説明

酸化物陰極用炭酸塩の製造方法および酸化物陰極の製造方法

【課題】 共沈法の利点である2元系あるいは3元系における均質性を保ちながら、酸化物陰極用炭酸塩粉末の見かけ密度を増加させることにより、塗布量の増加と熱分解時の体積収縮率の低減を図った酸化物陰極用炭酸塩の製造方法およびそれを用いた酸化物陰極の製造方法を提供する。
【解決手段】 共沈法により複数のアルカリ土類金属を含む炭酸塩の固溶体を形成し(a)、そのアルカリ土類金属炭酸塩の固溶体を二酸化炭素雰囲気で焼成する(b)。この焼成は、焼結性の炭酸塩結晶粒が得られる高温度で行う。さらに、この焼成された炭酸塩を粉砕して粉末化する(c)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえばマグネトロン搭載用などに適した酸化物陰極用炭酸塩の製造方法およびそれを用いた酸化物陰極の製造方法に関し、さらに詳しくは、酸化物陰極にした場合でも熱分解時の体積収縮率を小さくすることができる酸化物陰極用炭酸塩の製造方法およびそれを用いた酸化物陰極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種電子管に搭載されている酸化物陰極は、炭酸バリウムを主成分とするアルカリ土類金属の炭酸塩粉末をニッケル等の基体金属表面に塗布し、これを真空にひきながら電子管内で熱分解させて、式(1)に示されるように、酸化バリウムを主成分とするアルカリ土類金属酸化物を電子放出面に生成することにより形成されている。
MeCO3 → MeO + CO2 ↑ (1) Me:アルカリ土類金属
ここで、真空にひきながら電子管内で熱分解する理由は、酸化バリウムを主成分とするアルカリ土類金属酸化物は、式(2)で示されるように、水分との反応で水酸化物化しやすいことから、酸化物の状態では大気中での取扱いが困難なためである。
2MeO + H2O → 2MeOH (2) Me:アルカリ土類金属
したがって、製造時をはじめ大気中の工程では、より安定な炭酸塩粉末で取り扱うことが多い。
【0003】
従来、この陰極用炭酸塩粉末は、熱分解後の電子放出特性や寿命時間等の諸特性から、炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムからなる2元系炭酸塩が、あるいはこれに炭酸カルシウムを加えた3元系炭酸塩が用いられている。
【0004】
さらに、この2元系または3元系炭酸塩は、単に各炭酸塩を粉末同士で混ぜ合せた混合物としてよりも、より微視的レベルで均質にするために固溶体として、具体的にはアルカリ共沈法による炭酸塩の固溶体として作製される(たとえば特許文献1参照)。このアルカリ共沈法は、たとえば図9に示されるように、硝酸バリウムと硝酸ストロンチウムとを溶解混合した(2元系)、あるいはさらに硝酸カルシウムを加えた(3元系)水溶液に、炭酸ソーダ水溶液(ソーダ法)または炭酸アンモニウム水溶液(アンモン法)を投入して撹拌、混合することにより、炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムなどの炭酸塩を同時に沈殿させ、熟成(結晶サイズ制御)、洗浄をして乾燥させることにより、固溶体を得る方法である。
【0005】
