説明

酸性塩化物水溶液からの鉄の電解採取方法

【課題】鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から電解採取法によって金属鉄を回収する際に、電解槽の槽電圧の低減を図り、電力コストが低い電解処理を行うことができる経済的な電解採取方法を提供する。
【解決手段】隔膜2で仕切られたカソード室3とアノード室4から構成される電解槽1を用いて、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液をカソード室3に供給し、鉄イオンの一部を電解析出させ、続いて隔膜2を通して酸素発生型の不溶性アノード6を備えたアノード室4に導き、鉄イオンを酸化させた後、アノード室4から排出させることにより、鉄を電解採取する方法において、前記電解槽1内での酸性塩化物水溶液の温度を、65〜90℃に制御するとともに、前記不溶性アノード6の表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸性塩化物水溶液からの鉄の電解採取方法に関し、さらに詳しくは、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から電解採取法によって金属鉄を回収する際に、電解槽の槽電圧の低減を図り、電力コストが低い電解処理を行うことができる経済的な電解採取方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液としては、メッキ、酸洗浄処理等の中間物又は廃液として工業的に大量に発生している。従来、これらの廃液中の鉄イオンを工業的に利用することが可能な形態として回収する際には、高コストを要し経済性に問題があった。このため、これらの廃液の最終処分方法としては、中和処理され、鉄等を水酸化物などの形態で固体化して埋め立て処分にする手段が取られることが多かった。しかしながら、鉄イオンを水酸化物として分離することは、生成物量を増大化することになり、処分場容量のゆとりを圧迫する等の問題があった。
【0003】
さらに、水酸化物は化学的にそれほど安定な形態とは言えず、微量に共存する不純物成分が長時間の間に溶出するなどして地下水中に浸透すことも懸念される。したがって、環境に影響しないように浸透防止対策を行った管理型の処分場で処理したり、水酸化物を加熱脱水処理してヘマタイトなどの安定な酸化鉄の形態に変換してから処理することが行なわれていた。これらの処理には多額の費用がかかり、廃液処理のためのコストは無視できないものとなっていた。
【0004】
この対策として、液中の鉄イオンを容量が少なくかつ安定な形態である金属鉄として固定化することが考えられる。金属鉄として回収された鉄は、新たな資源としてリサイクルすることができるので、環境対策としてもっとも優れた処理方法と言える。ところで、酸性液に含まれる鉄イオンを金属鉄として回収する方法としては、ガス還元、電解採取、中和後の乾式処理での還元等が挙げられるが、この中で、電解採取による金属鉄の回収は、他の方法に比べて低い温度で行なうことができるので省エネルギーに資する方法であるとともに、特別に高価な設備も不要であるのでもっとも有利な方法である。
【0005】
ところで、電解採取では一般に隔膜電解法が用いられる。例えば、塩化鉄水溶液の隔膜電解法では、鉄、ニッケル、ニッケル合金、ステンレス、チタン、チタン合金、黒鉛等をカソードとし、酸化ルテニウム被覆チタン、黒鉛、白金被覆チタン等の不溶性アノードとの間に通電することによって鉄をカソード表面上に電解析出させる(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、電解採取法では、一般に、アノードとして粗金属鉄を用いる電解精製法に比べて、アノード電位が高くなるので電解槽の槽電圧が上昇し電力コストが増加するという欠点があった。
【0006】
この解決策として、硫化銅鉱物を含む銅原料の精錬方法では、銅を分離回収した後の酸性塩化物水溶液に含まれる鉄イオンを、不溶性アノードを備えた隔膜電解法で金属鉄として回収する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。ここでは、陽極室に陰極で析出する鉄量の2倍量以上の鉄イオンを供給して浴電圧を低下させて電解を行うことによって、電解での塩素ガスの発生の抑制と槽電圧の低下が達成され、電解に要する電力コストを削減することができるとしている。
【0007】
