説明

酸化還元酵素と光合成反応中心との連結体による光駆動物質生産法

【課題】光合成反応中心を利用した光駆動酵素反応による物質生産の効率改善方法を提供すること。
【解決手段】
酸化還元酵素と光合成反応中心蛋白質複合体とを連結させることで、光合成反応によって生じた還元力及び/または酸化力を効率よく酸化還元酵素へと伝達させて高効率の光駆動酵素反応を実現する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光合成を利用した光駆動の物質生産方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、化石燃料に依存した近代社会が様々な環境問題に直面するに至り、環境適合型社会に対する気運が高まっている。しかし、環境適合型社会への転換には、温室効果ガスや環境汚染物質を排出しないクリーンで効率的且つ天然資源を浪費することのない物質生産法が不可欠であるが、その開発は十分に進んでいない。
【0003】
低環境負荷と低コスト化が見込まれる有効な物質生産方法として、光合成能を有する微生物または植物(光合成生物)を培養し、太陽光をエネルギー源として光合成生物内で酵素的に様々な物質を生産する方法を挙げることができる。光合成生物は水などの電子供与体及び二酸化炭素などの電子受容体及び太陽光にて増殖可能であることから、光合成生物による物質生産は高価な装置を必要とせず、また資源を消費しないという利点を有する。さらに産物は目的物質のほかに酸素や炭水化物などの生体物質のみで環境を汚染せず、温室効果ガスも発生しない。特に、光合成生物内で太陽光を化学エネルギーへと変換する光合成反応中心は、100%近い量子収率で光電荷分離反応を起こすことから高い光変換効率によって物質生産を行える可能性を有し、また約−500mVという低い還元電位や約+800mVという高い酸化電位を生み出すことから、幅広い酸化還元反応による物質生産を行うことが可能である。
【0004】
しかし実際に光合成生物を利用して物質生産を試みた場合、目的物質の生産効率は低いことが多く、また培養環境によって大きく変化するという問題が報告されている。たとえば、シアノバクテリアまたは藻類の水素発生能を利用して水素を生産するという試みは、太陽光に対する水素発生の光変換効率が低いことや、特殊な培養環境でのみ水素が発生するという問題点を有しており、実用的技術に至っていない。
【0005】
現在、生物を利用した物質生産において生産効率を改善するための手法として、目的とする酵素反応を触媒する酵素をコードする遺伝子を生物内に導入するという遺伝子組み換えが広く行われている。導入された遺伝子は生物内で過剰に発現され、その結果目的の酵素反応が促進されることになる。実際に遺伝子組み換え作物に代表されるように多数の成功例が報告されている。しかし、シアノバクテリアを利用した水素生産のように、水素発生に直接関与する酵素、ヒドロゲナーゼをシアノバクテリア内で過剰発現させることによって水素発生効率を高めようとする試みが行われたにも関わらず、十分な成果を挙げることができないことが多い。その要因は、天然の酵素や細胞内の代謝機構が、必ずしも目的物質生産に適した性質を有していないことに起因している。
【0006】
光合成過程では、まず光合成反応中心蛋白質である光化学系IIにて光誘起電荷分離反応が起こり、生じた酸化力は水分子から電子を引き抜き、還元力はもう一つの光合成反応中心蛋白質である光化学系Iへと電子伝達される。光化学系Iでは光化学系IIから受け取った電子がさらに光励起され、その結果生じた還元力は通常フェレドキシンへと伝達され、その後細胞内の様々な酵素へと分配され、炭酸固定などに利用される。
【0007】
シアノバクテリアまたは藻類における水素発生は、光化学系Iによって生じた余剰還元力の一部がフェレドキシンへなどの電子キャリアを介してプロトン還元酵素であるヒドロゲナーゼまたはニトロゲナーゼへと伝達された場合に起こることが知られている。しかし、このヒドロゲナーゼまたはニトロゲナーゼへの還元力の伝達は、細胞内での優先順位が低いために、シアノバクテリアまたは藻類によって吸収された太陽光エネルギーのごくわずかが水素合成に利用されるにすぎない。このような生物内の代謝経路や電子伝達経路の優先順位は、蛋白質間の特異的な相互作用などに依存しているために、人為的に酵素の発現量を改変しても、必ずしも十分に目的物質の生産効率を改善することができない。
【0008】
従って生産効率を高めるためには、蛋白質分子レベルでの分子設計が必要である。つまり、蛋白質間の特異的な相互作用を人工的に創製することや、目的物質生産に関わる酵素群の複合化による分子デバイスを創造することで強力な代謝経路または電子伝達経路を設計することが望まれる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
これまでは、光合成生物を利用した物質生産において、生産効率を改善するための汎用的で有力な手法は提案されていなかった。しかし本発明は、光合成反応中心と酸化還元酵素を分子レベルで連結した分子デバイスを設計ことにより人工的な電子伝達経路を創製し、光合成反応中心で生じる還元力及び/または酸化力を効率よく目的の酸化還元酵素に伝達し、目的の酸化還元反応の効率的な光駆動系を構築することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
