説明

金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法、及びそれを用いた摺動部材

【課題】還元性を持つ水素ガスを利用し、大気圧環境において優れた潤滑性を
持つPTFE転移膜を金属表面に形成する方法、及びそれを用いた摺動部材を提
供する。
【解決手段】水素ガス雰囲気においてPTFEを金属に接触させて摺動させる
ことによって、PTFE転移膜を金属表面に形成する。金属の組成及び/又は表
面の粗さを最適化して摺動特性を向上させる。更に、摺動部材をシールにより密
閉構造にして、高純度の水素ガスの封入、又は高純度の水素ガスの連続的吹き込
みを行いながら、PTFEを摺動部材に摺動させることによって、PTFE転移
膜を摺動部材に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗性・耐久性優れ、低摩擦の摺動材、特に、四フッ化エチレン樹脂転移膜に関する。更に詳しくは、各種の金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法、及びそれを用いた摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
四フッ化エチレン樹脂(ポリテトラフルオロエチレン、以下、PTFEという。)は、耐熱性、耐薬品性に優れていると共に、自己潤滑性を有し、摩擦係数が非常に低いことが知られている。そのため、低摩擦の摺動材として軸受や歯車等に用いられていると共に、固体潤滑剤として使用されている。例えば、特許文献1には、各種機器類の摺動部用材料としての四フッ化エチレン樹脂組成物を開示している。
【0003】
固体潤滑剤としてのPTFEは、潤滑剤への添加剤、又はスパッタ膜等の表面コーディングとして利用されている。特に真空ベアリングでは、リテーナー等に使用したPTFEから金属表面に形成された転移膜による固体潤滑が行われる。これは、真空中において、PTFEが金属を相手材として摺動する場合、金属上に緻密な転移膜を形成することを利用したものである。
【特許文献1】特許第2698375号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、大気中での使用におけるPTFEと金属との摺動では、金属表面に潤滑性の高いPTFE転移膜が形成されないため、PTFE転移膜による固体潤滑は真空用途に限られている。これは、大気中で金属表面に形成される酸化物が、金属表面へのPTFE転移膜の形成を阻害することが一因と考えられる。
【0005】
本発明は上述のような技術背景のもとになされたものであり、下記の目的を達成する。
本発明の目的は、大気圧環境下において、潤滑性の高い特性持つPTFE転移膜を金属表面に形成する方法、及びそれを用いた摺動部材を提供することにある。
本発明の目的は、還元性を有する水素ガスを利用して、優れた潤滑性を持つPTFE転移膜を金属表面に形成する方法を提供することにある。
【0006】
本発明の他の目的は、過酷な環境下において、潤滑性の高い特性を持つPTFE転移膜をステンレス合金の表面に形成する方法、及びそれを用いた摺動部材を提供することにある。
本発明の他の目的は、還元性を持つ水素ガスを利用して、ステンレス合金の組成及び/又は表面の粗さを最適化することにより、非常に優れた潤滑特性を持つPTFE転移膜をステンレス合金の表面に形成する方法、及びそれを用いた摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記目的を達成するため、次の手段を採る。
本発明は、金属表面に四フッ化エチレン樹脂(PTFE)転移膜を形成する方法と、この方法により形成された四フッ化エチレン樹脂転移膜を有する摺動部材に関するものである。
【0008】
本発明は、水素ガス雰囲気において、四フッ化エチレン樹脂を金属に接触させて摺動させることによって、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)転移膜を金属の表面に形成することを特徴とする。
この金属は、ステンレス合金であると良い。
【0009】
