説明

鉛材料の数値解析方法、装置及びプログラム

【課題】有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する数値解析方法において、鉛材料の動的且つ熱依存的な力学特性を評価できるようにする。
【解決手段】鉛材料の弾塑性構成式として引張応力を、初期降伏荷重、塑性ひずみに関係した項、塑性ひずみと温度に関係した項、塑性ひずみと塑性ひずみ速度に関係した項からなり、応力−ひずみ関係の温度依存性及びひずみ速度依存性を考慮する式を用いるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉛材料の数値解析方法、装置及びプログラムに関する。さらに詳述すると、本発明は、有限要素法を用いて鉛材料の力学特性を数値解析する方法、装置及びプログラムに関する。
【0002】
本明細書においては、要素(例えば、試験体や解析対象材料)に与えた応力の大きさと応力の大きさに対応する要素のひずみの大きさとの組み合わせのデータのことを応力−ひずみ関係データと呼ぶ。
【背景技術】
【0003】
鉛材料を用いた減衰デバイスに対してひずみを繰り返し与えることで発揮される減衰デバイスの減衰性能を設計するには、現状では、減衰デバイスの力学試験を行ってそのデバイス固有の設計式を作成して設計定数を求める必要がある。しかしながら、ダンパーの形状や減衰性能の設計に対して有限要素解析などの数値シミュレーションを導入することができれば、ダンパーに用いる材料の材料試験の結果に基づいて複雑な形状を有するダンパーの力学特性を予測することができる。
【0004】
ここで、地震時には鉛ダンパーに数十パーセントのひずみが繰り返し生じることがこれまでの研究で明らかとなっており(例えば、高山峯夫・他:鉛ダンパーのエネルギ吸収能力に関する実大実験(その2),日本建築学会大会学術講演梗概集,No.21366,pp.727−728,1996年)、このような鉛ダンパーの力学特性を予測するには大ひずみ域での繰り返し変形下での材料特性が必要となる。大ひずみ域での材料特性の従来の評価例としては、例えば、使用済み核燃料輸送容器の構造解析プログラムの開発・整備に関する調査がある(非特許文献1)。
【0005】
この調査では、核燃料輸送容器の安全性評価を目的とし、室温で実施した鉛材料の一軸試験から求めた応力−ひずみ関係の数値解析が行われている。
【0006】
しかしながら、非特許文献1で報告されている応力−ひずみ関係は繰り返し変形を考慮していないと共に、有限要素解析に直接導入することや応力−ひずみ関係に与える温度の影響を考慮することが難しいという問題がある。
【0007】
そこで、鉛材料の室温(22℃=295K)でのせん断変形試験を行い、加振振動数が比較的低い条件で繰り返し変形を受ける場合について鉛材料のせん断応力−せん断ひずみ関係を評価すると共に、弾塑性構成則に対して等方硬化と塑性ひずみの増加に対して飽和する硬化関数とを組み合わせて用いる数値モデルによってせん断試験から得られた大変形域の繰り返し特性を再現する方法が提案されている(非特許文献2)。
【0008】
【非特許文献1】日本機械学会 「使用済み核燃料輸送容器の構造解析プログラムの開発・整備に関する調査報告書」 1982年
【非特許文献2】松田昭博・矢花修一・Rene de Borst 「鉛を用いた免震・制振デバイスにおける減衰特性の数値シミュレーション」 電力中央研究所研究報告書,No.N04014 2005年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、非特許文献2の数値シミュレーションは、一定の引張り速度且つ一定の温度下で引張り応力とひずみとの関係を求めるものなので、引張り速度や雰囲気温度(減衰デバイスのひずみ速度や材料温度)が変化すると引張り応力とひずみとの関係が大きく異なってしまう。このため、ひずみ速度や材料温度の影響を考慮した応力−ひずみ関係の評価をすることができないという問題がある。一方、地震時には、鉛を用いた減衰デバイスに無視できないひずみ速度の違いによる動的変形が生じ、さらに、変形に伴って生ずる熱によっても鉛の力学特性が変化することが予想される(例えば、松田昭博・矢花修一:力学試験による鉛ダンパーの3次元免震システムへの適用性検討,電力中央研究所研究報告書,No.U02022,2003年)。したがって、地震発生時など、引張り速度や温度(摩擦による発熱)が急速に変化する状況においては、従来の数値シミュレーションでは対応できないという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は、有限要素法を用いて鉛材料の動的且つ熱依存的な力学特性を評価することができる数値解析方法、装置及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、材料温度を26℃(299K)で一定とすると共にひずみ速度を変化させた鉛材料の引張り試験を行い、応力−ひずみ関係に与えるひずみ速度の影響(以下、ひずみ速度依存性と呼ぶ)の分析を行った。具体的には、直径30mm・長さ180mmの試験体を用い、引張りひずみの速度が0.001%/秒、0.01%/秒、0.1%/秒、1%/秒、10%/秒のそれぞれについて引張り試験を行った。
【0012】
引張り試験の結果、図1に示す引張り応力と引張りひずみとの関係(引張りひずみ速度別に図中の記号▽,□,△,○,×)が得られた。この結果から、鉛材料の引張り応力−引張りひずみ関係は引張りひずみ速度の影響を極めて大きく受け、ひずみ速度が0.001%/秒と10%/秒の結果を比較すると10%/秒のときの最大応力が0.001%/秒のときの最大応力と比べて二倍以上となることを突き止めた。さらに、ひずみ速度が速いほど最大応力が発生するひずみが大きくなる傾向があることを突き止めた。
【0013】
さらに、一定のせん断ひずみ速度でせん断変位を与えるせん断変形試験を行い、図1に示す結果(図中の記号●)が得られた。なお、このときのせん断ひずみ速度は0.86%/秒であり、これは引張りひずみ速度に変換すると約0.5%/秒である。
【0014】
