説明

金属部材の防錆膜形成方法

【課題】高い圧力で負荷を掛けなくても金属表面の付着物に対する洗浄能力が十分に高く、そのような付着物を短時間で十分に除去することができ、また、大型の処理装置を必要とせず、その後の防錆膜形成工程において、強固な防錆膜を均一に形成することができる金属部材の防錆膜形成方法を提供すること。
【解決手段】加熱および加圧された水(洗浄水10)と、加圧された気体(窒素ガス25)とを混合することにより得られた気液2流体8を用いて、金属部材(銅あるいは銅合金線材1)の表面の油状物質を除去し、その表面に酸化銅層を形成した後に、金属部材(銅あるいは銅合金線材1)を防錆剤を含む溶液で処理する、金属部材の防錆膜形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板、線あるいはパイプ等に金属加工された銅あるいは銅合金材などの金属部材に対して適用され、その表面の油分および/あるいは酸等を短時間で十分に除去することができるとともに、その後の防錆膜形成工程において、強固な防錆膜を均一に形成することができる金属部材の防錆膜形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に、銅あるいは銅合金材の防錆剤として、ベンゾトリアゾール(BTA)あるいはその誘導体が使用されている。以下、BTAおよびその誘導体を総称して、単にBTAという。このBTAの防錆効果は、銅あるいは銅合金材の表面にBTA高分子膜を形成することによるものである。すなわち、銅あるいは銅合金材の表面には、必ず、原子オーダーの薄い酸化銅の皮膜が自然に形成されているが、BTA分子はこの酸化銅と強い配位結合を形成するとともに、BTA分子同士も共有結合して、銅あるいは銅合金材の表面に強固なBTA高分子膜を形成する。このようにして形成されたBTA高分子膜は、銅あるいは銅合金材に対する密着性が優れているとともに、極めて優れた耐食性を示し、銅あるいは銅合金材の表面を腐食およびそれに起因する変色から保護する。
【0003】
図2に、このBTAによる従来の銅あるいは銅合金材の防錆膜形成方法を示す。まず、板、線あるいはパイプ等の形状に金属加工された銅あるいは銅合金材を酸洗することにより脱脂し(ステップ1)、水洗した後(ステップ2)、一旦、乾燥する(ステップ3)。ステップ1の酸洗は、金属加工された銅あるいは銅合金材の表面に形成されている酸化物の除去あるいは加工油の除去を目的とし、硫酸、硝酸、塩酸、リン酸等を使用して実施される。また、ステップ3の乾燥は、この乾燥処理により銅あるいは銅合金材の処理材の表面に薄い酸化銅の層が形成されるので、BTAが処理材と反応しやすくなる効果がある。その後、処理材をBTAを含んだ溶液に浸漬するか、あるいはこの溶液を処理材に塗布してBTA処理し(ステップ4)、最後に、乾燥して(ステップ5)、製品とする。ステップ4におけるBTA処理には、水、アルコール、あるいは塩素系溶剤等の溶媒にBTAを溶解させた溶液を使用する。この防錆処理溶液の温度は40℃〜80℃であることが好ましい。
【0004】
前記ステップ1〜5の工程において、BTAの防錆膜が処理材の表面に十分な厚さに皮膜されていない場合は、再度、ステップ2の水洗、ステップ3の乾燥、ステップ4のBTA処理およびステップ5の乾燥の各工程を経て、十分な厚さの皮膜を形成する。なお、ステップ5の乾燥は、防錆膜としてのBTA高分子層をより強固にするために行う。この乾燥処理には、150℃以下の熱風を使用することができる。
【0005】
また、図2に示すステップ2〜5の一連の工程は、通常、1回の処理のみで終了する場合が多いが、実際には2回以上処理を繰り返すことが好ましい。その場合には、ステップ5の終了後、弱い酸洗を行い、酸洗後にステップ2〜5を実施してもよい。ステップ2〜5を繰り返すのは、1回目の処理で完全なBTAの防錆膜が形成されないことがあり、その欠陥部分に対して、2回目以降の処理により、完全なBTAの防錆膜を形成しようとするためである。
【0006】
しかしながら、この防錆膜形成方法においては、ステップ2〜5を複数回繰り返しても完全にはBTAの防錆膜が形成されず、欠陥部分が残存するという問題がある。また、ステップ2〜5を複数回繰り返すことにより、時間的なロスも生じる。
【0007】
このことから、従来、特許文献1に記載されているように、銅あるいは銅合金材の表面に60℃の温水を噴出圧力10〜200kgf/cm2の高圧ジェット噴流で吹き付け、しかる後に、銅あるいは銅合金材をBTA処理する方法が提案されている。