このステンレス合金の表面の粗さは、算術平均粗さRaで、Ra≧0.009にすることが望ましい。この算術平均粗さRaは、平均線から絶対値偏差の平均値であり、μmで表される。つまり、材料表面の粗さ曲線からその平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の平均線から測定曲線までの偏差の絶対値を合計し、この合計値を基準長さにより平均した値(μm)である。粗さを過剰に大きくすればPTFEの摩耗量が増えるため、粗さRaの上限は、実用的な範囲内である。例えば、Raは、0.5以下であることが好ましい。好ましくは、ステンレス合金の表面の粗さをRa=0.009からRa=0.05程度が良い。
【0010】
これによって、良好な四フッ化エチレン樹脂(PTFE)転移膜の形成が行われる。摺動部材をシールにより密閉構造にして、高純度の水素ガスの封入、又は高純度の水素ガスの連続的吹き込みを行いながら、四フッ化エチレン樹脂を摺動部材に摺動させることによって、四フッ化エチレン樹脂転移膜を摺動部材に形成することが望ましい。
【0011】
水素ガスを満たした容器内で、オーステナイト系ステンレス合金とPTFEを摺動させることにより、潤滑性の高いPTFE転移膜をステンレス合金の表面に形成し、固体潤滑剤として使用する。これにより、真空以外の大気圧環境における用途に対しても、PTFE転移膜による固体潤滑が可能になる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、次の効果が奏される。
本発明によると、水素ガス雰囲気を利用することにより、大気圧環境下においても優れた潤滑特性を持つPTFE転移膜の形成が可能になった。
【0013】
本発明によると、水素ガス雰囲気においてステンレス合金の組成及び/又は表面の粗さを最適化することにより、非常に優れた潤滑特性を持つPTFE転移膜がステンレス合金の表面に形成されることが可能になった。
【0014】
本発明によるとは、PTFE転移膜は機械摺動部での「その場形成」が可能なため、固体潤滑膜の補修、再形成による耐久性向上が可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための最良の形態の実施例を実験例として説明する。
【実施例1】
【0016】
図1は、実施例1に用いたピン試験片1の概要を図示した図であり、図1(a)は平面図、図1(b)正面図である。図2は、実施例1に用いたディスク試験片2の概要を図示した図であり、図2(a)は平面図、図2(b)は正面図である。図3は、実施例1に用いた実験装置の概要を図示した図である。試験片を次のように処理したものを用意した。
【0017】
(PTFEのピン試験片1の用意)
図1に示すように、充填材を含まないPTFEを棒状に押し出し成形した棒材から、旋削により直径6mm、長さ15mmの円柱状の試験片(以下、ピン試験片1という。)を削りだした。削りだしたピン試験片1は、アズワン株式会社(所在地:大阪府大阪市西区江戸堀2丁目1−27)製の超音波洗浄機US−4Aを用い、ヘプタン中にて30分間洗浄した。洗浄したピン試験片1は、ドライヤーにて乾燥後、実験に使用した。
【0018】
(SUS316Lのディスク試験片2の用意)
図2示すように、SUS316L(日本工業規格)の棒材より、直径60mm、厚さ10mmの円盤状の試験片(以下、ディスク試験片2という。)を旋削により作成した。このディスク試験片2の表面を耐水ペーパーにより、流水中で研磨した。更に、ディスク試験片2の表面の粗さを小さくする場合は、株式会社マルトー(所在地:東京都文京区湯島1−1−10)製の精密研磨機ドクターラップML−180を用い、株式会社マルトー(東京都文京区湯島1−1−10)製のポリシングクロス(中質用MM420)上に潤滑油を滴下しながら研磨した。ディスク試験片2の研磨後、アズワン株式会社(大阪市西区江戸堀2丁目1−27)製の超音波洗浄機US−4Aを用い、ディスク試験片2をヘプタン中にて30分間洗浄した。洗浄したディスク試験片2を、ドライヤーにて乾燥後、実験に使用した。
【0019】
〔実験の手順〕
実験には、株式会社ブイテック(所在地:福岡市早良区賀茂1丁目37−18)製の3ピン・オン・ディスク型摩擦試験機VTC-MSN580H(以下、実験装置という。)を使用した。ここで、実験装置の概要を簡単に説明する。図3には、実験装置のチャンバー3の概要を図示している。実験装置は、このチャンバー3の他に動力源のサーボモータ、負荷等を有し、更に、ガスの注入、流出を制御する各種制御機構を有する(いずれも、図示せず。)。
