説明

鋼の凝固組織検出装置および凝固組織検出方法

【課題】凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種とくに炭素濃度が0.01mass%以下の低炭素鋼の、凝固組織検出装置及び検出方法を提供する。
【解決手段】鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、試料断面を腐食させる鋼の凝固組織検出装置であって、マイクロバブルを含む水7を収容する外槽2と、水7に30kHz〜3MHzの超音波を印加し水共振させる超音波発振装置5、6と、外槽2内に浸漬させるとともに試料断面を腐食させる腐食液8を収容する内槽3とからなる。また、この凝固組織検出装置1を用いて試料断面を腐食させ、鋼の凝固組織を現出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の凝固組織検出装置および凝固組織検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の製造工程において、鋳造後の鋼材(鋳片)の凝固組織を検出することは、鋳片の割れ発生状況や中心偏析などのマクロ偏析等の内部欠陥を評価し後工程への品質保証を行う上で重要である。また、これらの内部欠陥の発生状況から鋳造工程、鋳造機の異常を判断して適正な状態に修正、整備し、内部欠陥の発生を未然に防止する上でも重要である。さらに、デンドライと呼ばれている樹枝状組織の傾きや間隔から、凝固中の内部溶鋼の流動状況や鋳片の冷却速度を推定することは、操業条件の適正化を行う上で重要である。
【0003】
腐食による鋼材組織の観察は、原理上、次の2つに大別される。
(1)試料中の各位置の溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食法。
(2)化学ポテンシアルの異なる相や表面の結晶方位による結晶粒の化学ポテンシアル差を利用した化学的腐食法。
【0004】
(1)は、例えば、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差を利用し、樹枝状組織や内部割れ、中心偏析の検出に用いられており、(2)は、FeCとフェライトとの化学ポテンシアル差を利用したパーライト組織の観察や粗大フェライト粒の表面方位による化学ポテンシアル差を利用したマクロ腐食等がある。
【0005】
したがって、鋳片の凝固組織を検出するためには、(2)の化学的腐食を抑制し、(1)の電気化学的腐食を生じさせる必要がある。
【0006】
鋳片の凝固組織を検出する方法として、ピクリン酸を主成分とする腐食液等を用いて、試料表面を腐食させる方法が一般に実施されている(非特許文献1)。また、検出された凝固組織を記録する方法としてエッチプリント法が提案されている(特許文献1〜4)。
【0007】
本発明の重要な構成要件となるマイクロバブルについては、非特許文献2で述べられている。マイクロバブルとは微細な気泡(本明細書では直径が150μm以下のものをマイクロバブルと称する。)であり、内部のガスはマイクロバブル製造時の雰囲気であり、空気等の混合ガス、その他のガス等、特に種類は問わず、水質浄化や水産養殖の他各種の産業分野での応用・活用が試行・注目されている。マイクロバブルの作用として、水中のさまざまな汚れを除去する等の界面洗浄作用、医療分野での細胞破壊等の衝撃圧力作用、難分解性の有害物質などを分解することが可能となる等の フリーラジカル発生と酸化作用、生体の安心・安全な発育を促す生体活性化等の生理活性作用などがある。なお非特許文献2にはマイクロバブルについて、凝固組織の腐食処理に適用する記載はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭64−2212号公報
【特許文献2】特開昭61−170581号公報
【特許文献3】特開平1−227943号公報
【特許文献4】特開平7−198565号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】「鉄鋼便覧、第III版、基礎編」、p.205−208 (日本鉄鋼協会編)、1981年、丸善株式会社発行
