説明

金属酸化物層被覆樹脂製品の製造方法及びその樹脂製品

【課題】金属酸化物層被覆樹脂製品の製造方法及びその製品を提供する。
【解決手段】金属基板を陽極酸化することにより形成した垂直配向した金属酸化物の細孔内に、液状樹脂、あるいはガラス転位温度以上の加熱により軟化した樹脂を、注入・固化させ、当該樹脂表面に、金属酸化物層を形成することにより、上記樹脂表面へ金属酸化物層がコーティングされた金属酸化物層被覆樹脂製品を製造する樹脂製品の製造方法、上記陽極酸化に用いる基板が、アルミニウム、チタン、ニオブ、亜鉛、マグネシウム、又はタンタルの金属基板であり、表面の算術平均面粗さが5nm以下であり、陽極酸化により形成した金属酸化物層の膜厚が、100nm〜10μmで、細孔内径が、5〜500nmである、上記樹脂製品の製造方法、及びその樹脂製品。
【効果】透明樹脂本来の光学特性を損なうことなく、金属酸化物層を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属酸化物層被覆樹脂製品の製造方法及びその樹脂製品に関するものであり、更に詳しくは、光学特性を維持したまま、樹脂(プラスチック)表面に、耐摩耗性、硬度に優れた金属酸化物皮膜の厚膜(1μm以上)を、クラックフリーで形成することを可能にする金属酸化物の皮膜を形成した金属酸化物被覆樹脂製品の製造方法及びその金属酸化物の皮膜を形成した金属酸化物被覆樹脂製品に関するものである。本発明は、硬度、耐摩耗性、透明性に優れた金属酸化物層を密着性よく樹脂表面に露出させた金属酸化物皮膜形成樹脂製品を製造することを可能とする樹脂への新しいコーティング技術に関する新技術・新製品を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、プラスチックのような耐摩耗性、硬度に劣る基材の表面を、酸化シリコン(SiO、モース硬度7)に代表される各種酸化物皮膜で被覆し、耐摩耗性を向上させるハードコーティング処理が盛んに行われている。しかしながら、プラスチック基材は、一般的に、材料自身の耐熱性が低いため、低温でのコーティング技術が必要不可欠であり、ドライプロセスやウエットプロセス、それらの複合プロセスを利用した様々な表面改質方法が提案されている。
【0003】
プラスチックに、耐摩耗性、硬度を付与するために、基材の表面に、SiO系の硬質皮膜を、プラズマCVDやPVDに代表されるドライプロセス、ディップコーティングやスピンコーティングに代表されるウエットプロセスにより、ガラス転位温度以下で成膜するハードコーティング技術が開発されている(例えば、特許文献1、特許文献2)。しかし、最近では、自動車部品に用いられるプラスチック製品(各種ウインド、ムーンルーフ等)は、長期間の耐久性の保証等の点で、更なる機械的特性の改善が求められている。
【0004】
様々な酸化物の中で、アルミナ(Al)は、その優れた透明性、硬度(モース硬度9)から、究極のハードコーティング材として注目されているものの、必要とされる成膜温度の観点から、樹脂表面へのコーティングは極めて困難である。例えば、ゾルーゲル法では、(非特許文献1、非特許文献2)、皮膜中の有機成分を完全に除去し、皮膜の強度や密着性を向上させるために、高温での処理が必要であるが、高温処理は、クラックやポアの生成を促進する、という問題があり、また、成膜中に発生する引張応力のため、保護層として必要とされる1μm以上の膜厚の皮膜形成は、困難であるという問題があった。
【0005】
Kelekanjeriらは、CVD法により(非特許文献3)、1〜2nm/秒の成長速度で、1〜2μmの膜厚の結晶性アルミナ薄膜を、数1050〜1125℃で作製している。250℃でも成膜しているが、得られた皮膜には、炭素が不純物として含有している。
【0006】
また、パルス反応性マグネトロンスパッタリング法により、CVD法で作製する温度(400〜900℃)よりも低温で、固くて透明な結晶性アルミナ皮膜を作製することができる(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6)。膜厚は、4〜6μm(成長速度は、0.3〜2nm/秒)であるが、成膜温度は、樹脂のガラス転位温度以上である。
【0007】
また、Hirschauerらは、パルスレーザー堆積法(非特許文献7)により、高い配向性をもった結晶性アルミナ薄膜を、850℃で成膜している。この手法では、膜厚は、わずか数nmであった。いずれの手法においても、成膜温度が高く、基板とアルミナ皮膜間の熱膨張係数の違いや、皮膜堆積中の熱応力により、剥離・クラックが発生する。
