説明

遺伝子導入効率を高めたウイルスベクター及びその利用

【課題】細胞(特に、癌細胞)に対する遺伝子導入効率を高めたウイルスベクターを提供することである。
【解決手段】エストロゲン応答配列を付加した外来遺伝子を組み込んだウイルスベクターは、細胞(特に、癌細胞)に対する遺伝子導入効率が顕著に向上しており、遺伝治療等の有用である。外来遺伝子が癌抑制遺伝子のp53遺伝子又はその変異体であり、ウイルスベクターがアデノウイルスベクターであり、エストロゲン応答配列が直接又はリンカー配列を介して付加。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞(特に、癌細胞)に対する遺伝子導入効率を高めたウイルスベクターに関する。また、本発明は、当該ウイルスベクターを用いた、遺伝子治療用の医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
子宮体癌は、世界的にも発生患者数が増加しており、術後に有効な補助療法が必要とされる一方、若年者や未産婦に対しては手術以外の治療法の開発も望まれている。妊孕性の温存希望の患者の場合には、黄体ホルモン剤が使用され、十分な治療効果が得られるケースが多くないが、腫瘍が消失してその後に出産し再発も見られず経過した患者では、黄体ホルモン投与中の子宮体癌組織にがん抑制遺伝子産物p53が増加していることが確認されている。p53の生体内でのメカニズムについては十分に解明されておらず、p53が抗腫瘍効果に直接的に関与しているか、或いはp53によって黄体ホルモンの作用が抗腫瘍効果を奏しやすいものに変化したのかは、明らかではないが、p53の発現が癌の治療効果に関わっていると考えられている。
【0003】
黄体ホルモンが、エストロゲンの作用で増殖した正常の子宮内膜組織を分泌期の状態に変化させて細胞増殖を止める役割を果たすことが知られているが、子宮内膜細胞が癌化してできたと考えられる子宮体癌が黄体ホルモンによって増殖を停止する程度に影響を受ける場合は、培養細胞でも実際の症例検討でも稀である。黄体ホルモンの正常子宮内膜に対する増殖抑制と分泌期への移行作用には、エストロゲンが先に作用している条件下で現れることからも、ホルモンだけの作用でなく、細胞周期の制御を担っているp53も関与していると考えられている。
【0004】
一方、癌の治療の試みとして遺伝子治療が1990年代からなされている。特に、アデノウイルスベクターを使用することにより、挿入遺伝子の発現量が他のベクターに比べて多く、また細胞の染色体に組み込まれないため安全性が高いと評価されている(非特許文献1−3参照)。しかしながら、遺伝子治療は、癌の治療への臨床的応用では期待されたほど効果が得られ難く、抗癌剤による化学療法との併用効果が報告されているものの(非特許文献4参照)、単独療法として確立するに至っていないのが現状である。有効な遺伝子治療が確立されていない要因として、癌細胞に対する遺伝子導入効率が低く、治療有効量の導入遺伝子を細胞内で発現できないことが挙げられる。このような従来技術を背景として、細胞内への遺伝子導入効率に優れ、遺伝子治療に有効なベクターを開発することが切望されている。
【0005】
なお、従来、エストロゲン応答配列をアデノウイルスベクターに組み込むことにより、挿入遺伝子の発現をコントロールできることが報告されている。例えば、非特許文献5には、エストロゲン応答配列を含むプロモーターを導入したアデノウイルスベクターを使用することにより、エストロゲンレセプターを発現する細胞において挿入遺伝子の転写活性を向上できることが報告されている。また、特許文献1には、エストロゲン応答配列を組み込んだベクターを利用することによってベクターに挿入されたレポータータンパク質の発現量からエストロゲンの量を定量評価できることが報告されている。しかしながら、これらの技術において、エストロゲン応答配列は、挿入遺伝子の発現を制御するプロモーターの上流に配置されており、ベクター内で挿入遺伝子に付加された状態で存在するものではない。また、これらの技術は、あくまでエストロゲンレセプターの存在下でエンハンサーとして機能させる目的でエストロゲン応答配列を使用しているに過ぎず、エストロゲンレセプターの有無に拘わらず遺伝子導入効率を高めるために、エストロゲン応答配列を使用できるか、或いはどのような態様で使用できるかを示唆するものではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】藤原俊義、遺伝子改変アデノウイルスによる固形癌治療、日本臨床 68(8):627−633、2010
【非特許文献2】斉藤泉、遺伝子治療のベクター:アデノウイルスベクター、蛋白質核酸酵素 42(10):1798−1805、1997
【非特許文献3】Xin Yuan Liu,Targeting gene−vorotherapy of cancer and its prosperity,Cell Research 16:879−886、2006
【非特許文献4】Khuri FR.et al.,A control trial of intratumoral ONYX−015,a selectively−replicating adenovirus,in combination with cisplatin and 5−fluorouracil in patients with recurrent head and neck cancer,Nature Med.6:879−885,2000
【非特許文献5】Ruben Hernandez−Alcoceba et al.,A novel,conditionally replicative adenovirus for the treatment of breast cancer that allows controlled replication of E1a−deleted adenovirus vectors,Human Gene Therapy 11:2009−2024,2000