【非特許文献2】「マイクロバブルのすべて、大成博文」、2006年、日本実業出版社発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、前記特許文献1〜4、非特許文献1に記載の方法においては、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的大きな鋼種では明瞭な凝固組織を検出できるが、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種、特に炭素濃度が0.01mass%以下の低炭素鋼においては、明瞭に凝固組織を検出することは困難であることが、本発明者らの研究調査の結果から判明してきた。また、特許文献1〜4、非特許文献1記載の方法では、腐食時間を長時間必要とするため、腐食時間の短縮も課題である。
【0011】
本発明は上述したように、より明瞭に凝固組織を検出する方法、あるいは明瞭さが同じ場合には腐食時間を短縮できる検出方法)を提供することを課題とする。更には、上述したような凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種、特に炭素濃度が0.01mass%以下の低炭素鋼の、凝固組織の検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記目的に沿う本発明に係る鋼の凝固組織検出装置は、鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、該試料断面を腐食させる鋼の凝固組織検出装置であって、マイクロバブルを含む水を収容する外槽と、前記水に30kHz〜3MHzの超音波を印加し水共振させる超音波発振装置と、前記外槽内に浸漬させるとともに前記試料断面を腐食させる腐食液を収容する内槽とからなることを特徴とする鋼の凝固組織検出装置である。これにより、超音波を腐食液全体に効率的に印加できるうえ、装置の腐食損傷を抑制するとともに、腐食作業が容易となる。
【0013】
前記超音波が、30kHz〜3MHzの範囲の互いに異なる2種類以上の周波数の超音波であることが好ましい。これにより、更に超音波を腐食液全体に効率的に印加でき、より明瞭な凝固組織の検出や腐食時間の短縮が可能となる。さらに、前記腐食液としてピクリン酸を用いることが好ましい。これにより、確実に明瞭な凝固組織の検出や腐食時間の短縮が可能となる。
【0014】
また、本発明は、鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、上記の凝固組織検出装置を用いて前記試料断面を腐食させ、鋼の凝固組織を現出させることを特徴とする鋼の凝固組織検出方法を提供する。さらに、鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、上記の凝固組織検出装置を用いて前記試料断面を腐食させた後、洗浄、乾燥し、前記試料断面に形成された腐食孔に研磨粉を埋め込み、前記試料断面に透明粘着テープを貼り、前記腐食孔中の研磨粉を前記透明粘着テープに粘着せしめた後、前記透明粘着テープをはがし、次いで前記透明粘着テープを白色台紙上へ貼り付けることを特徴とする鋼の凝固組織検出方法を提供する。この方法により、明瞭に検出した凝固組織を簡易に記録することができる。
【0015】
前記鋼鋳片が炭素含有量0.01mass%以下の鋼でもよい。従来の方法では不可能であった鋼種を対象として、明瞭な凝固組織の検出が可能となる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、超音波を腐食液全体に効率的に印加でき、凝固中の溶質元素の偏析の程度によらず、明瞭な凝固組織の検出が可能となる。また、従来に比べて腐食時間を短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の実施形態を示す断面図である。
