説明

金属部品の製造方法

【課題】本発明の目的は、ステンレス鋼からなり、有機酸、特にシュウ酸が付着しにくい金属部品の製造方法を提供することである。
【解決手段】本発明の金属部品の製造方法は、ステンレス鋼からなる成形品を、酸素を遮断した状態で600℃以上に加熱する第1熱処理工程と、加熱後の前記成形品を、酸素雰囲気中で熱処理する第2熱処理工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼からなる金属部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスク装置(HDD)は、例えばパーソナルコンピュータ等の情報処理装置において使用されている。ハードディスク装置は、スピンドルを中心に回転する磁気ディスクと、アクチュエータアームと、ポジショニング用モータとを含んでいる。アクチュエータアームは、ポジショニング用モータによって、ピボット軸を中心にディスクのトラック幅方向に旋回するように構成されている。アクチュエータアームの先端部には、サスペンションが取付けられている。
【0003】
サスペンションは、アクチュエータアームに固定されるベースプレート(マウントプレートとも称される)と、ベースプレートに直接またはヒンジ部材を介して固定されたロードビームと、ロードビームに沿って配置されたフレキシャ(flexure)とを含んでいる。フレキシャの先端部には、磁気ヘッドを構成するスライダが設けられている。ベースプレートは、オーステナイト系ステンレス鋼(例えばSUS304)などの鉄系金属からなり、プレス加工によって所定の形状に成形されている。
【0004】
サスペンションのベースプレートには、これをアクチュエータに固定するための円筒形のボス部が形成されている。このボス部を、アクチュエータアームに形成された円形の取付孔に挿入し、固定手段によって固定することにより、ベースプレートをアクチュエータアームに固定している。(例えば下記特許文献1参照)
固定手段の一例として、ボス部の内側にスチールボール等の硬いボールを通してボス部の径を広げる塑性加工(いわゆるボールかしめ)を行なうことにより、ボス部の外周面をアクチュエータアームの取付孔の内周面に固定することが行われている。プレス加工によって成形されたボス部が加工硬化している場合には、例えば下記特許文献2に開示されているように、ボールかしめを行なう前に、熱処理を行なうことによってボス部の硬度を下げることが行なわれている。
【0005】
近年、記録密度の増大に伴い、磁気ディスクに対するヘッドの浮上高さが約10nm以下と非常に低くなっている。そのため、ヘッドを支持するサスペンションに対し、非常に高度な清浄度管理が要求される。
【0006】
洗浄の対象となるコンタミネーションは、パーティクル、有機物およびイオン性物質に大別できる。例えば、イオン性物質の評価は、イオンクロマト測定装置を用いたイオンクロマトグラフィー法により行われる。従来から、塩素イオン(Cl)、硫酸イオン(SO2−)、硝酸イオン(NO3−)等は、定められた規格に基づいて厳しく管理されている。一方、有機酸に分類されるシュウ酸は、これまで問題視されていなかったものの、ヘッド浮上高さの低下に伴い、サスペンションに対するその付着が問題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−31872号公報
【特許文献2】特許第3563037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、ステンレス鋼からなり、有機酸、特にシュウ酸が付着しにくい金属部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の金属部品の製造方法は、ステンレス鋼からなる成形品を、酸素を遮断した状態で600℃以上に加熱する第1熱処理工程と、加熱後の前記成形品を、酸素雰囲気中で熱処理する第2熱処理工程とを含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、ステンレス鋼からなり、有機酸、特にシュウ酸が付着しにくい金属部品を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施形態に係る方法によって製造可能な金属部品を含んだハードディスク装置の一例を示す斜視図。
【図2】図1に示すハードディスク装置が含んでいるサスペンションを示す斜視図。
【図3】図2に示すサスペンションの一部を示す断面図。
【図4】実施形態に係る金属部品の製造方法を示すフロー図。
【図5】時間の経過に伴うシュウ酸の付着量の変化を示す図。