これらの結果から、引張り試験は材料特性を評価するのに有益な一軸の応力−ひずみ関係が得られるが、繰り返し変形や大ひずみ域では局所変形を生じて正しい関係が得られない可能性が高いことを突き止めた。一方、せん断変形試験は繰り返し変形に対して安定した応力−ひずみ関係を得ることができるが、試験体全体を純せん断変形させることが難しく、応力−ひずみ関係に引張り変形などの影響が含まれる可能性が高いと考えられた。そこで、せん断変形試験の結果と引張り試験の結果とを比較し、ひずみが0.1(×100%)以下では、せん断変形試験から得られる応力−ひずみ関係が引張りひずみ速度0.1%/秒の引張り試験の結果と引張りひずみ速度1%/秒の引張り試験の結果との間となっており、せん断変形試験と引張り試験とから得られた応力−ひずみ関係が整合していることが分かった。また、ひずみが0.1(×100%)より大きなひずみ領域では、せん断変形試験の結果では生じない軟化傾向を引張り試験の結果が示しており、軟化以降の引張り応力−引張りひずみ関係に目視では観察できない損傷や局所変形の影響が含まれていることを示唆していることを突き止めた。
【0015】
さらに、本発明者は、引張りひずみ速度を1%/秒で一定とすると共に材料温度を変化させた鉛材料の引張り試験を行い、応力−ひずみ関係に与える材料温度の影響(以下、温度依存性と呼ぶ)の分析を行った。具体的には、直径30mm・長さ180mmの試験体を用い、材料温度が−10℃(263K)、26℃(299K)、50℃(323K)、80℃(353K)、150℃(423K)のそれぞれについて引張り試験を行った。
【0016】
引張り試験の結果、図2に示す引張り応力と引張りひずみとの関係(材料温度別に図中の記号▽,○,□,△,×)が得られた。この結果から、鉛材料の引張り応力−引張りひずみ関係は材料温度の影響を極めて大きく受け、材料温度が高いほど応力が低下する傾向があることを突き止めた。この結果から、鉛ダンパー等の減衰デバイスを利用することが想定される温度環境内でも、デバイス付近の温度や地震時の変形による熱の生成によってデバイスの剛性や減衰性能が大きく変化することを突き止めた。
【0017】
以上の結果から、鉛材料の力学特性におけるひずみ速度依存性と温度依存性は極めて大きく、鉛を用いた減衰デバイスの減衰性能を大きく変化させる可能性があることを知見した。そして、鉛材料の弾塑性構成式の硬化関数において温度依存性及びひずみ速度依存性を考慮することにより、鉛を用いた減衰デバイスの減衰性能を精度良く解析し得ることを知見した。
【0018】
上述の知見に基づいて、引張り応力−ひずみ関係の評価式として一般的に使われる数式1(J.C.Simo and T.J.R.Hughes:Computational inerasticity,Springer,1998年)と比較して、硬化関数に温度依存性を考慮する係数及びひずみ速度依存性を考慮する係数を追加した数式2を弾塑性構成式として用いることが鉛材料の応力−ひずみ関係を精度良く評価することに有効であるという結論に至った。
【0019】
(数1)σ=σ+Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(%)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数。
【0020】
(数2)σ=σ+H(1+β+β)α+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重、H:線形の硬化係数、β:線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数、β:線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数、α:相当塑性ひずみ(%)、K:飽和する降伏応力、K:降伏応力の飽和に関する材料定数。
【0021】
続いて、数式2の線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数β及び線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数βの特性を明らかにすると共に算定方法を検討した。まず、線形の硬化係数H、飽和する降伏応力K、降伏応力の飽和に関する材料定数Kを算定するため、材料温度26℃(299K)且つ引張りひずみ速度1%/秒の引張り試験の結果を数式1により近似した。近似の結果、材料定数として、線形の硬化係数H=26.23MPa、飽和する降伏応力K=17.46MPa、降伏応力の飽和に関する材料定数K=19.20が求められた。なお、既存の解析結果に基づいて、初期降伏荷重σ=4.3MPaとした(松田昭博・矢花修一・Rene de Borst:鉛を用いた免震・制振デバイスにおける減衰特性の数値シミュレーション,電力中央研究所研究報告書,No.N04014,2005年)。
【0022】
次に、材料温度別の係数βを求めることにより係数βの特性を明らかにするため、引張りひずみ速度を1%/秒で一定とすると共に材料温度を変化させて得られた引張り試験の結果を材料温度別に数式2により近似した。なお、引張りひずみ速度は一定であるので、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数β=0とした。材料温度別に求められた係数βの結果を図3に示す(図中の記号○)。
【0023】
さらに、引張りひずみ速度別の係数βを求めることにより係数βの特性を明らかにするため、材料温度を26℃(299K)で一定とすると共に引張りひずみ速度を変化させて得られた引張り試験の結果を引張りひずみ速度別に数式2により近似した。なお、材料温度は一定であるので、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数β=0とした。引張りひずみ速度別に求められたβの結果を図4に示す(図中の記号○)。
【0024】
これらの結果から、鉛材料の応力−ひずみ関係は、相当塑性ひずみαによって飽和する硬化関数を用いてモデル化が可能であり、図3に示すように材料温度の変化に対して線形であると共に図4に示すようにひずみ速度の変化の自然対数に対して線形であることを知見した。このことから、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数βは一次関数の数式3であらわすことができ、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数βは対数関数の数式4であらわすことができることを知見した。
