説明

重質石油類の流動接触分解方法

【課題】流動接触分解プロセスにおいて、低減された添加触媒供給量においても低級オレフィンの収率向上効果が十分発現され、また添加触媒の供給を開始してから低級オレフィン収率向上効果が発現されるまでに要する時間が短縮される、効率的な重質石油類の流動接触分解方法を提供すること。
【解決手段】触媒の磁気分離装置を具備した流動接触分解プロセスにおいて、フォージャサイト型ゼオライトを含む主触媒及び前記主触媒の質量を基準として0.5〜10質量%のペンタシル型ゼオライトを含む添加触媒と、重質石油類とを接触することを特徴とする重質石油類の流動接触分解方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流動接触分解プロセスにおいて、効率的にプロピレン等の低級オレフィンの収率を向上することが可能となる重質石油類の接触分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
流動接触分解は、石油系炭化水素、特に重質の留分を流動状態にある固体酸触媒と接触させることによって分解し、ガソリン、液化石油ガス、アルキル化原料、中間留分混合物等の生成物を得る方法である。近年、環境問題に対する関心の高まり等により、軽油以下の沸点留分をもつ軽質の炭化水素油類の需要が相対的に増加しており、重質油の軽質油への転化が重要な課題となっている。そのような中で、重質油処理プロセスのひとつとして流動接触分解の重要性が増している。
【0003】
さらに最近は、石油化学業界における特にプロピレンを中心とした低級オレフィンに対する需要の高まりから、重質石油類を原料とする流動接触分解において低級オレフィンの増産が図られている。低級オレフィン収率向上を目的に、通常の流動接触分解に多く用いられるフォージャサイト型ゼオライトを含む触媒に、ZSM−5ゼオライト等のペンタシル型ゼオライトを含む触媒を添加、混合して用いる方法が開示されている(例えば、特許文献1及び特許文献2参照。)。ペンタシル型ゼオライトを含む触媒の添加は低級オレフィンの収率向上の他に、得られるガソリン留分のオクタン価を向上する効果も奏する。なお本願明細書においては、以下流動接触分解プロセスにおいて通常用いられるフォージャサイト型ゼオライトを含む触媒を「主触媒」、低級オレフィン収率向上のために主触媒に添加して用いるペンタシル型ゼオライトを含む触媒を「添加触媒」、さらに両者の混合物を「混合触媒」という。
【0004】
ところで、流動接触分解プロセスにおいては、反応帯域を出た触媒はストリッピング処
理の後、再生塔において空気等による酸化処理により触媒上に生成したコークを除去、再生されて再び反応帯域に循環される。一方、重質石油類中にはニッケル、バナジウム、鉄、銅などの金属が主として有機金属化合物の形で含まれていることが多く、これらが接触分解反応帯域での高温により分解し、金属成分として触媒上に沈着する。沈着した金属成分は触媒毒となり、触媒の活性のみならず選択性をも低下させる。すなわち、これらの金属成分は水素化・脱水素化能を有しており、流動接触分解の反応条件においては炭化水素の脱水素反応を促進し、その結果生成物として好ましくない水素ガスやコークの生成量が増加し、好ましい液化石油ガス、ガソリン、灯軽油の生成量が減少する。触媒上に沈着した金属成分はコークのように再生処理によって除去されることはないため、触媒の活性及び選択性が経時的に低下する。そこで通常は循環系内の触媒の一部を定期的あるいは定常的に一定量抜き出し、これに見合う量の新触媒を供給して、触媒全体の活性及び選択性を一定に維持する方法が採用されている。しかしこの方法においては、平衡状態にある触媒(以下、「平衡触媒」という。)の一部を抜き出すため、金属沈着により劣化した触媒と同時に劣化が進行していない触媒も抜き出され、廃棄される。これが触媒コストの上昇につながり、また廃棄される触媒が産業廃棄物となるため、環境に対する負荷及び処理に要するコストも問題となる。
【0005】