さらに、槽電圧の低下のため、隔膜で仕切られたカソード室とアノード室から構成される電解槽を用いて、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から鉄を電解採取する方法であって、前記酸性塩化物水溶液をカソード室に供給し、鉄イオンの一部を電解析出させ、続いて隔膜を通して酸素発生型の不溶性アノードを備えたアノード室に導き、鉄イオンを酸化させた後、アノード室から排出させる鉄の電解採取方法が開示されている(例えば、特許文献3参照。)。しかしながら、この電解採取方法では、電解液の抵抗により、電流密度を上昇させた場合に電圧が極端に上昇する場合があった。したがって、経済性の向上のため、さらに電力コストを低減することが期待されている。
【0008】
【特許文献1】特開平11−61445号公報(第1頁、第2頁、第5頁)
【特許文献2】特開2005−60813号公報(第1頁、第2頁)
【特許文献3】特開2006−241568号公報(第1頁、第2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記の従来技術の問題点に鑑み、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から電解採取法によって金属鉄を回収する際に、電解槽の槽電圧の低減を図り、電力コストが低い電解処理を行うことができる経済的な電解採取方法を提供することにある。これにより、液中の鉄イオンを金属鉄として回収し有用な資源としてリサイクルすることができる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために、隔膜で仕切られたカソード室とアノード室から構成される電解槽を用いて、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から鉄を電解採取する方法について、鋭意研究を重ねた結果、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液を、カソード室に供給し、隔膜を通して、酸素発生型の不溶性アノードを備えたアノード室に導き鉄を電解採取する際に、前記電解槽内での酸性塩化物水溶液の温度を、従来以上にさらに上昇し特定の値に制御するとともに、前記不溶性アノードの表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させたところ、電解槽の槽電圧の低減が得られ、電力コストが低い電解処理を行うことができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の第1の発明によれば、隔膜で仕切られたカソード室とアノード室から構成される電解槽を用いて、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液をカソード室に供給し、鉄イオンの一部を電解析出させ、続いて隔膜を通して酸素発生型の不溶性アノードを備えたアノード室に導き、鉄イオンを酸化させた後、アノード室から排出させることにより、鉄を電解採取する方法において、
前記電解槽内での酸性塩化物水溶液の温度を65〜90℃に制御するとともに、前記不溶性アノードの表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させることを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【0012】
また、本発明の第2の発明によれば、第1の発明において、前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、液循環ポンプにより電解液をアノード表面上に吹き込むことを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【0013】
また、本発明の第3の発明によれば、第1の発明において、前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、撹拌機によりアノード室内の電解液を撹拌させることを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【0014】
また、本発明の第4の発明によれば、第1の発明において、前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、ガスをアノード室内に吹き込むことによりアノード室内の電解液を撹拌させることを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【0015】
また、本発明の第5の発明によれば、第1の発明において、前記酸素発生型の不溶性アノードは、酸化物系被覆電極であることを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【0016】
