘルペスウイルスを含む多くのウイルスが、治療用遺伝子を運搬するように改変されて、遺伝子治療のヒトの臨床試験に使用されている。しかし感染及び免疫反応の危険性は依然として残されている。
【0003】
安全性、品質安定性、製造コストに問題があるウイルスベクターに代わる遺伝子導入技術として、合成高分子ベクター、カチオン性脂質ベクターが研究開発され、例えば、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートなどのカチオン性ビニル系モノマーからなるカチオン性ポリマーを含む遺伝子導入剤が報告されている(非特許文献1)。
【0004】
本出願人らは、DNAを細胞中に運搬するための合成高分子ベクターとして、ベンゼンなどの芳香環を核としてカチオン性ポリマー鎖が放射状に伸延する分岐構造のベクターがDNAを高密度で凝縮させて小さな核酸複合体微粒子を形成させ、効率良く細胞へ遺伝子導入できることを見出し、先に特許出願した(特許文献1,2)。
【0005】
本出願人らはまた、血清を含む培地における遺伝子導入方法として、所定温度(T)未満ではカチオン性を示すが、所定温度(T)以上では疎水性を示す感温性カチオン性ポリマーからなる遺伝子導入剤を用い、この遺伝子導入剤と核酸とを含む溶液を所定温度(T)未満で混合した後、該溶液を所定温度(T)以上に加温して、遺伝子導入剤と核酸とを複合させることにより核酸複合体を得、この核酸複合体と細胞とを、血清を含む培地において、該所定温度(T)以上で接触させて、細胞に遺伝子を導入する遺伝子導入方法を提案した(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2004/092388号公報
【特許文献2】特開2007−70579号公報
【特許文献3】特願2009−126718
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Smedt,S.,Demeester,J.,Hennik,W.,(2000),Cationic polymer based gene delivery system, J Pharmaceutical research 17,113-126
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1,2に記載されるベンゼン環から放射状にポリマー鎖が伸延する遺伝子導入剤は、同じモノマーユニットからなる線形ポリマーと比較して、その構造上、電荷密度を高く配置することが可能である。このため、DNAやRNAなどの核酸との複合体をより強く凝集させることが可能であり、より粒子径の小さい微細なポリプレックス粒子を形成させることができる。このため、ポリプレックス粒子の細胞膜透過性が高くなり、遺伝子導入活性が向上したが、以下のような問題点がある。
【0009】
細胞に対して遺伝子を導入する際、細胞を培養するための培地としては、血清を含まない培地よりも、血清を含む培地の方が好適である。これは、血清を含まない培地は、栄養が不足しているため細胞に与えるストレスが大きく、培養後の細胞に悪影響を与えるためであり、特に細胞分化の制御が重要であるiPS細胞などの幹細胞への遺伝子の導入に適していないからである。
【0010】
しかしながら、上述のカチオン性ポリマーを含む遺伝子導入剤は、血清を含む培地において、高い遺伝子導入活性を示さない。これは、上述のカチオン性ポリマーを含む遺伝子導入剤は、pHが7程度の中性条件下にあっても高いゼーター電位を有しているため、核酸を凝集することができるが、血清中のアニオン性のタンパクなども吸着・凝集してマクロ粒子を形成してしまい、細胞内に取り込まれにくくなったり、DNAがトランスポーターに認識されにくくなるためであると考えられる。
【0011】
本出願人らは、この問題を回避するための遺伝子導入方法として、所定温度(T)未満ではカチオン性を示し、所定温度(T)以上では疎水性を示す感温性カチオン性ポリマーを遺伝子導入剤として用いる上記特許文献3に記載される方法を提案した。
【0012】
この特許文献3の遺伝子導入方法は、遺伝子導入剤が所定温度(T)未満ではカチオン性を示すため、遺伝子導入剤と核酸とを効率的に混合することができ、所定温度(T)以上では、遺伝子導入剤が疎水性、即ち、非イオン性に変化するため、所定温度(T)以上で、この遺伝子導入剤と核酸とを複合させ、次いで、この核酸複合体と細胞とを接触させることにより、核酸複合体と血清中のアニオン性物質との複合化を防ぐことができ、結果として、遺伝子導入効率が向上した。
【0013】
しかしながら、この遺伝子導入方法には、次の(1)〜(4)の問題点がある。
(1) 温度を所定温度(T)以上とすることにより、遺伝子導入剤が疎水性に変化し、この遺伝子導入剤と核酸とかならなる核酸複合体も疎水性に変化するため、血清中のアニオン性タンパクなどの影響を受けにくくなるが、血清中の疎水性物質と凝集し易くなる。
(2) 遺伝子導入剤が疎水性に変化することにより、血清中に含まれるコレステロールやアルブミンなどの疎水性物質を可溶化する成分やイオン性脂質の影響を受けるおそれがある。
(3) 細胞培養に一般的に用いられるポリスチレン製シャーレは、水接触角が70°程度の疎水性であるため、この疎水性のポリスチレン製シャーレに疎水性の遺伝子導入剤が吸着されやすくなる。
(4) 疎水性に変化した遺伝子導入剤からなる核酸複合体同士が、水溶液中において凝集しやすくなる。この核酸核酸複合体同士が疎水凝集するという性質を利用することにより、筋肉内などの核酸複合体が局在化しても良い部分、又は核酸複合体が局在化することが好ましい部分に効率的に遺伝子を導入することが可能であるが、この核酸複合体を生体血管内へ投与した場合は、血管内で凝集し、好ましくない。
