説明

金属の腐食速度予測方法、及び、金属の腐食寿命予測システム

【課題】従来よりも短時間で金属の腐食速度及び腐食寿命を予測することが可能な金属の腐食速度予測方法及び金属の腐食寿命予測システムを提供する。
【解決手段】本発明の金属の腐食速度予測方法は、金属の表面に付着している水膜中の塩濃度c、温度T、及び、係数α、β、γを用いて、水膜への酸素溶解速度RO2をRO2=α×10−βcexp(−γT)で算出し、上記表面に付着している水膜の厚さL、水膜を拡散する酸素の拡散係数D、及び、水膜の酸素飽和濃度CO2がRO2>D×CO2/Lである場合には、金属表面に到達する単位時間且つ単位面積当たりの酸素量NO2をNO2=D×CO2/Lとする一方、RO2≦D×CO2/Lである場合にはNO2=RO2とし、得られたNO2、金属のモル質量w、及び、金属がイオン化する時の価数nを用い、Rcor=4×NO2×w/nで金属の腐食速度Rcorを予測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の腐食速度予測方法、及び、金属の腐食寿命予測システムに関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛及び亜鉛合金系めっき鋼板は、耐食性に優れており、自動車や建材に広く用いられている。しかし、鋼板の切断端面では、露出した下地鉄とめっき部との腐食電位差によりガルバニック腐食が生じ、貴な電位となる鉄部の腐食は抑制されるが、卑な亜鉛めっきの腐食が速く進行するという問題がある。この端面腐食問題に関して、腐食メカニズムや寿命予測に関する研究が行われてきているが、未だ不明な点が多い。
【0003】
腐食速度は、端面に付着する液膜の厚さや塩濃度に大きく依存するが、定量的には把握されていない。非特許文献1には、液膜の厚さが薄くなるほど酸素拡散電流が大きくなるため、液膜の厚さが1μm程度以上であれば、液膜が薄くなるにつれて腐食速度は増加する一方、さらに液膜が薄くなると、液膜は電気化学反応の溶媒として十分に機能しなくなるため、腐食速度が低下することが報告されている。また、非特許文献2には、液膜の厚みが10μm程度から、酸素拡散速度よりも液膜への酸素溶解速度が、腐食速度の律速になることが報告されている。
【0004】
大気腐食は、液膜の厚みが10μm程度以下である環境(薄液膜下)で腐食が進行しており、金属表面に到達する酸素量が腐食速度を大きく左右する。端面腐食の腐食メカニズムの解明や寿命予測を行うためには、薄液膜下でのガルバニック腐食を把握する必要がある。
【0005】
腐食寿命予測に関する技術として、例えば特許文献1には、絶縁材を介して接合された2種の金属片を外部接触させたときに流れる電流及びその経時的な推移を計測する工程と、該工程において計測された電流の経時的な推移に基づいて、2種の金属片の内、卑な金属の腐食の進行を予測する工程とを有することを特徴とする異種金属接触腐食による金属材の腐食量予測方法が開示されている。また、特許文献2には、鋼材の腐食量予測式Y=AX(Y:腐食量、X:年数、A、B:材料と環境に依存する係数、べき数)を用いて鋼材の寿命を予測する方法において、係数Aを、鋼種に応じて予め設定された係数(α、β、γ)と、鋼材を用いる構造物の設置環境に依存した環境データ(T:温度(℃)、PW:濡れ確率またはTOW:年間濡れ時間(h)、Sa:飛来塩分量(mdd))とに基づいて求め、べき数係数Bを係数Aの関数として求めることを特徴とする鋼材の寿命予測方法が開示されている。また、特許文献3には、電子計算機を用いて、耐候性鋼を使用する予定の使用予定位置における年間ぬれ時間、年平均風速、年平均気温、飛来塩分量及び硫黄酸化物量を含む外因性の腐食情報並びに耐候性鋼の成分に関する内因性の腐食情報を用いて耐候性鋼の予測腐食量を計算する工程を有する耐候性鋼の腐食量予測方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4151385号公報
【特許文献2】特開2006−208346号公報
【特許文献3】特許第3909057号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】N.D.トマショフ(N.D.Tomashov)、「コロージョン(Corrosion)」、(米国)、エヌエーシーイー インターナショナル(NACE International)、1964年、第20巻、p.7
【非特許文献2】山崎 隆生、外2名、「電解液薄膜下における酸素還元−酸素の溶解と拡散速度の測定−」、材料と環境、社団法人腐食防食協会、2001年、第50巻、第1号、p.30−33
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に開示されている技術では、絶縁材を介して接合された2種の金属片を複数の実環境に配置して、電流の経時的な推移を計測する必要があるため、腐食の進行を予測するためには、長時間を要するという問題があった。また、特許文献2に開示されている技術においても、温度Tや相対湿度H等のデータをデータベースから入手できない場合には、鋼材の寿命を予測したい地点において必要なデータを実測により求める等の工程を経る必要があるほか、係数α、β、γを求めるには少なくとも数か月間程度を要する試験を行う必要があるため、実際に鋼材の寿命を予測するまでに長時間を要するという問題があった。また、特許文献3に開示されている技術は、耐候性鋼の腐食量を予測する方法、及び、当該方法を用いた技術であるため、自動車用鋼板等に代表される他の鋼板の腐食寿命予測には、使用し難いという問題があった。また、特許文献2及び特許文献3に開示されている予測技術では、予測精度が実験データの測定場所や実験データ数に大きく依存している。そのため、実験条件と大きく環境が異なる場合には、予測精度が低下しやすいという問題もあった。
【0009】
そこで、本発明は、従来よりも短時間で金属の腐食速度を予測することが可能な金属の腐食速度予測方法、及び、従来よりも短時間で金属の腐食寿命を予測することが可能な金属の腐食寿命予測システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
大気中の腐食速度は、金属面上に到達する酸素量により決定される。金属面上に到達した酸素は、下記式Aに示す還元反応を生じ、酸素分子1個あたり、4個の電子を必要とする。
+ 2HO + 4e → 4OH …(式A)
上記式Aで表される化学反応の電子を供給するため、金属が電子を放出し、イオン化するために腐食は進行する。例えば、金属が鉄や亜鉛の場合は、下記式Bや下記式Cで表される反応が進行して、腐食が進行する。
Fe → Fe2+ + 2e …(式B)
Zn → Zn2+ + 2e …(式C)
【0011】
このように、金属面上に到達する酸素量を把握することができれば、腐食が進行速度(腐食速度)を予測することが可能になり、金属の腐食寿命を予測することが可能になる。しかしながら、この金属面上に到達する酸素量は、金属面上に付着している水分量、塩の量、及び、温度等の影響により変化する。そのため、あらゆる環境で金属の腐食速度を予測すること、及び、金属の腐食寿命を予測することは困難であった。
