説明

金属用防食剤

【課題】金属の腐食を防止することができ、精密な光学的機能を発揮する光学素子の耐高温高湿性を高めることができる金属用防食剤を提供する。
【解決手段】少なくとも2個のトリエトキシシリル基またはトリメトキシシリル基が、−R9−[NH−CO−NH]−R10− 、 −R9−[NH−CO−S]−R10− 、 −R11−NH−R12−[NH−CO−NH]−R10− 、 −R11−NH−R12−[NH−CO−S]−R10− などのアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する金属用防食剤を、金属の表面に塗布し、乾燥することによって、高温高湿下での金属の腐食を防ぐことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属用防食剤に関する。さらに詳細には、金属の腐食を効率よく防止することができ、精密な光学的機能を発揮する光学素子の耐高温高湿性を高めることができる金属用防食剤に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの金属は腐食、特に大気腐食を受けやすい。そのような腐食は金属の品質だけでなくそれから製造した製品の品質にも著しい影響を及ぼす。特に光学素子では、金属表面の腐食によって、反射、回折、屈折などの特性が大きく変動し、精密な光学的機能を発揮できなくなる。
【0003】
金属の防蝕方法としては、鋼板表面をクロム酸塩で処理し不動態化する方法がよく知られている。このクロム酸塩処理は耐白錆形成効果を有するものの、クロムは毒性が高く、環境保護の観点から望ましくない。また着色するので光学素子には向かない。
クロム酸塩処理以外には、りん酸塩化成コーティング、シランを用いたケイ酸塩コーティング、および樹脂コーティングなどが知られている。
しかし、りん酸塩化成コーティングは腐食し易い金属、例えばアルミニウムやアルミニウム合金では効果があまり期待できない。樹脂コーティングは樹脂コーティング後の処理に制約がある。
【0004】
各種シランを用いたケイ酸塩コーティングは、透明な被膜を形成できるという点で光学素子等に向いている。例えば、特許文献1には、少なくとも2個の3置換シリル基を有する少なくとも1種類の多官能性シランから本質的になり、前記置換基がアルコキシ及びアセトキシからなる群より個々に選択したものであり、前記多官能性シランは少なくとも一部は加水分解していて、前記第一の処理溶液はpHが約7以下となっている防食処理溶液を金属基板表面に施す方法が記載されている。特許文献1には、該多官能性シランとして、2個の3置換シリル基がアルキレン基で結合されてなるものが開示されている。
【特許文献1】特表2001−507755号公報
【0005】
特許文献2には、1種類または2種類以上の加水分解された又は少なくとも部分的に加水分解されたアミノシラン、1種類または2種類以上の加水分解された又は部分的に加水分解された多シリル官能シランおよび溶剤を含有する溶液を金属基板に塗布し、溶剤をほぼ完全に除去することを含む、金属基材の耐食性を向上させる方法が開示されている。特許文献2には、該多シリル官能シランとして、2個のシリル基がアルキレン基で結合されてなるものが開示されている。
【特許文献2】特表2002−536540号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1や特許文献2に記載の処理液では、高温高湿下における金属の腐食を十分に防止できず、金属を用いた光学素子では、反射、回折、屈折などの特性が変動し、精密な光学的機能を発揮できなくなることがわかった。
本発明の目的は、金属の腐食を防止することができ、精密な光学的機能を発揮する光学素子の耐高温高湿性を高めることができる金属用防食剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記目的を達成するために鋭意検討した結果、少なくとも2個のシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する液を、金属表面に塗布し、乾燥することによって、金属の腐食を防止することができ、精密な光学的機能を発揮する光学素子の耐高温高湿性を高めることができることを見出した。本発明はこの知見に基づいてさらに検討し、完成したものである。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
〔1〕 少なくとも2個のシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する金属用防食剤。
〔2〕 少なくとも2個のアルコキシシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する金属用防食剤。
