説明

金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法、及び該ワイヤ状突起物を備える金属材料

【課題】金属材料の表面積を大きく増加させることのできる金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法、及び該ワイヤ状突起物を備える金属材料を提供する。
【解決手段】アルゴンガス等の不活性ガスをチャンバ内に導入しながら、高周波電力の出力によりチャンバ内にプラズマを発生して、チャンバ内に設置された金属材料の表面のスパッタエッチングを行う(ステップS3)。これにより、金属材料の表面に円錐状突起物が形成される。さらに、アルゴンガスに加えて、水或いは水素をチャンバ内に導入しながら、引き続き、高周波電力の出力によりチャンバ内にプラズマを発生して、金属材料の表面のスパッタエッチングを行う(ステップS4)。これにより、金属材料の表面にワイヤ状突起物が形成される。ワイヤ状突起物は、円錐状突起物の先端から成長している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタエッチングにより金属材料表面にワイヤ状突起物を形成する方法、及び該ワイヤ状突起物を備える金属材料に関する。
【背景技術】
【0002】
電気二重層キャパシタ等の電極に使用される材料として、中空状を呈するカーボンナノチューブが知られている。カーボンナノチューブは、例えば、不活性ガス雰囲気中でアーク放電によりカーボンを蒸発させた後、凝集させることで製造される(特許文献1)。
【0003】
電極を金属材料から構成する場合には、大きな電気容量を確保するために、金属材料の表面積が大きいことが望まれる。これを実現するためには、スパッタエッチング等により、金属材料の表面に突起物を形成することが有効であると考えられる。本願発明者らは、アルゴンイオンを用いてスパッタエッチングを行うことで、金属材料の表面に、円錐状の突起物が形成されることを確認している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−280116号公報
【特許文献2】特開2006−63390号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献2に開示される円錐状の突起物は、高さが低いためアスペクト比が大きくなく、金属材料の表面積を大きく増加させるためには、よりアスペクト比の大きな突起物を金属材料の表面に形成する必要がある。
【0006】
また特許文献1に開示される方法は、カーボンナノチューブを単体として得るものであり、材料の表面積を増加させる技術ではない。
【0007】
本発明は、こうした状況に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、金属材料の表面積を大きく増加させることのできる金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法、及び該ワイヤ状突起物を備える金属材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点にかかる金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法は、
不活性ガスをチャンバ内に導入しながら、高周波電力の出力により前記チャンバ内にプラズマを発生して、前記チャンバ内に設置された金属材料の表面のスパッタエッチングを行う第1スパッタ工程と、
前記第1スパッタ工程の後に、前記不活性ガスに加えて、水或いは水素を前記チャンバ内に導入しながら、前記高周波電力の出力により前記チャンバ内にプラズマを発生して、前記金属材料の表面のスパッタエッチングを行う第2スパッタ工程と、
を有することを特徴とする。
【0009】
好ましくは、前記金属材料は、時効性金属材料であることを特徴とする。
【0010】
好ましくは、前記第1,2スパッタ工程では、前記高周波電力が同一の大きさで出力され、
前記第2スパッタ工程で前記スパッタエッチングを行う時間を、前記第1スパッタ工程で前記スパッタエッチングを行う時間で除した値は、0.2以上0.3以下であることを特徴とする。
