重金属イオン測定用質量分析試薬並びにそれを用いる重金属イオンの質量分析方法及び重金属イオン分析用質量分析システム
【課題】フレームを用いることなく、簡便かつ高感度に、3価の重金属イオンを包含する重金属イオンを測定する手段の提供。
【解決手段】例えば下記式[IV]
で示されるような、溶液中で1価の負イオンになる陰イオン性官能基を2個持つ特定の環構造を有する化合物から成る重金属イオン測定用質量分析試薬を提供した。
【効果】イオン性官能基に起因する負電荷により、重金属イオンの電荷が減じられ、また、錯形成により生成される錯体がほぼ単一のピークとして観察されることから、フレームを用いない簡便な質量分析により、高感度に重金属イオンを測定することができる。
【解決手段】例えば下記式[IV]
で示されるような、溶液中で1価の負イオンになる陰イオン性官能基を2個持つ特定の環構造を有する化合物から成る重金属イオン測定用質量分析試薬を提供した。
【効果】イオン性官能基に起因する負電荷により、重金属イオンの電荷が減じられ、また、錯形成により生成される錯体がほぼ単一のピークとして観察されることから、フレームを用いない簡便な質量分析により、高感度に重金属イオンを測定することができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pb2+, Cd2+, Hg2+, Fe3+及びCr3+等の重金属イオンを質量分析により測定するために用いられる、重金属イオン測定用質量分析試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
重金属による土壌・地下水汚染の原因には、対象物質を含む原材料、薬品等の保管・製造過程における漏出、ばい煙の降下、不適正な排水の地下浸透または廃棄物の埋立処分などがある。土壌中における重金属等の挙動は、その物理化学的な性状および媒体となる土壌の性質により異なるが、一般に、重金属は水に溶けにくく、かつ土壌に吸着されやすいため、地下に浸透した重金属は、地表近くの土壌中に存在し、深部にまでは拡散していないことが多くある。しかしながら、土壌の吸着能力を超える負荷が生じた場合または六価クロムのように水に対する溶解度が高く、移動性の高い物質の場合、雨水などの地下浸透とともに地下深部にまで拡散することがある。
【0003】
そのような背景で、現在重金属の汚染状況を簡便かつ正確に把握する分析手法が求められている。従来の方法は、高感度測定法としてICP、原子吸光法が挙げられるが、フレームを用いるため危険で現場で好まれず、また、操作の煩雑さ、ランニングコストが高いといった問題点が指摘されている。また簡易分析法として比色分析法が挙げられるが、感度が低いといった問題点が指摘されている。
【0004】
一方、クラウンエーテル骨格(ヘテロ原子としてイオウ、窒素又は酸素原子を含む)の、重金属イオンとの錯形成能をエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)で測定することが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、この方法では、1:1錯体ピークは検出できず、対イオンも付加して検出され、感度が悪いという問題がある。また、飛行時間型質量分析計を用いる場合、多価イオンよりも1価イオンを感度良く検出することができるが、従来、Fe3+やCr3+のような3価の重金属イオンを1価のイオンにする重金属イオン測定用質量分析試薬は知られていない。
【0005】
【非特許文献1】Sheldon M. et al., Anal. Chem. 2002, 74, 4423-4433
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、フレームを用いることなく、簡便かつ高感度に、3価の重金属イオンを包含する重金属イオンを測定する手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、重金属イオンと錯体を形成する特定の構造と、溶液中で陰イオンになるイオン性官能基とを1分子中に2個含む化合物を、質量分析用のプローブとして用いることにより、3価の重金属イオンを簡便かつ高感度に測定することができることを見出し本発明を完成した。また、本発明は、特定の環構造を有する化合物が、ヨウ素イオンの存在下において、特に高感度に重金属イオンを測定することができることを見出し本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、下記一般式[I]
【0009】
【化1】
【0010】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、R3及びR4は互いに独立に水素原子、炭素数1から10の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、アミノ基、ニトロ基又はハロゲン、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
下記一般式[II]
【0011】
【化2】
【0012】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
又は、下記式[III]
【0013】
【化3】
【0014】
(ただし、環を構成する炭素原子には、-A1-R1(A1及びR1の定義は前記一般式[I]と同じ)で表される置換基が、各エチレン鎖当り1個以下の数だけ結合していてもよい)
【0015】
で表される構造を有する重金属イオン測定用質量分析試薬を提供する。また、本発明は、上記本発明の試薬と、被検試料中の重金属イオンとを反応させ、生成物を質量分析することを含む、重金属イオンの質量分析方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の試薬を収容する試薬容器と、被検試料を収容する試料容器と、前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引するための吸引手段と、該吸引手段に接続され、その先端部を介して前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引する吸引管と、該吸引管の途中に設けられた第1のバルブと、該第1のバルブに液押出用管を介して接続された送液ポンプと、前記第1のバルブに送液管を介して接続された液混合手段と、該液混合手段の下流に接続された質量分析装置とを具備する、重金属イオン分析用質量分析システムを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の試薬を用いると、イオン性官能基に起因する負電荷により、重金属イオンの電荷が減じられ、また、錯形成により生成される錯体がほぼ単一のピークとして観察されることから、フレームを用いない簡便な質量分析により、高感度に重金属イオンを測定することができる。特に、上記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬では、1分子中に、溶液中で陰イオンになるイオン性官能基が2個存在するので、Fe3+やCr3+のような3価の重金属イオンと結合すると全体として1価の陽イオンになり、飛行時間型質量分析により特に高感度に分析することができる。また、上記一般式[III] で表される構造を有する試薬では、ヨウ素イオンの存在下において、Hg2+, Cd2+及びPb2+等の2価の重金属イオンを特に高感度に質量分析できる。また、本発明により、上記本発明の試薬を用いる、高感度な重金属イオンの質量分析方法及び質量分析システムが提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
上記のように、本発明の重金属イオン測定用質量分析試薬は、前記一般式[I]ないし[III]で表される構造を有するものである。これらのうち、前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬は、Fe3+やCr3+のような3価の重金属イオンの質量分析に特に適した試薬であり、また、前記一般式[III]で表される構造を有する試薬のうち無置換のものは、Hg2+, Cd2+及びPb2+等の2価の重金属イオンの特に高感度な質量分析を可能にするものである。
【0018】
前記一般式[I]及び[II]中、R1及びR2は互いに独立に溶液中、好ましくは水溶液中で陰イオン、好ましくは1価の陰イオンになるイオン性官能基であり、好ましい例として、カルボキシル基若しくはその塩、スルホン基若しくはその塩、又は水酸基若しくはその塩を挙げることができる。これらの中でも、特にカルボキシル基若しくはその塩が好ましい。これらの好ましいイオン性官能基、とりわけ、カルボキシル基若しくはその塩は、その陰イオンの電荷によって重金属イオンの電荷を、両者で合計2価減少させるのみならず、重金属イオンとの安定で選択的な錯形成にも寄与し、ひいては重金属イオンの高感度測定に寄与する。
【0019】
前記一般式[I]中、R3及びR4は互いに独立に、水素原子、炭素数1から10(好ましくは炭素数1〜4)の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、アミノ基、ニトロ基又はハロゲンを示し、好ましくは水素原子である。
【0020】
一般式[I]及び[II]中、A1及びA2は、互いに独立に存在していても存在していなくてもよく(存在しない場合は、R1及び/又はR2が窒素に直結する)、存在する場合には任意のスペーサー部である。本発明の試薬は、環の部分で重金属イオンと錯形成し、R1とR2によって錯体の電荷を3価から1価にするものであるから、環とR1又はR2の間に位置するA1及びA2は、任意の構造をとり得るものである。また、A1及びA2は、存在せず、カルボキシル基のような陰イオン性官能基が窒素原子に直結していてもよい。A1及びA2は好ましくは存在しないか、炭素数1ないし10(さらに好ましくは炭素数1〜4)の直鎖型若しくは分枝型アルキレン基、該アルキレン基の一部をアミノ基、ハロゲン、エーテル及び/若しくはカルボニル基に置換した置換アルキレン基、フェニレン基、又はフェニレン基の一部をアミノ基、ハロゲン及び/若しくはニトロ基に置換した置換フェニレン基が好ましい。なお、エーテルに置換したアルキレン基とは、アルキレン鎖中の炭素原子が-O-に置き換わったものを意味する。同様に、カルボニル基に置換したアルキレン基とは、アルキレン鎖中の炭素原子が-CO-に置き換わったものを意味する。また、上記置換アルキレン基又は置換フェニレン基中の置換基の数は、1個でも複数でもよい。これらの置換基のうち、炭素数1〜10、さらに好ましくは炭素数1〜4のアルキレン基が好ましい。
【0021】
前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する本発明の試薬により測定可能な重金属イオンとしては、環部分と錯形成が可能な重金属イオンであれば特に限定されないが、3価の陽イオンが好ましい。近年、質量分析装置の検出器として飛行時間型質量分析計が汎用されている。飛行時間型質量分析計は重金属イオンのような多価イオンよりも1価のイオンを感度良く検出することが出来る。3価の陽イオンが、好ましいR1及びR2である1価の陰イオン性官能基を有する本発明の試薬と錯結合すると、重金属イオンの電荷が2価だけ減少し、生成する錯体の合計の電荷は1価となり、飛行時間型質量分析計により高感度に測定することができる。本発明の試薬を用いて測定される好ましい重金属イオンの例として、Fe3+及びCr3+から成る群より選ばれる少なくとも1種を例示することができる。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「測定」には検出(定性分析)と定量分析の両者が含まれる。
