説明

酵素電極およびその製造方法

【課題】膜結合型酵素を高い固定量、特に安定な結合、かつ酵素結合の方向性(配向性)を最適化して炭素電極基材に固定した酵素電極およびその製造方法を提供する。
【解決手段】膜結合型酵素の疎水基と炭素基材の疎水基との直接結合によって、膜結合型酵素が炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上の割合で固定されている酵素電極、及び細胞膜と結合している膜結合型酵素を界面活性剤で処理して細胞膜を分離し、得られた界面活性剤が結合している膜結合型酵素から界面活性剤を除去して、膜結合型酵素を炭素基材に固定する酵素電極の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、酵素電極およびその製造方法に係り、さらに詳しくは特定の処理工程を加えることによって従来の製造法では得られなかった高い割合で膜結合型酵素が炭素基材に結合している酵素電極およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、工業用および家庭用の動力源として、化石燃料の燃焼による熱エネルギーと電力エネルギーとが使用されてきた。そして、電力のほとんどは火力発電、原子力発電および水力発電により供給されている。しかし、火力発電は化石燃料の燃焼により電力を得るため二酸化炭素の大量排出という問題がある。また、各国の二酸化炭素の排出限度量を達成するためには火力発電への依存度をこれ以上高めることは困難である。さらに、化石燃料の枯渇および石油の値段の高騰という懸念もあり、火力発電による電力供給は今後徐々に減ることが予想される。
【0003】
一方、原子力発電はスリーマイル島原子力発電所およびチェルノブィリ原子力発電所の事故後は長期間低迷していたものの、化石燃料による地球温暖化をもたらさない発電として最近は世界的に見直されており、産業構造を支える上では不可欠な発電方法となっている。しかし、ウラン鉱石の獲得競争が世界的に熾烈になっており、過度に原子力発電に期待することはできない。
水力発電は水の位置エネルギーを電気エネルギーに変換する方法であるから環境汚染の問題もなく、また潜在的な危険性も極めて低い発電方法である。しかし、発電量が降雨量などの自然条件に左右されやすく、需要に応じて発電量を制御するのは困難である。
【0004】
このように大規模発電はそれぞれ問題を抱えており、このため、地球温暖化対策のために太陽電池や風力発電、あるいは波力発電など自然のエネルギーを電気エネルギーに転換する小規模発電が開発され実用段階にあるが、太陽電池はその製作にエネルギーとコストが掛かりしかもいずれの発電方法も季節や天候の影響を受けやすいという問題を抱えている。
また、燃料電池の開発研究が行われているが、電気エネルギー源として燃料電池を大規模に採用する場合には触媒として使用されている貴金属、例えば白金(Pt)の埋蔵量が少なく資源枯渇の問題とそれに伴い高価であること等の問題が指摘されている。このため、貴金属に代わる電極触媒の開発が進められている。
【0005】
このような電極触媒として酸化還元酵素が注目されている。酸化還元型酵素は生物に由来する触媒であり、培養によって大量生産が可能なため白金のような貴金属と異なり無尽蔵である。
特に、水素酸化還元触媒であるヒドロゲナーゼを固定した酵素電極は、低コストの水素酸化電極又は水素発生リアクターとして将来有望であると考えられている。
このような酵素電極においては、効率よく基質から酵素を介して電子を伝達するためにカーボン電極基材に酵素を固定化することが必要である(特許文献1、非特許文献1〜2)。
【0006】
【特許文献1】特開2007−225444号公報
【非特許文献1】ケミカルコミュニケーションズ(Chemical Communications)、第866〜867頁(2002年)
【非特許文献2】ダルトントランスアクション(Dalton Transaction)、第4152〜4157頁(2003年)
【0007】
上記特許文献1には、電極上に特定の基質を酸化する酵素を備え、前記基質から前記酵素を介して前記電極に電子が伝達される酵素機能電極であって、前記酵素はチトクロームc部位を含む蛋白質からなり、チトクロームcのヘム鉄と隣接するアミノ酸は、疎水性アミノ酸等であり、疎水性の表面を持つか又は疎水性の官能基で修飾されたカーボン電極に固定されてなる酵素機能電極が記載されている。しかし前記の特許文献1では酵素の種類が限定されており、親水的な表面を持つ酵素については適用が困難である。