【0025】
(数3)β=−ω(Θ−Θ
ここに、β:線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数、ω:温度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(=26℃)。
【0026】
(数4)β=K+Klog(α)
ここに、β:線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)。なお、ひずみ速度依存性を評価する基準となるひずみ速度(=1%/秒)をαとすると、K+Klog(α)=0である。
【0027】
請求項1記載の鉛材料の数値解析方法は、上述の新たな知見に基づくものであり、有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する数値解析方法において、鉛材料の弾塑性構成式として数5を用いるようにしている。
【0028】
また、請求項2記載の鉛材料の数値解析装置は、鉛材料の応力−ひずみ関係データが記録された装置にアクセス可能であると共に有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する数値解析装置において、鉛材料の弾塑性構成式として数5を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する手段を有するようにしている。
【0029】
さらに、請求項3記載の鉛材料の数値解析プログラムは、鉛材料の応力−ひずみ関係データが記録されたデータベースにアクセス可能なコンピュータに有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係の解析を行わせるためのプログラムにおいて、鉛材料の弾塑性構成式として数5を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係の解析をコンピュータに行わせるようにしている。
【0030】
(数5)σ=σ+K(α)+K(α,Θ)+K(α,α
ただし、
K(α)=Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
K(α,Θ)=−Hω(Θ−Θ)・α
K(α,α)=H(K+K・log(α))・α
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(1)、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(℃)、ω:温度依存性をあらわす材料定数。また、K(α):相当塑性ひずみに依存する硬化関数、K(α,Θ):硬化関数の温度依存項、K(α,α):硬化関数のひずみ速度依存項を示す。
【0031】
なお、数式5は、引張り応力−ひずみ関係の評価式として一般的に使われる数式1の硬化関数に線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数β及び線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数βを追加した数式2の係数β及び係数βに、数式3及び数式4を代入して整理することにより得られる式である。
【0032】
したがって、この鉛材料の数値解析方法、装置及びプログラムによると、鉛材料の弾塑性構成式に鉛材料の応力−ひずみ関係の温度依存性をあらわす材料定数及びひずみ速度依存性をあらわす材料定数を組み込むようにしているので、有限要素法を用いた数値解析において鉛材料のひずみ速度依存性並びに温度依存性や変形による熱の生成及び鉛材料の温度上昇による力学特性の変化を考慮することができる。
【発明の効果】
【0033】
以上説明したように、本発明の鉛材料の数値解析方法、装置及びプログラムによれば、有限要素法を用いた数値解析において鉛材料のひずみ速度依存性並びに温度依存性や変形による熱の生成及び鉛材料の温度上昇による力学特性の変化を考慮することができるので、鉛材料の動的且つ熱依存的な力学特性を評価することが可能であり、鉛材料の数値解析の精度の向上を図ることができる。したがって、例えば鉛ダンパー等の免震・制震デバイスの性能評価を正確に行うことが可能になるので、免震・制震デバイスの設計においてダンパーの減衰性能を過大に評価して構造物等を危険に晒したり、減衰性能を過小に評価して必要以上のダンパーを設けて無駄なコストをかけてしまうことを防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明の構成を図面に示す最良の形態に基づいて詳細に説明する。
【0035】
図5から図10に、本発明の鉛材料の数値解析方法並びに数値解析装置の実施形態の一例を示す。
【0036】
本発明の鉛材料の数値解析装置は、鉛材料の応力−ひずみ関係データが記録された装置16にアクセス可能であると共に、装置16に鉛材料の応力−ひずみ関係データを記録する手段11aと、応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数、飽和する降伏応力、降伏応力の飽和に関する材料定数を算定する手段11bと、応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を算定する手段11cと、応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を算定する手段11dと、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を用いて温度依存性をあらわす材料定数を算定する手段11eと、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を用いてひずみ速度依存性をあらわす材料定数を算定する手段11fと、有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する手段11gとを有する。
【0037】