【図6】包装材料とシュウ酸の付着量との関係を示す図。
【図7】サスペンションを構成する各種部品のシュウ酸の付着量を示す図。
【図8】従来の製造方法と実施形態に係る製造方法とのシュウ酸の付着量の比較を示す図。
【図9】ベースプレート表面におけるクロム(Cr)原子の状態を示す図。
【図10】ベースプレート表面における鉄(Fe)原子の状態を示す図。
【図11】処理条件とシュウ酸の付着量との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0013】
図1は、実施形態に係る方法によって製造可能な金属部品を含んだハードディスク装置の一例を示す斜視図である。図1に示すハードディスク装置1は、ケース2と、スピンドル3を中心に回転するディスク4と、ピボット軸5を中心に旋回可能なキャリッジ6と、キャリッジ6を旋回させるためのポジショニング用モータ7とを有している。キャリッジ6はアクチュエータアーム8を有し、アクチュエータアーム8にはサスペンション10が固定されている。ケース2は、図示しない蓋によって密閉される。
【0014】
図2は、図1に示すハードディスク装置が含んでいるサスペンションを示す斜視図である。図2に示すサスペンション10は、ベースプレート20を含むベース部21と、ロードビーム22と、配線付きのフレキシャ(flexure with conductors)23とを備えている。
【0015】
ベースプレート20は、例えばプレスによって形成された短円筒形のボス部30を有する。さらに、ベースプレート20は、その厚さ方向に貫通するボール挿通孔31を有する。ボス部30は、ベースプレート20の一方の面20aから厚さ方向に突き出ている。ベースプレート20の厚さは、ロードビーム22の厚さよりも大きくすることができ、例えば100μm前後である。
【0016】
ベースプレート20の材料としては、ステンレス鋼を使用することができる。特に、オーステナイト系ステンレス鋼を使用できる。例えば、C:0.08以下、Si:1.00以下、Mn:2.00以下、Ni:8.00〜10.50、Cr:18.00〜20.00、残部がFeという組成(質量%)を有するSUS304を使用できる。
【0017】
ロードビーム22は、ベースプレート20に重なる基部22aと、先端部22bと、基部22aと先端部22bとの間に位置するビーム部22cと、ヒンジ部22dとを有している。ロードビーム22の基部22aは、レーザ溶接等の固定手段によってベースプレート20に固定されている。ロードビーム22の厚さは、例えば30μm〜100μm前後である。
【0018】
フレキシャ23は、ロードビーム22に沿って配置されている。フレキシャ23の先端部付近に、タング(ジンバル部)25が形成され、このタングにスライダ11が取付けられている。磁気ヘッドとして機能するスライダ11には、読取用素子および書込用素子などが設けられている。図2に示すようにフレキシャ23の延出部23aは、ベースプレート20の一方の側部からベースプレート20の後方に延びている。
【0019】
図3は、図2に示すサスペンションの一部を示す断面図である。具体的には、ベースプレート20のボス部30とアクチュエータアーム8とが接続されている部分を、厚さ方向に切断した断面図として示している。ボス部30には、その軸線に平行なX方向に貫通するボール挿通孔31が形成されている。ベースプレート20の一方の面20a(ボス部30が突き出ている面)が、アクチュエータアーム8のベースプレート取付面60に当接し、さらに、ベースプレート20のボス部30が、アクチュエータアーム8の取付孔40に挿入され、固定されている。
【0020】
ボス部30の取付孔40に対する固定は、例えば次のように行われる。ベースプレート20のボス部30をアクチュエータアーム8の取付孔40に挿入し、ベースプレート20の一方の面20aがアクチュエータアーム8のベースプレート取付面60に当接した状態とする。さらに、ベースプレート20を支持部材61によって支持する。この状態で、かしめ治具として機能するスチールボール等の硬いボール65を、X方向であって矢印P1で示す向きにボール挿通孔31に通す。ボール65がボール挿通孔31に通される前は、ボス部30の外径D1(図2に示す)は取付孔40の内径よりも僅かに小さい。このため、ボス部30を取付孔40に挿入することができる。ボール65はボス部30よりも硬い金属からなり、しかもボール65の径はボール挿通孔31の内径よりも大きい。このため、ボール挿通孔31にボール65を通すと、図3に矢印P2で示すようにボス部30が広がる方向に塑性変形する。このことにより、アクチュエータアーム8の取付孔40の内周面40aにボス部30の外周面30aが固定される。すなわち、第1のサスペンション10のボス部30が「ボールかしめ」によってアクチュエータアーム8の下面に固定される。