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2006/129735号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、細胞(特に、癌細胞)に対する遺伝子導入効率を高めたウイルスベクターを提供することを目的とする。更に、本発明は、当該ウイルスベクターを使用し、癌をはじめとする各種疾患の遺伝子治療に有効な医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、驚くべくことに、エストロゲン応答配列を付加した外来遺伝子を組み込んだウイルスベクターは、細胞(特に、癌細胞)に対する遺伝子導入効率が顕著に向上することを見出した。また、前記外来遺伝子として、p53遺伝子又はその変異体を使用する場合には、コドン72がプロリンであればエストロゲン受容体を発現している細胞に対する遺伝子導入効率が顕著に向上し、またコドン72がアルギニンであればエストロゲン受容体を発現していない細胞に対する遺伝子導入効率が顕著に向上することを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0010】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1.エストロゲン応答配列を付加した外来遺伝子がプロモーターに作動可能に連結されていることを特徴とする、ウイルスベクター。
項2.外来遺伝子が癌抑制遺伝子である、項1に記載のウイルスベクター。
項3.外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体である、項1又は2に記載のウイルスベクター。
項4.外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がプロリンをコードしている、項1乃至3のいずれかに記載のウイルスベクター。
項5.外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がアルギニンをコードしている、項1乃至3のいずれかに記載のウイルスベクター。
項6.アデノウイルスベクターである、項1乃至5のいずれかに記載のウイルスベクター。
項7.外来遺伝子の5’末端にエストロゲン応答配列の3’末端に直接結合している、項1乃至6のいずれかに記載のウイルスベクター。
項8.項1乃至7のいずれかに記載のウイルスベクターを含む、医薬組成物。
項9.遺伝子治療に使用される、項8に記載の医薬組成物。
項10.外来遺伝子としてp53遺伝子又はその変異体を含有するウイルスベクターを含み、癌の治療に使用される、項8又は9に記載の医薬組成物。
項11.外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がプロリンをコードしており、エストロゲン受容体を発現している癌細胞を保有する癌患者に対して適用される、項10に記載の医薬組成物。
項12.外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がアルギニンをコードしており、エストロゲン受容体を発現している癌細胞を保有していない癌患者を保有する癌患者に対して適用される、項10に記載の医薬組成物。
項13.エストロゲン応答配列が直接又はリンカー配列を介して付加されたp53遺伝子又はその変異体からなる、融合遺伝子。
【発明の効果】
【0011】
本発明のウイルスベクターによれば、外来遺伝子を効率的に細胞内に導入できるので、細胞の形質転換効率を向上させ、ひいては細胞内での外来遺伝子の発現量を増加させることができる。
【0012】
とりわけ、本発明のウイルスベクターは、癌細胞に対する遺伝子導入効率が顕著に優れており、外来遺伝子としてp53遺伝子等の癌抑制遺伝子を使用することにより、癌の遺伝子治療に好適に用いられる。また、本発明のウイルスベクターにおいて、外来遺伝子としてp53遺伝子を使用する場合、コドン72がプロリンであればエストロゲン受容体を発現している癌細胞に対する遺伝子導入効率が顕著に高く、またコドン72がアルギニンであればエストロゲン受容体を発現していない癌細胞に対する遺伝子導入効率が顕著に高い。そのため、本発明のウイルスベクターにおいて外来遺伝子としてp53遺伝子を組み込んで癌の治療剤として使用する場合、癌患者の病因となっている癌細胞におけるエストロゲン受容体の発現の有無に応じて、p53遺伝子のコドン72がコードするアミノ酸の種類を設定することにより、癌細胞のタイプに応じた最適な癌治療の方策を講じることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1において、コドン72がアルギニンである断片化p53遺伝子(p53Rc)、コドン72がプロリンである断片化p53遺伝子(p53Pc)、コドン72がアルギニンである断片化p53遺伝子にエストロゲン応答配列が付加されているもの(EREp53Rc)、又はコドン72がプロリンである断片化p53遺伝子にエストロゲン応答配列が付加されているもの(EREp53Pc)が挿入されたアデノウイルスをHHUA細胞に感染させて、48時間後にGFP蛍光を発現している細胞を観察した結果を示す。
【図2】実施例1において、p53Rc、p53Pc、EREp53Rc又はEREp53Pcが挿入されたアデノウイルスをKLE細胞に感染させて、48時間後にGFP蛍光を発現している細胞を観察した結果を示す。
【図3】実施例1において、アデノウイルスの感染から72時間後に、フローサイトメーターでGFP陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。
【図4】実施例1において、アデノウイルスの感染から48時間時間後に、フローサイトメーターでGFP陽性細胞中のAnnexin V陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。
【図5】実施例1において、アデノウイルスの感染から72時間後に、フローサイトメーターでGFP陽性細胞中のPI陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。
【図6】実施例1において、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞、SW48細胞、及びKLE細胞について、アデノウイルス感染量(p53遺伝子量)を測定した結果を示す。
【図7】実施例1において、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞及びKLE細胞内のp53mRNA量を測定した結果を示す。
【図8】実施例2において、アデノウイルスの感染から48時間後に、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の各HHUA細胞について、フローサイトメーターでGFP陽性細胞中のAnnexin V陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。
【図9】実施例2において、アデノウイルスの感染から48時間後に、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の各HHUA細胞について、フローサイトメーターでGFP陽性細胞中のPI陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。
