説明

酸化蛋白質の定量方法及び酸化蛋白質定量用標識試薬、酸化蛋白質定量用標識試薬キット

【課題】 標識された酸化蛋白質に由来するピークを容易に且つ確実に特定可能とし、高感度且つ迅速な定量が可能な酸化蛋白質の定量方法を提供する。
【解決手段】 酸化変性を受けた酸化蛋白質を標識試薬によって標識し、質量分析により定量する。この時、標識試薬として、酸化蛋白質と反応する第1の標識試薬と、第1の標識試薬と同一の化学構造を有し構成原子の少なくとも一部が当該原子の同位体で置換された第2の標識試薬を用いる。また、第1の標識試薬で標識された酸化蛋白質と第2の標識試薬で標識された酸化蛋白質とを混合し、且つこれらの比率を変えて質量分析を行う。標識試薬としては、例えば2,4−ジニトロフェニルヒドラジン、及びフェニル基の炭素元素を安定同位体(13C)で置換した2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化変性を受けたカルボニル化蛋白質を高感度に定量することが可能な酸化蛋白質の定量方法に関し、さらには前記酸化蛋白質の定量の際に使用する酸化蛋白質定量用標識試薬及び酸化蛋白質定量用標識試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
蛋白質の酸化は、動脈硬化や慢性関節リウマチ、肺気腫、神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病等)、老化、急性膵炎、癌等の疾患に関わっているものと推測され、酸化変性を受けた蛋白質の高感度な定量が要求されてきている。例えば、コレステロールを運搬する役割を有する低比重リポ蛋白質(LDL)の酸化変性が動脈硬化の引き金になるという説があり、LDLの酸化を引き起こす活性種の解明が待たれるところであるが、前記活性種を解明するためにはLDLの酸化部位の解明、さらには生成物の側からの情報が必要である。
【0003】
蛋白質の定量技術としては、これまで分光分析等が主流であり、様々な定量方法が検討されている。例えば、2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)は、酸化変性を受けたカルボニル化蛋白質と安定なシッフ塩基を形成することから、その紫外波長光の吸収を測定することでカルボニル化蛋白質を定量するのに用いられてきた(例えば、非特許文献1を参照)。また、二次元電気泳動は、蛋白質を等電点、分子量の違いで展開する方法であり、クマシーブリリアントブルー色素等で染色した後、各スポット面積、色の濃さ等を数値化して定量する(例えば、非特許文献2を参照)。
【0004】
前述のようにDNPHは酸化ストレスによる蛋白質のカルボニル化を検出する試薬として用いられてきたが、検出方法が紫外波長光の吸収、あるいは抗DNP抗体を用いた抗体検出であったことから、長く酸化部位に対する議論はなされていなかった。さらに、検出方法が前記紫外波長光の分光分析であるため、検出感度にも限界があった。
【0005】
一方、二次元電気泳動は、直線性に問題を抱えており、例えばスポットの大きさが実際の量を反映しないケースが多い。また、イメージ解析も電気泳動ゲルの厚さを考慮した三次元的な評価方法であるため、非常に労力と時間を要するという問題を抱えている。
【0006】
このような状況から、質量分析を利用した蛋白質の新たな解析方法が提案されている(例えば、特許文献1や特許文献2等を参照)。例えば特許文献1には、分子量の異なる同位体試薬によってラベリングされた複数の検体を含む試料を準備するステップ、試料をクロマトグラフィーにより分離するステップ、分離された試料を多段解離計測が可能なタンデム型質量分析計により質量分析するステップ、質量分析結果を実時間で解析するステップ、及び少なくとも1つの検体の解析結果を他の検体の質量分析に実時間で利用するステップを含む質量分析方法が開示されている。特許文献1記載の発明では、検体としてタンパク質やタンパク質を分解したペプチド等が挙げられており、生体高分子を精度良く、且つ高いスループットで同定・定量することを可能としている。
【0007】