「特許請求項の範囲」に記載の請求項1の本発明によれば、酸化還元酵素を光合成反応中心の電子受容体結合部位付近及び/または電子供与体結合部位付近に、化学結合的及び/または水素結合及び/または静電相互作用相互及び/または疎水相互作用及び/またはファンデルワールス相互作用によって直接的に連結させることによって、該光合成反応によって生じた還元力及び/または酸化力が該酸化還元酵素へと効率よく伝達されることが可能となることから、酸化還元過程を必要とする酵素反応を高光変換効率での光駆動にて生産する方法が提供される(図1)。図1に示されるように、還元反応を行う酵素を光合成反応中心の電子受容体結合部位付近に連結する場合(図1a)、及び酸化反応を行う酵素を光合成反応中心の電子供与体結合部位付近に連結する場合(図1b)、及び光合成反応中心の電子受容体結合部位付近と電子供与体結合部位付近の両方にそれぞれ還元反応を行う酵素と酸化反応を行う酵素を連結する場合(図1c)が挙げられる。なお、明細書に記載の酸化還元酵素及び光合成反応中心とは、それぞれの機能によって特徴付けられた蛋白質または蛋白質複合体を示しており、天然型、及び天然型のアミノ酸配列に変異を人為的に導入した変異型、及び天然型や変異型に低分子やポリペプチドが結合した誘導型を含む。
【0011】
光合成反応中心としては、たとえば、シアノバクテリアや藻類、植物に存在する光化学系I及び光化学系II、紅色硫黄細菌や紅色非硫黄細菌などの紅色光合成細菌に存在する反応中心、緑色硫黄細菌や糸状性ほふく緑色細菌などの緑色光合成細菌に存在する反応中心などを挙げることができる。
【0012】
酸化還元酵素としては、チトクロム類やフェレドキシンなどの電子キャリア蛋白質と直接的に電子授受を伴う酸化還元酵素が好ましいが、NAD(P)Hやフラビン類、キノン類などの補酵素に由来する水素化物イオンの授受を伴う酸化還元酵素も場合によっては利用可能である。たとえば、ヒドロゲナーゼ、チトクロムP450、NADP還元酵素、メタンモノオキシゲナーゼ、チトクロムCペルオキシダーゼ、ニトロゲナーゼ、硝酸還元酵素、亜硝酸還元酵素、亜酸化窒素還元酵素、一酸化窒素還元酵素、硫酸還元酵素、亜硫酸還元酵素、ピルビン酸脱水素酵素、ピルビン酸フェレドキシン酸化還元酵素、アルデヒドフェレドキシン酸化還元酵素、ホルムアルデヒドフェレドキシン酸化還元酵素、ケト酸フェレドキシン酸化還元酵素、ケト吉草酸フェレドキシン酸化還元酵素、グリセルアルデヒド3リン酸フェレドキシン酸化還元酵素、ケトバリンフェレドキシン酸化還元酵素、オキソグルタル酸合成酵素、グルタミン酸合成酵素、インドールピルビン酸フェレドキシン酸化還元酵素、ビリベルジン還元酵素、トリチアミンデヒドロゲナーゼ、トルエンジオキシゲナーゼ、ビフェニルジオキシゲナーゼ、アルコールオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、乳酸オキシダーゼ、リシルオキシダーゼ、コレステロールオキシダーゼ、ピラノースオキシダーゼ、安息香酸ジオキシゲナーゼ、ナフタレンジオキシゲナーゼ、キシレンモノオキシゲナーゼ、フェニルプロピオン酸ジオキシゲナーセ、ビフェニルジオキシゲナーゼ、ベンゼンジオキシゲナーゼなどが挙げられる。
【0013】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する方法として、たとえば図2に示すように、光合成反応中心のいずれかのサブユニット(12)と酸化還元酵素(2)が融合した融合酸化還元酵素(13)が、サブユニット(12)を欠損した光合成反応中心(14)に対し自発的に会合することを利用する方法を挙げることができる。この方法は、光合成反応中心のサブユニットが特異的で強い親和性によって自己集積することを利用した方法である。融合酸化還元酵素(13)は、酸化還元酵素(2)をコードする遺伝子(9)と、サブユニット(12)をコードする遺伝子(10)を融合した融合遺伝子(11)を、適切なプロモーターを有するプラスミドを利用した形質転換や相同組み換え法によって細胞に導入することで、サブユニット(12)と酸化還元酵素(2)が連結した一本のポリペプチドとして合成することができる。融合遺伝子(11)を設計する方法としては、いずれかの遺伝子の末端及び/または途中に、他方の遺伝子を連結及び/または挿入する方法や、二つ以上の遺伝子をそれぞれ一箇所以上で分断してモザイク状に組み合わせる方法などが挙げられる(図2参照)。融合酸化還元酵素(13)は、細胞外において、光合成反応中心(14)と混合することで光合成反応中心との連結体を自己集積することができる。また、サブユニット(12)をコードする遺伝子(10)をスーサイドベクターによるマーカー遺伝子置換法などで欠損した光合成生物内に、融合酸化還元酵素(13)を発現させた場合には、細胞内の光合成反応中心(14)と連結体を形成することも可能である。また融合酸化還元酵素(13)を、天然型光合成生物内で発現させた場合には、細胞内で融合酸化還元酵素(13)と天然型のサブユニット(12)が競争的に光合成反応中心(14)に結合するために、細胞内の一部の光合成反応中心を融合酸化還元酵素(13)との連結体とすることができる。光合成反応中心のサブユニットとしては、たとえば光化学系IのPsaAやPsaB、PsaC、PsaD、PsaE、光化学系IIのD1やD2、CP43、CP47、紅色光合成細菌の反応中心におけるHサブユニットやチトクロムCドメイン、などが挙げられる。
【0014】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する別の方法として、たとえば図3に示すように、光合成反応中心(1)に対して親和性を有するポリペプチド(17)と酸化還元酵素(2)を融合した融合酸化還元酵素(18)を、細胞外に単離した光合成反応中心(1)と混合することや、光合成反応中心(1)を有する光合成生物内で発現させることで、細胞内外にて融合酸化還元酵素(18)と光合成反応中心(1)との連結体を自己集積させる方法を挙げることができる。融合酸化還元酵素(18)を発現させる方法や遺伝子を融合する方法としては、前記[0013]で説明した方法と同様である。ポリペプチド(17)として、たとえば、フェレドキシン、フラボドキシン、プラストシアニン、抗体、ポリペプチドライブラリーからスクリーニングされたポリペプチドなどを挙げることができる。また、本明細書における光合成反応中心の定義として光合成反応中心に低分子やポリペプチドが結合した誘導型を含むことが先に明記されているが、光合成反応中心に結合した抗体などに対し親和性を有する抗体などのポリペプチドも、ポリペプチド(17)として挙げることができる。さらに光合成反応中心として、ビオチン化酵素や糖転移酵素などの修飾酵素の認識配列を導入することでビオチン化や糖鎖修飾などの修飾を受けた光合成反応中心を用いる場合は、ポリペプチド(17)としてビオチン結合蛋白質であるアビジンや糖鎖結合蛋白質であるレクチンなどを挙げることができる。
