説明

量子ビーム照射と光照射又は加熱により可逆的に着色/脱色する有機分子を含んだ樹脂組成物とナノパターン形成方法

【課題】
記録媒体への光メモリーに用いられる光は、その波長がパターンサイズ以下の量子ビームの領域にまで高密度化されることが予想されるが、これに対応する高密度化された有機記録媒体の量子ビームとの反応機構はほとんど解明されていない。
【解決手段】
量子ビーム照射と光照射又は加熱とで着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂膜に、高速に操作可能な量子ナノビームを照射し、その後光照射又は加熱することにより、ナノスケールの着色パターンを繰り返し書込み/消去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子ビームの作用により無色体から着色体へ、光照射又は加熱により着色体から無色体へ可逆的に化学変換される有機分子を含む樹脂組成物と、該樹脂組成物からなる薄膜に、量子ビーム照射すること、及び、光照射又は加熱することにより、ナノスケール着色パターンを繰り返し書込み/消去する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
情報処理量、処理速度の飛躍的向上に伴って、記録媒体の高密度化への要求もますます高まっている。現在340nmの半導体レーザを用いたシステムが実用化されつつある光メモリーは超高密度記録媒体としての有力な手法である。その中で、次期光メモリー材料の有力な候補の一つとして、クロミック分子を含む有機薄膜の可逆的な着色/無色変換が挙げられる。
【特許文献1】特開2003−308634号公報
【特許文献2】特開2005−82507号公報
【非特許文献1】M.Irie, Chem. Rev., 2000, 100, 1685
【非特許文献2】S. Kawata Chem. Rev., 2000, 100, 1777
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
今後、高密度化のために用いる光は、その波長がパターンサイズ以下の量子ビームの領域になることが予想される。しかし、フォトクロミック分子など実用性の高い有機分子の量子ビームによる反応機構はほとんど解明されておらず、記憶密度を飛躍的に向上させる次世代の記録システムに関する有力な提案はなされていない。
【0004】
そこで、本発明の目的は、量子ビーム照射と光照射又は加熱で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂膜に、高速に操作可能な量子ナノビームを照射すること、及び、光照射又は加熱することにより、ナノスケールの着色パターンを繰り返し書込み/消去する技術を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、前記の目的を達成するために、下記の技術的手段が用いられている。
その第1の手段は、量子ビーム照射及び光照射で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂組成物によるものである。
【0006】
第2の手段は、量子ビーム照射及び加熱で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂組成物によるものである。
第3の手段は、量子ビーム照射及び光照射で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子が上記(化1)又は(化2)からなる請求項1の樹脂組成物によるものである。
【0007】
第4の手段は、量子ビーム照射及び加熱で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子が上記(化1)又は(化2)からなる請求項2の樹脂組成物によるものである。
第5の手段は、請求項1〜4の樹脂組成物を、基板上に塗布し乾燥する工程、加熱硬化する工程、量子ビーム照射及び光照射する工程を含むことを特徴とする該樹脂組成物の可逆的化学変換方法によるものである。
【0008】
第6の手段は、請求項1〜4の樹脂組成物を、基板上に塗布し乾燥する工程、加熱硬化する工程、量子ビーム照射及び加熱する工程を含むことを特徴とする該樹脂組成物の可逆的化学変換方法によるものである。
【0009】
即ち、本発明は、クロミック分子を含む記録媒体に量子ナノビームを照射し、その照射部を着色させた後、その記録媒体を光照射処理するか又は加熱処理することによりその着色部を脱色することにより、ナノスケールの着色パターンを繰り返し書込み又は消去する可逆的な化学的変換を行うものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、量子ビーム照射と光照射又は加熱とで着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂膜を使用し、この膜に、高速でしかも操作可能な量子ナノビームを照射し、その後、その照射膜に光照射又は加熱することにより、樹脂膜にナノスケールの着色パターンを繰り返し書込み/消去することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(量子ビーム)
本発明において、薄膜の可逆的に書込み/消去できる着色パターンのサイズおよび形状は、照射する量子ビームのビーム径によって制御可能である。本発明において、量子ビームとは、加速器を利用して得られるビームエネルギー、ビームサイズ、照射量が任意に制御できる放射線の総称である。従って、薄膜に、1−1000nmの範囲で任意の着色パターン形状を作製できる特徴を示す。
【0012】
本発明は、クロミック分子が量子ビームの作用による異性化反応に伴い、無色体から着色体に変化すること、及び、光照射又は加熱により可逆的に無色体に化学変換されることにより有機薄膜の可逆的な着色/無色変換を実現しているものである。従って、該クロミック分子は、量子ビーム照射と光照射又は加熱により可逆的に化学変換される分子であれば、その構造は特に制限されるものではない。
(クロミック分子)
具体的なクロミック分子としては、下記の(化1)のスピロピラン及び(化2)のジアリールエテンが挙げられる。無色体である(化1)(化2)は、量子ビーム照射により着色体である下記の(化3)(化4)に、(化3)(化4)は光照射又は加熱により無色体の(化1)(化2)に可逆的に変換される。
【0013】
【化1】

