説明

酸化物基板の表面処理方法

【課題】REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Yの少なくとも1つ)からなる単結晶基板の、最適な表面処理方法を提供する。
【解決手段】DyScO3の単結晶基板を用意し、用意した単結晶基板を空気中もしくは酸素ガスを流している雰囲気で800〜1300℃に加熱する。加熱処理の時間は、1〜100時間であればよい。次に、加熱処理したDyScO3単結晶基板をメタノールを溶媒とした硝酸溶液に浸漬してエッチング処理がされた状態とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導体材料などの酸化物薄膜を形成するための酸化物基板の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高温超伝導体を代表とする高品質な酸化物薄膜の形成には、酸化物単結晶基板が不可欠であり、また、基板の表面の状態により形成される膜の品質が左右される。従って、高品質な酸化物の形成には、酸化物単結晶基板の表面処理方法が重要となる。一般に用いられているシリコンやGaAs,SiCなどの半導体成長用基板の場合、表面の処理方法は確立されている。しかしながら、酸化物単結晶基板においては、表面処理方法が確立されているものは少ない。
【0003】
古くから用いられている酸化物単結晶基板であるサファイア基板では、硝酸と過酸化水素とを1:1で混合した処理液で、基板表面をエッチング処理することがよいものとされている。
【0004】
ところで、近年では、酸化物薄膜成長技術の進展に伴い、新規な基板が用いられるようになっている。例えば、RE’ScO3(RE’は、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Hoの少なくとも1つ)などの基板(非特許文献1参照)や、SrTiO3基板,酸化マグネシウム基板が、用いられるようになってきている。
【0005】
また、これらの材料の基板においても、新規な表面処理方法が開発されている。例えば、高温超伝導体薄膜の結晶成長によく用いられるSrTiO3基板では、ペーハー(pH)が制御されたフッ酸とフッ化アンモニウムとの混合液でエッチング処理することで、基板表面のほぼ全域が酸化チタンで覆われ、かつ、原子レベルのステップとテラスを持つ平坦な表面が得られることが報告されている(非特許文献2参照)。
【0006】
また、NdGaO3基板の場合には、1000℃の加熱処理により、原子レベルのステップとテラスを持つ極めて平坦な表面が得られることが報告されている(非特許文献3参照)。
これらのように、比較的最近になって、販売・使用されるようになった酸化物単結晶基板を薄膜の形成に用いる場合、各々の基板に適合した表面処理の確立が必要となる。
【0007】
熱による表面処理を行う場合、加熱を施す雰囲気や加熱の温度として最適な条件が必要となる。例えば、酸化マグネシウム基板の場合、1000℃程度の高温の熱処理により、表面の炭化物や水酸化物が除去できると報告されているが、熱処理の温度が高すぎると、基板に含まれている不純物が基板の表面に析出してくることが知られている。また、エッチングによる表面処理では、非特許文献2に示されているように、新規にエッチング液を探索し、かつ最適な処理条件を求める必要がある。
【0008】
なお、出願人は、本明細書に記載した先行技術文献情報で特定される先行技術文献以外には、本発明に関連する先行技術文献を出願時までに発見するには至らなかった。
【非特許文献1】J.Schubert 他, Appl. Phys. Lett. 82, 3460 (2003).
【非特許文献2】M.Kawasaki 他, Science 266, 1540(1994).
