説明

銀粉末または銀合金粉末、銀または銀合金の造形体の製造方法並びに銀または銀合金の造形体

【課題】従来、レーザー焼結法によって銀粉末を焼結させようとすると、銀粉末はレーザー光に対する高い反射性と焼結後の高い熱伝導率によって、焼結を十分に行うことが難しく、焼結体の強度が不足するという問題があった。したがって、レーザー焼結において、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結することが出来る銀粉末を提供とすること、さらには、安価で粉体流動性が高く均一に掃き均すことが出来る銀粉末を提供し、高品質な焼結体(銀造形体)を提供することにある。
【解決手段】銀粉末の表面を硫化させることで、この銀粉末の表面を黒褐色にして、レーザー光の吸収率を高め、焼結を促進させる。また、その銀粉末の粒度分布を、平均粒径が10〜100μmとし、粒度分布上の体積における累積値が累積値10%において1μmより大きく、累積値90%において200μmより小さい粒度分布に調整することで、レーザー焼結に適した粉体流動性を与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザー焼結によって立体造形物を製作する際に用いる銀粉末または銀合金粉末、さらにはその銀粉末または銀合金粉末を用いた銀または銀合金の造形体の製造方法並びにその銀または銀合金の造形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
CADデータから直接、立体造形物を製作する技術として、いわゆる高速試作製造が知られている。この高速試作製造の一法に、粉末を一層ごとに掃き均して、レーザーで目的部分のみを焼結させて立体造形物を作っていく選択的レーザー焼結(Selective Laser Sintering、以下SLSと略記)という方法がある。
【0003】
選択的レーザー焼結装置の仕組みを、具体的に図9を用いて説明する。図9の右側の粉体供給室170に粉末110を入れる。粉体供給室170の垂直稼動機構150により、粉末は、押し上げられ、スキージングブレード120によって左側のレーザー焼結室180へ水平に掃き均し、所定の厚さの粒子層を形成する。この粉末層の厚さは、調整可能であり、例えば20〜50μmとすることができる(図9の粒子層h)。
一方、レーザー光源100より照射されたレーザー光を、レーザー光走査装置130によって、レーザー焼結室180の特定位置に導き、敷かれている粉末層の特定部分に照射することで、レーザー焼結室180の特定部分の粉末110を焼結又は溶融させる。
照射が終わると、レーザー焼結室180の垂直稼動機構160が粒子層hの高さだけ下に下がる。再び、粉体供給室170の垂直稼動機構150により、粉体供給室170の粉末は、粒子層hの高さだけ押し上げられ、スキージングブレード120によって左側へ水平に掃き均される。
【0004】
この単位焼結工程を繰り返すことで、レーザー焼結室180の上面に粉末110を掃き均して形成した粒子層の特定部分を焼結または溶融させ、その焼結または溶融させた層を積層していくことにより、立体的な造形物を形成していく。なお、一層ごとに、レーザー照射する走査パターンは、事前に装置に入力した3次元CADデータによって与えられる。
【0005】
近年、選択的レーザー焼結は、レーザー技術の向上に伴い、プラスチックの造形を中心として、急速に発展してきている。
選択的レーザー焼結で造形できる材料は、樹脂だけでなく、セラミックや一部の金属にまで広がっている。選択的レーザー焼結で造形できる金属材料としては、鉄系材料、ニッケル系材料、ブロンズ系材料、ステンレス、コバルトクロム、チタンなどがある。また、高エネルギー密度のレーザー光を照射できる装置、例えばCONCEPT Laser社製の装置名M3Liner、MCP-HEK社製の装置名Realizer、EOS社製の装置名EOSINT M270などでは、上記金属粉末を用いて、高い焼結性や溶融性を有する立体造形物を造形できるようになってきている(例えば、非特許文献1、2参照)。
【非特許文献1】kruth et al,binding mechanism in selective laser sinterring and selective laser melting,proc.15th solid freeform fabrication symposium,2004,cf.chapter4.