【0014】
本発明は上記従来の課題に鑑みてなされたものであり、血清を含む培地において、より効率的に、細胞に遺伝子を導入することができる遺伝子導入剤、及びこの遺伝子導入剤の製造方法を提供することを目的とする。
本発明はまた、この遺伝子導入剤と核酸との複合体を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明(請求項1)の遺伝子導入剤は、分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合してなる重合体であって、該重合体の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の一部が、加水分解されているポリマー鎖であることを特徴とするものである。
【0016】
請求項2の遺伝子導入剤は、請求項1において、前記遺伝子導入剤のLCST(Lower Critical Solution Temperature)が、40〜60℃であることを特徴とするものである。
【0017】
請求項3の遺伝子導入剤は、請求項1又は2において、前記遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも前記2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させてなる分岐型重合体を加水分解してなるものであることを特徴とするものである。
【0018】
請求項4の遺伝子導入剤は、請求項3において、前記加水分解は、前記分岐型重合体を透析することにより行われることを特徴とするものである。
【0019】
請求項5の遺伝子導入剤は、請求項3又は4において、前記N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が結合したものであることを特徴とするものである。
【0020】
請求項6の遺伝子導入剤は、請求項1ないし5のいずれか1項において、前記少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合してなる重合体が、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のみからなる重合体であることを特徴とするものである。
【0021】
請求項7の遺伝子導入剤は、請求項1ないし6のいずれか1項において、前記分岐鎖の1本当たりの分子量は、300〜60,000であることを特徴とするものである。
【0022】
請求項8の遺伝子導入剤は、請求項1ないし7のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の分子量は、1,200〜290,000であることを特徴とするものである。
【0023】
請求項9の遺伝子導入剤は、請求項1ないし8のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の分子量は、2,000〜300,000であることを特徴とするものである。
【0024】
本発明(請求項10)の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし9のいずれか1項に記載の遺伝子導入剤を製造する方法であって、芳香環に該芳香環から放射状に伸延する複数の分岐鎖を導入することにより分岐型重合体を製造する分岐型重合体製造工程と、得られた分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の一部を加水分解する加水分解工程とを有することを特徴とするものである。
【0025】
請求項11の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項10において、前記加水分解工程は、前記分岐型重合体を透析する工程であることを特徴とするものである。
【0026】
本発明(請求項12)の核酸複合体は、請求項1ないし9のいずれか1項に記載の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなるものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体(以下、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又は誘導体を、単に、「DMAEM」と略記する場合がある。)よりなる重合体が、感温性を有し、且つこの重合体の側鎖部分が加水分解性を有する、という本発明者らにより見出された新規知見に基いてなされたものであって、本発明の遺伝子導入剤は、分岐鎖として、少なくともDMAEMを重合してなる重合体のDMAEM由来の構成単位(以下、「DMAEM単位」と称す場合がある。)の一部が加水分解されてなるポリマー鎖を有するものであるため、血清を含む培地において細胞に遺伝子を導入する場合であっても、効率的に遺伝子を導入することができる。
【0028】
即ち、DMAEMを重合成分とし、DMAEMに由来する構成単位を有するポリマー鎖よりなる分岐鎖は、特許文献3に記載されるように、加温することにより分岐鎖に溶媒和していたアミンが脱溶媒和し、分岐鎖の電荷が限りなくゼロに近くなり、遺伝子導入剤全体として疎水性を示すようになるが、本発明の遺伝子導入剤にあっては、このような分岐鎖のDMAEM単位の一部を加水分解しているため、この加水分解により生成したアニオン性官能基の効果により、遺伝子導入剤全体としては親水性を示すようになる。これにより、本発明の遺伝子導入剤は、血清を含む培地においても、アニオン性タンパクや、血清中の脂質などを吸着することなく、高い遺伝子導入活性を示す。