【0011】
本発明の第2の観点にかかる金属材料は、第1の観点にかかる方法で形成されたワイヤ状突起物を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、第1のスパッタ工程で、円錐状突起物が形成され、第2のスパッタ工程で、円錐状突起物の先端からワイヤ状突起物が形成される。ワイヤ状突起物は、アスペクト比が極めて大きいため、ワイヤ状突起物が形成されることで、金属材料の表面積は大きく増加する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態において金属材料の表面にワイヤ状突起物を形成する処理を示すフローチャートである。
【図2】図1の処理で使用される高周波マグネトロンスパッタ装置を示す概略図である。
【図3】円錐状突起物(第1の突起物)が形成された基板の表面を、走査型電子顕微鏡で撮影した写真である。
【図4】ワイヤ状突起物(第2の突起物)が形成された基板の表面を、走査型電子顕微鏡で撮影した写真である。
【図5】円錐状突起物の底面の平均直径と、ワイヤ状突起物の平均直径との関係を示すグラフである。
【図6】円錐状突起物やワイヤ状突起物等のX線解析の結果を示すグラフである。
【図7】基板表面への突起物の形成メカニズムを説明するための図である。
【図8】円錐状突起物及びワイヤ状突起物を拡大して示す図及び写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、本発明の実施の形態において金属材料の表面にワイヤ状突起物を形成する処理を示すフローチャートである。図2は、図1の処理で使用される高周波マグネトロンスパッタ装置1を示す概略図である。以下、図1,2を参照して、本実施の形態におけるワイヤ状突起物の形成手順について説明する。
【0015】
まず、時効性金属材料である基板Kを、固溶化熱処理する(ステップS1)。時効性金属材料とは、合金であって、高温に加熱されることで全ての合金元素が均一に分散し、この後、急冷されて、ある温度に再び加熱されることで、一部の原子が集まり、別の相を形成する金属を言う。固溶化熱処理は、焼き入れとも呼ばれ、合金を一度高温に保持して、全ての合金元素を均一に分布させた後、急冷する操作を言う。
【0016】
ステップS1では、例えば、基板Kは、加熱装置で加熱された後、水冷される。基板Kの加熱は、基板Kの酸化を防止する観点から、アルゴン雰囲気中で行われる。なお、予め固溶化熱処理を行なった基板Kを用いる場合には、ステップS1は省略される。
【0017】
ステップS1の後では、高周波マグネトロンスパッタ装置1のチャンバ3内に、基板Kを設置する(ステップS2)。図2に示すように、高周波マグネトロンスパッタ装置1は、上述のチャンバ3と、供給管路4と、高周波電源5と、排気装置6とを有する。この高周波マグネトロンスパッタ装置1は、不活性ガスであるアルゴンガスや、蒸留水を、供給管路4を通じてチャンバ3内に供給可能であり、高周波電源5が高周波電力を出力することで、チャンバ3内にプラズマを発生する。供給管路4には、バルブ14,15が設けられており、バルブ14,15の開閉により、アルゴンガスや蒸留水の供給量が調整可能である。排気装置6は、拡散ポンプ7及び油回転式真空ポンプ8の作動により、排気管路9を通じて、チャンバ3内の気体を排出して、チャンバ3内を減圧可能である。
【0018】
チャンバ3の内部には、試料台10が設けられる。試料台10には、熱伝導率の高いホルダー11が載置され、基板Kは、スパッタエッチング対象の表面a(以下、基板表面a)が上を向くように、ホルダー11に載置される。試料台10は、水冷パイプ12(流入側)及び水冷パイプ13(流出側)を有しており、水冷パイプ12,13に冷却水が流されることで、ホルダー11の温度は低下して、基板表面aの反対側の面b(以下、基板底面b)が冷却される。
【0019】