前述の、低級オレフィン収率向上を目的に使用されるペンタシル型ゼオライトを含む添加触媒は、フォージャサイト型ゼオライトを含む主触媒に比較して著しく高価であるため、この使用は触媒コストの上昇をもたらす。さらに添加触媒は循環中の平衡触媒の組成と同一の比率で一部抜き出され、有効に働かないまま廃棄される添加触媒も多いため、添加触媒の効果及びコストの面で問題があった。さらに、通常の運転から低級オレフィン増産のための運転への切り替えに際して、添加触媒供給開始から低級オレフィン収率向上の効果が発現するまでに長時間を要するとの問題もあった。
【0006】
一方、流動接触分解プロセスにおける主触媒の抜き出し、廃棄に関する上記の問題を解決する目的で、ニッケル、バナジウム等の金属が多量に沈着して高い磁化率を有するようになった劣化触媒を、磁気分離装置を用いて選択的に分離、除去し、金属の沈着が少なく磁化率の低い触媒のみをコークを燃焼除去して再生後、反応系に戻すことにより、触媒の廃棄量及び新触媒の供給量を低減する方法が知られている(例えば、特許文献3及び特許文献4参照。)。
【特許文献1】特開昭57−51790号公報
【特許文献2】特開2005−270851号公報
【特許文献3】特公昭63−37835号公報
【特許文献4】特公昭63−37156号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、流動接触分解プロセスにおいて、低減された添加触媒供給量においても低級オレフィンの収率向上効果が十分発現され、また添加触媒の供給を開始してから低級オレフィン収率向上効果が発現されるまでに要する時間が短縮される、効率的な重質石油類の流動接触分解方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記従来技術の問題点に鑑み鋭意研究を行った結果、触媒の磁気分離装置を具備する流動接触分解プロセスにおいて、ペンタシル型ゼオライトを含む添加触媒を使用することにより、予想し得なかった上記目的を達成する効果が得られることを見い出して本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、触媒の磁気分離装置を具備した流動接触分解プロセスにおいて、フォージャサイト型ゼオライトを含む主触媒及び前記主触媒の質量を基準として0.5〜10質量%のペンタシル型ゼオライトを含む添加触媒と、重質石油類とを接触することを特徴とする重質石油類の流動接触分解方法に関する。
【0010】
本発明の重質石油類の流動接触分解方法においては、触媒の磁気分離装置における着磁触媒:非着磁触媒の分離比率(質量比)が、1:9〜5:5であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、流動接触分解プロセスにおいて、添加触媒の供給量が低減された状態においても低級オレフィンの収率向上効果が十分発現され、また前記添加触媒の供給を開始してから低級オレフィンの収率向上効果が発現されるまでに要する時間が短縮され、低い触媒コストにて、かつ効率的に低級オレフィンの増産が可能な重質石油類の流動接触分解方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の重質石油類の接触分解方法は、触媒の磁気分離装置を具備する流動接触分解プロセスに適用される。磁気分離装置を具備する流動接触分解プロセスにおいて、まず分解反応帯域中で流動状態に保持されている主触媒及び添加触媒からなる混合触媒と重質石油類とを接触させて重質石油類を分解し、次にストリッピング帯域において分解生成物、未反応原料、混合触媒をストリッピング処理することにより、分解生成物および未反応原料の大部分を混合触媒から分離する。次いで、コーク及び一部重質炭化水素類が付着した触媒は触媒の磁気分離装置に送入される。磁気分離装置では金属が多量に沈着して高い磁化率を有する着磁触媒、及び金属の沈着が少ないため一定以上の磁化率をもたない非着磁触媒とが分離され、非着磁触媒は再生塔に送入される。再生塔においては、主触媒及び添加触媒上に付着したコーク及び重質炭化水素類を除去するため酸化処理が施される。この再生塔において混合触媒は流動状態が保持され、通常空気により550〜850℃の温度で酸化・燃焼処理が施される。この酸化処理を受け再生された混合触媒は前記反応帯域に戻される。一方、磁気分離装置で分離された着磁触媒は廃棄される。そして廃棄される触媒と同量の新触媒が、装置運転上支障をきたさない場所より補充される。また、装置内を循環する触媒の活性を一定に保持するため、装置運転上支障をきたさない適当な場所から触媒の一部を抜き出し、それと同量の新触媒を補充してもよい。なお、触媒の抜き出しは連続的に行ってもよいし、また運転に悪影響を及ぼさない範囲で一定間隔を置いて非連続的に抜き出してもよい。