【0029】
本発明の遺伝子導入剤にあっては、特に、LCST(Lower Critical Solution Temperature)が、40〜60℃であることが好ましい(請求項2)。遺伝子導入剤のLCSTが、40〜60℃であると、細胞を培養するために最適な温度である35〜37℃の条件において、遺伝子導入剤が部分的には疎水性を示すが、全体としては親水性を示し、遺伝子導入剤同士の凝集が生じない。これにより、この遺伝子導入剤からなる核酸複合体も、血清中の疎水性物質や、核酸複合体同士の凝集も生じにくくなり、また、血清に含まれるコレステロールやアルブミンなどの疎水性物質を可溶化する成分などの影響も受けにくくなり、さらに、疎水性のポリスチレン製シャーレへの吸着も防止される。
【0030】
なお、本明細書において、LCST(Lower Critical Solution Temperature)とは、遺伝子導入剤を含む水溶液を昇温した場合において、この水溶液が透明な溶液から白濁した懸濁液へと変化する温度(曇点)のことであって、遺伝子導入剤が、親水性から疎水性へと変化し、相分離挙動を示す温度を指す。つまり、本発明の遺伝子導入剤のLCSTが40〜60℃である場合、この遺伝子導入剤は、遺伝子を細胞に導入する温度である35〜37℃において、親水性を示すため、血清中の疎水性物質と凝集してしまう不具合などが起こりにくくなる。
【0031】
本発明に係る遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも前記DMAEMを光照射リビング重合させてなる分岐型重合体を得た後、該分岐型重合体を加水分解したものであることが好ましく(請求項3)、この加水分解としては、特に、前記分岐型重合体を透析することにより行われることが好ましい(請求項4)。
【0032】
N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が結合したものであることが好ましく(請求項5)、前記分岐鎖としては、前記DMAEMのみからなるポリマー鎖であることが好ましい(請求項6)。分岐鎖をDMAEMのみからなるポリマー鎖とした場合、このポリマー鎖の一部を加水分解することにより、疎水性部分と、親水性部分とを併せ持ち、全体としては親水性を示す遺伝子導入剤を容易に得ることができる。
【0033】
また、前記分岐鎖の1本当たりの分子量は、300〜60,000であることが好ましい(請求項7)。分岐鎖1本当たりの分子量がこの範囲内であると、遺伝子導入剤の高分子量化を抑えた上で、効率的に遺伝子を導入することができる遺伝子導入剤を得ることができる。また、前記遺伝子導入剤に含まれるDMAEM単位の合計の分子量は、1,200〜290,000であることが好ましい(請求項8)。このDMAEM単位の分子量が上記範囲内であると、親水性に優れる遺伝子導入剤を得ることができる。さらに、前記遺伝子導入剤の分子量は、2,000〜300,000であることが好ましい(請求項9)。遺伝子導入剤の分子量が上記範囲内であると、高分子量化を抑えた上で、より効率的に遺伝子導入剤と核酸とを複合化させることができ、低分子量で遺伝子導入効率に優れた遺伝子導入剤を得ることができる。
【0034】
本発明の遺伝子導入剤の製造方法は、芳香環に対して複数の分岐鎖を導入する分岐型重合体製造工程と、この分岐型重合体を加水分解することにより、分岐鎖に含まれるDMAEMの一部を加水分解する加水分解工程とを有するものであり(請求項10)、この加水分解工程は、前記分岐型重合体を透析する工程であることが好ましい(請求項11)。
【0035】
本発明の核酸複合体は、本発明の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなる核酸複合体である(請求項12)。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施例1及び比較例1,2の遺伝子導入剤の遺伝子導入活性の評価結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0038】
[遺伝子導入剤]
本発明の遺伝子導入剤は、分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体(DMAEM)を重合してなる重合体であって、該重合体のDMAEM単位の一部が、加水分解されているポリマー鎖であることを特徴とする。
【0039】
本発明の遺伝子導入剤は、前述の通り、DMAEMに由来する構成単位を含むポリマー鎖よりなる分岐鎖を有するものであって、この分岐鎖中のDMAEM単位の一部が加水分解されているため、この加水分解により生成したアニオン性の官能基により、遺伝子導入剤全体が親水性を示し、血清中のアニオン性タンパクや、脂質を吸着することが少なく、血清を含む培地であっても、効率的に遺伝子を導入することができる。
【0040】
このような本発明の遺伝子導入剤を製造する方法に特に制限はないが、芳香環に該芳香環から放射状に伸延する複数の分岐鎖を導入することにより分岐型重合体を製造する分岐型重合体製造工程と、得られた分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖に含まれるDMAEM単位の一部を加水分解する加水分解工程とを有する本発明の遺伝子導入剤の製造方法により製造することが好ましい。
【0041】
以下に、本発明の遺伝子導入剤を、本発明の遺伝子導入剤の製造方法により製造する場合の製造手順に従って説明するが、本発明の遺伝子導入剤の製造方法は、何ら以下の方法に限定されるものではない。