【0008】
それを抑制するために、膜厚をナノメータスケール(数10nm〜数100nm)で制御している場合が多い。光学特性、耐摩耗性に優れた金属酸化物、特に、アルミナ皮膜を、樹脂上に、密着性よく、クラックフリーで、かつ厚く(1μm以上)成膜する技術は、未だ確立されていないのが実情であり、当技術分野においては、そのような成膜技術を確立することが強く要請されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2006−1984号公報
【特許文献2】特開2010−524716号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】F.Feil,W.Furbeth,M.Schutze,Electrochimica Acta,54(2009)2478
【非特許文献2】T.Sasaki,K.Kamitani,Journal of Sol−Gel Science and Technology,46,(2008)180
【非特許文献3】V.Kelekanjeri,W.B.Carter,J.M.Hampikian,Thin Solid Films,515(2006)1905
【非特許文献4】O.Zywitzki,G.Hoetzsch,Surface & Coatings Technology,86−7,(1996)640
【非特許文献5】T.Hubert,S.Svoboda,B.Oertel,Surf.Coat.Technol.,201(2006)487
【非特許文献6】A.Khanna,D.G.Bhat,A.Harris,B.D.Beake,Surface & Coatings Technology,201,(2006)1109
【非特許文献7】B.Hirschauer,S.Soderholm,G.Chiaia,U.O.Karlsson,Thin Solid Films,305(1997)243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況の中で、本発明者は、上記従来技術に鑑みて、鋭意研究を進めた結果、陽極酸化により形成されるナノ細孔を含有する金属酸化物層に注目した。陽極酸化では、低温(0〜60℃)、かつ高速(100nm/分以上)で、不純物の少ない金属酸化物層をクラックフリーで形成することが可能である。
【0012】
そして、更に、陽極酸化により形成される垂直配向した金属酸化物(厚さ:100nm〜10μm)の細孔(内径:5〜500nm)内に、液状樹脂(熱硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂)、あるいはガラス転位温度以上の加熱により軟化した樹脂(熱可塑性樹脂)を、毛管力により注入した後、細孔内外の樹脂を、熱、紫外線、冷却により固化させ、その後、上面の金属酸化物層と金属層をエッチング除去することで、硬度、耐摩耗性、透明性、密着性に優れた金属酸化物層(1μm以上)を、樹脂表面に、クラックフリーで、形成できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0013】
本発明は、輸送機器用の各種ウインド、ムーンルーフ、三角窓など、極めて高い光学特性、耐摩耗性、硬度を要求される部材を樹脂で作製する上で、特に有効で新規な樹脂表面へのコーティング技術を提供することを目的とするものである。また、本発明は、光学特性を維持したまま、樹脂(プラスチック)表面に、耐摩耗性、硬度に優れた金属酸化物皮膜の厚膜(1μm以上)を、クラックフリーで形成することを可能にする金属酸化物の皮膜を形成した金属酸化物被覆樹脂製品の製造方法及びその金属酸化物の皮膜を形成した金属酸化物被覆樹脂製品に関するものである。本発明は、硬度、耐摩耗性、透明性に優れた金属酸化物層を密着性よく樹脂表面に露出させた金属酸化物皮膜形成樹脂製品を製造することを可能とする製品を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)金属基板を用いて、該基板を陽極酸化することにより形成した垂直配向した金属酸化物の細孔内に、液状樹脂、あるいはガラス転位温度以上の加熱により軟化した樹脂を、注入・固化させ、当該樹脂表面に、金属酸化物層を形成することにより、上記樹脂表面へ金属酸化物層がコーティングされた金属酸化物層被覆樹脂製品を製造することを特徴とする当該樹脂製品の製造方法。
