説明

金コロイドおよびその製造方法

【課題】不純物をなるべく含まずに、粒径の揃ったナノサイズレベルの金微粒子を含有する金コロイドを、安全で環境に優しくかつ簡単な手法で得る製造方法の提供。
【解決手段】炭素原子を含まぬオキソ酸又はその塩、好ましくは硫酸、リン酸、過塩素酸、またはそれらのアルカリ金属塩、を含む水溶液中で金をアノード酸化し、前記金の表面に形成した酸化皮膜を水に浸漬して水中に金微粒子を分散させる、金コロイドの製造方法、ならびに当該製造方法により得られる平均粒子径が50nm以下の金コロイド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金コロイドおよびその製造方法、より詳しくは、金の微粒子が液体に均質分散してなる金コロイドおよびそれを得る技術としての製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金は化学的、電気化学的に最も安定な金属として知られ、その卓越した耐久性から、めっき等による表面処理、電気配線端子、センサー電極などに幅広く利用されている。近年は、チオール基を末端に有する有機鎖分子で金を化学修飾する手法が開発され、バイオテクノロジー分野での利用が拡がっている。また、直径数十nm程度に微細化した金は、局在表面プラズモン特性により可視光と強い相互作用を示すことから、その特異的な光学特性を利用した応用が研究されている。さらに、金微粒子は、触媒材料、例えば有機物の酸化あるいは還元反応触媒、自動車排気ガスの浄化触媒や、燃料電池用の触媒などとしても広く用いられているし、導電性ペーストの導電材、塗料着色材料としても利用されている。
【0003】
従来、金微粒子を製造する方法としては、種々の方法が知られている。例えば、塩化金酸溶液に還元剤を添加し金微粒子を析出させ、不飽和アルコールにより金粉を製造する方法(特許文献1参照)、塩化金溶液にハイドロキノン等の還元剤を添加し、一部をコロイド状金として析出させ、次いで金よりも電気化学的に卑な金属により残留溶存金イオンを還元析出する方法(特許文献2参照)、アンモニアを添加してpHを0.5〜2.5に調整した塩化金酸溶液と、還元剤として少なくとも1つのヒドロキシル基を有する芳香族化合物に水溶性高分子化合物を添加した溶液をpH8〜10に調整し、両溶液を混合して金微粒子を析出させることにより粒度分布の狭い金微粒子を製造する方法(特許文献3参照)、塩化金酸水溶液を抱水ヒドラジンや水素化硼素ナトリウムなどの還元剤により還元する方法、金塩化物を高温、高圧下においてH2によって還元する方法、更には、有機溶媒中に金含有物を溶解させ、これにロジン又はロジン構成主要樹脂酸の少なくとも1種を添加し加熱することにより、実質的に単分散した金微粒子を得る方法(特許文献4参照)など種々の方法が挙げられる。本発明者らは、特許文献5において、カルボン酸水溶液中での金のアノード酸化により形成される皮膜を純水中で自然分解させて金コロイドおよび金ナノ粒子を得る技術を開示している。
【0004】
しかし、上記するように、金微粒子の従来の製造方法は、塩化金酸あるいは塩化金などの金化合物を還元することにより製造するのが一般的である。これらの塩は有毒であり、塩化金酸は毒物及び劇物取締法の劇物に指定されている。さらに、金微粒子の析出には還元剤の添加が必要とされることから、金微粒子の分散液は清浄なものではない。また、従来の方法では、得られた金微粒子はフレーク状であるとか、粒径分布が広いなどの問題を有するもの、粒径がミクロンオーダーであるなどナノオーダーの金微粒子が得られないなどの問題を有するものも散見される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第3,892,557号明細書
【特許文献2】特開昭55−54509号公報
【特許文献3】特開平5−105444号公報
【特許文献4】特開平5−117726号公報
【特許文献5】特開2011−58037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記した如く、従来の金微粒子の製造方法は、塩化金酸などの有害な材料の使用や、還元剤、金以外の金属を製造過程で用いることによる、金微粒子への他の金属、有機成分などといった材料の混入の恐れ、粒径分布の問題、粒径の大きさの問題などを有するものであった。また、例えば数十nm以下の粒径を有し、球状をした金ナノ粒子が得られれば、触媒としての機能、狭ピッチに対応した厚膜導体を形成できる導電ペーストなどの製造、バイオセンサーなどへの利用、プラズモン特性など光学特性を利用する分野での特性改善、利用促進を図ることができる。
【0007】
上記にかんがみ、本発明では、不純物をなるべく含まずに、粒径の揃ったナノサイズレベルの金微粒子を含有する金コロイドを、安全で環境に優しくかつ簡単な手法で得る製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らの鋭意研究の結果、以下の発明を完成した。
(1)炭素原子を含まぬオキソ酸又はその塩を含む水溶液中で金をアノード酸化し、前記金の表面に形成した酸化皮膜を水に浸漬して水中に金微粒子を分散させる、金コロイドの製造方法。
(2)オキソ酸又はその塩が硫酸、リン酸、過塩素酸、またはそれらのアルカリ金属塩である(1)の製造方法。