【図10】実施例2において、アデノウイルスの感染から72時間後に、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の各HHUA細胞について、p53mRNA量を測定した結果を示す。
【図11】実施例2において、アデノウイルスの感染から72時間後に、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の各HHUA細胞について、p300mRNA量を測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1.ウイルスベクター
本発明のウイルスベクターは、エストロゲン応答配列を付加した外来遺伝子がプロモーターに作動可能に連結されていることを特徴とする。以下に、本発明のウイルスベクターについて、詳細に説明する。
【0015】
本発明において、エストロゲン応答配列は、ERE(estrogen response element)とも称される塩基配列であり、エストロゲンレセプターによって転写活性が調節される標的遺伝子の転写調節領域に存在し、エストロゲンとエストロゲンレセプターとの複合体が、該配列を認識することにより、エストロゲン依存的に標的遺伝子の転写を促進する機能を有している。本発明で使用されるエストロゲン応答配列としては、具体的には、PS2、ビテロゲニンA2、補体3遺伝子、ラクトフェリン等の遺伝子の5’上流領域に存在するEREが挙げられる。本発明で使用されるエストロゲン応答配列は、コンセンサス配列(5’−GGTCAnnnTGACC−3’、nはA、G、C又はTを示す。;配列番号1)を1回以上含む塩基配列である。これらのエストロゲン応答配列は、野生型であってもよく、また遺伝子導入の促進作用を保持していることを限度として変異型であってもよい。本発明で使用されるエストロゲン応答配列の好適一例として、配列番号2に示す塩基配列(5’−GGTCATAGTGACC−3’)が挙げられる。また、本発明で使用されるエストロゲン応答配列の例として、配列番号1又は2に示す塩基配列に相補する塩基配列に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズし、且つ外来遺伝子に対する導入促進作用を有する塩基配列が例示される。ここで、ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列とは、5×SSPE(43.8g/L NaCl、6.9g/L NaH2PO4・H2O及び1.85g/L EDTA、NaOHでpH7.4に調整)、2×デンハルト溶液、0.5%SDS、0.1mg/mlサケ精巣DNAを含む溶液中で42℃でハイブリダイゼーション、続いて0.1×SSPE、1.0%SDSを含む溶液中、42℃で洗浄する条件、又はこれと等価の条件を含む。
【0016】
また、本発明で使用されるエストロゲン応答配列の一例として、配列番号2に示す塩基配列に対して、例えば85%以上、好ましくは90%以上、更に好ましくは95%、特に好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列が挙げられる。塩基配列の同一性は、2つの塩基配列の間の最適アライメントを決定、比較することによって算定される。塩基配列の最適アライメントは、Needlemanら(J. Mol. Biol. 48:443 (1970))の相同性アライメントアルゴリズムによって、Pearsonら(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85:2444 (1988))の類似性方法のためのサーチによって、これらのアルゴリズムのコンピューターによる実施(Wisconsin Genetics Software Package, Genetics Computer Group, 575 Science Dr.、Madison、WIにおけるGAP,BESTFIT,FASTA,及びTFASTA)によって、又は検分によって、Smithら(Adv. Appl. Math. 2:482 (1981))の局所相同性アルゴリズムを用いて行うことができる。配列類似性を測定するのに適したアルゴリズムはBLASTアルゴリズムであり、これはAltschul(J.Mol.Biol.215:403−410(1990))oyobiShpaer(Genomics 38:179−191(1996))に記載されている。BLAST解析を実行するためのソフトウェアは、National Center fwor Biotechnology Information(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)で公的に入手可能である。
【0017】
また、本発明において、エストロゲン応答配列が付加される外来遺伝子としては、タンパク質又はペプチドをコードしているDNAが好適に使用され、当該外来遺伝子の種類については本発明のウイルスベクターの用途に応じて適宜設定される。例えば、本発明のウイルスベクターを医薬用途で使用する場合には、目的の疾患の治療に有効なタンパク質又はペプチドをコードしているDNAを使用すればよい。また、例えば、本発明のウイルスベクターを、薬効又は機能の評価、或いは薬剤スクリーニングの目的で使用する場合には、評価対象又はスクリーニングの候補物質となるタンパク質又はペプチドをコードしているDNAを使用すればよい。
【0018】
本発明のウイルスベクターは、癌細胞に対する外来遺伝子の導入に適しているので、挿入される外来遺伝子としては、癌抑制遺伝子が好適に使用される。癌抑制遺伝子としては、具体的には、p53遺伝子、インターフェロンγ遺伝子、インターロイキン−2遺伝子、インターロイキン−12遺伝子、B7遺伝子、RB遺伝子(retinoblastoma gene)、BRCA2遺伝子、PTEN(phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome ten)遺伝子等が挙げられる。これらの中でも、とりわけp53遺伝子は、本発明のウイルスベクターによって癌細胞に対する導入効率が格段に向上するので、上記外来遺伝子として特に好適に使用される。p53遺伝子の塩基配列としては、具体的には、塩基配列3に示す塩基配列を含むものが挙げられる。
【0019】