【0008】
このほか従来技術として、特許文献2に記載されているように、銅あるいは銅合金材の表面に水をジェット噴流で吹き付けた後、同じようにBTAを含む溶液をジェット噴流で吹き付けて銅あるいは銅合金材をBTA処理する方法、特許文献3に記載されているように、BTA等の防錆剤を含む溶液に超音波振動を与える方法、特許文献4に記載されているように、酸洗工程で銅あるいは銅合金材の表面に酸性溶液をジェット噴流で吹き付け、水洗した後、銅あるいは銅合金材をBTA処理する方法、特許文献5に記載されているように、銅あるいは銅合金材の表面に固体微粒子を含む溶液をジェット噴流で吹き付けた後、銅あるいは銅合金材をBTA処理する方法、特許文献6に記載されているように、銅あるいは銅合金材の表面にBTAを含む溶液をジェット噴流で吹き付けて銅あるいは銅合金材をBTA処理する方法などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許3192950号公報
【特許文献2】特開2001−220693号公報
【特許文献3】特開平9−316671号公報
【特許文献4】特開平9−316670号公報
【特許文献5】特開平9−209180号公報
【特許文献6】特開平9−41167号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載の従来技術の特徴の一つに、噴出圧力10〜200kgf/cm2の高圧ジェット噴流を使用することが挙げられる。この従来技術の場合、高圧のジェット噴流の使用により銅あるいは銅合金材に対する洗浄力を高めているわけであるが、高圧ゆえに機械的負荷が大きく、処理装置に対するダメージ、更に場合によっては製品に対するダメージが大きいという本質的な欠点を内在している。
【0011】
この結果、処理装置に対するダメージが大きいことにより、メンテナンスに係わる作業が増加してしまうという欠点が顕著になる。例えば、高圧ポンプのシール材の劣化が早いこと、高圧スプレーノズルの磨耗が大きいこと、また、静電気の発生が大きいことなどが挙げられる。また、製品に対するダメージが大きいことにより、製品としての銅板や銅線等が薄くあるいは細い場合には、高圧ジェット噴流により製品の変形を引き起こしてしまい、これにより製品の品質低下を招くことが挙げられる。
【0012】
特許文献2〜6に記載の従来技術においても、噴出圧力10〜200kgf/cm2の高圧ジェット噴流を使用する場合には、上記と同様な問題点を内在している。
【0013】
また、特許文献2に記載の従来技術においては、水の温度が60℃以下の場合あるいは水の噴射圧力が10kgf/cm2以下の場合に、洗浄力が不十分であるという欠点がある。
【0014】
また、特許文献3に記載の従来技術においては、超音波洗浄であるので、短時間での洗浄力が不十分であるという欠点がある。洗浄時間を増やして洗浄力を高めようとすると、処理装置が非常に大型化されたり、装置価格が高価になったりする欠点がある。
【0015】
また、特許文献4に記載の従来技術においては、酸性溶液のジェット噴流を使用するので、ノズルなどの金属部品の腐食の進行速度が早まってしまう欠点がある。酸性のミストが周囲に発散してしまう危険性も生じる。
【0016】
また、特許文献5に記載の従来技術においては、BTAを含む溶液に混ぜてアルミナ等の固体粒子を使うので、製品たる銅あるいは銅合金材の表面が凹凸になってしまい、その表面平滑性に悪影響を及ぼすこと、すなわち製品の表面品質の低下を招く危険性が増大する。
【0017】
また、特許文献6に記載の従来技術においては、水の温度が60℃以下の場合あるいは水の噴射圧力が10kgf/cm2以下の場合に、洗浄力が不十分なことに加えて、洗浄水そのものにBTAを加えるので、BTAの使用量が非常に多くなってしまう欠点がある。
【0018】
したがって、本発明の目的は、高い圧力で負荷を掛けなくても金属表面の付着物に対する洗浄能力が十分に高く、そのような付着物を短時間で十分に除去することができ、また、大型の処理装置を必要とせず、その後の防錆膜形成工程において、強固な防錆膜を均一に形成することができる金属部材の防錆膜形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記目的を達成するために請求項1の発明は、加熱および加圧された水と、加圧された気体とを混合することにより得られた気液2流体を用いて、金属部材の表面の油状物質を除去し、その表面に酸化銅層を形成した後に、前記金属部材を防錆剤を含む溶液で処理することを特徴とする金属部材の防錆膜形成方法を提供する。
