説明

鋼の製造方法

【課題】溶鋼に酸化物を微細に分散せしめるとともに、その状態を受け継いだ鋼材を得るための鋼の製造方法を提供する。
【解決手段】Zr,Hf,YおよびREMの1種以上から選ばれた主たる脱酸元素を添加して溶鋼を脱酸して、主たる脱酸元素の酸化物系介在物を分散させた鋼の製造方法において、主たる脱酸元素の添加前に、製鋼温度域で、酸素との親和力がAl以下かつMnよりも強い予備脱酸元素を添加して予備脱酸を行い、これにより生成し溶鋼中に懸濁する予備脱酸元素の酸化物系介在物を製鋼温度域で固相とし、この酸化物系介在物の溶鋼中の濃度を、酸素濃度換算で0.0005質量%以上0.01質量%以下とし、かつ予備脱酸元素の酸化物と平衡するそれぞれの予備脱酸元素の溶鋼中の濃度を、脱酸反応式で計算される酸素分圧が5×10-13atm以上1×10-11atm以下になる濃度以下とし、その後主たる脱酸元素を添加して脱酸を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶鋼に酸化物を微細に分散せしめ、その状態を受け継いだ鋼材を得るための鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材中の介在物は、一般には鋼材の様々な欠陥や鋼材の性能低下の要因となるため、可及的な少量化、すなわち清浄化が指向されてきた。一方、鋼材中の介在物は、ある大きさ以下であれば、欠陥や性能低下の要因にならないことも知られており、そのために介在物を所望の大きさまで微細化する技術も希求されてきた。
【0003】
さらに近年では、鋼材に介在物を微細に分散させると同時に、その介在物に何らかの機能を付与することにより、鋼の合金成分制御や組織制御だけでは得られないような新たな鋼材性能を発現させる技術も種々模索されるようになってきた。
【0004】
特に酸化物系介在物は、一旦その分散に至れば、母相である鉄相に対して化学的に安定であることから、後に引き続く熱処理での組織制御工程等とは独立した因子となる。このため、酸化物系介在物に関し、新たな機能の付与の実現を目指す技術開発が進んでおり、その技術分野は、一部では「オキサイドメタラジー」と呼称されるに至っている。
【0005】
一方、酸化物系介在物の微細分散については、その介在物の生成段階が、溶鋼の脱酸操作すなわち一次脱酸と、溶鋼の凝固過程での脱酸現象すなわち二次脱酸の、いずれからも影響を受けるため、製鋼工程なかんずく溶鋼段階から脱酸制御する必要がある。さらには、鋼材中の欠陥や性能低下の要因となる介在物の生成を回避しながら、所望の介在物のみを残留、分散させるという技術的に困難な課題もある。これらの課題のため、本技術の広い範囲の鋼材への実用・適用が阻まれてきた。
【0006】
従来から、脱酸生成物を分散させ、かつそれに起因する鋼材の様々な欠陥や性能低下の発現を回避するため、脱酸生成物系介在物の組成制御や微細分散を図る技術が多数開示されている。
【0007】
例えば、特許文献1には、大型クラスター状脱酸生成物を生成することなく溶鋼を脱酸し、脱酸生成物自体や脱酸生成物に起因する欠陥の少ない高清浄度鋼の製造方法が開示されている。この方法では、塊状の脱酸生成物が凝集・合体してクラスターを形成するとの考えに基づき、このクラスターの形成を抑制するために脱酸生成物の融点を下げ、脱酸生成物を脱酸処理中の溶鋼段階で溶融させることが必要であるとしている。
【0008】
言い換えると、脱酸生成物の融点の上昇はクラスターの形成を助長するとしており、その考えから、Si系およびMn系フェロアロイの添加調整において、mass%で、Siを0.50〜1.00%、Mnを1.0〜2.0%を含む溶鋼とし、Alを添加して0.005%以下とし、さらにZrおよびREM(La等の希土類元素)の添加によって、脱酸生成物を均一に分散させる効果を得るためにZrを0.001〜0.005%、およびREMを0.0005〜0.005%以下で含有させることが必要であるとしている。
【0009】