【0014】
【化2】

【0015】
【化3】

【0016】
【化4】

【0017】
(化1)において、R1、R2は炭素数1〜20の有機基、ニトロ基、又はハロゲン基であれば良い。該基としては、窒素、酸素、珪素などのヘテロ原子を含んでもかまわない。具体的な有機基には、メチル基、エチル基、プロピル基、フェニル基、ピリジル基、メトキシ基、メタンスルホン基、シアノ基、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられる。
【0018】
(化2)において、R3は炭素数1〜20の有機基、ニトロ基、又はハロゲン基であれば良い。該基としては、窒素、酸素、珪素などのヘテロ原子を含んでもかまわない。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、フェニル基、ピリジル基、メトキシ基、メタンスルホン基、シアノ基、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられる。また、2つのR3はその先で連結していてもかまわない。具体的には、メチレン基、プロピレン基、ブチレン基、パーフルオロプロピレン基、無水マレイン酸基、マレイミド基などが挙げられる。
【0019】
R4、R5は炭素数1〜20の有機基、ニトロ基、又はハロゲン基であれば良い。該基としては、窒素、酸素、珪素などのヘテロ原子を含んでもかまわない。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、フェニル基、ピリジル基、メトキシ基、メタンスルホン基、シアノ基、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられる。また、R4R5は、縮環構造の一部であってもかまわない。具体的には、ベンゼン間、ナフチル環、ピリジル環などが挙げられる。(化2)において、Xは酸素、硫黄、アルキル化窒素が望ましい。(化1)(化2)以外では、アゾベンゼン誘導体、フルギド誘導体、スピロオキサジン誘導体等も、本発明のクロミック分子として適用可能である。
(樹脂成分)
本発明は、量子ビーム照射により無色体から着色体に変化し、光照射又は加熱により無色体に可逆的に化学変換するクロミック分子を利用するものである。従って、該クロミック分子は、樹脂成分に対して1〜100重量%添加するのが望ましい。更に望ましくは2〜20重量%が良い。2%以下ではコントラスト良く着色パターンを形成することが困難であり、20%以上だとフィルムが脆くなる。
【0020】
本発明は、量子ビームの作用により生じたマトリックス樹脂のカチオンラジカルや励起状態などの活性種が生じ、該活性種からのエネルギー移動又はラジカル移動などにより生じたクロミック分子の活性種が、着色体に変化する化学反応を利用したものである。従って、マトリックスとなる樹脂成分は、可視領域に吸収のない透明性かつ耐放射線性を有する樹脂であれば特に制限されるものではない。該マトリックス樹脂としては、クロミック分子との相溶性、ワニス溶媒への溶解性の観点から、構造中に極性基を有する高分子を含むものであれば適用可能である。具体的には、ポリスチレン及びその誘導体、ポリアクリル酸及びその誘導体、ポリメタクリル酸とその誘導体、ポリカーボネート、ポリイミド、ポリベンズオキサゾール、ポリパーフルオロカーボンなどが挙げられる。該高分子の分子量としては、樹脂膜の製膜性、機械特性を考慮した場合1000以上であることが望ましい。分子量の上限については特に制限はないが、溶媒への溶解性、ワニスの取り扱いやすさを考えた揚合は1000000以下であることが望ましい。
(可逆的化学変換)
本発明において、量子ビームより与えられたエネルギーは、クロミック分子に作用し、異性化反応を起こすことで樹脂薄膜が無色性から着色性へ化学変換される。従って、クロミック分子が異性化反応を起こすエネルギー源であれば、量子ビームは特に制限されるものではない。具体的には、電子ビーム、イオンビーム、X線などが挙げられる。本発明において、光照射又は加熱により与えられたエネルギーは、異性化したクロミック分子に作用し、逆反応を起こすことで樹脂薄膜が着色性から無色性へ化学変換される。従って、クロミック分子が逆反応を起こすエネルギー源であれば、光源及び熱源は特に制限されるものではない。具体的には、波長150nm〜700nmの可視紫外光やIRビームが挙げられる。
【0021】
本発明は、量子ビームにより無色体から有色体に変化し、光又は熱により無色体に可逆的に化学変換するクロミック分子と該クロミック分子と相溶性の良い極性樹脂を混合することによって容易に達成される。また、三重項増感剤との併用、各種アミン化合物からなる密着向上剤、界面活性剤等との併用が可能であることは言うまでもない。
【実施例】
【0022】
(実施例1)
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)固体100重量部、メタノールから再結晶することで精製した下記の(化5)に示す1,3−ジヒドロ−1’,3’,3’−トリメチル−6−ニトロスピロ[2H−1−ベンゾピラン−2,2’−(2H)−インドール]5重量部を、シクロヘキサノンと2−エトキシエタノールの2:1(v/v)混合溶液700重量部に溶解し、孔径0.20μmのテフロン(登録商標)フィルターを用いてろ過し樹脂溶液とした。シリコン基板上に、上記の樹脂溶液を回転塗布し、塗布後90℃で3分間加熱処理後、室温で一晩真空乾燥することで、膜厚0.35μmのクロミック薄膜を作製した。
【0023】
この薄膜に加速電圧20KeV、電流量200pAでビーム径が50nmの電子ビームを用いて、照射線量50−400μC/cm2で、100−1000nmのライン/スペースパターン及び100−1000nmのドットパターンをラスタ走査により直接パターン描画した。その結果、露光100μC/cm2のときに,露光部の色調が変化し、ドットパターンでは300nm、ライン/スペースパターンでは200nmの分解能を示す着色パターンが得られた。着色バターンを示した上記薄膜をホットプレート上で90℃、30秒間加熱したところ、無色となった。上記の方法により、該薄膜の電子ビーム照射/加熱を10回繰り返しても着色性の低下は見られなかった。
【0024】
【化5】