ステップS2の後では、供給管路4からアルゴンガスをチャンバ3内に導入しながら、高周波電源5に高周波電力を出力させることで、チャンバ3内にプラズマを発生して、基板表面aのスパッタエッチングを行う(ステップS3)。ステップS3のスパッタエッチングは、基板表面aに第1の突起物Eが形成されるまで、時間t1行われる。またステップS3では、水冷パイプ12,13に冷却水を流して、基板底面bを冷却することで、基板Kに温度勾配(基板表面aから基板底面bに向けて温度が低下する勾配)が生じた状態で、スパッタエッチングが行われる。なお、ステップS3では、供給管路4から、蒸留水はチャンバ3内に導入されない。
【0020】
図3は、第1の突起物Eが形成された基板表面aを、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope)で撮影した写真である。第1の突起物Eは、先端に向けて細くなる円錐状を呈しており、基板表面aの全体に形成される。以下、第1の突起物Eを、円錐状突起物Eと記す。
【0021】
ステップS3の後(時間t1の経過後)では、アルゴンガスに加えて、蒸留水も供給管路4からチャンバ3内に導入しながら、引き続き、高周波電源5に高周波電力を出力させることで、チャンバ3内にプラズマを発生して、基板表面aのスパッタエッチングを行う(ステップS4)。ステップS4でも、ステップS3と同様に、基板Kに温度勾配を生じさせるため、水冷パイプ12,13に冷却水が流される。このステップS4により、基板表面aには、第2の突起物Yが形成される。以上で図1の処理は終了する。
【0022】
なお、図1の処理では、ステップS1とステップS2との間に、基板表面aを研磨及び脱脂洗浄する工程が追加されてもよい。このようにすることで、基板表面aに存在する酸化物・さび・凹凸・油分が除去されるため、基板表面aのスパッタエッチング量を均一にできる。また、油分等の飛散により、基板Kや高周波マグネトロンスパッタ装置1が汚染されることを防止できる。
【0023】
図4は、第2の突起物Yが形成された基板表面aを、走査型電子顕微鏡で撮影した写真である。図4(a)は、図3と同一の拡大倍率で基板表面aを示している。図4(b)は、図3の1/2の拡大倍率で基板表面aを示している。
【0024】
第2の突起物Yは、基板表面aの一部の範囲において、円錐状突起物Eの先端からワイヤ状に成長するものであり、アスペクト比が大きく、導電性を有する。以下、第2の突起物Yを、ワイヤ状突起物Yと記す。
【0025】
次に、ワイヤ状突起物Yが形成された金属材料の用途について説明する。
【0026】
上述のように、ワイヤ状突起物Yはアスペクト比が大きいため、ワイヤ状突起物Yが金属材料(基板K)に形成されることで、金属材料の表面積は大きく増大する。よって、ワイヤ状突起物Yが形成された金属材料は、電極に用いられることで電気容量を大きく増加させることができ、電気自動車の電気二重層キャパシタ等に使用可能である。
【0027】
また、金属材料にワイヤ状突起物Yが形成されることで、金属材料の電子放出面積が増大する。このため、ワイヤ状突起物Yが形成された金属材料は、エミッターや触媒に使用可能である。
【0028】
また、円錐状突起物Eは、先端が鋭利であるとともに、硬く耐摩耗性に優れる。このため、金属材料は、円錐状突起物Eを備えることで、グリップローラなどの接触搬送手段として使用できる。
【0029】
次に、ワイヤ状突起物Yの形成に影響を与える要因を確認するために行った試験について説明する。本試験では、複数の基板K1〜K11を準備して、これらに対して図1の処理を行った。
【0030】
基板K1〜K11は、時効性金属材料であるSKH51(JIS)鋼を、ファインカッターでカットしたものであり、厚さが5mm、平面形状が辺の長さ13.5mmmの正方形を呈する。表1に、SKH51鋼の化学成分等を示す。
【0031】
【表1】

【0032】
ステップS1では、高周波加熱装置(セキスイ電子株式会社製:MU−1700)を用いて、基板K1〜K11を1323Kまで加熱して、3.6ks保持した後、水冷することで、固溶化熱処理を行った。1323Kに至るまでの昇温速度は、基板K1〜K11の温度が常温から973Kまでの間では、500K/minであり、温度が973Kから1273Kまでの間では、300K/minであり、温度が1273Kから1323Kまでの間では、100K/minである。
