説明

酸化還元タンパク質固定化ナノ構造電極

【課題】酸化還元タンパク質が電極と効率よく電子授受でき、かつ、その基質分子と適切に相互作用できる状態で電極界面上に固定化された、酸化還元タンパク質固定化電極を提供する。
【解決手段】本発明は、導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備える酸化還元タンパク質固定化電極、ならびに、当該電極を備えるバイオセンサ、バイオリアクタ、およびバイオ燃料電池に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導電性の微細突起が多数分布して形成されるナノ凹凸界面に酸化還元タンパク質が固定化された電極に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内には多くの酸化還元タンパク質が存在し電子の伝達や電子移動を介した様々な反応を触媒して生命活動に関与している。例えばシトクロムP450は、細菌から植物、哺乳動物に至るほとんど全ての生物に存在する酸化還元酵素であり、異物(薬物)の代謝、ステロイド、脂質やビタミン等の生合成などの機能を有している。ヒトは薬物代謝に関わる多数のP450分子種を有し、市販薬物の約95%がP450酵素による代謝を受けると考えられている。そのため、多くの薬物および薬物候補化合物がどのP450分子種によりどのくらい代謝されるかを計測することは、薬物投与設計および医薬品開発過程において必要不可欠となってきている。
【0003】
酸化還元タンパク質は、電子授受により機能を発現するため、電子を供給あるいは受容する相手(レドックスパートナー)が必要となる。例えば、シトクロムP450が基質を代謝するためには、P450の活性中心であるヘム鉄イオンに電子が供給されて酵素が還元型になる必要があり、生体内ではP450還元酵素等を介してNADPHから電子が供給されている。現在のP450アッセイ法では、NADPH、P450還元酵素およびNADPH再生のための酵素を電子供給システムとして用いているため、P450試料を含めたこれらのコストが問題となっている。また活性は薬物の減少量あるいは代謝物の生成量により算出されるため、クロマトグラフィー(HPLC)で分離分析する手法が用いられ、試料の前処理や分析に時間を要するなど問題点が多い。そこでより安価で迅速な計測法の開発が強く望まれていた。
【0004】
電気化学法は、電位を制御することにより電極を電子供与体(還元剤)あるいは電子受容体(酸化剤)として作用させ、電極表面近傍の分子と電子授受(分子の酸化あるいは還元)を行わせて、反応物質量を電流として計測する方法である。電極を電子供給源あるいは受容源として酸化還元タンパク質-電極間の直接電子授受を行わせることができれば、還元剤や酸化剤を系に投入することなく、電気的駆動により酸化還元タンパク質の活性や機能を低コストで迅速に計測できる。また、従来法よりも少ない試料量での分析も可能となる。しかしながら、酸化還元タンパク質の活性中心(電子授受を行う部位)はポリペプチド鎖に囲まれているため、電極界面とのコミュニケーション(活性中心-電極間の適切な電子の通り道)がとりにくい等の問題により、電極との間で直接電子授受を行うのは一般的には困難である。そこでこれまでに多くの工夫がなされいくつかの酸化還元タンパク質について電極との直接電子授受が報告されているが、一般性のある手法はない。膜結合性タンパク質であるヒトP450に関しては、これまでに酵素固定化膜等を用いて同酵素を電極上に固定化する手法が数例報告されている。特許文献1及び非特許文献1には、電極表面を正電荷を有する高分子膜で被覆し、その後負電荷を持たせたタンパク質分子を固定化し、再び正電荷の高分子膜で被覆するというステップを繰り返した layer-by-layer法によりタンパク質を固定化すると、電極-タンパク質間の電子授受を観測できる例が報告されている。非特許文献2には、電極と酵素を結ぶバインダー分子を用いて共有結合により同酵素を電極上に固定化する方法が報告されている。いずれの報告においても、電極との直接電子授受がサイクリックボルタンメトリー測定により明瞭に観測されるものの、電子授受速度が遅い、基質の酵素への親和性が減少する等の問題を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】US 2005/0208542 A1
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Joseph, S.; Rusling, J. F.; Lvov, Y. M.; Friedberg, T.; Fuhr, U. Biochem. Pharmacol. 2003, 65, 1817-1826.