【0022】
前記一般式[I]又は[II]で表される本発明の試薬は、R1、A及びR2の構造がそれぞれ公知であり、それらを結合することにより得ることができるので、有機合成の分野における常法に基づいて合成することができ、好ましい具体例が下記実施例に詳述されている。
【0023】
前記一般式[I]又は[II]で表される本発明の試薬を用いて重金属イオンを測定する際には、先ず、重金属イオンを含む試料と混合して重金属イオンと試薬との錯体を生成させ、次に生成した錯体を質量分析にかける。本発明の試薬と重金属イオンとの反応は、1:1の化学量論量でよく進行するので、用いる試薬のモル濃度は、特に限定されないが、予想される重金属イオンのモル濃度と同程度でよい。従って、予想される重金属イオンのモル濃度の範囲の上限又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いればよい。あるいは、重金属イオン濃度が許容基準値以下であるか否かを調べる場合には、その基準値のモル濃度と同じか又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いることもできる。試薬と重金属の錯形成反応の温度は、特に限定されないが、室温でよく反応するので、室温で行なうことが簡便で好ましい。また、反応は速やかに起きるので、反応時間は、特に限定されず、通常、1秒〜30秒程度でよく、多くの場合、2秒〜3秒程度でよい。反応溶媒は、水又はメタノールやエタノールのような、水と任意の割合で混じり合う有機溶媒が好ましく、メタノールが最も好ましい。混合は、撹拌下に行なうことが好ましい。
【0024】
一方、前記式[III]で表される化合物(無置換のもの)は、1,4,7,10-テトラアザドデカン(サイクレン)と呼ばれる公知の化合物であり、その製造方法も公知である(例えば文献Beilstein 26, 11, 24に記載)。サイクレンも、前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬と同様にして用いることができる。また、本願発明者らは、サイクレンと、2価の重金属イオン(M2+)と、ヨウ素イオンが共存すると、M2+-I--サイクレンの1価錯体が形成され、質量分析においてほぼ単一のピークとして観察されるため、質量分析装置を用いて高感度の分析が可能になることを見出した。特に、M2+がHg2+場合に強く上記1価錯体が形成されるので、ヨウ素イオンの共存下においてHg2+を特に高感度に質量分析を行うことができる。
【0025】
ヨウ素イオンの存在下においてサイクレンを用いて重金属イオンを測定する際には、先ず、重金属イオンを含む試料と、ヨウ素イオン源、好ましくはヨウ素塩と、サクレンとを混合して重金属イオンとヨウ素イオンとサイクレンとの錯体を生成させ、次に生成した錯体を質量分析にかける。サイクレンと重金属イオンとヨウ素イオンとの反応は、モル比で1:1:1の化学量論量でよく進行するので、用いる試薬のモル濃度は、特に限定されないが、予想される重金属イオンのモル濃度と同程度でよい。従って、予想される重金属イオンのモル濃度の範囲の上限又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いればよい。あるいは、重金属イオン濃度が許容基準値以下であるか否かを調べる場合には、その基準値のモル濃度と同じか又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いることもできる。試薬と重金属の錯形成反応の温度は、特に限定されないが、室温でよく反応するので、室温で行なうことが簡便で好ましい。また、反応は速やかに起きるので、反応時間は、特に限定されず、通常、1秒〜30秒程度でよく、多くの場合、2秒〜3秒程度でよい。反応溶媒は、水又はメタノールやエタノールのような、水と任意の割合で混じり合う有機溶媒が好ましく、メタノールが最も好ましい。混合は、撹拌下に行なうことが好ましい。また、pHは中性〜塩基性領域(pH7.6〜12.3)が好ましい。
【0026】
なお、サイクレンを構成する炭素原子には、-A1-R1(A1及びR1の定義は一般式[I]と同じ)で表される置換基が、環を構成する各エチレン鎖当り1個以下の数だけ結合していてもよい。すなわち、置換基が存在する場合、環全体では置換基の数は1個ないし4個である。このような置換基が存在する場合、溶液中で1価の負イオンとなるイオン性官能基が存在するので、上記したヨウ素イオンは不要である。また、この場合、測定の対象となる重金属イオンの価数は、サイクレン誘導体と重金属イオンが錯結合した錯体全体の価数が1価となる価数(すなわち、置換基の数+1)が好ましい。なお、サイクレンにこのような置換基を導入することは、有機合成の常法により容易に行うことができる。
【0027】
前記式[I]ないし[III]で表される構造を有する試薬を用いて質量分析を行なう場合、錯形成反応後の試料は、そのまま質量分析にかけることができる。質量分析自体は、市販の質量分析器を用いた常法により行うことができる。質量分析法としては、公知の方法のいずれでもよいが、ESI-MSが好ましく、また、検出器は、飛行時間型質量分析計が好ましい。
【0028】
用いる試薬の分子量は既知であり、重金属イオンの原子量も既知であるから、質量分析により錯体のm/zを測定することによって、その重金属イオンを同定し、測定することができる。また、下記実施例において具体的に示されるとおり、試料中に複数種類の重金属イオンが含まれる場合であっても、各重金属イオンの原子量が異なるから、異なる位置に複数観察されるm/zのピークから、各重金属イオンを分別的に測定することができる。
【0029】
本発明の試薬を用いると、陰イオン性官能基R1及びR2によって、又はヨウ素イオンによって重金属イオンの電荷を相殺し、錯体の電荷を1価にすることができるので、飛行時間型質量分析計を用いて高感度に質量分析を行うことができる。また、一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬を用いる場合、陰イオン性官能基R1及びR2として、上記した好ましい官能基を用いる場合には、陰イオン性官能基が、錯体形成にも寄与し、安定で選択的な(すなわち、1種類の重金属イオンについて1種類の錯体しか形成されない)錯体形成が達成される。このため、試料中の重金属イオンを正確に測定でき、また、1つの試料中に複数種類の重金属イオンが含まれる場合であっても、各重金属イオンを分別的に正確に測定することができる。
【0030】
本発明はまた、上記本発明の試薬と、被検試料中の重金属イオンとを反応させ、生成物を質量分析することを含む、重金属イオンの質量分析方法を提供するものであり、これは上記の通りに実施することができる。
【0031】
本発明の質量分析方法は、上記本発明の試薬を用いて、汎用の質量分析装置を用いて手動で行なうことができるが、本発明はまた、上記本発明の試薬を用いた、自動化に適した重金属イオン分析用質量分析システムをも提供する。
【0032】
この質量分析用システムを、図18及び図19を参照して説明する。質量分析用システムは、試薬を収容する試薬容器10と、被検試料を収容する試料容器12、12’を含む。被検試料を収容する試料容器は、1個でも複数でもよく、複数ならば複数の被検試料を分析することができる。質量分析システムは、前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引するための吸引手段14を具備する。吸引手段14は、例えばシリンジである。該吸引手段14には、吸引管16が接続され、吸引管16は、その先端部を介して前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引する。吸引管16の先端部には、ニードルが取り付けられていてもよく、その場合には、容器の頂部をフィルムで被覆した試料容器や試薬容器のフィルムをニードルで突き刺して内部の液体を吸引することができる。吸引管16の途中には第1のバルブ18が設けられている。該第1のバルブ18には、液押出用管20を介して送液ポンプ22が接続されている。第1のバルブ18には、送液管24を介して液混合手段26が接続されている。液混合手段26は、試料液と試薬液とを混合することができる手段であれば何ら限定されるものではなく、例えば、簡便で好ましい例としてミキシングカラムを挙げることができる。ミキシングカラムは、カラムの内部にガラスビーズを充填したものであり、2液がこの中を通る間に2液の混合が起きる。液混合手段26の下流には、質量分析計が接続され、これは汎用のものであってよい。さらに、図18及び図19に示す好ましい具体例では、液押出用管20の途中であって、前記送液ポンプ22と前記第1のバルブ18の間に第2のバルブ28が設けられ、一方、前記吸入管16の途中であって、前記吸入手段14と前記第1のバルブ18の間に第3のバルブ30が設けられ、これらの間が第2の液押出用管32で接続されている。
【0033】
操作にあたっては、先ず、吸引手段14を作動させて試薬容器10から本発明の試薬液を吸引する。この時、第1のバルブ18及び第3のバルブ30は、吸引手段14によって液が吸引される側に設定されている。送液ポンプ22は停止している。次に、この状態で、吸引管16の先端部(ニードルが取り付けられている場合にはニードル)を移動させ、試料容器12又は12’から被検試料液を吸引する。吸引時の流体の流れが黒塗りの三角形で図19に示されている。
【0034】
吸引した試薬液及び被検試料液を質量分析計に押出す際には、吸引手段14を停止すると共に送液ポンプ22を作動させ、溶媒を送り出す。溶媒としては、反応溶媒と同様、水又はメタノールやエタノールのような、水と任意の割合で混じり合う有機溶媒が好ましく、メタノールが最も好ましい。また、第1、第2及び第3のバルブを、図19に黒三角で示す向きに流体が移動するよう切り替える。そうすると、吸引管16の途中にあった試薬液及び被検試料液は、図19の黒三角で示すように、液混合手段を介して質量分析計に送られる。上記の通り、液混合手段を通過する際に試薬液と被検試料液が混合される。試薬液と被検試料液が混合されると、上記した結合反応が起き、結合生成物が上記の通り、質量分析に付される。
【0035】
実施例
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
KHM-7の合成
下記のスキームに従い、下記式[IV]で表される構造を有する、本発明の試薬であるKHM-7を合成した。
【0037】
【化4】
【0038】
合成スキーム
【0039】
【化5】
【0040】
(1) 1,8-ビス (エトキシカルボニルメチル)-4,11-ジメチル -1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン(7)の合成
Ar置換した200 ml三口ナスフラスコに、1,8-ジメチル -1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン(6) (1 g, 4.4 mmol, 1 eq.) を入れ、アセトニトリル (80 ml) を加えた。ブロモ-酢酸エチルエステル (1.45 ml, 8.8 mmol, 2eq.) 、炭酸カリウム (1.85 g, 13.0 mmol, 3 eq.) を加えて18時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、溶媒を減圧留去した。得られた固体をエチルクロロホルムに溶解し、H2Oで洗浄した後、有機層を芒硝乾燥した。溶媒を減圧留去し、カラムクロマトグラフィー (Al2O3 クロロホルム:メタノール= 10:1 v / v) によって精製を行い、茶色オイル状化合物 ( 化合物7 ; 378.8 mg, 21.6 %) を得た。