このようなアルカリ共沈法により生成したアルカリ土類金属の炭酸塩固溶体をX線回折測定で観察すると、図10の上段に示されるように、単一相として観測される。つまりこれは、図10の下段に混合物の同様のX線回折測定の結果が示されるように、炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムの回折が個々に現れる単なる混合体とは異なっている。ただし、液相合成される多くの析出結晶で見られるようにX線回折の半値幅が広がっており、従って、結晶性は低く、析出性の結晶と言える。また、その粉末形状は、溶液温度(共沈温度)、炭酸ソーダ水溶液の投入速度、PH、撹拌方法等により、粉末形状やその大きさが変化する。とくに、この結晶の大きさは、用途にも依存するが、1〜10μm程度の大きさが塗布状態や電子放出特性から最適と考えられている。このように従来の炭酸塩固溶体の粉末形状や結晶性は製法で大きく異なるが、この違いは陰極面への塗布時の見かけ密度や熱分解時の体積収縮量に少なからず影響を与え、炭酸塩塗布量の重要な因子となる。そして、この塗布量は陰極寿命、言い換えれば電子管の寿命時間に大きく関係する。
【0006】
一方、熱分解前から活性化工程にかけて、すなわち約600〜1050℃の間に、塗布された陰極材には体積収縮が生じる。これら体積収縮は全体で約30vol.%に達し、陰極材と基体金属との接触面で剥がれや浮きを生じさせることがある。この剥がれや浮きが陰極にあると、マグネトロンに搭載して動作させたときにホットスポットやアーキングを生じさせる場合があるので、これまでにも炭酸塩の塗布方法や熱分解条件は多くの試みと最適化がなされてきた。
【特許文献1】特開平6−318432号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
たとえば、酸化物陰極をマグネトロンに搭載して動作させると、陰極表面は高周波電磁界で加速された電子あるいは残留ガスイオンの衝撃にさらされる。このとき、酸化物陰極材は化学的、物理的に陰極表面から剥がされ、そのような衝撃がない場合と比較すると、短時間で酸化物陰極材は消耗し、これにより陰極の電子放出特性が低下してマグネトロンの寿命となる。そこで、このマグネトロンの寿命を伸ばすためには、電子やイオンによる衝撃から酸化物陰極材を保護することが重要となる。電子やイオンによる衝撃から酸化物陰極材を保護する方法としては、アーキングの抑制にも有効である、炭酸塩とニッケル粒とを混合して塗布したり、あるいは基体金属を気孔率50〜70%程度のニッケル粒焼結体として、この焼結体内の空孔に炭酸塩粉末を充填したマトリックス型陰極が用いられたりする。こういった対策で、電子あるいはイオンによる衝撃から免れる影の領域が陰極表面に形成され、酸化物陰極材の消耗速度が減少し、マグネトロンの寿命を伸ばすことができる。ところが、これらの方法によれば、限られた陰極塗布面に炭酸塩以外のニッケル粒が存在することになるので、炭酸塩の塗布量自体はその分減少してしまい、長寿命化にとってマイナスの要因がある。
【0008】
また、従来のアルカリ共沈法で製造した炭酸塩粉末は析出性結晶なので、X線回折測定で見られるように、単一相ではあるが、回折ピークの半値幅が広がっており、結晶性が低く結晶内や結晶と結晶との間に多くの隙間があるので、粉末自体の見かけ密度が低くなり、陰極にして温度を上昇させた場合に大きな体積収縮性が生じる。この体積収縮により、炭酸塩の状態で充分に塗布あるいは充填されていても、熱分解、活性化後には陰極材の塗布あるいは充填率が低下してしまうという問題がある。
【0009】
さらには、この体積収縮は、陰極材と基体金属との接触面の剥がれや浮きを生じさせ、陰極材と基体金属の密着性低下による電子放出特性の低下やマグネトロン特性などの電子管特性の低下を発生させるという問題もある。
【0010】