【0042】
<分岐型重合体製造工程>
本発明において用いる分岐型重合体は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、このイニファターに少なくともDMAEMを光照射リビング重合させたものが好ましい。
【0043】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0044】
イニファターとなるN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する芳香族化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、アルキル基に限らず、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0045】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン特にトルエンが好適である。
【0046】
イニファターと上記DMAEMとを反応させるには、イニファター、及びDMAEMを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対し、DMAEMが結合した反応生成物を生成させる。
【0047】
該原料溶液中のDMAEMの濃度は0.5M以上、例えば0.5M〜2.5Mが好適であり、イニファターの濃度は1〜20mM程度が好適である。
【0048】
照射する光の波長は250〜400nmが好適であり、例えばショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯、高圧水銀灯などを用いることができる。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜90分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1〜60分程度が特に好適である。
【0049】
この光照射により、反応液中に目的とする分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製することにより、分岐鎖部分にDMAEM単位よりなるポリマー鎖が導入され、分岐鎖の末端がN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であるホモポリマーを得る。
【0050】
この分岐型重合体の分岐鎖の1本当たりの分子量としては、300〜60,000程度、特に3,000〜30,000程度が好ましい。この分子量は、光照射の時間を制御することにより調整することができる。即ち、反応時間を長くすることにより、重合反応を進行させて分子量の大きい分岐型重合体を得ることができる。
【0051】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0052】
本発明に係る分岐型重合体の分岐鎖は、前述のDMAEMをモノマーとする1種のモノマーのみからなるホモポリマーであることが好ましいが、DMAEMとDMAEMとは異なる1種以上のモノマーを導入したブロックコポリマー又はランダムコポリマーであってもよい。
【0053】
この場合の他のモノマーとしては、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のビニル系モノマーが好適であり、具体的には、N,N−ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH、4−N,N-ジメチルアミノスチレン、及び4−アミノスチレンの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種のビニル系モノマーが挙げられ、特に、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH等のカチオン性ビニル系モノマーが好ましい。これらのビニル系モノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0054】
イニファターとDMAMEとDMAEMとは異なるモノマーとを反応させるには、前述のイニファターとDMAEMとを反応させる場合と同様に、イニファター、DMAEM、及びDMAEM以外のモノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対し、DMAEM及びDMAEM以外のモノマーが結合したランダムコポリマーを得る。
【0055】
また、上記イニファターに対し、まず、DMAEMをブロック重合させて、ホモポリマーを形成し、その後、このホモポリマーに3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをブロック重合させ、分岐鎖の基端側をDMAEMのブロックポリマー、分岐鎖の先端側を3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドブロックポリマーで構成した分岐鎖としてもよい。このように、分岐鎖を2種類以上のモノマーのブロックコポリマーとする場合、イニファターに対する重合の順序は任意である。
いずれの場合も分岐鎖の末端は、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基となる。
【0056】
<加水分解工程>
上記の分岐型重合体製造工程で得られた分岐型重合体を加水分解することにより、該分岐型重合体の分岐鎖を構成するDMAEM単位の一部を加水分解する。