(2)陽極酸化に用いる基板が、アルミニウム、チタン、ニオブ、亜鉛、マグネシウム、タンタルの中から選択した金属の基板であり、表面の算術平均面粗さが、5nm以下である、前記(1)に記載の樹脂製品の製造方法。
(3)陽極酸化により形成した金属酸化物層の膜厚が、100nm〜10μm、細孔内径が、5〜500nmである、前記(1)又は(2)に記載の樹脂製品の製造方法。
(4)使用する樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂、及び熱可塑性樹脂の内から選択した1種類以上の樹脂である、前記(1)から(3)のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
(5)細孔内外の樹脂を、熱、紫外線、及び冷却の内から選択した1つ以上の手法で固化させる、前記(1)から(4)のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
(6)金属酸化物の細孔内壁を、予め樹脂と反応する官能基を有する有機分子膜で修飾した後、樹脂を、注入・固化させる、前記(1)から(5)のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
(7)樹脂を固化させた後、上層の金属酸化物層及び金属層を除去し、下層の金属酸化物層を露出させる、前記(1)から(6)のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
(8)予め陽極酸化金属基板内の金属層を除去し、金属酸化物層を2つに分けた後、どちらか一方の垂直配向した金属酸化物の細孔内に、樹脂を、注入・固化させる、前記(1)から(7)のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
(9)金属酸化物層形成後の樹脂の可視光透過率が70%を超える、前記(1)から(8)のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
(10)金属酸化物層表面に、メチル基あるいはトリフロオロメチル基の中から選択した1種類以上の有機官能基をもつ有機分子を共有結合を介して固定化する、前記(9)に記載の樹脂製品の製造方法。
(11)液滴(水、油、又はイオン液体)の前進接触角と、後退接触角との差(ヒステリシス)が、5°以下になるようにする、前記(9)又は(10)に記載の樹脂製品の製造方法。
(12)前記(1)から(11)のいずれかに記載の方法で製造した、樹脂表面に金属酸化物層が被覆された構造を有する樹脂製品であって、
金属酸化物が、アルミニウム、チタン、ニオブ、亜鉛、マグネシウム、タンタルの中から選択した金属の酸化物であり、表面の算術平均面粗さが5nm以下であり、陽極酸化により形成された金属酸化物層の膜厚が、100nm〜10μmで、細孔内径が、5〜500nmであり、上記樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂、及び熱可塑性樹脂の内から選択した1種類以上の樹脂であり、金属酸化物層被覆後の樹脂の可視光透過率が70%を超え、液滴(水、油、又はイオン液体)の前進接触角と、後退接触角との差(ヒステリシス)が、5°以下である、ことを特徴とする上記樹脂製品。
(13)金属酸化物層表面に、メチル基あるいはトリフロオロメチル基の中から選択した1種類以上の有機官能基をもつ有機分子が、共有結合を介して固定化されている、前記(12)に記載の樹脂製品。
【0015】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明においては、予め陽極酸化により、金属基板表面(両面)に、硬質で、透明な垂直配向した金属酸化物(膜厚:100nm〜10μm)の細孔(内径:5〜500nm)を形成する。その後、1)液状の熱硬化性樹脂や、紫外線硬化性樹脂、あるいは2)ガラス転位温度以上の加熱により軟化した熱可塑性樹脂を、毛管力を利用して、陽極酸化した基板の片面から注入する。
【0016】
続いて、細孔内外の樹脂を、上記1)では、熱か紫外線により固化させることにより、また、上記2)では、冷却により固化させることにより、陽極酸化基板と樹脂をアンカー効果により接着させる。その後、上面の金属酸化物層と金属層をエッチング除去することで、硬度、耐摩耗性、透明性に優れた金属酸化物層を、密着性よく、樹脂表面に露出させる。
【0017】