【0015】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する別の方法として、たとえば、多数のアミノ酸の置換及び/または挿入及び/または欠損によって、光合成反応中心に対する親和性が向上した酸化還元酵素変異体を利用する方法が挙げられる。該酸化還元酵素変異体は、共有結合によって光合成反応中心と連結されることなく、静電相互作用や疎水相互作用、ファンデルワールス相互作用によって光合成反応中心と相互作用することができる。該酸化還元酵素変異体は、細胞外にて単離した光合成反応中心と混合することや、光合成生物内で発現させることで細胞内外にて光合成反応中心との連結体を自己集積することができる。アミノ酸配列の置換例として、たとえばヒドロゲナーゼの電子伝達部位付近の多数のアミノ酸残基を負電荷に帯電するアスパラギン酸やグルタミン酸に置換し、正に帯電している光化学系Iの電子受容体結合部位に対して親和性を向上させることなどを挙げることができる。
【0016】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する別の方法として、たとえば図4に示すように、酸化還元酵素(2)に対して親和性を有するポリペプチド(21)が融合した融合光合成反応中心(23)を、酸化還元酵素(2)と結合させる方法が挙げられる。融合光合成反応中心(23)は、光合成反応中心のいずれかのサブユニット(12)をコードする遺伝子(10)と、ポリペプチド(21)をコードする遺伝子(19)が融合した融合遺伝子(20)を、プラスミドを利用した形質転換や相同組み換えによって光合成生物内に導入することで、サブユニット(12)がポリペプチド(21)と融合した融合サブユニット(22)が発現され、光合成反応中心の残りの複合体構造(14)と自己集積することで得ることができる。融合遺伝子(20)を導入された光合成生物が、サブユニット(12)をコードする遺伝子(10)を欠損している場合には細胞内のすべての光合成反応中心が融合光合成反応中心(23)となり、遺伝子(10)を欠損していない場合には一部の光合成反応中心が融合光合成反応中心(23)となる。融合光合成反応中心(23)と酸化還元酵素(2)との連結体は、細胞外において単離された融合光合成反応中心(23)及び酸化還元酵素(2)を混合することや、融合光合成反応中心(23)を発現している細胞内において酸化還元酵素(2)を共発現させることで自己集積される。遺伝子を融合する方法としては、前記[0013]で説明した方法と同様である。ポリペプチド(21)として、たとえば抗体やポリペプチドライブラリーからスクリーニングされたポリペプチドなどを挙げることができる。また、本明細書における酸化還元酵素の定義として酸化還元酵素に低分子やポリペプチドが結合した誘導型を含むことが先に明記されているが、酸化還元酵素に結合した抗体などに対し親和性を有する抗体などのポリペプチドも、ポリペプチド(21)として挙げることができる。さらに、酸化還元酵素として、ビオチン化酵素や糖転移酵素などの修飾酵素の認識配列を導入することでビオチン化や糖鎖修飾などの修飾を受けた酸化還元酵素用いる場合は、ポリペプチド(21)としてビオチン結合蛋白質であるアビジンや糖鎖結合蛋白質であるレクチンなどを挙げることができる。
【0017】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する別の方法として、たとえば、多数のアミノ酸の置換及び/または挿入及び/または欠損を人為的に導入することで、目的の酸化還元酵素に対する親和性が向上した光合成反応中心変異体を利用する方法が挙げられる。該光合成反応中心変異体は、共有結合によって光合成反応中心と連結されることなく、静電相互作用や疎水相互作用、ファンデルワールス相互作用によって該酸化還元酵素と相互作用することができる。該光合成反応中心変異体は、細胞外にて単離した該酸化還元酵素と混合することや、光合成生物内で該酸化還元酵素と共発現させることで細胞内外において該酸化還元酵素との連結体が自己集積される。光合成反応中心のアミノ酸配列の置換例として、たとえば光化学系Iの電子受容体結合部位の多数のアミノ酸残基を正電荷に帯電するリシンやアルギニンに変換し、負に帯電しているヒドロゲナーゼの電子伝達部位に対して親和性を向上させることなどを挙げることができる。
【0018】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する別の方法として、たとえば図5に示すように、酸化還元酵素(2)及び光合成反応中心(1)の両者に対し親和性を有するポリペプチド(24)を、酸化還元酵素と光合成反応中心に結合させる方法を挙げることができる。ポリペプチド(24)は、細胞外において単離した酸化還元酵素(2)及び光合成反応中心(1)の両者と混合することや、光合成反応中心(1)を有する光合成生物内において酸化還元酵素(2)と共発現させることで、細胞内外で酸化還元酵素(2)と光合成反応中心(1)との連結体を構築することができる。ポリペプチド(24)として、たとえば、2つの結合部位の一つで酸化還元酵素と結合しもう一方の結合部位で光合成反応中心と結合することのできる抗体や、酸化還元酵素に対し親和性を有するポリペプチドと光合成反応中心に親和性を有するポリペプチドを融合した融合蛋白質などを挙げることができる。また、ビオチン化酵素認識配列を組み込むことによって酸化還元酵素及び光合成反応中心をビオチン化した場合、複数のビオチンを結合することのできるアビジンはポリペプチド(24)に含まれる。