しかしながら、特許文献1に開示された技術は、大型クラスター状脱酸生成物を生成させることなく溶鋼を脱酸し、酸化物を微細化して分散させるものであり、その大型クラスター状介在物と比較して、生成する酸化物の微細化を可能にする技術という位置づけに過ぎない。
【0010】
一方、ZrやREMを添加して、これらの酸化物および/または酸硫化物を分散させて鋼質の改善を図る技術も数多く開示されている。
【0011】
例えば、特許文献2には、重量%で、Al:0.01%以下、さらにはTi:0.002〜0.05%およびZr:0.002〜0.05%を含有する炭素鋼を製造するに際し、溶鋼中にあらかじめMnとSiを添加して予備脱酸した後に、脱酸元素としてTi次いでZrを添加することを特徴とする、微細酸化物を分散させた鋼の製造方法が開示されている。
【0012】
特許文献2で開示された技術において、脱酸の順序を規定する理由としては、MnとSiを添加して予備脱酸してSiO2とMnOからなる脱酸生成物を生成せしめ、TiとZrをこの順に添加することにより、複合酸化物およびMnSの微細化効果を得るものとしている。また、同文献には、TiとZrを同時に添加した場合、およびZr、Tiの順で添加した場合にはZrO2が優先的に生成するため、Tiの添加の効果がTi、Zrの順に添加した場合に比べて少ないとも説明されている。
【0013】
特許文献2には、さらには、Alは強脱酸元素であるため、少量でもSiO2やMnOを還元し、Al23を形成する旨、すなわち他の酸化物の個数を十分な量とすることを妨げる旨が記載されている。このことから、特許文献2に記載の技術で享受できる酸化物の微細化効果は、TiとZrの複合脱酸による効果とまとめることができ、その効果の範囲には限りがあると考えられる。
【0014】
特許文献3には、mass%で、Al:0.004%以下、Ti:0.004%以下、S:0.0005〜0.0030%、REM:0.0030〜0.0200%、およびO:0.007%以下を含み、平均粒径が10μm以下のREM硫化物粒子、REM酸化物粒子およびREM酸硫化物粒子のうちの1種または2種以上と、平均粒径が1μm以下のMn酸化物、Mn硫化物およびMn酸硫化物のうちの1種または2種以上が複合した粒子が分散した組織を有する超大入熱溶接熱影響部の靱性に優れた厚鋼板が開示されている。
【0015】
特許文献3に開示された技術は、溶鋼中の溶存酸素量を所定の範囲に調整した後にREMを添加することにより、固液界面にREM酸硫化物が晶出してデンドライトの等軸晶化によるデンドライト二次アームの微細化を行い、分散粒子を従来に比べて安定して、格段に均一かつ微細に分散させるものである。しかしながら、この技術は、凝固過程での晶出介在物にのみ有効であり、溶鋼段階での介在物の微細分散まで実現する技術ではない。
【0016】
特許文献4には、mass%で、Al:0.01%以下を満足し、REM:0.001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.02%と、Zr:0.001〜0.05%をそれぞれ含有し、かつ酸化物としてREMの酸化物および/またはCaOとZrO2を含有することを特徴とする溶接熱影響部の靱性に優れた鋼材が開示されている。また、その鋼材の製造方法として、溶存酸素量を0.0020〜0.010%の範囲に調整した溶鋼に、REMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、Zrおよび/またはTiを添加する技術も開示されている。
【0017】
特許文献4に開示された技術は、合金元素としてREMおよび/またはCaとZrをそれぞれ含有させることに特徴があり、さらにはこれらの元素の添加前に溶存酸素量を調整することにより、REMの酸化物および/またはCaOと、ZrO2を含有する酸化物を分散させるものである。しかし、この技術は、脱酸前にその溶鋼の溶存酸素量を調整してから脱酸元素を添加しているに過ぎず、酸化物系介在物の組成変化には有効であっても分散状態を著しく変えるものではない。
【0018】
