説明

醤油様調味料及びその製造方法

【課題】原料に米および/もしくは米由来原料のみを使用することにより、小麦アレルギーや大豆アレルギーの患者が心配なく摂取可能で、かつ十分な風味、香り、色を有する醤油様調味料を提供する。
【解決手段】醤油様調味料の製造方法は、米および/もしくは米由来原料、もみがらおよび水を混合し、この混合物に種麹を接種して製麹する工程、得られた麹を食塩水と混合して醤油諸味を得る工程、該醤油諸味を発酵熟成させる工程、を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小麦や大豆を摂取できない食物アレルギー患者にアレルギー症状を起こさせる心配なく、使用可能な醤油様調味料とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1997年における厚生省(現厚生労働省)の実態調査では、国民の約1000万人以上が食物アレルギーを発症した経験があると報告されている。厚生労働省では、アレルギー体質を有する国民の健康危害発生防止の観点から、食物アレルギーの患者数、症状の重篤の度合により、加工食品では卵、乳、小麦、そば及び落花生の5品目に使用表示を義務付け、大豆をはじめとする20品目(大豆、あわび、いか、いくら、エビ、かに、オレンジ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、鮭、鯖、鶏肉、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチン、バナナ)においても表示の推奨品目としてあげ、食物アレルギーの発症防止を喚起している。
【0003】
わが国の伝統的調味料である醤油は、和食を中心に洋食分野でも調味料として使用されるようになっている。わが国の食生活に、醤油は調味料として欠くことのできないものである。しかし、醤油の原料は小麦、大豆が主原料である為、小麦、大豆アレルギー患者にとって、大豆および小麦を含まない、醤油風味を有する調味料の開発が切望されている。
大豆および小麦を含まない醤油風味を有する調味料として、大麦、空豆、小豆、胡麻、米、稗、粟、黍、コーリャン等の穀類を原料とした醤油風味の調味料が開発されてきた(特許文献1および2)。
しかし、これらの調味料は高価であったり、醤油特有の旨味、コク味、風味が不十分であった。
【0004】
特公平1−17666号公報(特許文献3)には、大豆、小麦アレルギー患者用に、米蛋白質濃縮物で製麹した麹および食塩水を仕込んで発酵させた純米調味料が記載され、特開2008−271914号公報(特許文献4)には、食品アレルギー患者にとって安全である、こげ焼き米粉を用いた醤油代用品が記載され、WO2009/081495号公報(特許文献5)には、α化玄米を用いた醤油が記載されている。
【0005】
しかし、これらの方法によって製造された醤油様調味料は、小麦と大豆を使った従来の醤油に比べて、旨味とコク味が劣っており、伝統的な醤油の風味も十分なものであるとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−122002号公報
【特許文献2】特開2006−122001号公報
【特許文献3】特公平1−17666号公報
【特許文献4】特開2008−271914号公報
【特許文献5】WO2009/081495号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであって、原料として米および/もしくは米由来原料のみを使用することにより、従来の小麦と大豆を使用した醤油のようなアレルギー疾患患者が心配なく摂取可能で、しかも十分な風味、香り、色を有する醤油様調味料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、醤油様調味料の製造には、窒素源、炭素源となる原料が必要であるが、アレルギー発症のリスクを抑えることを目指し、米および/もしくは米由来原料のみを使用した単一原料による効率的な醤油様調味料の作製を試みた。
【0009】
発明者らは、製麹時において「もみがら」を使用することで、麹原料の多孔性を確保し、従来の発酵速度より速く、且つ安定した品質の麹が得られることを見出し、本発明を完成させたものである。
【0010】
すなわち、本発明は以下を特徴とする。