【非特許文献2】edson costa santos et al,rapid manufacturing of metal components by laser forming,international journal of machine tools & manufacture46(2006)1459-1468,cf.p1463 table3.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、発明者は、後述する比較例1〜比較例3の如く、銀粉末を用いて選択的レーザー焼結を試みたが、銀の焼結品は得られなかった。
レーザー焼結によって銀粉末が焼結しなかった理由として、銀は、極めて低い光の吸収率(波長10〜1μmにおいて約1%の吸収率)しかないこと、また、造形時、銀粉末の焼結が進行するにつれて銀本来の高い熱伝導率(0℃において428[W/mK])により、吸収されたレーザーエネルギーのうち銀焼結体から脱熱する熱量が大きくなっていくことなどが挙げられる。
【0007】
このため、銀粉末をレーザー焼結によって造形し焼結品又は溶融物を得るためには、レーザー光が粉末表面に当たるときのエネルギー密度を極めて高いものにしなければならない。極めて高いエネルギー密度のレーザー光を発するためには、選択的レーザー焼結装置におけるレーザー光源の高い性能が要求され、使用できる装置も限定されると共に、設備費等のコスト面においても問題が生ずる。
また、レーザー焼結に用いられる銀粉末の粒度分布が適切でない等の理由により粉体流動性が悪いとスキージングブレード120によって銀粉末を均一に掃き均すことができず、立体造形物を作製することが困難である。
【0008】
そこで本発明の第1の目的は、レーザー焼結において、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結することが出来る銀粉末を提供とすることにある。
さらに本発明の第2の目的は、レーザー焼結において、安価で粉体流動性が高く均一な粒子層に掃き均すことが出来る銀粉末を提供し、高品質な焼結体(銀造形体)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は前記課題を解決すべく、鋭意研究の結果、銀粉末または銀合金粉末の表面を硫化させて黒みを付けると、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結させることが出来ることを見出し、本発明に到達したものである。
すなわち、上記問題点を解決するための本発明の請求項1に係わる銀粉末または銀合金粉末は、レーザー焼結によって銀造形物を作るための銀粉末または銀合金粉末であって、表面を硫化させたことを特徴とする。
かような請求項1の銀粉末または銀合金粉末によれば、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結することが出来る。しかも、硫化させられて表面が黒みを帯びた銀または銀合金の粉末は、焼結または溶融すると、その焼結または溶融部分から硫黄分が揮散して元の銀または銀合金の色に戻る。
【0010】
上記問題点を解決するための本発明の請求項2に係わる銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が10〜100μmであって、少なくとも粒子表面を硫化させたことを特徴とする。
かような構成によっても、該銀粉末または銀合金は、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結することが出来ると共に、すぐれた粉体流動性を有することになり、選択的レーザー焼結装置において所定の厚さに掃き均すことが出来、レーザー焼結によって造形し焼結品又は溶融物を得ることが出来る。しかも、硫化させられて表面が黒みを帯びた銀または銀合金の粉末は、焼結または溶融すると、その焼結または溶融部分から硫黄分が揮散して元の銀または銀合金の色に戻る。
【0011】
このような請求項1乃至請求項2における本発明の銀粉末または銀合金粉末とは、少なくとも表面を硫化させた銀粉末または銀合金粉末であって、内部には硫化されない銀部分または銀合金部分を有する粉末と定義される。
硫化された層の表面からの硫化層厚さは、レーザー焼結によって造形する造形物の目的によって適宜選択すればよい。
また、本発明に係わる平均粒径とは、中位径、中径、メディアン径、メジアン径または50%粒子径とも言い、通常D50で表示されるもので、累積曲線の50%に対応する粒径を意味する。具体的には3本のレーザー散乱光検出機構を持つレーザー回折式粒度分布測定装置(マイクロトラック社製)を用い、測定条件を[粒子透過性:反射]と[真球/非球形:非球形]としたときに測定される粒度分布のD50の値とする。
