説明

量子ドットを用いた光遅延器

【課題】ナノスケールで構成することができ、しかも蓄積時における光損失を極力抑えることが可能な量子ドットを用いた光遅延器を提供する。
【解決手段】格納すべきデータに応じた光信号を入力用の量子ドット12へ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を遅延用の量子ドット14へ注入させ、入力用の量子ドット12から遅延用の量子ドット14へ注入された第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納させるとともに、光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光遅延器に関し、特にナノスケールの光通信ネットワーク、光計測、更には各種デバイスに適用する上で好適な光遅延器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
光を用いた高速光ネットワーク、量子コンピュータ等の最新の光技術に不可欠の光ルーター、高効率非線形デバイスなどの実現のためには、情報を載せた光の遅延回路が必要である。
【0003】
従来の光遅延器は、光ファイバを数十キロメートルに亘り巻き回すことにより構成していたため、ナノメータサイズのデバイスを作製した場合でも、光遅延器が大きいために、光デバイスを微小化することができなかった。
【0004】
また、光メモリを光遅延器として応用することも従来より試行されており、非線形光学効果を利用した光スイッチ等により、その開発が進められている。しかしながら、この従来における光メモリでは、あくまで媒質の非線形性を利用することから、これを制御するために巨大なパワーが必要となり、その励起にはフェムト秒パルスレーザ光が必要となる。しかしながら、このようなフェムト秒パルスレーザは巨大であるため、携帯情報端末等に搭載することが困難となり、実用化の観点において障壁となっていた。
【0005】
また、素子間を連結する光伝送路も小型化が必要となるが、光ファイバを利用した伝送路では、波長寸法以下まで小型化するのは原理的に不可能であるという問題点もあった。
【0006】
このような要求に応えるべく、従来においては、ナノメートル領域に配置した量子ドット間に特有な光物理現象を見出し、光の回折限界に支配されることなく光を蓄積することを目的として、量子ドットを用いた光蓄積器が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。この特許文献1の開示技術では、誘電性の材料により構成される基板上に互いに共鳴するエネルギー準位を有する偶数個の量子ドットを形成させ、かかる量子ドットのサイズ並びにその間隔を供給される近接場光の波長以下となるように調整したものである。またこれらのエネルギー準位は、反平行の双極子相互作用に基づいて互いに共鳴する構成とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−64200号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した特許文献1の開示技術では、量子ドットに蓄積させた光損失が大きくて長期間に亘り安定した光蓄積機能、光遅延機構を期待することができないという問題点があった。
【0009】
そこで、本発明は、上述した問題点に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、ナノスケールで構成することができ、しかも光伝送を遅らせることが可能な量子ドットを用いた光遅延器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1記載の量子ドットを用いた光遅延器は、入力用の量子ドットと、上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とを備え、上記入力用の量子ドットは、格納すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子ドットへ注入させ、上記量子ドット列は、上記入力用の量子ドットから注入された上記第1の励起子を、複数の上記遅延用の量子ドットにおける共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納するとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0011】
請求項2記載の量子ドットを用いた光遅延器は、請求項1記載の発明において、上記量子ドット列は、これを構成する遅延用の量子ドットが互いに環を形成するように配置させてなることを特徴とする。
【0012】
請求項3記載の量子ドットを用いた伝送路は、入力用の量子ドットと、上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する伝送用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とを備え、上記入力用の量子ドットは、伝送すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子ドットへ注入させ、上記量子ドット列は、上記入力用の量子ドットから注入された上記第1の励起子を、複数の上記伝送用の量子ドットにおける共鳴準位間で互いに伝送させ、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0013】
請求項4記載の量子ドットを用いたデータ遅延方法は、入力用の量子ドットと、上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とからなるデバイスに対し、格納すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子ドットへ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子ドットへ注入させ、上記入力用の量子ドットから上記遅延用の量子ドットへ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0014】
