説明

金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法

【課題】金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失並びに凝集させること無く抽出し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行う分析方法を提供する。
【解決手段】まず、金属試料を電解する。次いで、前記電解後の金属試料の残部を、前記電解に用いた電解液とは異なりかつ分散性を有する溶液に浸漬し、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を抽出する。さらに、前記溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を分析する。上記において、分散性を有する溶液としては、例えば、分析対象の析出物及び/又は介在物に対してゼータ電位の絶対値が30mV以上である溶液を用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属試料中の析出物及び/又は介在物の、例えば、組成や粒径分布等を、正確に分析するための分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属試料中に存在する析出物及び/又は介在物(以下、析出物等と称する場合がある)は、その形態、大きさ、ならびに分布によっては材料の諸特性、例えば、疲労的性質、熱間及び冷間加工性、深絞り性、被削性、あるいは電磁気的性質などに著しい影響を及ぼす。鉄鋼を例に説明すると、特に近年は、微細な析出物等を利用して鉄鋼製品の特性を向上させる技術が著しく発展し、それに伴って製造工程における析出物等の制御が厳格化してきた。
【0003】
析出物等の制御が重要視される鉄鋼製品の代表例としては、析出強化型高張力鋼があげられる。この析出強化型高張力鋼板に含有される析出物等としては、様々な大きさや組成のものがあるが、鋼板の特性を向上させるもの、反対に特性を低下させるもの、あるいは特性に寄与しないものに分類することができる。そのため、優れた鋼板を製造するためには、有益な析出物等を安定的に生成させ、有害あるいは無関係な析出物等の生成を抑制することが重要となる。
【0004】
一般に、鋼板の特性に対して析出物等がもたらす利害は析出物等の大きさと密接に関係し、微細な析出物等ほど鋼板の高強度化に寄与する。最近では、ナノ・サブナノサイズの析出物等で高強度化された鋼板も開発されている。そのため、サブミクロンからナノサイズまでの領域で、大きさ毎の析出物等の量やその組成を把握することが、鋼板の成分設計や製造条件の最適化において重要といえる。
【0005】
これに対して、鉄鋼材料中の析出物等を抽出して定量する技術は、古くから析出物等を総量評価することを基本として発展し開示されてきた。
【0006】
非特許文献1には、酸分解法、ハロゲン法、電解法などを挙げ、特に析出物等を対象とする場合には電解法が優れていることが示されている。しかし、非特許文献1に示されている電解法は、液体中の析出物等を凝集させてろ過回収すること、つまり析出物等の総量を分析することを主眼としているため、析出物等の大きさについての結果を得ることはできない。さらに、非特許文献1の方法では、非常に小さな析出物等を含有する材料においては、凝集効果が十分に作用せず一部の析出物等がフィルタの細孔から漏れ落ちるために定量性にも問題がある。
【0007】
特許文献1には、鉄鋼材料中の非金属介在物を化学的に抽出して、大きさ別に分析する方法として、電解液槽中の鉄鋼試料をポリテトラフルオロエチレン製の網に収納して特定の大きさ以上の析出物等を分離回収する方法が開示されている。
【0008】
また、特許文献2には、液体中に抽出した析出物等に超音波を付与しながらろ過することで、析出物等の凝集を防止して分離する技術が開示されている。
【0009】
基本的に粒径が小さくなるほど液体中で析出物等は凝集する傾向があるため、特許文献1に記載された方法では、析出物等の粒径によっては液中で凝集が起こり、フィルタの孔径より小さい析出物等も捕集されることになる。そのため、大きさ別の分析結果が不正確なものとなることは明らかである。そして、特許文献1が対象としている大きさ50μmから1000μmの介在物の場合は特に問題とならないが、本発明において最も注目したいサブミクロンからナノサイズの領域(特に、鋼の強度特性の制御の点からは大きさ1μm以下、より望ましくは大きさ200nm以下)での析出物等の場合は、液体中で容易に凝集してしまう場合がほとんどであり実用に適さない。
【0010】
特許文献2においても、特許文献1と同様に、凝集乖離が容易な1μm以上の粗大析出物等を対象としており、一般に篩い分けの下限が0.5μmと示されている(非特許文献2参照)ように、サブミクロンからナノサイズの領域の析出物等に適用するのは困難である。
【0011】
特許文献3には、孔径1μm以下の有機質フィルタで超音波振動によるろ過によって1μm以下の析出物等を分離する技術が開示されている。しかし、特許文献1や2と同様、超音波による1μm以下の微細析出物等の凝集乖離は不可能である。
【0012】
非特許文献3には、銅合金中の析出物等を抽出して、孔径の異なるフィルタによって2回ろ過して、析出物等を大きさ別に分ける技術が開示されている。しかし、前記凝集に関する問題が解決されておらず、フィルタの孔径より小さい析出物等が捕集されて、大きさ別分析結果に誤差を与えている。
【特許文献1】特開昭59-141035号公報
【特許文献2】特公昭56-10083号公報
【特許文献3】特開昭58-119383号公報
【非特許文献1】日本鉄鋼協会 「鉄鋼便覧第四版(CD-ROM)」第四巻 2編 3.5
【非特許文献2】アグネ 「最新の鉄鋼状態分析」58頁 1979
【非特許文献3】日本金属学会 「まてりあ」第45巻 第1号 52頁 2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上のように、従来技術においては、凝集等の問題があり、サブミクロンからナノサイズの領域(特に、大きさ1μm以下、より望ましくは大きさ200nm以下)での析出物等について、大きさ別の分析を実用的にかつ正確に行う技術はない。
本発明は、かかる事情に鑑みなされたもので、金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下)を損失並びに凝集させること無く抽出し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行う分析方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