【0020】
上記において、気体としては、窒素ガスを使用することが好ましいが、空気や水蒸気等の気体を使用することも勿論可能である。
【0021】
また、防錆剤としては、BTAを使用することが好ましい。
【0022】
また、防錆剤を含む溶液の溶媒としては、水、アルコール、あるいは塩素系溶剤等の溶媒を使用することが好ましい。
【0023】
この金属部材の防錆膜形成方法によれば、上記構成の採用により、特に、加熱および加圧された水と、加圧された気体とを混合することにより得られた気液2流体を用いて、金属部材の表面の油状物質を除去することにより、高い圧力で負荷を掛けなくても金属表面の付着物に対する洗浄能力が十分に高く、そのような付着物を短時間で十分に除去することができ、また、大型の処理装置を必要とせず、その後の防錆膜形成工程において、強固な防錆膜を均一に形成することができる。
【0024】
請求項2の発明は、前記加熱および加圧された水の圧力が、0.1MPa〜0.98MPa未満であることを特徴とする請求項1に記載の金属部材の防錆膜形成方法を提供する。
【0025】
本発明において、金属部材に対する洗浄力を高めるためには、加熱および加圧された水の圧力は0.1MPa〜0.98MPa未満であることが好ましく、圧力0.1MPa未満の場合、液滴を形成する力が弱く、通常、実施されていた水洗と同程度の効果しか得られないからである。一方、圧力0.98MPa以上であると、銅あるいは金属部材の変形等が発生しやすくなる。この方法によれば、上記効果に加えて、上記構成の採用により、金属部材に対する洗浄力をより高めることができる。
【0026】
請求項3の発明は、前記気液2流体の温度が、60℃〜100℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属部材の防錆膜形成方法を提供する。
【0027】
本発明において、金属部材に対する洗浄力を高めるためには、気液2流体の温度は60℃〜100℃であることが好ましく、この方法によれば、上記効果に加えて、上記構成の採用により、金属部材に対する洗浄力をより高めることができる。
【0028】
特に、加熱および加圧された水の圧力が0.1MPa〜0.98MPa未満であるとともに、気液2流体の温度が60℃〜100℃であることにより、金属部材に対する洗浄力をより一層高めることができる。これは、その気液2流体が常圧下で沸騰する自己生成の気液2流体となるからである。さらに、この場合、加圧された気体の圧力も0.1MPa〜0.98MPa未満であることが好ましく、この方法によれば、金属部材に向けて気液2流体を例えばノズルから適正な圧力で吐出させることができ、その液滴を金属部材に向けて加速衝突させることにより、金属部材の表面の付着物である加工油等の油状物質を容易に除去することができ、同時に、金属部材の表面に好ましい酸化銅の層を均一に形成することができる。これにより、その後のBTA処理等の防錆膜形成工程において、金属部材の表面に強固な防錆膜を均一に形成することができる。
【0029】
請求項4の発明は、前記気液2流体の水の液滴径が、1μm〜100μmであることを特徴とする請求項1乃至3に記載の金属部材の防錆膜形成方法を提供する。
【0030】
本発明によって、金属部材の表面の付着物である加工油等の油状物質が除去されるメカニズムは、本発明者らの検討結果によると、以下の通りである。すなわち、付着物である加工油等の油状物質は、衝突する気液2流体の液滴から運動エネルギーを受け取り、その運動エネルギーの大きさが金属部材との付着エネルギー以上である場合、金属部材の表面から離脱する。また、水に不溶性である加工油等の油状物質を、水を主体とする気液2流体と接触させる場合、油状物質は気液2流体を構成する液滴に溶解することができないため、液滴と気体の界面に集合する。しかし、金属部材の表面は一定の膜厚で液体膜に覆われているため、液滴と気体の界面に集合できなかった油状物質は、ある確率で金属部材の表面に再付着する。
【0031】
従って、本発明においては、気液2流体が持つ気液界面の面積が大きいほど油状物質の集合能力が高いので金属部材に対する洗浄能力が高く、気液2流体を構成する液体の量が同一であれば、液滴径が小さいほど気液界面の面積が大きく金属部材に対する洗浄能力が高いといえる。本発明者らの検討によると、液滴径の上限は100μmであることが好ましい。一方、液滴径の下限は液滴の蒸発速度との関係で決まる。すなわち、例えばノズルの先端で液滴が形成しても、金属部材の表面に到達する前に蒸発するならば洗浄には寄与しない。本発明者らの検討によると、液滴径が1μm以上であればノズルと金属部材の表面との間の距離を適切に保つことにより、液滴が蒸発する前に金属部材に対する洗浄処理を行うことができる。