本発明のウイルスベクターにおいて、挿入される外来遺伝子は、野生型遺伝子であっても、また野生型遺伝子に変異を加えられた変異型遺伝子であってもよい。例えば、導入する遺伝子が、疾患の治療に有効なタンパク質又はペプチドをコードしているDNAである場合には、その遺伝子産物のアミノ酸配列における数個、或いは複数個のアミノ酸が置換、欠失、及び/又は挿入されており、且つ、野生型の遺伝子産物と同等の機能を有する変異遺伝子産物をコードしている変異遺伝子であってもよい。具体的には、変異遺伝子産物がアミノ酸の置換及び/又は挿入の変異を伴う場合であれば、その置換及び/又は挿入されたアミノ酸の数としては、例えば1〜10個、好ましくは1〜6個、更に好ましくは1〜4個、より好ましくは1〜3個、特に好ましくは1又は2個が挙げられる。また、変異遺伝子産物がアミノ酸の欠失の変異を伴う場合であれば、その欠失されたアミノ酸の数としては、例えば、例えば1〜90個、好ましくは1〜85個、更に好ましくは1〜80個、より好ましくは1〜75個が挙げられる。変異遺伝子産物がアミノ酸の欠失の変異を伴う場合の好適な例として、N末端及びC末端側の少なくとも一方が末端欠失されているものが挙げられる。遺伝子産物であるタンパク質又はペプチドのN末端側を末端欠失させる場合、必要に応じて、当該タンパク質又はペプチドをコードしているDNAの5’末端に開始コドンを挿入しておくことが望ましい。
【0020】
本発明において外来遺伝子としてp53の変異型遺伝子を使用する場合、その好適な例として、配列番号3に示される塩基配列における1〜165位のp53N末端側をコードしている領域、及び1144〜1182位のp53C末端側をコードしている領域の内、少なくとも何れか一方、好ましくはこれらの双方を欠失している遺伝子が例示される。当該p53の変異型遺伝子として、配列番号3に示される塩基配列における1〜165位のp53N末端側をコードしている領域を欠失させる場合には、166位の塩基の5’末端に開始コドンを付加しておくことが望ましい。
【0021】
また、本発明のウイルスベクターにおいて、挿入される外来遺伝子は、野生型遺伝子の塩基配列に相補する塩基配列に対してストリンジェントな条件でハイブリダイズし、且つ野生型遺伝子と同等の活性を有する遺伝子産物(タンパク質又はペプチド)をコードしているDNAであってもよい。ここで、「ストリンジェントな条件」とは、前述する条件と同様である。更に、挿入される外来遺伝子は、野生型遺伝子の塩基配列に対して、例えば85%以上、好ましくは90%以上、更に好ましくは95%、特に好ましくは98%以上の同一性を有し、且つ野生型遺伝子と同等の活性を有する遺伝子産物(タンパク質又はペプチド)をコードしているDNAであってもよい。ここで、塩基配列の「同一性」については、前述する算定法により求めることができる。
【0022】
本発明のウイルスベクターにおいて、外来遺伝子としてp53遺伝子を使用する場合、コドン72(配列番号3における214〜216位の塩基配列)は野生型であるプロリンをコードしているもの(例えば、CCC)であってもよく、また多型として高い頻度で認められるアルギニンをコードしているものであってもよい。本発明のウイルスベクターに組み込まれたp53遺伝子のコドン72がプロリンをコードしている場合、エストロゲン受容体を発現している癌細胞に対して、格段に優れた遺伝子導入効率を実現することができる。また、本発明のウイルスベクターに組み込まれたp53遺伝子のコドン72がアルギニンをコードしている場合、エストロゲン受容体を発現していない癌細胞に対して、格段に優れた遺伝子導入効率を実現することができる。
【0023】
本発明のウイルスベクターにおいて、外来遺伝子は、その5’末端(開始コドンの5’末端)にエストロゲン応答配列が付加されていればよい。外来遺伝子の5’末端とエストロゲン応答配列の3’末端が直接連結されていることが望ましいが、外来遺伝子の5’末端とエストロゲン応答配列の3’末端がリンカー配列(例えば、1〜20塩基程度からなる塩基配列)を介して連結されていてもよい。ここで、リンカー配列とは、外来遺伝子とエストロゲン応答配列とを連結するために使用される任意の塩基配列であればよく、プロモーターやエンハンサー等の機能性を有する塩基配列は含まれない。外来遺伝子とエストロゲン応答配列とを連結するには、プライマー配列に含めPCRで増幅する方法等の公知の手法で行うことができる。
【0024】
本発明のウイルスベクターは、エストロゲン応答配列が付加された外来遺伝子を、当該ウイルスベクターのプロモーターに作動可能に連結されていればよい。ここで、「作動可能」とは、プロモーターと外来遺伝子との間の機能的関係をいい、当該プロモーターによって外来遺伝子の転写がコントロールされる状態といえる。一般に、作動可能に連結している塩基配列は互いに隣接している。エストロゲン応答配列が付加された外来遺伝子をウイルスベクターに組み込むには、当該技術分野で公知の組み換え技術を使用して行うことができる。使用するウイルスベクターにマルチクローニングサイトが存在するのであれば、当該マルチクローニングサイトにエストロゲン応答配列が付加された外来遺伝子を挿入すればよい。
【0025】
本発明のウイルスベクターは、エストロゲン応答配列が付加された外来遺伝子、及びプロモーター以外に、複製開始点、転写終結配列(ターミネーター)、リボソーム結合部位、ポリアデニル化シグナル、選択マーカー等を含んでいてもよい。
【0026】
本発明のウイルスベクターの種類については、特に制限されず、例えば、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、ポリオウイルスベクター、シンビスウイルスベクター、センダイウイルスベクター、SV40等のウイルスベクターが挙げられる。これらのウイルスベクターの中でも、アデノウイルスベクターは、細胞内への外来遺伝子の導入効率が高く、ヒトの遺伝子治療に使用する場合であっても安全性が高いため、本発明において好適に使用される。
【0027】
アデノウイルスベクターの場合には、E1領域が欠失しているアデノウイルスベクター、E1及びE3領域が欠失しているアデノウイルスベクター、E1、E2、E3、及びE4領域が欠失しているアデノウイルスベクター、又はヘルパー依存性アデノウイルスベクターであってもよい。
【0028】
本発明のウイルスベクターは、外来遺伝子の導入対象となる細胞に接触させることにより、細胞内に外来遺伝子を導入することができる。
【0029】
本発明のウイルスベクターの適用対象となる細胞の種類は、特に制限されず、いかなる由来であってもよく、また正常細胞であっても、癌細胞であってもよい。とりわけ、本発明のウイルスベクターは、癌細胞内に外来遺伝子を導入するのに好適である。本発明のウイルスベクターの適用対象となる癌細胞としては、特に制限されないが、例えば、子宮体癌細胞、子宮頸癌細胞、大腸癌細胞、皮膚癌細胞等が挙げられる。これらの癌細胞の中でも、子宮体癌細胞は、外来遺伝子の導入効率を一層向上させ得るので、本発明において特に好適な適用対象細胞である。
