説明

酵素活性の測定方法および測定用試薬キット

【課題】唾液などの生物学的試料中に存在する酵素活性の簡便な測定手段を提供する。特に、高濃度の酵素活性含有試料を希釈することなく測定する手段(方法、試薬)を提供する。
【解決手段】修飾基質を用いた酵素法において、基質と競合する基質と分子構造が類似した競合阻害剤及び生成物の生成を阻害する生成物と分子構造が類似した生成阻害剤を添加することにより、高活性値の酵素試料の酵素活性を希釈することなく直接測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は酵素活性の測定試薬キット及び測定方法に関する。詳しくは、生物学的試料の酵素活性を希釈することなく直接測定する試薬及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミラーゼ(酵素番号EC3.2.1.1)は膵・唾液腺などで分泌され、主に唾液腺・膵に分布し、その他にも筋肉・卵巣・卵管などに存在していることが知られており、組織から逸脱したアミラーゼが血中や尿中に存在していることも知られている。一部の膵臓・唾液腺、腎・肝機能障害、腫瘍などの疾患においては、血清中や尿中・膵液中のアミラーゼ値が高値を示すことが知られている。これらのアミラーゼ活性の測定方法としては、従来よりCaraway法やオリゴ糖基質を用いた酵素法などが知られている。これらの方法はいずれも数千IU/Lまでのアミラーゼ活性を測定でき、正常値が数十から数百IU/L程度の血清・膵液・尿試料などの測定に用いられてきた。
【0003】
近年の研究より、唾液アミラーゼ活性値が、被験者のストレスと相関しているとの報告がされており〔非特許文献1〕、唾液試料中のアミラーゼ活性値を測定する方法が望まれている。
しかしながら、唾液中のアミラーゼ活性値は、正常値が数万IU/Lとなるため、従来のアミラーゼ測定法では直接測定することは不可能であった。そのため、試料を希釈するなどの余分な操作が必要となるうえ、数百倍の希釈が必要なため測定精度の低下を招くという問題点が存在する。つまり,必要とされる分析範囲や,リニアリティの良好な検量線を実現するのが困難であった。
【非特許文献1】医用電子と生体工学 39(3), p234-239(2001)、山口昌樹 他
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、唾液などの生物学的試料中に存在する酵素活性をより簡便に測定する手段を提供するものであり、特に、高濃度に酵素活性を含有する試料を希釈することなくそのまま測定する手段(方法、試薬)を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、修飾基質を用いた酵素法において、基質と競合する競合阻害剤及び生成物の生成を阻害する生成阻害剤を添加することにより、高活性値の酵素試料の酵素活性を希釈することなく直接測定する方法を見いだし、本発明に到達した。
【0006】
すなわち、本発明は、以下からなる。
1.基質に対する酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤を少なくとも反応系に含むことを特徴とする酵素法による酵素活性測定方法。
2.修飾基質、この基質と拮抗して競合的に作用する競合阻害剤、及び基質に対する酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤を少なくとも反応系に含むことを特徴とする酵素法による酵素活性測定方法。
3.生成阻害剤の添加もしくは競合阻害剤と生成阻害剤の添加によって、酵素活性の測定範囲もしくはリニアリティーが改善される前項1又は2の方法。
4.酵素が、アミラーゼ、リゾチーム、ペルオキシダーゼ,炭酸脱水素酵素,インベルターゼ,カタラーゼから選択される前項1〜3の何れか一に記載の方法。
5.競合阻害剤の分子構造が、基質の分子構造と類似している前項1〜4の何れか一に記載の方法。
6.生成阻害剤の分子構造が、生成物の分子構造と類似している前項1〜5の何れか一に記載の方法。
7.生成阻害剤を基質の1/5〜1/2量添加する前項1〜6のいずれか一に記載の方法。
8.基質を1 〜 100 mM、競合阻害剤を0.25 〜 25 mM、生成阻害剤を0.4 〜 40 mMの比率で含有する前項1〜7何れか一に記載の方法。
9.基質として修飾オリゴ糖を使い、該修飾オリゴ糖と拮抗して競合的に作用する競合阻害剤及び該修飾オリゴ糖に対するアミラーゼの酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤を少なくとも使用することを特徴とする酵素法によるアミラーゼの測定方法である前項1〜8何れか一に記載の方法。