本発明は、このような問題を解決するためになされたもので、とくに共沈法の利点である2元系あるいは3元系における均質性を保ちながら、酸化物陰極用炭酸塩粉末の見かけ密度を増加させることにより、塗布量の増加と熱分解時の体積収縮率の低減を図った酸化物陰極用炭酸塩の製造方法およびそれを用いた酸化物陰極の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、アルカリ共沈法により生成したアルカリ土類金属炭酸塩を陰極基体に塗布してアルカリ土類金属酸化物に分解し、さらに活性化すると、非常に体積収縮率が大きいという問題を解決するため、鋭意検討を重ねた結果、炭酸塩から酸化物にするための熱分解およびその後の活性化による加熱工程の内、約700℃までの加熱の間に針状あるいは球状の炭酸塩結晶粒が成長することに起因した体積収縮が全体積収縮の中で大きな割合を占めることを見出した。すなわち、共沈法で生成した炭酸塩を予め結晶粒が成長する温度より高い温度で焼成することにより、見かけ密度の大きいアルカリ土類金属炭酸塩が得られ、その後の熱分解や活性化の工程を経ても体積収縮率を小さくすることができることを見出した。なお、この焼成を二酸化炭素雰囲気で行うことにより、炭酸塩の分解を抑制することができ、比較的高い温度にしても、酸化物と炭酸塩との共晶を形成して溶解するという現象を起こさせなくすることができる。すなわち、共晶を形成する温度と二酸化炭素ガス圧力との間には依存性があるが、たとえば2酸化炭素ガス圧力が1atm.の場合、2元系炭酸塩の場合には、1250℃ぐらいまで共晶は形成されない。
【0012】
本発明による酸化物陰極用炭酸塩の製造方法は、共沈法により複数のアルカリ土類金属を含む炭酸塩の固溶体を形成し、該固溶体を二酸化炭素雰囲気で加熱焼成し、焼結性の炭酸塩結晶粒を含む炭酸塩を形成し、該炭酸塩を粉砕して粉末化することを特徴とする。
【0013】
ここで固溶体とは、ある原子が別のある原子の固有位置を置換する置換型(混晶)だけではなく、ある原子特有の空間格子の隙間に侵入する侵入型も含む意味である。また、焼結性の炭酸塩結晶粒を含む炭酸塩とは、焼成後の炭酸塩をX線回折分析により観察した場合に、たとえば2θ=25°近くの回折強度が最大を示すピークが、本来あるべき2つのピークに分離して現れるような炭酸塩を意味する。このような焼結性の炭酸塩を含む炭酸塩は、たとえば炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムからなる2元系炭酸塩の場合には450℃程度以上、これに炭酸カルシウムが加えられた3元系炭酸塩では、700℃程度以上の温度で焼成することにより得られる。
【0014】
本発明による酸化物陰極の製造方法は、共沈法により複数のアルカリ土類金属を含む炭酸塩の固溶体を形成し、該固溶体を二酸化炭素雰囲気で加熱焼成し、焼結性の炭酸塩結晶粒を含む炭酸塩を形成し、該炭酸塩を粉砕して炭酸塩粉末を形成し、該炭酸塩粉末をバインダーに混ぜ合せ、陰極基体に塗布し、前記炭酸塩を酸化物に熱分解することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、共沈法により作製された、少なくともバリウムを含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末を二酸化炭素ガス雰囲気で高温の加熱焼成をしているため、従来の析出性の炭酸塩結晶粒から焼結性の炭酸塩結晶粒が得られる。すなわち、たとえば後述する図3(a)に示される2元系炭酸塩のX線回折測定結果から分るように、加熱焼成していない従来方法の炭酸塩の回折Cの半値幅は広く結晶性が低いのに対して、約450℃での加熱処理後の炭酸塩の回折D以降では、半値幅が狭化して結晶性が向上していることを確認できる。とくに、従来方法の炭酸塩の回折Cで、2θ(θは回折角(試料面とX線とのなす角)を示す)が25°近傍に見られる最大の回折ピークEが図10の下段に示される炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムそれぞれの(111)の回折Gと(021)の回折Hのように、2つの回折ピークに分離することは、本発明の処理を行ったことを示す顕著な証拠である。また、高温で焼成することにより、共沈法による炭酸塩に混入している不純物(後述する式(3)や式(4)で生成される硝酸ソーダや硝酸アンモニウムなど)を飛ばすことができると共に、製造時の溶液温度、炭酸ソーダ水溶液の投入速度、PH、撹拌方法等により、粉末形状やその大きさなどのバラツキが安定化する。