【非特許文献2】Fantuzzi, A.; Fairhead, Michael.; Gilardi, G. J. Am. chem. Soc. 2004, 126, 5040-5041.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、酸化還元タンパク質が電極と効率よく電子授受できる状態及び酸化還元タンパク質がその基質分子と適切に相互作用できる状態で固定化された酸化還元タンパク質固定化電極を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、導電性の微細突起が多数分布して形成される凹凸界面を有する電極の凹凸界面上に酸化還元タンパク質を固定化すると、酸化還元タンパク質-電極間の迅速な電子授受を観測でき、かつ、バルク中の基質が、固定された酸化還元タンパク質の活性中心に適切にアクセス・結合できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち本発明は以下の発明を包含する。
(1) 導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備え、該微細突起を、該凹凸界面に垂直な方向から、該凹凸界面に平行な仮想平面に投影したときの形状を内包する最小円の直径を1としたとき、該微細突起の高さが0.07〜1.00である、酸化還元タンパク質固定化電極。
(2) 前記直径が2〜200nmである、(1)の酸化還元タンパク質固定化電極。
【0009】
(3) 前記凹凸界面を有する電極が
スパッタリング法により作製された、凹凸界面を有する薄膜を備えた電極、或いは、
陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材から、該被膜を除去して得られる、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面を鋳型として作製された、凹凸界面を有する薄膜を備えた電極である、
(1)または(2)の酸化還元タンパク質固定化電極。
(4) スパッタリング法により作製された、導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する薄膜を備えた電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備える酸化還元タンパク質固定化電極。
【0010】
(5) 前記凹凸界面を有する電極が、導電性物質をターゲット物質とし、スパッタガスとしてアルゴンガスを用い、圧力が0.01〜1 Torr、ターゲット印加電圧が0.3〜1.5 kV、イオン電流が2〜20 mA、処理時間が2〜30分間の条件によるスパッタリング法により形成された薄膜を備える電極である、(4)に記載の酸化還元タンパク質固定化電極。
【0011】
(6) 陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材から、該被膜を除去して得られる、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面を鋳型として作製された、該凹凸面の反転形状である、導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する薄膜を備えた電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備える酸化還元タンパク質固定化電極。
(7) 前記酸化還元タンパク質がシトクロムP450である、(1)〜(6)のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極。
(8) 前記酸化還元タンパク質が、前記凹凸界面上に直接接触し固定化されている、(1)〜(7)のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極。
【0012】
(9) 前記酸化還元タンパク質が、疎水性領域を有する酸化還元タンパク質であり、
前記凹凸界面の表面に疎水性薄膜が形成されており、前記疎水性領域を有する酸化還元タンパク質が該薄膜の表面に接触し固定されている、(1)〜(7)のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極。
【0013】
(10) (1)〜(9)のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極を備えるバイオセンサ。
(11) (1)〜(9)のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極を備えるバイオリアクタ。
(12) (1)〜(9)のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極を備えるバイオ燃料電池。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、酸化還元タンパク質の活性や機能を電気(化学)的に計測あるいは利用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の酸化還元タンパク質固定化電極における凹凸界面及び固定化された酸化還元タンパク質の模式図である。
【図2】金微粒子が集積化したナノ凹凸を有する電極界面(a)と、比較のための平滑な電極界面(b)。aはスパッタ蒸着金電極、bはaの電極を加熱処理して凹凸をよりなだらかにしたもの。
【図3】ヒトシトクロムP450固定化電極の脱酸素緩衝溶液中での電気化学応答(サイクリックボルタグラム)を示した図である。0.1M リン酸緩衝溶液中(pH7.4)で、20 V/sの掃引速度で測定。(a) 金微粒子が集積化したナノ凹凸を有する電極界面(図2a)を用いた場合。(b) より平滑な電極界面(図2b)を用いた場合。
【図4】ヒトシトクロムP450ミクロソーム(大腸菌由来)固定化電極の適度な酸素を含む緩衝溶液中での基質薬物(テストステロン)および阻害剤(ケトコナゾール)添加時の電気化学応答(サイクリックボルタグラム)を示した図である。0.1M リン酸緩衝溶液中(pH7.4)で、0.1 V/sの掃引速度で測定。(a)基質および阻害剤非存在下。(b) 30 μM テストステロン。(c)130 μM テストステロン。(d) 500 μM ケトコナゾール。(e) 500 μM ケトコナゾール + 30 μM テストステロン。(f) 500 μM ケトコナゾール + 130 μM テストステロン。
【図5】本発明のバイオセンサの一実施形態の模式図である。
【図6】本発明のバイオリアクタの一実施形態の模式図である。
【図7】本発明のバイオ燃料電池の構成の模式図である。
【図8】微細突起を凹凸界面に平行な仮想平面に投影して得られる形状について説明する図である。