図9に示した非特許文献1に開示される電解抽出法は、鉄マトリクスを溶解することで、鋼中析出物等を安定的に抽出することができる方法であり、析出物等を抽出分析する標準的な方法(以下、標準法と称す)とみなされている。そして、前述した特許文献1〜3と非特許文献2〜3は、この標準法に基づいている。しかし、標準法をはじめとする従来の方法では、上述したようにさまざまな問題がある。そこで、本発明者らは、従来の標準法にとらわれない方法を発明すべく、鋭意研究を行った。以下に、得られた知見を示す。
まず、上述の従来の方法の問題点を整理すると、析出物等の分散媒として析出物等の分散性の低いメタノールを用いるという根本的な問題点があげられる。そして、これにより、特に微細な析出物の大きさ別分析を妨げていたものと推測される。つまり、特許文献1〜3と非特許文献1〜3は、析出物等に対し分散性の低いメタノールを分散媒としているため、超音波などの物理的作用を与えたとしても、大きさ1μm以下の析出物等は凝集してしまい、一度凝集してしまうとその凝集体を完全に乖離させることは不可能になると考えられる。
【0015】
そこで、凝集の問題を解決するために、析出物等の分散に着目した。そうしたところ、水溶液系分散媒(以下、分散性溶液と称する場合もある)による化学的作用によって、大きさ1μm以下の析出物等も含めて析出物等に対して分散性を付与できることを見出した。
【0016】
しかしながら、ここで、電解液の主成分は分散性の低いメタノールであるので、析出物等に分散性を付与するためには、析出物等を分散性溶液へ移す必要がある。そして、その為には、析出物等と電解液とを分離させる固液分離操作が必要となる。そこで、標準法で用いられている、電解液中に分散した析出物等と分散媒中に抽出した析出物等とを回収するために固液分離手段として行われている「ろ過」操作を行ったところ、ろ過によって析出物等の一部(特に、大きさ200nm以下のナノ・サブナノメートルの大きさの微細なもの)が失われる可能性があることがわかった。
【0017】
この結果を踏まえて、従来から行われている上記標準法以外の別の固液分離手段を得るべく、さらに検討した。その結果、電解中及び/又は電解後は、ほぼ全ての析出物等が鉄鋼試料に付着したままの状態であることを知見した。これは従来にない全く新しい知見であり、この知見を基とすることで、電解中及び/又は電解後に鉄鋼試料の残部を電解液から取り出せば、容易に固液分離を実現できることになる。そして、凝集の問題解決のための上記知見を組み合わせることで、電解液とは全く異なる分散性溶液中に、析出物等を抽出することが可能となる。上記この付着現象は、詳細については不明であるが、電解時及び/又は電解後における鉄鋼試料と析出物等間の電気的作用によるものと推測している。
【0018】
以上のような知見の結果、本発明では、電解中又は電解後に金属試料の残部を電解液から取り出し、その後、取り出した金属試料を分散性溶液に直接浸漬して、付着している析出物等を水溶液系分散媒中に剥離することで、高度に分散した析出物等を得ることが可能となった。
【0019】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]金属試料を電解する電解ステップと、前記電解後の金属試料の残部を、前記電解に用いた電解液とは異なりかつ分散性を有する溶液に浸漬して、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を抽出する浸漬ステップと、前記溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を分析する分析ステップとを有することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[2]前記[1]において、前記分散性を有する溶液は、分析対象の析出物及び/又は介在物に対するゼータ電位の絶対値が30mV以上であることを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[3]前記[1]または[2]において、前記分析ステップでは、大きさが1μm以下の析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかにおいて、前記分析ステップでは、前記金属試料の残部に付着した析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[5]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、前記分析ステップは、前記溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を1以上のフィルタにより1回以上ろ過する分別操作と、前記各フィルタに捕集された析出物及び/又は介在物、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物のうちの少なくとも1以上を分析する分析操作とを有することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
[6]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、前記分析ステップでは、以下の工程を行うことを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
[7]前記[5]において、前記分析操作では、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物を分析する場合に、以下の工程を行うことを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)前記分別操作により得られたろ液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)ろ液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
[8]前記[1]〜[7]のいずれかにおいて、前記分散性を有する溶液は、ゼータ電位の値を指標として種類及び/又は濃度が決定されることを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【0020】
なお、本発明において、析出物及び/又は介在物を、まとめて析出物等と称する場合がある。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、金属試料中に存在する析出物等(特に、大きさ1μm以下、さらに望ましくは大きさ200nm以下)を損失並びに凝集させること無く抽出し、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行うことができる。