【0012】
さらに、上述した本発明における好ましい実施形態を述べると、本発明の請求項3に係わる銀粉末または銀合金粉末は、上記した請求項1または請求項2において、前記銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が10〜100μmであって、粒度分布における粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において1μmより大きく、累積値90%において200μmより小さい粒度分布を有することを特徴とする。
さらに好ましくは、前記銀粉末は、平均粒径が20〜70μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において5μmより大きく、累積値90%において150μmより小さい粒度分布を有するものとする。
本発明の請求項3に係わる銀粉末または銀合金粉末は、篩い分級等によって上記粒度分布にすることにより、選択的レーザー焼結に適した粉体流動性を有し、選択的レーザー焼結装置において所定の厚さの粒子層に掃き均すことが出来、レーザー焼結によって造形し焼結品又は溶融物を得ることが出来る。
【0013】
なお、上記請求項3における本発明の粒度分布おける体積累積値10%の粒径と体積累積値90%の粒径とは、3本のレーザー散乱光検出機構を持つレーザー回折式粒度分布測定装置(マイクロトラック社製)を用い、測定条件を[粒子透過性:反射]と[真球/非球形:非球形]としたときに測定される粒度分布におけるD10とD90の粒径値を意味する。
【0014】
本発明の請求項4に係わる銀または銀合金の造形体の製造方法は、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の銀粉末または銀合金粉末にレーザー光をあてて焼結または溶融させ造形物を形成することを特徴とする。
本発明の請求項4に係わる銀または銀合の造形体の製造方法は、レーザー焼結において、銀粉末または銀合金粉末を硫化処理することによって、焼結が促進され、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結することが出来る。
照射したレーザー光が粉末表面に当たるときのエネルギー密度が同一であっても、銀粉末または銀合金粉末を硫化処理することによって、焼結が促進され、造形物の密度が上がる。また、硫化して表面が黒みを帯びた銀または銀合金の粉末は、焼結または溶融すると、その焼結または溶融部分から硫黄分が揮散して元の銀または銀合金の色に戻る。
【0015】
本発明の請求項5に係わる銀または銀合金の造形体は、請求項4記載の方法により製造したことを特徴とする。
請求項5に係わる本発明においては、銀粉末または銀合金粉末が硫化処理されているので、焼結が促進され、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結して銀または銀合金の造形体を得ることが出来る。
照射したレーザー光が粉末表面に当たるときのエネルギー密度が同一であっても、銀粉末または銀合金粉末を硫化処理されているので、焼結が促進され、密度が高い造形物が得られる。また、硫化させられて表面が黒みを帯びた銀または銀合金の粉末は、焼結または溶融すると、その焼結または溶融部分から硫黄分が揮散するので、表面が本来の銀または銀合金の色の造形物が得られる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、表面を硫化させた銀粉末または銀合金粉末に、レーザー光を照射すると、レーザー光の吸収率が向上し焼結が促進する。このために、従来に比して低いエネルギー密度のレーザー光で焼結することが出来、照射したレーザー光が粉末表面に当たるときのエネルギー密度が同一であっても、密度が高い造形物が得られるという効果を奏する。しかも、硫化させられて表面が黒みを帯びた銀または銀合金の粉末は、焼結または溶融すると、その焼結または溶融部分から硫黄分が揮散して、表面が元の銀または銀合金の色に戻るという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が10〜100μmのものが好ましく使用できる。さらには、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が10〜100μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において1μmより大きく、好ましくは1〜70μmの範囲であり、累積値90%において200μmより小さい、好ましくは30〜200μmの範囲である粒度分布を有するものを使用するのがよい。