【0016】
さらに、後述するように、本発明により製造した炭酸塩は、塗布時の見かけ密度が大きく(図4参照)、さらに、実際にこの炭酸塩を陰極基体に塗布して熱分解し、活性化した場合の体積収縮率は5%程度と小さい(図5参照)。また、示差熱(DTA)、熱重量(TG)からも、焼成による炭酸塩の変質は認められない(図6および7参照)。さらには、活性化前の飽和電流密度も上昇している(図8参照)。換言すれば、見かけ密度が増加しているので、限られた陰極表面に炭酸塩を塗布する場合、従来炭酸塩を塗布した場合よりも、その塗布重量を増やすことができる。この塗布重量の増加は、電子衝撃などによる酸化物の消耗が激しいマグネトロンなどの電子管の寿命を延ばすことに効果がある。さらに、分解時や活性化時の昇温に対しても殆ど収縮しないため、陰極材と基体金属との接触面の剥がれや浮きの問題が発生しなくなり、陰極材と基体金属の密着性低下による電子放出特性の低下やマグネトロン特性などの電子管特性を高く維持することができ、非常に信頼性が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
つぎに、図面を参照しながら本発明の酸化物陰極用炭酸塩の製造方法およびそれを用いた酸化物陰極の製造方法について説明をする。本発明による酸化物陰極用炭酸塩の製造方法は、図1にその一実施形態のフローチャートが示されるように、共沈法により複数のアルカリ土類金属を含む炭酸塩の固溶体を形成する(a)。そのアルカリ土類金属炭酸塩の固溶体を二酸化炭素雰囲気で焼成する。この焼成は、焼結性の炭酸塩結晶粒が得られる高温度で行う(b)。さらに、この焼成された炭酸塩を粉砕して粉末化する(c)ことを特徴としている。
【0018】
また、本発明の酸化物陰極の製造方法は、以上の方法により得られる炭酸塩の粉末を十分に乾燥させた後、バインダーと混ぜ合せ、たとえば図2に示されるように、ニッケル粒1aを焼成して作製した多孔性の陰極構体を有する、たとえばマグネトロン搭載用のいわゆるマトリックス型陰極陰極基体1などの、各種電子管用陰極の基体金属に塗布して電子管にした後に、前述の炭酸塩を熱分解することにより得られる。
【0019】
まず、炭酸塩の製造方法について詳述する。アルカリ共沈法により固溶体の炭酸塩を形成する方法は、図1に炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムの2元系炭酸塩の固溶体をソーダ法により製造する例が示されているように、硝酸バリウムと硝酸ストロンチウムを80℃程度の温純水に溶解させ、硝酸(バリウム・ストロンチウム)水溶液を準備する(S1)。また、炭酸ソーダを同様に80℃程度の温純水に溶解させ、炭酸ソーダ水溶液を準備する(S2)。そして、沈殿反応を65℃程度で行うため、両水溶液の液温を65℃程度まで下げて保温する(S3)。
【0020】
つぎに、硝酸(バリウム・ストロンチウム)水溶液を激しく撹拌しながら、炭酸ソーダ水溶液を投入混合し、炭酸バリウム・ストロンチウムの白色沈殿を得る(S4)。その後、約数時間放置して熟成させる(S5)。この熟成とは、過飽和の溶液中に沈殿物を置くことによって、沈殿している炭酸塩粉末の大きさを制御することにある(長く放置すれば、結晶が大きくなる傾向を示す)。本実施例では、約5時間放置することにより、約5μm程度の長さの針状粉末が得られた。
【0021】