【0008】
上記非特許文献1および2において、アームストロング(Armstrong)、F.A.(オックスフォード大学)らは、炭素電極のエッジ面に親水的な結合でヒドロゲナーゼの固定を行ったことが記載されているが、具体的に開示されている固定化されたヒドロゲナーゼの最大量は3x10−12mole/cmである。
また、親水的な固定法では酵素の結合が不安定で、電解質溶液中で外れやすい(酸化電流測定中に徐々に外れて電流値が低下する)、酵素結合の方向性(配向性)の最適化が不十分であり、非特許文献1,2の方法では酵素がランダムな方向でカーボン電極に結合するため、ポリミキシン等の導電性ポリマーで覆っている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように、従来公知の技術によれば、特定の種類の酵素を炭素電極基材に固定化することは可能であっても、酵素として親水的な表面を持つ自然に存在する膜結合型酵素を高い固定量、特に安定な結合、かつ酵素結合の方向性(配向性)を最適化して炭素電極基材に固定した酵素電極を得ることはできなかった。
従って、この発明の目的は、膜結合型酵素を高い固定量、特に安定な結合、かつ酵素結合の方向性(配向性)を最適化して炭素電極基材に固定した酵素電極およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明者らは、前記目的を達成するために鋭意研究を行った結果、カーボン電極基材に自然に存在する状態から界面活性剤によって細胞膜との結合を切り離して取り出した膜結合型酵素を単に炭素電極用基材と接触させたのでは、分離した膜結合型酵素が界面活性剤によって親水的な表面を持つため、炭素電極用基材への固定化が困難であることを見出し、さらに検討を行った結果この発明を完成した。
この発明は、膜結合型酵素が炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上の割合で固定されていることを特徴とする酵素電極に関する。
【0011】
また、この発明は、細胞膜と結合している膜結合型酵素を界面活性剤で処理して細胞膜を分離し、得られた界面活性剤が結合している膜結合型酵素から界面活性剤を除去して、膜結合型酵素を炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上の割合で固定することを特徴とする酵素電極の製造方法に関する。
【0012】
この発明において、膜結合型酵素に炭素基材が固定されているということは、膜結合型酵素の疎水領域と炭素基材の疎水基とが化学的結合および/又は物理的な吸着を含む何らかの作用によって膜結合型酵素と炭素基材とが固定化されているということであって、後述の実施例の欄に詳細に記載される測定法により測定される膜結合型酵素が炭素基材に方向性を持って固定化されていることを意味する。
また、前記の膜結合型酵素の疎水領域とは細胞膜が結合していた親水性ではない部分を意味し、炭素基材の疎水基とは炭素基材の炭素原子を意味する。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、膜結合型酵素であっても高い固定量で炭素基材に固定した酵素電極を得ることができる。
また、この発明によれば、自然に存在する膜結合型酵素から高い固定量で炭素電極基材に固定した酵素電極を得ることができる。
この発明における膜結合型酵素の炭素基材への固定量は、後述の実施例の欄に詳細に説明される蛋白質総量を定量することで測定される固定前後の酵素溶液の酵素量の差から求められる算出値である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
この発明における好適な態様を次に示す。
1)膜結合型酵素の疎水基と炭素基材の疎水基との直接結合によって、膜結合型酵素が炭素基材に固定化されている前記の酵素電極。
2)膜結合型酵素が炭素基材1cm当たり1.6x10−11mole以上の割合で固定されている前記の酵素電極。
3)膜結合型酵素が、ヒドロゲナーゼである前記の酵素電極。