【図2】試料中の各位置による溶質濃度差による電位差を利用した電気化学的腐食を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
従来、鋼の凝固組織検出においては、腐食面での反応を促進させ短時間で明瞭な凝固組織を検出するため、界面活性剤や腐食助剤の使用が試みられてきた。例えば、特許文献2に記載されているように、ピクリン酸飽和水溶液を主腐食液とし、界面活性剤として「ライポンF」(登録商標)や腐食調整助剤として塩化第II銅などが用いられてきた。
【0019】
しかし、これらを用いた場合、腐食が進むにつれ腐食面に老廃物が堆積し、腐食面と腐食液との接触が阻害されるなどの理由で腐食が停滞することが問題であった。このため、明瞭な凝固組織が得られない場合があり、あるいは凝固組織が得られても腐食処理に長時間を要していた。
【0020】
この問題を解決するための一手段として、腐食中の試料と腐食液に超音波振動を付与し腐食面での老廃物を除去し活性化させる方法などが行われてきた。ただし、単に超音波を印加した場合、超音波は直進性が高く一次元的に伝達されるため、例えば超音波の伝達域よりも小さな試料を用いる場合はそれ相応の効果を得ることもできるが、凝固組織を検出する試料(例えば、連続鋳造鋳片などの大型の試料)を用いた場合は、超音波振動が腐食面全体に均一に伝達されず局部的に伝達(超音波の一次元的な伝達)されるため、逆に腐食ムラが起こりやすい欠点があった。とくに、強い超音波が局部的に印加された場合は、エロージョンすなわち超音波特有のキャビティー効果による腐食面の物理的な腐食が起こりやすい欠点もあった。
【0021】
以上のように、腐食中の試料と腐食液に直接超音波振動を付与した場合、明瞭な凝固組織が得られても、試料の腐食ムラが生成する場合や、エロージョンによって明瞭な凝固組織が得られない場合があり、しかも腐食処理時間の短縮ができなかった。
【0022】
そこで本発明者らは、腐食液を収容した内槽(腐食槽)を、水を収容した外槽(水槽)に浸漬すること(2槽化)とし、外槽に超音波発生装置を設置し、内槽に試料を浸漬して凝固組織の検出を試みた。
【0023】
この2槽構造の凝固組織検出装置は、超音波発振装置と内槽(腐食槽)とが分離されているため、腐食損傷する内槽の交換が容易となり、腐食作業の効率化には一定の効果がある。しかし、明瞭な凝固組織が得られない場合があり、超音波を印加せず単に腐食液に試料を浸漬した場合に対して、同等か、或いは腐食ムラの問題が完全に解決されていないため寧ろ明瞭さにおいて劣るものであった。更に超音波の印加強度が強すぎる場合は、外槽(水槽)に浸漬した内槽(腐食槽)の内面が局部的に腐食損傷を受ける場合があった。
【0024】
この状況は、前記した通り、超音波の伝達は一次元的であり、外槽に設置された超音波発生装置から発せられる超音波は内槽の一部分のみに伝わり、その一部分が振動して内槽の腐食液を振動させ試料を振動させる結果であったと考えられる。
【0025】
この状況は、図1に示すように超音波発生装置を2箇所設けても、同様に明瞭な凝固組織が得られない場合があり、明瞭な凝固組織が得られても腐食処理に長時間を要していた。
【0026】
以上の問題を解決するために、本発明者らは腐食作業効率の良い2槽構成のままで、内槽の腐食損傷を抑制し、内槽中の腐食液と試料を振動させて明瞭な凝固組織を得る方法を研究した。
【0027】
その結果、外槽(水槽)中の水にマイクロバブルを含ませることに想到した。
【0028】
マイクロバブルを含む水に超音波を印加すると、超音波の周波数とマイクロバブルの直径が共振関係にある場合に水共振状態となることが知られている。本発明者らは、外槽の水が水共振状態になると、外槽に設置した超音波発生装置と内槽(腐食槽)との位置関係において、内槽の裏側にも超音波が伝達される、すなわち超音波が三次元的に伝達し、外槽に浸漬した内槽の外側全体に超音波が伝達することにつながり、内槽の振動が内槽中の腐食液全体と試料を好適に振動させ、明瞭な凝固組織が安定的に得られ、内槽の局部的な腐食損傷をも抑制することが可能となることに新たに想到した。
【0029】
本発明の凝固組織検出装置を具体化した実施の形態について、図1に基づいて説明する。
