説明

金属の切削加工用クーラント及び切削加工方法

【課題】対象となる被加工物が大型ものや複雑な形状を有したものの場合においても加工後の被加工物表面に変色や荒れなどのトラブル発生を確実に防止することが可能な水系クーラントおよび金属の切削加工方法を提供すること。
【解決手段】全クーラント中のSiの含有率が10ppm以下であること水系クーラントを用いて特に大型かつ複雑な形状を有する被加工物を切削加工すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム(またはアルミニウム合金)などの金属の切削加工において使用される水系クーラントに関し、特にクーラント中の成分に由来する被加工物の変色や荒れなどの表面異常の発生を防止する新たな切削加工用クーラント及びこれを用いた金属の切削加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、金属の切削加工、とりわけ金属製の被加工物が大型の構造物や部品を対象とする切削加工においては、加工時の冷却性に優れており、また自動化による無人での加工が可能であることから、水系のクーラントが多用されている。
【0003】
このクーラントには、油性成分が溶解したタイプや油性成分を乳化させたエマルジョンタイプがあり、通常、市販のこれら原液を上水、工業用水、地下水などで所定の濃度に希釈して使用される。
【0004】
しかし、水を使用するために、錆発生や腐敗あるいはスカム発生などのトラブルが起こりやすく、加工者(ユーザー)の実際の使用に際しては、油剤メーカーが過去の使用実績と経験に基づき適用する希釈水中の水質についてあらかじめその調査項目と推奨される管理基準について加工者に提示して、これにより上記トラブルを未然に防止するようにして実施する場合が多い。
【0005】
一般的に、切削加工用クーラントとして管理指標となっている項目には、pH、全硬度、塩素イオン、蒸留残渣、リン酸イオン、硫酸イオンなどがあり、例えば下記表1のような推奨基準すなわち水質調査の項目とその理想基準が公表(非特許文献1)されている。
【0006】
【表1】

【0007】
しかしながら、上記表1の理想基準をできる限り満たすような希釈水の選定または調整を行なった水系クーラントを用いた場合においても被加工物の表面異常などのトラブルが発生することがある。
【0008】
すなわち、対象とする被加工物がその加工作業に例えば数日またはそれ以上の長時間を要するような数メートル以上に及ぶ大型ものや複雑な形状を有したものの場合においては、前記基準を考慮した水質の希釈水で切削加工を実施した際においても、加工後の被加工物表面に局所的な変色や荒れなどのトラブルが起こることがあり、特に被加工物表面に厳しい平滑性が要求される用途にはこれらのトラブルがその製品価値を損なう重大な問題になることがわかった。
【非特許文献1】JUNTSU NET21、WEB版潤滑油 そこが知りたいQ&A、検索日:2007年3月27日 インターネット<URL:1177652788265_0.htm>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、金属の切削加工に使用される従来の水系クーラント問題点を勘案し、対象となる被加工物が大型ものや複雑な形状を有したものの場合においても加工後の被加工物表面の変色や荒れなどのトラブル発生を確実に防止することが可能な水系クーラントおよび金属の切削加工方法を提供することをその課題としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような課題を解決するために完成された本発明は以下の通りである。
【0011】
すなわち、請求項1に係る本発明は、金属の切削加工に用いられる水系クーラントにおいて、全クーラント中のSiの含有率が10ppm以下であることを特徴とする金属の切削加工用水系クーラントである。
【0012】
また、請求項2に係る本発明は、前記金属がアルミニウムまたはアルミニウム合金である請求項1に記載の金属の切削加工用水系クーラントである。
【0013】
そして、請求項3に係る本発明は、金属の切削加工に当たって、全クーラント中のSiの含有率が10ppm以下の水系クーラントを用いる金属の切削加工方法である。
【0014】
また、請求項4に係る本発明は、前記金属がアルミニウムまたはアルミニウム合金である請求項3に記載の金属の切削加工方法である。
【0015】
さらに、請求項5に係る本発明は前記全クーラント中Siの含有率が5ppm以下である請求項1または2に記載の金属の切削加工用水系クーラントである。