【図9】陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材から、該被膜を除去して得られる、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面を鋳型として作製された、ナノ凹凸を有する電極界面の観察像の一例を示す。
【図10a】アルミニウム基材の表面に形成された細孔を有する陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜の断面の模式図である。
【図10b】アルミニウム基材鋳型の断面の模式図である。
【図11a】アルミニウム基材の鋳型に金を充填し、金メッキ及びニッケルメッキにて補強した様子の断面の模式図である。
【図11b】アルミニウム基材の鋳型を溶解除去した微細な凹凸界面を持つ電極の断面の模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
1. 電極
本発明においてその界面に導電性微細突起が形成される電極の材料は、一般的に電気化学計測で使用できる導電性を有する材料であれば特に限定されない。例えば金、銀、銅、白金等の金属、炭素や、酸化インジウム、酸化チタン等の半導体等導電性を有する単体が例示できる。
【0017】
電極の形状は、下記凹凸面を形成することができる電極界面を備える形状であれば特に限定されないが、典型的には、板状、シート状、薄膜状、棒状などの形状が挙げられる。
【0018】
スパッタリング法等により形成される導電性薄膜は、それ自体が本発明の特徴を有する凹凸界面を有する電極として使用できる。
【0019】
2. 凹凸界面
前記電極の電極界面上には、導電性の微細突起が多数分布してなる凹凸界面が形成される。微細突起を構成する材料としては導電性材料であれば特に限定されず、例えば金、銀、銅、白金等の金属材料、炭素材料、酸化インジウム、酸化チタン (TiO2) 等の半導体材料等が挙げられる。
【0020】
導電性の微細突起は、典型的には、該凹凸界面に垂直な方向から、該凹凸界面に平行な仮想平面に投影したときの形状(以下「投影像」という場合がある)を内包する最小円の直径を1としたとき、該微細突起の高さが0.07〜1.00、好ましくは0.08〜0.50、より好ましくは0.10〜0.25である。前記直径は、典型的には、2〜200nm、好ましくは15〜200nmである。前記直径を「微細突起の直径」と称する場合がある。
【0021】
上記の形状を有する微細突起は傾斜面の傾斜角度が比較的大きいため、複数の微細突起間に形成される谷部分が、酸化還元タンパク質を電極との直接電子授受に好ましい状態で保持するのに適した形状となると考えられる。
【0022】
微細突起がこの形状を有していることは、原子間力顕微鏡 (AFM) を用いて、例えば以下の条件:Force reference: -0.977 nm, I gain: 0.3691, P gain: 0.1074, 大気中環境下、測定装置:Seiko Instruments Inc. SPA300において、凹凸界面を観察し測定することにより確認することができる。1試料につき少なくとも10個の微細突起について観察して、上記最小円の直径を測定し、その平均値を当該試料の上記最小円の直径として扱うことが好ましい。
【0023】
なお、1つの微細突起は、通常、頂点および該頂点から下り方向に傾斜した下り傾斜面により形成される。この場合の「微細突起を、凹凸界面に垂直な方向から、凹凸界面に平行な仮想平面に投影したときの形状」を図8に基づき説明する。図8は、凹凸界面の横断面に相当し、微細突起81、82、83の外縁はそれぞれ下り傾斜面の下端部(破線部)に対応する。そして、微細突起81、82、83について、凹凸界面(巨視的には平面と見なせる)に垂直な方向(矢印方向)から、凹凸界面に平行な仮想平面80に投影することにより、投影像84、85、86を得ることができる。該投影像を内包する仮想平面上の最小円(直径が最小の円)の直径を微細突起の直径として扱う。
【0024】
微細突起の高さは直径に対して上記の比となる高さであれば特に限定されない。微細突起の「高さ」とは、上記と同様に原子間力顕微鏡 (AFM) を用いて測定した場合に観察される、ある突起の頂点の高さ位置と、該突起の下り傾斜面の最低地点(即ち、下り傾斜面の外縁のうち、前記頂点との高さ位置の差が最大となる地点)の高さ位置との差を指す。ここで「高さ位置」とは、凹凸界面(巨視的には平面と見なせる)に垂直な方向に関する位置を指す。1試料につき少なくとも10個の微細突起の高さの測定を行い、その平均値を微細突起の高さとして扱うことが好ましい。
【0025】
微細突起は、好ましくは、前記最低地点の高さ位置から頂点の高さ位置に至る途中の50%の高さ位置(最低地点の高さ位置を0%、頂点の高さ位置を100%とする。以下、同じ)から上側すなわち頂点側の部分、より好ましくは、前記最低地点の高さ位置から頂点の高さ位置に至る途中の30%の高さ位置から上側の部分が、上凸状に反った曲面により形成されていることが好ましい。最も好ましくは、図9の実施形態に見られるように、微細突起の前記最低地点の高さ位置から頂点の高さ位置に至る途中の約5%以下の高さ位置から上側の部分が、上凸状に反った曲面により形成されている。このような形状を有する微細突起が複数分布して形成される凹凸界面では、複数の微細突起間の谷部の開放側近傍の側壁間の距離が短くなり、酸化還元タンパク質が電極との直接電子授受に一層好ましい状態で保持されやすくなる。
【0026】
凹凸界面を構成する個々の微細突起の外表面は平滑な表面であることが好ましい。表面が平滑である微細突起間には、酸化還元タンパク質が電極との直接電子授受に一層好ましい状態で保持されやすくなると考えられる。表面が平滑な微細突起からなる微細突起は、電着等の化学的な方法によって形成することは困難である場合があり、後述するスパッタリング法、鋳型法、真空蒸着法、酸化還元サイクル処理法などの物理的な方法により形成することが好ましい。
【0027】
多数の微細突起は凹凸界面において密に分布していること、具体的には、微細突起の下り傾斜面の外縁が相互に接するように分布していることが好ましい。微細突起の下り傾斜面の外縁が相互に接する場合、隣接する複数の微細突起の間に平坦面が存在しない。上記の所定の寸法を有する多数の微細突起が密に分布していることにより、複数の微細突起間に形成される谷部の幅が狭くなり、酸化還元タンパク質が隣接する複数の微細突起の壁面の間に一層保持されやすくなるからである。例えば、凹凸界面の表面積(凹凸界面を平滑な界面とみなしたときの表面積)あたり5×109〜1×1013個/cm2の密度で分布していることが好ましい。
【0028】