【0013】
触媒の磁気分離装置とは、ニッケル、バナジウム、鉄及び銅などの金属が多く沈着した触媒粒子(着磁物)と、金属沈着量の少ない触媒粒子(非着磁物)とを、その磁化率の差によって連続的に分離する設備であり、特に高勾配磁気分離機が好ましい。高勾配磁気分離機とは、均一な高磁場空間内に強磁性物質からなる充填物を配置し、充填物の周囲に通常200×10〜20000×10ガウス/cmもの高い磁場勾配を生じさせることにより、充填物の表面に強磁性あるいは常磁性微小粒子の着磁物を着磁させて、非着磁物の弱常磁性微小粒子あるいは反磁性微小粒子からそれらを分離することができるように設計された装置である。高勾配磁気分離機の例としては、Metso Minerals社により製作販売されているHGMSを挙げることができる。
【0014】
強磁性物質からなる充填物は通常網状であり、その材質は強磁性物質であれば問わないが、例えばステンレス・スチール製のエキスパンド・メタル等が挙げられる。網状充填物の網の線径は、通常10〜1000μmであり、好ましくは50〜700μmである。また触媒粒子が充填物を通り抜けて処理されるためには、充填物の網目は、通常3〜80メッシュの範囲にあることが好ましく、より好ましくは5〜50メッシュの範囲である。網目が80メッシュよりも小さい場合には非着磁物が機械的に充填物内に留まってしまい、また3メッシュを超える場合には充填物に効率よく着磁せずに通り抜けるものが多くなってしまうため好ましくない。網状充填物は一枚以上積層して使用するが、網状充填物の間にスペーサー等を入れて一定の間隔を設けてもよい。
【0015】
磁気分離は触媒混合物を移送流体と共に磁気分離機の磁場空間内を通過せしめることで行われる。移送流体は触媒に悪影響を及ぼさないものであれば特に制限はないが、経済性、安全性の面から通常空気、窒素あるいはそれらの混合物が用いられる。
【0016】
高勾配磁気分離機を運転する際のプロセス変数としては、磁場強度、磁場勾配、粒子濃度、移送流体線速度などがあり、触媒粒子径、堆積金属の種類と状態および目的とする分離レベル、分離効率などによりプロセス変数の最適値は変動する。磁場強度とは、充填物が設置されている空間内の磁場の強さであり、通常1000ガウス以上、好ましくは3000ガウス以上である。磁場勾配とは、充填物の周囲に生じる磁場の強さの距離に対する変化量であり、網状充填物の線径と密接な関係を持つが、一般的に線径が小さいほど磁場勾配は大きくなる。粒子濃度とは、移送流体中での触媒粒子の濃度をいう。通常0.01〜100g/L、好ましくは0.1〜10g/Lである。また、移送流体線速度とは、磁場空間内を通過する際の移送流体の線速度のことであり、移送流体線速度を変化させることで分離レベル、分離効率を大きく変えることができる。移送流体線速度は、通常0.01〜50m/sec、好ましくは0.1〜10m/secである。移送流体線速度が0.01m/secより小さい場合、非着磁物も充填物内に機械的に留まり、移送流体線速度が50m/secを超える場合には、着磁物のほとんどが充填物を通り抜けてしまい、分離のレベル、分離効率ともに実用に適さない。
【0017】
前記触媒の磁気分離装置における分離比率、すなわち着磁触媒:非着磁触媒の質量比は、1:9〜5:5の範囲が好ましく、より好ましくは1:9〜2:8の範囲である。分離比率が1:9よりも着磁触媒の割合が少ない場合には金属の沈着により劣化した触媒の除去が不十分であり、触媒全体の活性及び選択性が経時的に低下する傾向にある。一方、分離比率が5:5よりも非着磁触媒の割合が多い場合には、劣化がそれ程進行していない触媒も除去、廃棄することとなり、触媒使用量の削減の観点で好ましくない。さらに分離比率が1:9〜5:5の範囲を外れる場合は、添加触媒供給量の削減効果および添加触媒の供給を開始してから低級オレフィン収率向上効果が発現されるまでに要する時間が短縮される効果が小さくなる。