【0019】
酸化還元酵素と光合成反応中心とを連結する別の方法として、たとえば、蛋白質架橋酵素の認識配列を酸化還元酵素及び光合成反応中心の両者に融合することで、該酸化還元酵素及び該光合成反応中心が該蛋白質架橋酵素によって認識され該認識配列部分で特異的に架橋されることを利用する方法を挙げることができる。該酸化還元酵素と該光合成反応中心との架橋体は、細胞外において単離した該酸化還元酵素及び該光合成反応中心及び該蛋白質架橋酵素を混合することや、光合成生物内において該酸化還元酵素及び該光合成反応中心及び該蛋白質架橋酵素を共発現させることで、細胞内外で自己集積することができる。蛋白質架橋酵素として、たとえば、トランスグルタミナーゼを挙げることができ、その認識配列としてリボヌクレアーゼA由来のS−peptideを挙げることができる。
【0020】
細胞外において、前記[0013]から[0019]に説明した方法などにより構築された酸化還元酵素と光合成反応中心との連結体に、酸化還元酵素の基質及び電子供与体または電子受容体を添加した条件下で光照射下を行うことで、酸化還元酵素の反応生成物を高い光変換効率で生産することが可能となる。また、前記[0013]から[0019]に説明した方法などによって、酸化還元酵素と光合成反応中心との連結体が細胞内において自己集積されるように遺伝子操作された光合成生物は、光照射下で培養するだけで酸化還元酵素の反応生成物を高い光変換効率で生産することが可能となる。
【0021】
「特許請求項の範囲」に記載の請求項2の発明は、前記[0013]から[0019]に説明した方法などによって細胞内外で作成したヒドロゲナーゼと光合成反応中心との連結体に電子供与体存在下で光照射することで、光合成反応中心からヒドロゲナーゼへの直接的で効率的な電子伝達が起こることから、高光変換効率の光水素生産を行う方法を提供するものである。ヒドロゲナーゼと連結する光合成反応中心として、ヒドロゲナーゼに電子を供給できるだけの還元電位を生じるシアノバクテリアや藻類、植物に存在する光化学系I及び緑色硫黄細菌や糸状性ほふく緑色細菌などの緑色光合成細菌に存在する反応中心が好ましい。また、ヒドロゲナーゼと光合成反応中心との連結体は光合成生物内で構築され、電子供与源として酸素発生型光合成反応中心である光化学系IIを利用した場合は水の光分解が可能となる(図6参照)。光化学系IIでは太陽光照射による光誘起電子移動によって水分子を酸化するだけの電位を生じ、水分子から電子の供給を受けることが可能である。従って、ヒドロゲナーゼと光化学系Iの連結体に光化学系IIを組み合わせた場合、光化学系IIでの一段階目の光誘起電荷分離反応によって水分子が酸化され酸素とプロトンが生成され、水分子から引き抜かれた電子は光化学系IIからプラストキノンなどの電子キャリアによって光化学系Iへと伝達された後、光化学系Iでの二段階目の光誘起電荷分離反応によってヒドロゲナーゼへと伝達される(図6参照)。電子を受け取ったヒドロゲナーゼは、水分子の分解によって生じたプロトンを還元して水素を生産する。従って、全体の反応として水分子の光分解によって水素と酸素を生じることが可能となる。
【発明の効果】
【0022】
本発明において、酸化還元酵素を光合成反応中心に連結することで、光合成反応中心への光照射によって生じる還元力及び/または酸化力を目的の酸化還元酵素に優先的且つ効果的に伝達することを可能にする。さらに酸化還元酵素と光合成反応中心の連結体は、光合成生物の遺伝子操作によって細胞内に構築可能である。酸化還元酵素と光合成反応中心の連結体を有する光合成生物を太陽光照射下にて培養することにより、化石燃料を利用せず且つ環境汚染を伴うことなく低コストで目的の酸化還元反応産物の効率的な生産を行うことができる。これまで天然の光合成生物の物質生産能を人為的に改良する技術は、目的酵素の遺伝子を細胞内に導入することのみであったが、本発明によって光合成の電子伝達経路を改変するという全く新しい手法が可能となるために、より普遍的で強力な技術が提供されたことになる。よって本発明は産業上きわめて有用な方法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明の酸化還元酵素と光合成反応中心との連結体による物質生産の最良の形態として、ヒドロゲナーゼと光合成反応中心との連結体を用いた水素産生方法を例にして詳細に説明する。ただし、以下の記載により本発明の技術的範囲が限定されるものではない。
【0024】
近年、エネルギー含量が大きく且つ温室効果ガスを発生せずまた環境を汚染しないクリーンなエネルギー源として水素が注目されているが、現在においても化石燃料に依存しない水素の効率的な生産法は確立していない。水素の生産法として太陽光という資源量が無尽蔵な自然エネルギーを利用して生産する方法は、環境適合型社会に適したエネルギー生産法の一つである。
【0025】
太陽光を利用した理想的な水素生産系の一つとして、光合成反応中心とヒドロゲナーゼを組み合わせた光−水素生産方法を挙げることができる。なぜなら、光合成反応中心は、太陽光によって最も効率よく光電荷分離反応を起こし、その結果生じた還元力と酸化力により化学合成を行うことで光エネルギーを化学エネルギーへと変換できる最も優れた分子デバイスであり、一方ヒドロゲナーゼは、還元力とプロトンから水素分子への反応を室温にて非常に高いターンオーバー数で触媒することができるからである。しかし、光合成反応中心からヒドロゲナーゼへの還元力の受け渡しは、自然界では直接的に起こらない反応であり、非常に非効率的である。そこで、ヒドロゲナーゼを光合成反応中心の一つである光化学系Iと連結することで、光化学系Iとヒドロゲナーゼとの間の衝突頻度を飛躍的に向上させることができ、光化学系Iとヒドロゲナーゼ間の電子伝達を効率化できると考えられる。従って、このようなヒドロゲナーゼと光化学系Iとの連結体を利用することで、光化学系Iで吸収された太陽エネルギーを優先的に水素エネルギーへと変換することができ、光変換効率及び水素発生速度を改善することができると考えられる。