〔3〕 前記多官能シランは、双極子モーメントが3.0以上である、前記〔1〕または〔2〕に記載の金属用防食剤。
【0009】
【化1】

【0010】
〔4〕 化学式(1)で表される多官能シランを含有する金属用防食剤。
化学式(1)中の、R1およびR5はそれぞれ独立に2価の有機基であり、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ独立にアルキル基であり、Yは−NH−で表される基または硫黄原子である。
〔5〕 化学式(1)において、R1がプロピレン基であり、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ独立にエチル基またはメチル基であり、Yは−NH−で表される基または硫黄原子であり、R5はプロピレン基または化学式(2)もしくは化学式(3)で表される二価の基(Phはフェニレン基である。)である前記〔4〕に記載の多官能シランを含有する金属用防食剤。
−CH2−CH2−NH−CH2−CH2−CH2− (2)
−Ph−CH2−Ph−NH−CO−NH−CH2−CH2−CH2− (3)
〔6〕 金属の表面に、前記〔1〕〜〔5〕のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布し、乾燥することを含む、金属の防食方法。
〔7〕 透明基板、その上に積層された金属層、および該金属層の表面に前記〔1〕〜〔5〕のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布してなる層を有する光学素子。
〔8〕 金属層が、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるものである、前記〔7〕に記載の光学素子。
〔9〕 光反射性金属層の表面に前記〔1〕〜〔5〕のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布してなる層が被覆されている光反射板。
〔10〕 透明基板、その上に積層された金属グリッド層、および該金属グリッド層の表面に前記〔1〕〜〔5〕のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布してなる層を有するグリッド偏光子。
【発明の効果】
【0011】
本発明の金属用防食剤を、金属表面に塗布し、乾燥することによって、金属の腐食を防止することができ、且つ精密な光学的機能を発揮する光学素子の耐高温高湿性を高めることができる。特に、微細な金属細線を有する光学素子に本発明の金属用防食剤を適用すると、反射、屈折、回折などの特性が長期間変動せず、精密な光学的機能が要求される液晶表示装置などに好適な光学素子が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の金属用防食剤は、少なくとも2個のシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有するものである。
【0013】
【化2】

【0014】
本発明に用いられる多官能シランは、シリル基を2個以上、好ましくは2個または3個、より好ましくは2個有する。
シリル基としては、化学式(4)で表される3置換シリル基が好ましい。ケイ素原子に結合する置換基A、BおよびCとしては、それぞれ独立に、アルキル基、アルコキシ基、アセトキシ基が挙げられる。これらのうち、アルコキシ基が好ましく、エトキシ基またはメトキシ基が特に好ましい。すなわち、本発明に用いられる多官能シランとしては、少なくとも2個のアルコキシシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランが好ましく、少なくとも2個のトリアルコキシシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランがより好ましく、少なくとも2個のトリエトキシシリル基またはトリメトキシシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランが特に好ましい。
【0015】
アミド結合を有する有機基は、少なくとも2個のシリル基を結合することができるものであれば、特に限定されない。アミド結合を有する有機基には、尿素結合、チオウレタン結合、ウレタン結合が含まれる。また該有機基にはアミド結合が1以上あってもよい。
アミド結合を有する有機基として、具体的には、
−R9−NH−CO−R10− 、
−R9−NH−CO−O−R10− 、
−R9−NH−CO−NH−R10− 、
−R9−NH−CO−S−R10− 、
−R11−NH−R12−NH−CO−R10− 、
−R11−NH−R12−NH−CO−O−R10