【0018】
本発明の接触分解方法において原料として用いられる重質石油類としては、一般的にはニッケル、バナジウム等の重金属、アスファルテン等の蒸留残渣分を含む重質石油類である。具体的には、原油の常圧蒸留残渣油、減圧蒸留残渣油、若しくはこれらを水素化処理したもの、あるいはそれらの混合物などが挙げられる。
【0019】
原料と触媒混合物の接触方式としては、触媒混合物の流動床にて接触を行う場合と、混合触媒と原料が共に管中を移動するライザークラッキングのような方式を採用する場合があるが、本発明はいずれの方式にも適用される。
【0020】
本発明の接触分解方法における分解反応条件は特に限定されるものではなく、通常の流動接触分解反応に使用される条件が採用される。例えば、反応温度480〜650℃、圧力0.1〜0.3MPa、触媒/油比1〜20wt/wt、接触時間0.1〜10秒が挙げられる。
【0021】
本発明の方法に用いる主触媒は、石油類の接触分解に通常用いられる触媒であればよいが、特にフォージャサイト型ゼオライトを含む触媒が好適である。フォージャサイト型ゼオライトの中でも、Y型ゼオライト、超安定Y(USY)型ゼオライトがさらに好ましく、USY型ゼオライトが活性、スチーミングに対する活性の安定性等の観点から特に好ましい。
【0022】
前記主触媒は、無機酸化物マトリックス中に前記フォージャサイト型ゼオライトが均一に分散した触媒組成物であることが好ましい。無機酸化物マトリックスとしては、通常、ゼオライトを含有する流動接触分解用触媒組成物に使用される無機酸化物マトリックスが使用可能であり、例えば、シリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、シリカ−マグネシア、アルミナ−ボリア、チタニア、ジルコニア、シリカ−ジルコニア、ケイ酸カルシウム、カルシウムアルミネートなどの無機酸化物、及びカオリン、ベントナイト、ハロイサイトなどの粘土鉱物等を挙げることができる。これらの無機酸化物は1種又は2種以上を組み合わせて使用することができる。前記フォージャサイト型ゼオライトは前記無機酸化物マトリックス中に、触媒組成物の質量を基準として5〜50質量%の範囲で混合されていることが好ましく、15〜40質量%の範囲であることがさらに好ましい。該触媒組成物中に含有されるフォージャサイト型ゼオライトの量が5質量%未満の場合には、触媒の活性が不十分となる傾向にある。一方、フォージャサイト型ゼオライトの量が50質量%を越える場合には、分解反応が過度に進行し、目的とする生成物への選択率が低下する傾向にあり好ましくない。
【0023】
前記主触媒の粒子径については特に限定されないが、通常5〜200μm、好ましくは20〜150μmである。
【0024】
前記主触媒としては、通常流動接触分解プロセスで使用される市販の触媒を使用することができる。
【0025】
本発明の方法に用いる添加触媒は、ペンタシル型ゼオライトを含む触媒である。ペンタシル型ゼオライトとしては、例えば、ZSM−5、ZSM−11、ZSM−12、ZSM−22、ZSM−23、ZSM−35、ZSM−38、ZSM−48などのゼオライトが例示される。特にZSM−5は酸強度の大きい固体酸性を有し、高い形状選択性を示すため、低級オレフィン増加効果が大きいので好適である。
【0026】
前記添加触媒は無機酸化物マトリックス中に前記ペンタシル型ゼオライトが均一に分散された触媒組成物であることが好ましい。無機酸化物マトリックスとしては、通常、ゼオライトを含有する流動接触分解用触媒組成物に使用される無機酸化物マトリックスが使用可能であり、例えば、シリカ、アルミナ、シリカ−アルミナ、シリカ−マグネシア、アルミナ−ボリア、チタニア、ジルコニア、シリカ−ジルコニア、珪酸カルシウム、カルシウムアルミネートなどの無機酸化物、及びカオリン、ベントナイト、ハロイサイトなどの粘土鉱物等を挙げることができる。特に、シリカ、カオリン、含水微粉ケイ酸及びアルミナからなる無機酸化物マトリックスが好適に使用される。