そして、この鉛材料の数値解析装置の処理は、図5のフロー図に示すステップに従って実行される。すなわち、数値解析を行う鉛材料の応力−ひずみ関係データが蓄積された応力−ひずみ関係データベースを構築するステップ(S1)と、応力−ひずみ関係データベースに蓄積された応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数と飽和する降伏応力と降伏応力の飽和に関する材料定数とを算定するステップ(S2)と、応力−ひずみ関係データ並びに線形の硬化係数等を用いて線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を算定するステップ(S3)と、応力−ひずみ関係データ並びに線形の硬化係数等を用いて線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を算定するステップ(S4)と、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を用いて温度依存性をあらわす材料定数を算定するステップ(S5)と、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を用いてひずみ速度依存性をあらわす材料定数を算定するステップ(S6)と、S1〜S6により算定されたパラメータ等を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係の数値解析を行うステップ(S7)とから構成される。
【0038】
上述の鉛材料の数値解析方法並びに数値解析装置は、鉛材料の数値解析プログラムをコンピュータ上で実行することによっても実現される。本実施形態では、鉛材料の数値解析プログラムを鉛材料の数値解析装置上で実行する場合を例に挙げて説明する。
【0039】
鉛材料の数値解析プログラム17を実行するための鉛材料の数値解析装置の全体構成を図6に示す。鉛材料の数値解析装置10は、制御部11、記憶部12、入力部13、表示部14及びメモリ15を備え相互にバス等の信号回線により接続されている。また、鉛材料の数値解析装置10にはデータサーバ16が通信回線等により接続されており、その通信回線等を介して相互にデータや制御指令等の信号の送受信(出入力)が行われる。
【0040】
制御部11は記憶部12に記憶されている鉛材料の数値解析プログラム17により鉛材料の数値解析装置10全体の制御並びに有限要素法を用いた鉛材料の応力−ひずみ関係の解析に係る演算を行うものであり、例えばCPUである。記憶部12は少なくともデータやプログラムを記憶可能な装置であり、例えばハードディスクである。入力部13は少なくとも作業者の命令をCPUに与えるためのインターフェイスであり、例えばキーボードである。表示部14は制御部11の制御により文字や図形等の表示を行うものであり、例えばディスプレイである。メモリ15は制御部11が各種制御や演算を実行する際の作業領域であるメモリ空間となる。データサーバ16はデータを少なくとも記憶可能なサーバである。
【0041】
鉛材料の数値解析装置10の制御部11には、鉛材料の数値解析プログラム17を実行することにより、鉛材料の応力−ひずみ関係データを記録した応力−ひずみ関係データベース18を構築するデータベース構築部11a、応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数、飽和する降伏応力、降伏応力の飽和に関する材料定数を算定する材料定数算定部11b、応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を算定する温度依存性係数算定部11c、応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を算定するひずみ速度依存性係数算定部11d、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を用いて温度依存性をあらわす材料定数を算定する温度依存性材料定数算定部11e、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を用いてひずみ速度依存性をあらわす材料定数を算定するひずみ速度依存性材料定数算定部11f、有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する有限要素解析部11gが構成される。
【0042】
本発明の数値解析方法の実行にあたっては、まず、制御部11のデータベース構築部11aは、数値解析を行う鉛材料(以下、解析対象材料と呼ぶ)の応力−ひずみ関係データをデータサーバ16に蓄積することにより応力−ひずみ関係データベース18を構築する(S1)。
【0043】
具体的には、データベース構築部11aは、解析対象材料の応力−ひずみ関係を測定したときの材料温度及びひずみ速度、並びに、応力の大きさ及び応力の大きさに対応するひずみの大きさといった項目を表示部14に表示すると共に、入力部13により入力された数値を項目毎にデータサーバ16に書き込むことにより、解析対象材料に関する応力−ひずみ関係データのデータベース18(以下、応力−ひずみ関係DB18と表記する)を構築する。
【0044】
なお、本発明の鉛材料の弾塑性構成式を用いた数値解析を行うためには、応力−ひずみ関係に与えるひずみ速度依存性を考慮するために、材料温度は同じで異なる少なくとも二つのひずみ速度での応力−ひずみ関係データが必要であると共に、応力−ひずみ関係に与える温度依存性を考慮するために、ひずみ速度は同じで異なる少なくとも二つの材料温度での応力−ひずみ関係データが必要である。また、材料温度とひずみ速度との組み合わせのそれぞれについて、少なくとも二つの応力−ひずみ関係データが必要である。なお、材料温度とひずみ速度との組み合わせのそれぞれについてより多くの応力−ひずみ関係データがあることが好ましい。
【0045】
本実施形態では、直径30mm・長さ180mmの試験体を用いて、材料温度を26℃(299K)で一定とすると共に引張りひずみ速度を変化させた解析対象材料の一軸引張り試験を行う。データベース構築部11aは、引張り試験の結果得られたデータを入力部13を介してデータサーバ16に書き込み蓄積して、応力−ひずみ関係DB18を構築する。
【0046】
引張りひずみ速度の範囲は特に限定されるものではないが、解析対象材料の実際の使用状態において想定される引張りひずみ速度の範囲で設定することが好ましい。具体的には例えば0.001%/秒から30%/秒程度の範囲で設定することが考えられる。本実施形態では、引張りひずみ速度として0.01%/秒、0.1%/秒、1%/秒及び10%/秒を設定する。