特許文献2記載の発明は、生体内で酸化傷害を受けたタンパク質の検出、定量及び酸化傷害部位の確定に用いられる酸化傷害タンパク質解析用タグ、及びこれを用いた酸化傷害タンパク質の解析方法に関するものである。特許文献2に開示される酸化傷害タンパク質の解析方法では、前記解析用タグ及び同位体標識した解析用タグを試料と混合し、混合物を解析用タグの親和性ペプチドタグと結合する金属原子を保持する担体と接触させ、この担体から酸化傷害タンパク質と解析用タグとの複合体を回収し、質量分析により分子量の相違によるタブレットピークを検出している。酸化傷害タンパク質解析用タグは、親和性ペプチド、リンカー及び反応基を有する少なくとも1つの残基からなり、少なくとも3個の(X−His)単位を有し、且つXは任意のアミノ酸またはアミノ酸誘導体である。
【非特許文献1】Methods Enzymol., 186: 464-478(1990)
【非特許文献2】J. Biol. Chem. 250: 4007-4021 (1975)
【特許文献1】特開2005−345332号公報
【特許文献2】特開2005−315688号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前記特許文献1記載の発明や特許文献2記載の発明は、いずれも同位体試薬でラベリングすることにより、質量分析で発現するピークのペア(ダブレットスペクトル)を利用して解析対象とするタンパク質の特定を行うというものであり、単に標識試薬でラベリングした場合に比べて特定が容易で且つ確実になるという利点を有する。
【0009】
しかしながら、蛋白質の質量分析においては、様々なピークが発現し、同位体試薬でラベリングしただけではピークのペアのいずれもが他のピークと重なる可能性を否定できず、必ずしも容易且つ確実に特定できるとは限らない。
【0010】
また、特許文献1記載の発明について言えば、酸化変性を受けたカルボニル化蛋白質の解析には言及しておらず、例えばラベリングする同位体試薬についての具体的記載も見られない。一方、特許文献2記載の発明では、解析用タグにリンカー等が必要であり、解析用タグの合成が煩雑であるばかりでなく、フラグメントイオンの増加の要因となって分析精度が低下するおそれもある。また、特許文献2記載の発明では、解析用タグの親和性ペプチドタグと結合する金属原子を保持する担体と接触させる必要がある等、操作も煩雑である。
【0011】
本発明は、このような従来技術の課題に鑑みて提案されたものであり、質量分析において標識された酸化蛋白質に由来するピークを容易に且つ確実に特定することが可能であり、高感度且つ迅速な定量が可能な酸化蛋白質の定量方法を提供することを目的とする。また、本発明は、合成が容易で、且つ酸化蛋白質(カルボニル化蛋白質)の特定の部位に特異的に結合してこれを標識し得る酸化蛋白質定量用標識試薬及び酸化蛋白質定量用標識試薬キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の酸化蛋白質の定量方法は、酸化変性を受けた酸化蛋白質を標識試薬によって標識し、質量分析により定量する酸化蛋白質の定量方法であって、前記標識試薬として、前記酸化蛋白質と反応する第1の標識試薬と、前記第1の標識試薬と同一の化学構造を有し構成原子の少なくとも一部が当該原子の同位体で置換された第2の標識試薬を用い、前記第1の標識試薬で標識された酸化蛋白質と第2の標識試薬で標識された酸化蛋白質とを混合し、且つこれらの比率を変えて前記質量分析を行うことを特徴とする。
【0013】
第1の標識試薬で標識した酸化蛋白質と第2の標識試薬で標識した酸化蛋白質を混合して質量分析すると、第1の標識試薬と第2の標識試薬の質量差に対応した質量差を有するピーク対がスペクトルに表れる。ただし、これだけでは前記対ピークが他のピークと重なる可能性もあり、確実に判別することは難しい。そこで本発明では、第1の標識試薬で標識した酸化蛋白質と第2の標識試薬で標識した酸化蛋白質の比率を変えて前記質量分析を行う。例えば第1の標識試薬で標識した酸化蛋白質の比率を第2の標識試薬で標識した酸化蛋白質の比率よりも大として質量分析を行った場合と、第1の標識試薬で標識した酸化蛋白質の比率を第2の標識試薬で標識した酸化蛋白質の比率よりも小として質量分析を行った場合では、前記対ピークにおけるピーク高さの関係が逆転する。この対ピークの高さの逆転から標識された酸化蛋白質に由来するピークを特定し定量する。
【0014】