本発明により、これまでの成膜プロセスで問題となっていた、成膜中に生じる熱応力や、樹脂基板と金属酸化物層の熱膨張係数の違いによるクラックや剥離の問題を克服し、透明樹脂本来の光学特性を維持したまま、樹脂表面に、硬度、耐摩耗性、密着性に優れた金属酸化物層の厚膜(1μm以上)を、クラックフリーで形成することがはじめて可能となった。
【0018】
これまで、陽極酸化により形成したナノ細孔を、テンプレートに利用して、様々な樹脂製のナノピラーを形成する研究が行われてきたが(例えば、特開2006−062049号公報)、陽極酸化により形成した金属酸化物層を、ハードコーティング材として、積極的に利用した事例は皆無である。
【0019】
更に、本発明は、当該金属酸化物層表面に、トリフオロメチル基やメチル基などを有する低表面エネルギーな有機分子を、共有結合により固定化することにより、耐摩耗性や硬度だけでなく、はっ水性を著しく向上させることができる点に最大の特徴を有する。
【0020】
本発明で使用し得る陽極酸化用の基材としては、アルミニウム、チタン、ニオブ、亜鉛、マグネシウム、タンタルなどの適宜の基材を任意に使用することができる。陽極酸化により形成される金属酸化物の中で、最も高い硬度が期待できるアルミニウム(金属酸化物であるアルミナのモース硬度9)が、好適なものとして例示される。これらの基材の形状は、板状で、かつ表面が平滑であることが望ましい。
【0021】
特に、陽極酸化の際、初期の基材表面の粗さは、形成する金属酸化物層の表面粗さに大きく影響するため、機械研磨や電解研磨により、基板表面の平均算術粗さを、5nm以下にすることが望ましい。これは、形成する金属酸化物層の粗さが粗くなると、光の散乱により、金属酸化物層の透明性が低下するためである。
【0022】
次に、陽極酸化では、使用する電解質、電解質の組成、電圧、温度、処理時間を制御することにより、ナノ細孔の細孔径、細孔間距離(中心間の距離)、金属酸化物層の厚さ、成長速度を、任意に制御することが可能である。金属酸化物層の透明性を維持するためには、細孔径は、10nm、厚みは、5μm以下であることが望ましい。これは、細孔径と膜厚が、これ以上になると、光の散乱により金属酸化物層の光学特性が低下するためである。
【0023】
更に、樹脂と細孔内壁の密着性を向上させるために、例えば、金属酸化物の細孔内を、酸素プラズマによって洗浄後、3−methacryloxypropyldimethylchlorosilaneの蒸気を用いて、80℃で、3日間処理し、メタクリレート基を細孔内壁表面に導入する。その後、液状のメチルメタクリレート樹脂を、細孔内に注入し、反応・固化させることで、樹脂と細孔内壁を共有結合させ、密着性を向上させることも可能である。
【0024】
また、細孔サイズを変更することも可能である。例えば、40nmの細孔径、100nmの細孔間距離をもつ陽極酸化したアルミニウム基板を、5wt%のリン酸に、20分間、侵浸することで、細孔間距離を維持したまま、細孔径を、60nmまで拡大することができる。反対に、金属やポリマーで、細孔内壁を被覆することで、細孔径を小さくすることも可能である。
【0025】
続いて、陽極酸化により、基板両面に形成した金属酸化物から構成される垂直配向したナノ細孔内に、樹脂を注入する。樹脂には、1)液状の熱硬化性樹脂や、紫外線硬化性樹脂、あるいは2)ガラス転位温度以上の加熱により軟化した熱可塑性樹脂、を用いることができる。例えば、上記1)では、メチルメタアクリレート(99wt.%)とアゾビスイソブチロニトリル(1wt.%)を混合した溶液を、ガラス基板上にキャストし、その上に、陽極酸化基板を置き、窒素雰囲気下、50℃で、24時間、放置した後、室温まで冷却する。
【0026】
上記2)では、ポリスチレン(ガラス転位温度約100℃)ならば、ガラス基板上に、ポリスチレンシートを置き、180℃に加熱して溶融させた後、その上に、陽極酸化基板を置き、6時間以上放置した後、室温まで冷却する。このような手法で、樹脂を、基板片面の細孔内に注入した後、細孔内外の樹脂を、上記1)では、熱か紫外線により固化させることにより、また、上記2)では、冷却により固化させることにより、陽極酸化基板と樹脂をアンカー効果により接着させる。
【0027】
その後、樹脂が注入されていないもう一面の金属酸化物層と金属層を、エッチング除去することにより、下面の金属酸化物層を樹脂表面に露出させる。この場合、最初から陽極酸化基板内の金属層を除去して、2つの金属酸化物層に分離した後、どちらか一方を樹脂注入用基板として利用することも可能である。
【0028】