【0047】
本実施形態の引張りひずみ速度別の引張り応力−引張りひずみ関係を図7に示す(引張りひずみ速度別に図中の記号○,□,△,▽)。
【0048】
さらに、本実施形態では、直径30mm・長さ180mmの試験体を用いて、ひずみ速度を1%/秒で一定とすると共に材料温度を変化させた解析対象材料の一軸引張り試験を行う。データベース構築部11aは、引張り試験の結果得られたデータを入力部13を介してデータサーバ16に書き込み蓄積して、応力−ひずみ関係DB18を構築する。
【0049】
材料温度の範囲は特に限定されるものではないが、解析対象材料の実際の使用状態において想定される材料温度の範囲で設定することが好ましい。具体的には例えば−30℃から200℃程度の範囲で設定することが考えられる。本実施形態では、材料温度として−10℃、26℃、50℃、80℃及び150℃を設定する。
【0050】
本実施形態の材料温度別の引張り応力−引張りひずみ関係を図8に示す(材料温度別に図中の記号○,□,△,▽,+)。
【0051】
次に、S1で構築した応力−ひずみ関係DB18に蓄積された応力−ひずみ関係データを用いて、線形の硬化係数、飽和する降伏応力及び降伏応力の飽和に関する材料定数を算定する(S2)。
【0052】
まず、制御部11の材料定数算定部11bは、S2の処理で使用する応力−ひずみ関係データの材料温度及びひずみ速度の指定を要求する内容のメッセージを表示部14に表示し、入力部13を介して入力された作業者の指定の値をメモリ15に記憶させる。材料温度及びひずみ速度の指定値は、特に限定されるものではなく、解析対象材料の一般的な使用状態等を考慮して作業者が適切な指定値を設定する。なお、材料温度及びひずみ速度の指定値は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定するようにしても良い。本実施形態では、解析対象材料の最も一般的な使用状態と想定される条件であって、S1の引張り試験の条件である材料温度26℃(299K)且つ引張りひずみ速度1%/秒の応力−ひずみ関係データを用いる。
【0053】
材料定数算定部11bは、データサーバ16に保存された応力−ひずみ関係DB18から、材料温度及びひずみ速度がメモリ15に記憶させた指定値と一致する応力−ひずみ関係データを読み込み、メモリ15に記憶させる。
【0054】
続いて、材料定数算定部11bは、メモリ15に記憶させた応力−ひずみ関係データを数式6により近似し、材料定数として線形の硬化係数H、飽和する降伏応力K及び降伏応力の飽和に関する材料定数Kを算定する。そして、材料定数算定部11bは、線形の硬化係数H、飽和する降伏応力K及び降伏応力の飽和に関する材料定数Kの値をメモリ15に記憶する。なお、数式6は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定しておく。
【0055】
(数6)σ=σ+Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(%)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数。
【0056】
本実施形態では、線形の硬化係数H=26.23MPa、飽和する降伏応力K=17.46MPa、降伏応力の飽和に関する材料定数K=19.20がそれぞれ算定される。なお、最大応力を生じた後に応力が低下する特性は、本発明による材料特性の評価に必要な応力−ひずみ関係を表していないと考えられるため、軟化後の結果はモデル化には用いない。
【0057】
なお、初期降伏荷重σは、例えば鉛材料についての材料試験や解析の結果に基づいて設定する。初期降伏荷重σは、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定するようにしても良いし、または、初期降伏荷重σの値の指定を要求する内容のメッセージを表示部14に表示すると共に作業者の指定の値を入力部13を介して材料定数算定部11bに与えたり、メモリ15に記憶するようにしても良い。本実施形態では、鉛材料についての既存の解析結果に基づいて初期降伏荷重σを4.3MPaとする(松田昭博・矢花修一・Rene de Borst:鉛を用いた免震・制振デバイスにおける減衰特性の数値シミュレーション,電力中央研究所研究報告書,No.N04014,2005年)。
【0058】
次に、S1で構築した応力−ひずみ関係DB18に蓄積された応力−ひずみ関係データ、並びに、S2で算定した線形の硬化係数、飽和する降伏応力及び降伏応力の飽和に関する材料定数を用いて、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を算定する(S3)。
【0059】
まず、制御部11の温度依存性係数算定部11cは、S3の処理で使用する応力−ひずみ関係データのひずみ速度の指定を要求する内容のメッセージを表示部14に表示し、入力部13を介して入力された作業者の指定の値をメモリ15に記憶させる。ひずみ速度の指定値は、特に限定されるものではなく、解析対象材料の一般的な使用状態等を考慮して作業者が適切な指定値を設定する。なお、ひずみ速度の指定値は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定するようにしても良い。本実施形態では、解析対象材料の最も一般的な使用状態と想定される条件であって、S1の引張り試験の条件である引張りひずみ速度が1%/秒の応力−ひずみ関係データを用いる。
【0060】
温度依存性係数算定部11cは、データサーバ16に保存された応力−ひずみ関係DB18から、ひずみ速度がメモリ15に記憶させた指定値と一致する応力−ひずみ関係データを読み込み、メモリ15に記憶させる。これにより、メモリ15には、ひずみ速度が1%/秒で一定且つ材料温度が異なる応力−ひずみ関係データが記憶される。
【0061】
続いて、温度依存性係数算定部11cは、S2でメモリ15に記憶させた線形の硬化係数H、飽和する降伏応力K及び降伏応力の飽和に関する材料定数Kの値、並びに初期降伏荷重σの値を用い、メモリ15に新たに記憶させた応力−ひずみ関係データを数式7により近似し、線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数βを算定する。なお、数式7は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定しておく。