【0030】
本発明のウイルスベクターを医薬用途で使用する場合には、遺伝子治療ベクターとして、インビボ、インビトロ、又はエクスビボで細胞または組織に導入され得る。
【0031】
本発明のウイルスベクターを細胞内に導入する方法としては、導入形式(インビボ、インビトロ、又はエクスビボ)、適用対象となる細胞の種類等に応じて適宜設定すればよく、通常のウイルスベクターと同じ条件を採用することができる。
【0032】
本発明のウイルスベクターは、組み込まれている外来遺伝子の種類に応じた各種の用途に使用される。例えば、疾患の治療に有効な外来遺伝子を使用している場合には、遺伝子治療用医薬として使用される。また、例えば、薬効又は機能の評価が求められている外来遺伝子を使用している場合には、薬効又は機能の評価のための試験材料として使用される。また、例えば、薬剤スクリーニングの候補物質をコードしている外来遺伝子を使用している場合には、薬剤スクリーニングのためのスクリーニングツールとして使用される。
【0033】
2.融合遺伝子
本発明は、更に、エストロゲン応答配列が直接又はリンカー配列を介して付加されたp53遺伝子又はその変異体からなる融合遺伝子を提供する。当該融合遺伝子は、ウイルスベクターに挿入され、癌の遺伝子治療に使用することができる。当該融合遺伝子に使用されるエストロゲン配列、p53遺伝子又はその変異体、リンカー配列等については、前述する通りである。また、当該融合遺伝子が挿入されるウイルスベクターの種類等についても、前述する通りである。
【0034】
3.医薬組成物
上記ウイルスベクターが、外来遺伝子として、疾患の治療に有効な外来遺伝子(例えば、疾患の治療に有効なタンパク質又はペプチドをコードしているDNA、或いは疾患の治療に有効なmiRNA、pre−miRNA、又はpri−miRNAに転写されるDNA等)を含む場合には、上記ウイルスベクターは、医薬組成物として提供することができる。即ち、当該医薬組成物は遺伝子治療の用途で使用される。
【0035】
特に、上記ウイルスベクターは癌細胞に対する導入効率が高いことを鑑みれば、当該医薬組成物は、癌の治療用途に好適に使用される。癌の治療用途に使用する場合には、外来遺伝子として癌抑制遺伝子を含む上記ウイルスベクターを使用すればよい。癌抑制遺伝子としては、p53遺伝子又はその変異体が特に好適に使用される。また、当該医薬組成物を癌の治療用途に使用する場合、その対象となる癌については、特に制限されず、例えば、子宮体癌、子宮頸癌、大腸癌、皮膚癌等が挙げられる。これらの癌の中でも、好ましくは子宮体癌が例示される。
【0036】
また、外来遺伝子としてp53遺伝子又はその変異体を組み込んだ上記ウイルスベクターを癌の治療に使用する場合、コドン72がコードするアミノ酸の種類と導入対象となる癌細胞のタイプによって遺伝子導入効率が変わり得るので、癌の治療効果を高めるために、癌患者が保有する癌細胞のエストロゲン受容体の発現の有無に応じて、53遺伝子又はその変異体におけるコドン72がプロリンをコードしているアミノ酸の種類を設定することが望ましい。
【0037】
即ち、先ず、癌患者から癌組織の一部を採取して、当該癌組織に含まれる癌細胞において、エストロゲン受容体の発現の有無を測定する。エストロゲン受容体の発現の有無は、例えば、細胞内RNAを抽出し、逆転写酵素を作用させてcDNAを作製し、エストロゲン受容体遺伝子を検出するためのTaqManプローブ及びプライマーを用いたリアルタイムPCRに供してエストロゲン受容体遺伝子の増幅が認められるか否かで判定できる。次いで、癌患者が保有する癌細胞がエストロゲン受容体を発現している場合、コドン72がプロリンをコードしているp53遺伝子又はその変異体を組み込んだ上記ウイルスベクターを癌の治療に使用することが好ましい。また、癌患者が保有する癌細胞がエストロゲン受容体を発現していない場合、コドン72がアルギニンをコードしているp53遺伝子又はその変異体を組み込んだ上記ウイルスベクターを癌の治療に使用することが好ましい。従来、エストロゲン受容体を発現している癌細胞を保有していない癌患者は、通常の抗癌剤が十分な薬効を示さない傾向がみられていたが、コドン72がアルギニンをコードしているp53遺伝子又はその変異体を組み込んだ上記ウイルスベクターを利用することにより、当該患者に対して有効な癌治療を行うことが可能になる。
【0038】
当該医薬組成物を用いて上記ウイルスベクターを細胞に導入するには、インビボ、インビトロ、又はエクスビボで細胞又は組織に上記ウイルスベクターを接触させればよい。より具体的には、インビボで上記ウイルスベクターを細胞に導入するのであれば、静脈内投与、動脈内投与、皮下投与、筋肉内投与、局所注入、腹腔内投与、経皮又は経粘膜投与等により、当該医薬組成物を投与すればよい。
【0039】
当該医薬組成物は、上記ウイルスベクターの他に、薬学的に許容される担体や添加剤を含むことができる。遺伝子治療に使用される医薬組成物の好適な製剤としては、水性又は非水性の等張な無菌の注射液剤が挙げられ、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。
【0040】
当該医薬組成物の投与量は、対象となる疾患の種類やその重篤度、患者の年齢や体重等に応じて、目的の治療効果を奏させるのに適した量を適宜設定すればよく、動物実験の結果に基づいて適宜設定することが望ましい。また、当該医薬組成物の投与回数は、目的の治療効果を奏させるのに十分な回数であればよい。例えば、1回の投与であってもよいが、組み込まれる外来遺伝子のコピー数を増加させ、より広範囲の細胞に導入させるために、複数回投与してもよい。
【実施例】
【0041】
以下に、実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお、本明細書及び図面において、コドン72がアルギニンである断片化p53遺伝子をp53Rc又はp53R;コドン72がプロリンである断片化p53遺伝子をp53Pc又はp53P;コドン72がアルギニンである断片化p53遺伝子にエストロゲン応答配列が付加されているものをEREp53Rc又はEREp53R;コドン72がプロリンである断片化p53遺伝子にエストロゲン応答配列が付加されているものをEREp53Pc又はEREp53Pと略記することもある。
【0042】
実施例1:エストロゲン応答配列が付加されたp53遺伝子を含むウイルスベクターの感染試験(1)
1.実験材料及び方法
(1)プラスミド