【0030】
図1に示すように、本発明の凝固組織検出装置1は、外槽2と内槽3の2層構造で構成される。外槽2は、ステンレス製の水槽など通常の水道水に腐食されにくく超音波の減衰が起こりにくい材質がよい。また、外槽2にはマイクロバブル発生装置4が取り付けられ、外槽2に収容された通常の水にマイクロバブルを含有させる。或いは、予めマイクロバブルを含む水を外部で生成してから外槽2内に入れてもよい。内槽3もステンレス製の水槽など、腐食液に腐食され難い材質で超音波の減衰が小さい材質がよい。また、内槽3を、腐食させる試料9の大きさよりも若干大きいサイズとすれば、腐食液8の量が過多にならず望ましい。
【0031】
マイクロバブルを含む水7を介して腐食液8へ超音波を印加するための手段としては、図1(a)に示すように、水7を入れた外槽2の外側に超音波振動装置5、6を設置し、槽壁2aを介して内部の水7に超音波を印加するか、または、図1(b)に示すように、外槽2内部の水中に超音波振動装置5、6を浸漬して、水7に直接超音波を印加してもよい。超音波の印加効率を考えると、図1(b)に示す後者の方が望ましい。ただし、後者の場合、超音波振動装置5、6が通常の水道水を用いると腐食される(錆びる)可能性があるため、超音波振動装置5、6をステンレス製のケースに収容するか耐食性の樹脂でカバーするなどの対策を講ずる必要がある。超音波振動装置5、6の設置位置については、外槽2内の水7の一部に超音波を印加できる範囲であればよく、系の一部が共振状態になると微細振動が3次元的に連鎖し系全体が共振状態になる。このように通常の超音波印加では局部的な振動付与しかできないのに対して、マイクロバブルを含む水7に特定の周波数の超音波を印加した場合は、系全体に均一に振動付与できるのが水共振の特徴である。なお、2つの超音波振動装置5、6は、それぞれ30kHz〜3MHzの範囲の互いに異なる周波数の超音波を発振することが好ましい。
【0032】
本発明の重要な構成要件であるマイクロバブルの発生方法としては、気泡のせん断、超音波、電気分解、化学反応等があるが、本発明の作用効果はマイクロバブル発生方法には依存しない。例えば、水と空気を超高速で旋回させることでマイクロバブルを発生させるせん断方式では、ポンプ内のプロペラを旋回させることにより、旋回している箇所で空洞となる部分を形成させ、その空洞となった部分が旋回することにより切断され、マイクロバブルを発生させるものである。
【0033】
マイクロバブルの目視可能な最小直径は概ね150μm程度であり、一般にマイクロバブルの存在は目視で確認しにくいが、発生直後のマイクロバブルは、一般に直径が約150μm以下と考えられる。直径が大きくなるほど気泡は液内で顕著に浮上する傾向があり、150μm程度の気泡は液内で浮上する傾向が見られ、マイクロバブルの寿命(液中での存在期間)が短くなると考えられる。そのため、少なくともマイクロバブルの直径は150μm以下を主体とすることが好ましい。本発明者らは、マイクロバブルの直径を106μm以下としたところ、好適な効果を得た。なお、マイクロバブル内部の気体が液中に溶解し得ることから、一般にマイクロバブル発生直後の最小直径は0.01μm程度と想定される。
【0034】
ここで、上記したマイクロバブルの直径(例えば106μm以下)は、以下のように定義した。JIS Z8801−1記載のふるい目(例えば公称目開き106μm)を用い、マイクロバブル含有液体を、ふるい目を通過させ、通過したのちの液体中のマイクロバブルの直径を公称目開きの寸法以下(106μm以下)と定義した。JIS Z8801−1の公称目開き(単位:μm)には、例えば150、125、106、90、75があり、適宜選択できる。またJISに限らず、任意の公称目開きでふるい目を作成してマイクロバブルの最大直径を制御してもよい。また、上記したふるい目を用いずに、マイクロバブル発生装置の気泡せん断条件、超音波印加条件、電気分解条件、化学反応条件、等を調整して、気泡の存在がほとんど視認できない状況とすれば、直径150μm以下のマイクロバブルを主体としていると判断することができる。また、市販の装置(パーティクルカウンターや気泡分布計測装置等)によりマイクロバブルの濃度(個/mL)を計測してもよい。