【0062】
(数7)σ=σ+H(1+β)α+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(%)、β:線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数、K:飽和する降伏応力、K:降伏応力の飽和に関する材料定数。
【0063】
このとき、温度依存性係数算定部11cは、メモリ15に新たに記憶させた応力−ひずみ関係データを材料温度別に分け、材料温度別に係数βを算定する。そして、温度依存性係数算定部11cは、材料温度別に算定した係数βの値をメモリ15に記憶する。
【0064】
材料温度別に算定される係数βを図9に示す(図中の記号○)。
【0065】
次に、S1で構築した応力−ひずみ関係DB18に蓄積された応力−ひずみ関係データ、並びに、S2で算定した線形の硬化係数、飽和する降伏応力及び降伏応力の飽和に関する材料定数を用いて、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を算定する(S4)。
【0066】
まず、制御部11のひずみ速度依存性係数算定部11dは、S4の処理で使用する応力−ひずみ関係データの材料温度の指定を要求する内容のメッセージを表示部14に表示し、入力部13を介して入力された作業者の指定の値をメモリ15に記憶させる。材料温度の指定値は、特に限定されるものではなく、解析対象材料の一般的な使用状態等を考慮して作業者が適切な指定値を設定する。なお、材料温度の指定値は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定するようにしても良い。本実施形態では、解析対象材料の最も一般的な使用状態と想定される条件であって、S1の引張り試験の条件である材料温度が26℃の応力−ひずみ関係データを用いる。
【0067】
ひずみ速度依存性係数算定部11dは、データサーバ16に保存された応力−ひずみ関係DB18から、材料温度がメモリ15に記憶させた指定値と一致する応力−ひずみ関係データを読み込み、メモリ15に記憶させる。これにより、メモリ15には、材料温度が26℃で一定且つ引張りひずみ速度が異なる応力−ひずみ関係データが記憶される。
【0068】
続いて、ひずみ速度依存性係数算定部11dは、S2でメモリ15に記憶させた線形の硬化係数H、飽和する降伏応力K及び降伏応力の飽和に関する材料定数Kの値、並びに初期降伏荷重σの値を用い、メモリ15に新たに記憶させた応力−ひずみ関係データを数式8により近似し、線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数βを算定する。なお、数式8は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定しておく。
【0069】
(数8)σ=σ+H(1+β)α+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(%)、β:線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数、K:飽和する降伏応力、K:降伏応力の飽和に関する材料定数。
【0070】
このとき、ひずみ速度依存性係数算定部11dは、メモリ15に新たに記憶させた応力−ひずみ関係データを引張りひずみ速度別に分け、引張りひずみ速度別に係数βを算定する。そして、ひずみ速度依存性係数算定部11dは、引張りひずみ速度別に算定した係数βの値をメモリ15に記憶する。
【0071】
引張りひずみ速度別に算定される係数βを図10に示す(図中の記号○)。
【0072】
次に、S3で算定した材料温度別の係数βの値を用いて、温度依存性をあらわす材料定数を算定する(S5)。
【0073】
制御部11の温度依存性材料定数算定部11eは、材料温度別の係数βの値(即ち、材料温度と係数βの値との組み合わせのデータ)をメモリ15から読み込み、この材料温度Θと係数βの値との間の関係の回帰式である数式9を用いて両者の間の関係を回帰することにより、温度依存性をあらわす材料定数ωを算定する。なお、数式9は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定しておく。
【0074】
(数9)−β=ω(Θ−Θ
ここに、β:線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数、ω:温度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(℃)。
【0075】
ここで、S2において線形の硬化係数Hを算定する際に用いた応力−ひずみ関係データの材料温度の指定値を温度依存性を評価する基準となる材料温度Θとして用いる。本実施形態では、S2において材料温度26℃(299K)の応力−ひずみ関係データを用いて線形の硬化係数Hを算定しているので、温度依存性を評価する基準となる材料温度Θは26℃(299K)となる。温度依存性材料定数算定部11eは、この材料温度の指定値をメモリ15から読み込み、温度依存性をあらわす材料定数ωを算定する。本実施形態では、材料定数ω=0.0283となる。
【0076】
次に、S4で算定したひずみ速度別の係数βの値を用いて、ひずみ速度依存性をあらわす材料定数を算定する(S6)。
【0077】
制御部11のひずみ速度依存性材料定数算定部11fは、ひずみ速度別の係数βの値(即ち、ひずみ速度と係数βの値との組み合わせのデータ)をメモリ15から読み込み、このひずみ速度αと係数βの値との間の関係の回帰式である数式10を用いて両者の間の関係を回帰することにより、ひずみ速度依存性をあらわす材料定数K及びKを算定する。なお、数式10は、鉛材料の数値解析プログラム17上に予め規定しておく。本実施形態では、材料定数K=1.64、K=0.906となる。
【0078】
(数10)β=K+Klog(α)
ここに、β:線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)。
【0079】
次に、S2からS6までの処理により算定したパラメータ、並びに、鉛材料の弾塑性構成式として、前述の発明者らの知見に基づき、鉛材料の応力−ひずみ関係の温度依存性及びひずみ速度依存性を考慮可能な数式11を用いて数値解析を行う(S7)。