【0021】
図4は、実施形態に係る金属部品の製造方法を示すフロー図である。このフロー図によれば、母材に対して、成形工程s1、第1熱処理工程s2および第2熱処理工程s3を順に行うことで、金属部品としてベースプレートを製造することができる。
【0022】
成形工程s1では、母材から成形品を得る。この工程において、例えば、母材に対して圧延、切削、研磨といった加工を行うことができる。また、母材を溶融し、特定の型に流し込み再度凝固させることができる。さらに、光輝焼鈍といった熱処理を行うことができる。
【0023】
実施形態に係る製造方法において、金属部品としてベースプレートを製造する場合には、例えば、成形工程s1において、インゴットの圧延、中間焼鈍(光輝焼鈍)、圧延、プレス成形およびバレル研磨を順に行う。特に、プレス成形によって、ボス部30等が成形される。オーステナイト系のステンレス鋼からなるベースプレート20は加工硬化を生じやすい。そのため、プレスによって成形されたボス部30とその周辺も加工硬化を生じる。
【0024】
次に、成形工程s1によって得られた成形品を、第1熱処理工程s2に供する。第1熱処理工程s2では、成形工程s1によって得られた成形品を、酸素を遮断した状態で600℃以上の、例えば800℃乃至1200℃の第1温度に加熱する。この工程においては、典型的には、酸素を遮断した状態で、先の成形品を第1温度に一定時間維持し、その後、第2温度まで徐冷する。第2温度とは、例えば、常温から後述する第3温度の上限までである。第1熱処理工程s2によって、ステンレス鋼から成る成形品の硬さを下げることができる。この熱処理は、酸素を遮断した焼鈍であるため、光輝焼鈍に該当する。酸素を遮断することにより、成形品の表面の酸化を抑制することができる。酸素の遮断は、水素炉または真空炉を用いることで実現できる。
【0025】
次に、第1熱処理工程に供した成形品を、第2熱処理工程s3に供する。第2熱処理工程s3では、第1熱処理工程に供した成形品に、酸素雰囲気中で熱処理を施す。すなわち、成形品を第3温度で酸素雰囲気にさらす。酸素雰囲気とは、酸素を含む雰囲気のことを意味し、例えば大気である。これにより、成形品の表面に不動態皮膜が再形成されると考えられる。第3温度は、表面が安定化する程度に酸化させ且つ変色しない温度に設定できる。具体的には、150℃から300℃の温度、好ましくは、200℃から250℃の温度とすることができる。熱処理時間、すなわち、成形品を酸素雰囲気中で第3温度に維持する時間は、その他の条件に合わせて適宜設定できる。特に、熱処理時の温度が低い場合、熱処理時間を長くすることが好ましい。例えば、温度が150℃の場合、熱処理時間は60分以上が好ましく、さらには240分以上であることが好ましい。一方、高い温度を用いる場合、熱処理時間が短くても、一定の効果を得ることができる。例えば、温度が200℃を超える場合には、熱処理時間を30分とすることができる。
【0026】
第3温度が第2温度よりも高い場合、第2熱処理工程における熱処理は加熱を伴う。第3温度が第2温度よりも低い場合、第2熱処理工程における熱処理は、加熱を伴ってもよく、加熱なしで行ってもよい。例えば、第1熱処理工程が完了し、成形品が常温まで下がった後に、第2熱処理工程として、成形品を第3温度まで加熱することができる。あるいは、600℃以上の温度から冷却する段階において150から300℃の温度域を通過する際に、成形品を酸素雰囲気にさらすことで、成形品の表面に不動態皮膜を再形成することができる。
【0027】
なお、第1熱処理工程後から第2熱処理工程の開始までの間、成形品を長期間大気に晒さない方が好ましい。第1熱処理工程によって、成形品の表面の不動態皮膜に欠陥が生じる、すなわちその全部または一部が除去されると考えられるが、この状態にある成形品を長期間大気に晒すことで、表面に有機酸が無視できない程度に付着することを避けるためである。
【0028】
また、第2熱処理工程後、金属部品の表面に再形成された不動態皮膜に再び欠陥が生じるような処理を行わないことが好ましい。例えば、還元雰囲気下で熱処理を行わないことが好ましい。
【0029】
実施形態に係る製造方法によって製造される金属部品は、ベースプレートに限られず、ステンレス鋼からなる任意の部品とすることができる。例えば、精密機械および電子機器に含まれる金属部品を製造することできる。一例によれば、ハードディスク装置の部品、特に、フレキシャおよびロードビームといったサスペンションに含まれる部品を製造することができる。