【0057】
この分岐型重合体の加水分解は、アルカリ条件下における一般的な方法により行うことができるが、分岐型重合体を透析することにより行うことが好ましい。例えば、前記分岐型重合体の1〜20重量%程度の水溶液を調製し、この調製液を透析用セルロースチューブに移し、脱塩水を透析液として透析することが好ましい。このように透析する場合の好ましい温度は、20〜30℃程度であり、透析時間は、目的とする遺伝子導入剤の親水性の程度によっても異なるが、通常の場合、分岐型重合体の溶解から起算して0.5〜30時間程度、特に1〜20時間程度が好ましい。所定の透析時間経過後、得られた重合体を凍結乾燥することにより目的とする遺伝子導入剤を得ることができる。
【0058】
このような製造方法により得ることができる本発明の遺伝子導入剤としては、LCST(Lower Critical Solution Temperature)が、40〜60℃程度、特に40〜50℃程度であることが好ましい。このLCSTが上記下限未満であると、細胞培養環境下において、遺伝子導入剤が疎水性を示すため、この遺伝子導入剤と核酸とからなる核酸複合体同士、もしくは、核酸複合体と血清に含まれる疎水性物質とが凝集することにより遺伝子導入効率が低下する。また、核酸複合体が血清中の疎水性物質可溶化成分の影響を受ける場合や、ポリスチレン製シャーレに吸着されやすくなるなどの不具合が生じるおそれがある。また、LCSTが上記上限を超える場合は、遺伝子導入剤が遺伝子導入剤の分子内及び/又は分子間でイオン結合性に凝集したり、遺伝子導入剤がアニオン性高分子である核酸と複合体を形成しにくくなる。なお、前記加水分解を過度に行うと、側鎖のアニオン性部位が多くなり、本来、カチオン性高分子である遺伝子導入剤がアニオン性に変化し、LCSTが上記上限を超え易くなる。
なお、LCSTの測定方法は、後述の実施例の項に記載される通りである。
【0059】
前述の如く、加水分解の供される分岐型重合体の分岐鎖1本当たりの分子量としては、300〜60,000程度、特に1,000〜30,000程度が好ましいが、本発明の遺伝子導入剤に含まれるDMAEM単位の合計の分子量は、分岐鎖の鎖数にもよるが、1,200〜290,000程度、特に10,000〜150,000程度が好ましい。この場合の遺伝子導入剤に含まれるDMAEM単位の合計の分子量とは、加水分解されていないDMAEM単位と、加水分解されたDMAEM単位の合計の分子量である。
【0060】
なお、本発明の遺伝子導入剤に含まれるDMAEM単位のうち、加水分解されているDMAEMの割合は、上述のLCSTを満足し得る程度であればよく、特に制限はない。即ち、本発明においては、前述の分岐型重合体を上述のLCSTを満たすように加水分解を行うことが好ましい。この加水分解の程度は、上述の透析による加水分解において、透析時間を調整することにより容易に制御することができ、即ち、透析時間が長い程、加水分解率が高く、従って、LCSTが高く、親水性の高い遺伝子導入剤を得ることができる。
【0061】
また、本発明の遺伝子導入剤の分子量としては、2,000〜300,000程度、特に10,000〜150,000程度が好ましい。
【0062】
[核酸複合体]
上記の本発明の遺伝子導入剤(ベクター)が核酸を核酸含有複合体として包囲することによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0063】
上記遺伝子導入剤と核酸とを複合させるには、遺伝子導入剤の濃度0.1〜1000μg/mL程度の溶液に対し、核酸を添加し、混合すればよい。核酸に対して遺伝子導入剤を過剰量添加し、核酸に対して遺伝子導入剤を飽和状態にして遺伝子導入剤と核酸とを複合化することが好ましい。
【0064】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0065】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0066】
核酸複合体の粒径は50〜400nm程度が好適である。この粒径は、例えばレーザを用いた動的光散乱法によって測定される。粒径がこれよりも小さいと、核酸複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0067】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0068】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0069】
本発明において、核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0070】
本発明の核酸複合体は培養試験に用いるほか、任意の方法で生体に投与することができる。
【0071】
生体への投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0072】
この核酸複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0073】
また、この核酸複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0074】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0075】
この核酸複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【実施例】
【0076】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0077】