例えば、アルミニウムの陽極酸化基板では、前者では、10wt.%のリン酸溶液により、アルミナ(金属酸化物)層を除去して、アルミニウム(金属)層を露出させた後、更に、飽和塩化水銀(II)溶液を用いて、アルミニウム(金属)層を除去して、アルミナ(金属酸化物)層を露出させる。後者では、アルミニウム(金属)層を、飽和塩化水銀(II)溶液により予め除去して、2つのアルミナ(金属酸化物)層に分離し、どちらか一方を樹脂注入用基板として利用することも可能である。
【0029】
更に、当該金属酸化物層を形成した樹脂基材表面のはっ水性を向上させるために、当該金属酸化物層表面の水酸基と、トリフオロメチル基やメチル基などを有する有機分子を、共有結合により固定化し、表面に、低表面エネルギー薄膜を形成する。固定化の前に、酸素プラズマ、紫外線、オゾンなどで、金属酸化物層表面に付着している有機物を除去することが望ましい。
【0030】
本発明では、特に、172nm以下の真空紫外光を利用する。真空紫外光は、赤外線を含まないため、室温〜40℃で処理することができる。例えば、真空紫外光を使用する場合、10〜1000Pa下で10分以上処理することが望ましい。これは、大気圧下では、真空紫外光は、雰囲気中の酸素分子に吸収されてしまうため、処理時間が、真空下での処理と比較して、長くかかるためである。
【0031】
反応方法は、特に限定されるものではないが、好ましくは、高価な反応装置、長い処理時間、高い処理温度を必要せず、少量の原料で処理可能な気相法を用いる。特に、樹脂基板であることから、例えば、処理温度は、50〜80℃、処理時間は、24時間以上72時間以下であることが望ましい。
【0032】
この処理により、金属酸化物層表面に、低表面エネルギー有機分子膜が形成される。当該有機分子膜の膜厚は、処理時間や原料により、〜100nmまで任意に制御することが可能である。膜厚は、100nm以下であることが望ましい。これは、膜厚が、100nmを越えると、基材の光学特性が低下するためである。
【0033】
以上により、陽極酸化により形成した、垂直配向した金属酸化物のナノ細孔内に、液化した樹脂を、毛管力により注入し、細孔内外の樹脂を、固化させた後、上面の金属酸化物層及び金属層をエッチング除去し、仮面の金属酸化物層を、露出させることにより、当該樹脂基材の光学特性が維持されたまま、表面の耐摩耗性、硬度が著しく向上する、という作用効果が得られる。
【0034】
この現象は、陽極酸化により形成した金属酸化物のナノ細孔内に樹脂を注入し、固化させることにより形成したナノピラーが、アンカーの役割を果たすため(アンカー効果)、硬度の高い金属酸化物層を、樹脂表面に、密着性よく、固定化されるために出現する。陽極酸化に用いる金属は、アルミニウムであることが望ましい。何故なら、陽極酸化により形成する金属酸化物であるアルミナは、透明性が高く、高硬度であるからである。
【0035】
更に、この金属酸化物層上に、トリフオロメチル基やメチル基などを有する低表面エネルギーな有機分子を、共有結合により、固定化することにより、表面自由エネルギーが下がり、はっ水・はつ油性が著しく改善される。金属酸化物層の水滴接触角は、5°以下であるのに対し、低表面エネルギーな有機分子膜を形成することにより、水滴の前進接触角は、約100〜115°、後退接触角は、約95〜110°まで増加し、ヒステリシスの小さい、はっ水性表面となる。
【0036】
本発明の技術を用いることにより、従来技術では困難であった、耐摩耗性に劣る樹脂基材表面に、様々な膜厚の金属酸化物を、剥離やクラックなしで、被覆することが可能になる。本発明により、上記の処理基材が、優れた密着性、耐摩耗性、硬度、はっ水性を示す理由は、金属酸化物層のナノ細孔内に、樹脂が充填されていることによるアンカー効果と、金属酸化物層が、高硬度のアルミナであることと、金属酸化物層が、トリフオロメチル基やメチル基などを有する低表面エネルギー有機分子膜により被覆されることにより、密着性、耐摩耗性、硬度を上げ、更には、表面自由エネルギーを下げるという、物理的・化学的な相乗効果により出現するものと推定される。
【発明の効果】
【0037】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)高硬度で耐摩耗性に優れた樹脂基材を提供することができる。
(2)透明樹脂本来の光学特性を損なうことなく、当該樹脂の表面に金属酸化物層を形成することができる。
(3)金属酸化物層と、樹脂表面との界面において、優れた密着性を、付与することができる。