−R11−NH−R12−NH−CO−NH−R10− 、
−R11−NH−R12−NH−CO−S−R10
−R9−NH−CO−R12−NH−R11− 、
−R9−NH−CO−O−R12−NH−R11− 、
−R9−NH−CO−S−R12−NH−R11− 、
【0016】
【化3】

【0017】
(D1、D2およびD3は、それぞれ独立に、
−R9−NH−CO−R10− 、
−R9−NH−CO−O−R10− 、
−R9−NH−CO−NH−R10− 、
−R9−NH−CO−S−R10− 、
−R11−NH−R12−NH−CO−R10− 、
−R11−NH−R12−NH−CO−O−R10
−R11−NH−R12−NH−CO−NH−R10− 、
−R11−NH−R12−NH−CO−S−R10
−R9−NH−CO−R12−NH−R11− 、
−R9−NH−CO−O−R12−NH−R11− 、
−R9−NH−CO−S−R12−NH−R11− である)
等が含まれる。
なお、R9、R10、R11およびR12はそれぞれ独立に、アルキレン基である。
9は、炭素数2〜5のアルキレン基であることが好ましく、プロピレン基が特に好ましい。
10は、炭素数2〜5のアルキレン基であることが好ましく、プロピレン基が特に好ましい。
11は、炭素数2〜5のアルキレン基であることが好ましく、プロピレン基が特に好ましい。
12は、炭素数2〜5のアルキレン基であることが好ましく、エチレン基が特に好ましい。
また、本発明に用いられる多官能シランは双極子モーメントが3.0以上であることが好ましく、4.0以上であることが特に好ましい。
さらに、本発明に用いられる多官能シランは、その分子量が、好ましくは3000以下であり、より好ましくは2000以下である。分子量が大きすぎると、粘度が高くなって塗布が難しくなる。
【0018】
本発明に用いられる多官能シランとしては、化学式(1)で表される多官能シランがさらに好ましい。
化学式(1)中の、R1は2価の有機基であり、好ましくは炭素数2〜5のアルキレン基、より好ましくはプロピレン基である。R5は2価の有機基であり、好ましくは炭素数2〜5のアルキレン基または化学式(2)もしくは化学式(3)で表される二価の基(Phはフェニレン基である。)であり、より好ましくはプロピレン基または化学式(2)もしくは化学式(3)で表される二価の基(Phはフェニレン基である。)である。
−CH2−CH2−NH−CH2−CH2−CH2− (2)
−Ph−CH2−Ph−NH−CO−NH−CH2−CH2−CH2− (3)
また、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ独立にアルキル基である。R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ独立にエチル基またはメチル基であることが特に好ましい。
Yは−NH−で表される基または硫黄原子である。
【0019】
【化4】

【0020】
【化5】

【0021】
【化6】

【0022】
【化7】

【0023】
式(1)で表される多官能シランとしては、化学式(A)、化学式(B)または化学式(C)で表される多官能シランが具体的なものとして挙げられる。また化学式(D)で表される多官能シランも挙げられる。
本発明の金属用防食剤には、前記多官能シランが一種単独で含まれていてもよいし、2種以上が組み合わせて含まれていてもよい。
【0024】
本発明に用いられる多官能シランは、対応するシリル基を有するイソシアネートと対応するシリル基を有するアミンとの反応によって、対応するシリル基を有するイソシアネートと対応するシリル基を有するチオールとの反応によって、シリル基を有するアミンとイソシアネート基を複数有する化合物との反応によって、シリル基を有するチオールとイソシアネート基を複数有する化合物との反応によって、またはシリル基を有するイソシアネートと活性水素含有基を複数有する化合物との反応によって、得られる。
例えば、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシランとN−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシランとの反応によって、式(A)で表される多官能シランが得られる。
【0025】
シリル基を有するイソシアネートとしては、3−イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、3−イソシアネートプロピルメチルジエトキシシラン、3−イソシアネートプロピルメチルジメトキシシラン、3−イソシアネートプロピルイソプロポキシシラン、イソシアネートトリメトキシシラン、ジイソシアネートジメトキシシランなどが挙げられる。
【0026】