【0020】
チャンバー3内には、ピン試験片1を把持固定するためのピンホルダ4、ディスク試験片2を把持固定するためのディスクホルダ6がある。ピンホルダ4は、回転軸5に連結して、一体的に回転駆動される。回転軸5は、電動モータ等の回転駆動源により回転駆動される。ディスクホルダ6は、スラスト軸受け7を介して負荷軸8に固定されている。更に、ロードセル9を有する。チャンバー3は、ガス流出口10とガス流入口11を有する。
【0021】
ピン試験片1及びディスク試験片2を、実験装置のそれぞれのピンホルダ4とディスクホルダ6に取り付けて固定した。そしてピンホルダ4とディスクホルダ6を試験チャンバー3内の所定の位置に設置した。チャンバー3の蓋(図示せず。)を閉め、ボルトにより固定した。窒素パージによりチャンバー3内の空気を窒素ガスで置換し、パージ時の窒素流量は50ml/min、パージ時間は1時間にした。
【0022】
更に、試験ガスを50ml/minにて1時間流し、チャンバー3内を試験ガスに置換した。試験ガスは、水素、アルゴン、及び空気の内の1種のガスである。負荷棒に錘を載せ、ピン試験片1とディスク試験片2を所定の荷重下において接触させた。実験装置のサーボモータ(図示せず)を始動し、摺動試験を開始した。摺動試験中、チャンバー3内の雰囲気を一定に保つため、試験ガスを50ml/minで流し続けた。滑り距離200mとなった時点で、サーボモータを停止し、試験を終了した。
【0023】
錘をはずし、負荷を取り除いた。チャンバー3に窒素ガスを50ml/minにて一時間流し、チャンバー3内の水素濃度を下げた。チャンバー3の蓋を取り除き、内部からピン試験片1とディスク試験片2を取り出した。ピン試験片1の重量を計量し、重量減少量から体積摩耗量を計算した。ディスク試験片2の表面を光学顕微鏡により観察し、PTFE転移膜の形成状態を観察した。再び、ピン試験片1とディスク試験片2を実験装置に取り付け、総滑り距離が800m又は1200mとなるまで実験を繰り返した。
【0024】
〔実験の主な条件〕
荷重は338N(接触面圧 3.98MPa)である。滑り速度は、20mm/sである。ディスク試験片2の表面粗さは、バフ研磨で磨いてRa=0.006〜0.009μmにした。実験雰囲気は、水素、アルゴン、乾燥空気の3つの環境で行った。本実験時のチャンバー3内の温度の実測値は、22℃から26℃の範囲である。
【0025】
〔PTFE転移膜表面の観察〕
株式会社ニコン(東京都千代田区丸ノ内3−2−3)製の工業用顕微鏡Eclipse LV150を用いて、ディスク試験片2の表面を観察した。ディスク試験片2の表面に形成されたPTFE転移膜の形態を、株式会社ニコン(東京都千代田区丸ノ内3−2−3)製のCCDカメラDS-2Mv−L1により記録した。このCCDカメラで撮影した写真は、図4の写真である。
【0026】
〔PTFE転移膜の潤滑性評価〕
本願発明の発明者等が造った往復動試験機を用い、PTFE転移膜が形成されたディスク試験片2のステンレス表面上を、材料SUJ2の鋼球により摩擦した。この時、鋼球とディスク試験片2の表面間に生じる摩擦力を測定した。この測定の結果は、図5に図示している。この測定で得られた測定結果より、形成されたPTFE転移膜の潤滑性を評価した。このとき、荷重は5Nで、ヘルツ最大接触圧は5MPa、滑り速度は5mm/sであった。
【0027】
〔実験結果について〕
図4は、実施例1の実験の結果を示す図である。図4の写真は、ステンレス合金のディスク試験片2の表面に形成されたPTFE転移膜の状態を示している。写真から、大気中ではPTFE膜は形成されていなくて、水素ガス及びアルゴンガス中ではPTFEの膜が形成されていることがわかる。
【0028】
図5のグラフは、図4の写真で示したステンレス合金のディスク試験片2の表面を鋼球で摩擦し、得られた摩擦係数の時間変化を示している。各グラフの縦軸は往復運動中の代表点にて得られた摩擦係数、横軸は試験の開始から計測時までの摺動距離である。摩擦係数は、計測された摩擦力を荷重により除した値である。図5(a)の乾燥空気の雰囲気の場合、言い換えるとPTFE膜ができていない場合、は、図5(b)と図5(c)と比べて、試験の開始直後から高い摩擦係数が計測されている。
【0029】