【非特許文献3】T.Ohnishi 他, Appl. Phys. Lett. 74, 2531 (1999).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上に説明したように、薄膜の形成に用いられる酸化物単結晶基板は、表面の処理が重要となるが、REScO3基板においては、最適な基板表面処理方法が確立されておらず、報告の例もない。
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Yの少なくとも1つ)からなる単結晶基板の、最適な表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る酸化物基板の表面処理方法は、REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Yの少なくとも1つ)からなる単結晶基板を用意し、用意した単結晶基板を少なくとも酸素が存在する雰囲気で加熱処理し、加熱処理をした単結晶基板を酸の溶液によりエッチング処理するようにしたものである。
この処理により、単結晶基板の表面に、原子レベルのステップとテラスが確認されるようになる。
【0011】
上記酸化物基板の表面処理方法において、第2工程は、空気中、酸素気流中の少なくとも1つの状態で1時間以上行い、酸の溶液は、メタノール,エタノール,アセトンの少なくとも1つを溶媒とし、硝酸,塩酸,硫酸の少なくとも1つが溶解したものであり、エッチング処理は、5秒以上行うようにすればよい。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明によれば、REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Yの少なくとも1つ)からなる単結晶基板を、酸素を含む雰囲気で加熱処理をした後、硝酸,塩酸,硫酸など酸によるエッチング処理をするようにしたので、REScO3からなる単結晶基板の、最適な表面処理方法が提供できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
まず、DyScO3の単結晶基板を用意し、これを空気中もしくは酸素ガスを流している雰囲気で800〜1300℃に加熱する。加熱処理の時間は、1〜100時間であればよい。次に、加熱処理したDyScO3の単結晶基板をメタノールを溶媒とした硝酸溶液に浸漬してエッチング処理がされた状態とする。これらの処理をしたDyScO3の単結晶基板の上に形成した超伝導酸化物薄膜は、良好な超伝導特性を有するものとなる。
【0014】
図1に、上記加熱処理をした後のDyScO3の単結晶基板の(100)面(表面)を原子間力顕微鏡で観察した結果の写真である。図1(a)は、酸素ガスがフローしている雰囲気で1100℃・12時間の熱処理をした結果を示し、図1(b)は、酸素ガスがフローしている雰囲気で900℃・12時間の熱処理をした結果を示し、図1(c)は、加熱処理をしていない場合を示している。図1(a),(b)には、明瞭なステップとテラス構造が観察される。一方、未処理の図1(c)には、明瞭なステップやテラスは確認されない。これは、有機溶媒による洗浄を施した後でも同様の結果である。
【0015】
次に、上記加熱処理を施したDyScO3単結晶基板の上に、高温超伝導薄膜を結晶成長させた場合について説明する。まず、DyScO3の単結晶基板の上に、蒸着源に金属元素を用いた電子ビーム共蒸着法により、Sr0.9La0.1CuO2からなる高温超伝導薄膜を形成する。形成条件としては、基板温度を400℃〜600℃とし、膜の形成中は、0.2〜5sccmの流量で酸化ガスとして原子状の酸素もしくはオゾン供給し、膜形成領域に吹き付ける。sccmは流量の単位あり、0℃・1気圧の流体が1分間に1cm3流れることを示す。また、蒸着を行う真空室内は、圧力10-2〜10-4Pa台とする。
【0016】
図2は、上述した条件で真空蒸着したSr0.9La0.1CuO2膜の電気抵抗率−温度特性を示す特性図である。図2より明らかなように、前述した加熱処理をしていない未処理の基板上に形成したSr0.9La0.1CuO2膜は、黒丸で示すように、最も高い超伝導開始臨界温度(Tcon)を有している。しかしながら、転移は2段となっている。
一方、加熱処理をした基板の上に形成したSr0.9La0.1CuO2膜は、未処理基板より低い超伝導開始臨界温度(Tcon)となっているが、1段の鋭い超伝導転移をもつことがわかる。
このように、熱処理により、DyScO3の単結晶基板上に形成したSr0.9La0.1CuO2膜の超伝導転位の特性が変化する。
【0017】
次に、前述した酸によるエッチング処理を施したDyScO3単結晶基板の上に、高温超伝導薄膜(Sr0.9La0.1CuO2膜)を結晶成長させた場合について説明する。
図3は、エッチング処理に用いるメタノールを溶媒とした硝酸溶液の硝酸濃度を変化させた場合の、前述した条件で真空蒸着したSr0.9La0.1CuO2膜の電気抵抗率−温度特性を示す。なお、加熱処理はしていない。
図3から明らかなように、いずれのエッチング処理条件においても、前述した2段転位の状態が観察される。また、硝酸濃度の濃度系統性も観察されない。
【0018】