10.基質である修飾オリゴ糖が、G2〜7から選ばれるオリゴ糖であって、還元末端を色原体で修飾されている前項9に記載の方法。
11.色原体が、4−ニトロフェノール(PNP)、2−クロロ−4−ニトロフェノール(CNP)、2,4−ジクロロフェノール(Cl2P)から選ばれる前項10に記載の方法。
12.修飾オリゴ糖が、以下から選ばれる前項9〜11の何れか一に記載の方法;
2−クロロ−4−ニトロフェノール−4-O-β-D-ガラクトピラノシルマルトサイド(以下 GAL−G2−CNP)、GAL−G4−CNP、GAL−G5−CNP、G5−CNP、G6−CNP、G7−CNP、G5−PNP、G7−PNP。
13.競合阻害剤が、オリゴ糖又はでんぷんである前項9〜12の何れか一に記載の方法。
14.競合阻害剤であるオリゴ糖が、三糖以上である前項13に記載の方法。
15.競合阻害剤であるオリゴ糖がマルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオースから選ばれる前項14に記載の方法。
16.生成阻害剤が、一糖以上である前項9〜15の何れか一に記載の方法。
17.生成阻害剤が、2種類以上添加される前項16に記載の方法。
18.生成阻害剤が、マルトースである前項15又は16に記載の方法。
19.修飾基質がGAL−G2−CNP、競合糖がマルトペンタオース、生成阻害糖がマルトースである前項9〜18の何れか一に記載の方法。
20.基質、競合阻害剤及び生成阻害剤が、液状である前項1〜19の何れか一に記載の方法。
21.基質、競合阻害剤及び生成阻害剤が、支持体に担持されている状態である前項20に記載方法。
22.酵素活性の測定検体が、生物学的試料である前項1〜21の何れか一に記載の方法。
23.生物学的試料が、人唾液、血液、尿、体液又はそれらの由来物である前項22に記載の方法。
24.酵素を含有する生物学的試料を希釈することなく直接測定する前項23に記載の方法。
25.前項1〜24の方法に使用する基質、競合阻害剤及び生成阻害剤が少なくとも含まれる酵素活性測定用試薬キット。
【発明の効果】
【0007】
ドライ化学系において、競合阻害剤と生産物阻害剤の効果を検証したところ、双方と
も sAMYの反応速度の緩和に顕著な効果があることが確認された。この2つの阻害効果を併用すれば、酵素活性分析における分析範囲の拡大と低コスト化を両立できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明において酵素は、生体サンプル中の酵素を意味する。特に好適な生体サンプルは唾液であり、その他皮下細胞、涙、汗、尿等が例示される。これらサンプル中に含まれる酵素は広く適用可能であるが、例えば唾液中の主な酵素であるアミラーゼ、リゾチーム、ペルオキシダーゼ等が好適な対象酵素である。以下生体サンプル中の酵素としてアミラーゼを例示して説明するが本発明はこれに限定されるものではない。
【0009】
アミラーゼは、主にヒト唾液腺や膵腺より分泌されるα−アミラーゼが代表的である。アミラーゼはデンプン、アミロースなどの多糖類を加水分解する分子量54,000〜62,000の消化酵素である。唾液中のアミラーゼ活性値は、体調による変動や、個人差が非常に大きい事が知られている。正常値は数万IU/L程度であるが、体調や、体質によっては、健常人においても10万IU/Lを越える事があることが知られている。
【0010】
本発明において使用される酵素の代表例としてのアミラーゼ活性測定のための基質は、修飾オリゴ糖が一般的に使用される。修飾とは、オリゴ糖の末端、還元末端に識別標識化合物が結合されていることを意味し、アミラーゼ又は共役酵素によって遊離されうる。修飾オリゴ糖の糖数はG2〜G7であり、好ましくはG4〜G5である。修飾化合物は、色原体といわれるものが一般的に使用でき、好適な基としては、4−ニトロフェノール(PNP)、2−クロロ−4−ニトロフェノール(CNP)、2,4−ジクロロフェノール(Cl2P)が例示される。このような色原体で修飾されたオリゴ糖の具体例としては、2−クロロ−4−ニトロフェノール−4-O-β-D-ガラクトピラノシルマルトサイド(以下 GAL−G2−CNP)、GAL−G4−CNP、GAL−G5−CNP、G5−CNP(2−クロロ−4−ニトロフェニル−マルトペンタオース)、G7−CNP、G5−PNP(p−ニトロフェニル−マルトペンタオース)、G6−CNP(2−クロロ−p−ニトロフェニルマルトテトラオース)、G7−PNPがあげられる。このうち、特に、アミラーゼによる加水分解時の自身の基質として認識できるG(グルコース)の直鎖結合が3ヶ所以上あるGAL−G4−CNPなどが好ましい。