【0080】
(数11)σ=σ+K(α)+K(α,Θ)+K(α,α
ただし、
K(α)=Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}、
K(α,Θ)=−Hω(Θ−Θ)・α、
K(α,α)=H(K+K・log(α))・α。
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(1)、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(℃)、ω:温度依存性をあらわす材料定数。また、K(α):相当塑性ひずみに依存する硬化関数、K(α,Θ):硬化関数の温度依存項、K(α,α):硬化関数のひずみ速度依存項を示す。
【0081】
ここで、一軸の応力−ひずみ関係を3軸に拡張して、弾塑性構成則を構成するために必要な降伏関数fを数式12のように定義する。応力の硬化関数Kに対する降伏関数fの定義自体は周知の技術(例えば、社団法人日本塑性加工学会編:非線形有限要素法,コロナ社,1994年11月)であるのでここでは詳細については省略するが、本発明では静水圧に無関係なMisesの降伏条件を利用する。
【0082】
【数12】

ここに、f:降伏関数(MPa)、ξ:背応力を考慮した偏差応力テンソル(MPa)、α:相当塑性ひずみ(%)、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)、Θ:材料温度(℃)、K:温度(ケルビン)。
【0083】
なお、数式12において、記号‖x‖はxのノルムをあらわし、‖x‖=(x:x)に等しい。また、テンソルξは移動硬化を考慮する際の背応力Βによって偏差応力sを引き下げた応力として数式13で表される。
【0084】
(数13)ξ=s−Β
ここに、ξ:背応力を考慮した偏差応力テンソル(MPa)、s:偏差応力(MPa)、B:背応力(MPa)。
【0085】
偏差応力sはCauchy応力Tの偏差成分をあらわし、数式14であらわされる。なお、本実施形態では、移動硬化は考慮しないために背応力Bは発生せず、ξ=sとなる。
【0086】
【数14】

ここに、s:偏差応力(MPa)、T:Cauchy応力(MPa)、I:単位行列(3行3列)。
【0087】
数式11を用いた力学・熱連成解析のための有限要素定式化を行う。なお、有限要素解析や有限要素定式化自体は周知の技術であるのでここでは詳細については省略する。本発明においては、力学問題と熱問題とを連成して精度良く解析することを可能とするため、ある領域を占める固体物質の有する力学的エネルギーと熱エネルギーの総和の変化が外部からなされる力学的な仕事と内部の熱生成と外部からの熱供給との和に等しいことを示す熱動力学の第一定理を用いて定式化を行う(例えば、H. Ziegler:An introduction to thermodynamics,North Holland publishing company,1977年)。そして、本発明における有限要素定式化は、周知の定式化の方法(例えば、J. Lemaitre and J.-L. Chaboche:Mechanics of solid materials,Cambridge University Press,1990年)に対して有限変形の応力とひずみを適用することにより可能である。
【0088】
続いて、鉛材料の応力−ひずみ関係の温度依存性及びひずみ依存性を考慮可能な弾塑性構成式である数式11を用いた力学・熱連成解析のための有限要素定式化に基づいて、有限要素法を用いた鉛材料の応力−ひずみ関係の数値解析を行う。そして、本発明の鉛材料の応力−ひずみ関係の温度依存性及びひずみ依存性を考慮可能な弾塑性構成式を用いた数値解析方法の妥当性を検証するため、S1の引張り試験の結果と比較する。なお、S1からS6までの結果から、本実施形態で用いる数値解析モデルを整理すると表1の通りである。
【0089】
【表1】

【0090】
ここで、ヤング係数E及びポアソン比νは、例えば鉛材料についての材料試験や解析の結果に基づいて設定する。本実施形態では、鉛材料についての既存の解析結果に基づいてヤング係数Eを16,000MPaとし、ポアソン比νを0.41とする(松田昭博・矢花修一・Rene de Borst:鉛を用いた免震・制振デバイスにおける減衰特性の数値シミュレーション,電力中央研究所研究報告書,No.N04014,2005年)。また、解析対象材料は鉛であるので、比熱cは26.5J/K・mol、密度ρは11.337・10kg/mとする。
【0091】
本実施形態では、八節点の立体要素を一つ用い、引っ張り変形を模擬した境界条件を設定すると共にS1の引張り試験の条件と同一の解析条件を用いて数値解析を行う。
【0092】
引張りひずみ速度別の応力−ひずみ関係の数値解析の結果をS1の引張り試験の結果と共に図7に示す(図中の記号○,□,△,▽は引張りひずみ速度別の試験結果、実線は解析結果を示す)。この結果から、本発明の数値解析は、最大応力が発生するまでの硬化、及び硬化のひずみ速度への依存性を良好に再現していることが確認できる。
【0093】
また、材料温度別の応力−ひずみ関係の数値解析の結果をS1の引張り試験の結果と共に図8に示す(図中の記号○,□,△,▽,+は材料温度別の試験結果、実線は解析結果を示す)。この結果から、本発明の数値解析は、最大応力が発生するまでの硬化、及び硬化の材料温度への依存性を良好に再現していることが確認できる。
【0094】
なお、本実施形態では、材料定数を算定する際に最大応力が発生した後の試験結果を用いていないため、最大応力発生後の軟化については試験結果と解析結果とを比較することはできない。
【0095】
上述のように、本発明の数値解析方法によれば、鉛材料の温度とひずみ速度の依存性を考慮できる構成則を用いると共に熱動力学的な解析手法を用いているため、鉛材料のひずみ速度依存性並びに温度依存性や変形による熱の生成及び温度上昇による力学特性の変化を取り扱うことができ、その鉛材料の実際の使用状態において想定される引張りひずみ速度や材料温度の変化が生じる環境での動的な力学挙動を評価することができる。
【0096】