【0041】
TLC (Al2O3); Rf = 0.4 (chloroform:methanol = 10:1 v/v)
ESI-TOFMS (+)
[M + 2H]2+ = 201.2
1H-NMR (300 MHz, CD3Cl, TMS, r.t., δ/ppm), 1.27 (t, J = 7.1 Hz, 6H, -CH3), 1.64 (m, 4H, -CH2-), 2.21 (s, 6H, -CH3), 2.44 (m, 8H, -CH2-),2.74 (m, 8H, -CH2-), 3.37 (s, 4H, -CH2-), 4.15 (m, J = 8.7 Hz, 4H, -CH2-)
【0042】
(2) 4,11-ジメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン-1,8-ジ酢酸(KHM-7)の合成
30 ml二口ナスフラスコに、化合物7(36.3 mg, 0.075 mmol) を入れ、エタノール (10 ml) 、10wt%aq. NaOH (1ml) を加えて3時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、大部分の溶媒を減圧留去した。1M HCl (3ml) を加えてpHを5に調整した後、溶媒を減圧留去した。エタノールを加えて、析出した沈殿を濾別した後、濾液を減圧濃縮し、白色結晶状化合物(化合物KHM-7 ; 30.1mg, 96.5 %) を得た。
【0043】
ESI-TOFMS (+)
[M + H]+ = 345.5
1H-NMR (300 MHz, CD3OD, TMS, r.t., δ/ppm), 1.49 (m, 4H, -CH2-), 2.27 (s, 6H, -CH3), 2.36 (m, 8H, -CH2-), 2.46 (m, 8H, -CH2-), 3.30 (s, 4H, -CH2-)
【実施例2】
【0044】
KHM-9の合成
下記のスキームに従い、下記式[V]で表される構造を有する、本発明の試薬であるKHM-9を合成した。
【0045】
【化6】
【0046】
合成スキーム
【0047】
【化7】
【0048】
(1) 1,7-ビス(エトキシカルボニルメチル)-4,10,13-トリオキサ -1,7-ジアザシクロペンタデカン(9)の合成
Ar置換した200 ml三口ナスフラスコに、1,4,10-トリオキサ -7,13-ジアザシクロペンタデカン 8 (0.5 g, 2.3 mmol, 1 eq.) を入れ、アセトニトリル (50 ml) を加えた。ブロモ-酢酸エチルエステル (0.78 ml, 4.6 mmol, 2eq.) 、炭酸カリウム (0.97 g, 6.9 mmol, 3 eq.) を加えて18時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、溶媒を減圧留去した。得られた固体をクロロホルムに溶解し、H2Oで洗浄した後、有機層を芒硝乾燥した。溶媒を減圧留去し、カラムクロマトグラフィー (Al2O3 クロロホルム:メタノール=10:1 v/v) によって精製を行い、茶色オイル状化合物 (化合物9 ; 0.912 g, 70.1 %) を得た。
【0049】
TLC (Al2O3); Rf = 0.3 (クロロホルム:メタノール= 10:1 v/v)。
ESI-TOFMS(+)
[M + H]+ = 391.5
1H-NMR (300 MHz, CD3Cl, TMS, r.t., δ/ppm), 1.27 (t, J = 7.1 Hz, 6H, -CH3), 2.95 (m, 8H, -CH2-), 3.48 (s, 4H, -CH2-), 3.60 (m, 12H, -CH2-), 4.14 (q, J = 7.2, 4H, -CH2-)
【0050】
(2) 4,10,13-トリオキサ-1,7-ジアザシクロペンタデカン-1,8-ジ酢酸(KHM-9)の合成
30 ml二口ナスフラスコに、化合物9 (600.0 mg, 1.54 mmol) を入れ、エタノール (40 ml) 、10wt% NaOH水溶液 (5ml) を加えて3時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、大部分の溶媒を減圧留去した。1M HCl (7ml) を加えてpHを5に調整した後、溶媒を減圧留去した。エタノールを加えて、析出した沈殿を濾別した後、濾液を減圧濃縮し、白色結晶状化合物( 化合物KHM-9 ; 476.9 g, 92.8 %) を得た。
【0051】
ESI-TOFMS(+)
[M + H]+ = 335.4
1H-NMR (300 MHz, CD3OD, TMS, r.t., δ/ppm),
2.58 (m, 8H, -CH2-), 3.31 (s, 4H, -CH2-), 3.56 (m, 12H, -CH2-)
【実施例3】
【0052】
実施例1で合成したKHM-7を用いて以下の通りCr3+イオンを質量分析した。
【0053】
(1) 質量分析装置の測定条件
装置の構成を図1に示す。シリンジポンプを用いて、10.0μL/分の流速で、常時移動溶媒(MeOH)を流す。試料溶液は、マイクロシリンジを用いて、インジェクターから20μL導入する。試料溶液は移動溶媒の流れに沿って、質量分析計に向かう。質量分析計の設定条件は、以下の通りである。
機種:Applied Biosystems社製Mariner
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法
検出法:飛行時間型検出法
移動溶媒:メタノール
スプレー先端電位(Spray tip potential):3500 V
ノズル電位(Nozzle potential):90 V
検出器電圧:2280 V
Quad RF電圧:700 V
気化ガス流速(Flow rate of Nebulizer gas) (N2):0.25 L/分
補助ガス流速(Flow rate of Auxiliary gas) (N2):1.0 L/分
対向流温度(Temperature of the counter stream):160℃
【0054】
(2) 操作方法
スクリュー管に、4.0 × 10-5MのCr(NO3)3・9H2O及び4.0 × 10-5MのKHM-7を加え(溶媒はメタノール)、室温で10秒間撹拌した後、質量分析装置で上記の測定条件で測定を行った。
【0055】
一方、比較のため、本願発明者らが先に開発した、下記の構造を有するKMH-1を用いて同様に質量分析を行い、KHM-7を用いた場合と比較した。
【0056】
【化8】
【0057】
KMH-1及びKHM-7を用いて行なった質量分析の結果をそれぞれ図2及び図3に示す。図2及び図3に示されるように、KMH-1を加えた場合は、Cr3+錯体に由来するピークは観測されなかったが、KHM-7を加えた場合は、Cr3+錯体のピークがメインピークとして観測された。
【実施例4】
【0058】
KHM-7に代えて、実施例2で合成したKHM-9を用い、被検試料としてFeCl3・6H2Oを用いたことを除き、実施例3と同様な操作を行なった。KMH-1との比較も同様に行なった。
【0059】
KMH-1及びKHM-9を用いて行なった質量分析の結果をそれぞれ図4及び図5に示す。図4及び図5に示されるように、KMH-1を加えた場合は、Fe3+錯体に由来するピークは観測されなかったが、KHM-7を加えた場合は、Fe3+錯体のピークがメインピークとして観測された。
【実施例5】
【0060】
サイクレンを用いた2価重金属イオンの測定
サイクレンは、Beilstein 26, 11, 24に記載の方法により調製した。サイクレンの1.0 x 10-5 Mの特級メタノール溶液に、1.0 x 10-5 Mの2価重金属イオン(Hg2+,Zn2+, Ni2+, Cu2+, Cd2+, Pb2+)塩を添加して質量分析を行った結果を図6〜図11に示す。全ての場合において、サイクレンと重金属イオンの1:1錯体構造に由来するピークを高感度に検出することができた。これは、サイクレンの4つの窒素原子が重金属イオンに配位している(4配位)ので、1:1の錯形成定数が高い一方、2:1の錯体は形成が難しいためと考えられる。
【実施例6】
【0061】
KMH-1とサイクレンの比較
2価重金属イオン(Hg2+,Zn2+, Ni2+, Cu2+, Cd2+, Pb2+)の各々が先行研究で創製されたMSプローブとサイクレンどちらの試薬とより配位しやすいか比較するためKMH-1とサイクレンと2価重金属イオン(Hg2+,Zn2+, Ni2+, Cu2+, Cd2+, Pb2+)を1:1:1の割合で加え、どちらの試薬と金属錯体ピークが得られるか測定した。この実験結果を下記表1にまとめた。これより、Hg2+,Cd2+, Pb2+はサイクレン、Zn2+, Ni2+, Cu2+はKMH-1と配位しやすいことがわかった。本研究では水銀に重点をおいているので、水銀について見てみると、サイクレンの方が圧倒的に配位しやすかったため、検出下限の改善が期待される。
【0062】
【表1】
【実施例7】
【0063】
サイクレンを用いた測定条件の最適化
水銀において最も効果のあったサイクレンを用いて、測定条件を変えた場合の質量スペクトルのピーク強度比較を行った。なお、内部標準物質に下記式に示す構造を有するヨウ化ベンジルトリエチルアンモニウムを用いた。これは、後のカウンターアニオンの実験で水銀の錯体とI-が配位しやすいことがわかったため、アニオンにI-の含まれている物質を用いた。
【0064】
【化9】
【0065】
溶媒による強度変化
上記の測定はすべて溶媒に特級メタノールを用いて行った。他の有機溶媒、特級エタノール、特級アセトニトリル、さらに実用化に向けて水を用いた場合の測定を行った。この際、100 %特級メタノール、特級エタノール、特級アセトニトリル、水、特級メタノール:水=1:1, 特級エタノール:水=1:1, 特級アセトニトリル:水=1:1, 特級メタノール:水=1:9, 特級エタノール:水=1:9, 特級アセトニトリル:水=1:9で測定を行った。100 %有機溶媒を用いた場合はほぼ同じ結果が得られたが、水を加えると強度が1/20位に下がってしまった。
【0066】
カウンターイオンによる強度変化
サイクレンと水銀の測定において、錯体ピークには水が付加している。また、実際の測定においてはたくさんのイオンが水中に含まれている。そこで、カウンターイオンの影響を調べた。
【0067】
サイクレンと水銀、カドミウム、鉛とカウンターイオンの影響を調べるための試薬、KBr, KI, KClO4, KSCNを各々1:1:1、さらにこれらすべての試薬を同モル加えたものを測定した。
【0068】
KClO4ではカウンターイオンによる影響はみられず、この試薬を加えない時と同じ金属錯体ピーク[M+Hg+2H2O-H]+が見られた。KSCNでは、カウンターイオンが配位した[M+Hg+SCN]+がメインに見られた。KBrでは、カウンターイオンが配位した[M+Hg+Br]+が見られた。KIでは、カウンターイオンが配位した[M+Hg+I]+が見られた。これらすべてを加えた時、[M+Hg+I]+がメインに見られた。実験結果からカウンターイオンが配位したピークのできやすい順位はI- > Br- > SCN-であった。これはカウンターイオンのサイズや金属−カウンターイオン結合エネルギーによる。
【0069】
カウンターイオンのサイズに関して、炭素−酸素、塩素−酸素分子結合鎖の多原子は水銀とサイクレンの結合の穴の相互作用の最適化を隠すため、ハロゲン> > ClO4-となる。ハロゲンにおいて、大きいカウンターイオンは低電荷密度なのでI- > Br-となる。結合定数を下記表2に示す。結合定数は