【0011】
修飾オリゴ糖を一般式で表すと以下となる。
【化1】

【0012】
式中のR1、R2はそれぞれ水素原子あるいは保護基を示す。保護基は格別限定されるものではないが、例えば、非置換または置換の低級アルキル基、低級アルコキシル基またはフェニル基、アジド基、ハロゲン原子、N-モノアルキルカルバモイルオキシ基、アルキル若しくはアリールスルホニルオキシ基またはアルキルオキシ基、α-グルコシル基、α-マルトシル基、β−ガラクトシル基であり、R1、R2は互いに架橋していてもよく、該架橋基にはさらに置換基を有していてもよい。R3はシグナル発生基、例えば光学的にシグナルを検出可能な基(好適には発色性芳香族基)であり、nは0〜5である。上記式では-OR3は、還元性末端グルコースの1位にβ-結合したものであるが、α-結合したものであってもよい。
【0013】
本発明で、基質の反応性に対して競合的に作用する競合阻害剤とは、測定対象の酵素が、基質と拮抗して競合的に作用しうる化合物を意味し、例えば分子構造が基質の分子構造と類似している化合物が好適に例示される。アミラーゼが測定対象の場合は、基質である修飾オリゴ糖と拮抗して競合的に作用しうる化合物を意味し、例えば分子構造が基質の分子構造と類似している糖類が好適に例示される。具体的には、修飾オリゴ糖に使われたオリゴ糖以外のオリゴ糖或いはでんぷんが例示される。そして、オリゴ糖は2以上特に4以上の糖を含むもの、好ましくはG2〜G7、より好ましくはG4〜G5が使用される。具体的には、マルト−ス、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオースであり、最適にはマルトテトラオースが例示される。特にアミラーゼは,Gの直鎖結合が3ヶ所以上ないと,自分の基質として認識できないので、G4以上の多糖が好適である。
【0014】
本発明で、基質に対する酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤とは、測定対象の酵素が、基質に対する酵素作用によって産生される反応生成物と拮抗して生成の生産を阻害できる化合物を意味し、例えば分子構造が反応生成物の分子構造と類似している化合物が好適に例示される。アミラーゼが測定対象の場合は、基質である修飾オリゴ糖からの生産物のオリゴ糖を意味し、例えば分子構造が生産物であるオリゴ糖の分子構造と類似している糖類が好適に例示される。具体的には、修飾オリゴ糖に使われたオリゴ糖がアミラーゼの酵素作用によって生成されるオリゴ糖或いはでんぷんが例示される。そして、1以上の糖を含むもの、好ましくはG2〜G7、より好ましくはG2〜G5が使用される。具体的には、グルコース、マルト−ス、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオースである。生成阻害剤の添加は1種類でもよいが、2種以上を混合して使用してもよい。
【0015】
本発明のアミラーゼ測定試薬(液状及び支持体に担持)における、基質と競合阻害剤と生成阻害剤の存在比率は、競合阻害剤及び生成阻害剤が基質の存在量に比して同等以下が好ましい。特に競合阻害剤を1/10〜1/2量、好ましくは1/5〜1/3量、より好ましくは1/4量、生成阻害剤を1/5〜1/2量、好ましくは2/7〜1/3量、より好ましくは2/5量添加する。具体的には、基質を1 〜100mM、競合阻害剤を0.25〜25mM、生成阻害剤を0.4〜40mMの比率で含有する。液状の試薬の場合、基質量は、通常は0.05mM〜1M程度、好ましくは2〜500mMの濃度になるように調製され、競合阻害剤及び生成阻害剤は、上記の濃度範囲が好ましい。
【0016】
本発明の酵素測定試薬において、基質と競合阻害剤と生成阻害剤は液状又は支持体に担持されている状態である。液状とは、試験管等の試料採取用容器にあらかじめ基質と競合阻害剤と生成阻害剤を水溶液又は最適安定化条件の水溶液若しくは緩衝液中に存在させることをいい、該容器に唾液等の生体試料を希釈することなくそのまま添加し、酵素例えばアミラーゼ反応をおこさせる。支持体に担持とは、水不溶性の有機又は無機担体に基質と競合阻害剤と生成阻害剤が固定化又はトラップされている状態をいう。そして支持体の形状は、薄膜が好適であり、厚さ100〜500μm、好ましくは150〜400μmである。薄膜は、一般的に遊離する修飾物質の発色を色判別センサーで測定することから、光の乱反射が制御されたものが好ましく、膜表面が出来る限り均一なものが良い。薄膜の材質は、紙、ニトロセルロース、ナイロン、多孔性ガラス等が好適に例示されるがこれに限定されず、本発明で定義する基質と競合阻害剤と生成阻害剤を効率的に担持又は保持できるものであれば広く利用可能である。