一方、本発明の酸化蛋白質定量用標識試薬は、フェニル基の6個の炭素原子が炭素同位体で置換された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含むことを特徴とする。また、本発明の酸化蛋白質定量用標識試薬キットは、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含む第1の標記試薬と、フェニル基の6個の炭素原子が炭素同位体で置換された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含む第2の標識試薬とを備えたことを特徴とする。
【0015】
2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)は、酸化ストレス等により酸化変性を受けた酸化蛋白質(カルボニル化蛋白質)と安定なシッフ塩基を形成し、カルボニル化蛋白質と結合してこれを標識する。この2,4−ジニトロフェニルヒドラジンのフェニル基の炭素を炭素同位体(13C)で置換すると、分子量だけが6異なる2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(13−DNPH)となり、これによりカルボニル化蛋白質を標識した場合、例えばクロマトグラフィにおいてDNPHで標識した場合と同一ピークとして分離される。そこで、前記DNPHと13C−DNPHでカルボニル化蛋白質を標識し、クロマトグラフィで分離して質量分析すると、質量差6を持つピーク対がスペクトルに表れる。本発明の蛋白質定量用標識試薬(13−DNPH)は、リンカー等が必要ないことから合成が容易であり、分析精度を低下することもない。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、酸化蛋白質(カルボニル化蛋白質)を高感度且つ迅速に定量することが可能であり、例えば蛋白質の酸化と疾患との因果関係を解析する上で有用な情報が提供可能になるものと期待される。また、本発明によれば、時間や労力を要することなく酸化蛋白質の定量を行うことが可能であり、熟練を要することなく再現性良く酸化蛋白質の定量を行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を適用した酸化蛋白質の定量方法、及び酸化蛋白質定量用標識試薬、酸化蛋白質定量用標識試薬キットについて、詳細に説明する。
【0018】
本発明の酸化蛋白質の定量方法においては、酸化変性を受けた酸化蛋白質(例えばカルボニル化蛋白質)を標識試薬で標識し、質量分析を実施する。蛋白質は、酸化ストレス等により酸化変性を受け、アミノ酸の一部が酸化されて様々な酸化生成物が生成する。表1にアミノ酸の主な酸化生成物とそれによる質量変化を示す。
【0019】
【表1】

【0020】
前記蛋白質が酸化変性を受けると、表1に示す通り、アミノ酸の酸化生成物に応じて質量が変化する。例えばアミノ酸がカルボニル化された場合、質量変化は+14である。したがって、質量分析すると、図1に示すように、対象となる蛋白質に由来するピークAに対して、酸化蛋白質(カルボニルタンパク質)に由来するピークBが+14の位置に出現する。
【0021】
前記酸化蛋白質は、表1に示す通り酸化により各種官能基(例えばカルボニル基)が形成され、これと反応する標識試薬を作用させれば、標識試薬が結合して標識化蛋白質が形成される。この標識化蛋白質と標識されていない酸化蛋白質の質量差(分子質量差)Mは、前記標識試薬の分子質量から反応により失われる分子の分子質量を差し引いたものであり、図1に示すように、前記酸化蛋白質に由来するピークBに対して、標識化蛋白質に由来するピークCが+Mの位置に出現する。
【0022】
ここで、本発明においては、標識試薬として、酸化蛋白質と反応する第1の標識試薬と、前記第1の標識試薬と同一の化学構造を有し構成原子の少なくとも一部が当該原子の同位体で置換された第2の標識試薬とを用いて標識を行う。前記第2の標識試薬は、前記の第1の標識試薬と同一の化学構造を有し構成原子の少なくとも一部が当該原子の同位体で置換されたものであり、したがって置換された同位体の分だけ第1の標識試薬と分子質量が異なる。例えば、第2の標識試薬のフェニル基の6個の炭素原子が安定同位体である13Cに置換されているとすると、第1の標識試薬と第2の標識試薬の質量差は6となる。そして、前記第1の標識試薬と第2の標識試薬を用いて酸化蛋白質を標識すると、第1の標識試薬で標識された第1標識化蛋白質と、第2の標識試薬で標識された第2標識化蛋白質とが生成し、質量分析チャートには、第1標識化蛋白質に由来するピークCと、前記第2の標識化蛋白質に由来しピークCに由来するピークDとが出現する。これらピークCとピークDの質量差は6である。