4)界面活性剤除去剤処理によって界面活性剤が結合している膜結合型酵素から界面活性剤を除去する前記の製造方法。
5)膜結合型酵素が、ヒドロゲナーゼである前記の製造方法。
【0015】
この発明の酵素電極について、この発明における膜結合型酵素が固定された炭素基材の1実施態様の部分模式図である図1、及びこの発明における膜結合型酵素が固定された炭素基材の他の実施態様の部分模式図である図2を用いて説明する。
図1において、膜結合型酵素の疎水基と炭素基材の疎水基との直接結合によって、膜結合型酵素が炭素基材に固定されている。この発明の酵素電極は、図1に示す膜結合型酵素が固定されたシート状の炭素基材を含んで構成される。
図2において、膜結合型酵素の疎水領域と炭素基材の疎水基との直接結合によって、膜結合型酵素が炭素基材に固定されている。この発明の酵素電極は、図2に示す膜結合型酵素が固定された粒子状の炭素基材を含んで構成される。
この発明の酵素電極は、図1に示すシート状の炭素電極又は図2に示す粒子状の炭素基材をそのまま又は前記の炭素基材をそれ自体公知の手段、例えばバインダーで固めてなるものである。
【0016】
この発明において、膜結合型酵素の疎水領域と炭素基材の疎水基との直接結合によって、膜結合型酵素が炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上、好適には1.6x10−11mole以上の割合で固定されている。
前記の炭素基材としては、図1に示すシート状であってもよく又は図2に示す粒子状であってもよい。シート状カーボン基材として、グラッシーカーボン、カーボンナノチューブ、プラスチック成型カーボン、カーボンペーパー、カーボンフェルト、カーボンクロスなどを挙げることができる。また粒子状の炭素基材として、アセチレンブラック、バルカン、ケッチェンブラック、ブラックパール、メソ細孔カーボンなどを挙げることができる。
前記カーボン基材の寸法については特に制限はないが、好適には10μm〜1mm程度の厚みのシート状であってよく、また粒子状の炭素基材の粒径は通常は数十nm〜1μm程度であってよい。なお、膜結合型酵素の大きさは通常は数nmである。また、カーボン基材のBET比表面積は通常50〜2000m/gであってよい。
【0017】
また、前記の膜結合型酵素の種類としては、例えばヒドロゲナーゼ、グルコースデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼが挙げられ、好適にはヒドロゲナーゼが挙げられる。これらの膜結合型酵素は1個の分子量が50000〜400000であり、ヒドロゲナーゼの分子量はおよそ100000である。
この発明においては、膜結合型酵素を用いることが必要であり、遊離型酵素ではこの発明の製造法を適用することができず、従って高い割合で酵素が固定した炭素基材を得ることができない。
【0018】
この発明における膜結合型酵素が前記の割合で固定されている炭素基材について、膜結合型酵素が固定されているこの発明の炭素基材の製造方法の実施態様の部分模式図である図3を参照しながら説明する。
図3において、工程(1)では、自然の状態では細胞膜に固定化されている膜結合型酵素を界面活性剤によって処理(界面活性剤処理)して、膜結合型酵素と細胞膜との結合を切り離す。次いで、工程(2)の精製工程において、分離装置を用いて細胞膜及び過剰の界面活性剤を除去し界面活性剤を必要最小限の濃度にして酵素を取り出す。次いで、工程(3)において膜結合型酵素の疎水領域に結合した界面活性剤を除去して、好適には結合した界面活性剤を除去すると同時に、次に示す工程(4)において、硫酸アンモニウムを添加して膜結合型酵素の疎水領域と炭素基材の疎水基(炭素)との直接結合を促すことによって膜結合型酵素を炭素基材に固定化して、膜結合型酵素が炭素基材に前記の炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上、好適には1cm当たり1.6x10−11mole以上の割合で固定した酵素電極を得ることができる。
【0019】