【0033】
ステップS2では、高周波マグネトロンスパッタ装置1(図2)のチャンバ3内に、固溶化熱処理を行った基板K1〜K11を設置した。本試験で用いた高周波マグネトロンスパッタ装置1は、高周波電源5の最大出力が800Wであり、拡散ポンプ7及び油回転式真空ポンプ8の作動により、チャンバ3内を4.3×10−4パスカル(Pa)まで減圧可能である。
【0034】
ステップS3では、まず、チャンバ3内を約4.3〜7.5×10−4Paになるまで減圧した。そして、チャンバ3内の圧力が5.0Paに保持されるように、純度99.999%のアルゴンガスを、約5.7sccmの流量で、チャンバ3内に導入しながら、高周波電源5に高周波電力を出力させることで、基板K1〜K11のスパッタエッチングを行った。
【0035】
ステップS4では、アルゴンガスに加えて、蒸留水をチャンバ3内に導入しながら、高周波電源5に高周波電力を出力させることで、基板K1〜K11のスパッタエッチングを行った。
【0036】
表2に、本試験におけるステップS3,4の条件や、ステップS3,4で形成された円錐状突起物Eやワイヤ状突起物Yの形状に関するデータ等を示す。
【0037】
【表2】

【0038】
ステップS3の高周波電力Pの出力は、基板K1〜K9については、500Wに設定し、基板K10,K11については、300Wに設定した。
【0039】
ステップS3のスパッタエッチング時間t1は、基板K2〜K6及びK9,K10については、2.0ks以上3.0ks以下の範囲内に設定し、基板K1については、2.0ksよりも短い時間(1.8ks)に設定し、基板K7,K8,K11については、3.0Ksよりも長い時間(3.2ks〜3.3ks)に設定した。
【0040】
ステップS4における蒸留水の流量QH2Oは、基板K1〜K5及びK7〜K11については、3.0ml/minに設定し、基板K6については、15.0ml/minに設定した。
【0041】
ステップS4の高周波電力Pの出力は、基板K1〜K9については、ステップS3と同一の値(500W)に設定し、基板K10,K11については、ステップS3の値から変更させた(300W→500W)。
【0042】
ステップS4のスパッタエッチング時間t2は、基板K1〜K7及びK10,K11については、0.6ksに設定し、基板K8については、0.34ksに設定し、基板K9については、0.3ksに設定した。
【0043】
ステップS3,S4でスパッタエッチングを行った後、基板K1〜K11の表面aを、走査型電子顕微鏡の撮影写真により観察した。この結果、基板K1〜K9には、円錐状突起物Eが形成されていた。
【0044】
円錐状突起物Eは、平均高さhrが、0.27μm以上1.15μm以下であり、底面の平均直径drが、0.23μm以上1.02μm以下であった。
【0045】
基板K2〜K6には、円錐状突起物Eに加えて、ワイヤ状突起物Yも形成されていた。また、円錐状突起物Eが形成されず、ワイヤ状突起物Yのみ形成された基板Kは存在しなかった。このことから、円錐状突起物Eが形成される場合に、ワイヤ状突起物Yは形成されるものと考えられる。
【0046】
ワイヤ状突起物Yは、円錐状突起物Eの先端から成長しており、平均長さlwが1.16μm〜5.79μm、平均直径dwが0.21μm以上1.44μm以下であり、アスペクト比が極めて大きかった。基板K2及びK4〜K6に形成されたワイヤ状突起物Yは、全て直径がマイクロメータ(μm)サイズであった。基板K3では、直径がマイクロメータ(μm)サイズのワイヤ状突起物Yの他に、直径がナノメータ(nm)サイズのワイヤ状突起物Yも形成されていた。
【0047】
図5は、円錐状突起物Eの底面の平均直径dと、ワイヤ状突起物Yの平均直径dとの関係を示すグラフである。円錐状突起物E及びワイヤ状突起物Yの両方が形成された基板K2〜K6のうち、ワイヤ状突起物Yの平均直径dが、円錐状突起物Eの底面の平均直径dの0.75倍よりも小さい基板Kは、存在しなかった。このことから、円錐状突起物Eの寸法は、ワイヤ状突起物Yの太さに影響を与えると考えられる。
【0048】