【0017】
本発明の測定方法における反応は、競合阻害剤及び生成阻害剤を反応系に加える(存在させる)ことにより、試料中の酵素が、基質だけではなく、競合阻害剤も分解する。一方、生成阻害剤は酵素による基質への作用に対して阻害的に働く。つまり基質と競合阻害剤が反応を競合し、同じ基質量でより高い酵素活性を測定することが出来るようになり、生成阻害剤は酵素による基質への作用を阻害的に働く結果、酵素活性の測定範囲が広がり、加えてリアリテイーを改善することが可能となった。
【0018】
本発明の測定方法における反応温度は、特に限定されないが、好ましくは約25〜40℃である。反応時間は、1〜10数分で十分であるが、基質および所望により使用される共役酵素の種類に依存する。反応至適pHは特に限定されないが、液状の試薬では、所望により適当な緩衝液でpH6〜8に調節しても良い。さらに、所望により、反応の促進のために、公知の酵素の活性化剤を用いてもよい。
【0019】
本発明の測定方法における測定は、修飾物質をマーカーとしておこなうことが好適である。例えばCNPやPNP等の色源体の遊離による、試料液又は試料支持体の発色による光吸度変化を量的にとらえアミラーゼのような酵素の活性を決定する。アミラーゼの場合、通常は大過剰のアミラーゼの作用によって、この色原体の遊離は可能であるが、所望により、アミラーゼの加水分解反応後に、アミラーゼとα−グルコシダーゼ、β−グルコシダーゼ等によって色原体を遊離させる反応を含んだ共役酵素法が用いられることもある。この場合は、追加の酵素を試薬として添加する手段の導入が必要となる。
【0020】
発色による変化の測定は、色判別センサーが好適に利用される。支持体による発色の変化は反射光又は透過光によって測定することが便宜であり、光源には発光ダイオード、反射光を計測する場合には角度が0〜45度、測定対象との距離が10〜30mm、試料スポット径が1〜5mmの条件を満足する測定装置が好適に用いられる。
【0021】
かくして提供される本発明の試薬を利用したアミラーゼのような酵素の測定方法は、生物学的試料として、高濃度にアミラーゼのような酵素を含有する試料に適している。例えば、唾液、血液、尿等がサンプルになりうるが、唾液がもっとも好ましい。本発明ではこれら試料を希釈することなく直接測定することが可能である。
【0022】
人唾液中の酵素特にアミラーゼの活性を簡便に測定することを可能とする本発明の試薬系は、被験者のストレスレベルの検定方法のための簡便・効果的な手段を可能とする。具体的には、被験者の安静時に採取した唾液中のα-アミラーゼ活性を測定し、その活性値を記録、記憶して基準値とする。然る後に被験者の任意の状態におけるα-アミラーゼ活性を測定し、安静時に記録、記憶した基準値と比較する。基準値より酵素活性が大きければ、不快なストレス(distress)を受けていると判定し、小さければ、快適なストレス(eustress)を受けていると判定できる。また、基準値との差が大きいほど、受けているストレスも大きく、身体または精神に受けているストレスの程度も判定できる。
【0023】
また、連続してα-アミラーゼ活性を測定することにより経時的なストレスの変化を捉えることができる。不快なストレスを受けると唾液中のα-アミラーゼ活性が上昇する。この際の正の時間勾配の大きさによってストレスの大きさの程度を判定することができる。逆に快適なストレスを受けている場合はα-アミラーゼの酵素活性が低下するので、負の時間勾配として現れ、同様にその大きさの程度も判定できる。
【0024】
更には経時的にα-アミラーゼ活性を測定し、測定時間内に加えられた任意のストレスによる酵素活性変化を捉え、ストレス負荷前の値(基準値)に戻るまでの時間・変化の大きさからストレスの大きさの程度を判定することができる。
【実施例】
【0025】
以下に本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、基質と拮抗して競合的に作用する競合阻害剤及び生成阻害剤を含む酵素法による
生体サンプルの測定法に関する限り全て本発明の技術思想に包含される。
【0026】