【0030】
実施形態に係る製造方法により、有機酸、特にシュウ酸が付着しにくい金属部品を得ることができる。時間の経過に伴う有機酸の付着が抑制されるため、製造時の品質を長期間維持することができる。特に、ハードディスク装置の部品といった、高度な清浄度が要求される部品において有機酸が付着しにくいことは、ハードディスク装置の性能の向上において重要となる。さらに、実施形態に係る製造方法により製造される金属部品は、一定の柔軟性を有する。これにより「ボールかしめ」といったその後の加工を容易に行うことができる。
【0031】
実施形態に係る製造方法により有機酸の付着が抑制されるメカニズムとしては、次のことが考えられる。
【0032】
ステンレス鋼は、通常、その表面に薄い不動態皮膜を有している。第1熱処理工程において、酸素を遮断した状態でこのステンレス鋼から成る成形品を加熱することにより、不動態皮膜に欠陥が生じる。
【0033】
従来の製造方法は、少なくとも第2熱処理工程を含まない。そのため、得られる金属部品では、表面に生じた不動態皮膜の欠陥が修復されていない。この状態で大気保管した場合、表面において大気中の水や二酸化炭素が反応することにより、シュウ酸といった有機酸が生成される。
【0034】
これに対し、実施形態に係る製造方法では、第1熱処理工程に続いて、第2熱処理工程を行う。第2熱処理工程においては、酸素雰囲気中で熱処理することで、表面に再び不動態皮膜が形成される。このとき、不動態皮膜の再形成は欠陥部分において優先的に生じ、その結果、均一な不動態皮膜が形成される。不動態皮膜の存在により、表面における有機酸の生成が抑制される。したがって、実施形態に係る製造方法により得られた金属部品は、表面に有機酸、特にはシュウ酸が付着しにくい。
【実施例】
【0035】
[例1]
従来の製造方法によって製造したベースプレートにおいて、表面に付着するシュウ酸イオンの量を調べた。2種の製品AおよびBについて、生産直後および一定期間放置した後のシュウ酸イオンの量を測定した。製品Aでは、6ヶ月前に生産したロット、3ヶ月前に生産したロット、2ヶ月前に生産したロットおよび生産直後のロットにおいて測定した。製品Bでは、6ヶ月前に生産したロットおよび3ヶ月前に生産したロットにおいて測定した。それぞれのロットについて、2つの製品を測定した。
【0036】
結果を図5に示す。図中、縦軸は、製品1つ当りのシュウ酸イオンの量(μg)を意味する。図5の製品Aのグラフによると、製造時期が古いロットほどシュウ酸イオンの付着量が大きい。このことから、時間の経過と共にシュウ酸イオンの量が増大することがわかる。また、製品Bにおいても同様な傾向があることから、そのような増大は、製品の違いにかかわらず生じることがわかる。
【0037】
なお、純水により表面を洗浄することで、シュウ酸イオンの量をほぼゼロにできることがわかった。
【0038】
[例2]
従来の製造方法によって製造したベースプレートを、種々の梱包方法によって梱包した場合のシュウ酸イオンの付着量を調べた。
【0039】
梱包したベースプレートとして、次の3種を用意した:
「パックシュリンク」:ベースプレートを高分子フィルム製梱包袋に入れたもの;
「アルミシュリンク」:ベースプレートをアルミ製梱包袋に入れたもの;および
「アルミ+ガス吸着剤」:ベースプレートをアルミ製梱包袋に入れ、さらにガス吸着剤を入れたもの。
【0040】
これらの3種の梱包されたベースプレートを、温度85℃および相対湿度85%の環境下に50時間放置した(以降、この試験を「85/85試験」と称する)。この試験は、3ヶ月間大気中に放置した場合を模している。
【0041】
さらに、比較として、梱包せず、大気に対して暴露されたベースプレートを2つ用意した(「シュリンク無」)。一方は85/85試験を行い、他方は85/85試験を行わず、大気中に50時間放置した。
【0042】
これらの5種のベースプレートについて、一定表面積当りのシュウ酸イオンの付着量を調べた。その結果を図6に示す。
【0043】
図6から、85/85試験を行わない場合と比較して、85/85試験を行ったシュリンク無、パックシュリンクおよびアルミシュリンクでは付着量が増大することがわかる。これに対し、アルミ+ガス吸着剤では、85/85試験を行わない場合と同程度に付着を抑制できることがわかる。
【0044】
このことから、少なくともパックシュリンクおよびアルミシュリンクによる梱包方法は、シュウ酸の付着に対する対策としては不十分であることがわかる。また、アルミ+ガス吸着剤による梱包方法は、シュウ酸の付着に対して一定の効果を得られるものの、ガス吸着剤の使用はコストの増大を招くというデメリットを有する。さらに、そもそも梱包による効果は梱包されている限り有効であり、エンドユーザーがハードディスク装置を使用する時点のような、ベースプレートが梱包材から取り出された後においては効果が得られない。