【0026】
光化学系Iとヒドロゲナーゼとの連結は、光化学系Iとヒドロゲナーゼの結晶構造に基づいた分子設計から、光化学系Iの電子受容体結合部位とヒドロゲナーゼの電子伝達部位がより接近するように設計されることが好ましい。
【0027】
光化学系Iは結晶構造が明らかとなっており、十数個のサブユニットから構成される膜蛋白質であり、PsaA及びPsaBと呼ばれるサブユニット内にクロロフィルなどのいくつかのクロモフォアを有し、クロモフォア間で光誘起電子移動が起こり酸化力及び還元力を生じることがわかっている(図7参照)。酸化力はプラストシアニンなどの電子供与体から電子を奪い、還元力はPsaC及びPsaD及びPsaEと呼ばれるサブユニットで形成される電子受容体結合部位からフェレドキシンなどの電子受容体へ伝達される。特にPsaEのN末端は電子受容体結合部位に近接している。一方ヒドロゲナーゼは、特に鉄及びニッケルの両方を有する鉄ニッケル−ヒドロゲナーゼが結晶構造も明らかとなっていることから広く研究されている。鉄ニッケル−ヒドロゲナーゼは、ラージ・サブユニットとスモール・サブユニットの二つのサブユニットから成るが、スモール・サブユニットのC末端近傍に存在する電子伝達部位から電子を受け取り、その後スモール・サブユニットの鉄硫黄クラスター、ラージ・サブユニットの鉄ニッケルセンターへと電子が送られ、鉄ニッケルセンターでプロトンが還元され水素分子が放出されることが明らかとなっている。
【0028】
光化学系Iとヒドロゲナーゼの分子構造から、ヒドロゲナーゼのスモール・サブユニットのC末端に光化学系IのサブユニットであるPsaEのN末端を連結することで、光化学系Iの電子受容体結合部位とヒドロゲナーゼの電子伝達部位がより接近するように連結され、光化学系Iとヒドロゲナーゼとの間で効率的な電子移動が起こることが予想される(図7参照)。
【0029】
ヒドロゲナーゼのスモール・サブユニットのC末端と光化学系IのサブユニットであるPsaEのN末端との連結は、遺伝子レベルで行うことが望ましい。すなわち、ヒドロゲナーゼのスモール・サブユニットをコードする遺伝子の3’末端にPsaEをコードする遺伝子配列を融合した遺伝子を生体内で発現させるのみで、スモール・サブユニットのC末端にPsaEが融合した成熟型ヒドロゲナーゼを得ることができる。このPsaE融合ヒドロゲナーゼはヒドロゲナーゼ活性を保持したままPsaEを欠損した光化学系Iに結合することができ、さらに光化学系Iの電子受容体結合部位とヒドロゲナーゼの電子伝達部位が近接するように連結される。(図7参照)。
【0030】
従って、PsaE融合ヒドロゲナーゼとPsaEを欠損した光化学系Iを細胞外系において組み合わせることで作成されたヒドロゲナーゼと光化学系Iの連結体は、アスコルビン酸などの光化学系Iへの電子供与体の存在下で光照射を行うことで、高光変換効率での光駆動水素生産を行うことが可能である(図7参照)。またシアノバクテリアなどの光合成能を有する微生物内の鉄ニッケル−ヒドロゲナーゼのスモール・サブユニットをコードする遺伝子の3’末端にPsaEをコードする遺伝子配列を相同組み換え法によって挿入し、さらに本来のPsaE遺伝子をマーカー遺伝子を連結したスーサイドベクターを用いることによって破壊した場合、該微生物を光照射下にて培養するのみで細胞内でヒドロゲナーゼと光化学系Iの連結体が構築され、効率的な水素生産を行うことができる。
【実施例】
【0031】
以下、前記のPsaE融合ヒドロゲナーゼとPsaEを欠損した光化学系Iを細胞外において組み合わせた光−水素発生系の実施例により、本発明を更に具体的に説明する。ただし、この実施例により本発明の技術的範囲が限定されるものではない。
【0032】
[PsaE融合ヒドロゲナーゼの作成法]PsaE融合ヒドロゲナーゼは、水素細菌であるラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)のヒドロゲナーゼを用いて作成した。以下にラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)の遺伝子操作やヒドロゲナーゼの精製の詳細について説明する。ラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)は水素をエネルギー源とする好気性微生物であり、非常に精力的な研究がなされているために、その水素代謝や遺伝子操作について多くの知見が蓄積されている。ラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)には膜結合ヒドロゲナーゼ及び可溶性ヒドロゲナーゼ及びセンサーヒドロゲナーゼの三種類が存在する。膜結合ヒドロゲナーゼは、水素分子から電子を受け取り膜貫通チトクロムbへと電子を伝達する役割を担っている。また、可溶性ヒドロゲナーゼは水素分子によるNADの還元反応を触媒するヒドロゲナーゼであり、センサーヒドロゲナーゼは水素分子が結合することにより水素代謝の活性化する機能を有したヒドロゲナーゼである。蛋白質間で電子の授受を行っている膜結合ヒドロゲナーゼが光化学系Iとの連結体を作成する目的に適していると考え、可溶性ヒドロゲナーゼ遺伝子を破壊したラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)変異株HF387(Prof.Friedrich(Technische Universitatドイツ)より譲渡)の膜結合ヒドロゲナーゼ遺伝子を利用したPsaE融合ヒドロゲナーゼの作成を試みた。