(3)(1)又(2)の製造方法により得られ、平均粒子径が50nm以下の金コロイド。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、金のアノード酸化後、形成された酸化皮膜を単に水に浸漬するという簡単な手法により金コロイドを製造することができる。このため、金コロイドあるいは金微粒子を安価に製造できる可能性がある。しかも従来の方法のような有害な金化合物や還元剤を用いないことから、安全で環境対応性に優れた手法で、金コロイドを製造することができる。本発明では製造条件は温和である。好ましくは、本発明で得られる金コロイドは、100nm以下、より好ましくは50nm以下の粒径の金微粒子を含有する。本発明では、粒径分布が狭く、他の金属や有機物などの混入、付着の恐れのない金コロイドを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施例で得られた皮膜の破断面の走査型電子顕微鏡による観察像である。
【図2】実施例で得られた金コロイドの可視光吸収スペクトルである。
【図3】実施例で得られた金コロイドの内容物についての透過型電子顕微鏡による観察像である
【発明を実施するための形態】
【0011】
金のアノード酸化による酸化皮膜の製造方法について説明する。金のアノード酸化は、陽極として金を用いて電気分解を行うことで、当該金の表面を酸化させて酸化皮膜を得る反応である。アノード酸化に用いられる金としては、特に限定されるものではなく、好ましくは純金である。形状は任意である。箔状の金を適当な基体上に担持させて用いることもできる。めっきや蒸着等の手法により金以外の基板上に金の薄層を形成したものを用いることもできる。このように、金以外の基板を用いる場合には、基板部で電気化学反応が進行しないよう、基板部はオキソ酸又はその塩を含む水溶液に接触しないように処置されることが好ましい。オキソ酸又はその塩を含む水溶液中でのアノード酸化時の反応速度が低い金属、例えばアルミニウムやチタンを基板に用いれば、基板が水溶液に接触した状態でも金のアノード酸化を実施することができる。
【0012】
本発明では、アノード酸化はオキソ酸又はその塩を含む水溶液中で行われる。本発明によれば、オキソ酸又はその塩は、炭素原子を含まない。そのようなオキソ酸としては、例えば、硫酸、リン酸、ハロゲンのオキソ酸などが挙げられ、硫酸、リン酸、過塩素酸などが好ましい。オキソ酸の塩としては、上述のオキソ酸のアルカリ金属塩、アンモニウム塩などが挙げられる。
【0013】
オキソ酸又はその塩の濃度については、酸化皮膜の形成速度が速いという点では濃度が高い方がよく、反応を穏やかに進行させるという点では濃度が低い方がよい。これらのことから、水溶液中におけるオキソ酸又はその塩の濃度は、好ましくは0.1〜1Mである。
【0014】
本発明において、アノード酸化の際の陰極、参照電極などは従来技術などから適宜援用することができる。陰極としては例えば、炭素電極、チタン電極、アルミニウム電極などが例示される。
【0015】
電極間にかけられる電圧、電流値については任意でよく、均質な酸化皮膜を得やすいという点からは好ましくは標準電極電位に対して1.8〜4.0Vであり、より好ましくは2〜3Vである。電圧は、アノード酸化開始時から一定に保てばよいが、反応が穏やかな低電圧で開始し、その後徐々に上げることもできる。そのように電圧を徐々にあげることで、より均質な金多孔質膜(酸化皮膜)が得られる可能性がある。
【0016】
アノード酸化時間は、形成される金酸化皮膜の膜厚、電極にかけられる電圧、オキソ酸またはその塩の濃度等により異なり、特に限定されるものではない。酸化時間が長くなれば、一般的には酸化皮膜の膜厚は厚くなる。他方、ある程度の厚さとなると膜厚の増加が停止し、更に電解を続けると酸化皮膜が剥離する場合がある。よって、このような酸化皮膜の剥離が起きないような時間が選択されることが通常好ましい。
【0017】
このようなアノード酸化により、ナノスケールの微細孔を有し、不安定で水への浸漬により自然分解する酸化皮膜を金の表面、あるいはその他の基板上に形成した金の表面に作製することができる。オキソ酸水溶液中での金のアノード酸化により形成される酸化皮膜は、原理的に有機物(炭素原子)を含まず、実質的に、酸化金(Au)および大気等からの不可避不純物のみからなることを本発明者らは確認した(実施例参照)。アノード酸化終了後に酸化皮膜を水中に浸漬し、金コロイドを形成させる。
【0018】
酸化皮膜が形成された後、皮膜の安定化が進行する前、たとえば表面が黒色化する前に、形成された酸化皮膜を水に浸漬して、所定の時間、例えば1ヶ月程度水中に保持するうちに金微粒子が水中に分散して、金コロイドが得られる。必要であれば、酸化皮膜を水に浸漬する前に基板から剥がし、この剥がされた酸化皮膜を水に浸漬してもよい。清浄な金コロイドを得るために、アノード酸化後の酸化皮膜を純水で十分に洗浄し、電解液を洗い流すことが好ましい。
【0019】
酸化皮膜が浸漬される水としては、酸化皮膜の水への浸漬により金微粒子が形成される限り特に限定されないが、コロイドの清浄性の点から、脱イオン化水、蒸留水など、通常純水と呼ばれているものが好ましい。また、水には、金微粒子が形成される範囲であれば、酸、アルカリなどが含まれていてもよいし、金微粒子の分散、あるいは凝集を防止する分散剤、凝集防止剤、保護コロイドなどが、本発明の目的を阻害しない範囲で含まれていてもよい。酸化皮膜を水に浸漬することにより、金微粒子が形成される理由は未だ解明されておらず、これにより本発明が何ら限定されるものではないが、多孔質皮膜すなわち酸化皮膜を構成する酸化金(Au)の酸素イオンO2−の酸化と金イオンAu3+の還元が進行する過程で金が微粒子状となり、水中に分散していくものと推測される。