また、本発明の第6の発明によれば、第1の発明において、前記酸性塩化物水溶液のpHは、0.5〜1.5に調整されることを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【0017】
また、本発明の第7の発明によれば、第1の発明において、前記酸性塩化物水溶液に含まれる鉄イオンは実質的に2価状態で存在するとともに、アノード室に供給される鉄イオン量はカソードで電解析出される鉄量の2〜2.8倍量であることを特徴とするの鉄の電解採取方法が提供される。
【0018】
また、本発明の第8の発明によれば、第1〜7いずれかの発明において、前記酸性塩化物水溶液は、硫化銅原料の湿式製錬法から得られるものであることを特徴とする鉄の電解採取方法が提供される。
【発明の効果】
【0019】
本発明の酸性塩化物水溶液からの鉄の電解採取方法は、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から電解採取法によって金属鉄を回収する際に、電解槽内での酸性塩化物水溶液の温度を65〜90℃に制御するとともに、隔膜電解法を用いて、不溶性アノードの表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させることにより、電解槽の槽電圧が低下し、電解処理の電力コストが低減されるので、その工業的価値は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の酸性塩化物水溶液からの鉄の電解採取方法を詳細に説明する。
本発明の酸性塩化物水溶液からの鉄の電解採取方法は、隔膜で仕切られたカソード室とアノード室から構成される電解槽を用いて、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液をカソード室に供給し、鉄イオンの一部を電解析出させ、続いて隔膜を通して酸素発生型の不溶性アノードを備えたアノード室に導き、鉄イオンを酸化させた後、アノード室から排出させることにより、鉄を電解採取する方法において、前記電解槽内での酸性塩化物水溶液の温度を65〜90℃に制御するとともに、前記不溶性アノードの表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させることを特徴とする。
【0021】
本発明において、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から鉄を隔膜電解法により電解採取する際に、電解槽内の液温度を高く保つこと、及び不溶性アノードの表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させることが重要である。これによって、両者の作用が相俟って、電解槽液の液抵抗が低減され、結果として電解槽の槽電圧も低下され、電解処理の電力コストが低減される。
ところで、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から鉄を隔膜電解法により電解採取する際に、電解槽にかかる槽電圧の構成としては、アノードにかかるアノード過電圧、溶液にかかる液抵抗電圧、隔膜にかかる隔膜電圧、カソードにかかるカソード過電圧、及びアノードやカソードに電気を流すための接点における接点抵抗電圧を合計したものとなるとみられる。
【0022】
この中で、本発明では、一つには、溶液にかかる液抵抗電圧に注目し、温度を適切に制御することで液抵抗電圧を低減させたものである。
すなわち、液抵抗は、温度が上昇するとともに低下するが、液が沸騰、又は沸騰に近い状態となる100℃に近くなるほど、その低下率は鈍くなり、温度を上昇させてもそれに見合うだけの電圧低下は見込めなくなる。また、温度を高く保つためには、外部から熱を加える必要が出てくるため、電解の過電圧によるジュール熱だけでは不足する温度域になると、加える熱量が電圧低下のエネルギー減少分より多くなり、温度を上げる意味が無くなる。さらに、電解槽を構成する濾布、アノードを収めるためのボックス、及び電解槽そのものは通常絶縁体で作られているが、耐熱性の絶縁体は高価であるため、全体のコストを抑えて効率よく電解エネルギーを減らすにためは、温度上昇の効果が顕著となる65〜90℃に、好ましくは65〜80℃に制御する。
【0023】