ワイヤ状突起物Yが形成されずに、円錐状突起物Eのみが形成された基板K7〜K9では、突起物の形成による表面積の増加率ΔSが、最大23.52%であった(基板K8のデータ参照)。一方、ワイヤ状突起物Yも形成された基板K2〜K6では、突起物の形成による表面積の増加率ΔSが、最大39.93%であった(基板K5のデータ参照)。このことから、ワイヤ状突起物Yが形成される場合には、円錐状突起物Eのみが形成される場合に比して、金属材料(基板K)の表面積が増加することが確認された。
【0049】
円錐状突起物Eやワイヤ状突起物Yの成分を確認するため、X線解析や、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe MicroAnalyser )による解析(以下、EPMA解析)を行った。図6は、円錐状突起物Eやワイヤ状突起物Y等のX線解析の結果を示すグラフである。
【0050】
ワイヤ状突起物Y、円錐状突起物E、基板Kとも、2θ=43°、63°、82°、97°、117°でピークが確認された。また、ワイヤ状突起物Yや円錐状突起物Eでは、2θ=114°でも、ピークが確認された。この2θ=114°のピークは、CrCによるピークに相当する。また、EPMA解析では、ワイヤ状突起物Yや円錐状突起物Eから、Fe、Cr、Mo、Vの成分が検出された。以上の解析結果から、ワイヤ状突起物Yや円錐状突起物Eは、Fe、Mo、Vを多少含有したCrCからなると考えられる。
【0051】
以上の試験結果に基づき、ワイヤ状突起物Yや円錐状突起物Eの形成メカニズムは、次のように考えられる。図7は、基板表面aへの突起物の形成メカニズムを説明するための図である。図8は、円錐状突起物E及びワイヤ状突起物Yを拡大して示す図及び写真である。図8(a)は、図7(c)のA範囲の拡大図であり、図8(b)は、図8(a)に示す状態が撮影された写真である。
【0052】
図1のステップS3で、チャンバ3内にアルゴンガスを導入しながら、スパッタエッチングを行う過程では、基板表面aがArによりスパッタエッチングされるとともに、基板Kに生じる温度勾配により、基板Kの内部に溶け込んでいる炭素が基板表面aに供給される(図7(a))。これにより、基板表面aに炭化物が析出して成長することで、円錐状突起物Eが形成される(図7(b))。
【0053】
図2のステップS4で、アルゴンガスに加えて、蒸留水もチャンバ3内に導入しながら、スパッタエッチングを行う過程では、基板表面aは、ArとHによりスパッタエッチングされる(図7(c))。Hは、Arよりもスパッタ率が小さいので、ステップS4では、ステップS3に比して、スパッタによる基板Kの厚さの減少量(スパッタ量)は小さく抑えられる。これにより、基板底面bから基板表面aに至る熱伝導距離dがほぼ一定に保たれるため、底面bの冷却により、表面aに生じる温度低下は小さく抑えられる。この状況で、円錐状突起物Eの先端が、プラズマの集中により選択的に加熱されることで、円錐状突起物Eの先端から炭化物が成長して、ワイヤ状突起物Yが形成される(図8)。ステップS4のスパッタエッチング時間t2が長くなることに応じて、ワイヤ状突起物Yは成長して、ワイヤ状突起物Yの長さlwや直径dwは増加するものと推定される(図7(b)→図7(c))。
【0054】
なお表2に示すように、ワイヤ状突起物Yが形成された基板K2〜K6は、ステップS3,S4で出力される高周波電力Pが、いずれも500Wに設定され、ステップS3のスパッタエッチング時間t1が2.0〜3.0ksに設定され、ステップS4のスパッタエッチング時間t2が0.6ksに設定されたものである。これに基づき、ステップS3,4で出力する高周波電力Pを同一の大きさにして、さらに、スパッタエッチング時間t2をスパッタエッチング時間t1で除した値t2/t1が、0.2以上0.3以下になるように、スパッタエッチング時間t1,t2を調整することで、ワイヤ状突起物Yを確実に形成できるものと考えられる。
【0055】
ここで上記実施の形態では、チャンバ3内に供給する不活性ガスとしてアルゴンガスを用いる場合を示したが、アルゴンガスに限らず、クリプトンガス、ネオンガス、キセノンガス、ラドンガス等の不活性ガスが、チャンバ3内に供給されてもよい。これら不活性ガスのイオンも、Arと同様、Hに比してスパッタ率が大きいものであり、上記不活性ガスを用いる場合にも、図7と同様のメカニズムで、ワイヤ状突起物Yが形成される。