【0018】
上記平均粒径とは、中位径、中径、メディアン径、メジアン径または50%粒子径とも言い、通常D50で表示されるもので、累積曲線の50%に対応する粒径を意味し、具体的には3本のレーザー散乱光検出機構を持つレーザー回折式粒度分布測定装置(マイクロトラック社製)を用い、測定条件を[粒子透過性:反射]と[真球/非球形:非球形]としたときに測定される粒度分布のD50の値である。
また、上記粒度分布における体積累積値10%および体積累積値90%の粒径とは、この測定された粒度分布のD10とD90の粒径値である。
【0019】
より好ましくは、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が20〜70μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において5μmより大きく、好ましくは5〜50μmの範囲であり、累積値90%において150μmより小さい、好ましくは30〜150μmの範囲である粒度分布を有するものを使用するのがよい。
さらにより好ましくは、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が20〜55μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において5μmより大きく、好ましくは5〜40μmの範囲であり、累積値90%において70μmより小さい、好ましくは30〜70μmの範囲である粒度分布を有するものを使用するのがよい。
【0020】
上記粒度分布を有する銀粉末または銀合金粉末は、選択的レーザー焼結に適した粉体流動性が与えられる。このときの銀粉末または銀合金粉末は、ガスアトマイズ法や熱分解法等で製造された球形粉が好ましく使用される。同一粒径の場合、水アトマイズ法や粉砕法により製造される不定形粉よりもこの球形粉の方が流動性がよい。
一方、水アトマイズ法や粉砕法により製造される不定形粉は、銀粉末または銀合金粉末の製造コストが下げられるという利点がある。また、レーザー焼結による造形密度は、不定形粉の方が、高密度になる傾向にあることが知られている。しかし、不定形粉の場合は、選択的レーザー焼結に適した粉体流動性を確保するために、篩い分級等により、上述の粒度分布からより狭い粒度分布になるように調整し、レーザー焼結に適した粉体流動性を確保することが好ましい。
【0021】
すなわち、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末が、水アトマイズ法や粉砕法による不定形粉の場合においては、平均粒径が40〜100μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において20μmより大きく、累積値90%において200μmより小さい粒度分布を有するものを使用するのがよい。
【0022】
より好ましくは、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末が不定形粉の場合においては、平均粒径が46〜70μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において20μmより大きく、好ましくは20〜50μmの範囲であり、累積値90%において150μmより小さい、好ましくは50〜150μmの範囲である粒度分布を有するものを使用するのがよい。
さらにより好ましくは、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末が不定形粉の場合においては、平均粒径が46〜55μmであって、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において30μmより大きく、好ましくは30〜40μmの範囲であり、累積値90%におて70μmより小さい、好ましくは60〜70μmの範囲である粒度分布を有するものを使用するのがよい。
【0023】
いずれにしても、本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末は、篩い分級することによって、10〜100μmを平均粒径として、粒度分布おける粒径の小さい方からの体積累積値が累積値10%において1μmより大きく、累積値90%において200μmより小さい粒度分布を有するものから適宜選択することにより、選択的レーザー焼結に適した粉体流動性を確保することが出来る。これによりレーザー焼結に適した所定厚さhの、銀粉末の粒子層(図9参照)を均一に掃き均すことができる。