【0022】
そして、本発明の分析方法では、金属試料中の析出物等(特に、大きさ1μm以下、さらに望ましくは大きさ200nm以下)を、分散性を有する溶液中に抽出するので、抽出した溶液中での析出物等の凝集を防ぎ、析出物等を金属試料中そのままの状態で抽出することができる。
【0023】
また、電解液とは異なる抽出用の分散性溶液を任意に選択することができるので、析出物等に適した分散性溶液を用いることができる。
【0024】
これらにより、析出物等の大きさ別の分析を精度良く行う事が可能となり、従来不可能であった大きさ別の定量や正確な粒径分布が得られるなど、産業上有益な発明となりうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の金属材料中の析出物等分析方法について、詳細に説明する。
本発明の金属材料中の析出物等分析方法は、金属試料を電解する電解ステップと、前記電解後の金属試料の残部を、前記電解に用いた電解液とは異なりかつ分散性を有する溶液に浸漬し、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を抽出する浸漬ステップと、前記溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を分析する分析ステップとを有することを特徴とする。そこで、上記操作手順を、本発明の一実施形態として、分散性溶液を最適化するまでと、分散性溶液を用いて鉄鋼試料中の析出物等を大きさ別に分けて定量するまでに分けて説明する。分散性溶液を最適化する場合の操作フローを図1に、鉄鋼試料中の析出物等を大きさ別に分けて定量する場合の操作フローを図2に、それぞれ示す。
【0026】
まず、図1において、分散性溶液条件を最適化する操作手順として(1)から(6)までが示される。図1によれば、
(1)初めに、鋼材を適当な大きさに加工して、電解用試料とする。
(2)一方、電解液とは異なりかつ分散性を有する分散性溶液を、析出物等の抽出用として当該電解液とは別に準備する。ここで、電解用試料の表面に付着した析出物等を分散性溶液中に分散させるには、電解液の半分以下の液量で充分である。分散性溶液の分散剤に付いては、後述する。
(3)試料を所定量だけ電解する。なお、所定量とは、適宜設定されるものであり、その一例として、図1においては、ゼータ電位装置(又は(9)にて後述する元素分析)に供する場合に測定可能な程度とする。
【0027】
図3は、電解法にて用いられる電解装置の一例である。電解装置7は、電解用試料の固定用治具2、電極3、電解液6、電解液6を入れる為のビーカー4、及び電流を供給する定電流電解装置5を備えている。固定用治具2は定電流電解装置の陽極に、電極3は直流定電流源の陰極に接続されている。電解用試料1は、固定用治具2に接続されて電解液6中に保持される。電極3は、電解液6に浸漬されると共に、電解用試料の表面(主として電解液6に浸漬している部分)を覆うように配置される。固定用治具2には、永久磁石を用いるのが、最も簡便である。但し、そのままでは電解液6に接触して溶解してしまうので、電解液6と接触しやすい箇所、図3の場合は電解用試料1との間にある2a、に白金板を使用しても良い。電極3も同様に、電解液6による溶解を防ぐために、白金板を用いる。電解用試料1の電解は、定電流電解装置5より電極3へ電荷を供給することで行う。鋼の電解量はこの電荷量に比例するので、電流量を決めれば、電解量は時間で決定できる。
(4)電解(溶解)されずに残った電解用試料片を電解装置から取り外し、上記(2)で準備した分散性溶液中に浸漬して、析出物等を分散性溶液中に抽出する。ここで、分散性溶液中に浸漬したまま超音波を照射することが好ましい。超音波を照射することで試料表面に付着している析出物等を剥離して、より効率よく分散性溶液中に抽出することができる。次に、表面から析出物等を剥離した試料を分散性溶液から取り出す。なお、取り出しの際は、分散性溶液と同一の溶液で試料を洗浄することが好ましい。
(5)上記(4)で作製した、析出物等を含んだ分散性溶液のゼータ電位を計測する。
(6)上記(5)で計測したゼータ電位の絶対値が30mVに満たない場合には、分散剤の種類及び/又は濃度をかえて上記(2)から(6)までを繰り返す。一方、ゼータ電位が30mV以上に達した場合には、その時の分散剤と濃度を、対象析出物等に対する分散性溶液の最適条件と決定し、操作を終了する。なお、図1においては、ゼータ電位を測定し、ゼータ電位が30mV以上に達した場合に、その時の分散剤と濃度を、対象析出物等に対する分散性溶液の最適条件と決定したが、本発明においては、析出物及び/又は介在物が分散性溶液中に回収された際にほとんど凝集することなく十分に分散していればよく、分散性溶液を選択・決定するための手段として、ゼータ電位測定に限定されるものではない。なお、詳細は後述する。
【0028】
次いで、図2において、分散性溶液を用いて鉄鋼試料中の析出物等を大きさ別に分けて定量する操作手順として(7)から(9)までが示される。図2によれば、
(7)新たに図1の上記(1)から(4)までと同様の操作を行い、図1の(1)から(6)で決定し最適化された分散性溶液に、実際に分析対象とする析出物等を抽出する。
(8)析出物等を含む分散性溶液を1つ以上のフィルタでろ過して、フィルタ上に捕集された残渣とろ液をそれぞれ回収する。析出物等を(n+1)区分の大きさに分別する場合には、孔径の大きいフィルタからろ過を行い、孔径の大きいフィルタでのろ液を小さいフィルタでろ過する操作を順次n回行なって、それぞれのフィルタ上に捕集された残渣とn回目のろ液を回収する。
(9)以上の操作で得られたフィルタ上の捕集残渣及びろ液をそれぞれ酸溶解し、次いで、元素分析を行い、析出物等の大きさ別における元素の含有率を計算する。
【0029】
図1及び図2に示す以上の方法により、析出物等の大きさ別の組成に関する分析結果が得られる。そして、この得られた分析結果をもとに鋼材の諸性質に関する知見が得られ、不良品発生の原因解明や新材料の開発等に有益な情報が得られる。
【0030】
本発明は、様々な種類の鋼中析出物等の分析に適用することができ、特に、大きさ1μm以下の析出物等を多く含んだ鉄鋼材料に対して好適であり、大きさ200nm以下の析出物等を多く含んだ鉄鋼材料に対してさらに好適である。
【0031】