Hg2+(aq) + X-(aq) ⇔ HgX+(aq)
ここで、X-はカウンターイオンである。
カドミウム、鉛に関してはどの試薬を加えてもピーク変化は起こらなかった。
【0070】
【表2】
【0071】
溶液pHによる強度変化
図12に、溶媒に用いたメタノール中のpHを変化させた時のグラフを示した。緩衝液を用いると錯体を形成してしまう可能性があるので、HCl, NaOHを用いてpHを調整した。また、カウンターイオンの実験の結果より、I-が水銀の錯体に配位しやすいことがわかったので、I-を加えて水銀の錯体形成ピークに付加させた。なお、縦軸は内部標準物質と錯体との相対強度を示す。
【0072】
図12からわかるように、中性〜塩基性領域(pH7.6〜12.3)において最適の感度が得られることがわかった。弱酸性領域では、[サイクレン+H]+のピークが見られるので、酸性条件下では、プロトンが水銀との錯体形成を阻止していると思われる。また、HClで酸性にしてからNaOHで中性にしても同じ応答が見られたので可逆反応であることが言える。
【実施例8】
【0073】
重金属イオン濃度の定量
以上の結果から、KMH-1に比べ、サイクレンは、水銀、カドミウム、鉛を高感度に検出できることが分かった。そこで滴定実験より重金属イオン濃度とピーク強度の相関を明らかにし、検出下限値を求めた。また、カウンターイオンの実験の結果より、I-が水銀の錯体に配位しやすいことがわかったので、I-を添加して水銀の錯体形成ピークに付加させた。なお、縦軸は内部標準物質と錯体との相対強度、横軸は重金属イオンの濃度に注入した体積の20μlをかけたmolとして表した。
【実施例9】
【0074】
Hg2+の滴定実験
サイクレンの濃度は1.0×10-5M、KIの濃度は2.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Hg2+を7.0×10-8M〜2.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図13に示す。測定結果より、7.0×10-7M〜2.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。
【実施例10】
【0075】
Cd2+の滴定実験
サイクレンの濃度は1.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Cd2+を7.0×10-7M〜2.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図14に示す。測定結果より、4.0×10-6M〜1.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。2.0×10-5Mで相対強度がほぼ同じ値をとったのは、サイクレンと等濃度の1.0×10-5Mにおいて錯体が既に飽和したためだと考えられる。
【実施例11】
【0076】
Pb2+の滴定実験
サイクレンの濃度は1.0×10-5M、KIの濃度は2.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Pb2+を4.0×10-7M〜1.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図15。測定結果より、4.0×10-6M〜1.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。しかし、KMH-1よりも検出下限が高かった。そこでKIを加えないで同様の測定を行ってみた。サイクレンの濃度は1.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Pb2+を1.0×10-12M〜2.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図16に示す。測定結果より、4.0×10-6M〜2.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。
【実施例12】
【0077】
検出下限と排出基準・環境基準との比較
下記表3において、測定した重金属イオンの検出下限と環境基準値をまとめた。水銀に関して、先行研究で開発されたKMH-1の約1/100の値と改善することができたが、基準値には及ばなかった。そこで、より感度のよい装置であるBruker Daltonics社製のmicro TOFを用いて測定したところ、環境基準値でも検出することができた。図17より、測定した金属錯体ピークとソフトにより計算された同位体ピークと形状がほぼ等しいので環境基準値まで検出できたことが証明された。
【0078】
【表3】
【0079】
鉛に関して、KMH-1よりも検出下限が大きくなってしまった。そこで、KIを用いずに測定を行ってみたところ、検出下限の改善を行うことができた。さらにカドミウムに関してもKMH-1より検出下限が改善された。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の実施例で用いた質量分析装置の構成を模式的に示す図である。
【図2】比較のために、先に開発したKMH-1でCr3+を質量分析した結果を示す図である。
【図3】本発明の実施例において、Cr3+を質量分析した結果を示す図である。
【図4】比較のために、先に開発したKMH-1でFe3+を質量分析した結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例において、Fe3+を質量分析した結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例において、Hg2+を質量分析した結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例において、Zn2+を質量分析した結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例において、Ni2+を質量分析した結果を示す図である。
【図9】本発明の実施例において、Cu2+を質量分析した結果を示す図である。
【図10】本発明の実施例において、Cd2+を質量分析した結果を示す図である。
【図11】本発明の実施例において、Pb2+を質量分析した結果を示す図である。
【図12】本発明の実施例においてHg2+を測定した際のpHと相対強度の関係を示す図である。
【図13】本発明の実施例においてHg2+を滴定した際のHg2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図14】本発明の実施例においてCd2+を滴定した際のCd2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図15】本発明の実施例においてPb2+を滴定した際のPb2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図16】本発明の実施例において、KI無添加でPb2+を滴定した際のPb2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図17】microTOFによる水銀の同位体ピーク(左)と理論パターン(右)を示す図である。
【図18】本発明の重金属イオン分析用質量分析システムの好ましい具体例の液吸引時の状態を模式的に示す図である。
【図19】本発明の重金属イオン分析用質量分析システムの好ましい具体例の液押出時の状態を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0081】
10 試薬容器
12 試料容器
12’ 試料容器
14 吸引手段
16 吸引管
18 第1のバルブ
20 液押出用管
22 送液ポンプ
24 送液管
26 液混合手段
28 第2のバルブ
30 第3のバルブ
32 第2の液押出用管
【技術分野】
【0001】
本発明は、Pb2+, Cd2+, Hg2+, Fe3+及びCr3+等の重金属イオンを質量分析により測定するために用いられる、重金属イオン測定用質量分析試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
重金属による土壌・地下水汚染の原因には、対象物質を含む原材料、薬品等の保管・製造過程における漏出、ばい煙の降下、不適正な排水の地下浸透または廃棄物の埋立処分などがある。土壌中における重金属等の挙動は、その物理化学的な性状および媒体となる土壌の性質により異なるが、一般に、重金属は水に溶けにくく、かつ土壌に吸着されやすいため、地下に浸透した重金属は、地表近くの土壌中に存在し、深部にまでは拡散していないことが多くある。しかしながら、土壌の吸着能力を超える負荷が生じた場合または六価クロムのように水に対する溶解度が高く、移動性の高い物質の場合、雨水などの地下浸透とともに地下深部にまで拡散することがある。
【0003】
そのような背景で、現在重金属の汚染状況を簡便かつ正確に把握する分析手法が求められている。従来の方法は、高感度測定法としてICP、原子吸光法が挙げられるが、フレームを用いるため危険で現場で好まれず、また、操作の煩雑さ、ランニングコストが高いといった問題点が指摘されている。また簡易分析法として比色分析法が挙げられるが、感度が低いといった問題点が指摘されている。
【0004】
一方、クラウンエーテル骨格(ヘテロ原子としてイオウ、窒素又は酸素原子を含む)の、重金属イオンとの錯形成能をエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)で測定することが報告されている(非特許文献1)。しかしながら、この方法では、1:1錯体ピークは検出できず、対イオンも付加して検出され、感度が悪いという問題がある。また、飛行時間型質量分析計を用いる場合、多価イオンよりも1価イオンを感度良く検出することができるが、従来、Fe3+やCr3+のような3価の重金属イオンを1価のイオンにする重金属イオン測定用質量分析試薬は知られていない。
【0005】
【非特許文献1】Sheldon M. et al., Anal. Chem. 2002, 74, 4423-4433
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、フレームを用いることなく、簡便かつ高感度に、3価の重金属イオンを包含する重金属イオンを測定する手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、重金属イオンと錯体を形成する特定の構造と、溶液中で陰イオンになるイオン性官能基とを1分子中に2個含む化合物を、質量分析用のプローブとして用いることにより、3価の重金属イオンを簡便かつ高感度に測定することができることを見出し本発明を完成した。また、本発明は、特定の環構造を有する化合物が、ヨウ素イオンの存在下において、特に高感度に重金属イオンを測定することができることを見出し本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、下記一般式[I]
【0009】
【化1】
【0010】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、R3及びR4は互いに独立に水素原子、炭素数1から10の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、アミノ基、ニトロ基又はハロゲン、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
下記一般式[II]
【0011】
【化2】