【0024】
上述のように分級した銀粉末または銀合金粉末に対して、硫化処理を施し、表面を黒褐色にすることで、レーザー光の吸収率を上げる。
銀または銀合金の硫化は、次の化学反応式によって進行し、この反応式に従う方法ならばいかなる方法であってもよく、銀粉末が硫化され表面が黒褐色となればよい。
【0025】
2Ag + S2- → AgS
【0026】
この場合、銀または銀合金を硫化させるイオウイオン(S2−)が存在する溶液であれば何でも良いが、例えば、硫化アンモニウム水溶液や硫黄を主成分とする商品名「六一○ハップ」(武藤鉦製薬株式会社製)の希釈液に銀粉末または銀合金粉末を浸漬させることで、少なくとも表面を硫化させた銀粉末または銀合金粉末が得られる。この銀粉末または銀合金粉末の内部には硫化されない銀部分または銀合金部分を有する。硫化された層の表面からの硫化層厚さは、レーザー焼結によって造形する造形物の目的によって適宜選択すればよい。
【0027】
なお、商品名「六一○ハップ」は、硫黄202.5g、生石灰67.5g、カゼイン0.12g、硫化カリ0.15gを常水729.73gに加熱溶解し常温の比重をボーメー約30度に濃縮し濾過したものであり、1kg中の硫黄の絶対量は160〜195gを含んでいる。
【0028】
硫化膜の膜厚、すなわち銀粉末または銀合金粉末の重量に対する硫黄成分の重量割合は、商品名「六一○ハップ」の濃度と浸漬時間に伴って増加する。その硫黄成分量は、熱重量測定・示差熱分析(Thermo Gravimetry-Differential Thermal Analysis、以下「TG-DTA」と略記する。)を用いて計測できる。銀粉末または銀合金粉末と、表面を硫化させた銀粉末または銀合金粉末とを、0〜800℃の範囲でTG-DTA測定すると、800℃では、硫黄成分は気化しているので、TGデータの800℃での両者の重量差は硫黄成分の重量とみなせる訳である。
【0029】
例えば、商品名「六一○ハップ」を水で5倍希釈した液に対して、10分〜60分の範囲で浸漬した場合は、上記、硫黄成分量は銀に対して1%(重量%)未満であり、微量である。このため、レーザー焼結を行うと、その焼結または溶融部分から硫黄分が揮散して、造形物の表面が元の銀または銀合金の色に戻る。
そのほかの硫化方法としては、例えば、硫化水素と酸素によって、次反応から作る方法などが挙げられる。
【0030】
2Ag+H2S → Ag2S+H2
【0031】
本発明に係わる銀粉末または銀合金粉末の組成については、不可避不純物を含む純銀、数%から数十%程度の他元素を含む銀合金も対象であり、表面を硫化することができれば適宜採用することができ、その例としては、次のものを挙げることが出来る。
・電気接点用
(60〜97%Ag−3〜40%Cu)、
(90%Ag-10%Au)
・銀ろう
(49〜50%Ag−14.5〜16.5%Cu,14.5〜18.5%Zn,17〜19%Cd,0.15%未満Pb+Fe)、
(49〜51%Ag−14.5〜16.5%Cu,13.5〜17.5%Zn,15〜17%Cd,2.5〜3.5%Ni,0.15%未満Pb+Fe)、
(49〜51%Ag−33〜35%Cu,14〜18%Zn,0.15%未満Pb+Fe)、
(55〜57%Ag−21〜23%Cu,15〜19%Zn,4.5〜5.5%Sn,0.15%未満Pb+Fe)、
(71〜73%Ag−27〜29%Cu,0.15%未満Pb+Fe)
・装飾用
(95〜80%Ag−5〜20%Cu)
・歯科用
(75%Ag−25%Pd)、
(65%Ag−25%Pd,10%Cu)、
(58%Ag−22%Pd,10%Au,10%Cu)、
(67.5%Ag−22.5%Pd,10%Au)、
(65%Ag−25%Pd,10%Au)
【0032】
ところで、選択的レーザー焼結において、照射したレーザー光が粉末表面に当たるときのエネルギー密度Eρ[J/mm]は、一般に以下の式で決定できる。
ここで、Pはレーザー出力[W]、r[mm]はビーム径の半径、v[mm/s]はレーザー光の走査速度である。この式は、単位面積あたりに投入されるレーザー光の強度と装置の制御因子(P,r,v)を関係付けている。(1)式によって決定されたエネルギー密度を持つレーザー光は、目標の粉末と相互作用し、吸収率分だけ、熱エネルギーに置き換えられる。この熱が粉末を焼結または溶融させる。
【0033】
Eρ=(P/πr)・(2r/v) (1)
【0034】