(4)金属酸化物層の形成を、別工程で行うため、これまでのプロセスで問題となっていた、熱応力や基板/皮膜間の熱膨張係数の違いによる剥離やクラックなどを生じることがなく、そのため、厚膜化が可能である。
(5)液状であれば、いかなる樹脂にも適応可能である。
(6)はっ水・はつ油性を、樹脂表面に付与することができる。
(7)陽極酸化に供する金属基板を種々かえることにより、様々な金属酸化物層を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】第1図は、実施例1、2、3、4に係わる陽極酸化したアルミニウム基板の概略図である。陽極酸化により基板両面に、垂直方向に配向した金属酸化物(アルミナ)のナノ細孔が形成されている。
【図2】第2図は、実施例1の陽極酸化したアルミニウム基板を、上(a)及び横(b)方向から観察したSEM像である。
【図3】第3図は、実施例1、2、3、4に係わるプロセスの概略図である。
【図4】第4図は、実施例1、2、3、4に係わる金属酸化物(アルミナ)層を形成したポリスチレン樹脂の概略図である。
【図5】第5図は、実施例1に係わる金属酸化物(アルミナ)層形成ポリスチレン基板の光学特性を示すものである。
【図6】第6図は、実施例1に係わる金属酸化物(アルミナ)層形成ポリスチレン基板の断面SEM像である(細孔サイズ約10nm)。
【発明を実施するための形態】
【0039】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、以下の実施例は、本発明の好適な例を示すものであり、本発明は、当該実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0040】
0℃に冷却した2.0mol/Lの硫酸中に、電解研磨にて鏡面状にしたアルミニウムフォイルを、陽極側に設置し、プラチナフォイルを、陰極に設置し、直流電源(19V)を用いて、陽極酸化を2分間実施し、細孔径10nmの細孔、細孔間隔45nm、アルミナ層約530nmを有する陽極酸化基板を形成した。
【0041】
続いて、180℃で溶融させたポリスチレン上に、当該陽極酸化基板の片面を設置し、6時間放置した後、室温まで冷却した。その後、当該ポリスチレン/陽極酸化基板を、10wt.%のリン酸溶液に、24時間侵浸することにより、アルミナ層を除去した後、更に、飽和塩化水銀(II)溶液に1時間侵浸することにより、アルミニウム層を除去した。
【実施例2】
【0042】
0℃に冷却した2.0mol/Lの硫酸中に、電解研磨にて鏡面状にしたアルミニウムフォイルを、陽極側に設置し、プラチナフォイルを陰極に設置し、直流電源(19V)を用いて、陽極酸化を5分間実施し、細孔径10nmの細孔、細孔間隔45nm、アルミナ層約1.3μmを有する陽極酸化基板を形成した。
【0043】
続いて、180℃で溶融させたポリスチレン上に、当該陽極酸化基板の片面を設置し、6時間放置した後、室温まで冷却した。その後、当該ポリスチレン/陽極酸化基板を、10wt.%のリン酸溶液に24時間侵浸することにより、アルミナ層を除去した後、更に、飽和塩化水銀(II)溶液に1時間侵浸することにより、アルミニウム層を除去した。
【実施例3】
【0044】
0℃に冷却した2.0mol/Lの硫酸中に、電解研磨にて鏡面状にしたアルミニウムフォイルを、陽極側に設置し、プラチナフォイルを陰極に設置し、直流電源(19)を用いて、陽極酸化を10分間実施し、細孔径10nmの細孔、細孔間隔45nm、アルミナ層約2.7μmを有する陽極酸化基板を形成した。
【0045】
続いて、180℃で溶融させたポリスチレン上に、当該陽極酸化基板の片面を設置し、6時間放置した後、室温まで冷却した。その後、当該ポリスチレン/陽極酸化基板を、10wt.%のリン酸溶液に24時間侵浸することにより、アルミナ層を除去した後、更に、飽和塩化水銀(II)溶液に1時間侵浸することにより、アルミニウム層を除去した。
【実施例4】
【0046】
0℃に冷却した2.0mol/Lの硫酸中に、電解研磨にて鏡面状にしたアルミニウムフォイルを、陽極側に設置し、プラチナフォイルを陰極に設置し、直流電源(19V)を用いて、陽極酸化を15分間実施し、細孔径10nmの細孔、細孔間隔45nm、アルミナ層約5.3μmを有する陽極酸化基板を形成した。
【0047】
続いて、180℃で溶融させたポリスチレン上に、当該陽極酸化基板の片面を設置し、6時間放置した後、室温まで冷却した。その後、当該ポリスチレン/陽極酸化基板を、10wt.%のリン酸溶液に24時間侵浸することにより、アルミナ層を除去した後、更に、飽和塩化水銀(II)溶液に1時間侵浸することにより、アルミニウム層を除去した。