シリル基を有するアミンとしては、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(β−アミノエチル)−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシランなどが挙げられる。
【0027】
シリル基を有するチオールとしては、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジエトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトメチルトリメトキシラン、γ−メルカプトメチルトリエトキシラン、γ−メルカプトヘキサメチルジシラザンなどが挙げられる。
【0028】
イソシアネート基を複数有する化合物としては、イソシアネート当量(イソシアネート基1つ当りの分子量)が80〜400g/molの範囲にあるものが好ましい。
イソシアネート基を複数有する化合物として、ヘキサメチレンジイソシアネート(イソシアネート当量84g/mol)、リジンジイソシアネート(イソシアネート当量106g/mol)等のような脂肪族イソシアネート化合物;p−フェニレンジイソシアネート(イソシアネート当量80g/mol)、トリレンジイソシアネート(TDI、イソシアネート当量87g/mol)、ナフチレンジイソシアネート(NDI、イソシアネート当量84g/mol)、トリジンジイソシアネート(TODI、イソシアネート当量132g/mol)、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI、イソシアネート当量125g/mol)、ポリメリックMDI(イソシアネート当量130g/mol以下、岩田敬治著「プラスチック材料講座2ポリウレタン樹脂」第48〜49頁(昭和53年日刊工業新聞社発行)参照)等の芳香族イソシアネート化合物;キシリレンジイソシアネート(XDI、イソシアネート当量94g/mol)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI、イソシアネート当量122g/mol)等の芳香脂肪族イソシアネート化合物;シクロヘキシルジイソシアネート(CHPI、イソシアネート当量83g/mol)、水添キシリレンジイソシアネート(水添XDI、イソシアネート当量97g/mol)、イソホロンジイソシアネート(IPDI、イソシアネート当量111g/mol)、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(HMDI、イソシアネート当量131g/mol)等脂環族イソシアネート化合物;トリフェニルメタントリイソシアネート(イソシアネート当量123g/mol)、トリス(p−イソシアナトフェニル)チオホスファイト(イソシアネート当量151g/mol)、多官能芳香族イソシアネート(武田薬品製コロネートL、住友バイエルウレタン製スミジュールL、住友バイエルウレタン製デスモジュールL等、イソシアネート当量218g/mol)、多官能脂肪族イソシアネート(住友バイエルウレタン製スミジュールN、イソシアネート当量168g/mol)、住友バイエルウレタン株式会社製SBU−イソシアネート−0840(トリレンジイソシアネート−ポリエーテルポリオールアダクト体30%、トリレンジイソシアネート−トリメチロールプロパンアダクト体70%の混合体、イソシアネート当量625g/mol(ワニス値))等を挙げることができる。
【0029】
活性水素含有基としては、水酸基、カルボキシル基、燐酸基、亜燐酸基、スルホン酸基、スルフィン酸基、チオール基、シラノール基等が挙げられる。これらの中でも、腐食防止の観点から、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、およびチオール基が好ましく、特にアミノ基およびチオール基が好ましい。
前記アミノ基を複数有する化合物としては、イソシアネート基との反応性の観点から、1級アミノ基を有する化合物が好ましい。例えば、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン、ピペラジン、プロピレンジアミン、ブチレンジアミン、2,2,4−トリメチルヘキサメチレンジアミン、イソホロンジアミン、ジシクロヘキシルメタン−4,4’−ジアミン、ビスアミノジプロピルアミン、ビスアミノジエチルアミンなどのアミノ基を有する化合物を挙げることができる。
チオール基を複数有する化合物としては、1,2−エタンジチオール,1,4−ブタンジチオール,ジ(2−メルカプトエチル)エーテル,ジ(2−メルカプトエチル)スルフイド,エチレングリコールジチオグリコレート,シクロヘキサンジチオール,1,3−ジメルカプトベンゼン,キシリレンジチオール、トリメチロールプロパントリス(チオグリコレート),ペンタエリスリトールテトラ(3−メルカプトプロピオネート)が挙げられる。