【0012】
本発明者らは、鋭意研究の結果、金属面上に付着している水分量、塩の量、及び、温度をパラメータとして含む、金属面上に到達する酸素量の式を特定した。この式を用いて算出したガルバニック電流と実験結果とを比較した結果、算出したガルバニック電流は実験結果と良く一致した。したがって、今回特定した式を用いれば、実験条件と異なる環境下や実験データが存在しない環境下においても、金属面上に到達する酸素量を特定することができ、この酸素量を腐食速度に変換することによって、表面に酸素が到達するすべての金属の腐食速度を高精度に予測することが可能になり、表面に酸素が到達するすべての金属の腐食寿命を高精度に予測することが可能になると考えられる。
【0013】
本発明は、このような知見に基づいて完成された発明である。以下、本発明について説明する。なお、本発明の理解を容易にするため、添付図面の参照符号を括弧書きにて付記するが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
【0014】
本発明の第1の態様は、金属の表面に付着している水膜の厚さをL(m)、水膜を拡散する酸素の拡散係数をD(m/s)、上記表面に到達する単位時間且つ単位面積当たりの酸素量をNO2(mol/m/s)、水膜の酸素飽和濃度をCO2(mol/m)、水膜中の塩濃度をc(mol/L)、温度をT(℃)、水膜への酸素溶解速度をRO2(mol/m/s)、金属がイオン化する時の価数をn、金属のモル質量をw(g/mol)、係数をα、β、γとするとき、RO2を下記式1から算出するRO2算出工程(S1)と、L及びRO2算出工程で算出されたRO2が下記式2を満たす場合には下記式3からNO2を算出し、L及びRO2算出工程で算出されたRO2が下記式2を満たさない場合には下記式4からNO2を算出するNO2算出工程(S3、S4)と、該NO2算出工程で算出されたNO2を下記式5へと代入して、金属の腐食速度Rcor(g/m/s)を算出するRcor算出工程(S5)と、を有することを特徴とする、金属の腐食速度予測方法である。
O2=α×10−βcexp(−γT) …(式1)
O2>D×CO2/L …(式2)
O2=D×CO2/L …(式3)
O2=RO2 …(式4)
Rcor=4×NO2×w/n …(式5)
【0015】
ここに、本発明において、係数αは、RO2の温度依存性、及び、RO2に及ぼす金属の表面状態(より具体的には、被膜の種類及び有無や、金属の表面に占める被膜の面積の割合)の影響に関連する係数であり、係数βは、RO2の塩濃度依存性に関連する係数であり、係数γは、RO2の温度依存性に関連する係数である。
【0016】
上記本発明の第1の態様において、塩がNaClである場合には、α=1.77×10−5、β=0.05、及び、γ=0.01335であることが好ましい。
【0017】
本発明の第2の態様は、入力手段(11)と、該入力手段を介して入力された情報を用いて金属の腐食寿命を演算する演算手段(12)と、該演算手段によって演算された結果を出力する出力手段(13)とを備え、入力手段を介して入力される情報に、金属の厚さL1(m)、金属の表面に付着している水膜の厚さL2(m)、水膜を拡散する酸素の拡散係数D(m/s)、水膜の酸素飽和濃度CO2(mol/m)、水膜中の塩濃度c(mol/L)、温度T(℃)、金属がイオン化する時の価数n、金属のモル質量w(g/mol)、係数α、係数β、及び、係数γが含まれ、演算手段は、下記式1から水膜への酸素溶解速度RO2(mol/m/s)を算出し、L2及び算出されたRO2が下記式2を満たす場合には、下記式3から金属の表面に到達する単位時間且つ単位面積当たりの酸素量NO2(mol/m/s)を算出し、L2及び算出されたRO2が下記式2を満たさない場合には、下記式4からNO2を算出し、算出されたNO2を下記式5へと代入することにより金属の腐食速度Rcor(g/m/s)を算出し、算出されたRcorとL1とを用いて演算手段で算出された腐食寿命が、出力手段に出力されることを特徴とする、金属の腐食寿命予測システム(10)である。
O2=α×10−βcexp(−γT) …(式1)
O2>D×CO20/L …(式2)
O2=D×CO20/L …(式3)
O2=RO2 …(式4)
Rcor=4×NO2×w/n …(式5)
【0018】
上記本発明の第2の態様において、塩がNaClである場合には、α=1.77×10−5、β=0.05、及び、γ=0.01335であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明では、式1によって算出された水膜への酸素溶解速度RO2を用いて金属の腐食速度及び金属の腐食寿命を予測する。酸素溶解速度を高精度に予測することが可能な式1を用いることにより、実験条件と異なる環境下や実験データが存在しない環境下においても、塩水噴霧試験等に代表される試験を行うことなく、表面に酸素が到達するすべての金属の腐食速度を高精度に予測することが可能になり、表面に酸素が到達するすべての金属の腐食寿命を高精度に予測することが可能になる。したがって、本発明によれば、従来よりも短時間で金属の腐食速度を予測することが可能な金属の腐食速度予測方法、及び、従来よりも短時間で金属の腐食寿命を予測することが可能な金属の腐食寿命予測システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】鉄及び亜鉛の腐食電位とNaCl活量との関係を示す図である。
【図2】酸素溶解速度とNaCl濃度との関係を示す図である。
【図3】ガルバニック電極を説明する図である。
【図4】SSTとCCTにおけるガルバニック電流の測定結果を示す図である。
【図5】CCTの3サイクル目から15サイクル目までの測定値を平均化したガルバニック電流を示す図である。
【図6】モル伝導率の塩濃度依存性を示す図である。
【図7】モル伝導率の温度依存性を示す図である。
【図8】金属の腐食速度予測方法を説明するフローチャートである。
【図9】金属の腐食寿命予測システムを説明するブロック図である。
【図10】SSTを模擬した数値解析結果を示す図である。
【図11】SSTを模擬した数値解析結果を示す図である。
【図12】SSTを模擬した数値解析結果を示す図である。
【図13】CCTを模擬した数値解析結果を示す図である。
【図14】CCTの湿潤時におけるガルバニック電流及び液膜厚みの変化を示す図である。
【図15】CCTの乾燥時におけるガルバニック電流及び液膜厚みの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の理解を容易にするため、上記式1の算出根拠について詳述し、その後、本発明の実施形態について説明する。
【0022】
上記式Bや上記式Cで表される反応が生じるアノードの電流密度iは、下記式D(ターフェルの式)で表すことができる。
【0023】
【数1】