【0032】
この方法によれば、上記効果に加えて、上記構成の採用により、金属部材に対する洗浄処理を確実且つ効果的に行うことができる。
【0033】
請求項5の発明は、前記防錆剤が、ベンゾトリアゾールあるいはその誘導体であることを特徴とする請求項1乃至4に記載の金属部材の防錆膜形成方法を提供する。
【0034】
この方法によれば、上記効果に加えて、上記構成の採用により、銅あるいは銅合金材などの金属部材に対して、BTA処理により、その表面に強固な防錆膜を均一に形成することができる。
【発明の効果】
【0035】
本発明の金属部材の防錆膜形成方法によれば、高い圧力で負荷を掛けなくても金属表面の付着物に対する洗浄能力が十分に高く、そのような付着物を短時間で十分に除去することができ、また、大型の処理装置を必要とせず、その後の防錆膜形成工程において、強固な防錆膜を均一に形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の一実施の形態に係る金属部材の防錆膜形成方法の概要を示す説明図である。
【図2】従来の金属部材の防錆膜形成方法の各工程を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、図1に基づいて本発明の好適な実施の形態を詳述する。図1の実施の形態では、金属部材として、図示しない引抜きダイスを通して伸線加工された銅あるいは銅合金線材1を使用した。なお、引抜ダイスによらず圧延加工により加工された銅あるいは銅合金条材に対して本発明を適用することも勿論可能である。
【0038】
まず、BTA処理の前処理として、箱状の前処理容器2内に線材1を矢印方向に水平に通す。なお、この前処理については、線材1が伸線加工された直後であれば、線材1の表面にはほとんど酸化膜が形成されていないので、図2におけるステップ1の酸洗工程を省略して、直接、前処理容器2内に線材1を通すことができる。これに対し、線材1が伸線加工された直後でない場合は、線材1を酸洗し、一次水洗した後、前処理容器2内に線材1を通すものとする。一次水洗は、前処理効果を高めるために有効である。
【0039】
酸洗に使用する酸としては、例えば硫酸、塩酸、硝酸等の無機酸が一般的であり、濃度40%以下、より好ましくは20%以下の無機酸を使用することが好ましい。本実施の形態では、濃度5%の硫酸水溶液を使用した。
【0040】
前処理容器2は、例えば一辺が約20cmの箱状をなし、2本のスプレーノズル3、3の先端4、4を臨ませる導入口5、5が夫々上壁に形成されており、下壁にはその導入口5、5に対応する排出口6形成されている。また、前処理容器2の両側壁には線材1が通過する通過孔7が夫々形成されている。この両側壁間の距離は約20cmである。従って、線材1は前処理容器2内を矢印方向に通過する間にその長さ20cmの範囲に亘って連続的に前処理される。線材1は前処理容器2の上流側および下流側に配置された図示しない送り出し装置および巻き取り装置によって矢印方向に連続的に移動される。この後、線材1にはその表面にBTAの防錆膜を形成するため、図示しないBTA処理が施される。
【0041】
このように前処理容器2を使用して前処理し、線材1の表面を洗浄する本実施の形態では、線材1を矢印方向に移動させながら、スプレーノズル3、3の先端4、4から気液2流体8を噴射させて、前処理容器2内の線材1の表面に衝突させる。これにより、線材1の表面に付着されている酸化物および油状物質が除去されるとともに、線材1表面に薄くて好ましい酸化銅の層が形成される。ちなみに、この酸化銅はCu2O(酸化第一銅)と推定される。また、このときの線材1の移動速度を30m/分、即ち、0.5m/秒とすると、長さ20cm当たりの線材1の前処理時間は0.4秒となり、短い処理時間であるにも拘らず、線材1表面に付着されている酸化物および油状物質の除去効果は非常に高くなる。
【0042】
ここで、図1において気液2流体8の発生手段の概要を説明する。
【0043】
密閉可能なタンク9に洗浄水10を投入し、タンク9の外壁面に設置されたヒータ11に通電することよって洗浄水10を加熱する。洗浄水10の温度はタンク9内に差し込まれた熱電対12に基づいて、温度調節計13によって調節できるようにされている。洗浄水10の温度は、例えば60℃〜100℃に調節される。14は熱電対12と温度調節計13とを結ぶ配線である。