凹凸界面の形成法としては、本発明で規定する形状を有する微細突起からなる凹凸界面を形成する方法及び条件であれば特に限定されないが、スパッタリング法、および、陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材から、該被膜を除去して得られる、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面を鋳型として凹凸界面を形成する方法(以下「鋳型法」と呼ぶことがある)が好ましい。これらの方法のための条件は、本発明で規定する形状を有する微細突起からなる凹凸界面が形成されるように適宜設定することができる。
【0029】
スパッタリング法(「スパッタ法」とも呼ばれる)は金属等のターゲット物質にアルゴンなどの不活性ガスイオンを加速して高速で衝突させ、ターゲットを構成する原子や分子を叩き出して目的基材上に付着させて薄膜を形成させる手法である。スパッタリング法ではターゲット物質が微粒子として目的基材上に付着することが知られている。また物理蒸着法の中ではランニングコストが低く、半導体デバイスの金属薄膜作成等に広く利用されている。ターゲット物質として導電性材料を使用することにより、目的基材上にターゲット物質の微粒子を集積させ、導電性物質の微細突起が多数分布した薄膜を形成させる。ターゲット物質の具体例としては、金、銀、銅、白金等の金属材料、炭素材料、酸化インジウム、酸化チタン (TiO2) 等の半導体材料等が挙げられる。目的基材として上記の電極を使用し、該電極の表面に凹凸界面を有する薄膜を形成することができる。或いは、目的基材としてガラス基板等の任意の基材を用いスパッタリングを行うことにより、前記基材上に、上記の微細突起からなる凹凸界面を有する薄膜を形成し、該薄膜自体を電極として用いることができる。スパッタリング法により膜厚10〜100nmの薄膜を形成することが好ましい。
【0030】
スパッタリング法により本発明で規定する形状を有する凹凸界面を有する薄膜を形成する条件としては、以下の条件が特に好ましい。スパッタリング時の雰囲気となる導入ガスとしてはアルゴンガス(99.99%以上)が好ましい。圧力としては、0.01〜1 Torrが好ましい。ターゲット印加電圧は0.3〜1.5 kVが好ましい。イオン電流は2〜20 mAが好ましい。処理時間は2〜30分間が好ましい。投入電力としては、電力密度換算で0.1〜10 W/cm2が好ましい。ここで、電力密度とは(投入電力)/(ターゲット面積)とする。基板温度としては室温程度(例えば15〜30℃)が好ましい。スパッタ方式としては、直流スパッタ法、高周波スパッタ法、マグネトロンスパッタ法が使用できる。
【0031】
導電性材料をターゲット物質とするスパッタリング法(特に上記の条件下でのスパッタリング法)により形成される薄膜表面には、導電性の微細突起が多数分布した凹凸界面が形成される。
【0032】
鋳型法に用いられる、陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材は通常の方法により製造することができる。例えば、シュウ酸(0.3M)、クロム酸(0.3M)、リン酸(0.4M)、硫酸(1.5M)を電解質として、電解質種によって10Vから200Vの定電圧を印加し陽極酸化を行うと、アルミニウム基材の表面に酸化アルミ膜が形成され、該酸化アルミ膜には印加時間にほぼ比例した深さの細孔が形成される。該細孔の直径は印加電圧にほぼ比例し、適切な電解質の種類、濃度、温度、印加電圧を選ぶと、細孔の底部はハニカム状に規則正しく配列し、より長時間、陽極酸化を行うと、より規則性の高い配列を得ることができる。
【0033】
本願発明では、形成された陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜を除去してアルミニウム地金の表面を露出させて鋳型として用いる。皮膜はエッチングにより除去することができる。アルミニウム地金の表面には、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面が形成されている。複数の微細窪みは上述の複数の微細突起の反転形状である。特に好ましくは、各微細窪みは、開口が直径5〜200nmの略真円状であり、深さが5〜50nmであり、隣接する微細窪みの外縁同士は密に接している。この鋳型法によれば、非常に規則正しい形状を有する凹凸界面を形成することができるため、所望の電子授受効率を有する酸化還元タンパク質固定化電極を効率的に製造することができる。
【0034】
アルミニウム地金の該凹凸面を鋳型として、鋳型の反転形状の凹凸界面を備える薄膜を作製する。例えば、アルミニウム地金の該凹凸面にスパッタリング法により導電性薄膜を形成し、該薄膜を剥離することにより、凹凸界面を備えた薄膜が形成される。スパッタリング法の条件および導電性材料の種類は上述の通りである。また、金材料を鋳型に充填する方法は、スパッタリング法の他にも、真空蒸着法、無電解メッキ法、パルス状の電圧を繰り返し印加する電解メッキ法を採用することができる。得られた薄膜はそれ自体を電極として使用することもできるし、他の電極基材と組み合わせて電極として用いることもできる。
【0035】
本発明で規定する形状を有する微細突起からなる凹凸界面を形成する凹凸界面の他の形成法としては、スパッタリング法および鋳型法のほかに、真空蒸着法により導電性材料の薄膜を形成する方法が挙げられる。真空蒸着法はスパッタリング法と同様に乾式の薄膜形成法の一種である。真空蒸着法は、真空中で金属等の物質を加熱して蒸発あるいは昇華させ、その上記を目的基板上に凝縮させて薄膜を形成する方法である。真空蒸着法により形成される薄膜としては、スパッタリング法について述べたのと同様に、金、銀、銅、白金等の金属材料、炭素材料、酸化インジウム、酸化チタン (TiO2) 等の半導体材料等が挙げられる。真空蒸着法で形成される薄膜の表面には、スパッタリング法で得られた薄膜と同様に、本明細書で詳述する特徴を有する微細な凹凸が形成されるため、酸化還元タンパク質を固定化することができる。薄膜を形成する目的基材としては、それ自体が電極として機能するものを使用することができる。或いは、目的基材としてガラス基板等の任意の基材を用いて真空蒸着法を行うことにより、前記基材上に、上記の微細突起からなる凹凸界面を備えた薄膜状の電極を形成することができる。本発明で規定する形状を有する凹凸界面を有する薄膜状電極を形成するための真空蒸着法の条件としては、例えば、圧力は1×10-5〜1×10-6 torr程度、基板温度は室温程度(例えば15〜30℃)、蒸着速度は 0.1 nm/sec程度(例えば0.05〜0.2 nm/sec)の条件での処理により、基板表面に本発明の特徴を有する凹凸界面が形成される。
【0036】
また、凹凸界面の更に別の形成法としては、金属からなる電極基材に酸化還元サイクル処理を施す方法が挙げられる。酸化還元サイクル処理とは酸化→還元→酸化を繰り返し行う処理であり、この処理により金属電極の表面に、上述の形状を有する微細突起を含む凹凸界面を形成することができる。