これらの無機酸化物は1種又は2種以上を組み合わせて使用することができる。前記ペンタシル型ゼオライトは前記無機酸化物マトリックス中に、触媒組成物の質量を基準として好ましくは10〜40質量%の範囲、さらに好ましくは15〜20質量%の範囲で混合される。前記触媒組成物中のペンタシル型ゼオライトの含有量が10質量%未満である場合には、該触媒組成物の使用量を増加させないと所望の低級オレフィン収率向上効果が得られない傾向にある。また、該ペンタシル型ゼオライトの含有量が40質量%を越えても、該ゼオライトの量が40質量%以下の場合に比較して低級オレフィン収率向上効果の更なる増加が認められない傾向にあり、触媒コストが上昇することから経済的でない。
【0027】
前記添加触媒は、それを構成する触媒組成物中にさらに無水リン酸(P)を含有することが好ましい。該触媒組成物中にリン酸を含有することにより、流動接触分解プロセスにおいて該添加触媒を使用している間にペンタシル型ゼオライト骨格から脱アルミニウムが生じて固体酸量が減少するのが抑制され、低級オレフィン収率向上効果の低下が抑制される。該触媒組成物中のリン酸の含有量はPとして5〜15質量%の範囲にあることが望ましい。
【0028】
前記添加触媒の粒子径については特に限定されないが、通常5〜100μm、好ましくは20〜80μmである。
【0029】
前記添加触媒としては、通常流動接触分解プロセスで低級オレフィン増産のために使用される市販の添加触媒を使用することができる。
【0030】
本発明の接触分解方法において、新たな主触媒及び添加触媒の供給は、これらを所定の比率で混合して同時に供給してもよいし、また所定の比率になるように調整して別々に供給してもよい。
【0031】
流動接触分解プロセスにおいて、通常の運転から本願発明に係る低級オレフィン増産を目的とした運転に切り替える際には、触媒を通常の運転における主触媒のみの使用から、主触媒と添加触媒の混合触媒の使用に切り替える。
【0032】
この場合、単位時間当りの新たな添加触媒の供給量の、同じく新たな主触媒の供給量に対する割合は、主触媒の質量を基準として1〜10質量%とするのが好ましく、より好ましくは2〜5質量%である。前記割合が1質量%未満の場合には、運転の切り替えから低級オレフィン収率向上の効果が発現するまでに要する時間が長大になる傾向にある。一方、前記割合が10質量%を越える場合には、添加触媒を構成するペンタシル型ゼオライトの分解活性が主触媒に比較して大幅に高いことから、局部的に分解反応が過度に進行し、反応の選択性が低下する、あるいは反応系が不安定になる等の問題が起こり易い傾向にある。
【0033】
運転切り替えの後、添加触媒の供給を継続し反応帯域内の混合触媒中の添加触媒の比率を主触媒の質量を基準として0.5〜10質量%、好ましくは1〜8質量%とすることにより、低級オレフィン収率向上の効果が発現する。前記反応帯域内の混合触媒中の添加触媒の比率が0.5質量%未満である場合には、低級オレフィンの収率向上の効果が小さく、一方、前記添加触媒の比率が10質量%を越える場合には、過度の分解反応により、目的生成物の選択率が低下する傾向となる。前記反応帯域内の混合触媒中の添加触媒の比率が所定の値に達し、低級オレフィンの収率が所定の値に達した後は、新たに供給する添加触媒/主触媒の供給量の比率を低減するか、あるいは添加触媒の供給を停止しても、低級オレフィンの収率が低下することなく運転を継続することができる。なお、前記反応帯域内の混合触媒中の添加触媒の比率及びその他の運転条件が同一であれば、触媒の磁気分離の有無には依らず、反応生成物の収率及び性状は実質的に同一となる。また、混合触媒中の添加触媒/主触媒組成比は、添加触媒がリン酸を含む触媒組成物である場合には、蛍光X線分析法などにより混合触媒中のリン元素の定量を行うことにより簡便に測定することができる。
【0034】