請求項5記載の量子ドットを用いた信号伝送方法は、入力用の量子ドットと、上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する伝送用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とからなるデバイスに対し、伝送すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子ドットへ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子ドットへ注入させ、上記入力用の量子ドットから上記伝送用の量子ドットへ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0015】
請求項6記載の量子井戸を用いた光遅延器は、入力用の量子井戸と、上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子井戸を複数に亘り配置させた量子井戸列とを備え、上記入力用の量子井戸は、格納すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子井戸へ注入させ、上記量子井戸列は、上記入力用の量子井戸から注入された上記第1の励起子を、複数の上記遅延用の量子井戸における共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納するとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0016】
請求項7記載の量子井戸を用いた光伝送路は、入力用の量子井戸と、上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する伝送用の量子井戸を複数に亘り配置させた量子井戸列とを備え、上記入力用の量子井戸は、伝送すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子井戸へ注入させ、上記量子井戸列は、上記入力用の量子井戸から注入された上記第1の励起子を、複数の上記伝送用の量子井戸における共鳴準位間で互いに伝送させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0017】
請求項8記載の量子井戸を用いたデータ遅延方法は、入力用の量子井戸と、上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子井戸を複数に亘り配置させた量子井戸列とからなるデバイスに対し、格納すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子井戸へ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子井戸へ注入させ、上記入力用の量子井戸から上記遅延用の量子井戸へ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【0018】
請求項9記載の量子井戸を用いた信号伝送方法は、入力用の量子井戸と、上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とからなるデバイスに対し、伝送すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子井戸へ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子ドットへ注入させ、上記入力用の量子井戸から上記伝送用の量子井戸へ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
上述した構成からなる本発明によれば、遅延用の量子ドットにおける下位準位である量子準位に対して、これに対応した周波数からなる緩和防止用の光信号を供給することにより、これに第2の励起子を励起させることにより、あえて共鳴準位に対して光学禁制となるように制御することが可能となり、共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の下位準位を介した緩和を遅延させることが可能となる。特に本発明によれば、ナノ秒程度まで遅延させることができ、従来可能だったフェムト秒程度の遅延回路と比較して光遅延量を大幅に改善させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器の構成について説明をするための図である。
【図2】エネルギー状態について説明するための図である。
【図3】本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器の他の構成について説明をするための図である。
【図4】比較例の構成について説明するための図である。
【図5】シミュレーションの結果について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について詳細について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0022】
先ず、本発明を適用した量子ドットを用いた光遅延器の構成について説明をする。光遅延器1は、例えば図1の示すように、例えばNaCl、KCl、Al2O3、ガラス又はCaF等の材料により構成される誘電性の基板上に配置させた入力用の量子ドット12と、入力用の量子ドット12よりも大体積で構成されてなる複数の量子ドット14からなる量子ドット列13とを備えている。
【0023】
量子ドット列13は、始端に位置する量子ドット14aから終端に位置する量子ドット14bに至るまで配列されており、互いの励起子の授受を介してこれを量子ドット14間において保持することにより、光遅延器として機能を担うものである。この量子ドット14aの近傍には、入力用の量子ドット12が位置している。量子ドット12は、量子ドット14との間で近接場光相互作用を起こすことになり、また、一の量子ドット14は、少なくとも隣接する他の量子ドット14との間で、近接場光相互作用を起こすことになる。