【0030】
多官能シラン合成のための反応は、その条件によって特に制限されない。例えば、温度は通常10〜120℃、好ましくは20〜80℃である。この温度範囲にすると、光学特性と強度を両立させることができる金属用防食剤が得られるので、好ましい。反応熱の発生が激しい場合は、適宜冷却等を行うことができる。反応時間は、通常、数秒間から数時間である。多官能シランの合成反応の反応率は90%以上であることが好ましい。反応率が90%未満であると、多官能シラン濃度が低くなり、防食性が十分に発揮されないことがある。なお、反応率は、赤外分光分析において、イソシアネート基の低下率を用いて算出した。反応後にできた多官能シランを含む生成物はそのまま金属防食剤として使用してもよいし、反応生成物から多官能シランを精製して金属防食剤として使用してもよい。
【0031】
本発明の金属用防食剤には、前記多官能シランの濃度を調整するために溶剤が含まれていてもよい。溶剤の量は特に制限されないが、多官能シランの濃度が、0.1〜10.0%となる量であることが好ましく、0.5〜5.0%となる量であることがより好ましい。
溶剤としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、1−プロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノールなどのアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノンなどのケトン類;ジメチルエーテル、ジエチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類;メチルアミン、エチルアミン、エーテルアミン、アルカノールアミンなどのアミン類;n−ペンタン、n−ヘキサン、n−ヘプタンなどの脂肪族炭化水素類;シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカヒドロナフタレン、ジシクロヘプタン、トリシクロデカン、シクロオクタンなどの脂環式炭素水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン、テトラヒドロナフタレンなどの芳香族炭化水素類;ニトロメタン、ニトロベンゼンなどのニトロ化合物;アセトニトリル、ベンゾニトリルなどの二トリル化合物;脱塩水;塩化メチレン、クロロホルム、トリクロロエタンなどのハロゲン化炭化水素類;酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル系溶剤;灯油、ガソリン、スピンドル油、ミネラルターペン、流動パラフィン、シリコンオイルなどの鉱物油、合成油;牛脂、スクワラン、大豆油、やし油などの動植物油などが挙げられる。
【0032】
本発明の金属の防食方法は、金属の表面に、前記本発明の金属用防食剤を塗布し、乾燥することを含む。
本発明の金属用防食剤が塗布される金属としては、鋼、亜鉛、亜鉛合金、アルミニウム、アルミニウム合金などが挙げられる。本発明の金属用防食剤は、これらのうちアルミニウムまたはアルミニウム合金に好適である。
【0033】
本発明の金属用防食剤を塗布する方法は、特に制限されず、スプレーコート法、ディップコート法、ロールコート法、カーテンコート法、ダイコート法、スリットコート法などの公知の塗布方法が挙げられる。乾燥温度は、溶剤などの揮発分を除去することができれば、特に制限されないが、塗布対象物に樹脂などが含まれる場合には、樹脂の耐熱温度などを考慮して、適宜温度が設定される。乾燥温度が低すぎると密着不良によって腐食防止効果が低下傾向になるので、乾燥温度は80℃以上が好ましい。
【0034】
本発明の金属用防食剤は、精密な光学的機能を発揮する光学素子の耐高温高湿性を高めるために好適である。
光学素子としては、金属の層を有するものであれば特に制限されず、例えば、透明基板およびその上に積層された金属層からなるものが挙げられる。該金属層の表面に、前記本発明の金属用防食剤を塗布し乾燥することによって、防食層を形成することができる。金属層はアルミニウムまたはアルミニウム合金からなるものが好ましい。
金属層が積層された光学素子としては、鏡などの光反射板や、グリッド偏光子が代表的なものとして挙げられる。
光反射板では金属層が基板のほぼ全面に光反射性の金属層が積層されている。光反射性の金属層に、本発明の金属用防食剤を塗布し乾燥することによって、防食層を形成することができる。
【0035】
グリッド偏光子では、透明な基板の上に金属グリッド層が積層されている。金属グリッド層は、光の波長よりも細い線状金属層が光の波長よりも短い間隔で略平行に複数並んで格子をなしているものである。格子の長手方向に平行な振動面を有する直線偏光は、この金属グリッド層で反射され、他の直線偏光はこの金属グリッド層を透過する。