【0023】
前述のように、第1の標識試薬と第2の標識試薬を用いることで、ピーク対(ピークCとピークD)が出現し、これらピーク対を確認することで酸化蛋白質に由来するピークを確認することができる。しかしながら、蛋白質の質量分析においては非常に多数のピークが出現することが多く、前記ピーク対がこれらピークの中に埋もれて正しく判別できない場合がある。
【0024】
そこで本発明においては、第1の標識試薬と第2の標識試薬の比率を変えて前記標識を行い、それぞれの場合について質量分析を行うことで、前記ピーク対を確実に確認できるようにする。具体的には、先ず、第1の標識試薬の比率を小、第2の標識試薬の比率を大として標識を行い、質量分析を行う。すると、図2(a)に示すように、第1の標識試薬で標識された第1標識化蛋白質に由来するピークCよりも第2の標識試薬で標識された第2標識化蛋白質に由来するピークDの方が高さ(ピーク強度)が高くなる。次に、先ず、第1の標識試薬の比率を大、第2の標識試薬の比率を小として標識を行い、質量分析を行う。すると、図2(b)に示すように、第1の標識試薬で標識された第1標識化蛋白質に由来するピークCよりも第2の標識試薬で標識された第2標識化蛋白質に由来するピークDの方が高さ(ピーク強度)が低くなる。
【0025】
したがって、前記2回の標識及び質量分析を行えば、高さが反転したピーク対を酸化蛋白質に由来するピークと特定することができる。前記ピーク高さの反転が認められれば、多数のピークが存在しても確実に対象となるピーク対を判別することが可能である。なお、前記第1の標識試薬と第2の標識試薬の比率を変えて前記標識を行う方法としては、例えば酸化蛋白質を第1の標識試薬、第2の標識試薬でそれぞれ標識した後、これら標識された酸化蛋白質を比率を変えて混合すればよい。また、ここでは2回の標識及び質量分析を行う場合について説明したが、第1の標識試薬と第2の標識試薬の比率を変えた標識及び質量分析を3回以上行うことも可能である。
【0026】
前記質量分析は、標識された分析試料(標識化蛋白質)に対して何らの前処理を施さずに行うことも可能である。蛋白質の分子量が非常に大きい場合、例えば酵素消化を行って、ある程度分子量の小さな成分に分解してから行うことができる。前記分解によって複数成分についてピーク対が観察されることもあり、より明確にピーク対が確認できる場合もある。
【0027】
また、前記質量分析においては、酸化蛋白質由来のピークについて、タンデム質量分析(MS/MS測定)を行い、酸化蛋白質の酸化部位を解析することも可能である。MS/MS測定においては、イオン源で生成した全イオンを第1の質量分析計で分離し、対象となるピークのみを選択的にフラグメント化して第2の質量分析計で分析する。ペプチドのMS/MS測定では、アミノ酸配列の解析が可能である。
【0028】
次に、前述の酸化蛋白質の定量方法に用いる標識試薬について説明する。前述の通り、本発明の酸化蛋白質の定量方法においては、酸化蛋白質を標識する標識試薬が必要である。ここで、標識試薬は、酸化蛋白質の酸化部位と反応する必要があり、表1に示すアミノ酸の酸化生成物に応じて選定する必要がある。本発明では、主に酸化変性を受けてカルボニル化されたカルボニル化蛋白質を測定対象としており、標識試薬として化1に示す2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)を用いる。
【0029】
【化1】

【0030】
前記DNPHは、図3(a)に示すように、酸化蛋白質(カルボニル化蛋白質)のカルボニル基と反応し、安定なシッフ塩基を形成してDNPH化蛋白質を生成する。このDNPH化蛋白質とカルボニル化蛋白質の質量数差は、DNPHの質量数(198)−HOの質量数(18)=180であり、DNPH化蛋白質とカルボニル化される前の蛋白質との質量数差は194である。前記DNPHを第1の標識試薬として用いるとともに、DNPHのフェニル基の6個の炭素原子を安定同位体(13C)で置き換えた2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(13C−DNPH)を第2の標識試薬として用いる。