ここで、icorrは腐食電流密度、φcorrは腐食電位、aはターフェル定数、nは価数、Fはファラデー定数である。
【0024】
ターフェル定数は、5%のNaCl水溶液中の分極測定から、αFe=0.38、αZn=1.2とした。腐食電位φcorrは、図1に示すようにNaCl濃度により変化する。これは、低NaCl濃度の場合には金属表面に不動態膜が形成されやすいために、アノード活性な表面積が減少することが原因と考えられる。電位のシフト量はNaCl活量に依存するとしてモデル化した。腐食電位の実測値から、下記近似式E及び近似式Fを作成した。
【0025】
【数2】

【0026】
【数3】


ここで、γ±は重量モル濃度mNaCl(mol/kg)の平均活量係数であり、下記式Gから求めた。下記式Gのλは電解質による定数であり、NaClの場合、λ=0.130である。
【0027】
【数4】

【0028】
カソードにおける反応は、水素還元反応が無視できる−1.2V/Ag−AgCl以上の電位なら、上記式Aに示す酸素還元反応が主となる。すなわち、カソード電流密度iは、金属表面に到達する酸素量により決定され、下記式Hとして表される。
【0029】
【数5】


溶液中の酸素濃度CO2は、下記式Iの拡散方程式から求められる。金属表面の境界条件は、金属表面に到達した酸素はすべてカソード反応に消費されるとして、濃度を0とした。
【0030】
【数6】


拡散速度が律速となる場合、金属面に付着している水膜の厚さをL(m)として、酸素の拡散係数をD(m/s)とすると、金属面上に到達する単位時間、単位面積あたりの酸素量NO2(mol/m/s)は、下記式Jで表すことができる。
O2=D×CO2/L …(式J)
ここで、CO2は水膜への酸素飽和濃度(mol/m)である。酸素飽和濃度は、水膜中の塩濃度や温度に依存し、下記式Kにより表すことができる。塩濃度による酸素溶解度の低下は、Salting−out効果と呼ばれている。
【0031】
【数7】


ここで、cはNaCl濃度(mol/L)であり、Tは温度(℃)である。ksはSalting−out係数であり、NaClの場合は0.13である。上記式Jから、水膜の厚さが薄いほど酸素量が増加することになるが、水膜の厚さが非常に薄くなった場合は、水膜への酸素溶解速度RO2が律速となる。
【0032】
例えば、25℃のNaCl濃度が0.5mol/Lである時の飽和酸素濃度CO2は、上記式Kから2.31×10−4mol/L(=0.231mol/m)である。この時の酸素溶解速度RO2は、非特許文献2から1.2×10−5mol/m/sである。水溶液中の酸素拡散係数Dは1.9×10−9/sであるから、上記式JのNO2をRO2=1.2×10−5mol/m/sに置き換え、D=1.9×10−9/s及びCO2=0.231mol/mを上記式Jに代入すると、L=36.575μmが得られる。したがって、25℃のNaCl濃度が0.5mol/Lである場合には、水膜厚みが36.575μmの時に、NO2=1.2×10−5mol/m/sとなる。金属面上へ単位時間、単位面積当たりに到達する酸素量が、水膜への酸素溶解速度を超えることはないと考えられるので、25℃のNaCl濃度が0.5mol/Lである場合、水膜厚みが36.575μm未満の時にも、NO2=1.2×10−5mol/m/sになると考えられる。
【0033】
非特許文献2では、図2に示すように、塩濃度2点における酸素溶解速度が報告されている。しかしながら、酸素溶解速度の塩濃度依存性については報告されていない。また、酸素溶解速度は温度にも依存するはずであるが、非特許文献2では、酸素溶解速度の温度依存性についても報告されていない。そこで、本発明者らは、以下の手順によって、酸素溶解速度RO2と塩濃度cと温度Tとの関係式である上記式1を特定した。
【0034】
純水への酸素の水溶液中の溶解度(=飽和酸素濃度)CO2は、実測結果から、温度の指数関数として精度よく近似されることが知られている。発明者らは、実測結果から、まず、下記式Lを得た。
【0035】
【数8】