前記の工程(1)において、自然の状態では細胞膜に固定化されている膜結合型酵素を界面活性剤、好適には非イオン性界面活性剤、例えば、Tween 20(商品名)、Nonidet P−40(商品名)、Triton X−100(商品名)、NP−40(商品名)、Igepal CA−630(商品名)、N−オクチル−グルコシド又は両性界面活性剤、例えば、CHAPS、3−ドデシル−ジメチルアンモニオ(dimethylammonio)−プロパン−1−スルホネート、ラウリルジメチルアミンオキシド)、好適には非イオン性界面活性剤を含む溶液によって処理して、膜結合型酵素を細胞膜から引き剥がすことによって、膜結合型酵素と細胞膜との結合を切り離す。
前記の界面活性剤の量は、非イオン性界面活性剤の場合、終濃度が0.1〜2質量%、特に0.2〜1質量%であることが好ましい。
【0020】
前記の工程(1)において、界面活性剤処理する系は水溶液中であってよく、好適にはタンパク質である膜結合型酵素の保護剤として酵素の安定化剤(タンパク質分解酵素阻害剤ともいう)を含む水溶液であることが好ましい。この酵素の安定化剤としては、例えば、リン酸カリウムバッファー(pH7.0)、ジイソプロピルフルオロリン酸、ジチオビス(2−ニトロ安息香酸)、N−エチルマレイミド、p−クロロメルクリ安息香酸、p−ヒドロキシメルクリ安息香酸、フェニルメタンスルホニルフルオリド、N−トシル−L−リシルクロロメチルケトン、N−トシル−L−フェニルアラニルメチルケトン、ロイコペプチン、ペプスタチン等を挙げることができる。なお、前記の酵素の安定化剤は、例えば凝集防止剤としての作用が期待される。
前記の界面活性剤と酵素の安定化剤との割合(界面活性剤:酵素の安定化剤)は、質量比で1:10〜10:1、好適には5:1〜1:5であることが好ましい。
【0021】
前記の界面活性剤処理は嫌気的雰囲気下に、0〜30℃、好適には0〜25℃の範囲内の温度で10分間〜10時間、攪拌下に行うことが好ましい。
前記の界面活性剤処理に用いる反応容器としては、攪拌装置を備えたタンパク質の処理に一般に用いられる反応容器を用いることができる。また、取り扱い時の安全性を考慮し、密閉可能な容器を用いることが好ましい。
この発明の方法においては、前記の工程(1)に続いて工程(2)の精製工程が行われるが、膜結合型酵素が耐熱性を有している場合には工程(2)の精製工程の前処理として加熱処理を加えることが好ましい。この加熱処理によって酵素から細胞膜(細胞壁ともいう)の除去、つまり酵素の可溶化と、次の工程の簡素化(単純化、例えば使用するカラムの本数の低減など)とが可能となる。前記の加熱処理は50℃以上80℃以下、特に50℃以上70℃以下の温度で5〜30分間行うことが好ましい。
前記の加熱処理を行った後、一旦液の温度を0〜30℃、特に0〜25℃の範囲に冷却した後、次の工程(2)を行うことが好ましい。
【0022】
前記の工程(2)の精製工程において、それ自体公知の精製方法、例えば遠心分離、透析法、ゲルろ過法、樹脂吸着法の1種又は2種以上の組合せにより、またそれ自体公知の分離装置、例えば、高速遠心分離機、カラム、カートリッジ、ディスク、フィルター又はキャピラリーのいずれかの形態、好適には高速遠心分離機とカラムとの組み合わせを用いて細胞膜及び過剰の界面活性剤を除去して、膜結合型酵素を取り出す。
前記のカラムを用いた分離精製法として、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ヒドロキシアパタイトなどによる吸着クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて又はこれらのいずれかの単独で、具体例としてSP−セファロース高流速(FF)クロマトグラフィー、Q−セファロース高速(HP)クロマトグラフィー、ブチル疎水性相互作用クロマトグラフィー(HIC)、SP−セファロースHPクロマトグラフィー、トーヨーパールHW50、ブルー−トーヨーパール650ML、オクチル−セファロースファーストフロー、ヒドロキシアパタイト、スーパーデックス200などを挙げることができる。
【0023】
前記のカラムクロマトグラフィーを用いる分離精製の際に、膜結合型酵素を含む系を中性又は弱酸性のバッファーを用いて、膜結合型酵素をカラムに負荷且つカラムから溶出させることが好ましい。
そして、前記の界面活性剤の除去の程度は、一般的にタンパク質の測定に適用される電気泳動により単一バンドまで精製されることが好ましい。取り出された膜結合型酵素は嫌気的雰囲気、好適にはアルゴン雰囲気で保存することが好ましい。