(項目1) 米および/もしくは米由来原料、もみがらおよび水を混合し、この混合物に種麹を接種して製麹する工程、
得られた麹を食塩水と混合して醤油諸味を得る工程、および
該醤油諸味を発酵熟成させる工程、を包含する醤油様調味料の製造方法。
(項目2) 前記米由来原料が、脱脂糠である項目1に記載の醤油様調味料の製造方法。
(項目3) 前記米が、米粉である項目1または2に記載の醤油様調味料の製造方法。
(項目4) 前記麹が、米麹である項目1〜3のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
(項目5) 前記もみがらの混合割合が、前記麹の5〜20重量%である項目1〜4のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
(項目6) 前記米由来原料と米ともみがらおよび水の割合が、米由来原料10〜40重量%、米10〜40重量%、もみがら2〜20重量%、水20〜60重量%である項目1〜5のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
(項目7) 原料に小麦及び大豆を使用しない、項目1〜6のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
(項目8) 項目1〜7のいずれかに記載の方法により製造された醤油様調味料。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、米および/もしくは米由来原料、もみがらおよび水を混合し、この混合物に種麹を接種して製麹し、得られた麹を食塩水と混合して醤油諸味を得、その後この醤油諸味を発酵熟成させるので、もみがら、米および/もしくは米由来原料のみで醤油様調味料を製造するものである。従って、従来のように小麦と大豆を使用した醤油とは異なり、小麦、大豆アレルギー疾患患者が心配なく摂取可能である。
【0012】
また、製麹工程において、米由来原料の「もみがら」を用い、麹原料の多孔性を確保することで、既存の製麹方法より発酵速度が速く、且つ醤油の旨味、コク味、風味が高くなる。この理由は、製麹用原料に「もみがら」を添加することにより、「もみがら」が麹原料内にて多孔性を高める役割を担うことで、麹原料内の空気の循環が良くなり、それゆえ種麹の発酵、諸味の熟成が効率的に行われるものと推測される。
【0013】
そのため、窒素消化度(移行率)が高く、且つ全糖消化度(移行率)が高く、醤油特有の旨味(窒素由来)とコク味(全糖由来)が共に優れた、伝統的な醤油の風味に近い醤油様調味料が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】もみがら配合割合における全窒素と全糖の消化度を示すグラフである。
【図2】炭素源原料選定における全窒素と全糖の消化度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の醤油様調味料の製造方法では、原料に小麦及び大豆を全く使用せず、米由来原料のみを使用する。
【0016】
はじめに、米および/もしくは米由来原料、もみがらおよび水を混合し、この混合物に種麹を接種して製麹する。
【0017】
もみがらは、製麹時に種麹の発酵を促すために使用するものであり、そして窒素源原料として脱脂糠などの米由来原料を使用し、そして炭素源原料として米粉などの米を使用して麹を製造する。
【0018】
もみがらの使用量は、麹仕込み重量の5〜20重量%が好ましく、より好ましくは10〜17重量%である。もみがらの使用量が5重量%より少ないと、製麹時に種麹の発酵を促進することが不十分になり易い。もみがらの使用量が20重量%より多すぎると、総窒素の移行が少なく、旨味が弱くなる傾向にある。
【0019】
米由来原料としては、脱脂糠、脱脂する前の糠などを使用することができる。
【0020】
米としては、米粉、種もみ、玄米、精白米などを使用することができる。
【0021】
米由来原料と米は、単独で使用しても併用してもよい。
【0022】
窒素源原料として好ましく使用する脱脂糠とは、米糠から油分を取り除いたものである。
【0023】
米由来原料の使用量は、麹仕込み重量の10〜40重量%が好ましく、より好ましくは20〜30重量%である。米由来原料の使用量が、麹仕込み重量の10重量%より少ないと、旨味が弱くなり、40重量%より多いと、コク味・甘味が少なくなる。