【0044】
また、タンク9には圧力計15が設置されており、タンク9内の圧力を測定できるようにされている。
【0045】
また、タンク9内には攪拌子16が投入されており、タンク9の下部に設置されたマグネチックスターラ17を駆動させることによって洗浄水10を攪拌し、洗浄水10の温度を均一に保持できるようにされている。
【0046】
一方、窒素ガスボンベ18からの配管19がタンク9に連結されており、減圧弁20によって圧力調整された窒素ガス21がタンク9内に注入される。これによりタンク9内の圧力を高めることができる。例えば、タンク9内の温度を約80℃にした場合、タンク9内の圧力は約0.1MPaであるが、ここで減圧弁20によって約0.5MPaに減圧調整された窒素ガス21をタンク9内に注入した場合、温度を変えないで、タンク9内の圧力を約0.5MPaに高めることができる。
【0047】
このようにしてタンク9内で加熱加圧された洗浄水10は、配管22、流量調節バルブ23等を経由してスプレーノズル3に導かれる。
【0048】
他方、これとは別個に設置された窒素ガスボンベ24からの窒素ガス25は、減圧弁26、配管27、流量調節バルブ28等を経由してスプレーノズル3に導かれる。
【0049】
スプレーノズル3では、加熱加圧された洗浄水10の配管22と窒素ガス25の配管27とが合わさり、スプレーノズル3は、図示しないが、その先端付近において加熱加圧された洗浄水10と窒素ガス25とが混合して気液2流体8を形成するとともに、スプレーノズル3の先端4、4から気液2流体8を排出するように構成されている。なお、窒素ガス21、25の代わりに、空気や水蒸気を使用してもよいことは勿論である。気液2流体8は、ほぼ水と空気から構成されているので、大気中に排出しても環境への負荷が小さいことは言うまでもない。
【0050】
本実施の形態では、加熱加圧された洗浄水10は、温度60℃〜100℃、圧力0.1MPa〜0.98MPa未満とした。温度/圧力が、60℃/0.1MPa未満の場合、洗浄力が弱く、通常、実施されていた水洗と同程度の効果しか得られないからである。一方、温度/圧力が、100℃を超え0.98MPa以上であると、銅あるいは銅合金線材1の変形や変色等が発生しやすくなる。また、加熱のためのエネルギ損失が大きく、経済的でない。
【0051】
また、本実施の形態では、加圧された気体である窒素ガス25は、圧力0.1MPa〜0.98MPa未満とした。圧力0.1MPa未満の場合、液滴を形成する力が弱く、通常、実施されていた水洗と同程度の効果しか得られないからである。一方、圧力0.98MPa以上であると、銅あるいは銅合金線材1の変形等が発生しやすくなる。
【0052】
また、本実施の形態では、スプレーノズル3の先端4、4から線材1までの距離は、近いほど洗浄力が高いが、走行中の線材1は動くので接する状態とすることは実際的には非常に難しく、その距離は、例えば1mm〜200mm程度が好ましく、5mm〜200mm程度がより好ましい。この点を踏まえて、本実施の形態では、スプレーノズル3の先端4、4から線材1までの距離を30mmとした。
【0053】
上記前処理後、線材1にはその表面にBTAの防錆膜を形成するため、図示しないBTA処理が施される。このBTA処理に適用できる防錆剤としては、例えば、1H-benzotriazole(BTAと称す)、4-methyl-1.H-benzotriazole(TTAと称す)、4-carboxyl-1.H-benzotriazole、sodium tolyltriazzole、5-methyl-1.H-benzotriazole(TTAと称す)、benzotriazole buthyl ester、silver benzotriazole、5-chloro-1.H-benzotriazole、1-chloro benzotriazole等がある。
【0054】
本実施の形態の線材1の防錆膜形成方法によれば、従来の酸洗、水洗および乾燥による前処理方法と比較して、線材1表面に付着されている酸化物および油状物質を短時間で十分に除去することができるとともに、線材1表面に防錆膜が形成されやすい薄い酸化銅の層を均一に形成することができる。従って、この後のBTA処理工程において、線材1の表面に強固な防錆膜を均一に形成することができ、線材1の表面を腐食および変色から確実に保護することが可能になる。