【0033】
膜結合ヒドロゲナーゼは、これまで結晶構造が明らかとなったデサルフォビブリオ ブルガリス(Desulfovibrio vulgaris)由来の鉄ニッケル−ヒドロゲナーゼなどと高い相同性を有しているが、そのスモール・サブユニット遺伝子のC末端には、デサルフォビブリオ ブルガリス(Desulfovibrio vulgaris)由来の鉄ニッケル−ヒドロゲナーゼには存在しない約五十アミノ酸からなる膜貫通チトクロムbとの結合部位を有する(図8参照)。そのため、膜結合ヒドロゲナーゼのスモール・サブユニットのチトクロムb結合部位を取り除き、その代わりに三残基(Ser−Gly−Gly)のリンカーとPsaEを連結したPsaE融合ヒドロゲナーゼ(図8参照)が、光水素発生に最も適したヒドロゲナーゼ−光化学系Iの連結体を形成すると考えた。
【0034】
細胞内の巨大プラスミドpHG1上に存在している膜結合ヒドロゲナーゼ・スモール・サブユニット遺伝子のチトクロムb結合部位の除去及びリンカーとPsaE遺伝子の連結は、スーサイドベクターを利用した相同組み換えにより行った。
【0035】
PsaE融合スモール・サブユニットをコードする遺伝子は、まず汎用的大腸菌用ベクターpUc18にサブクローニングした天然型スモール・サブユニットの遺伝子断片に、シネココッカス・エロンガタス(Synechococcus elongatus)のPsaE遺伝子(合成DNAにより作製)を、制限酵素とDNAリガーゼを利用して連結することで作成した。その後、PsaEが融合したスモール・サブユニットをコードする遺伝子の断片をスーサイドベクターpLO3(Friedrich(Technische Universitatドイツ)より譲渡)に組み換え、ラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)変異株HF387に導入した。スーサイドベクターpLO3はテロラサイクリン耐性遺伝子とスクロース依存致死遺伝子の2つのマーカー遺伝子を有しており、一回相同組み換えを起こしてpHG1上にスーサイドベクターの全域が組み込まれたクローンをテロラサイクリン耐性からセレクトし、二回目の相同組み換えによってPsaE融合スモール・サブユニット遺伝子のみをpHG1上に残してベクター部分を欠落したクローンをスクロース依存致死性からセレクトすることができた。PsaE融合スモール・サブユニットをコードする遺伝子が天然型膜結合ヒドロゲナーゼのスモール・サブユニットをコードする遺伝子と置き換ったことはDNAシーケンスによって確認した。
【0036】
PsaE融合スモール・サブユニットをコードする遺伝子を有するラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)組み換え体は、下記の組成のFGN培地8リットルを含む10リットルのジャーファーメンターに接種し、得られた混合液を30℃、約2リットル/minのエアレーション条件で約三日間維持した。その後、培養液を遠心(6000×g、30分)することにより細胞を回収し、500mlのトリス緩衝液(50mM Tris−HCl(pH8.3)、5%スクロース、0.2mM塩化マンガン、1mM4−(2−アミノエチル)−ベンゼンスルフォニルフルオリド、3μg/mlフォスフォラミドン、3μg/mlペプスタチンA、100μMベスタチン塩酸塩、10μM E64、3μg/mlロイペプチン)中に懸濁した。細胞懸濁液は氷上で超音波細胞破砕機(1min x 40回)によって溶菌を行い、細胞抽出液を遠心(200000×g、60分)することにより不溶性成分を除去した。細胞抽出液は、トリス緩衝液(50mM Tris−HCl(pH8.2)、5%スクロース)で平衡化した陰イオン交換カラム(φ50mm x 110mm、Q−sepharose、アマシャムバイオサイエンス社製)に添加し十分に洗浄した。その後開始バッファーのpH8.2のトリス緩衝液(50mM Tris−HCl、5%スクロース)に対し、溶出液としてpH7.3のリン酸緩衝液(50mM Na−Phosphate、1M NaCl、5%スクロース)を混合し、その割合を0%から50%へと直線的に増加させることで陰イオン交換カラムに吸着したヒドロゲナーゼを溶出した。溶出液の各フラクションのヒドロゲナーゼ活性は、減圧脱気後アルゴン置換した活性測定用4mlのトリス緩衝液(50mM Tris−HCl(pH7.4)、3mMメチルビオローゲン、4mg/mlジチオナイト)を入れた試験管に、サンプリングした50μlを添加し、30℃、40分後の水素発生量をガスクロマトグラフによって測定することで見積もった。ヒドロゲナーゼを含むフラクションを回収し限外濾過によって濃縮した後、トリス緩衝液(50mM Tris−HCl(pH7.4)、5%スクロース)で平衡化したゲル濾過カラム(φ16mm x 600mm、Superdex 200、アマシャムバイオサイエンス社製)に添加した。トリス緩衝液(50mM Tris−HCl(pH7.4)、5%スクロース)を流速0.8ml/minで流すことでヒドロゲナーゼを溶出した。ヒドロゲナーゼを含むフラクションの同定はイオン交換カラムの場合と同様に行った。ヒドロゲナーゼ活性の高いフラクションを回収し濃縮後、グリセロースを最終濃度で10%となるように添加して1mlづつに分注し−80%にて保存した。
【0037】
[ラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)培養用FGN培地の組成(1リットルあたり)]・リン酸一水素二ナトリウム十二水和物9g、リン酸二水素一カリウム1.5g、塩化アンモニウム2g、硫酸マグネシウム七水和物水溶液(20%(w/v))1ml、塩化カルシウム二水和物水溶液(1%(w/v))1ml、塩化鉄六水和物(III)(0.5%(w/v))1ml、塩化ニッケル六水和物(II)(1mM)1ml、フルクトース水溶液(20%(w/v))10ml、グリセロール水溶液(20%(w/v))10ml。