【実施例5】
【0048】
実施例1、2、3、並びに4で作製した試料について、その硬度、ヤング率を、ナノインデンテーション(最大押し込み深さ:400nm、圧子タイプ:バーコビッチ)により測定した。表1に、実施例1、2、3、4及び比較例1、2に係わる各種試料の機械的特性を示す。
【0049】
【表1】

【実施例6】
【0050】
実施例1で作製した試料を、酸素プラズマにより処理した後、当該試料表面を、1,3,5,7−tetramethylcyclotetrasiloxaneの蒸気に、窒素雰囲気下(相対湿度5%)で、80℃、3日、暴露した。その結果、試料表面は、はっ水性になり、得られた試料表面上での、前進接触角と、後退接触角は、それぞれ、102°/97°となった。
【0051】
[比較例1]
ポリスチレンの硬度、ヤング率を、ナノインデンテーション(最大押し込み深さ:400nm、圧子タイプ:バーコビッチ)により測定した。その結果を、表1に示した。
【0052】
[比較例2]
溶融シリカ(石英)の硬度、ヤング率を、ナノインデンテーション(最大押し込み深さ:400nm、圧子タイプ:バーコビッチ)により測定した。その結果を、表1に示した。
【0053】
以上の6つの実施例、2つの比較例で作製した試料表面を、相対的に評価すると、実施例1、2、3、4と比較例1では、ポリスチレン表面にアルミナ層を形成することにより、ポリスチレン基材のヤング率、硬度が格段に向上していることが分かる。
【0054】
ヤング率は、比較例2≪実施例1≪実施例2≪実施例3≪実施例4≦比較例2となり、未処理のポリスチレン基材のヤング率が、最も低く、溶融石英とアルミナ層(5.3μm)を形成したポリスチレン基材のヤング率が、最も大きかった。
【0055】
硬度は、比較例2≪実施例1≪実施例2≪実施例3=実施例4≪比較例2となり、未処理のポリスチレン基材の硬度が、最も低く、溶融石英が、最も大きかった。特に、アルミナ層が厚い実施例3、4では、ポリスチレン基板にも係わらず、比較例2の溶融シリカと、ほぼ同等のヤング率、硬度を達成している。
【0056】
また、実施例6では、有機分子膜の被覆により、親水性のアルミナ層表面が接触角ヒステリシスの小さいはっ水性表面になっていることが分かった。更に、実施例1、2で得られた試料は、優れた透明性を示していることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
以上、詳述したとおり、本発明は、樹脂と当該樹脂表面に形成された金属酸化物層とからなる無機−有機ハイブリッド材料であって、当該樹脂が、金属酸化物層のナノ細孔内に充填されている金属酸化物皮膜形成樹脂の製造方法及びその樹脂製品に係わるものであり、本発明により、高硬度で耐摩耗性に優れた樹脂基材を提供することができる。また、本発明により、透明樹脂本来の光学特性を損なうことなく、金属酸化物層を形成することができ、金属酸化物層と、樹脂表面との界面において、優れた密着性を、付与することができる。本発明では、金属酸化物層の形成を、別工程で行うため、これまでのプロセスで問題となっていた、熱応力や基板/皮膜間の熱膨張係数の違いによる剥離やクラックなどを生じることがなく、そのため、厚膜化が可能であり、液状であれば、いかなる樹脂にも適応可能であり、はっ水・はつ油性を、樹脂表面に付与することができる。本発明は、透明樹脂本来の光学特性を損なうことなく、金属酸化物層を形成することができ、金属酸化物層と、樹脂表面との界面において、優れた密着性を、付与することができる新しい高硬度で耐摩耗性に優れた樹脂基材を提供するものとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基板を用いて、該基板を陽極酸化することにより形成した垂直配向した金属酸化物の細孔内に、液状樹脂、あるいはガラス転位温度以上の加熱により軟化した樹脂を、注入・固化させ、当該樹脂表面に、金属酸化物層を形成することにより、上記樹脂表面へ金属酸化物層がコーティングされた金属酸化物層被覆樹脂製品を製造することを特徴とする当該樹脂製品の製造方法。
【請求項2】
陽極酸化に用いる基板が、アルミニウム、チタン、ニオブ、亜鉛、マグネシウム、タンタルの中から選択した金属の基板であり、表面の算術平均面粗さが、5nm以下である、請求項1に記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項3】