i)イニファターの合成
イニファターとしての1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0078】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下、室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、3Lのメタノール中に投入して30分間攪拌した後、濾過した。この操作を繰り返し合計4回行った。沈殿物をトルエン200mLへ溶解した後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、冷蔵庫内で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0079】
H−NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)であった。
【0080】
【化1】

【0081】
ii)4分岐型スター型重合体よりなる感温性カチオン性ホモポリマーの光重合による合成
2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートをモノマーとして用い、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAEMAAと記載することがある。)よりなる感温性カチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0082】
即ち、上記i)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート8.5gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで10分間パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で、波長250〜400nmの混合紫外線を60分間照射した。照射強度は、ウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、n−ヘキサンで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/n−ヘキサン系で3回再沈殿を繰り返して精製し、n−ヘキサンを蒸散させた後に少量のベンゼンへ溶解し、0.2μmフィルターで濾過した後、凍結乾燥させて、目的とする4分岐型スター型重合体(pDMAEMAA)よりなる感温性カチオン性ホモポリマーを得た。この感温性カチオン性ホモポリマーのポリエチレングリコールを標準物質とした数平均分子量は、GPCにより、11,000(Mw/Mn=1.4)と測定された。また、計算により分岐鎖1本当たりの分子量は、2570であることが分かった。
【0083】
H−NMR(in CD3OD)の測定結果は、δ0.8−1.2ppm(br,3H,−CH−CH−),δ1.6−2.0ppm(br,2H,−CH−CH−),δ2.2−2.4ppm(br,6H,N−CH),δ2.5−2.7ppm(br,2H,CH−N),δ4.0−4.2ppm(br,2H,O−CH)であった。
【0084】
【化2】

【0085】
iii)4分岐型スター型重合体よりなる非感温性カチオン性ホモポリマーの光重合による合成
3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをカチオン性モノマーとして用い、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAPAAmと記載することがある。)よりなる非感温性カチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0086】
即ち、上記i)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(3−N,N−DMAPAAm)3.4gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で波長250〜400nmの混合紫外線を15分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過した後、凍結乾燥させて、目的とする4分岐型スター型重合体(pDMAPAAm)よりなる非感温性カチオン性ホモポリマーを得た。この非感温性カチオン性ホモポリマーの分子量はGPCにより、13,000(Mw/Mn=1.3)と測定された。また、計算により、分岐鎖1本当たりの分子量は、3070であることが分かった。
【0087】
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N),δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH),δ7.4−7.8ppm(br,1H,−NH−)であった。
【0088】
【化3】

【0089】
iv)感温性カチオン性ホモポリマー、及び非感温性カチオン性ホモポリマーのLCSTの測定
ii)で合成した感温性カチオン性ホモポリマー、及びiii)で合成した非感温性カチオン性ホモポリマーの水溶液を調製し、この水溶液の温度を上昇させることにより溶液が白濁する温度(LCST:曇点)の測定を行った。
【0090】