【0045】
以上より、従来の製造方法によって製造したベースプレートでは、梱包方法を工夫したとしても有効なシュウ酸の付着を防止することができない。
【0046】
[例3]
サスペンションを構成するフレキシャ、ロードビームおよびベースプレートについて、シュウ酸の付着量を比較した。これらの3つの部品は、いずれもステンレス鋼製である。
【0047】
フレキシャおよびベースプレートについては異なる製造元から入手した2種を使用し、ロードビームについては単一の1種を使用した。さらに、これらの5種について、それぞれ2つの製品を使用した。全ての製品は、何れも従来の製造方法によって製造されたものである。
【0048】
85/85試験を行った後、製品1つ当りのシュウ酸イオンの量を測定した。その結果を図7に示す。図7から、ベースプレートは、その他の部品と比較してシュウ酸の付着量が大きいことがわかった。また、2種のフレキシャのうちの1種(フレキシャ2)は、フレキシャ1およびロードビームと比較して付着量が大きいものの、ベースプレートと比較して小さかった。
【0049】
この結果から、サスペンションにおける主なシュウ酸の発生源はベースプレートであることがわかった。
【0050】
また、いずれも共通した材料であるステンレス鋼を用いているにもかかわらず、シュウ酸の付着量の差が生じていることから、本願発明者は、付着量の差がこれらの部品の製造方法の違いに起因すると予想した。この観点から、次の例4を行った。
【0051】
[例4]
例3の結果に基づいて、各部品のシュウ酸付着量の差が、製造方法の違いに起因するか否かを検討した。
【0052】
従来のベースプレートの製造方法では、順に、インゴットの圧延、中間焼鈍(光輝焼鈍)、圧延、プレス成形およびバレル研磨を行った後に、水素焼鈍(光輝焼鈍)を行う。一方、従来のロードビームの製造方法では、順に、インゴットの圧延、中間焼鈍(光輝焼鈍)および圧延の後に、エッチングを行う。このエッチングの工程は、ベーキングの処理、すなわち一定時間加熱する処理を含む。
【0053】
これらの製造方法を比較すると、ベースプレートの製造では、最終段階として水素焼鈍を行うのに対し、ロードビームの製造では、最終段階としてベーキングを行う。この点に着目し、ベースプレートの製造において、従来の製造方法における一連の処理を行った後に、ベーキングの処理を追加する製造方法(本発明)を実施した。ベーキングの処理としては、250℃で4時間の熱処理を行った。
【0054】
また、比較として、従来の製造方法によって製造したベースプレートを用意した。さらに、比較として、従来のロードビームの製造方法における一連の処理を行った後に、水素焼鈍の処理を追加して製造したロードビームを用意した。
【0055】
これら3種の部品について、85/85試験を行ったものと、同試験を行わないものとを用意した。図8に、これら計6つの部品について、シュウ酸イオンの付着量を測定した結果を示す。
【0056】
85/85試験を行わない場合(図中、左から1つ目、2つ目および5つ目)を比較すると、本発明に係る製造方法、すなわち最後にベーキングを行う製造方法によるベースプレートでは、従来のベースプレートと比較してシュウ酸の付着量が小さかった。さらに、本発明に係るベースプレートは、水素焼鈍を行って製造したロードビームと比較してもシュウ酸の付着量が小さかった。
【0057】
さらに、85/85試験を行った場合(図中、左から3つ目、4つ目および6つ目)を比較すると、本発明に係るベースプレートの付着量は、従来のベースプレートおよびロードビームと比較してはるかに小さかった。
【0058】
また、本発明に係るベースプレートにおいて85/85試験を行うことによる付着量の増大量(2つ目と3つ目との差)は、従来のベースプレート(1つ目と4つ目との差)およびロードビーム(5つ目と6つ目との差)における増大量と比較して、はるかに小さかった。
【0059】
以上の結果から、本発明に係る製造方法によって、シュウ酸の付着を防止したベースプレートを製造できることがわかった。
【0060】
[例5]
本発明に係るベースプレートの製造方法に関して、ベーキングの条件の違いによる、表面の金属原子の価数の変化を検討した。
【0061】