【0038】
[シネコシスティス エスピー(Synechocystis sp.)PCC6803 PsaE遺伝子欠損株からのPsaE欠損光化学系Iの単離] 約700mlフラスコに下記の組成のBG11培地500mlと20mg/mlカナマイシン溶液0.5mlを添加し、シネコシスティス エスピー(Synechocystis sp.)PCC6803のPsaE遺伝子欠損株(prof.Nelson(Tel Aviv Universityイスラエル)より譲渡)を接種し、得られた混合液を30℃、30μE/m−2/s−1の光照射下で通気しながら4〜5日間維持した。その後、培養液を遠心(6000×g、30分)することにより細胞を回収し、3mlのトリス緩衝液(50mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM塩化ナトリウム、10mM塩化マグネシウム、10mM塩化カルシウム、0.4Mスクロース、1mM 4−(2−アミノエチル)−ベンゼンスルフォニルフルオリド、5mMベンズアミド)中に懸濁した。細胞懸濁液はフレンチプレス(20000psi、2回)によって細胞破砕を行い、細胞抽出液を遠心(18000×g、30分)することによりチラコイド膜成分を回収した。さらに懸濁と遠心を三回繰り返すことによりチラコイド膜成分を洗浄した。この洗浄済チラコイド膜成分を、3mlの可溶化用緩衝液(25mM Tris−HCl(pH8.0)、5mM塩化ナトリウム、5mM塩化マグネシウム、5mM塩化カルシウム、0.2Mスクロース、1.6%ドデシル−β−D−マルトシド)中に懸濁した後、1時間4℃で維持し、遠心(18000×g、30分)することによりチラコイド膜不溶成分を除去した。チラコイド膜可溶化成分は、超遠沈管内に作成した10%〜30%のスクロース密度勾配溶液(10mM MOPS−NaOH(pH7.0)、0.01%ドデシル−β−D−マルトシド、液高約五センチ)に重層しアングルローターを用いて遠心(200000×g、4時間)することにより、光化学系Iとその他の蛋白質とを分離した。光化学系Iを含む緑色のバンドを回収することでほぼ均一な光化学系Iを得ることができ、−30%にて保存した。
【0039】
[BG11培地の組成(1リットル当たり)] ・1M HEPES−KOH(pH8.0)5ml・リン酸水素二カリウム0.03g・炭酸ナトリウム0.05g・微量元素溶液(以下に示す)10ml。[微量元素溶液(1リットル当たり)]・ホウ酸0.286g・塩化マンガン四水和物0.18g・硫酸亜鉛七水和物0.022g・モリブデン酸ナトリウム二水和物0.039g・硫酸銅五水和物0.0079g・硝酸コバルト六水和物0.00494g・無水硝酸ナトリウム149.58g・硫酸マグネシウム七水和物7.49g・塩化カルシウム二水和物3.6g・クエン酸0.6g・2.5Mエチレンジアミン テトラ酢酸二ナトリウム水溶液(pH8.0)1.12ml。
【0040】
[PsaE融合ヒドロゲナーゼと光化学系Iとの複合体による光水素発生実験]上記の記載に従い調製したPsaE融合ヒドロゲナーゼとPsaE欠損光化学系Iを用いて行った光水素発生実験の条件を以下に示す。4mlの水素発生測定用溶液(12.5mM Tris−HCl(pH7.4)、1.2units PsaE融合ヒドロゲナーゼ(1unit:28mMジチオナイトと3mMメチルビオローゲン存在下で1時間30℃に保持した場合に、1μmolの水素発生を行うヒドロゲナーゼ量)、クロロフィル含量で150μgに相当するPsaE欠損光化学系I、5mM塩化マグネシウム、3mM 2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリドン、120mMアスコルビン酸ナトリウム、25mMジチオトレイトール、90μMジクロロフェニルジメチル尿素、300μg/mlグルコースオキシダーゼ、50mMグルコース、100μg/mlカタラーゼ、1%エタノール、0.005%ドデシル−β−D−マルトシド)を14mlナス型フラスコに添加し、30分間氷上に放置し、アルゴンフローと真空ポンプを用いた減圧を五回繰り返した後、30℃で保持し約30000luxの光照射を行った。20〜30分毎にガスタイトシリンジで気相をサンプリングし、ガスクロマトグラフ(島津GC−14B)で水素を分離した。水素発生量は、ガスクロマトグラフの水素に由来するピーク面積を予め作成した補正曲線と照らし合わせて見積もられた。PsaE融合ヒドロゲナーゼのPsaE部分を欠損したヒドロゲナーゼ(ラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)のスモール・サブユニットのチトクロムb結合部位を欠損した変異体、図8参照)及び、デサルフォビブリオ ブルガリス(Desulfovibrio vulgaris)由来のヒドロゲナーゼ、天然型光化学系Iを調製し、参照実験も同様に行った。
【0041】
表1に示すように、PsaE融合ヒドロゲナーゼとPsaE欠損光化学系Iの組み合わせの場合に最も高い水素発生が確認され、PsaEを融合していないラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)由来のチトクロムb結合部位欠損ヒドロゲナーゼや、デサルフォビブリオ ブルガリス(Desulfovibrio vulgaris)由来ヒドロゲナーゼ、天然型光化学系Iを用いた系の約五倍〜数十倍の水素発生速度であった。また、PsaE融合ヒドロゲナーゼとPsaE欠損光化学系Iを組み合わせた場合に、遊離のPsaE蛋白質を添加すると、水素発生速度が低下した。これらの結果は、図7で示された通りにPsaE融合ヒドロゲナーゼがPsaEを介して光化学系Iに組み込まれて、ヒドロゲナーゼと光化学系I間の電子移動が効率化したことを示している。
【0042】