【0020】
こうして得られる金コロイドは、有機物(炭素原子)を原理的に含まず、より好ましくは、実質的に金と水のみからなる点で画期的である。実質的に金と水のみからなるというのは、不可避不純物として検出される程度の炭素その他の元素の混入があり得るという趣旨である。このような金コロイドもまた本発明の一形態であり、当該金コロイドは、可視域に吸収ピークを有する。実施例1の可視光吸収スペクトルでは520〜540nm(より詳細には530nm付近)に吸光度ピークを有し、金コロイド特有の光学特性を示している。本発明の金コロイドは1年以上安定な状態であることを本発明者らは確認した。本発明の金コロイドは金と水のみで構成することができ、金コロイドにおける清浄性と安定性が一挙に向上されたことを意味する。本発明によれば、金コロイドにおける金微粒子は透過型電子顕微鏡による観察で測定される平均粒子径が好ましくは50nm以下であり、より好ましくは、10〜40nmである。
【0021】
また、酸化皮膜が浸漬された液は、必要であれば攪拌子あるいは超音波振動などにより液の攪拌、振動を行ってもよい。得られた金コロイドはそのまま用いてもよいし、遠心分離や濾過等、公的技術に基づいて金微粒子を分離・回収してもよい。
【0022】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれによって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
アルミナペーストで鏡面研磨した純度99.96%の金箔を陽極として用い、炭素板を陰極として用い、Hg/HgSO(+0.64V vs. SHE)を参照電極として用い、0.5M、0℃の硫酸水溶液中で0Vから10mVs−1でアノード掃引し、1.8Vに到達した後、その電圧で15分間保持した。その結果、オレンジ色の皮膜が得られた。図1は得られた皮膜の破断面の走査型電子顕微鏡による観察像である。図1に示すとおり、厚さ約2.3ミクロンの均質な皮膜が得られていることがわかった。X−ray photoelectron spectroscopy(XPS)測定により、この皮膜が3価の金酸化物からなり、硫黄(S)などの不純物を含まないことがわかった。得られた金酸化皮膜を純水中で保管したところ液が赤紫色となった。図2は得られた液(金コロイド)の可視光吸収スペクトルである。図2のスペクトルでは、530nmに吸収ピークがあり、金コロイド特有の光学特性を示している。図3は、アノード酸化後16カ月経過した金コロイドの内容物についての透過型電子顕微鏡観察像である。図3によれば、直径40nm以下(大部分が20〜30nm程度)の金微粒子が見出され、平均粒子径は24nmであった。
【実施例2】
【0024】
電解液を0.5M硫酸ナトリウム水溶液に代えたこと以外は実施例1と同様にして金のアノード酸化を行ったところ、実施例1と同様の金酸化物からなるオレンジ色の皮膜が得られた。
【実施例3】
【0025】
電解液を0.5Mリン酸水溶液とし、1.8Vに到達後100分間維持したこと以外は実施例1と同様にして金のアノード酸化を行ったところ、実施例1と同様の金酸化物からなるオレンジ色の皮膜が得られた。
【実施例4】
【0026】
電解液を0.5M過塩素酸水溶液とし、1.8Vに到達後36分間維持したこと以外は実施例1と同様にして金のアノード酸化を行ったところ、実施例1と同様の金酸化物からなるオレンジ色の皮膜が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明によれば、粒子径が小さい範囲でよく揃った金微粒子を含有する金コロイドが容易に得られ、電気・電子工業分野等での導電ペースト、触媒、およびセンサーなどの原材料などとして種々の産業分野において利用が可能である。特に、表面を有機物で保護されていない金コロイドは、金と直接反応させることが必要な系への適用に優れることが期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素原子を含まぬオキソ酸又はその塩を含む水溶液中で金をアノード酸化し、前記金の表面に形成した酸化皮膜を水に浸漬して水中に金微粒子を分散させる、金コロイドの製造方法。
【請求項2】
オキソ酸又はその塩が硫酸、リン酸、過塩素酸、またはそれらのアルカリ金属塩である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の製造方法により得られ、平均粒子径が50nm以下の金コロイド。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−201959(P2012−201959A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−69776(P2011−69776)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(305027401)公立大学法人首都大学東京 (385)
【Fターム(参考)】