その後、約50回のデカンテーションを行う(S6)。デカンテーションとは、沈殿、上水交換、撹拌を繰り返すことで、炭酸塩粉末の洗浄を行うことである。ここで、上水交換には約80℃程度の温純水を用い、不純物の混入を最小限にする。この洗浄を行うのは、アルカリ共沈法では、炭酸塩中に水溶性の不純物が混入する恐れがあるので、その不純物を除去するためである。この洗浄は、デカンテーション以外にも遠心分離あるいはフィルタ分離を必要な回数繰り返すことによっても行うことができる。その後、最後にフィルタで沈殿物と上水を分離した後、約100℃で乾燥させる。以上がアルカリ共沈法(ソーダ法)による炭酸塩粉末の製造方法である。
【0022】
アルカリ共沈法には、前述のソーダ法以外にも炭酸ソーダの代りに炭酸アンモニウムを使用するアンモン法で行うこともできる。このソーダ法とアンモン法について、さらに詳述する。化学反応式で示すと、ソーダ法は式(3)で表され、アンモン法は式(4)で表すことができる。
(Ba・Sr)(NO3)2+Na2CO3→(Ba・Sr)CO3↓+2NaNO3(aq.) (3)
(Ba・Sr)(NO3)2+(NH)4CO3→(Ba・Sr)CO3↓+2NH4NO3(aq.) (4)
この2つの方法のそれぞれの特徴としては、まずソーダ法は、粉末形状が主に針状や柱状になることが多い。また、不純物の混入として沈殿後の上水中(NaNO3(aq.))に電子放出特性を抑制すると言われるナトリウムイオンが多く含まれるので、ナトリウム残量に注意しながら洗浄は念入りに行う必要がある。一方、アンモン法では、結晶形状が主に球状や扇状になることが多い。また、不純物の混入は、ソーダ法と異なり沈殿後の上水中(NH4NO3(aq.))にはアンモニウムイオンが含まれることになる。この場合にも、十分な洗浄は必要ではあるが比較的容易といえる。
【0023】
その他にも、炭酸イオンを供給する方法としては、上記ソーダ法の炭酸ソーダの代りに炭酸水素ナトリウムを用いる方法や、水酸化ナトリウム等でアルカリ化して炭酸ガスをバブリングする方法で、炭酸塩の沈殿を得ることもできる。また、上記硝酸塩の代りに酢酸塩を用い、炭酸アンモニウム水溶液と混合することもできる。この方法は、とくに不純物となる酢酸アンモニウムの分解温度が約100℃と比較的低いので、不純物除去に有利である。
【0024】
また、前述の例は、2元系炭酸塩の例であったが、これに炭酸カルシウムを加えた3元系炭酸塩の固溶体をアルカリ共沈法により得るには、前述のS1で硝酸バリウムと硝酸ストロンチウムにさらに硝酸カルシウムを加えて、80℃程度の温純水に溶解させ、硝酸(バリウム・ストロンチウム・カルシウム)水溶液を準備することにより、同様に3元系炭酸塩の固溶体を得ることができる。
【0025】
その後、図1の(b)に示されるように、アルカリ土類金属炭酸塩の固溶体を二酸化炭素雰囲気で焼成する。この場合、焼成により生成される炭酸塩が焼結性の炭酸塩結晶粒となるような高温度で焼成する。たとえば前述の2元系の炭酸塩の場合には、二酸化炭素ガス圧を1atm.程度、600℃程度、3時間程度の条件で加熱処理を行う。この焼結性の炭酸塩結晶粒が得られる高温度とは、たとえば図3(a)および(b)に2元系炭酸塩および3元系炭酸塩の固溶体を焼成する温度を変えて、それぞれの場合におけるX線回折の測定結果が示されるように、各回折面からのピークの半値幅が狭化する温度を意味する。すなわち、図3(a)に示されるX線回折パターンで、400℃以下で焼成したものは半値幅が広く、たとえば(111)と(021)が1個に見え、析出性の炭酸塩結晶であることを示しているのに対して、450℃以上で焼成したものでは、半値幅が狭く、たとえば(111)と(021)が分離(図3(a)のAとB参照)しており、焼結性の炭酸塩結晶であることを示している。よって、この2元系の炭酸塩の場合には、450℃以上で焼成する必要がある。