【0037】
3. 酸化還元タンパク質の固定化法
上記凹凸界面へ酸化還元タンパク質を固定化する方法としては、酸化還元タンパク質を直接電極上へ物理的に吸着固定する方法、電極表面を酵素と相互作用可能な分子(コーティング剤)でコーティングして酸化還元タンパク質を固定化する方法等が挙げられる。後者では、コーティング剤が電極と酸化還元タンパク質をつなぐバインダとなりその種類を選択することで共有結合、配位結合、静電相互作用、疏水作用、水素結合等の作用で酵素を固定化できる。コーティング剤としては、ピリジンチオールのような小有機分子からポリイオンのような高分子までを用いることができる。
【0038】
特に、電子伝達を効率的に行うためには、酸化還元タンパク質を直接電極の凹凸界面上へ物理的に吸着固定する方法か、後述する疎水性薄膜(単分子膜)を電極の凹凸界面状に直接形成し、該疎水性薄膜表面上に酸化還元タンパク質を直接固定する方法が好ましい。このようにして、担体などの他の成分を介さずに、酸化還元タンパク質が直接に、又は疎水性薄膜のみを介して電極に固定化されることにより、電子授受の効率が高まる。この効果は、本発明で規定する形状を有する複数の微細突起からなる凹凸界面上で顕著に奏される。疎水性薄膜を介して固定化する方法は、酸化還元タンパク質が疎水性領域を有する酸化還元タンパク質である場合に特に好ましい。疎水性領域を有する酸化還元タンパク質と疎水性薄膜は疎水相互作用により疎水性薄膜に良好に固定化されるからである。疎水性領域を有する酸化還元タンパク質としては、シトクロムP450等の膜結合型のタンパク質が例示できる。
【0039】
上記の通り、疎水性領域を有する酸化還元タンパク質を固定化する場合には、コーティング剤として疎水性薄膜を用いることが好ましい。疎水性薄膜とは、水に溶けにくい分子又は水に溶けない分子を主成分として電極界面上に配列させた薄膜である。疎水性薄膜の表面上の水の接触角(測定温度25℃)は60°以上であることが好ましい。薄膜の疎水性が維持される限り、水に溶けにくい分子又は水に溶けない分子に加えて、水溶性の分子が薄膜の構成成分として含まれていても良い。
【0040】
疎水性薄膜を構成する分子は、電極と容易に反応する官能基を持つことが好ましい。電極として金、銀、銅、白金等の金属電極を用いる場合はチオレート等の、電極を構成する金属と金属-硫黄結合を形成する官能基を有する分子を用いることが好ましい。このような分子は、当該分子の溶液を金属電極と接触させるだけで容易に当該分子の単分子薄膜を金属電極表面上に直接構築することができる。
【0041】
疎水性薄膜は、電子導電性を有する分子を含むことが好ましく、電子導電性を有する分子からなることが更に好ましい。電子導電性を有する分子としては、π結合等の電子の通り道に成りうる結合を有する分子が挙げられ、特に芳香族環を有する分子が好ましい。芳香族環としてはベンゼン環、ナフタレン環、アントラセン環、テトラセン環、ペンタセン環、アズレン環、フェナントレン環、クリセン環、トリフェニレン環、テトラフェン環、ピレン環、ピセン環、ペンタフェン環、ペリレン環、ヘリセン環、コロネン環、チオフェンが挙げられるがこれらには限定されない。
【0042】
疎水性薄膜を構成する分子として特に好ましいものは一般式(1)、(2-1)又は(2-2):
【化1】

(式中、a、b、c、d及びeは、独立に、水素原子、アルキル基、ハロゲン原子及びヘテロ原子含有有機基からなる群から選択される。)
【0043】
【化2】

(f、g、h、i、j、k及びlは、独立に、水素原子、アルキル基、ハロゲン原子及びヘテロ原子含有有機基からなる群から選択される。)
で表される分子である。上記一般式(1)、(2-1)又は(2-2)で表される分子は、基−Sを介して電極界面に結合されることができる。一般式(1)、(2-1)又は(2-2)中の「アルキル基」とは、好ましくは炭素数1〜8、より好ましくは炭素数1〜6の直鎖状又は分岐鎖状の低級アルキル基である。一般式(1)、(2-1)又は(2-2)中の「ハロゲン原子」とは塩素、フッ素、臭素又はヨウ素を指す。一般式(1)、(2-1)又は(2-2)中の「ヘテロ原子含有有機基」とは、好ましくは、ヘテロ原子として窒素、酸素、硫黄を含む、総原子数が2〜5個である有機基であり、より好ましくは水酸基、アミド基、チオール基である。疎水性薄膜を構成する分子として最も好ましいものは、一般式(1)、(2-1)又は(2-2)において置換基が全て水素原子である、ベンゼンチオール(チオフェノール)、2-ナフタレンチオール又は1-ナフタレンチオールから誘導されたチオレートである。
【0044】
チオレートの薄膜を電極上に形成する方法としては、チオール化合物(R-SH)(Rは有機基)を電極界面に接触させてチオレート(R-S-)を誘導する方法や、ジスルフィド化合物(R-S-S-R’)(R及びR’は同一または異なる有機基)を電極界面に接触させてチオレート(R-S-およびR’-S-)を誘導する方法が挙げられる。チオレートは基‐S-を介して電極界面に結合されることができる。
【0045】
疎水性薄膜は薄いほど好ましい。酸化還元タンパク質が電極と電子授受を行うためには、酸化還元タンパク質の活性中心と電極表面の距離が近いほど有利であり、電子移動速度の常用対数は距離に比例して遅くなるからである。このような薄膜としては上述の分子により形成される単分子膜が挙げられる。薄膜は、3〜50Åの厚さであることが好ましい。
【0046】
4. 酸化還元タンパク質
「酸化還元タンパク質」とは、活性中心として酸化還元(電子授受)応答を示す部位を有するタンパク質を指す。このような部位としては鉄等の金属イオン、フラビン等の有機分子が挙げられる。
【0047】
酸化還元タンパク質としては、触媒機能を有する酵素、電子伝達機能を有するタンパク質、分子結合・運搬機能を有するタンパク質等が挙げられる。触媒機能を有する酵素の代表例がシトクロムP450である。このほかに使用できる酸化還元タンパク質としては、グルコース脱水素酵素などの脱水素酵素、硝酸還元酵素などの還元酵素、アルデヒド酸化酵素などの酸化酵素などが挙げられる。
【0048】
5. 構造
本発明の酸化還元タンパク質固定化電極は、図1に模式的に示すように、複数の微細突起11の間の窪みに酸化還元タンパク質13が固定されることにより、タンパク質13と電極界面との接触面積が増大し、タンパク質-電極間の距離が短くなり、効果的な電子移動経路が生じ、電子授受が容易となると考えられる。本発明においてはタンパク質13を保持するためのマトリクスも不要であるため、タンパク質13の活性部位14への基質のアクセスも容易であると考えられる。
【0049】
6. バイオセンサ