なお、ここで、上記(2)における分散性溶液について、補足する。大きさ1μm以下(特に200nm以下)のオーダーの微細な析出物等については、上述したように、現在、公知技術として、溶液中に凝集させずに抽出する明確な方法は無い。そのため、例えば粒径が1μm以上の粒子等に実際に使用されている分散剤を水溶液化した物を順番に試すことで分散性溶液についての知見を得ようと試みた。その結果、分散剤の種類と濃度については、析出物等の組成や粒径、液中の析出物等の密度等との間に明確な相関は得られなかった。例えば、水溶液系の分散剤としては、酒石酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ケイ酸ナトリウム、正リン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウム、ポリメタリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウムなどが好適であるが、適切な濃度を超えた添加は析出物等の分散に逆効果であるという知見が得られた。
【0032】
以上より、本発明において、分散性溶液は、析出物及び/又は介在物が当該溶液中にあるときに、凝集することなく分散していればよく、特に限定しない。そして、分散性溶液を決定するにあたっては、析出物等の性状や密度、あるいはその後の分析手法に応じて分散性溶液の種類や濃度を適宜最適化することとする。
【0033】
ここで、分散性溶液についてさらに検討する中で、分散性溶液の溶媒が水の場合には、析出物等の表面電荷と分散性には密接な相関があるため、例えば、ゼータ電位計などを利用して析出物等表面の電荷状態を把握すると、最適な分散性溶液の条件(分散剤の種類や適切な添加濃度等)を確定することができることがわかった。つまり、析出物等が小さくなるほど、液中での凝集が起こりやすくなるため、適切な分散剤を適切な濃度で添加することで、析出物等表面に電荷が付与され互いに反発して凝集が防止されると考えられる。
【0034】
この結果より、分散性溶液の種類・濃度の決定に際して、ゼータ電位の値を指標として用いることは、簡便な方法でありながら、確実に最適な分散性溶液の条件(分散剤の種類や適切な添加濃度等)を確定することができるという点から望ましいと思われる。
【0035】
そして、開発者らは検討を重ねた結果、ゼータ電位の場合は、析出物等を分散させる観点からはその絶対値が大きければ大きいほど好ましいことが分かった。さらに析出物等の分析においては、概ね絶対値で30mV程度以上の値が得られれば、凝集が防止でき、正確な分析が行なえることがわかった。
【0036】
以上より、析出物等の抽出用の分散性溶液の種類や濃度を決定するに際しては、ゼータ電位の値を指標として用いることが好ましく、分散性を有する溶液は、分析対象である析出物及び/又は介在物に対するゼータ電位の絶対値が30mV以上であることが好ましい。
【0037】
また、上記(8)のフィルタによる分別に代えて、電気泳動法や遠心分離法等の他の分別方法を用いて、析出物等を大きさ別に分けた後に、それぞれの析出物等を分析することもできる。また、上記(7)で得られた析出物等を含んだ分散性溶液を、直接分析に供しても良い。例えば、上記(7)で得られた分散性溶液に動的光散乱法や小角散乱法を用いることにより、析出物等の粒度分布が得られる。
【0038】
また、上記(9)の元素分析及び定量分析に代えて、各フィルタ上の捕集残渣をX線回折法で測定する事により、存在する析出物等種の同定・定性分析を粒度別に行なうことも可能である。また、フィルタ上の捕集残渣をそのまま、SEM、TEM、EPMA、XPSなどの機器分析装置に投入して、析出物等の形状の観察や表面分析などを行っても良い。さらに、フィルタを通過させた後のろ液側を、動的光散乱法や小角散乱法で測定し、フィルタによる分別した後の大きさを求めることも可能である。
【0039】
一方、金属材料中で含有率などを求める分析の対象元素(以下、着目元素と称する)が数nmレベルの非常に微細な析出物等を形成している場合や、マトリクス中への着目元素の固溶含有率が高い場合には、非特許文献3で指摘されているように、着目元素の固溶部分と析出部分とを分けることが非常に難しくなり、その結果、析出物等の分析値に誤差が生じる場合がある。すなわち、着目元素の固溶部分は電解などの抽出操作によって電解液中に溶出するが、その一部は試料表面に付着して析出物等とともに、上記(4)の分散性溶液中に回収される場合がある(以下、このような試料表面に付着して分散性溶液中に混入した着目元素の固溶部分を、混入着目元素と称す)。その結果、上記(4)の分散性溶液中に回収された析出物等の分析結果に、正の誤差を与える。また、同様に、分散性溶液をろ過した上記(8)のろ液中に回収された析出物等の分析結果にも、正の誤差を与える。
そこで発明者らは、この誤差が電解液に由来することに着眼して、この混入着目元素量を定量化し、析出物等の分析値から差し引くことで、金属材料中で着目元素が非常に微細な析出物等を形成している場合やマトリクス中への着目元素の固溶含有率が高い場合でも、誤差の少ない補正された分析結果を得られる手法を発明した。この発明は、混入着目元素量を定量化し、析出物等の分析値から差し引く補正を行うにあたって、標識元素(以下に説明する)量に対する着目元素量の比を用いることを特徴とする。
【0040】
上記標識元素としては、金属試料中に含有されかつ析出物等をほとんど形成しない元素を用いることができる。この場合、標識元素を新たに添加する必要がない点で簡便である。例えば、鉄鋼試料の場合には鉄やニッケルなどが好適に選ばれる。
これ以外に、試料中にほとんど含有されていない元素を、電解前の電解液中に予め添加して標識元素とすることも可能である。例えば、リチウム、イットリウム、ロジウムなどが好適に選ばれる。
【0041】
上記方法を以下に詳細に示す。
1)電解終了後に電解液を適量採取して、電解液に含まれる着目元素量(通常、単位体積あたりの質量で示される)Ciと標識元素量(通常、単位体積あたりの質量で示される)Ctを別途測定し、その測定結果から比Ci/Ctを算出する。
2)一方で、上記(4)の分散性溶液中の標識元素の質量(通常、絶対量で示される)Xtを測定する。なお、分散性溶液中に含有される標識元素としては、分散性溶液中に抽出された析出物等に含有される標識元素を含まない場合が好ましい。しかし、例えば、設備事情や分析事情により、標識元素として分散性溶液中に抽出された析出物等に含有される標識元素を含む場合でも本発明の効果は得られる。
3)2)により求めた標識元素の質量(通常、絶対量で示される)Xtに、1)により求めた比Ci/Ctを乗算する。この乗算して得られた値が、混入着目元素量を定量化した値である。
4)3)により求めた混入着目元素量を、上記(4)の分散性溶液の着目元素の質量(通常、絶対量で示される)、すなわち、浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される着目元素の質量Xiから差し引く。なお、分散性溶液中に含有される着目元素とは、分散性溶液中に抽出された析出物等に含有される着目元素も含むものとする。