【0025】
(実施例2)
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)固体100重量部、メタノールから再結晶することで精製した下記の(化6)に示す1,3−ジヒドロ−1’,3’,3’−トリメチル−4−メトキシ−6−ニトロスピロ[2H−1−ベンゾピラン−2,2’−(2H)−インドール]5重量部を、シクロヘキサノンと2−エトキシエタノールの2:1(v/v)混合溶液700重量部に溶解し、孔径0.20μmのテフロン(登録商標)フィルターを用いてろ過し樹脂溶液とした。シリコン基板上に、上記の樹脂溶液を回転塗布し、塗布後9.0℃で3分間加熱処理後、室温で一晩真空乾燥することで、膜厚0−35μmのクロミック薄膜を作製した。
【0026】
この薄膜に加速電圧20KeV、電流量200pAでビーム径が50nmの電子ビームを用いて、照射線量50−400μC/cm2で、100−1000nmのライン/スペースパターン及び100−1000nmのドットパターンをラスタ走査により直接パターン描画した。露光100μC/cm2のときに、露光部の色調が変化し、ドットパターンでは300nm、ライン/スペースパターンでは200nmの分解能を示す着色パターンが得られた。着色バターンを示した上記薄膜をホットプレート上で90℃、30秒間加熱したところ、無色となった。上記の方法により、該薄膜の電子ビーム照射/加熱を10回繰り返しても着色性の低下は見られなかった。
【0027】
【化6】

【0028】
(実施例3)
ポリメタクリル酸メチル(PMMA)固体100重量部、メタノールから再結晶するヒとで精製した下記の(化7)に示す1,2−ビス[2−メチルベンゾ[β]チオフェン−3−イル]−3,3,4,4,5,5−ヘキサフルオロ−1−シクロペンテン8重量部を、シクロヘキサノンと2−エトキシエタノールの2:1(v/v)混合溶液700重量部に溶解し、孔径0.20μmのテフロン(登録商標)フィルターを用いてろ過し樹脂溶液とした。シリコン基板上に、上記の樹脂溶液を回転塗布し、塗布後90℃で3分間加熱処理後、室温で一晩真空乾燥することで、膜厚0.35μmの樹脂薄膜を作製した。
【0029】
この薄膜に加速電圧20KeV、電流量200pAでビーム径が50nmの電子ビームを用いて、照射線量50−400μC/cmで、100−1000nmのライン/スペースパターン及び100−1000nmのドットパターンをラスタ走査により直接パターン描画した。その結果、露光200μC/cmのときに,露光部の色調が変化し、ドットパターンでは300nm、ライン/スペースパターンでは200nmの分解能を示す着色パターンが得られた心着色バターンを示した上記薄膜をホットプレート上で90℃、30秒間加熱したところ、無色となった。上記の方法により、該薄膜の電子ビーム照射/加熱を10回繰り返しても着色性の低下は見られなかった。
【0030】
【化7】

【産業上の利用分野】
【0031】
現在、情報処理量、処理速度の飛躍的向上に伴って、記録媒体の高密度化への要求が高まっており、その有力な手段方法として光メモリー用の超高密度記録媒体の開発が行われている。本発明は、その手段方法としてクロミック分子を含む有機薄膜の可逆的な着色/無色変換に関するものであり、かかる有機薄膜への量子ビーム照射と光照射又は加熱による可逆的な光メモリー用の超高密度記録媒体としての有力な候補の一つである。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子ビーム照射及び光照射で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂組成物。
【請求項2】
量子ビーム照射及び加熱で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子からなる樹脂組成物。
【請求項3】
量子ビーム照射及び光照射で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子が下記の(化1)又は(化2)からなる請求項1の樹脂組成物。
【化1】

【化2】

【請求項4】
量子ビーム照射及び加熱で着色/脱色を可逆的に起こす有機分子が下記の(化1)又は(化2)からなる請求項2の樹脂組成物。
【化1】

【化2】

【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかの樹脂組成物を、基板上に塗布し乾燥する工程、加熱硬化する工程、量子ビーム照射及び光照射する工程を含むことを特徴とする該樹脂組成物の可逆的化学変換方法。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかの樹脂組成物を、基板上に塗布し乾燥する工程、加熱硬化する工程、量子ビーム照射及び加熱する工程を含むことを特徴とする該樹脂組成物の可逆的化学変換方法。

【公開番号】特開2007−31649(P2007−31649A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−220514(P2005−220514)
【出願日】平成17年7月29日(2005.7.29)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】