【0026】
また、3元系の炭酸塩の場合は、炭酸カルシウムが炭酸バリウムや炭酸ストロンチウムと同じ斜方晶系以外にも六方晶系という2種類の結晶構造を有するので、2元系よりも複雑な焼成過程をたどるが、同様の焼成温度を変えたときのX線回折パターンが図3(b)に示されるように、650℃程度までの熱処理では半値幅の広いパターンであるが、700℃で熱処理を行うとピークがAとBの2つに分離してそれより高い温度で熱処理することにより、完全に分離して半値幅の狭いパターンになる。なお、図3(b)では、700℃以上で異なる回折が現れているが、後述する図7のTG、DTAの測定結果が焼成前の結果と同等であることから確認できるように、熱分解して酸化物の回折が現れているのではない。
【0027】
この焼成温度の上限は、加熱により炭酸塩が熱分解してアルカリ土類金属の酸化物が多くなると、その酸化物と炭酸塩との間で共晶が形成されて融解するため、共晶化しない温度に止める必要がある。通常の雰囲気下では、一般的には、650℃程度から熱分解が起こりやすいが、二酸化炭素ガス雰囲気下で加熱処理を行うことにより、この熱分解を起こすことなく焼成することができる。前述の2元系の炭酸塩を二酸化炭素ガスの1atm.程度の雰囲気で焼成すると、1250℃を超えたあたりから炭酸塩の一部が酸化物へ熱分解し始める。そのため、それより低い温度で焼成することができる。なお、この炭酸塩の熱分解温度と共晶温度は、二酸化炭酸ガスの雰囲気圧に依存し、二酸化炭素ガス圧が低いと、焼成温度を低くする必要がある。この共晶化を避けながら、焼成温度が高いほど諸特性が向上するが、その点については、後述する。
【0028】
つぎに、図1の(c)で示されるように、上述の炭酸塩をボールミルで粉砕して粉末にする。この炭酸塩は、0.1μm以上100μm以下の粒径(針状の場合は長さ)、さらに好ましくは1〜10μmの粒径の粉末に粉砕することが望ましい。この粉砕により、真空と接している界面(表面)が増える。これは、つぎの理由による。すなわち、熱分解後に酸化物になったときでも同様であり、イオン結合を有する酸化物結晶と真空との界面(表面)では静電ポテンシャルが真空側に無いことから、表面特有の電子状態が形成される。そして、結晶内部よりも伝導体のエネルギー準位が下がり、低仕事関数表面の形成に有利となる。これは、粒径が100μm以上では表面積が減り効果が小さく、むしろ従来よりも電子放出特性を低下させた。また、0.1μm以下では塗布密度が上がりすぎて熱分解工程で支障を来たす場合があるからである。
【0029】
以上の方法で作製したアルカリ土類金属炭酸塩粉末は、各種電子管用陰極の基体金属にバインダーと共に塗布され、真空にしてから熱分解することにより酸化物陰極になる。たとえば図2(a)に示されるように、直径50μm程度の不定形ニッケル粒1aの多孔性焼結体であるマトリックス型陰極構体1の空孔2に、前述の方法で生成した炭酸塩粉末3を、ニトロセルロースを主成分としてこれを酢酸ブチル等の有機溶剤に溶かしたバインダーと共に、ローラあるいはスプレーにより充填する。これを前述のように、管内で熱分解する(式(1)参照)。管内真空度1.33×10-4Pa(10-6torr)以下、陰極温度約800℃で熱分解が終了し、アルカリ土類金属酸化物の固溶体が得られる。ただし、このままでは十分な熱電子放出は得られないので、十分な熱電子放出のために活性化と呼ばれる工程が必要である。この工程では、陰極温度を最高1050℃程度まで昇温することによって、または基体金属に微量含まれる還元剤(Al、Mg、Si等)によって、または陽極に電圧を印加して陽極電流を取ることによって、酸化物結晶表面に酸素欠陥(空孔)を生じさせ、これによってできた空孔準位から伝導帯に多くの電子を供給し、十分な熱電子放出を得ることができる。