ヒト絨毛膜組織由来の全RNAを用いて、RT−PCRによってヒトcDNAを得た。PfuUltra high fidelity DNA polymerase (Agilent Technologies社製)を用い、フォワードプライマー(GAAGACCCAGGTCCAGAT:配列番号4)及びリバースプライマー(TTTATGGCGGGAGGT:配列番号5)を利用して、断片化p53の遺伝子(配列番号3における第166〜1143位の塩基配列からなる遺伝子(但し、214〜216位の塩基はCGCである))を増幅させた。得られた断片化p53の遺伝子に対して、EcoR1サイト、エストロゲン応答配列、及び5’末端での開始コドンを付加するために、5’末端での開始コドンを付加し、更にEcoR1サイトを結合させるために、フォワードプライマー(GAATTCGGTCATAGTGACCATATGGAAGACCCAGGTCCAGAT:配列番号6)、及びリバースプライマー(AGTGTGATGGATATCTGCAGAATTCTTTATGGCGGGAGGT:配列番号7)を用いて増幅を行い、エストロゲン応答配列結合の断片化p53遺伝子(配列番号3における第166〜1143位の塩基配列の3’末端に開始コドンが付加され、且つEcoR1サイトが連結されている遺伝子)を調製した。また、別途、得られた断片化p53の遺伝子に対して、EcoR1サイト及び5’末端での開始コドンを付加するために、フォワードプライマー(AGGAATTCATGGAAGACCCAGGTCCAGAT:配列番号8)、及びリバースプライマー(CAGAATTCTTTATGGCGGGAGGT:配列番号9)を用いて増幅を行いエストロゲン応答配列未結合の断片化p53遺伝子を調製した。得られた各PCR産物をアガロースゲル電気泳動により生成し、pGEM−T easy vector (Promega社製)にライゲートし、Escherichia coli DH5αにトランスフェクトした。増幅させたプラスミドをEcoR1で消化し、pIRES−hrGFP II(Agilent Technologies社製)(HAタグとhrGFPの付いたシャトルベクター)にライゲートし、当該シャトルベクターの発現カセットに目的遺伝子をサブクローニングした。なお、断片化p53遺伝子のコドン72がアルギニン(CGC)であったため、p53のコドン72の変種を作製するために、QuikChange II Site−Directed Mutagenesis Kit (Agilent Technologies)を用いて、プライマー(GCCAGAGGCTGCTCCCCC:配列番号10、及びCGTGCAAGTCACAGACTT:配列番号11)で、絨毛膜組織由来のcDNA中の対応するアルギニン変種(CGC)をプロリン変種(CCC)に変換したものも作製した。
【0043】
(2)組み換えアデノウイルス
AdEasyTMXLアデノウイルスベクターシステム(Agilent Technologies社製)を用いて、エストロゲン応答配列結合又は未結合の断片化p53遺伝子を含むシャトルベクターと、pAdEasy−1ベクターを大腸菌(BJ5183株)に同時に形質転換し、相同性組換えを誘発することにより、目的遺伝子を含む発現カセットをアデノウイルスのゲノム内へ移行させ、組み換えアデノウイルスを調製した。
【0044】
(3)PCRによるアデノウイルスの定量
培養細胞に感染するアデノウイルスは、Ad prepを用いた遠心分離にて精製した。次いで、0.6% SDSなどを加えてタンパクを可溶化し、5M NaClによる沈殿後に冷エタノールによる沈殿、0.2mg/mlのプロテイナーゼK及び0.2%SDSを含む溶液での消化、及びフェノール/クロロホルムでの抽出により、DNAを分離した。
【0045】
アデノウイルスDNAのTaqManリアルタイムPCRを行うために、フォワードプライマー(GAATTGCTATTATTTGTCGTCATCA:配列番号12)、リバースプライマー(AGGTAGACTGACCCTTTTTGGACTT:配列番号13)、及びTaqManプローブが結合したDNA配列(CCTTGTAGTCCTCGAGTTA:配列番号14)を準備した。これらは、それぞれp53遺伝子の3’末端結合領域、及びシャトルベクターのXhoクローニングサイトに対応している。
【0046】
(4)癌細胞株の培養、及び組み換えアデノウイルスの感染
子宮体癌細胞株としてHHUA細胞及びKLE細胞を用いた。また、結腸癌としてSW48細胞を用いた。
【0047】
HHUA細胞は、Ishiwata等によって樹立された子宮体癌細胞株であり、理化学研究所から入手した。当該HHUA細胞は、エストロゲン受容体β(ERβ)を発現することが分かっている(Ishiwata et al., 1984; Zhi et al., 2007)。また、KLE細胞は、DSファーマバイオメディカル株式会社から入手した。当該KLE細胞は、エストロゲン受容体を発現しないことが分かっている。HHUA細胞及びKLE細胞は、15% charcoal−stripped fetal bovine serum (HyClone Laboratories社製)を添加したF−12/minimal essential medium(1:1)(Invitrogen社製)で、37℃5%CO2の条件で培養した。
【0048】
SW48細胞は、DSファーマバイオメディカル株式会社から入手した。当該SW48細胞は、ERβを発現することが分かっている。15% FBSを添加したminimal essential mediumで、37℃5%CO2の条件で培養した。
【0049】
癌細胞に対する前記組み換えアデノウイルスの感染は、1×105/cm2の癌が底面に生着しているシャーレの培養液に、前記組み換えアデノウイルス10 MOI(multiplicity of infection)未満の一定量を添加して、37℃5%CO2の条件で培養することにより行った。
【0050】
(5)フローサイトメトリー
アデノウイルスで癌細胞を感染させてから48時間後に、癌細胞を0.25%トリプシン溶液に分散させて、fluorescein−conjugated annexin V(Becton−Dikinson社製)と共にインキュベートした。その後、癌細胞を洗浄して、FACScanを用いたフローサイトメトリーにて分析した。
【0051】
アデノウイルスで癌細胞を感染させてから72時間後に、癌細胞を0.25%トリプシン溶液に分散させて、5μg/mlのPI(propidium iodide)と共にインキュベートした。その後、癌細胞を洗浄して、FACScanを用いたフローサイトメトリーにて分析した。
【0052】
(6)RT-PCR分析