また、二つ目に、本発明では、アノードにかかるアノード過電圧に注目し、アノードへのイオンの供給を適切に制御することでアノード過電圧を低減させたものである。すなわち、本発明におけるアノード過電圧の低減は、不溶性アノードの表面上の電解液を強制的に流動させることで、電解時に電極表面に形成される電気二重層における不動層を薄く保ち、さらには、拡散層に常にアノード反応のため必要な2価の鉄イオンからなる被酸化イオンを供給することにより被酸化イオンをアノードにより近い位置に配置し、アノードにかかる電圧を低減することである。なお、鉄電解において、アノード反応としては、通常2価の鉄イオンの3価イオンへの酸化である。
【0024】
すなわち、アノード過電圧は、アノード表面上の電解液の流動が多く、そのため2価の鉄イオンの供給量が増加するとともに、低く安定するが、2価の鉄イオンが過剰な状態となれば、それ以上の電圧低下は見込めない。また、アノード表面上の電解液の流動状態を良い状態で保つためには、アノード室内の自然対流を超える流速で、強制的に外部から力を加えて流動させる。したがって、過剰な流動は、そのためのエネルギー消費が無視できなくなり、電圧低下の意味がなくなる。そのため、アノード表面上の電解液の流動による電圧低下の効果が顕著となるように、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に適切に制御することで、より効率的な電解採取が可能となる。
【0025】
上記方法において、前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、アノード表面上の電解液の流動方式としては、特に限定されるものではなく、液循環ポンプにより電解液をアノード表面上に吹き込む方法、撹拌機によりアノード室内の電解液を撹拌させる方法、ガスをアノード室内に吹き込むことによりアノード室内の電解液を撹拌させる方法等の様々な手法を用いることができる。なお、これらの方法によって、電解時にアノード表面に発生する電気二重層における不動層をできる限り薄く制御し、拡散層にある2価の鉄イオンを十分にアノードに供給することによってアノード電位を低減し、槽電圧を低く抑えることができる。
【0026】
例えば、液循環ポンプによる電解液のアノード表面上への吹き込みでは、アノード室の一端から抜き出されたアノード液をアノードの上部から下部に向けて吹き込むこと、又は、アノードの側面からアノードに向けて吹き出し孔を設けた流通管により、アノード液をアノードに吹き込むことが行われる。また、撹拌機による電解液の流動では、アノード室内の滞留液部に撹拌浴を設けて、撹拌翼の回転により発生する液の流れがアノード表面にあたるようにする。また、ガスの吹き込みによる電解液の流動では、アノード下部に空気、不活性ガス等のガスの導入管を設置し、その導入管に設けた吹き出し孔よりガスを噴出し、かつガス気泡が浮力によってアノード表面に沿って上昇するようにするなどして、アノード表面上の電解液を流動させる。
【0027】
まず、本発明の電解方法とそれに用いる電解装置の概要について、図面を用いて説明する。図1は、本発明の方法に用いる電解装置の構造の一例を表す概略図である。
図1において、電解槽1は、隔膜2によってカソード室3とアノード室4に仕切られている。各室には、所定の電極面積を有するカソード5と酸素発生型の不溶性アノード6が所定の極間距離で設置される。
【0028】
電解において、電解液として鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液は所定の温度に調整された後、カソード室3の上部に設けられた給液口7からカソード室3へ所定の流量で供給される。電解槽1内で、電解液は、隔膜2を通過してカソード室3からアノード室4に流入し、アノード室4の下部から所定の位置に液面高さが設定されるサイホン8により排出される。ここで、電解はカソード5と酸素発生型の不溶性アノード6間に所定の電流密度となるように所定の電流を通電して行われる。この間、カソード5の表面では鉄イオンが還元され金属鉄が析出される。一方、酸素発生型の不溶性アノード6の表面では2価の鉄イオンが3価に酸化される。
【0029】
上記方法に用いる酸素発生型の不溶性アノードとしては、特に限定されるものではなく、例えば、従来、硫酸浴に使用されている、チタン等の金属基板表面にイリジウム酸化物等の白金族元素の酸化物を塗布後焼成して製造された酸化物系被覆電極が用いられる。なお、一般に、アノード用の不溶性電極としては、例えば、酸素発生型の電極としては硫酸浴に使用されているイリジウム酸化物を塗布した電極、塩素発生型電極としては塩化浴に使用されているルテニウム酸化物を塗布した電極等、アノード電位を抑制するため種々のアノードが市販されている。
上記方法に用いる電極の構造としては、特に限定されるものではなく、板(プレート)状、網目(メッシュ)状など様々な構造のものが用いられる
【0030】
上記方法に用いるカソードとしては、特に限定されるものではないが、鉄、ニッケル、ニッケル合金、ステンレス、チタン、チタン合金、黒鉛等が挙げられるが、この中で、ステンレス、又はチタンが好ましい。