このようにして得られた値が、析出物等由来の補正された着目元素の質量である。この補正された着目元素の質量を、別途測定しておいた試料の電解重量Mで除すれば、析出物等由来の補正された着目元素の含有率Wiが求められる(下記式(1))。
Wi=(Xi−Xt×Ci/Ct)×100/M …(1)
ここで、
Wi:析出物等由来の補正された着目元素の含有量(単位はmass%で、金属試料の全組成の合計を100mass%とする)
Xi:分散性溶液中に含有される着目元素の質量
Xt:分散性溶液中に含有される標識元素の質量
Ci:採取した電解液中の着目元素の、単位体積あたりの質量
Ct:採取した電解液中の標識元素の、単位体積あたりの質量
M:試料の電解重量
なお、上記析出物等由来の補正された着目元素の含有率Wiを求める方法は、上記(8)の分散性溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を1以上のフィルタにより1回以上ろ過する分別操作を行った後のろ液を分析する際にも適用することができる。この場合、以下の工程により行うことになる。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量Ctに対する着目元素量Ciの比Ci/Ctを求める。
2)前記分別操作により得られたろ液中に含有される標識元素の質量Xtを求める。なお、ろ液中に含有される標識元素としては、ろ液中に抽出された析出物等に含有される標識元素を含まない場合が好ましい。しかし、例えば、設備事情や分析事情により、標識元素としてろ液中に抽出された析出物等に含有される標識元素を含む場合でも本発明の効果は得られる。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量Xtに、前記1)にて求めた比Ci/Ctを乗じる。
4)ろ液中に含有される着目元素の質量Xiから、前記3)により求め乗じた値を差し引く。なお、ろ液中に含有される着目元素とは、ろ液中に回収された析出物等に含有される着目元素も含むものとする。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、補正された着目元素の含有率Wiを求める。
【実施例1】
【0042】
図1に示す(1)から(6)の手順に従って、析出物等中のチタン含有率とゼータ電位の関係を調べた。各操作の具体的な条件は、以下に示す通りであるが、本発明は下記の具体的な条件に制限されるものではない。
【0043】
金属試料としてチタンを添加した炭素鋼を使用し、その化学成分は、C:0.09mass%、Si:0.12mass%、Mn:1.00mass%、P:0.010mass%、S:0.003mass%、Ti:0.18mass%、N:0.0039mass%である。
【0044】
電解操作は、図3に示す装置構成にて行い、電解液としては約300mlの10%AA系電解液(10vol%アセチルアセトン-1mass%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)を使用した。
【0045】
分散性溶液としては、ヘキサメタリン酸ナトリウム(以下、略してSHMPと称す)水溶液を用い、SHMP濃度を0〜2000mg/lの範囲で7水準に変化させた。
【0046】
以上の条件にて、図1に示す操作(1)から(5)までを行い、各条件でのゼータ電位をゼータ電位計で測定した。
【0047】
得られた結果を図4に示す。図4より、SHMP濃度の増加に従って、ゼータ電位の絶対値が増加しているのがわかる。なお、分散性溶液としてピロリン酸ナトリウム水溶液を用いて上記と同様の実験を行ったところ、図4と同様の傾向が得られた。
【0048】
次に、上記と同様に7水準のSHMP水溶液を分散性溶液とし、析出物等中のチタンを分析対象として、図2に示す操作(7)から(9)までを行なった。得られた結果を図5に示す。図5において、チタンの含有率は、試料の全組成を100mass%とした場合に対する値である。なお、操作(8)において、使用したフィルタの孔径は100nmで、このフィルタ上に捕集された析出物等の大きさを100nm以上とした。
【0049】
図5より、ゼータ電位の絶対値が小さい場合には、100nm以上の大きさの析出物等におけるチタン含有率が高く、析出物等の凝集のために、見掛け上100nm以上の大きさの析出物等におけるチタン含有率が多くなっているのがわかる。一方、ゼータ電位の絶対値が約30mV以上になると、100nm以上の大きさの析出物等のチタン含有率は変化がなくなり、析出物等の大きさ別の分析結果として変動がなくなっている。このことから、実質的には絶対値で30mV以上のゼータ電位が得られれば分散性が良好であると判断された。
【実施例2】
【0050】
実施例2では、本発明の分析方法(本発明例)と、非特許文献1並びに特許文献3による方法(比較例1、2)を用いて、鋼中の析出物等におけるチタン含有率を分析した例を具体的に説明する。
【0051】
表1に示す組成の鋼塊を3つに切断し、試料A、試料B、試料Cとした。試料Aは1250℃×60分間加熱してから水冷し、試料B、試料Cは1250℃×60分間加熱してから、仕上げ温度950℃で圧延したのち、表2に示す条件で熱処理した。放冷後、試料A、試料B、試料Cいずれも、適切な大きさに切断して表面を十分研削し、それぞれの試料に対して、本発明の分析方法(本発明例)、非特許文献1による方法(比較例1)、特許文献3による方法(比較例3)の3種類の方法を用いて、鋼中の析出物等におけるチタン含有率(表1の全組成を100mass%とした場合に対する値)を分析した。各分析方法の詳細は以下に示す通りである。また、電子顕微鏡観察によって、それぞれの試料で確認された析出物等の大きさの概略を表2に示す。なお、電子顕微鏡観察における析出物等の「大きさ」とは、析出物等の断面が、略円状の場合は長径と短径のうちの短径を、矩形の場合は長辺と短辺のうちの短辺を指し、大きさ1μm以上の析出物等とは、この短径又は短辺が1μm以上の析出物等を指す。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
表2より、試料Aは、通常良く見られる大きさの析出物等が観察された。試料B,Cは、ナノオーダーの微細な析出物等が観察された。特に、試料Bは、2nm前後と最も微細な析出物等を有していた。
【0055】
[本発明の分析方法(本発明例)]
図2の(7)から(9)の手順に従った。まず、約300mlの10%AA系電解液を用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として約0.5gを定電位電解した。
【0056】