さらに、純水に含有させた塩の濃度が高いほど、飽和酸素濃度が低下することが知られている。この現象は、Salting−out効果と呼ばれており、純水での溶解度に10−ks・cを乗じた形で近似できることが報告されている。ここで、ksは塩の種類による定数(NaClではks=0.13)であり、cは塩の濃度(mol/L)である。よって、塩がNaClの場合、飽和酸素濃度は、温度(℃)とNaCl濃度(mol/L)の関数として、上記式Kで表される。
【0036】
金属表面に液膜が厚みLで付着している場合、酸素は液膜中を拡散移動し、金属表面に到達した酸素は、上記式Aで表されるカソード反応により全て消費される。このときの、金属表面に到達する単位時間且つ単位面積当たりの酸素量NO2(単位時間且つ単位面積あたりの酸素の輸送量mol/m/s)は、上記式Jで表され、カソード電流密度iは上記式Hで表される。
【0037】
上記式Jから、液膜厚みLが薄いほど、NO2は増加することになるが、液膜がある程度薄くなると、液膜への酸素溶解が追いつかなくなる。例えば、液膜の厚さが限りなく0に近い場合、NO2は、液膜へ溶解する酸素の溶解速度RO2(mol/m/s)と等しくなる。液膜への酸素溶解速度RO2は、非特許文献2において、図2のように報告されている。ただし、図2に記載されている測定データは2点のみである。ここで、塩の影響は、酸素溶解度のSalting−out効果に近いと考えられるので、Salting−out効果に用いられているのと同じ10−kr・cの関数で近似し、図2から、定数krを0.05と求め、RO2を下記式Mのように近似した。
O2=1.27×10−5・10−0.05c …(式M)
【0038】
酸素溶解度(=飽和酸素濃度)と同様に、酸素溶解速度も温度の影響を受けるはずであるが、その測定データは報告されていない。そこで、以下に示す実験方法で測定を行った。
測定に用いたガルバニック電極を図3に示す。図3(a)はガルバニック電極の上面図、図3(b)は図3(a)のIIIb−IIIb断面図である。図3に示したガルバニック電極は、30mm×5mm×5mmの鉄(純度99.99%)と30mm×10mm×5mmの亜鉛(純度99.5%)とを樹脂埋めして作製した電極である。電極同士はポリエステルテープで絶縁し、電極にリード線を取り付け、エメリー紙で#2000までの湿式研磨仕上げを行った。腐食試験は、JIS Z2371に規定されている塩水噴霧試験方法(SST)に準拠した。試験温度は35℃とし、試験溶液は5質量%NaCl水溶液を用いた。また、乾燥及び湿潤を付与した腐食試験として、JIS H8502.8に規定されているサイクル腐食試験(CCT)を行った。サイクル条件は、噴霧(35℃、5質量%NaCl)、乾燥(60℃、25%RH、4h)、湿潤(50℃、≧95%RH、2h)であった。
腐食試験中におけるガルバニック電極Fe/Zn間に流れる電流値を無抵抗電流計(北斗電工株式会社製HM−102)により2分間隔でサンプリングした。
【0039】
Fe及びZnでは、ZnがFeの犠牲となって優先腐食する犠牲防食作用が機能する。よって、図3に示した電極では、Fe面上に到達した酸素量に相当する犠牲電流がZn側からFe側に供給される。すなわち、この犠牲電流から、Fe面上に単位時間、単位面積当たりに到達する酸素量NO2を知ることができる。図4に、SSTとCCTにおけるガルバニック電流の測定結果を示す。図4(a)はSSTにおけるガルバニック電流の測定結果を示す図であり、図4(b)はCCTにおけるガルバニック電流の測定結果を示す図である。図4(a)及び図4(b)の縦軸はガルバニック電流、横軸は時間である。図4(a)に示すように、SSTにおける電流値は、初期に2×10−4A程度を示し、36hから90hの間に0.5×10−4Aまで低下した。その後、2×10−4A程度の試験初期と同じ値を示した。0hから120hの間を平均した電流値は1.33×10−4Aであり、電流低下時を除外して平均化した値は1.71×10−4Aであった。
【0040】
図4(b)に示すように、CCTの電流値は、3サイクル以後は、安定して再現性のある電流値が測定された。具体的には、湿潤時と乾燥時に3〜5×10−4A程度の大きな電流値を示し、噴霧時はSSTと同等の2×10−4A程度の電流値であった。図5に、CCTの3サイクル目から15サイクル目までの測定値を平均化したガルバニック電流を示す。図5の縦軸はガルバニック電流、横軸は時間である。図5から、湿潤時及び乾燥時に電流値のピークがあることが確認された。このピーク時に液膜厚みが最も薄くなり、酸素溶解速度律速となっていると考えられる。図5より、湿潤時の最大電流値は2.81×10−4Aであり、乾燥時の最大電流値は2.48×10−4Aであった。これらの値を酸素溶解速度に換算すると、それぞれ、
O2(at 50℃)=I/4nF
=2.81×10−4/(5×30×10−6)/96450
=4.85×10−6mol/m/s …(式N)
O2(at 60℃)=I/4nF
=2.48×10−4/(5×30×10−6)/96450
=4.28×10−6mol/m/s …(式O)
である。ここで、電流ピーク時に、液膜の厚みは極めて薄くなっており、NaCl濃度は飽和濃度26.4%(6.2mol/L)に達している。図2に示した25℃における溶解速度、並びに、上記式N及び式Oのデータから、その影響を酸素溶解度と同じ指数関数で、酸素溶解速度の温度依存性を下記式Pのように近似した。
【0041】
【数9】