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。例えば、本実施形態では、材料定数である線形の硬化係数H、飽和する降伏応力K、降伏応力の飽和に関する材料定数Kを算定する際に解析対象材料の最も一般的な使用状態と想定される材料温度26℃(299K)、引張りひずみ速度1%/秒の試験結果を用いるようにしているが、試験条件はこれらに限定されるものではなく、他の材料温度や引張りひずみ速度の試験結果を用いるようにしても良い。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明の鉛材料の数値解析方法は、例えば、鉛材料を用いた免震・制震デバイス(例えば鉛ダンパー)の性能評価を精度良く行うことができるので、材料工学、構造工学、構造物の設計実務等の分野で利用価値が高い。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】引張り応力−引張りひずみ特性に与える引張りひずみ速度の影響並びにせん断変形試験との比較を示す図である。
【図2】引張り応力−引張りひずみ特性に与える材料温度の影響を示す図である。
【図3】材料温度別の線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を求めた結果を示す図である。
【図4】引張りひずみ速度別の線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を求めた結果を示す図である。
【図5】本発明の鉛材料の数値解析方法の実施形態の一例を説明するフローチャートである。
【図6】本実施形態の鉛材料の数値解析方法をプログラムを用いて実施する場合の鉛材料の数値解析装置の全体構成図である。
【図7】実施形態の引張りひずみ速度別の引張り応力−引張りひずみ関係を示す図である。
【図8】実施形態の材料温度別の引張り応力−引張りひずみ関係を示す図である。
【図9】実施形態の材料温度別の線形の硬化係数と温度依存性とを関連づける係数を算定した結果を示す図である。
【図10】実施形態のひずみ速度別の線形の硬化係数とひずみ速度依存性とを関連づける係数を算定した結果を示す図である。
【符号の説明】
【0099】
10 鉛材料の数値解析装置
11 制御部
11a データベース構築部
11b 材料定数算定部
11c 温度依存性係数算定部
11d ひずみ速度依存性係数算定部
11e 温度依存性材料定数算定部
11f ひずみ速度依存性材料定数算定部
11g 有限要素解析部
12 記憶部
13 入力部
14 表示部
15 メモリ
16 データサーバ
17 鉛材料の数値解析プログラム
18 応力−ひずみ関係データベース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有限要素法を用いて鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する数値解析方法において、前記鉛材料の弾塑性構成式として数1を用いることを特徴とする鉛材料の数値解析方法。
(数1) σ=σ+K(α)+K(α,Θ)+K(α,α
ただし、
K(α)=Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
K(α,Θ)=−Hω(Θ−Θ)・α
K(α,α)=H(K+K・log(α))・α
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(1)、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(℃)、ω:温度依存性をあらわす材料定数。また、K(α):相当塑性ひずみに依存する硬化関数、K(α,Θ):硬化関数の温度依存項、K(α,α):硬化関数のひずみ速度依存項を示す。
【請求項2】
鉛材料の応力−ひずみ関係データが記録された装置にアクセス可能であると共に有限要素法を用いて前記鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する数値解析装置において、前記鉛材料の弾塑性構成式として数1を用いて前記鉛材料の応力−ひずみ関係を解析する手段を有することを特徴とする鉛材料の数値解析装置。
(数1) σ=σ+K(α)+K(α,Θ)+K(α,α
ただし、
K(α)=Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
K(α,Θ)=−Hω(Θ−Θ)・α
K(α,α)=H(K+K・log(α))・α
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(1)、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(℃)、ω:温度依存性をあらわす材料定数。また、K(α):相当塑性ひずみに依存する硬化関数、K(α,Θ):硬化関数の温度依存項、K(α,α):硬化関数のひずみ速度依存項を示す。
【請求項3】
鉛材料の応力−ひずみ関係データが記録されたデータベースにアクセス可能なコンピュータに有限要素法を用いて前記鉛材料の応力−ひずみ関係の解析を行わせるためのプログラムにおいて、前記鉛材料の弾塑性構成式として数1を用いて前記鉛材料の応力−ひずみ関係の解析をコンピュータに行わせることを特徴とする鉛材料の数値解析プログラム。
(数1) σ=σ+K(α)+K(α,Θ)+K(α,α
ただし、
K(α)=Hα+(K−σ){1.0−exp(−K・α)}
K(α,Θ)=−Hω(Θ−Θ)・α
K(α,α)=H(K+K・log(α))・α
ここに、σ:引張り応力(MPa)、σ:初期降伏荷重(MPa)、H:線形の硬化係数(MPa)、α:相当塑性ひずみ(1)、α:相当塑性ひずみ速度(1/秒)、K:飽和する降伏応力(MPa)、K:降伏応力の飽和に関する材料定数、K及びK:ひずみ速度依存性をあらわす材料定数、Θ:材料温度(℃)、Θ:温度依存性を評価する基準となる材料温度(℃)、ω:温度依存性をあらわす材料定数。また、K(α):相当塑性ひずみに依存する硬化関数、K(α,Θ):硬化関数の温度依存項、K(α,α):硬化関数のひずみ速度依存項を示す。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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