前記の精製工程で取り出された膜結合型酵素は、疎水領域に界面活性剤が結合しており全体として親水性である。
【0024】
次の工程(3)において、膜結合型酵素の疎水領域に結合した界面活性剤を除去し、好適には結合している界面活性剤を除去すると同時に、次に示す工程(4)において膜結合型酵素の疎水領域と炭素基材の疎水基(炭素)との直接結合によって固定化する。
前記の工程(3)において、膜結合型酵素の疎水領域に結合している界面活性剤を除去する際に、先ず工程(2)で取り出された疎水領域に界面活性剤が結合した膜結合型酵素は水溶液中に溶解させることが好ましい。
前記の水溶液中には、膜結合型酵素が1〜100単位/mL、特に5〜50単位/mLの割合で含まれていることが好ましい。
【0025】
前記の膜結合型酵素の疎水領域に結合している界面活性剤を除去する方法として、例えば予め膜結合型酵素を固定化する炭素基材の表面に界面活性剤除去機能を有する処理剤を適用してもよい。
【0026】
前記の工程(3)において、好適には嫌気雰囲気下に界面活性剤が結合した膜結合型酵素を含む水溶液に界面活性剤除去機能を有する処理剤を存在させて、界面活性剤を除去して時間が余り経過しないうちに炭素基材と界面活性剤が除去された膜結合型酵素を接触させることが好ましい。これは、界面活性剤を除去して多くの時間経過後に炭素基材と界面活性剤が除去された膜結合型酵素とを接触させても、界面活性剤が除去された膜結合型酵素の疎水領域と他の膜結合型酵素の疎水領域とが結合するため酵素間の結合が生じ、膜結合型酵素の炭素基材への固定化の程度が減少するからである。
【0027】
この酵素間の結合を避けるために、面活性剤が結合した膜結合型酵素を含む酵素水溶液に界面活性剤除去機能を有する処理剤を添加する前、又は添加と同時又は添加の直後に炭素基材を酵素水溶液中に浸漬するか、又は炭素基材に界面活性剤除去機能を有する処理剤を添加した直後の膜結合型酵素水溶液を塗布してもよい。あるいは、予め炭素基材の表面に界面活性剤除去機能を有する処理剤を付着させておき、この界面活性剤除去機能を有する処理剤を付着した炭素基材を酵素溶液中に浸漬するか又は界面活性剤除去機能を有する処理剤を付着した炭素基材に膜結合型酵素水溶液を塗布してもよい。
前記の界面活性剤除去機能を有する処理剤としての硫酸アンモニウムの量は、酵素液1mLあたり0.1〜1.5M(モル濃度)、特に0.1〜0.5Mであることが好ましい。
また、前記の水溶液中には膜結合型酵素の疎水的領域に結合した界面活性剤の除去を促す等の目的でアルコール、例えばエタノールを加えても良い。
この発明の方法において、前記の工程(3)および工程(4)は0℃以上50℃以下、特に0〜30℃の温度で、合計で10分間〜10時間、特に1〜10時間程度行うことが好ましい。
【0028】
前記の工程(1)〜(4)の工程により、従来の技術では達成が不可能であった膜結合型酵素が炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上、好適には1.6x10−11mole以上という高い割合で固定されている炭素基材を得ることができ、この高い割合での固定量は前記の非特許文献1〜2に記載されているヒドロゲナーゼの最大固定量:3x10−12mole/cmと比べて大幅に改善されている。
【0029】
さらに、この発明によれば、炭素基材との電子の授受に好ましい方向性を持って炭素基材への前記酵素の固定化が可能である。
この前記酵素の方向性を持った炭素基材への固定化の理論的な根拠は不明であるが、膜結合型酵素の疎水領域と炭素基材の疎水基との直接的な結合によってもたらされるものと考えられる。この方向性を持った炭素基材への前記酵素の固定化は、例えば図2に示すように、粒子状の炭素基材の多数の疎水基に多数の膜結合型酵素の疎水領域が結合していることによって、後述の実施例の欄に詳細に説明される酵素が固定化された炭素の重水素置換活性が溶液中の遊離酵素の重水素置換活性に比較して、好適には遊離酵素の12%以下、特に3%以下の重水素置換活性を示すことから理解される。
【0030】
この発明の酵素電極は、前記のシート状の炭素電極又は粒子状の炭素基材をそのまま又は前記の炭素基材をそれ自体公知の手段、例えばバインダーで固めてなるものである。