【0012】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
又は、下記式[III]
【0013】
【化3】
【0014】
(ただし、環を構成する炭素原子には、-A1-R1(A1及びR1の定義は前記一般式[I]と同じ)で表される置換基が、各エチレン鎖当り1個以下の数だけ結合していてもよい)
【0015】
で表される構造を有する重金属イオン測定用質量分析試薬を提供する。また、本発明は、上記本発明の試薬と、被検試料中の重金属イオンとを反応させ、生成物を質量分析することを含む、重金属イオンの質量分析方法を提供する。さらに、本発明は、上記本発明の試薬を収容する試薬容器と、被検試料を収容する試料容器と、前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引するための吸引手段と、該吸引手段に接続され、その先端部を介して前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引する吸引管と、該吸引管の途中に設けられた第1のバルブと、該第1のバルブに液押出用管を介して接続された送液ポンプと、前記第1のバルブに送液管を介して接続された液混合手段と、該液混合手段の下流に接続された質量分析装置とを具備する、重金属イオン分析用質量分析システムを提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の試薬を用いると、イオン性官能基に起因する負電荷により、重金属イオンの電荷が減じられ、また、錯形成により生成される錯体がほぼ単一のピークとして観察されることから、フレームを用いない簡便な質量分析により、高感度に重金属イオンを測定することができる。特に、上記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬では、1分子中に、溶液中で陰イオンになるイオン性官能基が2個存在するので、Fe3+やCr3+のような3価の重金属イオンと結合すると全体として1価の陽イオンになり、飛行時間型質量分析により特に高感度に分析することができる。また、上記一般式[III] で表される構造を有する試薬では、ヨウ素イオンの存在下において、Hg2+, Cd2+及びPb2+等の2価の重金属イオンを特に高感度に質量分析できる。また、本発明により、上記本発明の試薬を用いる、高感度な重金属イオンの質量分析方法及び質量分析システムが提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
上記のように、本発明の重金属イオン測定用質量分析試薬は、前記一般式[I]ないし[III]で表される構造を有するものである。これらのうち、前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬は、Fe3+やCr3+のような3価の重金属イオンの質量分析に特に適した試薬であり、また、前記一般式[III]で表される構造を有する試薬のうち無置換のものは、Hg2+, Cd2+及びPb2+等の2価の重金属イオンの特に高感度な質量分析を可能にするものである。
【0018】
前記一般式[I]及び[II]中、R1及びR2は互いに独立に溶液中、好ましくは水溶液中で陰イオン、好ましくは1価の陰イオンになるイオン性官能基であり、好ましい例として、カルボキシル基若しくはその塩、スルホン基若しくはその塩、又は水酸基若しくはその塩を挙げることができる。これらの中でも、特にカルボキシル基若しくはその塩が好ましい。これらの好ましいイオン性官能基、とりわけ、カルボキシル基若しくはその塩は、その陰イオンの電荷によって重金属イオンの電荷を、両者で合計2価減少させるのみならず、重金属イオンとの安定で選択的な錯形成にも寄与し、ひいては重金属イオンの高感度測定に寄与する。
【0019】
前記一般式[I]中、R3及びR4は互いに独立に、水素原子、炭素数1から10(好ましくは炭素数1〜4)の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、アミノ基、ニトロ基又はハロゲンを示し、好ましくは水素原子である。
【0020】
一般式[I]及び[II]中、A1及びA2は、互いに独立に存在していても存在していなくてもよく(存在しない場合は、R1及び/又はR2が窒素に直結する)、存在する場合には任意のスペーサー部である。本発明の試薬は、環の部分で重金属イオンと錯形成し、R1とR2によって錯体の電荷を3価から1価にするものであるから、環とR1又はR2の間に位置するA1及びA2は、任意の構造をとり得るものである。また、A1及びA2は、存在せず、カルボキシル基のような陰イオン性官能基が窒素原子に直結していてもよい。A1及びA2は好ましくは存在しないか、炭素数1ないし10(さらに好ましくは炭素数1〜4)の直鎖型若しくは分枝型アルキレン基、該アルキレン基の一部をアミノ基、ハロゲン、エーテル及び/若しくはカルボニル基に置換した置換アルキレン基、フェニレン基、又はフェニレン基の一部をアミノ基、ハロゲン及び/若しくはニトロ基に置換した置換フェニレン基が好ましい。なお、エーテルに置換したアルキレン基とは、アルキレン鎖中の炭素原子が-O-に置き換わったものを意味する。同様に、カルボニル基に置換したアルキレン基とは、アルキレン鎖中の炭素原子が-CO-に置き換わったものを意味する。また、上記置換アルキレン基又は置換フェニレン基中の置換基の数は、1個でも複数でもよい。これらの置換基のうち、炭素数1〜10、さらに好ましくは炭素数1〜4のアルキレン基が好ましい。
【0021】
前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する本発明の試薬により測定可能な重金属イオンとしては、環部分と錯形成が可能な重金属イオンであれば特に限定されないが、3価の陽イオンが好ましい。近年、質量分析装置の検出器として飛行時間型質量分析計が汎用されている。飛行時間型質量分析計は重金属イオンのような多価イオンよりも1価のイオンを感度良く検出することが出来る。3価の陽イオンが、好ましいR1及びR2である1価の陰イオン性官能基を有する本発明の試薬と錯結合すると、重金属イオンの電荷が2価だけ減少し、生成する錯体の合計の電荷は1価となり、飛行時間型質量分析計により高感度に測定することができる。本発明の試薬を用いて測定される好ましい重金属イオンの例として、Fe3+及びCr3+から成る群より選ばれる少なくとも1種を例示することができる。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、「測定」には検出(定性分析)と定量分析の両者が含まれる。
【0022】
前記一般式[I]又は[II]で表される本発明の試薬は、R1、A及びR2の構造がそれぞれ公知であり、それらを結合することにより得ることができるので、有機合成の分野における常法に基づいて合成することができ、好ましい具体例が下記実施例に詳述されている。
【0023】
前記一般式[I]又は[II]で表される本発明の試薬を用いて重金属イオンを測定する際には、先ず、重金属イオンを含む試料と混合して重金属イオンと試薬との錯体を生成させ、次に生成した錯体を質量分析にかける。本発明の試薬と重金属イオンとの反応は、1:1の化学量論量でよく進行するので、用いる試薬のモル濃度は、特に限定されないが、予想される重金属イオンのモル濃度と同程度でよい。従って、予想される重金属イオンのモル濃度の範囲の上限又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いればよい。あるいは、重金属イオン濃度が許容基準値以下であるか否かを調べる場合には、その基準値のモル濃度と同じか又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いることもできる。試薬と重金属の錯形成反応の温度は、特に限定されないが、室温でよく反応するので、室温で行なうことが簡便で好ましい。また、反応は速やかに起きるので、反応時間は、特に限定されず、通常、1秒〜30秒程度でよく、多くの場合、2秒〜3秒程度でよい。反応溶媒は、水又はメタノールやエタノールのような、水と任意の割合で混じり合う有機溶媒が好ましく、メタノールが最も好ましい。混合は、撹拌下に行なうことが好ましい。
【0024】
一方、前記式[III]で表される化合物(無置換のもの)は、1,4,7,10-テトラアザドデカン(サイクレン)と呼ばれる公知の化合物であり、その製造方法も公知である(例えば文献Beilstein 26, 11, 24に記載)。サイクレンも、前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬と同様にして用いることができる。また、本願発明者らは、サイクレンと、2価の重金属イオン(M2+)と、ヨウ素イオンが共存すると、M2+-I--サイクレンの1価錯体が形成され、質量分析においてほぼ単一のピークとして観察されるため、質量分析装置を用いて高感度の分析が可能になることを見出した。特に、M2+がHg2+場合に強く上記1価錯体が形成されるので、ヨウ素イオンの共存下においてHg2+を特に高感度に質量分析を行うことができる。
【0025】
ヨウ素イオンの存在下においてサイクレンを用いて重金属イオンを測定する際には、先ず、重金属イオンを含む試料と、ヨウ素イオン源、好ましくはヨウ素塩と、サクレンとを混合して重金属イオンとヨウ素イオンとサイクレンとの錯体を生成させ、次に生成した錯体を質量分析にかける。サイクレンと重金属イオンとヨウ素イオンとの反応は、モル比で1:1:1の化学量論量でよく進行するので、用いる試薬のモル濃度は、特に限定されないが、予想される重金属イオンのモル濃度と同程度でよい。従って、予想される重金属イオンのモル濃度の範囲の上限又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いればよい。あるいは、重金属イオン濃度が許容基準値以下であるか否かを調べる場合には、その基準値のモル濃度と同じか又はそれよりも少し高いモル濃度の試薬を用いることもできる。試薬と重金属の錯形成反応の温度は、特に限定されないが、室温でよく反応するので、室温で行なうことが簡便で好ましい。また、反応は速やかに起きるので、反応時間は、特に限定されず、通常、1秒〜30秒程度でよく、多くの場合、2秒〜3秒程度でよい。反応溶媒は、水又はメタノールやエタノールのような、水と任意の割合で混じり合う有機溶媒が好ましく、メタノールが最も好ましい。混合は、撹拌下に行なうことが好ましい。また、pHは中性〜塩基性領域(pH7.6〜12.3)が好ましい。
【0026】
なお、サイクレンを構成する炭素原子には、-A1-R1(A1及びR1の定義は一般式[I]と同じ)で表される置換基が、環を構成する各エチレン鎖当り1個以下の数だけ結合していてもよい。すなわち、置換基が存在する場合、環全体では置換基の数は1個ないし4個である。このような置換基が存在する場合、溶液中で1価の負イオンとなるイオン性官能基が存在するので、上記したヨウ素イオンは不要である。また、この場合、測定の対象となる重金属イオンの価数は、サイクレン誘導体と重金属イオンが錯結合した錯体全体の価数が1価となる価数(すなわち、置換基の数+1)が好ましい。なお、サイクレンにこのような置換基を導入することは、有機合成の常法により容易に行うことができる。
【0027】
前記式[I]ないし[III]で表される構造を有する試薬を用いて質量分析を行なう場合、錯形成反応後の試料は、そのまま質量分析にかけることができる。質量分析自体は、市販の質量分析器を用いた常法により行うことができる。質量分析法としては、公知の方法のいずれでもよいが、ESI-MSが好ましく、また、検出器は、飛行時間型質量分析計が好ましい。
【0028】