本発明に係わる表面を硫化させた銀粉末または銀合金粉末を使用して選択的レーザー焼結を行う場合の造形可能な装置としては、CONCEPT Laser社製の装置名M3Liner、MCP-HEK社製の装置名Realizer、EOS社製の装置名EOSINT M270などが挙げられる。ただし、各装置の運転条件としては、表面を硫化させた銀粉末または銀合金粉末へのレーザー光の投入エネルギー密度Eρ[J/mm]が、Eρ=50[J/mm]以上であることが望ましい。
【実施例】
【0035】
〔実施例1〕
水アトマイズ法で原料銀粉末を製造した。その粒度分布は広く、D50=27.50μmとし、D10=11.02μm、D90=91.26μmという粒度分布を有している。
図1は、この粉末をレーザー回折式粒度分布測定装置(マイクロトラック社製 型式MT3300EX−VSR)で測定条件を[粒子透過性:反射]と[真球/非球形:非球形]としたときの測定結果の粒度分布である。
【0036】
この原料銀粉末をメッシュ200(75μm相当)とメッシュ440(32μm相当)を用いた篩い分級により、分級された銀粉末(以下、「分級銀粉末」という。)を得た。この分級銀粉末のSEM像(走査型電子顕微鏡[Scanning Electron Micrscope]の像)を図2に示す。この分級銀粉末はD50=50μmとしてD10=37μm、D90=62μmであるような粒度分布を有する。
図3は、この粉末を上記レーザー回折式粒度分布測定装置で測定した結果である。この分級銀粉末は、上記のように粒度調整したことで、粉体流動性が高まり、SLS装置のスキージングに適合する銀粉末となった。
【0037】
次いで、この分級銀粉末に対して硫化処理を行った。具体的には、前記商品名「六一○ハップ」を水で5倍希釈したものに、硫化銀粉末を30分浸漬し、これをろ過し、ろ過器上で水洗いして、60℃で乾燥させた。
【0038】
この硫化処理を行って表面が黒くなった分級銀粉末の硫黄成分量を、熱重量測定・示差熱分析(Thermo Gravimetry-Differential Thermal Analysis、以下「TG-DTA」と略記する。)により測定した。具体的には、ブルカー・エイエックスエス株式会社製のTG-DTA2010SAを使用し、前記硫化処理前の分級銀粉末と前記硫化処理を行った後の分級銀粉末とを0〜800℃の範囲でTG-DTAを行い、800℃での各々のTGデータを元に、(硫化処理後の分級銀粉末の熱減量分0.13%)から(硫化処理前の分級銀粉末の熱減量分0.06%)を差引くことによって、表面を硫化させた分級銀粉末の硫黄成分量が0.07%(重量%)と測定された。
【0039】
この表面を硫化させた分級銀粉末をSLS装置(EOS社製 EOSINT M250Xtended)を用いて造形した。このときのレーザー出力は240[W]で、レーザー光のエネルギー密度は、約14[J/mm]である。この表面を硫化させた分級銀粉末は、粉体流動性は高く、均一に掃き均すことができた。掃き均された粉末に上記条件のレーザー光を照射すると、この銀粉末は焼結した。出来上がった造形物は、脆くはあるが形を保っていた。図4は、この造形物のSEM像である。上述のように硫黄成分は極めて微量なため、レーザー照射後の造形物の表面は、元の銀の色に戻っていた。
【0040】
[比較例1]
実施例1の硫化処理前の分級銀粉末を実施例1のSLS装置を用いてレーザー焼結を試みた。このときのレーザー出力は240[W]で、レーザー光のエネルギー密度は、約14[J/mm]である。
その結果、実施例1の分級銀粉末は、粉末形状及び粒度分布が実施例1の場合と共通しているために硫化銀粉末の流動性は高く、この銀粉末の粒子層を均一に掃き均すことができた。一方、掃き均された粉末に上記条件のレーザー光を照射すると、この分級銀粉末は一応焼結したが、表面が硫化していないことに起因して焼結が不十分であり出来上がった造形物は、実施例1に比して極めて脆いものであり、造形物を手で持つと崩れた。
【0041】
[比較例2]
水アトマイズ法によって銀粉末を製造した。粉末の形状は不定形で、粒径はD50=8μm、D10=4μm、D90=19μmという粒度分布で構成されている。この粉末の流動性は、実施例1の場合と対比して平均粒径が小さく粒度分布も広いことに起因して、極めて低いものであった。
図5にこの銀粉末のSEM像を示す。また図6にこの銀粉末の粒度分布を示す。この銀粉末を篩い分級せずに、実施例1のSLS装置を用いて造形を試みたが、この銀粉末は流動性が悪く、銀粉末の粒子層を均一に掃き均すことができなかったので、途中で断念した。
【0042】
[比較例3]