【0036】
グリッド偏光子には、平らな透明基板上に金属層を格子状に積層させたものと、格子の太さおよび間隔に対応する大きさの畝を有する透明基板の該畝の頂面および該畝間にある溝の底面に金属層を積層させ格子状にしたものとがある。いずれの構造のグリッド偏光子であっても、本発明の金属用防食剤を適用することができる。
【0037】
本発明の金属用防食剤は、薄く塗布するだけでも、金属の腐食を効果的に防ぐことができるので、防食層の厚さによって生じる好ましくない光の干渉を生じにくくすることができる。防食に必要な防食層の厚さは、好ましくは1nm〜100nmであり、より好ましくは5nm〜50nmであり、特に好ましくは5nm〜30nmである。防食層が薄すぎると、腐食防止効果が低くなり、厚すぎると光学特性に影響がでやすくなる。
【0038】
また、モスアイ構造や畝構造などの微細な凹凸構造による光干渉を利用した光学素子に、本発明の金属用防食剤を塗布した場合には、該微細な凹凸構造の凹部が金属用防食剤で埋まることがあるが、本発明の金属用防食剤を用いれば、凹部埋没による光学特性への影響がほとんどなく、防食を行うことができる。
【実施例】
【0039】
本発明の実施例を示して本発明をより詳細に説明する。なお、本発明はこれら実施例に限定されない。
(イソシアネート当量の測定法)
イソシアネート基含有化合物(固形分)0.1gを三角フラスコに入れ、約20mlのジメチルホルムアミドを加えて均一に溶解した。0.1規定のジ−n−ブチルアミンのジメチルホルムアミド溶液40mlを加え、温度60℃にて2時間放置した。0.1規定の塩酸のメタノール溶液でブロムフェノールブルーを指示薬として用いて中和滴定を行った。中和に要した塩酸量A〔ml〕を測定し、以下の式によりイソシアネート基含有化合物のイソシアネート当量を算出した。
イソシアネート当量〔g/mol〕=1000/(40−A)
【0040】
(双極子モーメントの求め方)
密度汎関数法(下記〔1〕及び〔2〕参照)プログラムであるAccelrys社製MS Modeling v3.2内のDMol3モジュールを用い、汎関数にはHCTH(下記〔3〕参照)を、基底関数にはDND(下記〔4〕参照)を用いた。
〔1〕Hohenberg, P.; Kohn, W., Phys. Rev. B, 136, 864-871 (1964).
〔2〕Kohn, W.; Sham, L. J., Phys. Rev. A, 140, 1133-1138 (1965).
〔3〕Boese, A. D., Handy, N. C., J. Chem. Phys., 114, 5497 (2001).
〔4〕Delley, B. J., Chem. Phys., 92, 508 (1990).
【0041】
(偏光透過率、偏光反射率)
波長550nmにおけるグリッド偏光子の偏光透過率および偏光反射率を、分光光度計V−570(日本分光製)を用いてそれぞれ測定した。
なお、偏光透過率および偏光反射率の測定には直線偏光を使用し、偏光透過率はグリッド偏光子の透過軸と入射する光の偏光方向を平行にして透過率を測定することによって、偏光反射率はグリッド偏光子の透過軸と入射する光の偏光方向を直交させ入射角5°における反射率を測定することによって求めた。なお、偏光透過率および偏光反射率が大きいほど、偏光分離性能に優れていることを示す。
【0042】
(耐湿熱試験)
グリッド偏光子を65℃および95%RHの環境下に1000時間放置し、さらに常温常湿環境下に24時間放置した。放置後の偏光反射率を計測し、放置前の偏光反射率からの変化を調べた。耐湿熱試験前後での偏光反射率が変化しないことが望ましい。
【0043】
実施例1
反応容器に、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン(信越シリコーン社製、KBE−9007)50重量部を入れ撹拌しながら、N−2−(アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン(信越シリコーン社製、KBE−603)50重量部を添加して、FT−IRの測定において2250cm-1のピーク(イソシアネート基のシグナル)の高さに変化が無くなるまで反応させた。
得られた反応生成物を赤外分光分析した。3500〜3000cm-1付近と、1727cm-1付近にピークが現れるものであった。このことから、反応生成物は、式(A)で表される尿素結合を有する化合物を含んでいるものと推定された。式(A)で表される尿素結合を有する化合物の双極子モーメントは4.569(計算値)である。
上記反応生成物を、イソプロピルアルコールで、固形分濃度1重量%となるよう希釈し、防食剤1を得た。