【0024】
炭素源原料として使用する米粉としては、市販の上新粉、白玉粉、もち粉、道明寺粉などを用いることができる。米粉などの米の使用量は、麹仕込み重量の10〜40重量%が好ましく、より好ましくは20〜30重量%である。米の使用量が、麹仕込み重量の10重量%より少ないと、製造される醤油様調味料のコク味・甘味が少なくなり、40重量%より多いと、旨味が弱くなる。
【0025】
上記米由来原料と米ともみがらおよび水の配合割合は、米由来原料10〜40重量%、米10〜40重量%、もみがら2〜20重量%、水20〜60重量%であるのが好ましい。さらに好ましくは、米由来原料15〜30重量%、米15〜30重量%、もみがら5〜20重量%、水30〜50重量%である。
【0026】
なお、麹を製造する前に、原料を121℃、15分間程度オートクレーブ等で加熱処理するのが好ましい。冷却後、種麹を接種し、所定条件で製麹する。
【0027】
種麹としては、米麹菌、醤油麹菌などを使用することができるが、米麹菌を使用するのが好ましい。その理由は、米原料由来であるからである。米麹菌は市販品でもよく、今野商店、ビオック、菱六などから入手できる種麹があげられる。本出願人(発明者)が保有するAspergillus oryzae NBRC4134でもよい。
【0028】
麹を製造する条件は、常法に従って行うことができ、例えば、25〜30℃、湿度80〜98%にて10時間〜60時間製麹すればよい。
【0029】
次に、得られた麹を食塩水と混合して醤油諸味を得る。
【0030】
具体的には、得られた麹を、80〜20重量%の仕込み水となるように、食塩水と混合して醤油諸味を得るのが好ましい(仕込み工程)。麹に対する食塩水の配合割合は、例えば、5〜15重量%の食塩水を麹に対して0.5〜3倍重量添加すればよい。
【0031】
その後、上記の醤油諸味を常法に従い発酵熟成させて醤油様調味料が得られる。熟成の温度および期間は限定するものではないが、典型的には、常温〜50℃で30時間〜24ヶ月とすることができ、好ましくは30〜50℃で24時間〜1ヶ月熟成させればよい。
【0032】
その後、熟成した醤油諸味を圧搾して液体部分を回収し、通常方法の火入れなどを行うことにより、本発明の醤油様調味料が得られる。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例に基づき、より具体的に説明する。もっとも、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、「%」は、重量%を意味する。
(実施例1)
(1)製麹
窒素源として脱脂糠、炭素源として米粉、多孔性確保のため「もみがら」、および水を表1に記載の通り配合して混合し、121℃、15分間オートクレーブで加熱処理した。冷却後、混合物に種麹(今野モヤシ、今野商店)を耳かき1杯接種し、30℃、湿度95%にて45時間製麹した。
【0034】
【表1】

(2)諸味熟成
製麹した麹に10%濃度の食塩水を仕込み水として30ml添加し、45℃で48時間熟成させて醤油諸味を得た。
(3)熟成評価(分析)
熟成した諸味に含まれる窒素と糖の移動度(消化度)を下記の通り分析し、醤油様調味料の熟成度を評価した。
(3)−1 全窒素量消化度
(a)試料(醤油諸味)をろ紙(5A)に約1g量りとり、蒸留水にて洗いこみながら、ろ過し、100mlに定容した。
(b)ろ液とろ過残渣の総窒素量をケルダール法にて測定した。ろ液の総窒素量をA(mg)、ろ過残渣窒素量をB(mg)とし、以下の式より消化度を算出した。
消化度(%)=A/(A+B)×100
(3)−2 全糖量
(a)試料(醤油諸味)の全体の全糖量測定は、塩酸分解による前処理を施した。
【0035】
まず試料1gを試験管にとり、蒸留水9mlと25%塩酸1mlを加えた。
(b)100℃にて3時間加水分解した。加水分解後、10%NaOHにて中和し、100mlに定容した(C液)。
(c)試料をろ紙(5A)に約1g量りとり、蒸留水にて洗いこみながら、ろ過し、100mlに定容した。本溶液を試料ろ過溶液(D液)とした。
(d)C液とD液の全糖量をフェノール硫酸法にて測定し、以下の式より消化度を算出した。
消化度(%)=C/D×100
(4)結果
得られた試験区の分析結果を図1に示し、官能評価結果を表2に示す。
【0036】