本発明の酸化還元タンパク質固定化電極は、バイオセンサにおける対象物質検出部位として用いることができる。この場合、酸化還元タンパク質による基質の酸化還元反応の進行により発生した電流または電圧を検出することで、基質の存在の有無またはその濃度、あるいは、酸化還元タンパク質による基質の処理速度を測定することができる。酸化還元タンパク質固定化電極における酸化還元反応による電気的信号を検出する手段は特に限定されない。バイオセンサの一実施形態を図5に示す。図5の実施形態では、本発明の酸化還元タンパク質固定化電極を作用電極51として用い、対極52および参照電極53を組み合わせて使用し、作用電極51、対極52および参照電極53を測定対象試料54に接触させる。作用電極51、対極52および参照電極53はポテンショスタット55に接続され、作用電極51に参照電極53を基準とした電位が印加され、酸化還元タンパク質56による酸化還元反応が、作用電極51と対極52との間の電流値として検知される。
【0050】
7. バイオリアクタ
本発明の酸化還元タンパク質固定化電極は、バイオリアクタにおける反応部位として用いることができる。酸化還元タンパク質固定化電極に電位を印加する手段は特に限定されない。図6に一実施形態を模式的に示す。本発明の酸化還元タンパク質固定化電極61と、対極62と、参照電極63とを反応基質を含有する反応液64中に配置し、酸化還元タンパク質固定化電極61と参照電極63間に電位差を印加して、酸化還元タンパク質66による反応基質の酸化還元反応を生じさせる。酸化還元タンパク質66の活性中心を還元することにより該タンパク質による反応を駆動する場合、酸化還元タンパク質固定化電極61に酸化還元タンパク質66の酸化還元電位よりも負な電位を印加し、酸化還元タンパク質66の活性中心へ電子を供与する。酸化還元タンパク質66の活性中心を酸化することにより該タンパク質による反応を駆動する場合、酸化還元タンパク質固定化電極61に酸化還元タンパク質66の酸化還元電位よりも正な電位を印加し、酸化還元タンパク質66の活性中心の電子を電極61に受容させる。例えば、酸化還元タンパク質としてシトクロムP450を用いる場合、シトクロムP450固定化電極に、標準水素参照電極に対して-0.3V程度の電圧を印加することで、酵素触媒反応(酸素添加反応)を進行させることができる。本発明のバイオリアクタによれば、還元剤又は酸化剤を投入する必要が無いため、反応液からの目的物質の精製が簡易となる。なお、図6では3電極式のバイオリアクタの実施形態を示すが、反応系によっては、2電極式のバイオリアクタとすることもできる。
【0051】
8. バイオ燃料電池
本発明の酸化還元タンパク質固定化電極は、バイオ燃料電池における燃料極(負極)および/または酸素極(正極)として用いることができる。本発明のバイオ燃料電池の構成の一例を図7に模式的に示す。図7に示すように、燃料極71はグルコース等の基質(燃料)を酸化し、電子を受け取る。このときプロトンが生じる。電子は燃料極71から負荷を含む外部回路72を経由して酸素極73に達することにより、電流が生じる。燃料極71で生じたプロトンは、プロトン伝導性の電解質74を通り酸素極73まで移動する。酸素極73では、電子と、プロトンと、空気中の酸素とが反応して水が生成される。本発明の酸化還元タンパク質固定化電極を燃料極71として用いる場合、固定化される酸化還元タンパク質としては、グルコース等の燃料を酸化することができる酸化酵素(例えばグルコース酸化酵素、グルコース脱水素酵素、フルクトース脱水素酵素、メタノール酸化酵素)を用いる。本発明の酸化還元タンパク質固定化電極を酸素極73として用いる場合、固定化される酸化還元タンパク質としては、酸素を還元することができる還元酵素(例えばラッカーゼ、ビリルビンオキシダーゼ、シトクロムc酸化酵素)を用いる。燃料極71および酸素極73の一方としては、燃料電池の電極触媒として一般に用いられる白金、白金合金触媒等が担持された電極を用いることもできる。燃料及び酸素をそれぞれ燃料極及び酸素極に供給する手段や、燃料極及び酸素極と電解質とを接触させる手段は特に限定されない。電解質の形態は特に限定されず、液状であっても固体状(例えば高分子電解質膜)であってもよい。
【実施例】
【0052】
酸化還元タンパク質として、ヒトシトクロムP450を用いた例を以下に示す。
(1) 20nmの金微粒子が高密度で集積したナノ凹凸界面を有する電極の作製
清浄なガラス基板上に、バインダとしてチタン薄膜をスパッタリング法により形成した。次いで、チタン薄膜上に金薄膜をスパッタリング法により形成した。スパッタリングは、直流スパッタリング方式によりターゲット印加電圧:0.6kV, イオン電流:11mA,不活性ガスイオン:アルゴンイオン(99.99%以上)、圧力0.7 Torr、基板温度24℃の条件下で15分間行った。形成されたチタンおよび金薄膜の膜厚はいずれも50nm程度となった。作製した金薄膜界面のAFM(原子間力顕微鏡)観察を行ったところ、直径が約20nmであり、高さが1〜5nm程度(10個の微細突起を観察した場合の上限と下限)、即ち、直径を1としたとき高さが約0.05〜0.25 (平均値:0.09) である、金微粒子が集積化したナノサイズの微細突起からなる凹凸が観測された(図2a)。
【0053】
この界面を300℃で1時間ほど加熱すると、より平滑な界面が得られた(図2b)。図2bの試料では、凹凸界面の微細突起の直径は約170nm、直径を1としたとき高さが約0.005〜0.070 (10個の微細突起を観察した場合の上限と下限, 平均値:0.021) である。これらの界面をアセトン超音波、ピランハ溶液(濃硫酸と30%過酸化水素溶液を5:2で混合)およびオゾン洗浄により清浄にして電極とした。
【0054】
また、(あ)ターゲット印加電圧:1.2 kV, 時間:5分間とした以外は図2aの電極を作製した場合と同じ条件にて電極を作製した。更に(い)ターゲット印加電圧:0.6 kV, 時間:30分間とした以外は図2aの電極を作製した場合と同じ条件にて電極を作製した。
【0055】
(2) 電極界面上への酵素分子の固定化
上記(1)で作製した電極を、1 mMのナフタレンチオールのエタノール溶液に1時間程度浸漬して、ナフタレンチオレートの単分子膜を各電極界面上に形成させた。その後、エタノール、水で洗浄し、単離精製したヒトシトクロムP450(CYP3A4)酵素を電極界面上に垂らして室温で10分程度静置し固定化を行った。酵素の固定化は高感度反射赤外分光法により確認した。ヒトシトクロムP450は膜結合型の酵素であり、電極界面上に構築した疎水性のナフタレンチオレート膜と疎水的な作用により固定化されたと考えられる。
【0056】
(3) 酸化還元タンパク質固定化電極の電気化学測定
上記(2)で作製した、ヒトシトクロムP450固定化電極の電気化学計測をサイクリックボルタンメトリー法により行った。
(a) 基質非存在下での応答