次いで、通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのSHMP水溶液(濃度500mg/l)を入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を容器中で剥離し当該SHMP水溶液中に抽出した。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出して500mg/lのSHMP水溶液と純水で洗浄してから乾燥した。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算した。
【0057】
さらに、容器中に析出物等を分散した溶液を孔径100nmのフィルタで吸引ろ過して、残渣をフィルタ上に捕集した。さらに、残渣をフィルタとともに硝酸、過塩素酸並びに硫酸の混合溶液で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析して残渣中のチタン絶対量を測定した。前記残渣中のチタン絶対量を前記電解重量で除して、大きさ100nm以上の析出物等におけるチタン含有率を得た。
【0058】
次に前記孔径100nmのフィルタを通過したろ液を、80℃のホットプレート上で加温した。乾燥残留物を硝酸、過塩素酸並びに硫酸の混合溶液で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析してろ液中のチタンの絶対量を測定した。前記ろ液中のチタン絶対量を前記電解重量で除して、大きさ100nm未満の析出物等におけるチタン含有率を得た。
【0059】
[非特許文献1による方法(比較例1)]
まず、約300mlの10%AA系電解液を用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として約0.5gを定電位電解した。
【0060】
通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのメタノールを入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を容器中で剥離し当該メタノール中に抽出した。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出してメタノールで洗浄してから乾燥した。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算した。
【0061】
電解液ならびに容器中に析出物等を分散したメタノール溶液を、孔径100nmのフィルタで吸引ろ過して、残渣をフィルタ上に捕集した。さらに、残渣をフィルタとともに硝酸、過塩素酸並びに硫酸の混合溶液で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析して残渣中のチタンの絶対量を測定した。前記残渣中のチタンの絶対量を前記電解重量で除して、大きさ100nm以上の析出物等におけるチタン含有率を得た。
【0062】
[特許文献3による方法(比較例3)]
約300mlの10%AA系電解液を用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として約0.5gを定電位電解した。
【0063】
通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのメタノールを入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を容器中で剥離除去した。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止し、試料を容器から取り出してメタノールで洗浄してから乾燥した。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量を計算した。
【0064】
電解液ならびに容器中に析出物等を分散したメタノール溶液を、超音波振動子を具備したろ過器を用いて、孔径100nmのフィルタで超音波を付与しながら吸引ろ過して、残渣をフィルタ上に捕集した。さらに、残渣をフィルタとともに硝酸、過塩素酸並びに硫酸の混合溶液で加熱溶解して溶液化したのち、ICP発光分光分析装置で分析して残渣中のチタンの絶対量を測定した。前記残渣中のチタンの絶対量を前記電解重量で除して、大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率を得た。
【0065】
以上より、本発明例、比較例1、比較例2でそれぞれ得られた析出物等におけるチタン含有率の結果を図6に示す。図6より、以下のことがわかった。
【0066】
まず、各分析方法における大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率の結果を比較する。試料Aでは、大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率はほぼ同等であるが、これは試料Aに微細な析出物等が含まれていないためである。一方、試料B、試料Cでは、比較例1及び比較例2では、本発明例に比べて大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率が非常に高い。これは、比較例1と2の条件では、試料B、Cに含まれる微細な析出物等が抽出後の溶液中で凝集し、孔径100nmのフィルタで捕集されたために分析値に正の誤差が表れたためである。
【0067】
次に、本発明例での試料A、B、Cにおける大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率の結果を比較する。本発明例による大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率の結果は、いずれの試料も同等である。これは、大型析出物等が溶鋼の凝固時期に形成され、今回の実施例のような低温処理では変化しないためである。すなわち、本発明法で同一鋼塊から作製した試料A、B、Cの100nm以上の析出物等におけるチタン含有率が等しいのは、非常に妥当な結果で、微細な析出物等が混入することなく適切な分析できているといえる。
【0068】
最後に、本発明例での大きさ100nm未満の析出物等のチタン含有率の結果について言及する。試料Cにおいて、本発明例での析出物等のチタン含有率の合計値(大きさ100nm未満と100nm以上)の結果は、ほぼ鋼中のチタン含有率(0.09mass%)に等しい。つまり、本発明例では、ほぼすべてのチタンの析出物等を損失することなく分析できていると考えられる。よって、前記100nm以上の析出物等のチタン含有率の妥当性と合わせて考えると、本発明例の大きさ100nm未満の析出物等のチタン含有率も妥当な結果と言える。