用いる試薬の分子量は既知であり、重金属イオンの原子量も既知であるから、質量分析により錯体のm/zを測定することによって、その重金属イオンを同定し、測定することができる。また、下記実施例において具体的に示されるとおり、試料中に複数種類の重金属イオンが含まれる場合であっても、各重金属イオンの原子量が異なるから、異なる位置に複数観察されるm/zのピークから、各重金属イオンを分別的に測定することができる。
【0029】
本発明の試薬を用いると、陰イオン性官能基R1及びR2によって、又はヨウ素イオンによって重金属イオンの電荷を相殺し、錯体の電荷を1価にすることができるので、飛行時間型質量分析計を用いて高感度に質量分析を行うことができる。また、一般式[I]又は[II]で表される構造を有する試薬を用いる場合、陰イオン性官能基R1及びR2として、上記した好ましい官能基を用いる場合には、陰イオン性官能基が、錯体形成にも寄与し、安定で選択的な(すなわち、1種類の重金属イオンについて1種類の錯体しか形成されない)錯体形成が達成される。このため、試料中の重金属イオンを正確に測定でき、また、1つの試料中に複数種類の重金属イオンが含まれる場合であっても、各重金属イオンを分別的に正確に測定することができる。
【0030】
本発明はまた、上記本発明の試薬と、被検試料中の重金属イオンとを反応させ、生成物を質量分析することを含む、重金属イオンの質量分析方法を提供するものであり、これは上記の通りに実施することができる。
【0031】
本発明の質量分析方法は、上記本発明の試薬を用いて、汎用の質量分析装置を用いて手動で行なうことができるが、本発明はまた、上記本発明の試薬を用いた、自動化に適した重金属イオン分析用質量分析システムをも提供する。
【0032】
この質量分析用システムを、図18及び図19を参照して説明する。質量分析用システムは、試薬を収容する試薬容器10と、被検試料を収容する試料容器12、12’を含む。被検試料を収容する試料容器は、1個でも複数でもよく、複数ならば複数の被検試料を分析することができる。質量分析システムは、前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引するための吸引手段14を具備する。吸引手段14は、例えばシリンジである。該吸引手段14には、吸引管16が接続され、吸引管16は、その先端部を介して前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引する。吸引管16の先端部には、ニードルが取り付けられていてもよく、その場合には、容器の頂部をフィルムで被覆した試料容器や試薬容器のフィルムをニードルで突き刺して内部の液体を吸引することができる。吸引管16の途中には第1のバルブ18が設けられている。該第1のバルブ18には、液押出用管20を介して送液ポンプ22が接続されている。第1のバルブ18には、送液管24を介して液混合手段26が接続されている。液混合手段26は、試料液と試薬液とを混合することができる手段であれば何ら限定されるものではなく、例えば、簡便で好ましい例としてミキシングカラムを挙げることができる。ミキシングカラムは、カラムの内部にガラスビーズを充填したものであり、2液がこの中を通る間に2液の混合が起きる。液混合手段26の下流には、質量分析計が接続され、これは汎用のものであってよい。さらに、図18及び図19に示す好ましい具体例では、液押出用管20の途中であって、前記送液ポンプ22と前記第1のバルブ18の間に第2のバルブ28が設けられ、一方、前記吸入管16の途中であって、前記吸入手段14と前記第1のバルブ18の間に第3のバルブ30が設けられ、これらの間が第2の液押出用管32で接続されている。
【0033】
操作にあたっては、先ず、吸引手段14を作動させて試薬容器10から本発明の試薬液を吸引する。この時、第1のバルブ18及び第3のバルブ30は、吸引手段14によって液が吸引される側に設定されている。送液ポンプ22は停止している。次に、この状態で、吸引管16の先端部(ニードルが取り付けられている場合にはニードル)を移動させ、試料容器12又は12’から被検試料液を吸引する。吸引時の流体の流れが黒塗りの三角形で図19に示されている。
【0034】
吸引した試薬液及び被検試料液を質量分析計に押出す際には、吸引手段14を停止すると共に送液ポンプ22を作動させ、溶媒を送り出す。溶媒としては、反応溶媒と同様、水又はメタノールやエタノールのような、水と任意の割合で混じり合う有機溶媒が好ましく、メタノールが最も好ましい。また、第1、第2及び第3のバルブを、図19に黒三角で示す向きに流体が移動するよう切り替える。そうすると、吸引管16の途中にあった試薬液及び被検試料液は、図19の黒三角で示すように、液混合手段を介して質量分析計に送られる。上記の通り、液混合手段を通過する際に試薬液と被検試料液が混合される。試薬液と被検試料液が混合されると、上記した結合反応が起き、結合生成物が上記の通り、質量分析に付される。
【0035】
実施例
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0036】
KHM-7の合成
下記のスキームに従い、下記式[IV]で表される構造を有する、本発明の試薬であるKHM-7を合成した。
【0037】
【化4】
【0038】
合成スキーム
【0039】
【化5】
【0040】
(1) 1,8-ビス (エトキシカルボニルメチル)-4,11-ジメチル -1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン(7)の合成
Ar置換した200 ml三口ナスフラスコに、1,8-ジメチル -1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン(6) (1 g, 4.4 mmol, 1 eq.) を入れ、アセトニトリル (80 ml) を加えた。ブロモ-酢酸エチルエステル (1.45 ml, 8.8 mmol, 2eq.) 、炭酸カリウム (1.85 g, 13.0 mmol, 3 eq.) を加えて18時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、溶媒を減圧留去した。得られた固体をエチルクロロホルムに溶解し、H2Oで洗浄した後、有機層を芒硝乾燥した。溶媒を減圧留去し、カラムクロマトグラフィー (Al2O3 クロロホルム:メタノール= 10:1 v / v) によって精製を行い、茶色オイル状化合物 ( 化合物7 ; 378.8 mg, 21.6 %) を得た。
【0041】
TLC (Al2O3); Rf = 0.4 (chloroform:methanol = 10:1 v/v)
ESI-TOFMS (+)
[M + 2H]2+ = 201.2
1H-NMR (300 MHz, CD3Cl, TMS, r.t., δ/ppm), 1.27 (t, J = 7.1 Hz, 6H, -CH3), 1.64 (m, 4H, -CH2-), 2.21 (s, 6H, -CH3), 2.44 (m, 8H, -CH2-),2.74 (m, 8H, -CH2-), 3.37 (s, 4H, -CH2-), 4.15 (m, J = 8.7 Hz, 4H, -CH2-)
【0042】
(2) 4,11-ジメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン-1,8-ジ酢酸(KHM-7)の合成
30 ml二口ナスフラスコに、化合物7(36.3 mg, 0.075 mmol) を入れ、エタノール (10 ml) 、10wt%aq. NaOH (1ml) を加えて3時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、大部分の溶媒を減圧留去した。1M HCl (3ml) を加えてpHを5に調整した後、溶媒を減圧留去した。エタノールを加えて、析出した沈殿を濾別した後、濾液を減圧濃縮し、白色結晶状化合物(化合物KHM-7 ; 30.1mg, 96.5 %) を得た。
【0043】
ESI-TOFMS (+)
[M + H]+ = 345.5
1H-NMR (300 MHz, CD3OD, TMS, r.t., δ/ppm), 1.49 (m, 4H, -CH2-), 2.27 (s, 6H, -CH3), 2.36 (m, 8H, -CH2-), 2.46 (m, 8H, -CH2-), 3.30 (s, 4H, -CH2-)
【実施例2】
【0044】
KHM-9の合成
下記のスキームに従い、下記式[V]で表される構造を有する、本発明の試薬であるKHM-9を合成した。
【0045】
【化6】
【0046】
合成スキーム
【0047】
【化7】
【0048】
(1) 1,7-ビス(エトキシカルボニルメチル)-4,10,13-トリオキサ -1,7-ジアザシクロペンタデカン(9)の合成
Ar置換した200 ml三口ナスフラスコに、1,4,10-トリオキサ -7,13-ジアザシクロペンタデカン 8 (0.5 g, 2.3 mmol, 1 eq.) を入れ、アセトニトリル (50 ml) を加えた。ブロモ-酢酸エチルエステル (0.78 ml, 4.6 mmol, 2eq.) 、炭酸カリウム (0.97 g, 6.9 mmol, 3 eq.) を加えて18時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、溶媒を減圧留去した。得られた固体をクロロホルムに溶解し、H2Oで洗浄した後、有機層を芒硝乾燥した。溶媒を減圧留去し、カラムクロマトグラフィー (Al2O3 クロロホルム:メタノール=10:1 v/v) によって精製を行い、茶色オイル状化合物 (化合物9 ; 0.912 g, 70.1 %) を得た。
【0049】
TLC (Al2O3); Rf = 0.3 (クロロホルム:メタノール= 10:1 v/v)。
ESI-TOFMS(+)
[M + H]+ = 391.5
1H-NMR (300 MHz, CD3Cl, TMS, r.t., δ/ppm), 1.27 (t, J = 7.1 Hz, 6H, -CH3), 2.95 (m, 8H, -CH2-), 3.48 (s, 4H, -CH2-), 3.60 (m, 12H, -CH2-), 4.14 (q, J = 7.2, 4H, -CH2-)
【0050】
(2) 4,10,13-トリオキサ-1,7-ジアザシクロペンタデカン-1,8-ジ酢酸(KHM-9)の合成
30 ml二口ナスフラスコに、化合物9 (600.0 mg, 1.54 mmol) を入れ、エタノール (40 ml) 、10wt% NaOH水溶液 (5ml) を加えて3時間還流した。H2Oを加えて反応を停止させた後、大部分の溶媒を減圧留去した。1M HCl (7ml) を加えてpHを5に調整した後、溶媒を減圧留去した。エタノールを加えて、析出した沈殿を濾別した後、濾液を減圧濃縮し、白色結晶状化合物( 化合物KHM-9 ; 476.9 g, 92.8 %) を得た。
【0051】
ESI-TOFMS(+)
[M + H]+ = 335.4
1H-NMR (300 MHz, CD3OD, TMS, r.t., δ/ppm),
2.58 (m, 8H, -CH2-), 3.31 (s, 4H, -CH2-), 3.56 (m, 12H, -CH2-)
【実施例3】
【0052】
実施例1で合成したKHM-7を用いて以下の通りCr3+イオンを質量分析した。
【0053】
(1) 質量分析装置の測定条件
装置の構成を図1に示す。シリンジポンプを用いて、10.0μL/分の流速で、常時移動溶媒(MeOH)を流す。試料溶液は、マイクロシリンジを用いて、インジェクターから20μL導入する。試料溶液は移動溶媒の流れに沿って、質量分析計に向かう。質量分析計の設定条件は、以下の通りである。