【実施例】
【0055】
図1に基づいて、加熱(60℃〜100℃)および加圧(0.1MPa〜0.98MPa未満)された洗浄水10と、加圧(0.1MPa〜0.98MPa未満)された気体である窒素ガス25とを混合することにより得られた気液2流体8を、スプレーノズル3、3の先端4、4から噴射させ、前処理容器2内を通過する銅あるいは銅合金線材1の表面に吹き付けて、銅あるいは銅合金線材1の表面を洗浄しその表面に付着されている酸化物および油状物質を除去するとともに、その表面に薄い酸化銅層を形成した後に、銅あるいは銅合金線材1をベンゾトリアゾールあるいはその誘導体を含む溶液でいわゆるBTA処理した。
【0056】
次に、本発明の効果を検証するため、上記実施例により得られた線材と、比較例として従来例に基づき水洗および熱風乾燥させた後、同様にBTA処理して得られた銅あるいは銅合金線材とを用いて、夫々、熱風乾燥させた後、硫化ソーダ試験を行った。
【0057】
この硫化ソーダ試験は、銅あるいは銅合金線材の防錆効果を評価する方法として一般に実施されているものであり、100ppmの硫化ソーダ水溶液中に対象となる試験線材を浸漬し、一定時間経過後の試験線材の表面の変色程度を評価する方法である。
【0058】
硫化ソーダ試験の評価結果を表1に示す。
【0059】
但し、本試験では、試験線材としては直径0.3mmのタフピッチ銅線を使用し、BTA処理後の熱風乾燥条件は静止状態で30秒間とした。また、BTA処理は40℃のBTA0.1%水溶液中に線材を1分間浸漬させて行った。
【0060】
表1中の評価結果欄については、「○」は試験線材の表面がまったく変色しないこと、「△」はわずかに変色したこと、「×」は著しく変色したことを示す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1より、比較例については、時間の経過によって試験線材の表面の変色が進行し、試験線材の表面に完全な防錆膜が形成されていないことが分かる。一方、本発明の実施例については、硫化ソーダ水溶液中に浸漬して5分経過した後でも、試験線材の表面の変色が認められず、試験線材の表面に極めて優れた防錆膜が形成されていることが分かる。このことから、加熱および加圧された水と加圧された気体とを混合することにより得られた気液2流体を用いる場合は、圧力たかだか0.5MPa程度であっても、十分に高い洗浄能力が得られ、その後の防錆膜形成工程において、強固な防錆膜を均一に形成することができることが明らかである。
【符号の説明】
【0063】
1 銅あるいは銅合金線材
2 前処理容器
3 スプレーノズル
4 先端
5 導入口
6 排出口
7 通過孔
8 気液2流体
9 タンク
10 洗浄水
11 ヒータ
12 熱電対
13 温度調節計
14 配線
15 圧力計
16 攪拌子
17 マグネチックスターラ
18 、24 窒素ガスボンベ
19、22、27 配管
20、26 減圧弁
21、25 窒素ガス
23、28 流量調節バルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱および加圧された水と、加圧された気体とを混合することにより得られた気液2流体を用いて、金属部材の表面の油状物質を除去し、その表面に酸化銅層を形成した後に、前記金属部材を防錆剤を含む溶液で処理することを特徴とする金属部材の防錆膜形成方法。
【請求項2】
前記加熱および加圧された水の圧力が、0.1MPa〜0.98MPa未満であることを特徴とする請求項1に記載の金属部材の防錆膜形成方法。
【請求項3】
前記気液2流体の温度が、60℃〜100℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載の金属部材の防錆膜形成方法。
【請求項4】
前記気液2流体の水の液滴径が、1μm〜100μmであることを特徴とする請求項1乃至3に記載の金属部材の防錆膜形成方法。
【請求項5】
前記防錆剤が、ベンゾトリアゾールあるいはその誘導体であることを特徴とする請求項1乃至4に記載の金属部材の防錆膜形成方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−168854(P2011−168854A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34888(P2010−34888)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】