脱酸素した緩衝溶液中で測定したシトクロムP450固定化電極の電気化学応答を図3に示した。図3aはナノ凹凸を有する電極界面上(図2a)に固定化したP450の電極応答であり、-0.2 V vs. SHE付近に酸化(正の電流)および還元(負の電流)ピークを示した。これはP450のヘム鉄イオンの酸化還元応答に帰属され、電極-P450間に電子移動が起こっていることが示された。一方、平滑な電極界面(図2b)にP450を固定化した場合、図3bにように酸化還元に由来するピーク応答は観測されなかった。このことから、直径1に対して高さが0.07よりも大きい微細突起からなる凹凸界面がP450-電極間の直接電子授受に重要であることが明らかとなった。
【0057】
(b)基質存在下での応答
基質薬物(テストステロン)および適度な酸素を含む緩衝溶液中で測定したシトクロムP450-3A4(大腸菌由来ミクロソーム)固定化電極の電気化学応答を図4に示した。
【0058】
試験条件は以下の通りである:
0.1M リン酸緩衝溶液中(pH7.4)で、0.1 V/sの掃引速度で測定。
(a) 基質および阻害剤非存在下。
(b) 30 μM テストステロン。
(c) 130 μM テストステロン。
(d) 500 μM ケトコナゾール。
(e) 500 μM ケトコナゾール + 30 μM テストステロン。
(f) 500 μM ケトコナゾール + 130 μM テストステロン。
【0059】
図4a→b→cとテストステロンの濃度が増えるにつれ(0→30→130μM)、還元電流が増大していることがわかる。この触媒還元電流は、電極からシトクロムP450へ電子が渡り、活性化されたP450が基質薬物を代謝して休止状態へ戻ったところへ再び電極から電子を受け取り活性化されるというサイクル反応が起こっていることを示している。また、シトクロムP450に特異な阻害剤(ここではケトコナゾール)を添加すると、図4d,e,fに示されるように基質薬物添加による触媒還元電流は観測されなかった。このことから、電極を電子源(還元剤)としたシトクロムP450による薬物代謝反応が進行していることが示された。テストステロン濃度と得られた電流値の関係から、簡易的に見積もったKm値が63μMとなり、既存の方法(NADPHを還元剤としてHPLCで分析)で得られている値71μMと良く一致し、基質薬物と電極上に固定化したシトクロムP450酵素とのコンタクトが良好であることも示された。また得られた電流値は反応速度を示しており、測定対象薬物に対するP450の代謝能力の指標になると考えられる。
【0060】
図3aおよび図4は、上記(1)においてターゲット印加電圧:0.6kV, イオン電流:11mA,不活性ガスイオン:アルゴンイオン(99.99%以上)、圧力0.7 Torr、基板温度24℃、時間:15分の条件下で作製した図2aの電極を用いた場合の応答であるが、上記(1)の(あ)および(い)の条件で作製した電極を用いても同様な応答が得られた。
【0061】
(4) 直径約130nmの微細突起が高密度で集積したナノ凹凸界面を有する電極の作製
特定の条件において作製される陽極酸化ポーラスアルミナ(PA)は、規則的に整列した直径10nm前後から数100nmの細孔を有しており、このPAに鋳造技術を適用して微細な突起を有する金材質の電極を作製した。
(a)鋳型の作製
アルミニウム基材(0.5mm厚, 99.999%)を、陽極酸化(電解質:シュウ酸0.3M、電解質温度:16℃、電圧:40V、時間:60min)し、アルミニウム基材100の表面に、ハニカム状に並んだ縦型の細孔101(直径約100nm、深さ50μm)が形成された、陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜102を有するPA基板を作製した(図10a)。アルミニウム基材100の、陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜102と接する界面には、複数の微細窪み103 (直径約130nm、深さ約30nm)が形成される。次にPA基板をクロム酸(1.8wt%)と過塩素酸(6wt%)の水溶液(60℃)に浸漬し、陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜102を溶解除去することにより、直径約130nm、深さ約30nmの微細窪み103が複数並んだアルミニウム基材100を作製した(図10b)。こうして得られたアルミニウム基材100を鋳型として使用した。
【0062】
(b)鋳物の作製
スパッタリング装置(JEOL製JFC1100、Ar雰囲気中、600V、11mA)を用いて上記アルミニウム基材の鋳型100の表面に、平均80nm厚の金蒸着薄膜110を蒸着し、加熱処理(200℃、60min)を行い、次に電解メッキ法(エヌ・イー ケムキャット株式会社製金メッキ液:ECF-88K、印加電流:3mA/cm2)を適用して厚さ400nmの金メッキ薄膜111を追加し、引き続き電解メッキ法(普通ニッケルメッキ浴(硫酸ニッケル7水塩:15g、塩化アンモニウム:1.5g、ホウ酸:1.5g、水:100mL)、印加電圧:1.5V)を適用して厚さ30μmのニッケルメッキ薄膜112を形成した(図11a)。更に、水酸化ナトリウム溶液(30wt%)に浸漬してアルミニウム基材の鋳型100を溶解除去し、ニッケル材によって補強された金電極113を作製した(図11b)。金電極113の電極界面には、鋳型100の複数の微細窪み103の反転形状である複数の微細突起114からなる凹凸界面が形成された。電極表面のAFM像(図9)によると、微細突起の直径は約130nm、直径を1としたとき高さは約0.07〜0.50 (10個の微細突起を観察した場合の上限と下限, 平均値:0.23) である。
【0063】
(c)酵素の固定化と電気化学測定
上記(2)の方法でヒトシトクロムP450試料の固定化を行い、電気化学測定を行ったところ、上記(3)と同様な結果が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明の電極は、タンパク質の電気化学的分析ツール、酵素の基質特異性触媒反応を利用するバイオセンサ、酵素の物質変換能力を利用するバイオリアクタなどの分野において利用することができる。具体的には、例えば酸化還元タンパク質としてシトクロムP450を用いた場合、医薬品開発現場におけるシトクロムP450による薬物および薬物候補化合物の代謝スクリーニング、薬物-薬物および薬物-食品相互作用分析などに用いることができる。従来法に比べて低コストで迅速な分析が期待される。また、シトクロムP450は様々な反応を触媒し、有用な医薬品(化学合成が困難な医薬品)を生産する分子種も知られていることから、有用物質を生産するためのバイオリアクタとしても非常に有効であると考えられる。電極を還元剤とするため、還元系の試薬を投入する必要がなく精製プロセスが容易な物質生産システムが構築できると期待される。酸化還元タンパク質として、糖類を酸化する酵素や酸素を還元する酵素を用いた場合、これらの基質を燃料としたバイオ燃料電池の構築も期待される。