【0044】
実施例2
反応容器に、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI、イソシアネート当量125)30重量部およびメチルエチルケトン30重量部を入れ均一に溶解させた。該溶液の温度を50℃にした。該溶液を撹拌しながら、それに3−アミノプロピルトリメトキシシラン(信越シリコーン社製、KBM−903)18重量部を添加して、FT−IRの測定において2250cm-1のピーク(イソシアネート基のシグナル)の高さに変化が無くなるまで反応させた。
得られた反応生成物を赤外分光分析した。3500〜3000cm-1付近と、1727cm-1付近にピークが現れるものであった。このことから、反応生成物は、式(C)で表される尿素結合を有する化合物を含んでいるものと推定された。式(C)で表される尿素結合を有する化合物の双極子モーメントは10.186(計算値)である。
上記反応生成物を、イソプロピルアルコールで、固形分濃度1重量%となるよう希釈し、防食剤2を得た。
【0045】
実施例3
反応容器に、3−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン(信越シリコーン社製、KBE−9007)50重量部を入れ撹拌しながら、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(信越シリコーン社製、KBM−803)40重量部を添加して、FT−IRの測定において2250cm-1のピーク(イソシアネート基のシグナル)の高さに変化が無くなるまで反応させた。
得られた反応生成物を赤外分光分析した。3500〜3000cm-1付近と、1658cm-1付近にピークが現れるものであった。このことから、反応生成物は、式(B)で表されるチオウレタン結合を有する化合物を含んでいるものと推定された。式(B)で表されるチオウレタン結合を有する化合物の双極子モーメントは4.025(計算値)である。
前記反応生成物を、イソプロピルアルコールで、固形分濃度1重量%となるよう希釈し、防食剤3を得た。
【0046】
実施例4
25mm×25mm×0.5mmのガラス平板上に、電子線レジストZEP520(日本ゼオン社製、ポジ型電子線レジスト)をスピンコーターにて塗布し、塗膜を得た。電子線描画装置にて、前記塗膜面中央部の12mm×12mmの領域全面に、幅150nmの直線をピッチ300nmで平行に描画した。現像液(日本ゼオン社製)に約3分間接触させた。これを水で洗浄し、窒素ブロアーにて乾燥した。ガラス平板上にフォトレジストからなる格子が形成された。
格子パターン形成面にCrを電子線蒸着装置にて蒸着した。アセトンに浸して超音波を掛けて洗浄し、フォトレジストを除去した。フォトレジストの除去と同時にフォトレジスト上のCr膜が除去され、フォトレジストの無かった部分のCr膜がガラス平板上に残った。
残されたCr膜の領域をドライエッチングした。Cr膜の無かった部分のガラスが削られ、ガラス平板表面に溝が格子状に形成された。酸で洗浄してCr膜を除去し、格子パターンを有するガラス平板を得た。
【0047】
該ガラス平板の格子パターンは、370nmの高さを有する断面矩形の畝が、ピッチ300nmおよび畝の間に形成される溝の開口部幅150nmで、平行に並ぶものであった。なお、格子パターンの観察は、集束イオンビーム加工観察装置FB−2100(日立製作所製)を使用して観察用試料を作製し、電界放出型走査電子顕微鏡S−4700(日立製作所製)にて行った。
【0048】
該ガラス平板の格子パターン形成面に、アルミニウムを真空蒸着装置にて蒸着した。それを、硝酸5.2重量%、リン酸73.0重量%、酢酸3.4重量%、および残部が水からなる(酸成分相当濃度:81.6重量%)温度33℃のエッチング液に30秒間漬けた。純水で洗浄し、乾燥空気を吹き付けて液を除去して、グリッド偏光子A0を得た。このグリッド偏光子A0の偏光透過率および偏光反射率を測定した。結果を表1に示す。
【0049】
グリッド偏光子A0を、乾燥空気吹きつけ直後に、製造例1で得られた防食剤1に30秒間浸漬した。100℃の乾燥機で10分間乾燥して、該ガラス基板表面に防食層A1が積層されたグリッド偏光子A1を得た。
このグリッド偏光子A1の偏光透過率および偏光反射率を測定した。結果を表1に示す。防食層の形成によっても偏光透過率に変化がないことがわかる。
【0050】
実施例5
防食剤1を防食剤2に変更した以外は、実施例4と同じ方法にて、防食層A2が積層されたグリッド偏光子A2を得た。
このグリッド偏光子A2の偏光透過率および偏光反射率を測定した。結果を表1に示す。
【0051】
実施例6
防食剤1を防食剤3に変更した以外は、実施例4と同じ方法にて、防食層A3が積層されたグリッド偏光子A3を得た。