【0016】
加えて、請求項6に係る本発明は、金属の切削加工に当たって、前記全クーラント中のSiの含有率が5ppm以下の水系クーラントを用いる金属の切削加工方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、対象となる被加工物が大型ものや複雑な形状を有したものの場合においても加工後の被加工物表面に変色や荒れなどのトラブル発生を確実に防止することが可能な金属の切削加工用水系クーラントおよび金属の切削加工方法を提供することができるといった優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明者らは、被加工物としてアルミニウム合金製の液晶製造装置製造用の大型チャンバーの製作に当たって、通常の工業用水を希釈水とした水系クーラントを用いて切削加工を実施した際、加工後のチャンバー表面に局所的に白色の変色が生じていることが確認されたため、その原因究明と対策に着手した。そして、この表面の変色部を鋭意調査、検討の結果、変色部は単に表面が酸化腐食しているのではなく、金属の酸化物や水酸化物が付着し、それらの付着部およびその周辺で被加工物表面が酸化したりピットが形成されていることがわかった。一方、これらの、金属酸化物や水酸化物が付着していない部分では被加工物表面の変色は存在しないことも判明した。そのため、上記付着物そのものは被加工物表面を十分に洗浄することにより除去することが可能であるが、付着物の影響により生じた局所的な酸化膜やピットは被加工物表面に残るためシミや荒れとして残留することになる。
【0019】
また、付着物の分析結果によれば、酸化物や水酸化物を形成している金属成分としてSiが存在し、このSiが高いほど被加工物表面の腐食が促進され、これがシミなどの変色や荒れの原因となっていることが明らかとなった。
【0020】
これら切削加工後の被加工物表面に現れる付着物の由来について検討したところ、切削粉や作業環境から混入する塵や埃によるものではなく、切削加工に使用した水系クーラント中に溶解あるいは分散している金属成分にあるのではないかと考え、このクーラントに着目してさらに実験、研究を重ねた結果、希釈水からもたらされるクーラント中に微量のSi成分が含まれている事実を究明するに至った。
【0021】
すなわち、大型で複雑な形状を有する被加工物を対象とする切削加工は加工時間が長いためにそれだけ被加工物表面が長時間にわたりクーラントに接触して晒されることから、Si量が一定のレベルを超えたクーラントを使用すると、クーラント中の水分が蒸発した後にこれに溶解あるいは分散していたSi成分が酸化物や水酸化物の形態で付着物として析出、凝集し、これが何度も繰り返されて濃化、蓄積することにより、前述のようにこれらの付着物が被加工物表面に単に存在するにとどまらず、付着部あるいはその近傍の腐食を進行させる結果、ついには変色や荒れが発生するものと推定される。特に、被加工物を構成する金属がアルミニウムまたはその合金である場合はその材質の特性上、変色しやすいためにこの影響が顕著に現れることになる。
【0022】
以下、本発明について実施例を含めてその実施形態をより具体的に説明する。
【0023】
本発明に係る金属の切削加工用の水系クーラントはその全クーラント中のSi含有率が10ppmすなわち0.01質量%以下であることを特徴とする。
【0024】
また、本発明に係る金属の切削加工方法は上記のSi含有率が10ppm以下の水系クーラントを用いて金属の切削加工を行うことを特徴とするものである。このようなSi含有率を10ppm以下に規定した水系クーラントを使用することにより被加工物表面のトラブル、つまり変色、シミ、荒れおよび腐食などを防止し、平滑で美麗な表面状態の被加工物を製作することができる。
【0025】
また、切削加工時間が特に長時間(数日以上)を要する被加工物場合は、この全クーラント中のSi含有率がさらに低いレベルすなわち5ppm以下の水系クーラントを使用することが好ましい。
【0026】
この水系クーラントは市販のクーラントの原液を上水、工業用水、地下水など水により所定の割合、濃度に希釈された後の実際に切削加工時に使用される状態のものとして定義される。
【0027】
このSi成分は、希釈水に用いる水に溶解している珪酸(溶存珪酸)に由来するものが大きな割合を占めており、一般的な水道水や工業用水には20〜50ppmの溶存珪酸が含まれており、これはSi含有率に換算すれば10〜25ppmに相当する。しかるに水道水や工業用水をそのまま水系クーラントの希釈水として使用すると、全水系クーラントのSi含有率が上記10ppmを超えることが予想され、後述する実施例にも明らかなように加工後に被加工物の表面トラブルが発生する恐れが出てくる。