【0035】
マイクロバブルの濃度(個/mL)としては、マイクロバブルを含まない水をマイクロバブル発生装置に通液してマイクロバブルを含む水を生成すると、少なくとも水中の初期濃度が約20(個/mL)〜100(個/mL)未満程度のマイクロバブルが発生し、このマイクロバブルを含む水を溶媒とした腐食液を使用すると、本発明者らの実験では効果が得られた。
【0036】
また本発明者らの知見では、生成したマイクロバブルを含む水を再度マイクロバブル発生装置に供給して通液する構成とし、マイクロバブル発生装置の通液時間(例えば外槽の水容量の1倍超の量を通液する時間)の調整によりマイクロバブルの濃度を100(個/mL)以上にすると、さらに明瞭で視認し易い凝固組織を得られた。逆に、マイクロバブルの濃度が高すぎる場合は、通液時間が長時間化するうえ、マイクロバブル発生装置が大型になり、マイクロバブルの個数を制御して供給するのが難しくなる。そのため、マイクロバブル効果の発現と作業性を考慮すると、水中の初期濃度で100個/mL〜5000個/mLが好ましい。
【0037】
本発明者らの研究では、前述の外槽2に収容されたマイクロバブルを含む水7に、超音波を印加して水7を水共振させるに際し、印加する超音波の周波数としては、150μm以下や0.01〜106μmの直径を有するマイクロバブルを含有させた水7の場合、30kHz〜3MHzが適正で、水7の液面が大きく振動し、水共振することを知見した。このとき、互いに異なる2種類以上の周波数の超音波(例えば一方の超音波周波数が、他方の超音波周波数の2倍以上)を印加するとさらに効果的である。
【0038】
一般に腐食界面におけるFe+2H→Fe2++Hで示される腐食反応により凝固組織が安定して明瞭に腐食される過程において、以下の点が理由として考えられる。腐食反応を阻害する腐食界面で生じるHガス気泡に対し、内槽全体が振動することによって腐食液や試料が均一に振動し、その振動が作用してHガス気泡の除去を促されて実質的に腐食反応を促進した点、前記した腐食液や試料の振動やHガス気泡の除去に伴って腐食界面の腐食液の置換が促され、Hイオンの腐食界面への供給を促進した点、等である。
【0039】
これは、図2に示すように、腐食反応は偏析部11(アノード)と非偏析部12(カソード)からなる局部電池(ローカルセル)によって反応がすすみ、偏析部11(アノード)ではFeがFe2+イオンとなり、非偏析部12(カソード)ではHイオンが水素ガス(H)となる反応が起きる。ここで、偏析部11では局所的にFe2+イオンが濃化するが、腐食界面の腐食液の置換効果によってFe2+イオンが偏析部11から拡散・希薄化し、一方非偏析部12では水素ガス(H)が発生して腐食反応が進みにくくなるところ、前記した腐食液と試料の振動によって水素ガス(H)気泡が除去された、と理解でき、この現象が、明瞭な凝固組織が安定して得られた理由と考えられる。
【0040】
また、互いに異なる2種類以上の周波数の超音波を印加することでより明瞭な凝固組織が得られた理由は、超音波の周波数に対応して共振するマイクロバブルの直径があり、2種類以上の周波数を採用することによって共振するマイクロバブルの個数が増加し、内槽がより強く振動したため、上記した内槽の振動による凝固組織の明瞭化の効果が得られたためと考えられる。
【0041】
なお、内槽3の腐食損傷が抑制できた点は、外槽2における一次元的な超音波の伝達を三次元的な伝達に変化させたことにより、内槽3の局部への強い超音波の伝達が、内槽3全体へ分散できたためと考えられる。
【0042】
また、内槽3内の腐食液8の溶媒を、マイクロバブルを含む水とすると、腐食液自体も水共振し、よりよい効果が得られる。
【0043】
ここで、凝固組織検出装置を腐食槽のみの1槽構成として、マイクロバブルを含む腐食液に直接超音波を印加して水共振させても、同様の凝固組織明瞭化の効果は得られる。ところが、長時間使用した場合、腐食槽の腐食が進んだり、腐食液に超音波発生装置を浸漬させて印加効率を高めた場合、超音波発生装置が腐食して修理に時間を要する等の問題が生じる。上記したように外槽2と内槽3の2槽構造とすることで、腐食液8による腐食は内槽3のみとなり、交換が簡易となり作業効率が向上する。