これに対し、PTFE膜が形成されている2つの例、図5(b)のアルゴンガスと図5(c)の水素ガスでは、初期の摩擦係数が低くなっている。これは、ステンレス表面に形成されたPTFE転移膜の潤滑性を示している。この結果から、アルゴン及び水素中では、いずれの場合も金属の表面にPTFE膜が形成されたものの、アルゴン中で形成された膜と比較し、水素ガス中で形成された膜が、より潤滑性に優れ、効果も長く持続していることが分かる。
【0030】
これらの写真及びグラフからは、従来報告されていた不活性ガス中と同様に、水素ガス中においても、金属の表面上にPTFE転移膜が容易に形成されることが示された。また、金属の表面に酸化物が形成されると、PTFE転移膜の形成が阻害される可能性が指摘されていた。水素ガスには金属の表面の酸化膜を還元する作用が期待されるため、水素ガス中において金属表面の酸化物が減少し、その結果不活性ガスであるアルゴン中と比較し、より耐久性と潤滑性に優れたPTFE転移膜が形成された可能性がある。
【0031】
図6は、実施例1の摩耗試験の結果を示す図である。図6のグラフは、摩耗試験が進行し滑り距離が増加するのに伴い、PTFEのピン試験片1の摩耗量、つまり重量の減少量、が増加している様子を示している。いずれの場合も、試験機に取り付けられた3本のピン試験片1は、等しい挙動を示している。この3本のピンは、図中にpin1、pin2、pin3と表している。図6のグラフからは、湿り空気中においてPTFEのピン試験片1の摩耗量が一様に増加していることが分かる。
【0032】
これは、ディスク試験片2の表面に安定した転移膜が形成されないため、ピン試験片1からディスク試験片2の表面に移着したPTFEが連続的に脱落し、その結果PTFEが摩耗粉として排出されるためと思われる。一方、アルゴンガス中及び水素ガス中では、一定の滑り距離後、摩耗量の増加が抑制されていることが分かる。
【0033】
これは安定したPTFE膜が形成され、その後のピン試験片1からディスク試験片2へのPTFEの移着が抑制されたためと考えられる。つまり、このデータも湿り空気中と比較し、アルゴン中及び水素中において金属表面上へのPTFE転移膜形成が促進されたことを示しており、水素ガス中においてアルゴンガス中と比較し、より早期に安定した転移膜が形成されたことを示すものと考えられる。
【0034】
従来、窒素等の不活性ガス雰囲気における摺動によっても、PTFE転移膜が金属表面に形成されることが知られていた。しかし、今回の実験により、水素ガス雰囲気において形成された転移膜は、不活性ガスであるアルゴン雰囲気において形成された転移膜と比較し、同等又はさらに優れた潤滑特性を持つことが明らかになった。
【0035】
摺動による転移膜形成には、摺動によりPTFEに負荷される機械的せん断と、摩擦により生じる熱等が関与していると推測される。摩擦界面では、接触によりPTFEが金属表面に接触し、そこに接線方向のせん断力が加わって、PTFEの素材がせん断力により塑性変形されながら金属表面に付着される。よって、PTFEの層状結晶間で滑りが生じ、金属表面に薄いPTFE転移膜が残される。この時、摩擦熱は結晶間の滑り特性、つまりPTFEの変形特性に影響を及ぼし、転移膜形成とPTFEの摩耗特性に関与する推測される。
【0036】
本発明の発明者等は、もっとも主要な因子は上述の機械的せん断と推測している。更に、PTFEの金属面へ接合力は、化学反応と鋲効果の相互作用によると考えられる。金属とPTFEとの摩擦により、PTFEの高分子鎖の主鎖又は側鎖の部分が破断しラジカルが発生すると思われる。特に、側鎖が破断した際に生じるフッ素ラジカルと金属面が反応することで、強い結合が生じると考えられる。
【0037】
この際、大気中の場合は、酸素原子を介して金属原子とラジカルが結合する。これに対し、本願発明の水素雰囲気では、酸素分子が雰囲気中に存在しないことと水素のもつ還元作用により、金属原子とフッ素ラジカルの間で直接結合が生じフッ化金属が形成され、結合がより強固になったと推測される。金属表面を粗くした場合、錨効果によるPTFEの金属表面への移着の誘起と移着量の増加が期待される。
【0038】