前述のように、流動接触分解プロセスにおいて触媒の磁気分離を行うことにより、金属の沈着により劣化した触媒のみを選択的に除去し、廃棄する触媒の量、ひいては新たに供給する触媒の量が削減できることは知られている。しかし、本発明の効果は、単に前記従来技術を主触媒と添加触媒の組み合わせに応用することから予想されるものに留まらないものである。すなわち、本発明によれば、重質石油類の流動接触分解プロセスにおいて、添加触媒の供給量が低減された状態においても低級オレフィンの収率向上効果が十分発現され、さらに前記添加触媒の供給を開始してから低級オレフィンの収率向上効果が発現するまでに要する時間が著しく短縮されるという効果を奏するため、低い触媒コストにて、かつ効率的に低級オレフィンを増産することを可能ならしめたものであり、このことは従来技術からは全く予期し得ない効果である。
【0035】
本願発明の予想し得ない効果がどのような作用機構によりもたらされるものかについては定かではないが、以下のように推定される。もちろん、かかる作用機構は推定であり、本発明を拘束するものではない。
ペンタシル型ゼオライトを含む添加触媒は、ニッケル、バナジウム等の重質石油類に含まれる金属種による影響が極めて小さいことが推定され、その結果、磁気分離装置においても着磁により分離、除去され難い。このことにより供給された添加触媒が劣化することなく、また無駄なく循環され有効に利用されていることが作用しているのではないかと推定される。一方、主触媒に関しては従来の触媒の磁気分離の効果、すなわち劣化した触媒のみを分離・除去し、劣化の進行していない主触媒の廃棄が抑制されることにより、新たに供給する主触媒の量を削減する効果がそのまま利用される。
【実施例】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0037】
(参考例1)
Metso Minerals社製高勾配磁気分離機を組み込んだ、原料油処理能力日糧約4万バレルのKBRオルソフロー式流動接触分解装置において、原料油として原油の常圧蒸留残油を直接脱硫処理したもの及び脱硫処理した減圧軽油からなる混合物を用い、触媒としてフォージャサイト型ゼオライト組成物からなる触媒化成工業株式会社製DCT触媒(商品名)を用いて、磁気分離機を稼動することなく、下記の運転条件にて、平衡触媒抜き出し速度及び新触媒供給速度を7.0t/dとして重質油の接触分解を行った。得られた生成物の収率及び性状を表1に示す。
<流動接触分解装置運転条件>
原料油処理量 : 約40000バレル/日
循環触媒量 : 約200t
原料油密度 : 0.91g/cm
反応温度 : 510℃
再生温度 : 720℃
触媒/原料油重量比: 5.5
【0038】
(参考例2)
前記磁気分離機を下記の条件にて稼動し、循環系より抜き出した平衡触媒を着磁物と非着磁物に分離し、非着磁物を循環系内へ戻して再生使用し、劣化触媒排出速度及び新触媒供給速度を5.0t/dとした以外は参考例1と同様に重質油の接触分解を行った。結果を表1に示す。
<磁気分離機運転条件>
平衡触媒処理量 : 25t/日
触媒分離重量比 : 1:4
磁場強度 : 7500ガウス
処理速度 : 2.0m/秒
リング回転数 : 1.8rpm
【0039】
(比較例1)
参考例1にて使用した触媒を主触媒に、ZSM−5型ゼオライト組成物からなる触媒化成工業株式会社製OCTUP(商品名)を添加触媒に用い、表1に記載のそれぞれの速度にて新しい主触媒及び添加触媒を別個に供給し、平衡触媒抜き出し速度を7.30t/dとした以外は参考例1と同様に、触媒の磁気分離機の稼動は行わず重質油の接触分解を行った。本運転開始、すなわち添加触媒の供給開始の時点から14日後に、反応帯域内の混合触媒中の添加触媒の比率が主触媒の質量を基準として2.0質量%となり、同28日後に4.0質量%となった。それぞれの時点での生成物の収率及び性状を表1に示す。なお、混合触媒中の添加触媒の割合は、経時的に採取した混合触媒サンプル中のリン元素を蛍光X線分析法により定量し、予め定量した添加触媒中のリン元素含有量との比から決定した。
【0040】
(実施例1)
比較例1にて使用した主触媒及び添加触媒をそれぞれ表1に記載の速度にて供給し、参考例2と同様に磁気分離機を稼動し、循環系より抜き出した平衡触媒を着磁物と非着磁物に分離し、非着磁物を循環系内へ戻して再生使用し、劣化触媒排出速度5.28t/dとした以外は参考例2と同様に重質油の接触分解を行った。比較例1と同様に、混合触媒中の、主触媒の質量を基準とする添加触媒の比率が2.0質量%及び4.0質量%となった時点までの運転時間及び前記それぞれの時点での生成物の収率及び性状を表1に示す。また磁気分離機にて除去された着磁触媒について、蛍光X線分析法によりリン元素の定量を行った結果、リン元素は検出されず、着磁触媒中に添加触媒は実質的に含まれないことが確認された。