このグリッド偏光子A3の偏光透過率および偏光反射率を測定した。結果を表1に示す。
【0052】
比較例1
ビス−1,2−(トリエトキシシリル)エタン(双極子モーメント=1.749(計算値))を固形分濃度1重量%になるようにイソプロピルアルコールに溶解させて防食剤4を得た。
防食剤1を防食剤4に変更した以外は、実施例4と同じ方法にて、防食層A4が積層されたグリッド偏光子A4を得た。
このグリッド偏光子A4の偏光透過率および偏光反射率を測定した。結果を表1に示す。
【0053】
比較例2
ビス−(トリメトキシシリルプロピル)アミン(Witco社製、商品名A−1170;双極子モーメント2.76(計算値))を固体分濃度1重量%になるようにイソプロピルアルコールに溶解させて防食剤5を得た。
防食剤1を防食剤5に変更した以外は、実施例4と同じ方法にて、防食層A5が積層されたグリッド偏光子A5を得た。
このグリッド偏光子A5の偏光透過率および偏光反射率を測定した。結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1に示すように、少なくとも2個のシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する金属用防食剤を塗布した層を有するグリッド偏光子(実施例)は、防食前後における偏光透過率の変化が小さく且つ耐湿熱試験前後における偏光反射率の変化が小さいので、高温高湿環境下での使用によっても精密な光学的機能を発揮できることがわかる。
これに対して、従来の金属用防食剤を塗布した層を有するグリッド偏光子(比較例)は、防食前後における偏光透過率の変化が小さいが、耐湿熱試験前後における偏光反射率の変化が大きいので、精密な光学的機能を発揮できなくなることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2個のシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する金属用防食剤。
【請求項2】
少なくとも2個のアルコキシシリル基がアミド結合を有する有機基で結合されてなる多官能シランを含有する金属用防食剤。
【請求項3】
前記多官能シランは、双極子モーメントが3.0以上である、請求項1または2に記載の金属用防食剤。
【請求項4】
化学式(1)で表される多官能シランを含有する金属用防食剤。



化学式(1)中の、R1およびR5はそれぞれ独立に2価の有機基であり、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ独立にアルキル基であり、Yは−NH−で表される基または硫黄原子である。
【請求項5】
化学式(1)において、R1がプロピレン基であり、R2、R3、R4、R6、R7およびR8はそれぞれ独立にエチル基またはメチル基であり、Yは−NH−で表される基または硫黄原子であり、R5はプロピレン基または化学式(2)もしくは化学式(3)で表される二価の基(Phはフェニレン基である。)である請求項4に記載の多官能シランを含有する金属用防食剤。
−CH2−CH2−NH−CH2−CH2−CH2− (2)
−Ph−CH2−Ph−NH−CO−NH−CH2−CH2−CH2− (3)
【請求項6】
金属の表面に、請求項1〜5のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布し、乾燥することを含む、金属の防食方法。
【請求項7】
透明基板、その上に積層された金属層、および該金属層の表面に請求項1〜5のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布してなる層を有する光学素子。
【請求項8】
金属層が、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなるものである、請求項7に記載の光学素子。
【請求項9】
光反射性金属層の表面に請求項1〜5のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布してなる層が被覆されている光反射板。
【請求項10】
透明基板、その上に積層された金属グリッド層、および該金属グリッド層の表面に請求項1〜5のいずれか1項に記載の金属用防食剤を塗布してなる層を有するグリッド偏光子。

【公開番号】特開2009−235537(P2009−235537A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85430(P2008−85430)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000229117)日本ゼオン株式会社 (1,870)
【Fターム(参考)】