即ち、各ホモポリマーの3重量%水溶液を調製し、これらの水溶液の20〜40℃の温度範囲における波長600nmの光の吸光度を測定した。この測定結果より、ii)で合成した感温性カチオン性ホモポリマー(pDMAEMAA)は、32℃付近にLCST(Lower Critical Solution Temperature)を有しており、細胞培養環境下(37℃)で疎水性の無電荷のポリマーとなって水中で懸濁する感温性のポリマーであることが分かった。一方、iii)で合成した非感温性カチオン性ホモポリマー(pDMAPAAm)は、20〜40℃の範囲で、濁ることなく、100%の透過率を示したところから、この温度範囲において物性が変化するものではないことが分かった。
【0091】
v)4分岐型スター型重合体よりなる感温性カチオン性ホモポリマーの側鎖の部分加水分解
ii)で合成した感温性カチオン性ホモポリマーの10重量%水溶液を50mL調製した。5本の透析用セルロースチューブ(ビスコース社製「UC36−32」)に、この調製液をそれぞれ約10mLずつ速やかに移して試料A〜Eとし、脱塩水を透析液として25℃で透析した。試料Aは、ポリマーの溶解から起算して1時間透析を行い、試料B〜Eについては、透析時間をそれぞれ2時間,4時間,24時間,120時間としたこと以外は、試料Aと同様に透析を行った。各試料を所定の透析時間経過後、透析液から取り出し、−70℃下で迅速に凍結した後、チューブの上側の端部を開封して真空下へ移し、凍結乾燥を行った。
【0092】
試料A〜Eの凍結乾燥後の粉末の3重量%水溶液をそれぞれ調製し、これらの水溶液の20〜60℃の温度範囲における波長600nmの光の吸光度を測定した。各試料のLCSTは、試料Aが33.0℃、試料Bが34.1℃、試料Cが36.1℃、試料Dが38.9℃、試料Eが41.6℃であった。この結果より、透析時間が長くなる程、側鎖のDMAEM部分の加水分解が進行し、アニオン性の官能基の生成量が増加すること、及び、溶媒の温度が上昇すると分岐鎖に溶媒和していたアミンが脱溶媒和し、分岐鎖が疎水性に変化するが、加水分解により生成したアニオン性官能基により、遺伝子導入剤全体としては親水性になり、遺伝子導入剤の水への溶解性が高くなることがわかる。
【0093】
なお、ii)において合成した感温性カチオン性ホモポリマーの分岐鎖の予想される加水分解の化学式を示す。この化学式は、分岐鎖に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート由来の構成単位1個分の加水分解を示したものである。
【0094】
【化4】

【0095】
vi)遺伝子導入活性の評価
次の(1)〜(3)の手順に従って、遺伝子導入活性の評価を行った。
(1) 遺伝子導入剤のポリマー溶液の調製、及び遺伝子導入活性の評価を行った。
細胞にはアフリカミドリサル腎細胞の由来のCOS-1を使用し、DNAにはpGL3コントロールベクターを使用した。COS-1細胞は細胞数を4万個/mLに調整して24Well培養皿へ播種し、培養24時間後に遺伝子導入を行った。上記iii)にて合成した非感温性カチオン性ホモポリマーを比較例1の遺伝子導入剤とし、上記ii)にて合成した感温性カチオン性ホモポリマーを比較例2の遺伝子導入剤とし、上記v)にて加水分解を行った試料E(LCSTが41.6℃のもの)を実施例1の遺伝子導入剤とし、それぞれ生理食塩水へ溶解し、濃度(ポリマー/食塩水)を8μg/60μLのポリマー溶液とした。DNAはTEバッフアーへ溶解し、濃度(DNA/バッファー)を3μg/90μLとした。
【0096】
(2) 血清を含む培地における遺伝子導入活性評価
血清を含む培地における実施例1及び比較例1,2の遺伝子導入剤の遺伝子導入活性を評価した。
上記(1)で調製した各ポリマー溶液とDNA溶液とを室温(25℃)で混合した後、溶液を37℃に加温して核酸複合体を形成させた。この核酸複合体25μLを1mLの完全培地(DMEM+10重量%FCS+抗生物質)へ加え、30分間インキュベートした。この約1mLの核酸複合体完全培地溶液と、37℃のPBSで洗浄した培養細胞とを接触させ、48時間培養を行った。48時間後、ルシフェラーゼアッセにより遺伝子導入活性の評価を行った(プロメガ社製アッセイキット試薬)。補正はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。
【0097】
(3) 血清を含まない培地における遺伝子導入活性の評価
血清を含まない培地における実施例1及び比較例1,2の遺伝子導入剤の遺伝子導入活性を評価した。
上記(1)で調製した各ポリマー溶液と、DNA溶液とを室温(25℃)で混合した後、溶液を37℃に加温して核酸複合体を形成させた。この核酸複合体25μLを200μLの無血清培地(OPTI−MEM)へ加えて30分間インキュベートした。37℃のPBSで洗浄した培養細胞へこの核酸複合体のOPTI−MEM溶液約200μLを加え、3時間トランスフェクションした後に完全培地1mLを加え、さらに45時間培養を行った。45時間後、ルシフェラーゼアッセにより遺伝子導入活性の評価を行った(プロメガ社アッセイキット試薬)。補正はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。
【0098】
上記(2),(3)の評価結果を図1に示す。
【0099】
[考察]
比較例1の遺伝子導入剤は、血清を含まない培地においては、高い遺伝子導入活性を示したが、血清を含む培地においては、遺伝子導入活性が低下した。これは、比較例1の遺伝子導入剤が、高pKaのカチオン性ポリマーよりなるため、効率よくDNAをコンデンスすることができるが、血清を含む培地では、血清中のアニオン性タンパクなどの作用を受けるためであると考えられる。一方、比較例2の遺伝子導入剤は、血清を含む培地、及び血清を含まない培地のいずれにおいても、同程度の遺伝子導入活性を示したが、血清を含む培地の方が遺伝子導入活性が低くなっている。これは、比較例2の遺伝子導入剤が、感温性カチオン性ホモポリマーよりなるため、加温することにより遺伝子導入剤が疎水性へと変化し、血清に含まれるアニオン性タンパクなどの影響を受けにくくなったが、血清に含まれる疎水性物質と遺伝子導入剤、又は遺伝子導入剤同士が凝集したり、また、血清に含まれるコレステロールやアルブミンなどの疎水性物質を可溶化する成分などの影響を受けるためであると考えられる。