【表1】

【0043】
表2には、これまでに報告された光合成反応中心とヒドロゲナーゼを用いた細胞外での水素発生系との比較を示す。水素発生速度は、添加されたヒドロゲナーゼ活性量とクロロフィル量で規格化されている。今回の我々の実験系と最もよい比較はMcTavish(J.Biochem.123,644−649(1998))が行った遊離のヒドロゲナーゼと光化学系Iとの間の直接的な電子移動による水素発生を観察した実験系から得られる。McTavishは、クロストリジウム パステリアヌム(Clostridium pasteurianum)由来のヒドロゲナーゼと、ホウレンソウ由来の光化学系Iを用いて、フェレドキシンなどの電子メディエーターの非存在下にて水素発生を観察しているが、今回我々が観測した水素発生速度はMcTavishの値の約四百倍である。このことからも、ヒドロゲナーゼと光化学系Iとの連結により電子伝達が飛躍的に向上したことが裏付けられる。また、電子メディエーターとしてフェレドキシンを用いた場合の水素発生系として、Benemann(Proc.Nat.Acad.Sci.USA,70,2317−2320(1973))、Rao(Biochimie,60,291−296(1978))、Fitzgerald(Biochem.J.,192,665−672(1980))らの報告などがある。これらの実験では、光合成反応中心として植物から抽出された光化学系IとIIを有したクロロプラストを用いて、遊離のヒドロゲナーゼとフェレドキシン存在下にて水素発生が観察された。それらの水素発生速度は今回我々が観測した値とほぼ同等であり、連結されたヒドロゲナーゼと光化学系Iとの電子伝達は、本来の電子伝達パートナーであるフェレドキシンと光化学系Iとの電子伝達と同等に効率的であることが示唆された。
【0044】
【表2】

【0045】
以上の結果と考察から、PsaEを融合することでヒドロゲナーゼは光化学系Iとを連結することが可能となり、さらにヒドロゲナーゼと光化学系I間の効率的で直接的な電子伝達が実現したと結論できる。このようなドロゲナーゼと光化学系Iとの連結体は生体内においても構築可能であり、ヒドロゲナーゼと光化学系I間に強力な電子伝達経路を創製することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の光合成反応中心と酸化還元酵素の連結体による光駆動物質生産を示す図
【図2】光合成反応中心のサブユニットが融合した酸化還元酵素及びその遺伝子構造、及び該酸化還元酵素と光合成反応中心との連結様式を示す図
【図3】光合成反応中心に対し親和性を有するポリペプチドを融合した酸化還元酵素及びその遺伝子構造、及び該酸化還元酵素と光合成反応中心との連結様式を示す図
【図4】酸化還元酵素に対し親和性を有するポリペプチドが融合した光合成反応中心のサブユニット及びその遺伝子構造、及び該サブユニットが取り込まれた光合成反応中心、及び該光合成反応中心と酸化還元酵素の連結様式を示す図
【図5】光合成反応中心と酸化還元酵素の両方に対し親和性を有するポリペプチドを用いた光合成反応中心と酸化還元酵素との連結様式を示す図
【図6】光化学系Iとヒドロゲナーゼとの連結体に光化学系IIを組み合わせた光水分解を示す図
【図7】PsaE欠損光化学系I、及びPsaE融合ヒドロゲナーゼ、及びそれらの連結様式を示す図
【図8】ラルストーニア ユートロファ(Ralstonia eutropha)由来のヒドロゲナーゼの膜結合部位欠損体及びPsaE融合体を示す図
【符号の説明】
1、光合成反応中心
2、酸化還元酵素
3、電子供与体
4、電子受容体
5、電子の流れ(光誘起電荷分離反応)
6、光照射
7、基質
8、反応物
9、酸化還元酵素をコードする遺伝子
10、光合成反応中心のサブユニットをコードする遺伝子
11、酸化還元酵素をコードする遺伝子と光合成反応中心のサブユニットをコードする遺伝子の融合遺伝子
12、光合成反応中心のサブユニット蛋白質
13、光合成反応中心のサブユニット蛋白質が融合した融合酸化還元酵素
14、光合成反応中心のサブユニットのひとつが欠損した光合成反応中心
15、光合成反応中心に対して親和性を有するポリペプチドをコードする遺伝子
16、酸化還元酵素をコードする遺伝子と光合成反応中心に対して親和性を有するポリペプチドをコードする遺伝子の融合遺伝子
17、光合成反応中心に対して親和性を有するポリペプチド
18、光合成反応中心に対して親和性を有するポリペプチドが融合した融合酸化還元酵素
19、酸化還元酵素に対して親和性を有するポリペプチドをコードする遺伝子
20、光合成反応中心のサブユニットをコードする遺伝子と酸化還元酵素に対して親和性を有するポリペプチドをコードする遺伝子の融合遺伝子
21、酸化還元酵素に対して親和性を有するポリペプチド
22、酸化還元酵素に対して親和性を有するポリペプチドが光合成反応中心のサブユニットと融合した融合サブユニット
23、酸化還元酵素に対して親和性を有するポリペプチドが融合した融合光合成反応中心
24、光合成反応中心と酸化還元酵素の両方に対して親和性を有するポリペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化還元酵素と光合成反応中心との連結体に光照射を行うことを特徴とする光駆動酵素反応による物質生産方法。
【請求項2】
酸化還元酵素がヒドロゲナーゼである請求項1に記載の物質生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−20614(P2006−20614A)
【公開日】平成18年1月26日(2006.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226187(P2004−226187)
【出願日】平成16年7月5日(2004.7.5)
【出願人】(504295485)
【Fターム(参考)】