【0041】
【表1】

【0042】
上記参考例1と参考例2との対比から明らかなように、触媒として主触媒のみを使用する場合、触媒の磁気分離導入により、同等の製品を同等の収率で得る際に廃棄する触媒の量(新たに供給する触媒の量)を30%程度削減することが可能である。一方、本発明の方法においては、主触媒の廃棄(供給)量は磁気分離を導入しない場合に比較して前記参考例間と同様の削減率であるが、同一の性状を有する製品を同一の収率で得るために必要な添加触媒の量及びそこに到達するに要する時間に関して、特徴的、かつ予想し得なかった効果が確認された。
【0043】
すなわち、比較例1と実施例1との比較から、以下のことが明らかになった。
実施例1においては、添加触媒の供給速度が小さいにもかかわらず、添加触媒供給開始から反応帯域中の混合触媒中における添加触媒の比率が所定の値となり、低級オレフィンの収率が所定の値となるまでに要する時間が、比較例1に比較して短時間となっている。これにより所定の低級オレフィン収率を達成するまでに要する時間が短縮され、低級オレフィンの増産効果を一層大きなものとすることができる。なお、添加触媒供給速度0.28t/dと0.30t/dとは明確な有意差である。
【0044】
また、混合触媒中における添加触媒の比率が所定の値となるまでに供給する累計の添加触媒供給量が、触媒供給速度低減により約93%に、時間短縮の効果により約88%に削減可能であり、この期間における添加触媒使用量の削減効果は併せて約18%となる。
【0045】
実施例1においては、運転時間と混合触媒中の添加触媒の比率との関係が、添加触媒は磁気分離により分離、廃棄されず、全てが循環・再生され反応に供せられると仮定した場合の計算結果とほぼ合致している。このことから、前記仮定は正しいと推定される。これによれば、混合触媒中の添加触媒の比率が所定の値に到達し、所定の低級オレフィン収率に到達した後には、場合によりロス分を補うごくわずかな添加触媒の補充は必要であるとしても、基本的に添加触媒の供給を停止しても混合触媒中の添加触媒の比率、ひいては低級オレフィン収率を所定の値に維持することが可能であると考えられる。したがって、添加触媒の比率が所定の値に到達した後の期間については、添加触媒使用量の削減効果は実質的に100%となることが期待される。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によれば、石油化学原料として高い需要のあるプロピレン等の低級オレフィンの収率向上効果を、運転開始後短時間で発現し、かつ高価な添加触媒の使用量を大幅に低減しつつその効果を発現可能である効率的な重質石油類の流動接触分解方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
触媒の磁気分離装置を具備した流動接触分解プロセスにおいて、フォージャサイト型ゼオライトを含む主触媒及び前記主触媒の質量を基準として0.5〜10質量%のペンタシル型ゼオライトを含む添加触媒と、重質石油類とを接触することを特徴とする重質石油類の流動接触分解方法。
【請求項2】
触媒の磁気分離装置における着磁触媒:非着磁触媒の分離比率(質量比)が1:9〜5:5の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の重質石油類の流動接触分解方法。

【公開番号】特開2009−73919(P2009−73919A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−243798(P2007−243798)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【出願人】(590000455)財団法人石油産業活性化センター (249)
【Fターム(参考)】