上記式Pは、酸素溶解速度RO2と、NaCl濃度と、温度との関係を表す式である。金属の腐食に影響を及ぼす塩としては、NaCl以外に、MgClやCaCl等の塩が知られている。NaCl以外の塩と、酸素溶解速度RO2と、温度との関係を表す、上記式Pと対応する式を導出する場合には、上記実験におけるNaClをMgClやCaCl等に置き換える以外は上記実験と同様の実験を行うことにより、導出することができる。また、腐食速度を予測したい金属が図3に示される電極とは異なる形態である場合には、図3に示した電極に代えて腐食速度を予測したい金属を用いる他は、上記実験と同様の実験を行うことにより、上記式Pと対応する式を導出することができる。したがって、上記式Pは、上記式1のように一般化することができる。
【0042】
実環境における金属の腐食速度や腐食寿命を予測するためには、その環境における水膜厚さ及び塩濃度を知る必要がある。『押川 渡、外2名、「強電解質が吸水してできる水膜組成と水膜厚さの推定」、材料と環境、社団法人腐食防食協会、2003年、第52巻、第6号、p.293−298』から、水膜厚さは、付着塩濃度及び相対湿度から算出することが可能である。したがって、建築物や自動車等の鋼材の実環境における付着塩濃度及び相対湿度を用いて水膜厚さを算出し、算出した水膜厚さを用いて上記式2〜式4によってNO2を特定し、特定したNO2を上記式5へ代入してRcorを算出することにより、金属の腐食速度を高精度に予測することができる。そして、高精度に予測された腐食速度を用いることにより、金属の腐食寿命を高精度に予測することができる。
【0043】
電解質溶液の導電率σは、下記式Qから算出される。下記式Qにおいて、cは塩種iのモル濃度(mol/L)であり、Λはモル伝導率である。モル伝導率は、温度依存性及び濃度依存性があるため、化学便覧に記載の値から、下記近似式Sを作成した。
【0044】
【数10】


極限モル伝導率Λで規格化したモル伝導率の濃度依存性を図6に示す。図6の縦軸は規格化したモル伝導率、横軸は塩濃度である。なお、極限モル伝導率Λとは、塩が無限希釈された場合に相当するモル伝導率を実測値から外挿して求められた値である。図6から、塩種が異なっていても同程度の変化であることが確認された。よって、濃度依存性は、塩の種類によらず、下記式Rのように近似することができる。
【0045】
【数11】


同様に、25℃の値で規格化したモル伝導率の温度依存性を図7に示す。図7の縦軸は規格化したモル伝導率、横軸は温度である。図7から、温度依存性も塩種が異なっていても大きな違いがないことが確認された。よって、温度依存性は、塩の種類によらず、下記式Sのように近似することができる。
【0046】
【数12】