反応の代表例として、基質に2-chloro-4-nitrophenyl-4-O-β-D-galactopyranosylmaltoside (Gal-G2-CNP, Toyobo Co., Ltd., Japan)を使い、測定酵素を唾液由来のアミラーゼとした。この系で、アミラーゼ(sAMY)が基質に作用すると次の反応がおこり反応量に依存して時間と共に加水分解産物のCNPが増加し、黄色が濃くなっていく。反応式は次のようになる。
(式1)
sAMY
Gal-G2-CNP → Gal-G2 + CNP
【0027】
そして、測定は、唾液回収ペーパーと反応試験紙で構成される図1のような装置 (126 × 130 × 48 mm3; 350 g)でおこなった。唾液は、回収ペーパーを舌の下におき、20 - 30 μlを採取した。光学分析器で試験紙の吸光度を測定し、唾液酵素アミラーゼの酵素活性を定量的に判定した。唾液の採取には約10 - 30秒、モニターでの吸光度の測定に約30秒で効率的なアミラーゼ活性の測定を達成した。
【0028】
この反応系を使い、反応速度を緩和して酵素sAMY の分析範囲を拡大するために、本発明の競合阻害剤と生成阻害剤の効果を検討した。
【0029】
A. 競合阻害剤
酵素が基質として認識する化学物質を添加すると、主要基質の化学反応スピードが低下する(competitive inhibition)。この系を積極的に用いるため、主要基質(Gal-G2-CNP) の競合阻害剤としてmaltopentaose (C30H52O26, G5, nacalai tesque, INC. Japan) を加えた。添加量は、20 mM Gal-G2-CNP に2, 5, 10 mM の G5 を添加した試験紙を作成した。健常な成人 (3人の男性及び2人の女性) から採取した唾液を等張塩化カリウム溶液で 0, 20, 50, 100, 150 kU/l に希釈した。この唾液を用いて、試験紙の吸光度を測定した (n = 25)。
【0030】
B. 生産物阻害剤
酵素反応によって基質が分解されて生成される化学物質(生産物)を、予め基質に加えておくと、化学反応スピードが低下する (product inhibition)。この product inhibitionを積極的に用いるため、主要基質(Gal-G2-CNP)の生産物阻害剤として maltose (C12H22O11, G2, nacalai tesque, INC. Japan)を試験紙に加え、その吸光度を測定した (n = 25)。
【0031】
C.競合阻害剤と生産物阻害剤の併用
基質、競合阻害剤及び生産物阻害剤の系による効果を確認のために、20 mM Gal-G2-CNP に 5 mM G5 と 8 mM G2 を加えた試験紙を調製した。
【0032】
吸光度は、Gal-G2-CNP のみの試験紙の100 kU/l の値 (OD0) を基準として比率で示した (OD/OD0)。Gal-G2-CNP に2, 5, 10 mM の G5 (競合阻害剤) を加えると、OD/OD0 は97, 76 and 71% に低下した (図 2)。Gal-G2-CNP に4, 8, 16 mM の G2 (生産物阻害剤) を加えると、OD/OD0 は92, 91 and 81% に低下した (図3)。5 mM G5 と 8 mM G2 を加えた試験紙では、OD/OD0 = 100%の sAMY が 154 kU/l になった(図4)。すなわち、競合阻害剤と生産物阻害剤を加え、それらの濃度を適切に調整することで,分析範囲を1.54 倍に拡大できた。
(式2)
sAMY
Gal-G2-CNP + G5 + G2 → Gal-G2 + CNP + G2 +G3
上記式2でG3はmaltotrioseを意味する。
【0033】
以上の試験から、競合阻害剤の方が生産物阻害剤よりも阻害効果は高かった。しかし,一般に G5 よりも G2 の方が廉価なので、生産物阻害剤は分析コストの削減に効果があると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】測定試験系の例示。
【図2】競合阻害剤の効果を示す。
【図3】生産物阻害剤の効果を示す。
【図4】競合阻害剤と生産物阻害剤の併用の効果を示す。
【符号の説明】
【0035】
1 唾液採取用紙
2 試験試
3 スプリング
4 スリーブ
5 レバー
6 光学機器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質に対する酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤を少なくとも反応系に含むことを特徴とする酵素法による酵素活性測定方法。