【0044】
以上説明したように、2槽構造で超音波を印加する凝固組織検出装置1において、マイクロバブルを用いない場合に比べてマイクロバブルを用いた場合は、腐食して得られる凝固組織の明瞭さが改善することが明確であるが、内槽3に入れる腐食液8については、ピクリン酸を主体とした腐食液が、最も安定で明瞭な凝固組織が得られる。また、ピクリン酸を含む腐食液に、界面活性剤として「ライポンF」(商標登録)や腐食調整助剤として塩化第II銅などを加えてもよい。
【0045】
また、本発明のマイクロバブルの作用効果は、従来用いられてきた界面活性剤や腐食調整助剤と併用しても損なわれるものでなく、また、各々の作用効果を損なうものでもない。ただし、界面活性剤や腐食調整助剤の使用は、コスト増となるばかりでなく、腐食後の廃液の処理が複雑になる場合もあるので、用途や状況に応じて適宜組み合わせればよい。
【0046】
凝固組織の記録手段としては、ほぼ直方体の鋳片(試料)のうち凝固組織を検出したい断面を研磨した後、上記の凝固組織検出装置を用いて試料断面を所定時間腐食させた後、写真撮影するだけでもよいが、従来実施されている以下の方法で記録してもよい。すなわち、断面を腐食させた試料を引き上げ、試料を洗浄、乾燥し、試料断面に形成された腐食孔に研磨粉を埋め込み、試料断面に透明粘着テープを貼り、腐食孔中の研磨粉を透明粘着テープに粘着せしめた後、テープをはがし、次いでそのテープを白色台紙上へ貼り付ける方法である。
【0047】
本発明の凝固組織検出装置を用いて凝固組織を現出させることにより、試料の洗浄、乾燥後の試料腐食面や上記の透明粘着テープを貼り付けた白色台紙において、明瞭な凝固組織を、写真撮影や白色台紙上に記録することができる。
【0048】
また、本発明によれば、試料の腐食面の腐食を促進できるので、従来では明瞭な凝固組織検出が不可能であった、凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種、例えば炭素濃度が0.01mass%以下の低炭素鋼においても、明瞭な凝固組織を検出することができる。
【0049】
本発明は、前記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲での変更は可能であり、例えば、前記したそれぞれの実施の形態や変形例の一部又は全部を組み合わせて本発明の鋼の凝固組織の検出方法を構成する場合も本発明の権利範囲に含まれる。
【実施例】
【0050】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
【0051】
腐食液として、水にピクリン酸20g/Lを加えたものを用いて、本発明例1〜20について、鋼の凝固組織を検出した。また、一部(本発明例13〜15)には、該腐食液に、塩化第II銅5g/L、界面活性剤「ライポンF」(登録商標)20g/Lの両方かまたはどちらか一方を加えた。また、本発明例16は、マイクロバブルを含む水にピクリン酸20g/Lを加えたものを腐食液として用いた。腐食液の初期温度は25℃とし、腐食時間は30〜90分とした。供試材として、炭素濃度が0.001mass%の自動車用極低炭素鋼、0.01mass%の冷延用低炭素鋼板および0.1mass%の厚板用中炭素鋼板を用いた。
【0052】
2層の水槽のうち、外層には大凡の内部寸法が深さ500mm×幅450mm×長さ1100mmのステンレス製の水槽を用い、内槽には大凡の内部寸法が深さ200mm×幅350mm×長さ850mmのステンレス製の水槽を用いた。外層に直接マイクロバブル発生装置を取り付け、外層内の水にマイクロバブルを供給した。
【0053】
マイクロバブルの直径は、ふるい目を通して初期状態で106μm以下(0.01〜106μm)に調整した。超音波の印加は、事前実験の結果、効果が安定して得られた38kHzと100kHzの2種類の超音波発振器を外層内の底部に設置して行った。
【0054】