【0031】
上記方法に用いる隔膜としては、特に限定されるものではないが、例えば、濾布又は固体電解質膜が用いられるが、この中でも、特に目が細かく、通水度が低くなるように織られた濾布を用いる方法が好ましい。すなわち、固体電解質膜は、濾布と比べてコストが高く、また不純物に弱いからである。
【0032】
本発明に用いる鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液としては、特に限定されるものではなく、メッキ、酸洗浄処理、鉄鋼製錬、非鉄金属製錬等の中間工程水、廃液等の鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液が用いられるが、この中で、得られた金属鉄の純度等品質を確保するためには、事前の工程において、鉄よりも貴な金属イオンの大部分が除去されている液が望ましい。また、鉄イオンが2価状態で存在する液は、カソードでの鉄電着量とアノードでの鉄イオンの酸化反応の関係を制御することが容易である。
【0033】
例えば、銅の湿式製錬法として注目されている、硫化銅原料を塩素により浸出する塩素浸出工程、第1銅イオンを含む還元生成液を得る銅イオン還元処理工程、銅を含む逆抽出生成液と抽出残液とを得る溶媒抽出工程、前記逆抽出生成液を電解採取に付し、電着銅を得る銅電解採取工程、前記溶媒抽出工程で得られる抽出残液を浄液に付し、精製液を得る浄液工程からなる一連のプロセスから得られる塩化物水溶液は、不純物元素が除去され、かつ鉄イオンは実質的に2価状態で存在するので好ましく用いられる。
【0034】
上記方法に用いる鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液のpHとしては、特に限定されるものではなく、好ましくは0.5〜2.0、より好ましくは0.5〜1.5に調整される。すなわち、酸素発生型の不溶性アノードでは、生成した塩酸が酸化物を溶解し付着と成長を抑制する作用があるが、pHが2.0を超えると、巻き込んだ空気により電解液中に鉄の水酸化物が生成し、電解液を懸濁して配管や隔膜の目詰まりを生じたり、カソードの金属鉄への巻き込みを生じる。また、アノード表面で酸化物が生成しアノード表面を覆うことで電圧が上昇する現象が起こる。一方、pHが0.5未満では、カソードで析出した金属鉄の化学溶解が生じる。
【0035】
上記方法で用いる望ましい鉄イオンの形態と供給量としては、特に限定されるものではないが、鉄を含む塩化物水溶液の鉄イオンは実質的に2価状態で存在するとともに、アノード室に供給される鉄イオン量はカソードで電解析出される鉄量(カソード鉄電着量)の好ましくは2倍量以上、より好ましくは2〜2.8倍量である。
すなわち、2価の鉄イオンを含む塩化浴の液から1gの鉄を電析させた場合、アノードでは2gの2価の鉄イオンが3価に酸化されるのが望ましい。この際、アノードからの塩素ガスの発生を防止することができる。言い換えれば、アノードではカソードで電析する鉄量の2倍量の鉄イオンがないと、酸化する鉄イオンが不足し塩素ガスが発生することになるので、電解採取する鉄量をカソードに給液した2価の鉄イオンの3分の1以下になるように電解条件で制御することが肝要である。ただし、電解槽内の電解液は電解によって濃度に差を生じやすい。特にアノード室においての濃度差は、塩素発生の大きな要因であり、塩素が発生すると、電極近傍の鉄イオンは急激に塩素によって酸化され塩素発生を助長する傾向がある。そのため、若干の濃度差を生じた場合でも塩素の発生が起こらないように、余剰に2価の鉄イオンの供給が必要である。
【0036】
なお、塩素ガスが発生した場合の酸化還元電位(ORP、銀/塩化銀電極を使用し60℃で測定)は1000mVを超えるのに対して、アノード室へカソードで電解析出される鉄イオンの2倍量の給液を行った際のアノード室の酸化還元電位(ORP、銀/塩化銀電極を使用し60℃で測定)は、530〜560mVであり、アノードからの塩素ガスの発生は起きないが、電圧上昇を確実に抑制するには、カソード鉄電着量の2.8倍量にすることが望ましい。
【実施例】
【0037】
以下に、本発明の実施例及び比較例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によってなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例で用いた金属の分析方法は、X線蛍光分析法で行った。
【0038】
また、実施例及び比較例で用いた電解槽の構造は以下の通りである。
「電解槽の構造」