以上から、NaCl、MgCl、又は、CaClを含む電解質溶液の導電率は、下記式Tで表すことができる。
【0047】
【数13】

【0048】
塩がNaClであり、且つ、腐食速度が算出される金属が図3に示す電極である場合における本発明の実施形態を、以下に説明する。
【0049】
1.金属の腐食速度予測方法
図8は、本発明の金属の腐食速度予測方法(以下において、「本発明の予測方法」ということがある。)を説明するフローチャートである。図8に示すように、本発明の予測方法は、RO2算出工程(S1)と、判断工程(S2)と、NO2算出工程(S3、S4)と、Rcor算出工程(S5)と、を有している。
【0050】
O2算出工程(以下において、「S1」ということがある。)は、上記式1のαに1.77×10−5を、βに0.05を、γに0.01335をそれぞれ代入した式である上記式Pに、腐食速度を予測したい環境におけるNaCl濃度及び温度をそれぞれ代入して、腐食速度を予測したい環境における水膜への酸素溶解速度RO2(以下において、単に「RO2」ということがある。)を算出する工程である。
【0051】
判断工程(以下において、「S2」ということがある。)は、上記S1で算出されたRO2がD×CO2/Lよりも大きいか否かを判断する工程である。S2で肯定判断がなされた場合には、金属の表面に単位時間且つ単位面積あたりに到達する酸素量は上記式3で表すことができるので、後述するNO2算出工程(S3)へと進められる。これに対し、S2で否定判断がなされた場合には、金属の表面に単位時間且つ単位面積あたりに到達する酸素量は上記式4で表すことができるので、後述するNO2算出工程(S4)へと進められる。
【0052】
O2算出工程(以下において、「S3」又は「S4」ということがある。)は、上記式3又は上記式4から金属の表面に単位時間且つ単位面積あたりに到達する酸素量NO2(以下において、単に「NO2」ということがある。)を算出する工程である。具体的には、上記S2で肯定判断がなされた場合に、上記式3からNO2を算出する工程がS3であり、上記S2で否定判断がなされた場合に、上記式4からNO2を算出する工程がS4である。
【0053】
Rcor算出工程(以下において、「S5」ということがある。)は、上記S3又は上記S4によって算出されたNO2を上記式5へと代入することにより、上記式5から金属の腐食速度Rcorを算出する工程である。上記式5は、NO2の単位を腐食速度の単位へと変換する式である。上記S3又は上記S4で算出されるNO2を含む上記式Hによってカソード電流密度を算出することができ、アノード電流密度は上記式Dによって算出することができる。そして、後述するように、得られた電流密度分布を積分して換算したガルバニック電流は、図4に示した実験結果において、電流値が低下していない時のガルバニック電流に近い値になる。したがって、上記S3又は上記S4で算出されるNO2は、金属表面へ単位時間且つ単位面積あたりに到達する実際の酸素量に近い値になっている。上述のように、S5では、算出されたNO2の単位を腐食速度の単位へと変換しているのみであるため、S5によって算出される腐食速度は、実際の腐食速度に近い値になっている。それゆえ、上記S1〜S5によって金属の腐食速度を予測する本発明の予測方法によれば、金属の腐食速度を高精度に予測することが可能である。また、本発明の予測方法では、腐食速度を予測したい環境毎の塩水噴霧試験を行うことなく、α、β、c、γ、T、D、CO2、L、w、及び、nに値を代入して計算することのみによって、塩濃度及び温度条件を変更した様々な環境下における金属の腐食速度を予測することが可能になる。それゆえ、本発明の予測方法によれば、腐食速度を予測したい環境毎の塩水噴霧試験を行う必要がないという点で、金属の腐食速度の予測を従来技術に比べ低コストかつ短時間で行うことが可能になる。
【0054】
2.金属の腐食寿命予測システム
図9は、本発明の金属の腐食寿命予測システム(以下において、「本発明の予測システム」ということがある。)を説明するブロック図であり、本発明の予測システム10を簡略化して示している。図9に示すように、本発明の予測システム10は、入力手段11と、演算手段12と、出力手段13とを備えている。
【0055】
入力手段11は、本発明の予測システム10によって金属の腐食寿命を予測する際に必要になる、腐食寿命を予測したい金属の厚さL1(m)、腐食寿命を予測したい金属の表面に付着している水膜の厚さL2(m)、水膜を拡散する酸素の拡散係数D(m/s)、水膜の酸素飽和濃度CO2(mol/m)、水膜中のNaCl濃度c(mol/L)、腐食寿命を予測したい環境の温度T(℃)、腐食寿命を予測したい金属がイオン化する時の価数n、腐食寿命を予測したい金属のモル質量w(g/mol)、係数α(=1.77×10−5)、係数β(=0.05)、及び、係数γ(=0.01335)の数値を入力する際に用いられる部位である。入力手段11から入力された情報(数値)は、演算手段12で行われる演算に利用される。
【0056】
演算手段12は、入力手段11から入力された情報(数値)を用いて、上記本発明の予測方法におけるS1〜S5を行ってRcorを算出し、且つ、算出したRcorと入力手段11から入力されたL1とを用いて、金属の腐食寿命(例えば、金属に孔が形成される迄の期間)を算出する部位である。
【0057】
出力手段13は、演算手段12によって算出された金属の腐食寿命の結果を出力する部位である。
【0058】
このように、本発明の予測システムでは、本発明の予測方法と同様にしてRcorを算出し、算出したRcorとL1とを用いて金属の腐食寿命を予測する。上述のように、本発明の予測方法によれば、金属の腐食速度を高精度に予測することが可能であるので、本発明の予測システムによれば、金属の腐食寿命を高精度に予測することが可能である。また、上述のように、本発明の予測方法によれば、従来よりも短時間で金属の腐食速度を予測することが可能であるので、本発明の予測システムによれば、従来よりも短時間で金属の腐食寿命を予測することが可能である。
【0059】
本発明の予測システムにおいて、演算手段12で金属の腐食寿命を算出する際に用いられる方法は、上記式1〜式5を用いる方法であれば、特に限定されるものではない。演算手段12で用いることが可能な方法としては、有限要素法、有限差分法、有限体積法等の公知のシミュレーション方法を例示することができる。