【0030】
従来のアルカリ共沈法による炭酸塩粉末を塗布した場合、熱分解後の陰極表面の陰極材分布は、図2(c)に示されるように、熱分解した陰極材4が収縮して、30vol.%程度の体積収縮が生じて空隙部5が形成され、陰極材4の充填率が低下してしまったが、本発明の炭酸塩を用いると、体積収縮量は約5vol.%と小さいため、図2(b)に示されるように、殆ど空隙は生じず、充填率の低下を最小限に抑制することができる。
【0031】
つぎに、前述の焼成のための熱処理温度をある一定温度以上に高くすることにより諸特性が向上する点について、詳述する。なお、焼成時の熱処理条件は、全ての場合で、CO21atm.の雰囲気、3時間で、温度を種々変化させた。
【0032】
まず、陰極基体に塗布する際の炭酸塩の見かけ密度との関係について調べた結果、図4に示されるように、熱処理温度を高くするほど炭酸塩の見かけ密度が増加した。その結果、電子管にして熱分解をして酸化物陰極を形成する場合、たとえば600℃以上の高い温度で焼成した方がその塗布重量を増やすことができて、温度を上昇させても収縮が小さくなり好ましいことが分る。
【0033】
また、熱分解時の体積収縮量では、図5に示されるとおり、従来のアルカリ共沈法により作製された炭酸塩粉末を含め、加熱温度が400℃以下では約30%以上の体積収縮が生じるのに対して、本発明による焼成温度が450℃を超えた炭酸塩は約5%の体積収縮に留まり、体積収縮量を低減できる。これにより、陰極材と基体金属の接触部で生じやすい剥がれや浮きという不具合を低減でき、電子放出特性を安定させることができるという効果がある。
【0034】
さらに、図6に、2元系炭酸塩の場合における、窒素気流中で測定した示差熱(DTA)と熱重量(TG)の変化である熱分析結果が示されるように、従来の炭酸塩粉末(熱処理を施してない炭酸塩粉末)では炭酸塩の熱分解以外にも、約500℃あたりで重量減少(図6(a)のF参照)が確認できるが、この重量減少は二酸化炭素ガスでの加熱処理温度が高くなると無くなる。これが混入してしまった不純物の分解反応であれば、不純物除去の面でも、塗布量または充填量の増加の面でも有利である。なお、図6において、横軸が温度変化で、縦軸が熱重量(TG)の変化および示差熱(DTA)の変化で、(a)は熱処理をしない場合、(b)はCO21atm.雰囲気下で3時間の熱処理を400℃で行った場合、(c)は600℃で他は同じ条件で熱処理を行った場合、(d)1200℃で、他は同じ条件で熱処理をした場合をそれぞれ示している。なお、熱重量(TG)とは、一定の昇温速度のもとで、重量変化を測定したもので、示差熱(DTA)とは、一定の昇温速度のもとで、吸熱反応(構造変化、分解)、発熱反応(構造変化、燃焼)を測定したものである。図7に3元系炭酸塩の場合の示差熱(DTA)と熱重量(TG)の関係を同様に、(a)熱処理なし、(b)500℃、(c)700℃、(d)1000℃、(e)1200℃で、他は全て前述と同じ条件で行ったものである。3元系の場合も、同様に高い温度で熱処理をすることにより、熱重量(TG)の減少を防止することができることが分る。
【0035】
さらに、図8に同様に熱処理温度を変えて電子管にした場合の活性化前の飽和電流密度の変化を調べた結果が示されている。すなわち、陰極温度を750℃b、パルス幅0.5μsec、繰返し周波数50Hzの条件で、飽和電流密度を調べた結果、同様に450℃以上の温度でCO21atm.雰囲気下で熱処理をすることにより、飽和電流密度(A/cm2)特性がよくなり、加熱処理温度が高くなるにつれて、活性化工程前の特性が良いという傾向がある。これは、熱電子放出特性の活性時間の短縮という面で有利である。