電解槽の構造は、図1の概略図に示すものであり、長さ60mm、横幅90mm、深さ170mmの大きさの塩化ビニル製のものであった。この電解槽の長さ方向をアノード側で20mm、カソード側で40mmとなる位置でテトロン及びアクリル製の濾布で仕切った。アノード室には、電極面積が65×120mmの不溶性アノード1枚を設置した。
カソード室には、厚さ2mmのチタン板を電極面積がアノードと同じようになるようにマスキングしたカソード1枚を設置した。両電極の極間距離が60mmとなるように電解槽に装入し固定した。電極の裏面はいずれも全面をマスキングした。
【0039】
電解液は、定量ポンプで所定の流量でカソード室の液面付近に給液し、一部の液は隔膜を通じてアノード室に移動し、それ以外の液はカソード室からオーバーフローし、ポンプによってアノード室液面付近に給液された。なお、アノード室の電解液の排出方法は、アノード室の下部から液面差によって排出するようにした。廃電解液の排出は、電解槽の底から150mmの位置からオーバーフローさせるようにしたので電解槽の液量はカソード室で540ml、アノード室で270mlとなる。また、アノードの表面上の電解液の流動状態を変えるため、液循環、機械撹拌又はガス吹き込みを行った。
【0040】
また、実施例及び比較例で用いた電解液は、硫化銅精鉱を塩素浸出し、溶媒抽出によって銅を分離した後、浄液工程にて残存の銅と硫化反応により不必要な亜鉛や鉛を除去し、pHを1.0に調整した工程液を用いた。この工程液は鉄濃度80g/L、及び塩化物イオン濃度180g/Lの濃度を有する。
【0041】
(実施例1)
上記電解槽を用いて、アノードとしては、酸化物系被覆の不溶性アノード(メッシュ型、ペルメレック電極(株)製、面積被覆率70%)を用いた。上記電解液を槽内電解液温度が69℃になるように加温した後、カソード室へ毎分2.7mlの流量で給液した。給液量から求めた平均滞留時間は、カソード室で200分、及びアノード室で100分の計5時間である。この時間で給液が排出されることになる。電解電流を3.3A(電流密度420A/m)に調整して6時間通電した。この給液量は、アノード室に供給される鉄イオン量ではカソード鉄電着量の2.8倍量にあたる。
このとき、実質的に電解反応が起こっている部分のアノード電流密度は、面積被覆率から600A/m(420A/m÷0.7)となる。
なお、不溶性アノードの表面上の電解液を流動させるため、液循環ポンプにより、アノード室内の電解液を抜き出し、アノードの両表面に沿って上部から下部に向かって吹き込んだ。なお、循環量は、270mL/minであった。
この間、通電から1時間毎にアノードとカソードの間の電圧を測定し、その平均値を平均槽電圧とした。結果を表1に示す。
【0042】
(実施例2)
不溶性アノードの表面上の電解液を流動させるため、液循環ポンプでは無く、アノード室内の電解液を撹拌機によって流動させたこと以外は実施例1と同様に行い、平均槽電圧を求めた。結果を表1に示す。
【0043】
(実施例3)
不溶性アノードの表面上の電解液を流動させるため、アノード室内の電解液に270mL/minで空気を吹き込むことにより流動させたこと以外は実施例1と同様に行い、平均槽電圧を求めた。結果を表1に示す。
【0044】
(比較例1)
不溶性アノードの表面上の電解液を流動させるための処置を行わなかったこと以外は実施例1と同様に行い、平均槽電圧を求めた。なお、また、アノード表面では塩素ガスが発生していることが確認された。結果を表1に示す。
【0045】
(比較例2)
不溶性アノードの表面上の電解液を流動させるための処置を行わなかったこと、及びアノード電流密度を低下させるため不溶性アノードを二枚併用したこと以外は実施例1と同様に行い、平均槽電圧を求めた。
このとき、実質的に電解反応が起こっている部分のアノード電流密度は、アノードを二枚併用したことから、実施例1の半分の300A/mとなる。結果を表1に示す。
【0046】
(比較例3)
上記電解槽を用いて、アノードとしては、酸化物系被覆の不溶性アノード(メッシュ型、ペルメレック電極(株)製、面積被覆率70%)を用いた。上記電解液を槽内電解液温度が42℃になるように加温した後、カソード室へ毎分7mlの流量で給液した。給液量から求めた平均滞留時間は、カソード室で77分、及びアノード室で39分の計約2時間である。この時間で給液が排出されることになる。電解電流を3.1A(電流密度400A/m)に調整して6時間通電した。この給液量は、アノード室に供給される鉄イオン量ではカソード鉄電着量の2.8倍量にあたる。
このとき、実質的に電解反応が起こっている部分のアノード電流密度は、面積被覆率から571A/m(400A/m÷0.7)となる。