( )を用いて、アデノウイルス感染後72時間の細胞からDNAを抽出した。抽出されたDNAについてTaqManプローブを用いたリアルタイムPCRに供して、p53遺伝子量を測定することにより、細胞に感染したアデノウイルス量を定量した。p53遺伝子量は、予め、既知のコピー数を持つp53遺伝子を用いてコピー数とPCRのサイクル数との関係を示す検量線を作製することにより、サンプルの増幅曲線からコピー数を算出することにより行った。
RNeasy kit(Quiagen社製)を用いて、アデノウイルス感染後72時間の細胞からRNAを抽出した。RNAを逆転写した後に、TaqManプローブを用いたリアルタイムPCRにより、p53mRNA量を分析した。p53mRNA量は、細胞内で一定濃度存在すると考えられる18S ribosomal RNAの発現量に対するp53Rcが挿入されたアデノウイルスを感染させた細胞の1検体における該当mRNA量比を1とした場合の相対値として算出した。
【0053】
2.結果
図1に、コドン72がアルギニンである断片化p53遺伝子(p53Rc)、コドン72がプロリンである断片化p53遺伝子(p53Pc)、コドン72がアルギニンである断片化p53遺伝子にエストロゲン応答配列が付加されているもの(EREp53Rc)、又はコドン72がプロリンである断片化p53遺伝子にエストロゲン応答配列が付加されているもの(EREp53Pc)が挿入されたアデノウイルスをHHUA細胞に感染させて、48時間後にGFP蛍光を示す細胞を観察した結果を示す。図1から明らかなように、EREp53Pcを含むアデノウイルスを使用した場合は、GFPの蛍光を示す細胞が顕著に多く、p53Rc、p53Pc、及びEREp53Rcに比してアデノウイルスの感染率が高いことが確認された。この結果から、ERβを発現しているHHUA細胞に対して、EREp53Pcを含むアデノウイルスの感染率が顕著に高いことが確認された。
【0054】
また、図2に、p53Rc、p53Pc、EREp53Rc、及びEREp53Pcが挿入されたアデノウイルスをKLE細胞に感染させて、48時間後にGFP蛍光を示す細胞を観察した結果を示す。図2から明らかなように、EREp53Rcを含むアデノウイルスを使用した場合は、GFPの蛍光を示す細胞が顕著に多かった。即ち、EREp53Rcを含むアデノウイルスは、ERβを発現していないKLE細胞に対して、アデノウイルスの感染率が顕著に高いことが確認された。
【0055】
図1及び2に示す結果から、エストロゲン受容体を発現している細胞に対してはEREp53Pcを含むアデノウイルスの感染率が高く、また、エストロゲン受容体を発現していない細胞に対してはEREp53Rcを含むアデノウイルスの感染率が高いことが明らかとなった。
【0056】
図3に、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞の内、GFP陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。図2から分かるようにEREp53Pcを含むアデノウイルスで感染させたHHUA細胞では、GFP陽性細胞の割合が顕著に高い値を示していた。
【0057】
図4に、アデノウイルスの感染から48時間後のHHUA細胞の内、Annexin V陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。また、図5に、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞の内、PI(Propidium iodide)陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。Annexin Vはアポトーシスの初期段階の検出指標、PIはアポトーシスの後期段階の指標となるマーカーである。図4及び5から明らかなように、EREp53Pcを含むアデノウイルスを使用した場合は、annexin V陽性細胞及びPI陽性細胞の割合が高く、アポトーシスが効率的に誘導されていることが確認された。この結果は、図1に示す結果とも整合しており、エストロゲン受容体を発現している細胞に対してはEREp53Pcを含むアデノウイルスの感染率が高く、導入された遺伝子が感染細胞内で機能発現していることの証左となっている。
【0058】
図6に、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞、SW48細胞、及びKLE細胞について、アデノウイルス感染量(p53遺伝子量)を測定した結果を示す。この結果からも、HHUA細胞及びSW48細胞では、EREp53Pcを含むアデノウイルスを感染させた場合に、感染率が顕著に高くなっていた。また、KLE細胞では、EREp53Rcを含むアデノウイルスを感染させた場合に、感染率が顕著に高くなっていた。また、図7に、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞及びKLE細胞内のp53mRNA量を測定した結果を示す。p53mRNAの発現量の測定結果も、図5に示す結果と同じ傾向になっていた。即ち、図6及び7の結果から、エストロゲン受容体を発現している細胞に対する感染にはEREp53Pcを含むアデノウイルスが有効であり、エストロゲン受容体を発現していない細胞に対する感染にはEREp53Rcを含むアデノウイルスが有効であることが裏付けられた。
【0059】
実施例2:エストロゲン応答配列が付加されたp53遺伝子を含むウイルスベクターの感染試験(2)
1.実験材料及び方法
(1)組み換えアデノウイルス
実施例1と同様の方法で、p53Rc、p53Pc、EREp53Rc、又はEREp53Pcが挿入されたアデノウイルスを作製した。
【0060】
(2)癌細胞株の培養、及び組み換えアデノウイルスの感染
実施例1と同様の方法で、HHUA細胞を培養した。
【0061】
培養したHHUA細胞を下記3群に分けて、組み換えアデノウイルスの感染を行った。
未処置群
1×105/cm2のHHUA細胞が底面に生着しているシャーレの培養液(に、前記組み換えアデノウイルス10 MOI(multiplicity of infection)未満の一定量を添加して、37℃5%CO2の条件で培養することにより行った。
エストラジオール添加群
1×105/cm2のHHUA細胞が底面に生着しているシャーレの培養液に、1×109Mのエストラジオール(和光純薬工業株式会社)を添加し、前記組み換えアデノウイルス10 MOI(multiplicity of infection)未満の一定量を添加して、37℃5%CO2の条件で培養することにより行った。
X線照射群
1×105/cm2のHHUA細胞が底面に生着しているシャーレの培養液に、前記組み換えアデノウイルス10 MOI(multiplicity of infection)未満の一定量を添加して、37℃5%CO2の条件で培養し、アデノウイルス添加から24時間後に、150kVで10GyのX線を照射して、引き続き培養を行った。