生成させたマイクロバブルの濃度(個/mL)は、マイクロバブル発生装置の通液時間の調整やマイクロバブル発生装置の稼動条件の調整で、概ね20(個/mL)以上100(個/mL)未満に調整した場合と、100〜1000(個/mL)とした場合の2種類の条件で実験した。
【0055】
また、比較例1〜3として、通常の腐食方法、すなわち2槽からなる腐食槽装置を用い、腐食液や水にマイクロバブルを含まない方法で、鋼の凝固組織検出を行った。
【0056】
従来例は、各本発明例、各比較例と同じ腐食液条件、同じ試料鋼種、同じ腐食時間であって、超音波を印加せず、マイクロバブルも導入しない条件であり、これにより得られた凝固組織の現出状況を基準として、本発明例や比較例で得られた凝固組織の明瞭度について相対評価を行った。具体的には、◎:従来例に対して極めて明瞭に改善、○:従来例に対して明瞭に改善、△:従来例と比較してやや明瞭に改善、×:従来例に対して同等あるいは不明瞭、とした。供試材の大きさは、腐食面のサイズでH100〜300mm×W500〜750mm、厚さはt50〜100mmとした。結果一覧を表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
本発明例1〜3は、供試材として炭素濃度が0.001mass%の自動車用極低炭素鋼を用い、初期状態で0.01〜106μmの直径を有するマイクロバブルを100〜1000(個/mL)含む外層中の水に38kHzと100kHzの2種類あるいはどちらか1種類の超音波を印加して水共振させた状態で、内槽にピクリン酸を20mg/L含む腐食液を入れ30分腐食させて凝固組織を現出した例である。通常の腐食方法により凝固組織を現出させた従来例と比較して、いずれの場合も凝固組織の明瞭度が改善され、とくに38kHzと100kHzの2種類の超音波を重畳印加した場合は凝固組織が極めて明瞭になった。
【0059】
本発明例4〜6は、供試材として炭素濃度が0.001mass%の自動車用極低炭素鋼を用い、初期状態で0.01〜106μmの直径を有するマイクロバブルを100〜1000(個/mL)含む外層中の水に38kHzと100kHzの2種類あるいはどちらか1種類の超音波を印加して水共振させた状態で、内槽にピクリン酸を20mg/L含む腐食液を入れ90分腐食させて凝固組織を現出させた例である。本発明例1〜3と同様の結果が得られた。
【0060】
本発明例7〜9は、供試材として炭素濃度が0.01mass%の冷延用低炭素鋼板を用い、初期状態で0.01〜106μmの直径を有するマイクロバブルを100〜1000(個/mL)含む外層中の水に38kHzと100kHzの2種類あるいはどちらか1種類の超音波を印加して水共振させた状態で、内槽にピクリン酸を20mg/L含む腐食液を入れ30〜90分腐食させて凝固組織を現出させた例である。通常の腐食液だけで凝固組織を現出した従来例と比較して、いずれの場合も凝固組織が極めて明瞭に改善された。
【0061】
本発明例10〜12は、供試材として炭素濃度が0.1mass%の厚板用中炭素鋼板を用い、初期状態で0.01〜106μmの直径を有するマイクロバブルを100〜1000(個/mL)含む外層中の水に38kHzと100kHzの2種類あるいはどちらか1種類の超音波を印加して水共振させた状態で、内槽にピクリン酸を20mg/L含む腐食液を入れ30〜90分腐食させて凝固組織を現出させた例である。通常の腐食液だけで凝固組織を現出した従来例と比較して、いずれの場合も凝固組織は明瞭になった。ただし、改善代は時間に依存し、本発明例12のように腐食時間が90分と長くなると、従来例との差はそれほど大きくなかった。この理由は、一般的に炭素濃度が大きくなるほど凝固組織は現出されやすくなる傾向にあり、また、腐食時間が長いほど凝固組織が現出されやすくなるので、本発明例12に対応する従来例でも、腐食時間が90分と長いため従来の腐食条件で十分に凝固組織が出つくした状態になっていたためと思われる。言い換えると、炭素含有量0.01mass%以下の鋼のような元々凝固組織の出難い鋼種の方が本発明の効果が発揮されやすいということである。
【0062】