【0024】
各量子ドット12、14は、光励起担体を三次元的に閉じ込めることにより形成される離散的なエネルギー準位に基づき、単一電子(光励起担体)を制御する。この量子ドット12、14においては、励起子の閉じ込め系により、量子ドット内のキャリアのエネルギー準位が離散的になり、状態密度をデルタ関数的に尖鋭化させることができる。なお、この量子ドット12、14において扱う励起子は、励起子、電子、正孔等のいかなる光励起担体に代替することが可能となる。
【0025】
量子ドット12、14は、CuCl、GaN又はZnO等の材料系からなり、各量子ドット12、14を構成する材料系がCuClである場合に、これらは立方体状の量子箱として構成され、また各量子ドット12、14を構成する材料系がGaNやZnOである場合に、これらは量子箱、六角柱、球形或いは円盤形として構成される。この各量子ドット12、14の辺長や径は、それぞれ4nm〜10nm程度で構成することも可能となり、光の回折限界と比較してより小さいサイズで基板上に形成させることも可能となる。
【0026】
ここで量子ドット12、14がそれぞれ立方体として構成されている場合において、量子ドット12、14の辺長Lとしたとき、量子ドット12、14の辺長は、√2Lとなるように調整されていてもよい。
【0027】
これら各量子ドット12、14はブリッジマン法や分子エピタキシー(MBE)成長法に基づいて基板上に作製してもよいし、また近接場光CVDを利用して量子ドットの形成位置を精度よく制御してもよい。
【0028】
各量子ドット12、14における量子準位E(nx,ny,nz)は、粒子の質量をmとし、また量子ドットの辺長をLとしたときに、以下の式(1)により定義される。
E(nx,ny,nz)=h2/8π2m(π/L)2(nx2+ny2+nz2)・・・・・(1)
【0029】
なお、本発明では、量子ドットの形状や材質に応じて、この式(1)で定義される量子準位E(nx,ny,nz)の式以外に、他の一般的な量子準位の式が適用される場合もある。
【0030】
この式(1)に基づき、各量子ドット12、14のE(nx,ny,nz)を計算する。ここで量子ドット12と、量子ドット14との辺長比は、1:√2であるとき、図2に示すように、量子ドット12における量子準位が(1,1,1)であるときのE(111)と、量子ドット14における量子準位が(2,1,1)であるときのE(211)とが等しくなる。即ち、量子ドット12の量子準位(1,1,1)は、量子ドット14における量子準位(2,1,1)と、それぞれ励起子の励起エネルギー準位が共鳴する関係にある。
【0031】
即ち、この量子ドット12、並びに量子ドット14の構成としては、入力用の量子ドット12よりも量子ドット14をより大体積で構成することが必要となる。また、この量子ドット14は、入力用の量子ドット12から励起子が注入可能な共鳴準位が形成されていることが必要となる。この共鳴準位は、上述した例でいうところの、量子ドット12の量子準位(1,1,1)と、量子ドット14における量子準位(2,1,1)に相当する。
【0032】
また、量子ドット14は、当該共鳴準位にある励起子を緩和可能な下位準位を有していることを要件としている。この下位準位は、上述した例でいうところの量子ドット14における量子準位(1,1,1)である。
【0033】
本発明を適用した光遅延器1では、量子ドット列13において伝送方向始端に位置する量子ドット14aから終端に位置する量子ドット14bに至るまで、励起子を伝送することにより、これを格納する。この終端に位置する量子ドット14bに対して出力端となりえる量子ドットが特段形成されていない場合には、かかる量子ドット14bまで伝送されてきた励起子は、再び量子ドット14aに向かって戻るように伝送されていくことになる。そして、この量子ドット14a〜14bの間を往復し続けることになる。即ち、微視的にはこの量子ドット列13において励起子を伝送させていることに他ならないが、外部から見た場合には、この量子ドット列13に励起子を格納していることになる。
【0034】
次に、この光遅延器1による処理方法について説明をする。
【0035】
先ず入力用の量子ドット12に対して、その量子準位(1,1,1)に対応する周波数ω1の光信号Aを供給することにより、かかる量子準位へ励起子を励起させる。この励起子が励起された場合に、かかる量子ドット12における(1,1,1)と量子ドット14における量子準位(2,1,1)との間で共鳴が生じる。その結果、量子ドット12における量子準位(1,1,1)に存在する励起子が、量子ドット14の量子準位(2,1,1)へ移動する。この結果、見かけ上量子ドット12から量子ドット14へ励起子が移動することになる。
【0036】
また本発明においては、更に光信号Aとは異なる周波数ω2の光信号Bを供給する。この光信号Bにおける周波数ω2は、量子ドット14における量子準位(1,1,1)に対応しており、これを量子ドット14へ照射することにより、量子ドット14の量子準位(1,1,1)へ励起子を励起させることができる。以下、量子ドット12から量子ドット14の量子準位(2,1,1)へ伝送されてきた励起子を第1の励起子といい、光信号Bの供給に基づいて、量子ドット14の量子準位(1,1,1)へ励起させた励起子を第2の励起子という。
【0037】
量子ドット14において、量子準位(2,1,1)に存在する第1の励起子が、これよりも下位準位にある量子準位(1,1,1)へと緩和しようとする。しかしながら、この下位準位である量子準位(1,1,1)には、既に光信号Bによって励起された第2の励起子が存在している。その結果、この第1の励起子は、下位準位である量子準位(1,1,1)に緩和しようとしても、この第2の励起子が当該量子準位に存在しているため、緩和することができず、そのまま量子準位(2,1,1)に残ることになる。そして、量子ドット14は、量子準位(2,1,1)間において第1の励起子をそのまま互いに伝送しあうことによりこれを格納することになる。
【0038】