【符号の説明】
【0065】
10・・・酸化還元タンパク質固定化
11・・・微細突起
12・・・電極
13・・・酸化還元タンパク質(酵素)
14・・・活性部位
50・・・バイオセンサ
51・・・酸化還元タンパク質固定化電極(作用電極)
52・・・対極
53・・・参照電極
54・・・測定対象試料
55・・・ポテンショスタット
56・・・酸化還元タンパク質
57, 58, 59・・・リード
60・・・バイオリアクタ
61・・・酸化還元タンパク質固定化電極(作用電極)
62・・・対極
63・・・参照電極
64・・・反応液
65・・・ポテンショスタット
66・・・酸化還元タンパク質
67, 68, 69・・・リード
70・・・バイオ燃料電池
71・・・燃料極
72・・・外部回路
73・・・酸素極
74・・・電解質
80・・・凹凸界面に平行な仮想平面
81, 82, 83・・・微細突起
84, 85, 86・・・投影像
100・・・アルミニウム基材(鋳型)
101・・・細孔
102・・・陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜
103・・・微細窪み
110・・・金蒸着薄膜
111・・・金メッキ薄膜
112・・・ニッケルメッキ薄膜
113・・・ニッケル材によって補強された金電極
114・・・微細突起

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備え、該微細突起を、該凹凸界面に垂直な方向から、該凹凸界面に平行な仮想平面に投影したときの形状を内包する最小円の直径を1としたとき、該微細突起の高さが0.07〜1.00である、酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項2】
前記直径が2〜200nmである、請求項1の酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項3】
前記凹凸界面を有する電極が
スパッタリング法により作製された、凹凸界面を有する薄膜を備えた電極、或いは、
陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材から、該被膜を除去して得られる、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面を鋳型として作製された、凹凸界面を有する薄膜を備えた電極である、
請求項1または2の酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項4】
スパッタリング法により作製された、導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する薄膜を備えた電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備える酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項5】
前記凹凸界面を有する電極が、導電性物質をターゲット物質とし、スパッタガスとしてアルゴンガスを用い、圧力が0.01〜1 Torr、ターゲット印加電圧が0.3〜1.5 kV、イオン電流が2〜20 mA、処理時間が2〜30分間の条件によるスパッタリング法により形成された薄膜を備える電極である、請求項4に記載の酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項6】
陽極酸化ポーラスアルミナ皮膜が表面に形成されたアルミニウム基材から、該被膜を除去して得られる、微細窪みが複数分布して形成される凹凸面を鋳型として作製された、該凹凸面の反転形状である、導電性の微細突起が複数分布して形成される凹凸界面を有する薄膜を備えた電極と、該凹凸界面に固定された酸化還元タンパク質とを備える酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項7】
前記酸化還元タンパク質がシトクロムP450である、請求項1〜6のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項8】
前記酸化還元タンパク質が、前記凹凸界面上に直接接触し固定化されている、請求項1〜7のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項9】
前記酸化還元タンパク質が、疎水性領域を有する酸化還元タンパク質であり、
前記凹凸界面の表面に疎水性薄膜が形成されており、前記疎水性領域を有する酸化還元タンパク質が該薄膜の表面に接触し固定されている、請求項1〜7のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極を備えるバイオセンサ。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極を備えるバイオリアクタ。
【請求項12】
請求項1〜9のいずれかの酸化還元タンパク質固定化電極を備えるバイオ燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10a】
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【図10b】
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【図11a】
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【図11b】
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【公開番号】特開2011−69727(P2011−69727A)
【公開日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−221129(P2009−221129)
【出願日】平成21年9月25日(2009.9.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 電気通信回線にて発表 電気通信回線掲載日:2009年4月29日 掲載アドレス:http://pubs.acs.org 発行者:American Chemical Society 刊行物名:Journal of the American Chemical Society 巻数・号数:2009,131(19)掲載頁:6646−6647
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】