本発明例13〜15は、内槽中の腐食液に塩化第II銅5g/L、界面活性剤「ライポンF」(登録商標)20g/Lの両方かまたはどちらか一方を加えた例であるが、いずれの場合も各々に対応する従来例と比べて、凝固組織の明瞭度が大幅に改善された。
【0063】
本発明例16は、内槽中の腐食液にもマイクロバブルを100〜1000個/mL含み、内槽中も強い水共振状態になった例で、本発明例1以上に明瞭な凝固組織が得られた。
【0064】
本発明例17は、供試材、水、腐食液が本発明例1と同様の条件で、60分腐食させた例であり、極めて明瞭な凝固組織が得られた。
【0065】
本発明例18〜20は、外層の水にマイクロバブルを含むものの、初期状態でのマイクロバブルの濃度が20個/mL以上100個/mL未満と低かった例であり、従来例の凝固組織と比べて明瞭度が劣ることはないが、改善代は小さかった。すなわち、外層の水にマイクロバブルを含む本発明例では、従来例に対して現出された凝固組織の明瞭度が改善されたが、本発明の効果を十分に発揮させるためには、マイクロバブルの濃度の調整制御を行い十分な水共振状態にすることがいっそう好ましいことを意味している。
【0066】
一方、比較例1〜3は、マイクロバブルを含まない外槽の水に超音波を印加した例であり、いずれの場合も従来例と比較して明瞭な改善効果は得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上述べたように、本発明は、凝固組織の検出が困難であった凝固中の溶質元素の偏析による濃度差が比較的小さな鋼種とくに炭素濃度が0.01mass%以下の低炭素鋼の凝固組織を明瞭に検出できるため、産業上極めて有用である。
【符号の説明】
【0068】
1 凝固組織検出装置
2 外槽
3 内槽
4 マイクロバブル発生装置
5、6 超音波発振装置
7 水
8 腐食液
9 試料
11 偏析部
12 非偏析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、該試料断面を腐食させる鋼の凝固組織検出装置であって、
マイクロバブルを含む水を収容する外槽と、前記水に30kHz〜3MHzの超音波を印加し水共振させる超音波発振装置と、前記外槽内に浸漬させるとともに前記試料断面を腐食させる腐食液を収容する内槽とからなることを特徴とする鋼の凝固組織検出装置。
【請求項2】
前記超音波が、30kHz〜3MHzの範囲の互いに異なる2種類以上の周波数の超音波であることを特徴とする請求項1に記載の鋼の凝固組織検出装置。
【請求項3】
前記腐食液としてピクリン酸を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の鋼の凝固組織検出装置。
【請求項4】
鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、請求項1〜3のいずれかに記載の凝固組織検出装置を用いて前記試料断面を腐食させ、鋼の凝固組織を現出させることを特徴とする鋼の凝固組織検出方法。
【請求項5】
鋼鋳片の試料断面を研磨した後で、請求項1〜3のいずれかに記載の凝固組織検出装置を用いて前記試料断面を腐食させた後、洗浄、乾燥し、前記試料断面に形成された腐食孔に研磨粉を埋め込み、前記試料断面に透明粘着テープを貼り、前記腐食孔中の研磨粉を前記透明粘着テープに粘着せしめた後、前記透明粘着テープをはがし、次いで前記透明粘着テープを白色台紙上へ貼り付けることを特徴とする鋼の凝固組織検出方法。
【請求項6】
前記鋼鋳片が炭素含有量0.01mass%以下の鋼である請求項4または5に記載の鋼の凝固組織検出方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−225957(P2011−225957A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−98988(P2010−98988)
【出願日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000233734)株式会社アステック入江 (25)
【Fターム(参考)】