【実施例】
【0060】
図4(a)に示したガルバニック電流が得られたSSTを模擬した数値解析、及び、図4(b)に示したガルバニック電流が得られたCCTを模擬した数値解析を行った。これらの数値解析で用いた数式には、上記式Pが含まれていた。そして、数値解析結果と図4(a)及び図4(b)に示したガルバニック電流が得られた上記SST及び上記CCTの結果とを比較することにより、上記式P及び本発明の予測精度を評価した。
【0061】
SSTを模擬した数値解析を行うためには、液膜厚みを知る必要がある。液膜厚みは、腐食試験中の濡れた試験片の重量増加量から、100μm程度と推定された。よって、SSTを模擬した数値解析の計算条件は、試験温度:35℃、試験溶液:5質量%NaCl水溶液、及び、液膜厚み:100μmとした。
【0062】
CCTを模擬した数値解析では、湿潤状態及び乾燥状態について数値解析を行う必要がある。そこで、膜厚100μmの5質量%NaCl水溶液(=0.9mol/L)が乾燥する場合を考えた。塩はすべて金属面上に残ると仮定すると、液膜厚みt(μm)とNaCl濃度c(mol/L)との関係は、下記式Uで表される。
c=90/t …(式U)
上記式Tで表される関係を用いて、湿潤時の50℃及び乾燥時の60℃において、1μmから100μmの液膜厚みについてCCTを模擬した数値解析を行った。ただし、NaClの飽和濃度は、6.2mol/L(=26.4質量%)であるため、液膜厚みが14.5μm以下の時は飽和塩濃度で一定とした。
【0063】
SSTを模擬したガルバニック電極の数値解析結果を図10に示す。図10に記載した数値の単位はA/mである。図10は、電極表面の電流密度分布を示しており、Fe/Zn界面近くのZn側に大きな電流密度が発生している。数値解析では、アノード電流を上向きの正、カソード電流を下向きの負として表している。犠牲防食作用によりZn側から大量のアノード電流が発生し、Fe側はカソード防食されている様子が確認できる。
【0064】
SSTを模擬した数値解析結果の詳細を図11及び図12に示す。図11(a)は電流密度分布の等高線図、図11(b)は電位分布の等高線図、図12(a)はアノード電流密度分布の等高線図、図12(b)はカソード電流密度分布の等高線図であり、図11(a)及び図12に記載した数値の単位はA/mであり、図11(b)に記載した数値の単位はVである。
図11(a)から、Zn側の電流密度分布は、Fe/Zn界面に平行な分布となっており、上下端の勾配が中央部と比べて少しなだらかになった。図11(b)に示した電位分布から、Fe側の電位は−1.151V vs. Ag−AgCl(以下において、単に「V」という。)であり、Zn側は−1.183Vであった。5質量%NaCl水溶液の導電率が大きいため、電位差は、わずかに0.03Vであった。
図12(a)に示したアノード電流密度分布から、Zn側はFe/Zn界面付近に高い電流密度値を示したが、Fe側は0であった。すなわち、Fe面上ではアノード電流が全く発生しておらず、Fe全面が犠牲防食されていた。また、図12(a)に示したアノード電流密度分布は、図11(a)に示した電流密度分布と同じような分布形態になったが、図11(a)の電流密度値の倍程度の値となっていた。これは、Zn側は犠牲防食によりFe側を防食するための電流と自身のカソード電流と釣り合うアノード電流を発生するためである。
図12(b)に示したカソード電流密度分布において、角付近のカソード電流密度が異なるのは、形状的に2方向からの酸素供給があるためである。端部のカソード電流密度は1.37A/mであり、中央部の1.33A/mより少しだけ高かった。
数値解析結果の電流密度分布を積分してガルバニック電流に換算すると、1.97×10−4Aであった。この値は、図4(a)に示したSSTの実験結果において、電流値が低下していないときの1.71×10−4Aに近い。電流値が低下している時間帯は、腐食生成物が堆積し、金属表面の一部が覆われてカソード電流が低下しており、その後、腐食生成物が洗い流されて電流値が元に戻ったと考えられる。
【0065】
CCTを模擬した湿潤及び乾燥における液膜厚みと塩濃度との変化を上記式Uとして計算を行った結果を図13に示す。
図13(a)は、各液膜厚みにおける導電率を示す図である。図13(a)の縦軸は導電率、横軸は液膜厚みである。図13(a)に示したように、液膜厚みが薄くなり塩濃度が濃くなるほど、導電率は増加するが、飽和塩濃度となる14.5μm以下の液膜厚みでは導電率は一定値になった。
図13(b)は、電極中央部の各液膜厚みにおけるカソード電流密度を示す図である。図13(b)の縦軸はカソード電流密度、横軸は液膜厚みである。液膜厚みが薄くなるほど酸素拡散量が増加するため、カソード電流密度は、液膜厚みが30μm程度までは薄くなるほど増加したが、塩濃度が飽和に近づく25μmから15μmの液膜厚みではSalting−outの影響が大きくなるため、カソード電流密度は一旦低下した。塩濃度が飽和に達するとSalting−outによる酸素溶解度の低下がなくなるため、14.5μmから10μmの液膜厚みではカソード電流密度が増加した。液膜厚みが10um以下の場合には、酸素溶解速度が限界に達し、カソード電流密度は一定値を示した。また、温度が高いほど酸素溶解度が低くなるため、60℃のカソード電流密度は、50℃における値よりも小さかった。
図13(c)は、各液膜厚みにおけるガルバニック電流を示す図である。図13(c)の縦軸はガルバニック電流、横軸は液膜厚みである。図13(c)に示したように、液膜厚みが5μmから10μmの範囲で最大値2.73×10−4A(50℃)、2.45×10−4A(60℃)となり、図5に示した実験結果の最大値と同程度の値となった。また、液膜厚みが3μmから100μmまでは、カソード電流密度と同じ傾向を示したが、液膜厚みが3μm以下ではガルバニック電流が減少した。これは、犠牲防食が発揮されなくなったためである。
【0066】