官能評価は、10名のパネラーにより行い、各試験区で得られた熟成後の醤油諸味を圧搾して得た醤油様調味料について、旨味、コク味、および醤油様調味料の風味を比較し、優、良、可で表した。
【0037】
本実施例では、試験区3、すなわち製麹時の「もみがら」14%の場合、最も窒素消化度(移行率)が高く、且つ全糖消化度(移行率)が高かった。
【0038】
官能試験結果においても、試験区3が醤油特有の旨味(窒素由来)とコク味(全糖由来)がもっとも優れており、伝統的な醤油の風味も醤油に近いものであった。
【0039】
この結果は、製麹時における「もみがら」を添加することにより、「もみがら」が麹内にて多孔性を高める役割を担うことで、麹内の空気循環が良くなり種麹の発酵、諸味の熟成が効率的に行われたことに起因すると推察された。
【0040】
【表2】

(実施例2)
【0041】
(1)製麹
炭素源として最適なものを選定するために、米粉、種もみ、玄米、精白米を表3に示すとおり配合して混合し、100℃、60分間加熱処理した。冷却後、混合物に種麹を耳かき1杯接種し30℃、湿度95%にて45時間製麹した。
【0042】
【表3】

(2)諸味熟成
製麹した麹に10%食塩水を30ml添加し、45℃で48時間熟成させた。
(3)熟成評価(分析)
実施例1に記載と同じ方法にて分析を行った。
(4)結果
得られた試験区の分析結果を図2に示し、官能評価結果を表4に示す。
【0043】
本実施例2では、試験区1、すなわち炭素源を米粉にした場合、最も窒素消化度(移行率)が高く、且つ全糖消化度(移行率)が高かった。
【0044】
官能試験結果においても、試験区1のものが、醤油特有の窒素由来の旨味がもっとも優れており、伝統的な醤油の風味も醤油に近いものであった。
【0045】
製麹時における米の状態としては、種もみ、玄米、精白米、米粉の順で加工度が上がるが、加工度につれて全糖消化度も高くなる結果が得られた。種麹が炭素源を利用しやすい状態にすることで、種麹の発酵を促し、その結果、窒素源の消化も効率的に行われるという相乗効果が得られたと推測される。
【0046】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明の醤油様調味料は、米以外の原料にアレルギー症状を有する患者が安心してアレルギー症状を起こすことなく醤油の代替品として利用し、摂取するすることができる。また、「もみがら」、「米粉」を使用することにより製麹および熟成時間が短く、醤油様の旨味、コク味が高く、風味も良い醤油様調味料を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
米および/もしくは米由来原料、もみがらおよび水を混合し、この混合物に種麹を接種して製麹する工程、
得られた麹を食塩水と混合して醤油諸味を得る工程、および
該醤油諸味を発酵熟成させる工程、を包含する醤油様調味料の製造方法。
【請求項2】
前記米由来原料が、脱脂糠である請求項1に記載の醤油様調味料の製造方法。
【請求項3】
前記米が、米粉である請求項1または2に記載の醤油様調味料の製造方法。
【請求項4】
前記麹が、米麹である請求項1〜3のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
【請求項5】
前記もみがらの混合割合が、前記麹の5〜20重量%である請求項1〜4のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
【請求項6】
前記米由来原料と米ともみがらおよび水の割合が、米由来原料10〜40重量%、米10〜40重量%、もみがら2〜20重量%、水20〜60重量%である請求項1〜5のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
【請求項7】
原料に小麦及び大豆を使用しない、請求項1〜6のいずれかに記載の醤油様調味料の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載の方法により製造された醤油様調味料。

【図1】
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【図2】
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