【0036】
以上のことからも、2元系炭酸塩の場合、二酸化炭素ガス雰囲気での加熱処理温度は450℃以上で融解温度以下とすることが望ましい。450℃未満では、炭酸塩が焼成しないし、融解温度以上では、炭酸塩の一部が酸化物に分解して、これが大気中で水酸化物になり、陰極材として用いたときに熱電子放出特性の劣化を生じさせるからである。また、3元系の場合には、図3(b)から、二酸化炭素ガス雰囲気で、700℃以上の加熱処理を行うことが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明による酸化物陰極用炭酸塩の製造方法の一実施形態を示す工程図である。
【図2】陰極基体に炭酸塩粉末を塗りこむ状態の説明図および分解して酸化物陰極にしたときの陰極材の密着状態を従来の炭酸塩粉末の場合と対比して示した図である。
【図3】本発明の実施例で、アルカリ共沈法により作製された2元系および3元系の炭酸塩固溶体を、二酸化炭素ガスによって加熱焼成(室温から1200℃)したときのX線回折測定結果(20°≦2θ≦80°)を示す図である。
【図4】本発明の実施例で作製した2元系炭酸塩の見かけ密度と二酸化炭素ガス雰囲気での熱処理温度の関係を示す図である。
【図5】本発明に実施例で作成した2元系炭酸塩の熱分解、活性化工程後の体積収縮率と二酸化炭素ガス雰囲気での熱処理温度の関係を示す図である。
【図6】本発明の実施例で作製した2元系炭酸塩の窒素気流中での測定による熱分析(熱重量;TG、示差熱;DTA)の結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例で作製した3元系炭酸塩の窒素気流中での測定による熱分析(熱重量;TG、示差熱;DTA)の結果を示す図である。
【図8】本発明に実施例で作成した2元系炭酸塩で陰極材を作製したときの、活性化前の飽和電流密度(陰極温度750℃b)と二酸化炭素ガス雰囲気での熱処理温度の関係を示す図である。
【図9】従来のアルカリ共沈法による酸化物陰極用炭酸塩の製造工程を示す図である。
【図10】上段は、従来のアルカリ共沈法により作製された炭酸(バリウム・ストロンチウム)固溶体におけるX線回折の測定結果(20°≦2θ≦80°)を示す図で、下段は炭酸バリウムと炭酸ストロンチウムの混合物によるX線回折の測定結果(20°≦2θ≦80°)を示す図である。
【符号の説明】
【0038】
1 マトリックス型陰極構体
2 空孔
3 陰極用炭酸塩
4 陰極材
5 空隙部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
共沈法により複数のアルカリ土類金属を含む炭酸塩の固溶体を形成し、
該固溶体を二酸化炭素雰囲気で加熱焼成し、焼結性の炭酸塩結晶粒を含む炭酸塩を形成し、
該炭酸塩を粉砕して粉末化することを特徴とする酸化物陰極用炭酸塩の製造方法。
【請求項2】
共沈法により複数のアルカリ土類金属を含む炭酸塩の固溶体を形成し、
該固溶体を二酸化炭素雰囲気で加熱焼成し、焼結性の炭酸塩結晶粒を含む炭酸塩を形成し、
該炭酸塩を粉砕して炭酸塩粉末を形成し、
該炭酸塩粉末をバインダーに混ぜ合せ、陰極基体に塗布し、前記炭酸塩を酸化物に熱分解することを特徴とする酸化物陰極の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−286235(P2006−286235A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−101173(P2005−101173)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000191238)新日本無線株式会社 (569)
【Fターム(参考)】