【0062】
(3)フローサイトメトリー
各群のアデノウイルス感染後48時間のHHUA細胞について、実施例1と同様の方法で、fluorescein−conjugated annexin Vを用いた染色を行い、FACScanを用いたフローサイトメトリーにて分析した。
【0063】
また、各群のアデノウイルス感染後72時間のHHUA細胞について、実施例1と同様の方法で、PIを用いた染色を行い、FACScanを用いたフローサイトメトリーにて分析した。
【0064】
(4)RT-PCR分析
各群のアデノウイルス感染後72時間のHHUA細胞について、実施例1と同様の方法で、細胞内p53mRNA量及びp300mRNA量を測定した。p53mRNA量及びp300mRNA量は、細胞内で一定濃度存在すると考えられる18S ribosomal RNAの発現量に対するp53Rcが挿入されたアデノウイルスを感染させた未処置群の細胞の1検体における該当mRNA量比を1とした場合の相対値として算出した。
【0065】
2.実験結果
図8に、アデノウイルスの感染から48時間後の各群のHHUA細胞について、Annexin V陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。また、図9に、アデノウイルスの感染から72時間後の各群のHHUA細胞について、PI陽性細胞の割合(%)を測定した結果を示す。この結果から、実施例1での結果と同様に、EREp53Pcを含むアデノウイルスを使用した場合は、annexin V陽性細胞及びPI陽性細胞の割合が高く、アポトーシスが効率的に誘導されていることが確認された。また、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の間では、Annexin V陽性細胞及びPI陽性細胞の割合については、有意な差がなかったことから、本発明のウイルスベクターによる感染と感染細胞内での機能発現は、感染時のエストロゲンやX線照射の有無には影響されないことが分かった。
【0066】
また、図10に、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞内のp53mRNA量を測定した結果を示す。p53mRNAの発現量の測定結果も、図9に示す結果と同様に、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の間では、p53mRNA量については、有意な差は認められなかった。
【0067】
また、図11に、アデノウイルスの感染から72時間後のHHUA細胞内のp300mRNA量を測定した結果を示す。p300は、p53の分解に寄与することが知られているタンパク質である。EREp53Pc又はEREp53Rcを含むアデノウイルスを感染した場合には、p53Pc又はp53Rcを含むアデノウイルスを感染した場合と比較して、p300mRNA量が少なくなっていた。また、p300mRNA量も、未処置群、エストラジオール添加群、及びX線照射群の間では有意な差は認められなかった。即ち、本結果から、EREp53Pc又はEREp53Rcを含むアデノウイルスは、感染時のエストロゲンやX線照射の有無には影響されず、感染した細胞内でp53が有効に機能していることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エストロゲン応答配列を付加した外来遺伝子がプロモーターに作動可能に連結されていることを特徴とする、ウイルスベクター。
【請求項2】
外来遺伝子が癌抑制遺伝子である、請求項1に記載のウイルスベクター。
【請求項3】
外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体である、請求項1又は2に記載のウイルスベクター。
【請求項4】
外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がプロリンをコードしている、請求項1乃至3のいずれかに記載のウイルスベクター。
【請求項5】
外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がアルギニンをコードしている、請求項1乃至3のいずれかに記載のウイルスベクター。
【請求項6】
アデノウイルスベクターである、請求項1乃至5のいずれかに記載のウイルスベクター。
【請求項7】
外来遺伝子の5’末端にエストロゲン応答配列の3’末端に直接結合している、請求項1乃至6のいずれかに記載のウイルスベクター。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載のウイルスベクターを含む、医薬組成物。
【請求項9】
遺伝子治療に使用される、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
外来遺伝子としてp53遺伝子又はその変異体を含有するウイルスベクターを含み、癌の治療に使用される、請求項8又は9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がプロリンをコードしており、エストロゲン受容体を発現している癌細胞を保有する癌患者に対して適用される、請求項10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
外来遺伝子がp53遺伝子又はその変異体であって、p53遺伝子又はその変異体のコドン72がアルギニンをコードしており、エストロゲン受容体を発現していない癌細胞を保有する癌患者に対して適用される、請求項10に記載の医薬組成物。
【請求項13】
エストロゲン応答配列が直接又はリンカー配列を介して付加されたp53遺伝子又はその変異体からなる、融合遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−48618(P2013−48618A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−168861(P2012−168861)
【出願日】平成24年7月30日(2012.7.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 社団法人日本産科婦人科学会 「日本産科婦人科学会雑誌 Vol.63 No.2 February 2011 第63回学術講演会 抄録」 平成23年2月1日
【出願人】(506122327)公立大学法人大阪市立大学 (122)
【Fターム(参考)】