従って、この発明の酵素電極は、膜結合型酵素が炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上、好適には1.6x10−11mole以上の割合で固定されている。
【0031】
この発明によって得られる酵素電極は、高い割合で膜結合型酵素が炭素基材に固定化されており、バイオ燃料電池の酵素電極として又はバイオセンサの用途に用いられ得る。例えば、この発明の酵素電極は、膜結合型酵素がヒドロゲナーゼである場合、水素還元反応に対する触媒活性を有していることからアノード(燃料極)の電極として用いることができる。また、この発明の酵素電極は、炭素基材と膜結合型酵素とが好ましい方向性を持って直接結合しているので電子伝達の効率が高いことが期待され、さらに電子伝達の効率を高めるために電子伝達を媒体する電子伝達メディエータ、例えばメチルビオロゲン、ベンジルビオロゲンなどを用いてもよい。
【0032】
以下に、実施例によってこの発明をさらに詳細に説明するが、この発明はこれらの例によって何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0033】
以下の各例において、炭素基材に固定されている膜結合型酵素の固定量は、以下の方法によって酵素溶液中の蛋白質濃度を測定することによって算出した。
【0034】
アノード側の電解液としては、酵素溶液、リン酸緩衝液(pH6.4)の混合液を用いた。固定酵素の活性を正確に評価するため、メディエータであるベンジルビオロゲンを20mM濃度になるように添加した。電解液には、測定前にHガスで十分にバブリングを行い、ベンジルビオロゲン(BV)還元活性を測定した。測定条件を以下に示す。
温度 60℃
pH 6.4
酵素溶液 2mL
メディエータ ベンジルビオロゲン
【0035】
また、以下の実施例において、膜結合型酵素が炭素基材に固定化されている方向性を測定するための遊離酵素とカーボン粉末に固定した酵素の重水素置換活性の算出法を以下に示す。
膜結合型酵素が炭素基材に固定化されている方向性の測定
(1)ヒドロゲナーゼの活性化
酵素1mLに対して、嫌気チェンバー内にて50mMのナトリウムジチオナイトを40μL添加し(終濃度:約2mM)、1時間以上室温で活性化を行った。その後、バイアル瓶を密栓し、Arガスで置換した。
(2)活性測定
以下の反応系で30℃にて測定した。50mMのナトリウムジチオナイトは嫌気チェンバー内でバイアル瓶にて調製し、密栓した。気相をArガスで置換して使用した。
50mM MESバッファー(pH5.5) 3mL
50mM ナトリウムジチオナイト(20mM トリス−HCl、pH7.0) 10μL
酵素液 10〜150μL
【0036】
反応液中の溶存ガスはガラス製反応槽下部の疎水性テフロン(登録商標)膜(アドバンテック社、PTFEメンブレンフィルター T020A025、孔径0.20μm、直径25mm)を通してターボ分子ポンプ、ロータリーポンプによってによって吸引され、液体窒素で冷却した水蒸気トラップ管を経て四重極質量分析計の分析チャンバーに導入された。このようにして、反応液中の溶存ガス濃度を分子量ごとに経時的に測定し、分圧としてPa単位で測定した。なお、反応槽の外周に温度調節水を循環させることにより、反応系を30℃に保った。
【0037】
測定手順はまず、反応槽のガラス内筒にバッファーを入れ、軽水素ガスをバブリングして飽和化し、その飽和分圧を測定した。次に重水素ガスをバブリングして飽和化させた後、ナトリウムジチオナイトと酵素液をシリンジで添加して重水素置換反応をスタートさせた。反応によって単位時間当たりに生じた軽水素の量を求め、重水素置換活性を算出した。
活性の算出は、30℃における軽水素の飽和濃度を0.66μmole/mLとして、測定値の単位Paあたりの軽水素濃度を求めた。それをもとに、1分間あたりの反応によって生じた軽水素の量を濃度(μmole/mL)に換算し、さらに酵素液1mLあたりに換算して活性値とした。
【0038】
実施例1
1.細胞膜区分の調製
【0039】
【化1】

【0040】
の培養は水素:酸素:炭酸ガス(75:15:10)の混合ガスを供給し、37℃にて独立栄養的に行った。培養後の湿重量菌体1gは5mlの20mMリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し、60W(output6、約5分x2回)で超音波破砕した後、遠心分離・超遠心分離によって細胞膜を得た。