【0100】
これに対して、実施例1の遺伝子導入剤は、血清を含まない培地においては、比較例1,2の遺伝子導入剤よりも低い遺伝子導入活性を示したものの、血清を含む培地においては、比較例1,2の遺伝子導入剤よりも高い遺伝子導入活性を示した。これは、実施例1の遺伝子導入剤が、親水性を示すことによると考えられる。即ち、実施例1の遺伝子導入剤は、比較例2の遺伝子導入剤と同様に、分岐鎖に溶媒和していたアミンが温度の上昇により脱溶媒和し、分岐鎖の電荷が限りなくゼロに近づき疎水性に変化するが、加水分解により生成したアニオン性官能基により、遺伝子導入剤全体として親水性を示すためであると考えられ、この結果、実施例1の遺伝子導入剤は、血清に含まれる疎水性物質や、血清に含まれる疎水性物質を可溶化する成分などの影響を受けことなく、高い遺伝子導入活性を示したと推察される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分岐鎖を有するポリマー材料よりなる遺伝子導入剤において、
該分岐鎖は、少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合してなる重合体であって、該重合体の2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の一部が、加水分解されているポリマー鎖であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項2】
請求項1において、前記遺伝子導入剤のLCST(Lower Critical Solution Temperature)が、40〜60℃であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これに少なくとも前記2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を光照射リビング重合させてなる分岐型重合体を加水分解してなるものであることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項4】
請求項3において、前記加水分解は、前記分岐型重合体を透析することにより行われることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項5】
請求項3又は4において、前記N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が結合したものであることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、前記少なくとも2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体を重合してなる重合体が、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体のみからなる重合体であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、前記分岐鎖の1本当たりの分子量は、300〜60,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の分子量は、1,200〜290,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の分子量は、2,000〜300,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の遺伝子導入剤を製造する方法であって、
芳香環に該芳香環から放射状に伸延する複数の分岐鎖を導入することにより分岐型重合体を製造する分岐型重合体製造工程と、
得られた分岐型重合体を加水分解することにより該分岐型重合体の分岐鎖に含まれる2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート及び/又はその誘導体由来の構成単位の一部を加水分解する加水分解工程と
を有することを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項11】
請求項10において、前記加水分解工程は、前記分岐型重合体を透析する工程であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項12】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなる核酸複合体。

【図1】
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【公開番号】特開2011−72257(P2011−72257A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−227405(P2009−227405)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100086911
【弁理士】
【氏名又は名称】重野 剛
【Fターム(参考)】