【0031】
前記13C−DNPHは、図3(b)に示すように、DNPHと同様、カルボニル化蛋白質のカルボニル基と反応し、13C−DNPH化蛋白質を生成する。13C−DNPHはDNPHよりも質量数が6大きく、13C−DNPH化蛋白質とDNPH化蛋白質の質量数差は6である。したがって、前記DNPHにより標識したカルボニル化蛋白質と13C−DNPHにより標識したカルボニル化蛋白質とを混合して質量分析することにより、質量数差6のピーク対が観察される。なお、カルボニル化された蛋白質を前記質量分析により同定する際、トリプシン等の蛋白質分解酵素で分断し、小さなペプチドにしてから測定する方法が一般的である。
【0032】
前記13C−DNPHは、本発明者らによって初めて合成されたものであり、6個の炭素原子が安定同位体(13C)で置換されたベンゼンを出発物質とし、常法にしたがって合成することができる。図4に13C−DNPHの合成スキームを示す。13C−DNPHを合成するには、ベンゼンを臭素化してブロモベンゼンとし、これにニトロ基を導入して2,4−ジニトロブロモベンゼンとする。合成された2,4−ジニトロブロモベンゼンにヒドラジンハイドレートを作用させ、2,4−ジニトロフェニルヒドラジンとする。出発物質に6個の炭素原子が安定同位体(13C)で置換されたベンゼンを使用することで、フェニル基の6個の炭素原子が安定同位体(13C)で置換された2,4−ジニトロフェニルヒドラジン(13C−DNPH)を合成することができる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を適用した具体的な実施例について、実験結果に基づいて説明する。
【0034】
13−DNPHの合成
6個の炭素が安定同位体(13C)で置換されたベンゼン(13)0.441g(5.65mモル)にFe1mg及びBr0.137ml(5.29mモル)を加え、55℃で15分間撹拌した。これを室温まで冷却した後、10%水酸化ナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルで抽出した。水洗後、蒸留してブロモベンゼンを得た。
【0035】
次に、硫酸(HSO)7.5mlと硝酸(HNO)5.0mlを混合し、撹拌しながら85℃まで加熱した後、先に合成したブロモベンゼンを加えた。さらに、85℃で撹拌を続けた後、室温まで冷却した。冷却後、氷冷してジエチルエーテルを用いて抽出した。水洗した後、減圧濃縮(エバポレート)し、薄層クロマトグラフィーにより展開して目的の化合物の分離条件を決定した。これをシリカゲルカラムを通して精製し、得られた生成物をH−NMRで解析したところ、ジニトロブロモベンゼンの生成が確認された。ジニトロブロモベンゼンの収量は316.3mg(1.25mモル)であり、ベンゼン(13)からの全収率は22.1%であった。
【0036】
続いて、前記ジニトロブロモベンゼンにエタノール4.0mlを加え、65℃で撹拌しながらヒドラジンハイドレート(hydrazine hydrate)0.40ml(14.4mモル)及びエタノール1.50mlを加えた。65℃で撹拌を続けた後、室温まで冷却し、濾過した。これを冷却したエタノールで洗浄し、減圧乾燥して13−DNPHを得た。得られた13−DNPHの収量は201.0mg(0.99mモル)であり、本工程における収率は78.8%であった。また、原料であるベンゼン(13)からの全収率は17.4%であった。
【0037】
酸化ミオグロビンの標識及び質量分析
12C−DNPHによる標識)
0.1mM蛋白質(ミオグロビン)100nL(10nモル)に100mMPBS(pH7.4)及びNaOCl(1/100に希釈)2nLを加え、−85℃で30分間反応させた。これにより蛋白質を酸化(カルボニル化)した。
【0038】
次に、前記反応物をアセトンにより沈殿させ、下記の試薬を順次加え、暗室下、室温で30分間反応させた。これにより前記カルボニル化されたミオグロビンを12C−DNPH化た。
10mMTris−HCl(pH8.0):50μL
10%SDS:5μL
10mM12C−DNPH/2N−HCl:50μL
【0039】
13C−DNPHによる標識)
0.1mM蛋白質(ミオグロビン)30nL(3nモル)に100mMPBS(pH7.4)及びNaOCl(1/100に希釈)2nLを加え、−85℃で30分間反応させた。これにより蛋白質を酸化(カルボニル化)した。