水素ガスを満たした容器内で、オーステナイト系ステンレス合金とPTFEを摺動させることにより、潤滑性の高いPTFE転移膜をステンレス合金の表面に形成し、固体潤滑剤として使用する。これにより、真空以外の大気圧環境における用途に対しても摺動部をシールにより密閉構造とし、その中に高純度の水素ガスの封入、又は高純度の水素ガスの連続的吹き込みを行うことにより、PTFE転移膜による固体潤滑が可能になる。
【0039】
スパッタ膜等と比較し、転移膜は機械摺動部での「その場形成」が可能なため、固体潤滑膜の補修、再形成による耐久性向上が期待される点で優位である。この「その場形成」は、材料への前処理により表面に膜を作るのではなく、機械要素として作動中、部品間の摺動に伴い形成されることを意味する。
【実施例2】
【0040】
〔ステンレスの合金組成及び表面粗さを最適化した実験〕
本実施例2は、実施例1と同じ試験装置及び同形状のピン試験片とディスク試験片を用い、同様の手順で実験を行った。ここでは、実施例1と異なる部分のみを記述する。ディスク試験片の材料としては、SUS316LとSUS316の2種類を用いた。これにより、ステンレス合金の組成の違いによるPTFE転移膜の形成の相違を検討した。また、表面の粗さが異なる3種類のSUS316Lディスク試験片を用い、表面の粗さがPTFE転移膜の形成に及ぼす影響を評価した。
【0041】
表面の粗さが異なるディスク試験片は、以下の手順で用意した。SUS316L棒材より、直径60mm、厚さ10mmの円盤状の試験片を旋削し、ディスク試験片とした。ディスク試験片の表面は、耐水ペーパーを用いて流水中にて研磨した。株式会社マルトー(所在地:東京都文京区湯島1−1−10)製の精密研磨機ドクターラップML-180を用い、ディスク試験片の表面の粗さを調整した。
【0042】
ディスク試験片の表面の粗さが粗い(Ra = 0.05)場合は、300番台の耐水ペーパー上に水を滴下しながら精密研磨機により研磨した。ディスク試験片の表面の粗さが中程度の粗さ(Ra = 0.009)の場合は、株式会社マルトー(所在地:東京都文京区湯島1−1−10)製のポリシングクロス(中質用MM420)上に潤滑油を滴下しながら研磨した。
【0043】
ディスク試験片の表面の粗さが最も滑らかな場合(Ra = 0.05)は、株式会社マルトー(所在地:東京都文京区湯島1−1−10)製のポリシングクロス(中質用MM420)上にアクアダイア液(1.0μm、株式会社マルトー(東京都文京区湯島1−1−10)製)を数滴滴下した後、潤滑油を滴下しながら研磨した。ディスク試験片を研磨した後、アズワン株式会社(所在地:大阪市西区江戸堀2丁目1−27)製の超音波洗浄機US-4Aを用い、ヘプタン中にて30分間洗浄した。その後、ライヤーにて乾燥した後、実験に使用した。
【0044】
〔実験結果について〕
図7は、実施例2の実験の結果を示す図である。図7の写真は、表面の粗さが異なるディスク試験片の表面に形成されたPTFE転移膜の状態を示している。図7の(a)〜(c)の写真は、材料がSUS316L、(d)、(e)は材料がSUS316からできているディスク試験片の場合である。図7の写真から、ステンレス合金の表面への水素ガス中におけるPTFE転移膜の形成は、表面の粗さの影響を強く受けることがわかる。
【0045】
表面の粗さをRa = 0.009以上とすることにより、良好なPTFE転移膜の形成が行われることがわかる。また、ディスク試験片上への転移膜の形成は、材料SUS316と比較して、材料SUS316Lの方が顕著であることがわかる。図8は、実施例2の摩耗試験の結果を示す図である。図8のグラフは、実験中の3本のピン試験片1の平均比摩耗量の変化を示している。平均比摩耗量は、単位荷重、単位滑り距離あたりの体積減少量である。図8のグラフの横軸は滑り距離を、縦軸は比摩擦量を示している。
【0046】
図中の矢印位置の結果は、摩耗が少なく重量測定精度の範囲外となったものである。図8のグラフからは、ピン試験片1の比摩耗量が、ステンレス合金の材質、及び表面の粗さの違いにより異なっていることがわかる。材料SUS316Lのディスク試験片の比摩耗量は、表面の粗さが大きくなるに従い減少している。この比摩耗量の減少は、安定した転移膜の形成によりピン試験片1からステンレス合金の表面へのPTFEの移着が抑制された結果と考えられる。
【0047】