このように本発明を適用した光遅延器1によれば、量子ドット14における下位準位である量子準位(1,1,1)に対して、これに対応した周波数ω2からなる緩和防止用の光信号Bを供給することにより、これに第2の励起子を励起させることにより、あえて量子準位(2,1,1)に対して光学禁制となるように制御することが可能となり、共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の下位準位を介した緩和を防止することが可能となる。その結果、蓄積時における光損失を極力抑えることが可能となる。
【0039】
なお、上述した実施の形態では、あくまで図2に示すような量子準位を例に挙げて説明をしたがこれに限定されるものではなく、上述した量子ドット12、14の要件を満たすものであれば、他のいかなる量子準位で構成されていてもよいことは勿論である。
【0040】
また、上述した例では、あくまで量子ドット12、14とこれを構成する量子準位との間で説明をしてきたが、これに限定されるものではなく、量子ドット12、14の代替として量子井戸を使用するようにしてもよい。かかる場合には、上述した各量子準位が、量子井戸でいうエネルギー帯に相当することになるものの、その他の構成、動作は全て量子ドット12、14と同様となり、所期の効果を奏することになる。
【0041】
また本発明は、例えば図3に示すように、量子ドット列13を、これを構成する量子ドット14が互いに環を形成するように配置させるようにしてもよい。
【0042】
これにより、入力用の量子ドット12から量子ドット列13側に注入された第1の励起子は、この環状に形成された量子ドット14の共鳴準位間を伝送することにより、これに格納されることになる。
【0043】
更に、本発明は、上述した光遅延器への適用に限定されるものではなく、伝送路として適用してもよいことは勿論である。実際にこれを伝送路に適用する場合には、量子ドット列13における量子ドット14bの出力側において、これよりも大体積で構成される量子ドットを配置することにより、量子ドット14bへと伝送されてきた第1の励起子をこれを介して放出させ、発光させることになる。
【0044】
このような伝送を行う場合においても、量子ドット14における下位準位である量子準位(1,1,1)に対して、これに対応した周波数ω2からなる緩和防止用の光信号Bを供給することにより、これに第2の励起子を励起させることにより、あえて量子準位(2,1,1)に対して光学禁制となるように制御することが可能となる。その結果、共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の下位準位を介した緩和を防止することが可能となり、伝送効率を向上させることが可能となる。
【実施例1】
【0045】
以下、本発明を適用した光遅延器1の実施例について、説明をする。以下の実施例1では、上述した構成からなる光遅延器1に加え、更に図4に示すような構成からなる比較例を準備した。
【0046】
この図4に示す比較例では、量子ドット12を量子ドット12aから量子ドット12bに至るまで複数個並べ、その終端に位置する量子ドット12bの近傍には、これよりも大体積からなる量子ドット14が1個に亘り配置されているものである。この量子ドット12、14の共鳴準位の関係は、上述した実施の形態と同一である。
【0047】
このような構成からなる比較例では、量子ドット12aに励起させた第1の励起子を、その共鳴準位を介して量子ドット12bまで伝送させ、さらに共鳴準位を介して量子ドット14までこれを伝送させることができる。しかしながら、量子ドット12の共鳴準位間を伝送する励起子の多くが放射してしまう。その理由として、量子ドット12においては、緩和を防止するための緩和防止用の光信号の供給が無いためである。また、これに加えて、量子ドット12における共鳴準位間を伝送する励起子は、伝送元の量子ドット12に戻ってしまういわゆる戻り光が生じる場合もあり、原理的にも光損失が大きくなる構成となっている。
【0048】
図5は、本発明例と比較例との間で実際に光伝送させた場合において、その光出力をシミュレーションにより算出した結果を示している。横軸が、本発明例でいうところの量子ドット14の個数、並びに比較例でいうところの量子ドット12の個数を、縦軸が出力の比率を示している。本発明例1)、比較例1)はともに伝送元の量子ドットへの戻り光がない場合を仮定しており、また本発明例2)比較例2)はともに伝送元の量子ドットへの戻り光がある場合を仮定している。
【0049】
シミュレーションの結果から、本発明例1)は、同一条件の比較例1)と比較して出力が高くなっており、また、本発明例2)は、同一条件の比較例2)と比較して出力が高くなっているのが分かる。
【0050】
即ち、本発明例では、比較例よりも光伝送効率が上昇していることが示されている。このため、上述の如き構成からなる本発明を光遅延器に適用すれば、より長時間に亘って安定的にデータを格納することが可能となり、また光伝送路として適用すればより高効率なデータの伝送を実現することが可能となる。
【符号の説明】
【0051】
1 光遅延器
12、14 量子ドット
13 量子ドット列

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力用の量子ドットと、
上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とを備え、
上記入力用の量子ドットは、格納すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子ドットへ注入させ、
上記量子ドット列は、上記入力用の量子ドットから注入された上記第1の励起子を、複数の上記遅延用の量子ドットにおける共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納するとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子ドットを用いた光遅延器。
【請求項2】
上記量子ドット列は、これを構成する遅延用の量子ドットが互いに環を形成するように配置させてなること