【0069】
また、試料Cの孔径100nmのフィルタを通過したろ液を、さらに孔径50nmのフィルタでろ過した。次いで、孔径50nmのフィルタ上に捕集された残渣と孔径50nmのフィルタを通過したろ液について、上述の大きさ100nm以上の析出物等のチタン含有率を測定した場合と同様の方法にてチタン含有率を調べた。その結果、大きさ50nm未満の析出物等においては0.061mass%、大きさ50nm以上100nm未満の析出物等においては0.003mass%であった。
【実施例3】
【0070】
図2に示す(1)から(4)の手順に従って粒径分布測定を行なった。
【0071】
金属試料として炭素鋼を使用し、その化学成分は、C:0.10mass%、Si:0.2mass%、Mn:1.0mass%、P:0.024mass%、S:0.009mass%、Cr:0.03mass%、Ti:0.05mass%である。そして、これらの鋼を20mm×50mm×1mmの大きさに切り出したものを、電解用試料として用いた。
【0072】
電解操作は、図3の装置構成にて行い、電解液として、500mlの10%AA系電解液を使用した。電解量は1回につき0.1gずつ行い、さらに(3)から(4)を10回繰り返した。表層の汚染を除去するための捨て電解を、最初に1度だけ電解操作の直前に行なった。
【0073】
分散性溶液としては、濃度500mg/lのヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を用い、これを50mlだけ電解装置とは別のビーカーに準備した。なお、最適なヘキサメタリン酸ナトリウム濃度については、事前にゼータ電位計を用いてゼータ電位を測定することで決定した。事前に行ったヘキサメタリン酸ナトリウム濃度とゼータ電位の関係の例を図7に示す。図7より、本実施例においては、500mg/lのヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を分散媒として用いた場合に、最もゼータ電位の絶対値が大きくなったが、2000mg/lの濃度でも最終的に得られた粒径は変化がなくなったことから、実質的には絶対値で30mV以上のゼータ電位が得られれば分散性が良好であると判断された。
【0074】
その後、超音波を印加しながら、分散性溶液中に磁石棒を入れて攪拌することでセメンタイト等を除去した。さらに、この除去後の分散性溶液を、超音波を印加しながら孔径0.4μmのフィルタでろ過することで分析対象外である析出物等を除去した。こうして得られたろ液(析出物等を含んだ分散性溶液)から、動的光散乱方式の粒径分布測定装置を用いて、分散性溶液中の析出物等の粒径分布を測定した。得られた結果を図8に示す。
【0075】
また、比較例として、析出物等をメタノール中及び純水中に回収した後、粒径分布を計測した結果を同じく図8に示す。メタノール中での析出物等のゼータ電位は、設備の都合上、計測不能であったが、純水の場合は-11mVであった。
【0076】
図8より、分散性溶液として500mg/lのヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を用いた場合の析出物等に対する粒径分布の結果は、電解後表面に付着した析出物等を電子顕微鏡で直接観察した場合の結果とも一致した。これより、析出物等を凝集させることなく液中に保持できていることを示している。すなわち、本発明法によれば、従来、液中の凝集を回避することが難しかった微細な析出物等を、分散させた状態で抽出することができるため、鋼中の析出物等の状態を正確に評価することが可能である。
【実施例4】
【0077】
標識元素として、試料中に含有されている鉄または電解液に添加したロジウムを選択し、析出物等中のチタン含有率とマンガン含有率を補正により求めた例を、具体的に説明する。
【0078】
図2の(7)から(9)の手順に従った。まず、金属試料として表3に示す組成の鉄鋼材料を、適切な大きさに切断して試料とした。また、約300mlの10%AA系電解液に、ロジウムアセチルアセトナートを20mg添加して十分攪拌しておいた。
【0079】
【表3】

【0080】
この、ロジウムアセチルアセトナート入り10%AA系電解液約300mlを用いて、あらかじめ天秤で重量を測定した前記鉄鋼試料を陽極として、図3に示す装置構成にて約0.5gを定電位電解した。
次いで、通電完了後、試料を電解液中から静かに引き上げて取り出し、約100mlのSHMP水溶液(濃度500mg/l)を入れた別の容器に移し変え、超音波振動を与えて試料表面に付着した析出物等を容器中で剥離しSHMP水溶液中に抽出した。試料表面が金属光沢を呈したら超音波振動を停止した。次いで、試料は容器から取り出した後、500mg/lのSHMP水溶液と純水で洗浄してから乾燥した。乾燥後、天秤で試料重量を測定して、電解前の試料重量から差し引いて電解重量Mを計算した。
さらに、容器中に析出物等を分散した溶液を孔径100nmのフィルタで吸引ろ過して、フィルタ上に捕集した残渣とろ液をそれぞれ回収した。さらに、得られたろ液を乾燥した後、硝酸等で加熱溶解して、ICP発光分光分析装置又はICP質量分析装置で分析し、チタンの絶対量(XTi)、マンガンの絶対量(XMn)、鉄の絶対量(XFe)およびロジウムの絶対量(XRh)を、それぞれ測定した。
一方、電解後の電解液から約1mlを採取し、乾燥させてから残留物を硝酸で加熱溶解した後、ICP質量分析装置で測定して、電解液中に含まれている単位体積あたりの、チタンの質量(CTi)、マンガンの質量(CMn)、鉄の質量(CFe)及びロジウムの質量(CRh)をそれぞれ測定した。
【0081】
以上の結果を下記式(2)〜(7)に代入して、孔径100nmのフィルタを通過した、大きさ100nm未満の析出物等におけるチタン含有率とマンガン含有率を算出した。
WFeTi=(XTi−XFe×CTi/CFe)×1000000/M …(2)
WFeMn=(XMn−XFe×CMn/CFe)×1000000/M …(3)
WRhTi=(XTi−XRh×CTi/CRh)×1000000/M …(4)
WRhMn=(XMn−XRh×CMn/CRh)×1000000/M …(5)
W0Ti=XTi×1000000/M …(6)
W0Mn=XMn×1000000/M …(7)
ここで、
WFeTi:標識元素を鉄として補正した、大きさ100nm未満の析出物等中のチタン含有率(mass ppm)
WFeMn:標識元素を鉄として補正した、大きさ100nm未満の析出物等中のマンガン含有率(mass ppm)
WRhTi:標識元素をロジウムとして補正した、大きさ100nm未満の析出物等中のチタン含有率(mass ppm)
WRhMn:標識元素をロジウムとして補正した、大きさ100nm未満の析出物等中のマンガン含有率(mass ppm)