陽極酸化により形成した金属酸化物層の膜厚が、100nm〜10μm、細孔内径が、5〜500nmである、請求項1又は2に記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項4】
使用する樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂、及び熱可塑性樹脂の内から選択した1種類以上の樹脂である、請求項1から3のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項5】
細孔内外の樹脂を、熱、紫外線、及び冷却の内から選択した1つ以上の手法で固化させる、請求項1から4のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項6】
金属酸化物の細孔内壁を、予め樹脂と反応する官能基を有する有機分子膜で修飾した後、樹脂を、注入・固化させる、請求項1から5のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項7】
樹脂を固化させた後、上層の金属酸化物層及び金属層を除去し、下層の金属酸化物層を露出させる、請求項1から6のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項8】
予め陽極酸化金属基板内の金属層を除去し、金属酸化物層を2つに分けた後、どちらか一方の垂直配向した金属酸化物の細孔内に、樹脂を、注入・固化させる、請求項1から7のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項9】
金属酸化物層形成後の樹脂の可視光透過率が70%を超える、請求項1から8のいずれかに記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項10】
金属酸化物層表面に、メチル基あるいはトリフロオロメチル基の中から選択した1種類以上の有機官能基をもつ有機分子を共有結合を介して固定化する、請求項9に記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項11】
液滴(水、油、又はイオン液体)の前進接触角と、後退接触角との差(ヒステリシス)が、5°以下になるようにする、請求項9又は10に記載の樹脂製品の製造方法。
【請求項12】
請求項1から11のいずれかに記載の方法で製造した、樹脂表面に金属酸化物層が被覆された構造を有する樹脂製品であって、
金属酸化物が、アルミニウム、チタン、ニオブ、亜鉛、マグネシウム、タンタルの中から選択した金属の酸化物であり、表面の算術平均面粗さが5nm以下であり、陽極酸化により形成された金属酸化物層の膜厚が、100nm〜10μmで、細孔内径が、5〜500nmであり、上記樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂、及び熱可塑性樹脂の内から選択した1種類以上の樹脂であり、金属酸化物層被覆後の樹脂の可視光透過率が70%を超え、液滴(水、油、又はイオン液体)の前進接触角と、後退接触角との差(ヒステリシス)が、5°以下である、ことを特徴とする上記樹脂製品。
【請求項13】
金属酸化物層表面に、メチル基あるいはトリフロオロメチル基の中から選択した1種類以上の有機官能基をもつ有機分子が、共有結合を介して固定化されている、請求項12に記載の樹脂製品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−140670(P2012−140670A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−293444(P2010−293444)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年9月1日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 59巻2号 〔2010〕に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 文部科学省 地域科学技術振興施策、助成研究(地域イノベーションクラスタープログラム(都市エリア型)岐阜県南部エリア)、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】