【0040】
次に、前記反応物をアセトンにより沈殿させ、下記の試薬を順次加え、暗室下、室温で30分間反応させた。これにより前記カルボニル化されたミオグロビンを13C−DNPH化た。
10mMTris−HCl(pH8.0):50μL
10%SDS:5μL
10mM13C−DNPH/2N−HCl:50μL
【0041】
12C−DNPH化蛋白質と13C−DNPH化蛋白質の混合及び質量分析)
合成された12C−DNPH化蛋白質と13C−DNPH化蛋白質を混合(12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=100:30)し、アセトンにより沈殿させた後、6M尿素/25mM炭酸水素アンモニウム50μL及び200mMDTT2μLを加え、37℃で1時間反応させた。次いで、25mM炭酸水素アンモニウム450μLとトリプシンを加え、37℃で一昼夜の間、酵素消化を行った。10μL〜20μLまで減圧濃縮した後、ZipTipC18(10μLで溶出)を用いて0.5μLを質量分析に供した。マトリクス溶媒にはCHCA/50%アセトニトリルを用いた。また、質量分析は、MALDI−TOF/MS(マトリクス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析計)を用いて行った。
【0042】
(質量分析結果)
図5は、MALDI−TOF/MSによる質量分析チャートである。図5には、質量786.461のピークと質量792.475のピーク、及び質量808.439のピークと質量814.489のピークの2組のピーク対が質量数差6のピーク対として観察された。また、いずれのピーク対においても、12C−DNPH化蛋白質に由来するピーク(質量786.461のピーク及び質量808.439のピーク)の方がピーク強度が大である。
【0043】
そこで次に、12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=30:100(モル比)となるように調整し、他は同様にして12C−DNPHによる標識、13C−DNPHによる標識、12C−DNPH化蛋白質と13C−DNPH化蛋白質の混合及び質量分析を行った。図6に、この場合の質量分析チャートを示す。
【0044】
この場合にも、質量786.461のピークと質量792.475のピーク、及び質量808.439のピークと質量814.489のピークの2組のピーク対が質量数差6のピーク対として観察された。ただし、いずれのピーク対においても、12C−DNPH化蛋白質に由来するピーク(質量786.461のピーク及び質量808.439のピーク)の方がピーク強度が小である。
【0045】
これらの事実から、前記2組のピーク対が酸化変性を受けたミオグロビンに由来するものと決定することができた。また、これらのピークについてMS/MS測定を行うことにより、ミオグロビンの酸化部位を解析することができた。
【0046】
酸化リゾチームの標識及び質量分析
ミオグロビンと同様にして酸化を行い、12C−DNPHによる標識及び13C−DNPHによる標識を行った。さらにこれらを混合し、質量分析を行った。酸化方法、標識方法、混合、及び質量分析については、ミオグロビンの場合に準じて行った。
【0047】
図7は12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=100:30である場合の質量分析チャート、図8は12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=30:100(モル比)である場合の質量分析チャートである。質量785.436のピークと質量791.455のピーク、質量807.43のピークと質量813.433のピーク、及び質量829.4のピークと質量835.421のピークの3組のピーク対が質量数差6のピーク対として観察された。また、これらピーク対は、図7に示す質量分析チャートと図8に示す質量分析チャートでピーク強度が反転しており、酸化リゾチームに由来するものと確認された。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】標識により発現するピーク対を示す図である。
【図2】ピーク対のピーク強度の反転の様子を示す図である。