機種:Applied Biosystems社製Mariner
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法
検出法:飛行時間型検出法
移動溶媒:メタノール
スプレー先端電位(Spray tip potential):3500 V
ノズル電位(Nozzle potential):90 V
検出器電圧:2280 V
Quad RF電圧:700 V
気化ガス流速(Flow rate of Nebulizer gas) (N2):0.25 L/分
補助ガス流速(Flow rate of Auxiliary gas) (N2):1.0 L/分
対向流温度(Temperature of the counter stream):160℃
【0054】
(2) 操作方法
スクリュー管に、4.0 × 10-5MのCr(NO3)3・9H2O及び4.0 × 10-5MのKHM-7を加え(溶媒はメタノール)、室温で10秒間撹拌した後、質量分析装置で上記の測定条件で測定を行った。
【0055】
一方、比較のため、本願発明者らが先に開発した、下記の構造を有するKMH-1を用いて同様に質量分析を行い、KHM-7を用いた場合と比較した。
【0056】
【化8】
【0057】
KMH-1及びKHM-7を用いて行なった質量分析の結果をそれぞれ図2及び図3に示す。図2及び図3に示されるように、KMH-1を加えた場合は、Cr3+錯体に由来するピークは観測されなかったが、KHM-7を加えた場合は、Cr3+錯体のピークがメインピークとして観測された。
【実施例4】
【0058】
KHM-7に代えて、実施例2で合成したKHM-9を用い、被検試料としてFeCl3・6H2Oを用いたことを除き、実施例3と同様な操作を行なった。KMH-1との比較も同様に行なった。
【0059】
KMH-1及びKHM-9を用いて行なった質量分析の結果をそれぞれ図4及び図5に示す。図4及び図5に示されるように、KMH-1を加えた場合は、Fe3+錯体に由来するピークは観測されなかったが、KHM-7を加えた場合は、Fe3+錯体のピークがメインピークとして観測された。
【実施例5】
【0060】
サイクレンを用いた2価重金属イオンの測定
サイクレンは、Beilstein 26, 11, 24に記載の方法により調製した。サイクレンの1.0 x 10-5 Mの特級メタノール溶液に、1.0 x 10-5 Mの2価重金属イオン(Hg2+,Zn2+, Ni2+, Cu2+, Cd2+, Pb2+)塩を添加して質量分析を行った結果を図6〜図11に示す。全ての場合において、サイクレンと重金属イオンの1:1錯体構造に由来するピークを高感度に検出することができた。これは、サイクレンの4つの窒素原子が重金属イオンに配位している(4配位)ので、1:1の錯形成定数が高い一方、2:1の錯体は形成が難しいためと考えられる。
【実施例6】
【0061】
KMH-1とサイクレンの比較
2価重金属イオン(Hg2+,Zn2+, Ni2+, Cu2+, Cd2+, Pb2+)の各々が先行研究で創製されたMSプローブとサイクレンどちらの試薬とより配位しやすいか比較するためKMH-1とサイクレンと2価重金属イオン(Hg2+,Zn2+, Ni2+, Cu2+, Cd2+, Pb2+)を1:1:1の割合で加え、どちらの試薬と金属錯体ピークが得られるか測定した。この実験結果を下記表1にまとめた。これより、Hg2+,Cd2+, Pb2+はサイクレン、Zn2+, Ni2+, Cu2+はKMH-1と配位しやすいことがわかった。本研究では水銀に重点をおいているので、水銀について見てみると、サイクレンの方が圧倒的に配位しやすかったため、検出下限の改善が期待される。
【0062】
【表1】
【実施例7】
【0063】
サイクレンを用いた測定条件の最適化
水銀において最も効果のあったサイクレンを用いて、測定条件を変えた場合の質量スペクトルのピーク強度比較を行った。なお、内部標準物質に下記式に示す構造を有するヨウ化ベンジルトリエチルアンモニウムを用いた。これは、後のカウンターアニオンの実験で水銀の錯体とI-が配位しやすいことがわかったため、アニオンにI-の含まれている物質を用いた。
【0064】
【化9】
【0065】
溶媒による強度変化
上記の測定はすべて溶媒に特級メタノールを用いて行った。他の有機溶媒、特級エタノール、特級アセトニトリル、さらに実用化に向けて水を用いた場合の測定を行った。この際、100 %特級メタノール、特級エタノール、特級アセトニトリル、水、特級メタノール:水=1:1, 特級エタノール:水=1:1, 特級アセトニトリル:水=1:1, 特級メタノール:水=1:9, 特級エタノール:水=1:9, 特級アセトニトリル:水=1:9で測定を行った。100 %有機溶媒を用いた場合はほぼ同じ結果が得られたが、水を加えると強度が1/20位に下がってしまった。
【0066】
カウンターイオンによる強度変化
サイクレンと水銀の測定において、錯体ピークには水が付加している。また、実際の測定においてはたくさんのイオンが水中に含まれている。そこで、カウンターイオンの影響を調べた。
【0067】
サイクレンと水銀、カドミウム、鉛とカウンターイオンの影響を調べるための試薬、KBr, KI, KClO4, KSCNを各々1:1:1、さらにこれらすべての試薬を同モル加えたものを測定した。
【0068】
KClO4ではカウンターイオンによる影響はみられず、この試薬を加えない時と同じ金属錯体ピーク[M+Hg+2H2O-H]+が見られた。KSCNでは、カウンターイオンが配位した[M+Hg+SCN]+がメインに見られた。KBrでは、カウンターイオンが配位した[M+Hg+Br]+が見られた。KIでは、カウンターイオンが配位した[M+Hg+I]+が見られた。これらすべてを加えた時、[M+Hg+I]+がメインに見られた。実験結果からカウンターイオンが配位したピークのできやすい順位はI- > Br- > SCN-であった。これはカウンターイオンのサイズや金属−カウンターイオン結合エネルギーによる。
【0069】
カウンターイオンのサイズに関して、炭素−酸素、塩素−酸素分子結合鎖の多原子は水銀とサイクレンの結合の穴の相互作用の最適化を隠すため、ハロゲン> > ClO4-となる。ハロゲンにおいて、大きいカウンターイオンは低電荷密度なのでI- > Br-となる。結合定数を下記表2に示す。結合定数は
Hg2+(aq) + X-(aq) ⇔ HgX+(aq)
ここで、X-はカウンターイオンである。
カドミウム、鉛に関してはどの試薬を加えてもピーク変化は起こらなかった。
【0070】
【表2】
【0071】
溶液pHによる強度変化
図12に、溶媒に用いたメタノール中のpHを変化させた時のグラフを示した。緩衝液を用いると錯体を形成してしまう可能性があるので、HCl, NaOHを用いてpHを調整した。また、カウンターイオンの実験の結果より、I-が水銀の錯体に配位しやすいことがわかったので、I-を加えて水銀の錯体形成ピークに付加させた。なお、縦軸は内部標準物質と錯体との相対強度を示す。
【0072】
図12からわかるように、中性〜塩基性領域(pH7.6〜12.3)において最適の感度が得られることがわかった。弱酸性領域では、[サイクレン+H]+のピークが見られるので、酸性条件下では、プロトンが水銀との錯体形成を阻止していると思われる。また、HClで酸性にしてからNaOHで中性にしても同じ応答が見られたので可逆反応であることが言える。
【実施例8】
【0073】
重金属イオン濃度の定量
以上の結果から、KMH-1に比べ、サイクレンは、水銀、カドミウム、鉛を高感度に検出できることが分かった。そこで滴定実験より重金属イオン濃度とピーク強度の相関を明らかにし、検出下限値を求めた。また、カウンターイオンの実験の結果より、I-が水銀の錯体に配位しやすいことがわかったので、I-を添加して水銀の錯体形成ピークに付加させた。なお、縦軸は内部標準物質と錯体との相対強度、横軸は重金属イオンの濃度に注入した体積の20μlをかけたmolとして表した。
【実施例9】
【0074】
Hg2+の滴定実験
サイクレンの濃度は1.0×10-5M、KIの濃度は2.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Hg2+を7.0×10-8M〜2.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図13に示す。測定結果より、7.0×10-7M〜2.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。
【実施例10】
【0075】
Cd2+の滴定実験
サイクレンの濃度は1.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Cd2+を7.0×10-7M〜2.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図14に示す。測定結果より、4.0×10-6M〜1.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。2.0×10-5Mで相対強度がほぼ同じ値をとったのは、サイクレンと等濃度の1.0×10-5Mにおいて錯体が既に飽和したためだと考えられる。
【実施例11】
【0076】
Pb2+の滴定実験
サイクレンの濃度は1.0×10-5M、KIの濃度は2.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Pb2+を4.0×10-7M〜1.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図15。測定結果より、4.0×10-6M〜1.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。しかし、KMH-1よりも検出下限が高かった。そこでKIを加えないで同様の測定を行ってみた。サイクレンの濃度は1.0×10-5M、内部標準物質の濃度は1.5×10-7Mで一定にして、Pb2+を1.0×10-12M〜2.0×10-5Mまでの濃度範囲で測定を行った結果を図16に示す。測定結果より、4.0×10-6M〜2.0×10-5Mの濃度範囲において良好な直線関係が得られた。
【実施例12】
【0077】
検出下限と排出基準・環境基準との比較
下記表3において、測定した重金属イオンの検出下限と環境基準値をまとめた。水銀に関して、先行研究で開発されたKMH-1の約1/100の値と改善することができたが、基準値には及ばなかった。そこで、より感度のよい装置であるBruker Daltonics社製のmicro TOFを用いて測定したところ、環境基準値でも検出することができた。図17より、測定した金属錯体ピークとソフトにより計算された同位体ピークと形状がほぼ等しいので環境基準値まで検出できたことが証明された。
【0078】
【表3】
【0079】
鉛に関して、KMH-1よりも検出下限が大きくなってしまった。そこで、KIを用いずに測定を行ってみたところ、検出下限の改善を行うことができた。さらにカドミウムに関してもKMH-1より検出下限が改善された。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の実施例で用いた質量分析装置の構成を模式的に示す図である。
【図2】比較のために、先に開発したKMH-1でCr3+を質量分析した結果を示す図である。
【図3】本発明の実施例において、Cr3+を質量分析した結果を示す図である。
【図4】比較のために、先に開発したKMH-1でFe3+を質量分析した結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例において、Fe3+を質量分析した結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例において、Hg2+を質量分析した結果を示す図である。