を特徴とする請求項1記載の量子ドットを用いた光遅延器。
【請求項3】
入力用の量子ドットと、
上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する伝送用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とを備え、
上記入力用の量子ドットは、伝送すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子ドットへ注入させ、
上記量子ドット列は、上記入力用の量子ドットから注入された上記第1の励起子を、複数の上記伝送用の量子ドットにおける共鳴準位間で互いに伝送させ、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子ドットを用いた伝送路。
【請求項4】
入力用の量子ドットと、上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とからなるデバイスに対し、
格納すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子ドットへ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子ドットへ注入させ、
上記入力用の量子ドットから上記遅延用の量子ドットへ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子ドットを用いたデータ遅延方法。
【請求項5】
入力用の量子ドットと、上記入力用の量子ドットよりも大体積で構成されてなるとともに、上記入力用の量子ドットから第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する伝送用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とからなるデバイスに対し、
伝送すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子ドットへ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子ドットへ注入させ、
上記入力用の量子ドットから上記伝送用の量子ドットへ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子ドットを用いた信号伝送方法。
【請求項6】
入力用の量子井戸と、
上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子井戸を複数に亘り配置させた量子井戸列とを備え、
上記入力用の量子井戸は、格納すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子井戸へ注入させ、
上記量子井戸列は、上記入力用の量子井戸から注入された上記第1の励起子を、複数の上記遅延用の量子井戸における共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納するとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子井戸を用いた光遅延器。
【請求項7】
入力用の量子井戸と、
上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する伝送用の量子井戸を複数に亘り配置させた量子井戸列とを備え、
上記入力用の量子井戸は、伝送すべきデータに応じた光信号が供給された場合には、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子井戸へ注入させ、
上記量子井戸列は、上記入力用の量子井戸から注入された上記第1の励起子を、複数の上記伝送用の量子井戸における共鳴準位間で互いに伝送させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号の供給に基づいて上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子井戸を用いた光伝送路。
【請求項8】
入力用の量子井戸と、上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子井戸を複数に亘り配置させた量子井戸列とからなるデバイスに対し、
格納すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子井戸へ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記遅延用の量子井戸へ注入させ、
上記入力用の量子井戸から上記遅延用の量子井戸へ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させることによりこれを格納させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子井戸を用いたデータ遅延方法。
【請求項9】
入力用の量子井戸と、上記入力用の量子井戸から第1の励起子が注入される共鳴準位と当該共鳴準位から上記第1の励起子を緩和可能な下位準位とを有する遅延用の量子ドットを、略同一のサイズで複数に亘り配置させた量子ドット列とからなるデバイスに対し、
伝送すべきデータに応じた光信号を上記入力用の量子井戸へ供給することにより、その波長に応じて励起された第1の励起子を上記伝送用の量子ドットへ注入させ、
上記入力用の量子井戸から上記伝送用の量子井戸へ注入された上記第1の励起子を共鳴準位間で互いに伝送させるとともに、上記光信号とは異なる波長からなる緩和防止用光信号を供給して上記下位準位へ更に第2の励起子を励起させることにより、上記共鳴準位間において伝送させている第1の励起子の上記下位準位を介した緩和を遅延させること
を特徴とする量子井戸を用いた信号伝送方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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