【請求項2】
修飾基質、この基質と拮抗して競合的に作用する競合阻害剤、及び基質に対する酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤を少なくとも反応系に含むことを特徴とする酵素法による酵素活性測定方法。
【請求項3】
生成阻害剤の添加もしくは競合阻害剤と生成阻害剤の添加によって、酵素活性の測定範囲もしくはリニアリティーが改善される請求項1又は2の方法。
【請求項4】
酵素が、アミラーゼ、リゾチーム、ペルオキシダーゼ,炭酸脱水素酵素,インベルターゼ,カタラーゼから選択される請求項1〜3の何れか一に記載の方法。
【請求項5】
競合阻害剤の分子構造が、基質の分子構造と類似している請求項1〜4の何れか一に記載の方法。
【請求項6】
生成阻害剤の分子構造が、生成物の分子構造と類似している請求項1〜5の何れか一に記載の方法。
【請求項7】
生成阻害剤を基質の1/5〜1/2量添加する請求項1〜6のいずれか一に記載の方法。
【請求項8】
基質を1 〜 100 mM、競合阻害剤を0.25 〜 25 mM、生成阻害剤を0.4 〜 40 mMの比率で含有する請求項1〜7何れか一に記載の方法。
【請求項9】
基質として修飾オリゴ糖を使い、該修飾オリゴ糖と拮抗して競合的に作用する競合阻害剤及び該修飾オリゴ糖に対するアミラーゼの酵素作用によって産生される反応生成物の生成阻害剤を少なくとも使用することを特徴とする酵素法によるアミラーゼの測定方法である請求項1〜8何れか一に記載の方法。
【請求項10】
基質である修飾オリゴ糖が、G2〜7から選ばれるオリゴ糖であって、還元末端を色原体で修飾されている請求項9に記載の方法。
【請求項11】
色原体が、4−ニトロフェノール(PNP)、2−クロロ−4−ニトロフェノール(CNP)、2,4−ジクロロフェノール(Cl2P)から選ばれる請求項10に記載の方法。
【請求項12】
修飾オリゴ糖が、以下から選ばれる請求項9〜11の何れか一に記載の方法;
2−クロロ−4−ニトロフェノール−4-O-β-D-ガラクトピラノシルマルトサイド(以下 GAL−G2−CNP)、GAL−G4−CNP、GAL−G5−CNP、G5−CNP、G6−CNP、G7−CNP、G5−PNP、G7−PNP。
【請求項13】
競合阻害剤が、オリゴ糖又はでんぷんである請求項9〜12の何れか一に記載の方法。
【請求項14】
競合阻害剤であるオリゴ糖が、三糖以上である請求項13に記載の方法。
【請求項15】
競合阻害剤であるオリゴ糖がマルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオースから選ばれる請求項14に記載の方法。
【請求項16】
生成阻害剤が、一糖以上である請求項9〜15の何れか一に記載の方法。
【請求項17】
生成阻害剤が、2種類以上添加される請求項16に記載の方法。
【請求項18】
生成阻害剤が、マルトースである請求項15又は16に記載の方法。
【請求項19】
修飾基質がGAL−G2−CNP、競合糖がマルトペンタオース、生成阻害糖がマルトースである請求項9〜18の何れか一に記載の方法。
【請求項20】
基質、競合阻害剤及び生成阻害剤が、液状である請求項1〜19の何れか一に記載の方法。
【請求項21】
基質、競合阻害剤及び生成阻害剤が、支持体に担持されている状態である請求項20に記載方法。
【請求項22】
酵素活性の測定検体が、生物学的試料である請求項1〜21の何れか一に記載の方法。
【請求項23】
生物学的試料が、人唾液、血液、尿、体液又はそれらの由来物である請求項22に記載の方法。
【請求項24】
酵素を含有する生物学的試料を希釈することなく直接測定する請求項23に記載の方法。
【請求項25】
請求項1〜24の方法に使用する基質、競合阻害剤及び生成阻害剤が少なくとも含まれる酵素活性測定用試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−267680(P2007−267680A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−97769(P2006−97769)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度シーズ育成試験、重点地域研究開発推進事業、独立行政法人 科学技術振興機構委託研究、産業再生法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)
【Fターム(参考)】