【図7】本発明の実施例において、Zn2+を質量分析した結果を示す図である。
【図8】本発明の実施例において、Ni2+を質量分析した結果を示す図である。
【図9】本発明の実施例において、Cu2+を質量分析した結果を示す図である。
【図10】本発明の実施例において、Cd2+を質量分析した結果を示す図である。
【図11】本発明の実施例において、Pb2+を質量分析した結果を示す図である。
【図12】本発明の実施例においてHg2+を測定した際のpHと相対強度の関係を示す図である。
【図13】本発明の実施例においてHg2+を滴定した際のHg2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図14】本発明の実施例においてCd2+を滴定した際のCd2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図15】本発明の実施例においてPb2+を滴定した際のPb2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図16】本発明の実施例において、KI無添加でPb2+を滴定した際のPb2+濃度とピークの相対強度の関係を示す図である。
【図17】microTOFによる水銀の同位体ピーク(左)と理論パターン(右)を示す図である。
【図18】本発明の重金属イオン分析用質量分析システムの好ましい具体例の液吸引時の状態を模式的に示す図である。
【図19】本発明の重金属イオン分析用質量分析システムの好ましい具体例の液押出時の状態を模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0081】
10 試薬容器
12 試料容器
12’ 試料容器
14 吸引手段
16 吸引管
18 第1のバルブ
20 液押出用管
22 送液ポンプ
24 送液管
26 液混合手段
28 第2のバルブ
30 第3のバルブ
32 第2の液押出用管
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式[I]
【化1】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、R3及びR4は互いに独立に水素原子、炭素数1から10の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、アミノ基、ニトロ基又はハロゲン、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
下記一般式[II]
【化2】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
又は、下記式[III]
【化3】
(ただし、環を構成する炭素原子には、-A1-R1(A1及びR1の定義は一般式[I]と同じ)で表される置換基が、各エチレン鎖当り1個以下の数だけ結合していてもよい)
で表される構造を有する重金属イオン測定用質量分析試薬。
【請求項2】
前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する請求項1記載の重金属イオン測定用質量分析試薬。
【請求項3】
前記一般式[I]及び[II]中のR1及びR2が、互いに独立にカルボキシル基若しくはその塩、スルホン基若しくはその塩、又は水酸基若しくはその塩である請求項2記載の試薬。
【請求項4】
前記A1及びA2が、互いに独立に存在しないか又は炭素数1ないし10の直鎖型若しくは分枝型アルキレン基、該アルキレン基の一部をアミノ基、ハロゲン、エーテル及び/若しくはカルボニル基に置換した置換アルキレン基、フェニレン基、又はフェニレン基の一部をアミノ基、ハロゲン及び/若しくはニトロ基に置換した置換フェニレン基である請求項2ないし4のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項5】
前記A1及びA2が、互いに独立にアルキレン基である請求項4記載の試薬。
【請求項6】
下記式[IV]又は[V]で表される構造を有するカルボン酸又はその塩である請求項5記載の試薬。
【化4】
【請求項7】
前記重金属イオンが、3価の陽イオンである請求項2ないし6のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項8】
前記3価の陽イオンが、Fe3+及び/又はCr3+である請求項7記載の試薬。
【請求項9】
前記一般式[III]で表される構造を有する請求項1記載の試薬。
【請求項10】
環を構成する炭素原子上に置換基が存在しない請求項9記載の試薬。
【請求項11】
前記重金属イオンが、2価の陽イオンである請求項10記載の試薬。
【請求項12】
前記2価の陽イオンが、Hg2+, Cd2+及びPb2+から成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項11記載の試薬。
【請求項13】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載の試薬と、被検試料中の重金属イオンとを反応させ、生成物を質量分析することを含む、重金属イオンの質量分析方法。
【請求項14】
請求項10ないし11のいずれか1項に記載の試薬と、被検試料中の重金属イオンとをヨウ素イオンの存在下で反応させ、生成物を質量分析することを含む請求項12記載の方法。
【請求項15】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載の試薬を収容する試薬容器と、被検試料を収容する試料容器と、前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引するための吸引手段と、該吸引手段に接続され、その先端部を介して前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引する吸引管と、該吸引管の途中に設けられた第1のバルブと、該第1のバルブに液押出用管を介して接続された送液ポンプと、前記第1のバルブに送液管を介して接続された液混合手段と、該液混合手段の下流に接続された質量分析装置とを具備する、重金属イオン分析用質量分析システム。
【請求項16】
前記液押出用管の途中であって、前記送液ポンプと前記第1のバルブの間に第2のバルブが設けられ、前記吸入管の途中であって、前記吸入手段と前記第1のバルブの間に第3のバルブが設けられ、前記第2のバルブと前記第3のバルブが第2の液押出用管で接続されている請求項15記載の質量分析システム。
【請求項17】
請求項13又は14に記載の重金属の質量分析方法を用いる質量分析システム。
【請求項1】
下記一般式[I]
【化1】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、R3及びR4は互いに独立に水素原子、炭素数1から10の直鎖型若しくは分枝型のアルキル基、アミノ基、ニトロ基又はハロゲン、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
下記一般式[II]
【化2】
(ただし、式中、R1及びR2は互いに独立に溶液中で一価の負イオンとなるイオン性官能基、A1及びA2は互いに独立に存在していても存在していなくてもよく、存在する場合には任意のスペーサー部分を表す)、
又は、下記式[III]
【化3】
(ただし、環を構成する炭素原子には、-A1-R1(A1及びR1の定義は一般式[I]と同じ)で表される置換基が、各エチレン鎖当り1個以下の数だけ結合していてもよい)
で表される構造を有する重金属イオン測定用質量分析試薬。
【請求項2】
前記一般式[I]又は[II]で表される構造を有する請求項1記載の重金属イオン測定用質量分析試薬。
【請求項3】
前記一般式[I]及び[II]中のR1及びR2が、互いに独立にカルボキシル基若しくはその塩、スルホン基若しくはその塩、又は水酸基若しくはその塩である請求項2記載の試薬。
【請求項4】
前記A1及びA2が、互いに独立に存在しないか又は炭素数1ないし10の直鎖型若しくは分枝型アルキレン基、該アルキレン基の一部をアミノ基、ハロゲン、エーテル及び/若しくはカルボニル基に置換した置換アルキレン基、フェニレン基、又はフェニレン基の一部をアミノ基、ハロゲン及び/若しくはニトロ基に置換した置換フェニレン基である請求項2ないし4のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項5】
前記A1及びA2が、互いに独立にアルキレン基である請求項4記載の試薬。
【請求項6】
下記式[IV]又は[V]で表される構造を有するカルボン酸又はその塩である請求項5記載の試薬。
【化4】
【請求項7】
前記重金属イオンが、3価の陽イオンである請求項2ないし6のいずれか1項に記載の試薬。
【請求項8】
前記3価の陽イオンが、Fe3+及び/又はCr3+である請求項7記載の試薬。
【請求項9】
前記一般式[III]で表される構造を有する請求項1記載の試薬。
【請求項10】
環を構成する炭素原子上に置換基が存在しない請求項9記載の試薬。
【請求項11】
前記重金属イオンが、2価の陽イオンである請求項10記載の試薬。
【請求項12】
前記2価の陽イオンが、Hg2+, Cd2+及びPb2+から成る群より選ばれる少なくとも1種である請求項11記載の試薬。
【請求項13】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載の試薬と、被検試料中の重金属イオンとを反応させ、生成物を質量分析することを含む、重金属イオンの質量分析方法。
【請求項14】
請求項10ないし11のいずれか1項に記載の試薬と、被検試料中の重金属イオンとをヨウ素イオンの存在下で反応させ、生成物を質量分析することを含む請求項12記載の方法。
【請求項15】
請求項1ないし12のいずれか1項に記載の試薬を収容する試薬容器と、被検試料を収容する試料容器と、前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引するための吸引手段と、該吸引手段に接続され、その先端部を介して前記試薬容器に収容された試薬及び前記試料容器に収容された被検試料を吸引する吸引管と、該吸引管の途中に設けられた第1のバルブと、該第1のバルブに液押出用管を介して接続された送液ポンプと、前記第1のバルブに送液管を介して接続された液混合手段と、該液混合手段の下流に接続された質量分析装置とを具備する、重金属イオン分析用質量分析システム。
【請求項16】
前記液押出用管の途中であって、前記送液ポンプと前記第1のバルブの間に第2のバルブが設けられ、前記吸入管の途中であって、前記吸入手段と前記第1のバルブの間に第3のバルブが設けられ、前記第2のバルブと前記第3のバルブが第2の液押出用管で接続されている請求項15記載の質量分析システム。
【請求項17】
請求項13又は14に記載の重金属の質量分析方法を用いる質量分析システム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2006−308474(P2006−308474A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−132764(P2005−132764)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】
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