次に、加熱処理をした後に酸によるエッチング処理を施したDyScO3単結晶基板の上に、高温超伝導薄膜(Sr0.9La0.1CuO2膜)を結晶成長させた場合について説明する。
図4は、加熱処理をした後に酸によるエッチング処理をしたDyScO3単結晶基板の上に形成されたSr0.9La0.1CuO2膜の電気抵抗率−温度特性を示す特性図である。加熱処理の条件は、酸素ガスがフローしている雰囲気で1100℃・12時間であり、エッチング処理の条件は、濃度1%とした硝酸のエタノール溶液中に8分間浸漬するものである。また、Sr0.9La0.1CuO2膜は、前述と同様の真空蒸着法により形成する。
【0019】
図4から明らかなように、加熱処理しかつ酸による処理をしたDyScO3単結晶基板の上に形成されたSr0.9La0.1CuO2膜は、高い超伝導臨界温度と、1段の鋭い超伝導転位特性を有している。
これらの結果は、DyScO3単結晶基板の(001)面,(110)面に限らず、他の結晶面においても同様である。また、REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Yの少なくとも1つ)からなる単結晶基板すべてにおいて同様の結果が得られる。
【0020】
次に、本発明の実施の形態における他の酸化物基板の表面処理方法について説明する。
まず、REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Yの少なくとも1つ)からなる、(001)面及び(110)面の単結晶基板を用意し、酸素フロー中もしくは大気中で900〜1300℃の加熱処理をする。ついで、硝酸,塩酸,硫酸の少なくとも1つを用いた酸の溶液によるエッチング処理を5秒〜1時間行う。酸の濃度は、0.1%以上100%未満とする。酸の溶液の溶媒としては、メタノール,エタノール,アセトンの少なくとも1つを用いればよい。
【0021】
次に、上述した表面処理を施したREScO3単結晶基板の上に、スパッタリング法によりSr1-xLnxCuO2薄膜(Lnは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Yの少なくとも1つであり、0.05<x<0.2である)を形成する。スパッタによる成膜では、基板温度は400〜600℃とし、アルゴンと酸素との混合ガスを用いる(圧力10〜10-2Pa程度)。また、形成する膜を構成する材料からなる焼結体のターゲット(3インチ)を用い、プラズマパワーは50〜500Wとする。
【0022】
全ての表面処理条件において、REScO3単結晶基板の上に形成されたSr1-xLnxCuO2薄膜は、高超伝導転移温度を有し、単一で鋭い超伝導転移を有するものとなる。また,スパッタリング法のみならず、レーザーアブレーション法を用いてSr1-xLnxCuO2薄膜を形成した場合でも、加熱処理と酸によるエッチングの表面処理を施したREScO3単結晶基板の上で得れば、高超伝導転移温度かつ単一で鋭い超伝導転移を有する高温超伝導薄膜が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】加熱処理をした後のDyScO3の単結晶基板の(100)面(表面)を原子間力顕微鏡で観察した結果の写真である。
【図2】DyScO3単結晶基板上に真空蒸着したSr0.9La0.1CuO2膜の電気抵抗率−温度特性を示す特性図である。
【図3】エッチング処理に用いるメタノールを溶媒とした硝酸溶液の硝酸濃度を変化させた場合の、Sr0.9La0.1CuO2膜の電気抵抗率−温度特性を示す特性図である。
【図4】加熱処理をした後に酸によるエッチング処理をしたDyScO3単結晶基板の上に形成されたSr0.9La0.1CuO2膜の電気抵抗率−温度特性を示す特性図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
REScO3(REは、La,Ce,Pr,Nd,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Lu,Yの少なくとも1つ)からなる単結晶基板を用意する第1工程と、
前記単結晶基板を少なくとも酸素が存在する雰囲気で加熱処理する第2工程と、
加熱処理をした前記単結晶基板を酸の溶液によりエッチング処理する第3工程と
を備えることを特徴とする酸化物基板の表面処理方法。
【請求項2】
請求項1記載の酸化物基板の表面処理方法において、
前記第2工程は、空気中、酸素気流中の少なくとも1つの状態で1時間以上行い、
前記酸の溶液は、メタノール,エタノール,アセトンの少なくとも1つを溶媒とし、硝酸,塩酸,硫酸の少なくとも1つが溶解したものであり、
前記エッチング処理は、5秒以上行う
ことを特徴とする酸化物基板の表面処理方法。


【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−54354(P2006−54354A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−235811(P2004−235811)
【出願日】平成16年8月13日(2004.8.13)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】