そのため、表面の粗さの上昇に伴い比摩耗量が減少したことは、表面の粗さが大きくなったことにより安定した転移膜の形成が促進された結果と考えられる。また、材料SUS316のディスク試験片を用いた場合、SUS316Lの場合と比較して、比摩耗量が大きくなっている。これは、SUS316上に形成された転移膜が、SUS316L上に形成された転移膜と比較して、安定性に劣ることを示していると考えられる。
【0048】
この実験から、水素ガス中において形成された膜の耐久性と潤滑性は、摩擦相手材の合金の組成及び表面の粗さにより異なることが確認できた。よって、水素ガス雰囲気において、ステンレスの合金組成及び表面粗さを最適化することにより、非常に優れた潤滑特性を持つ転移膜がステンレス合金表面に形成されることが実験により明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、グリース等の使用が制限される特殊環境用機械要素において利用すると良い。特に、ベアリング、シール、や歯車減速機等に利用されても良い。更に、通常の大気圧下において、潤滑油やグリース等を潤滑剤として使うことができない環境、例えば、食品衛生関連の製造設備に使用される機械要素等に利用されても良い。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】図1は、実施例1に用いたピン試験片の概要を図示した図である。
【図2】図2は、実施例1に用いたディスク試験片の概要を図示した図である。
【図3】図3は、実施例1に用いた実験装置の概要を図示した図である。
【図4】図4は、実施例1の実験のPTFE転移膜の形態を示す写真である。
【図5】図5は、実施例1の実験のPTFE転移膜の潤滑性評価結果を示すグラフである。
【図6】図6は、実施例1の実験のピン試験片1の摩擦量評価の結果を示すグラフである。
【図7】図7は、実施例2の実験のPTFE転移膜の形態を示す写真である。
【図8】図8は、実施例2の実験のピン試験片の比摩擦量評価の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0051】
1…ピン試験片
2…ディスク試験片
3…チャンバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の表面に四フッ化エチレン樹脂(PTFE)転移膜を形成する方法であって、
水素ガス雰囲気において、四フッ化エチレン樹脂を前記金属に接触させて摺動させることによって、前記四フッ化エチレン樹脂(PTFE)転移膜を金属の表面に形成する
ことを特徴とする金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法において、
前記金属は、ステンレス合金である
ことを特徴とする金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法。
【請求項3】
請求項2に記載の金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法において、
前記ステンレス合金の表面の算術平均粗さRaを0.009以上にする
ことを特徴とする金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法。
【請求項4】
請求項1ないし3の中から選択される1項に記載の金属表面に四フッ化エチレン樹脂転移膜を形成する方法により、形成された四フッ化エチレン樹脂転移膜を有する摺動部材。
【請求項5】
請求項4に記載の摺動部材において、
前記摺動部材をシールにより密閉構造にして、高純度の水素ガスの封入、又は高純度の水素ガスの連続的吹き込みを行いながら、前記四フッ化エチレン樹脂を前記摺動部材に摺動させることによって、前記四フッ化エチレン樹脂転移膜を前記摺動部材に形成する
ことを特徴とする摺動部材。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図4】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2008−290398(P2008−290398A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−139752(P2007−139752)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(507172392)
【Fターム(参考)】