図9は、(a)ベーキング処理を行わない場合、(b)200℃および30分間のベーキング処理を行う場合、並びに(c)250℃および240分間のベーキング処理を行う場合における、ベースプレート表面のCr原子の状態をElectron spectroscopy for chemical analysis(ESCA)により分析した結果である。横軸は強度、縦軸は結合エネルギー(eV)をそれぞれ意味する。
【0062】
ベーキングを行わない場合(a)に対して、ベーキングを行う場合(b)および(c)では、図中丸で囲まれる0価のCr原子の量が小さいことがわかる。さらに、(b)および(c)の比較から、ベーキングの程度が高いほど、0価のCr原子の量が小さくなることがわかる。
【0063】
図10は、図9と同様にFe原子について分析した結果である。Cr原子と同様に、Fe原子においても、ベーキングの程度が高いほど0価の原子の量が小さくなることがわかる。
【0064】
[例6]
本発明に係るベースプレートの製造方法に関して、ベーキングの最適な条件を検討した。
【0065】
ベーキング条件として、処理温度を150℃、200℃および250℃のいずれかとし、処理時間を30分、60分および240分のいずれかとした計9通りの処理を行い、9種のベースプレートを製造した。それらについて、85/85試験を行い、シュウ酸の付着量を測定した。
【0066】
また、比較として、従来の製造方法によって製造したベースプレートについて、85/85試験を行ったものと、行わないものとを用意し、それぞれシュウ酸の量を測定した。
【0067】
これらの測定結果を、図11に示す。図中、左から、処理温度を150℃とした3つ、200℃とした3つおよび250℃とした3つが並んでおり、それぞれの温度について、左から処理温度を30分、60分および240分の3つが並ぶ。また、右から2つは、従来の製造方法によるベースプレートの結果である。
【0068】
温度の比較から、温度が高いほどシュウ酸の付着を防止する効果が高いことがわかる。また時間の比較から、処理時間が長いほど同効果が高いことがわかる。温度が150℃である場合、30分の処理時間では従来の製造方法と比較して十分な効果を得られていない。しかしながら、温度が150℃であっても、処理時間を長くすることで一定の効果を得ることができる。また、温度を250℃とする場合には、処理時間が30分でも十分効果が得られることがわかる。
【符号の説明】
【0069】
1…ハードディスク装置、2…ケース、3…スピンドル、4…ディスク、5…ピボット軸、6…キャリッジ、7…ポジショニング用モータ、8…アクチュエータアーム、10…サスペンション、11…スライダ、20…ベースプレート、20a…面、21…ベース部、22…ロードビーム、22a…基部、22b…先端部、22c…ビーム部、22d…ヒンジ部、23…フレキシャ、23a…延出部、25…タング(ジンバル部)、30…ボス部、30a…外周面、31…ボール挿通孔、40…取付孔、40a…内周面、60…ベースプレート取付面、61…支持部材、65…ボール。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼からなる成形品を、酸素を遮断した状態で600℃以上に加熱する第1熱処理工程と、
加熱後の前記成形品を、酸素雰囲気中で熱処理する第2熱処理工程と
を含む金属部品の製造方法。
【請求項2】
前記第2熱処理工程における熱処理は、150℃から300℃の温度で行われる請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記第2熱処理工程における熱処理は、200℃から250℃の温度で行われる請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記第1熱処理工程における加熱が水素炉または真空炉において行われる請求項1から3の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記金属部品が、ハードディスク装置のサスペンションに含まれる部品である請求項1から4の何れか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記部品がベースプレートである請求項5に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−69376(P2013−69376A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−207928(P2011−207928)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(000004640)日本発條株式会社 (1,048)
【Fターム(参考)】