W0Ti:補正なしの場合の、大きさ100nm未満の析出物等中のチタン含有率(mass ppm)
W0Mn:補正なしの場合の、大きさ100nm未満の析出物等中のマンガン含有率(mass ppm)
以上により得られた標識元素として鉄あるいはロジウムで補正した場合と補正なしの場合の、100nm未満の析出物等に含まれるチタン含有率とマンガン含有率の結果を、表4にそれぞれ示す。なお、チタン含有率とマンガン含有率は、表3に示した鉄鋼試料の全組成を100mass%とした場合に対する表示である。
【0082】
【表4】

【0083】
表4より、チタン含有率は、補正の有無に関わらず、ほとんど差が認められなかった。本実施例に用いた鋼中に含まれるチタンの多くが、析出物等を形成しており、相対的に電解液中のチタン量が少ないので、補正の効果がわかり難いと考えられる。
一方、マンガン含有率は、補正ありの場合と比較して補正なしの場合に高い値を示していた。本実施例に用いた鋼中に含まれるマンガンのほとんどは鉄マトリクス中に固溶しているので、電解後に電解液中に溶出するマンガン量は、非常に多くなる。そのため、試料に付着し混入した電解液中のマンガンは、最終的にろ液中に混入して、補正無しの場合のマンガン含有率の分析結果に正の誤差を与えた。一方、補正ありの場合は、誤差が取り除かれた正確な分析結果が導かれた。
ただし、試料中に含有された鉄を標識元素とした場合には、セメンタイトのような鉄で形成された析出物等がろ液中に存在することがあるため、分析値としては問題はないものの補正量が過度になり分析結果がロジウム補正の場合よりも低い値になっていると思われる。
以上から、固溶率の高いマンガンに対する、標識元素を用いた補正の効果が明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】本発明に係る一実施形態として分散性溶液最適化操作のフローを示す図である。
【図2】本発明に係る一実施形態として大きさ別の定量分析のフローを示す図である。
【図3】本発明の析出物等分析方法で用いる電解装置の構成を模式的に示す図である。
【図4】ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液濃度と分散性溶液のゼータ電位との関係を示す図である。
【図5】ゼータ電位と孔径100nmのフィルタで捕集して分析したチタンの析出物等における含有率との関係を示す図である。
【図6】チタン析出物等の大きさ別における定量結果を示す図である。(実施例2)
【図7】ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液濃度と分散性溶液のゼータ電位との関係を示す図である。(実施例3)
【図8】粒径分布の計測結果を示す図である。(実施例3)
【図9】非特許文献1に開示されている標準法のフロー図。
【符号の説明】
【0085】
1 電解用試料
2 電解用試料の固定用治具
3 電極
4 ビーカー
5 定電流電解装置
6 電解液
7 電解装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料を電解する電解ステップと、前記電解後の金属試料の残部を、前記電解に用いた電解液とは異なりかつ分散性を有する溶液に浸漬して、前記金属試料中の析出物及び/又は介在物を抽出する浸漬ステップと、前記溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を分析する分析ステップとを有することを特徴とする金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項2】
前記分散性を有する溶液は、分析対象の析出物及び/又は介在物に対するゼータ電位の絶対値が30mV以上であることを特徴とする請求項1に記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項3】
前記分析ステップでは、大きさが1μm以下の析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする請求項1または2に記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項4】
前記分析ステップでは、前記金属試料の残部に付着した析出物及び/又は介在物を分析することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項5】
前記分析ステップは、前記溶液中に抽出された析出物及び/又は介在物を1以上のフィルタにより1回以上ろ過する分別操作と、前記各フィルタに捕集された析出物及び/又は介在物、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物のうちの少なくとも1以上を分析する分析操作とを有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
【請求項6】
前記分析ステップでは、以下の工程を行うことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)浸漬ステップ後の前記分散性を有する溶液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
【請求項7】
前記分析操作では、ろ液中に回収された析出物及び/又は介在物を分析する場合に、以下の工程を行うことを特徴とする請求項5に記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。
1)電解終了後の前記電解液中における標識元素量に対する着目元素量の比を求める。
2)前記分別操作により得られたろ液中に含有される標識元素の質量を求める。
3)前記2)にて求めた標識元素の質量に、前記1)にて求めた比を乗じる。
4)ろ液中に含有される着目元素の質量から、前記3)により求め乗じた値を差し引く。
5)前記4)により求め差し引いた値を基に、着目元素の含有率を求める。
【請求項8】
前記分散性を有する溶液は、ゼータ電位の値を指標として種類及び/又は濃度が決定されることを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の金属材料中の析出物及び/又は介在物の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−31270(P2009−31270A)
【公開日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−162832(P2008−162832)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】