化学還元によって銀粉末を作製した。粉末の形状は不定形で、粒径はD50=1μm、D10=0.6μm、D90=1.5μmという粒度分布で構成されている。この粉末の流動性は、実施例1の場合と対比して平均粒径が小さいことに起因して、低かった。図7にこの銀粉末のSEM像を示す。また図8にこの銀粉末の粒度分布を示す。
【0043】
この銀粉末を篩い分級せずに次の処理を行った。すなわち。この銀粉末は流動性が悪かったため、流動性を高めるために表面改質した。この表面改質にはオレイン酸の希釈溶液を使用した。具体的には、オレイン酸をメチルアルコールで0.1%に希釈し、これに比較銀粉末2を10分浸漬した。その後、ろ過し、60℃で乾燥させた。この表面改質により銀粉末の流動性は向上し、選択的レーザー焼結に適切な流動性を確保できた。
この表面改質銀粉末を実施例1のSLS装置を用いて造形を試みた。このときのレーザー出力は240[W]で、レーザー光のエネルギー密度は、約14[J/mm]である。
その結果、銀粉末の粒子層を均一に掃き均すことができた。しかし、レーザー光を照射すると、微小な銀粉末が舞い上がり白煙を生じ、表面が硫化していないことに起因して焼結させることができなかった。
【0044】
[実施例2]
実施例1の表面を硫化させた分級銀粉末をSLS装置(EOS社製 EOSINT M270)を用いて造形した。このときのレーザー出力は200[W]で、レーザー光のエネルギー密度は、51[J/mm]である。
その結果、表面を硫化させた分級銀粉末は粒子層を均一に掃き均すことができると共に、実施例1より焼結がより良好になされた。これは、レーザー光のエネルギー密度を大きくしても、銀粉末の表面が硫化して黒みを帯びていることに起因して、レーザー光のエネルギーの吸収率が高いためと考えられる。
【0045】
[比較例4]
実施例1の硫化処理前の分級銀粉末をSLS装置(EOS社製 EOSINT M270)を用いて造形した。このときのレーザー出力は200[W]で、レーザー光のエネルギー密度は、51[J/mm]である。
その結果、表面を硫化させた分級銀粉末は粒子層を均一に掃き均すことができた。しかし、焼結・溶融性においては、銀粉末の表面が硫化していないことに起因して、レーザー光のエネルギーの吸収率が低く、実施例2より多孔質であり、強度も弱かった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】実施例1の原料銀粉末の粒度分布
【図2】実施例1の分級銀粉末のSEM像
【図3】実施例1の分級銀粉末の粒度分布
【図4】実施例1の造形物のSEM像
【図5】比較例2の銀粉末のSEM像
【図6】比較例2の銀粉末の粒度分布
【図7】比較例3の銀粉末のSEM像
【図8】比較例3の銀粉末の粒度分布
【図9】選択的レーザー焼結装置の原理図
【符号の説明】
【0047】
100 レーザー光源
110 原料粉末
120 スキージングブレード(へら)
130 レーザー光走査装置
140 立体造形物
150 垂直稼動機構
160 垂直稼動機構
170 粉末供給室
180 レーザー焼結室
h 粒子層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー焼結によって銀造形物を作るための銀粉末または銀合金粉末であって、表面を硫化させたことを特徴とする銀粉末または銀合金粉末。
【請求項2】
平均粒径が10〜100μmであって、粒子表面を硫化させたことを特徴とする銀粉末または銀合金粉末。
【請求項3】
前記銀粉末または銀合金粉末は、平均粒径が10〜100μmであって、粒度分布における粒径の小さい方からの体積累積値10%の粒径が1μmより大きく、体積累積値90%の粒径が200μmより小さい粒度分布を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の銀粉末または銀合金粉末。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の銀粉末または銀合金粉末にレーザー光をあてて焼結または溶融させ造形物を形成することを特徴とする銀または銀合金の造形体の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の製造方法により製造したことを特徴とする銀または銀合金の造形体。

【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−270130(P2009−270130A)
【公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−118717(P2008−118717)
【出願日】平成20年4月30日(2008.4.30)
【出願人】(592258133)相田化学工業株式会社 (17)
【Fターム(参考)】