【0056】
また、水素ガスをチャンバ3内に導入しても、チャンバ3内にHが生じると考えられたため、ステップS4で、蒸留水の代わりに、水素ガスをチャンバ3内に導入する試験を行った。本試験でも、図2の高周波マグネトロンスパッタ装置1を用いており、水素ガスを供給管路4を通じてチャンバ3内に供給した。また本試験では、バルブ14,15の開閉により、チャンバ3内に導入するアルゴンガスや水素ガスの流量を調整することで、チャンバ3内の圧力が5.0Paになり、このうち、水素ガスの分圧が3.3Paになり、アルゴンガスの分圧が1.7Paになるように制御した。
【0057】
試験の結果、蒸留水を導入する場合にワイヤ状突起物Yが形成される条件下、つまり、ステップS3,4で出力される高周波電力が同一であり(例えば、ステップS3,4の高周波電力が500W)、ステップS4のスパッタエッチング時間t2を、ステップS3のスパッタエッチング時間t1で除した値t2/t1が、0.2以上0.3以下になる条件下(例えば、時間t1が2ks〜3ks、時間t2が0.6ks)では、ワイヤ状突起物Yが形成されることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によりワイヤ状突起物が形成された金属材料は、電気自動車用の電気二重層キャパシタ、蓄電池用電極、蛍光灯やプラズマテレビのエミッター、コーティングの中間層、グリップローラなどの接触搬送手段に適用することができる。
【符号の説明】
【0059】
1 高周波マグネトロンスパッタ装置
3 チャンバ
4 供給管路
5 高周波電源
6 排気装置
7 拡散ポンプ
8 油回転式真空ポンプ
9 排気管路
10 試料台
11 ホルダー
12,13 水冷パイプ
14,15 バルブ
E 第1の突起物(円錐状突起物)
Y 第2の突起物(ワイヤ状突起物)
K,K1,K2,K3,K4,K5,K6,K7,K8,K9,K10,K11 基板
t1 第1スパッタ工程でスパッタエッチングを行う時間
t2 第2スパッタ工程でスパッタエッチングを行う時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガスをチャンバ内に導入しながら、高周波電力の出力により前記チャンバ内にプラズマを発生して、前記チャンバ内に設置された金属材料の表面のスパッタエッチングを行う第1スパッタ工程と、
前記第1スパッタ工程の後に、前記不活性ガスに加えて、水或いは水素を前記チャンバ内に導入しながら、前記高周波電力の出力により前記チャンバ内にプラズマを発生して、前記金属材料の表面のスパッタエッチングを行う第2スパッタ工程と、
を有することを特徴とする金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法。
【請求項2】
前記金属材料は、時効性金属材料であることを特徴とする請求項1に記載の金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法。
【請求項3】
前記第1,2スパッタ工程では、前記高周波電力が同一の大きさで出力され、
前記第2スパッタ工程で前記スパッタエッチングを行う時間を、前記第1スパッタ工程で前記スパッタエッチングを行う時間で除した値は、0.2以上0.3以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属材料表面へのワイヤ状突起物の形成方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の方法で形成されたワイヤ状突起物を備えることを特徴とする金属材料。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【図4】
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【図8】
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