なお、不溶性アノードの表面上の電解液を流動させるための処置を行わなかった。この間、通電から1時間毎にアノードとカソードの間の電圧を測定した。6時間の通電を行い、停電までの槽電圧を測定し、その平均値を平均槽電圧とした。結果を表1に示す。
【0047】
(比較例4)
槽内電解液温度を51℃となるように加温したこと以外は比較例3と同様に行い、平均槽電圧を求めた。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
表1より、実施例1〜3では、槽内電解液温度を65〜90℃に制御し、かつ電解時にアノード表面上の電解液の強制的流動を行い、本発明の方法に従って行われたので、アノードへの2価の鉄イオンの供給が十分に行われ、低い槽電圧が得られることが分かる。
これに対して、比較例1〜4では、アノード表面上の電解液の強制的流動が行われず、或いは槽内電解液温度が低いため、槽電圧は満足すべき結果が得られないことが分かる。なお、比較例2では、アノード電流密度の低下による槽電圧の改善効果は小さい。また、槽電圧が高くなることでアノード表面では塩素ガスが発生していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0050】
以上より明らかなように、本発明の酸性塩化物水溶液からの鉄の電解採取方法は、メッキ、酸洗浄処理、鉄鋼製錬、非鉄金属製錬等の中間工程水、廃液等の処理分野において、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液から鉄を電解採取する際に電解電力を低減させる方法として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明の方法に用いる電解装置の構造の一例を表す概略図である。
【符号の説明】
【0052】
1 電解槽
2 隔膜
3 カソード室
4 アノード室
5 カソード
6 酸素発生型の不溶性アノード
7 給液口
8 サイホン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
隔膜で仕切られたカソード室とアノード室から構成される電解槽を用いて、鉄イオンを含む酸性塩化物水溶液をカソード室に供給し、鉄イオンの一部を電解析出させ、続いて隔膜を通して酸素発生型の不溶性アノードを備えたアノード室に導き、鉄イオンを酸化させた後、アノード室から排出させることにより、鉄を電解採取する方法において、
前記電解槽内での酸性塩化物水溶液の温度を65〜90℃に制御するとともに、前記不溶性アノードの表面上の電解液を、アノード表面でのアノード反応のため必要な鉄イオンの供給がなされるのに十分に、強制的に流動させることを特徴とする鉄の電解採取方法。
【請求項2】
前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、液循環ポンプにより電解液をアノード表面上に吹き込むことを特徴とする請求項1に記載の鉄の電解採取方法。
【請求項3】
前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、撹拌機によりアノード室内の電解液を撹拌させることを特徴とする請求項1に記載の鉄の電解採取方法。
【請求項4】
前記不溶性アノードの表面上の電解液を流動させる際に、ガスをアノード室内に吹き込むことによりアノード室内の電解液を撹拌させることを特徴とする請求項1に記載の鉄の電解採取方法。
【請求項5】
前記酸素発生型の不溶性アノードは、酸化物系被覆電極であることを特徴とする請求項1に記載の鉄の電解採取方法。
【請求項6】
前記酸性塩化物水溶液のpHは、0.5〜1.5に調整されることを特徴とする請求項1に記載の鉄の電解採取方法。
【請求項7】
前記酸性塩化物水溶液に含まれる鉄イオンは実質的に2価状態で存在するとともに、アノード室に供給される鉄イオン量はカソードで電解析出される鉄量の2〜2.8倍量であることを特徴とする請求項1に記載の鉄の電解採取方法。
【請求項8】
前記酸性塩化物水溶液は、硫化銅原料の湿式製錬法から得られるものであることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の鉄の電解採取方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−167453(P2009−167453A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−5217(P2008−5217)
【出願日】平成20年1月15日(2008.1.15)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】