【0041】
2.細胞膜を分離した膜結合型酵素の調製
膜画分に界面活性剤としての1%Triton X−100と、凝集防止の目的で酵素の安定化剤としての20mMのリン酸カリウムバッファー(pH7.0)を)とを1:1の割合で混合し、Triton X−100の終濃度を0.5質量%とした。Ar気相下にて4℃、1時間穏やかに攪拌することによってヒドロゲナーゼの可溶化を行った。その後、加熱処理によって熱に不安定なタンパク質を変性除去して、熱に安定なヒドロゲナーゼの可溶化(細胞壁(膜)除去)の効率化と精製方法の単純化を可能とした。加熱処理はサンプルの温度が60℃に達した後、15分間行った。その後、氷上にて1時間以上放置してから20000xg、4℃、20分間の高速遠心分離によって沈殿を除去した上澄をQ−Sepharose High Performanceカラムに供した。精製用バッファーは20mMのBis−Tris(pH6.8)、10%グリセロール、0.025% Triton X−100を使用し、塩化ナトリウムの濃度勾配によりヒドロゲナーゼの溶出を行った。170mM程度の塩化ナトリウム濃度で溶出された活性画分をヒドロキシアパタイトによるカラムクロマトグラフィーに供し、1〜400mMリン酸カリウムバッファー(pH6.8)の濃度勾配により溶出を行った。なお、バッファーは10%グリセロール、0.025% Triton X−100を添加して使用した。100mM前後のリン酸濃度で溶出されたヒドロゲナーゼ活性画分はAmicon Ultra−15を用いて濃縮し、Superdex−200のゲルろ過に供することで、電気泳動上単一バンドまで精製した。バッファーは20mMリン酸カリウムバッファー(pH7.0)、10%グリセロール、0.2M塩化ナトリウム、0.025%Triton X−100を使用した。精製酵素はバイアルびんに分注し、気相をアルゴンとして室温にて保存した。この酵素はグリセロールを添加することによって酵素活性が安定化されたため、各精製段階で使用したバッファーには10%グリセロールを添加した。また、バッファーはアルゴン置換により嫌気的に使用した。
【0042】
3.カーボン板へのビドロゲナーゼ型酵素の固定
カーボン板(1cmx0.1cm厚)は良く脱気した5% ethanolを含む100mM K−phosphate(pH7.0)バッファーに約1時間浸漬することで、前処理を行った。その後、良く脱気した蒸留水に約30分間浸漬し、カーボン板を洗浄した後、室温で乾燥した。嫌気チャンバー内で酵素液中のバッファー終濃度がA,B,C(A:20mM K−phosphate(pH7.0)、0.4M Ammonium sulfate、B:20mM K−phosphate(pH7.0)、10% ethanol、C:20mM K−phosphate(pH7.0)、0.2% Triton X−100)になるよう調製し、バイアル瓶に1mlずつ酵素液を入れた。その後、カーボン板を酵素液中に浸漬し、約20時間放置することで固定化を行った。カーボン板全面への酵素固定量は酵素溶液中のタンパク質濃度の変化を測定することで算出した。酵素は10%エタノール存在下で高い安定性を示したことから、この濃度でのエタノール添加の影響を調べた。なお、酵素液には0.02%のTriton X−100を添加している。
【0043】
結果をまとめて以下に示す。
カーボン板の酵素液浸漬によるビドロゲナーゼ型酵素の固定
────────────────────────────────────────
Ammonium sulfate Ethanol Triton X-100
(0.4M) (10%) (0.2%)
────────────────────────────────────────
酵素液(総蛋白質:μg/ml) 57.42 50.20 56.02
カーボン板浸漬後(総蛋白質:μg/ml) 55.24-53.63 48.83-47.66 55.68-55.47
酵素固定量(μg/plate) 2.18-3.79 1.37-2.54 0.34-0.55
吸着量(μg/cm2) 0.91-1.58 0.57-1.06 0.14-0.23
吸着量の平均値(μg/cm2) 1.11 0.76 0.19
────────────────────────────────────────