数値解析結果のガルバニック電流と液膜厚みとの関係を用いて、実測結果のガルバニック電流を液膜厚みに換算した結果を図14及び図15に示す。図14(a)は、CCTの湿潤時におけるガルバニック電流の変化を示す図であり、図14(a)の縦軸はガルバニック電流、横軸は時間である。また、図14(b)は、CCTの湿潤時における液膜厚みの変化を示す図であり、図14(b)の縦軸は液膜厚み、横軸は時間である。また、図15(a)は、CCTの乾燥時におけるガルバニック電流の変化を示す図であり、図15(a)の縦軸はガルバニック電流、横軸は時間である。また、図15(b)は、CCTの乾燥時における液膜厚みの変化を示す図であり、図15(b)の縦軸は液膜厚み、横軸は時間である。液膜厚みが1μm以下の領域は、非特許文献1による連続的な電気化学溶媒としてモデル化できない領域であり、液膜を連続体とした今回の数値解析モデルでは取り扱うことはできない。そこで、数値解析結果の最小液膜厚みは1μmとし、それ以下の場合は液膜厚みが0μmの時にガルバニック電流が0Aであるとして線形補完した。
図14(b)に示したように、湿潤開始の0.2h後から吸湿が始まり、70μm程度の厚さまでは比較的早く成長し、2hで液膜厚みは94.5μmに達した。一方、図15(b)に示したように、乾燥を開始してから4.0h後から4.3h後までは50μm程度の液膜厚みであり、4.3hから4.4hにかけて急激に乾燥した。
CCTにおける液膜厚みの変化速度は不明であるが、熱力学的に平衡する液膜厚みは、付着塩量及び湿度から算出できる。液膜厚みが100μmの5質量%NaCl水溶液が乾燥して、塩がすべて残ったとすると、金属表面には5g/mの塩が付着する。この場合、75%RHから吸湿が開始し、その時の液膜厚みは10.7μmであり、液膜厚みが100μmとなるのは97.3%RHである。湿潤時の湿度は95%RH以上であるから、推定された膜厚94.5μmは妥当な値と言える。なお、図15(a)の5hから6hに見られる微量な電流値は、液膜厚みが1μm以下の状況下で観察されたと考えられる。液膜厚みが1μm以下の領域は、非特許文献1による連続的な電気化学溶媒としてモデル化できない領域であり、液膜を連続体とした今回の数値解析モデルでは取り扱うことはできない。
【0067】
以上、図10〜図15を用いて検討したように、上記式Qを用いた数値解析結果は、SST及びCCTの実験結果と良く一致した。したがって、本発明によれば、従来よりも短時間で金属の腐食速度を予測することが可能な金属の腐食速度予測方法、及び、従来よりも短時間で金属の腐食寿命を予測することが可能な金属の腐食寿命予測システムを提供することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の金属の腐食速度予測方法及び金属の腐食寿命予測システムは、自動車や建材等に使用される金属の腐食速度や腐食寿命を予測する際に利用することができる。
【符号の説明】
【0069】
10…金属の腐食寿命予測システム
11…入力手段
12…演算手段
13…出力手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の表面に付着している水膜の厚さをL(m)、前記水膜を拡散する酸素の拡散係数をD(m/s)、前記表面に到達する単位時間且つ単位面積当たりの酸素量をNO2(mol/m/s)、前記水膜の酸素飽和濃度をCO2(mol/m)、前記水膜中の塩濃度をc(mol/L)、温度をT(℃)、前記水膜への酸素溶解速度をRO2(mol/m/s)、前記金属がイオン化する時の価数をn、前記金属のモル質量をw(g/mol)、係数をα、β、γとするとき、
前記RO2を下記式1から算出する、RO2算出工程と、
前記L及び前記RO2算出工程で算出された前記RO2が下記式2を満たす場合には下記式3から前記NO2を算出し、前記L及び前記RO2算出工程で算出された前記RO2が下記式2を満たさない場合には下記式4から前記NO2を算出する、NO2算出工程と、
前記NO2算出工程で算出された前記NO2を下記式5へと代入して、前記金属の腐食速度Rcor(g/m/s)を算出する、Rcor算出工程と、
を有することを特徴とする、金属の腐食速度予測方法。
O2=α×10−βcexp(−γT) …(式1)
O2>D×CO2/L …(式2)
O2=D×CO2/L …(式3)
O2=RO2 …(式4)
Rcor=4×NO2×w/n …(式5)
【請求項2】
前記塩がNaClであり、且つ、α=1.77×10−5、β=0.05、及び、γ=0.01335であることを特徴とする、請求項1に記載の金属の腐食速度予測方法。
【請求項3】
入力手段と、前記入力手段を介して入力された情報を用いて金属の腐食寿命を演算する演算手段と、前記演算手段によって演算された結果を出力する出力手段とを備え、
前記入力手段を介して入力される前記情報に、前記金属の厚さL1(m)、前記金属の表面に付着している水膜の厚さL2(m)、前記水膜を拡散する酸素の拡散係数D(m/s)、前記水膜の酸素飽和濃度CO2(mol/m)、前記水膜中の塩濃度c(mol/L)、温度T(℃)、前記金属がイオン化する時の価数n、前記金属のモル質量w(g/mol)、係数α、係数β、及び、係数γが含まれ、
前記演算手段は、下記式1から前記水膜への酸素溶解速度RO2(mol/m/s)を算出し、前記L2及び算出された前記RO2が下記式2を満たす場合には、下記式3から前記金属の表面に到達する単位時間且つ単位面積当たりの酸素量NO2(mol/m/s)を算出し、前記L2及び算出された前記RO2が下記式2を満たさない場合には、下記式4から前記NO2を算出し、算出された前記NO2を下記式5へと代入することにより前記金属の腐食速度Rcor(g/m/s)を算出し、
算出された前記Rcorと前記L1とを用いて前記演算手段で算出された腐食寿命が、前記出力手段に出力されることを特徴とする、金属の腐食寿命予測システム。
O2=α×10−βcexp(−γT) …(式1)
O2>D×CO2/L2 …(式2)
O2=D×CO2/L2 …(式3)
O2=RO2 …(式4)
Rcor=4×NO2×w/n …(式5)
【請求項4】
前記塩がNaClであり、且つ、α=1.77×10−5、β=0.05、及び、γ=0.01335であることを特徴とする、請求項3に記載の金属の腐食寿命予測システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図14】
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【図15】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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