【図3】(a)は12C−DNPH化を示す模式図であり、(b)は13C−DNPH化を示す模式図である。
【図4】13C−DNPHの合成スキームの一例を示す図である。
【図5】12C−DNPH化及び13C−DNPH化した酸化ミオグロビンを酵素消化した試料の質量分析チャートであり、12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=100:30(モル比)である場合の質量分析チャートである。
【図6】12C−DNPH化及び13C−DNPH化した酸化ミオグロビンを酵素消化した試料の質量分析チャートであり、12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=30:100(モル比)である場合の質量分析チャートである。
【図7】12C−DNPH化及び13C−DNPH化した酸化リゾチームを酵素消化した試料の質量分析チャートであり、12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=100:30(モル比)である場合の質量分析チャートである。
【図8】12C−DNPH化及び13C−DNPH化した酸化リゾチームを酵素消化した試料の質量分析チャートであり、12C−DNPH化蛋白質:13C−DNPH化蛋白質=30:100(モル比)である場合の質量分析チャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化変性を受けた酸化蛋白質を標識試薬によって標識し、質量分析により定量する酸化蛋白質の定量方法であって、
前記標識試薬として、前記酸化蛋白質と反応する第1の標識試薬と、前記第1の標識試薬と同一の化学構造を有し構成原子の少なくとも一部が当該原子の同位体で置換された第2の標識試薬を用い、
前記第1の標識試薬で標識された酸化蛋白質と第2の標識試薬で標識された酸化蛋白質とを混合し、且つこれらの比率を変えて前記質量分析を行うことを特徴とする酸化蛋白質の定量方法。
【請求項2】
前記第2の標識試薬は、炭素原子の一部が炭素同位体で置換されていることを特徴とする請求項1記載の酸化蛋白質の定量方法。
【請求項3】
前記第2の標識試薬は、6個の炭素原子が炭素同位体で置換されたベンゼン環を含み、第1の標識試薬と第2の標識試薬の質量差が6であることを特徴とする請求項2記載の酸化蛋白質の定量方法。
【請求項4】
前記酸化蛋白質がカルボニル化蛋白質であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の酸化蛋白質の定量方法。
【請求項5】
前記第1の標識試薬が2,4−ジニトロフェニルヒドラジンであり、第2の標識試薬がフェニル基の6個の炭素原子が炭素同位体で置換された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンであることを特徴とする請求項4記載の酸化蛋白質の定量方法。
【請求項6】
分析試料を酵素消化した後、前記質量分析を行うことを特徴とする請求項1から5のいずれか1項記載の酸化蛋白質の定量方法。
【請求項7】
タンデム質量分析により前記酸化蛋白質の酸化部位を解析することを特徴とする請求項1から5のいずれか1項記載の酸化蛋白質の定量方法。
【請求項8】
フェニル基の6個の炭素原子が炭素同位体で置換された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含む酸化蛋白質定量用標識試薬。
【請求項9】
2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含む第1の標記試薬と、フェニル基の6個の炭素原子が炭素同位体で置換された2,4−ジニトロフェニルヒドラジンを含む第2の標識試薬とを備えた酸化蛋白質定量用標識試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−255934(P2007−255934A)
【公開日】平成19年10月4日(2007.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−77526(P2006−77526)
【出願日】平成18年3月20日(2006.3.20)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】