* 測定:3回の異なる実験において、1サンプルあたり6回の測定を行った。
エタノール添加及び高濃度の界面活性剤存在下では酵素の結合量の低下が見られた。このことは、カーボン板への酵素の結合は狙い通り疎水的作用である事を示すと考えられる。エタノール添加による結合の促進は認められなかった。
以上より、酵素固定量は1.11×10−11mol/cmと算出される。
【0044】
以上の実施例1で得られた結果は、膜結合型酵素の炭素板への固定量が1.11×10−11mol/cmであり、前記の公知文献(非特許文献1〜2)に記載されているヒドロゲナーゼの最大固定量の3x10−12mole/cmと比較して、大幅に向上している。
【0045】
実施例2
炭素基材としてケッチェンブラック粉末を用いて、前記の(1)ヒドロゲナーゼの活性化および(2)活性測定の手順に従って、ケッチェンブラック粉末に固定した膜結合型酵素と遊離酵素との重水素置換活性の算出を行った。
結果を以下に示す。
遊離した膜結合型酵素
重水素活性 3.09U/mL
相対活性 100(%)
膜結合型酵素を固定化した炭素基材の懸濁液
重水素活性 0.0824−0.3591U/mL
相対活性 2.7−11.6(%)
【0046】
以上の結果から、ケッチェンブラック粉末に固定した膜結合型酵素は、遊離酵素の2〜12%程度の重水素置換活性を示した。これは、重水素の乖離反応で生じた電子が炭素に伝達されることで重水素置換反応が妨げられたと考えられ、膜結合型酵素の疎水基と炭素基材の疎水基との結合による一定の方向性を持って膜結合型酵素が炭素基材に固定化されていることを示すと考えられる。
この遊離している膜結合型酵素と膜結合型酵素を固定化されている炭素基材との重水素活性の差が一定の方向性を持って膜結合型酵素が炭素基材に固定化されることによって生じる理論的な考察を行った。結果をまとめて図5に示す。
図5において、Dとは重水素を意味する。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1は、この発明における膜結合型酵素が固定されている炭素基材の1実施態様の部分模式図である。
【図2】図2は、この発明における膜結合型酵素が固定されている炭素基材の他の実施態様の部分模式図である。
【図3】図3は、この発明の膜結合型酵素が固定されている炭素基材の製造法の実施態様の模式図である。
【図4】図4は、ビドロゲナーゼのベンジルビオロゲン(BV)還元活性を示す模式図である。
【図5】図5は、この発明の膜結合型酵素が固定化されている炭素基材と遊離している膜結合型酵素との重水素活性の差が生じる理論的な考察を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜結合型酵素が炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上の割合で固定されていることを特徴とする酵素電極。
【請求項2】
膜結合型酵素の疎水基と炭素基材の疎水基との直接結合によって、膜結合型酵素が炭素基材に固定化されている請求項1に記載の酵素電極。
【請求項3】
膜結合型酵素が炭素基材1cm当たり1.6x10−11mole以上の割合で固定されている請求項1に記載の酵素電極。
【請求項4】
膜結合型酵素が、ヒドロゲナーゼである請求項1〜3のいずれか1項に記載の酵素電極。
【請求項5】
細胞膜と結合している膜結合型酵素を界面活性剤で処理して細胞膜を分離し、得られた界面活性剤が結合している膜結合型酵素から界面活性剤を除去して、膜結合型酵素を炭素基材に炭素基材1cm当たり9x10−12mole以上の割合で固定することを特徴とする酵素電極の製造方法。
【請求項6】
膜結合型酵素が、ヒドロゲナーゼである請求項5に記載の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−43978(P2010−43978A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208690(P2008−208690)
【出願日】平成20年8月13日(2008.8.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(504203572)国立大学法人茨城大学 (99)
【Fターム(参考)】