【0028】
従って、本発明に規定する水系クーラントおよびこれを用いた金属の切削加工を実現するためには、クーラントの建浴時や使用中に追加する希釈水中の珪酸濃度を少なくともSi含有率に換算して10ppm以下になるよう積極的に除去、低減しておくこと重要となる。このための手段としては、希釈水をあらかじめイオン交換樹脂フィルターや逆浸透膜などを通して処理することが推奨される。もちろん、本発明のSi含有率の規定は当然ながら希釈後の全水系クーラントを対象としているのであって、希釈水中のSi成分を上記の方法によって除去した場合であっても、もしクーラントの原液にSi成分が高濃度含まれていてこの影響で使用するクーラントのSi含有率が10ppmを超える場合は、この使用を排除すべきであり、あるいは希釈後のクーラントを上記規定満足すべくSi成分を除去する必要がある。
【0029】
本発明において全クーラント中のSI含有率は次の測定方法によって特定される。
【0030】
(1)クーラントを口径5μmのフィルターでろ過した後、60〜110℃に加熱して水分のみを除去する。
【0031】
(2)残った油分および無機分をるつぼに入れて600℃にて2時間燃焼させ、有機分を除去し、燃焼残さの質量を計測する。
【0032】
(3)元のクーラント質量に対する燃焼残さの質量の比率を「全クーラント中に含まれる無機分の含有率」とする。
【0033】
(4)燃焼残さに含まれる金属分を原子吸光法、ICP発行分析、ICP-MS、EPMAの定量分析などにより測定し、燃焼残さに含まれるSiの比率を算出して、これを「燃焼残さに含まれるSi含有率」とする。
【0034】
(5)そして、上記「全クーラント中に含まれる無機分の含有率」と「燃焼残さに含まれるSi含有率」との積を全クーラント中のSiの含有率とする。
【0035】
(実施例)
以下に記載の水系クーラントを用いて、5052系アルミニウム合金からなる大型の被加工材(物)を対象として、エンドミルにより100時間かけて平面切削加工を行った。加工後に被加工材を洗剤にて洗浄し、水洗、乾燥したものの表面を目視で観察し、トラブル発生の有無を確認した。その結果を表2に記載した。
【0036】
クーラントはJISA1種の市販のクーラント原液をSi含有率の異なる4種の希釈水(実施例2種、比較例2種)にて20倍に希釈し、油分濃度を5%としたものである。なお、希釈水のそのほかの水質は前述の表1に記載の基準に近似するものあった。また、クーラント原液は特にアルミニウムの腐食要因となる硫黄、塩素を含む化合物などは含まれていないものである。そして、全クーラント中のSi含有率は前記に説明した方法により測定、算出した値で同表2の数値で示すとおりである。
【0037】
表2の結果から、Si含有率が本発明の規定範囲にあるクーラントを使用した場合(実施例1および2)は変色などのトラブルは見られなかったが、Si含有率が同規定範囲を超える場合(比較例1及び2)は局所的に白色の変色部が見られ、表面トラブルが発生していることが確認された。
【0038】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の切削加工に用いられる水系クーラントにおいて、全クーラント中のSiの含有率が10ppm以下であることを特徴とする金属の切削加工用水系クーラント。
【請求項2】
前記金属がアルミニウムまたはアルミニウム合金である請求項1に記載の金属の切削加工用水系クーラント。
【請求項3】
金属の切削加工に当たって、Siの含有率が10ppm以下の水系クーラントを用いる金属の切削加工方法。
【請求項4】
前記金属がアルミニウムまたはアルミニウム合金である請求項3に記載の金属の切削加工方法。
【請求項5】
前記全クーラント中Siの含有率が5ppm以下である請求項1または2に記載の金属の切削加工用水系クーラント。
【請求項6】
金属の切削加工に当たって、前記全クーラント中のSiの含有率が5ppm以下の水系クーラントを用いる請求項3または4に記載金属の切削加工方法。



【公開番号】特開2008−274098(P2008−274098A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−119069(P2007−119069)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】