特許文献5には、mass%で、Al:0.01%以下、Ti:0.08%以下、S:0.015%以下を満足し、REM:0.0001〜0.1%および/またはCa:0.0003〜0.02%と、Zr:0.001〜0.05%をそれぞれ含有し、REMおよび/またはCaとZrとを単独酸化物もしくは複合酸化物として含有する溶接熱影響部(HAZ)の靱性および疲労亀裂進展抵抗性に優れた鋼材が開示されている。さらにその鋼材の製造法として、溶存酸素量を0.0020〜0.010%の範囲に調整した溶鋼へREMおよびCaよりなる群から選ばれる少なくとも1種以上の元素と、Zrを添加するに先だってTiを添加する技術も開示されている。
【0019】
しかし特許文献5に開示されている技術は、酸化物組成についてはHAZ靱性の向上に適した組成として開示しているに過ぎない。また同文献では、溶存酸素量の範囲については必要な酸化物の分散量を得るためとしているに過ぎず、添加する手順は特に限定されず、Tiを含む場合の添加順序についてはTiを先だって添加する場合の利点を界面エネルギーによる微細分散の視点で説明しているのみである。
【0020】
特許文献6には、mass%で、Al:0.05%以下、Ti:0.005〜0.100%、S:0.001〜0.025%、REM:0.0001〜0.050%、Zr:0.0001〜0.0500%、O:0.0005〜0.0100%等を含有し、円相当径で2μm未満の酸化物が500個/mm2以上、円相当径で2μm以上の酸硫化物が40〜1000個/cm2含有され、さらに酸硫化物の組成を酸化物換算した値が規定の濃度になることを特徴とする大入熱溶接時の熱影響部の靱性に優れた溶接用高張力厚鋼板が開示されている。
【0021】
特許文献6に開示された技術は、大入熱溶接時のγ粒径粗大化の抑制による靱性改善機構に基づいて、それに適した介在物量と組成を粒径別に規定したものであり、別の面からは円相当径2μm以上の介在物についてはその対象を酸硫化物に定めた点が特徴といえる。
【0022】
しかし、その技術を見る限りにおいては、脱酸方法はTi添加前に溶存酸素量とS量を調整して、Ti添加後にREM、Zrを添加し、場合によってはその後にCaを添加して、所望する鋼を溶製し、鋳造するものである。このような溶存酸素の制御、および添加手順は、前述の従来の技術と同様に、溶存酸素を除去する脱酸過程での脱酸生成物の制御を念頭においたものであり、その制御範囲も従来から変わるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【特許文献1】特開2000−273524号公報
【特許文献2】特許2866147号公報
【特許文献3】特許4039223号公報
【特許文献4】特開2007−100213号公報
【特許文献5】特開2008−88485号公報
【特許文献6】特開2009−138255号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
これらの従来技術は、いずれも、脱酸元素添加によって溶存酸素を除去し、その過程で脱酸生成物を生成せしめるという脱酸制御を基本としている。
【0025】
本発明は、このような溶存酸素の除去を主眼とした脱酸制御から発想を転換し、より現実的な脱酸制御、およびそれに根ざした酸化物系介在物の微細分散法を適用し、脱酸元素の安定酸化物を鋼中に微細分散させた鋼の製造方法を提供することを課題とする。
【0026】
具体的には、精錬工程の予備脱酸の段階での脱酸状態を溶存酸素のみならず脱酸生成物の状態にまで着目し、それを考慮した条件で予備脱酸を行った後に、Zr、Hf、YおよびREMの少なくとも1種を脱酸元素として脱酸すれば、その予備脱酸における酸化物が脱酸生成物系介在物として微細分散することを創意し、実現したものである。
【0027】
言い換えると、本発明は、Zr、Hf、YおよびREMの少なくとも1種を主たる脱酸元素とする脱酸において、その前に予備脱酸を行うことによって主たる脱酸の前段階で不可避的に残留する酸化物系介在物を積極的に残留せしめ、この酸化物と主たる脱酸元素を反応させることで、主たる脱酸元素の酸化物系介在物を微細に分散せしめるものである。
【0028】
このような手法を用いることによって、これらの酸化物系介在物に新たな鋼質を発現せしめる機能を付与できれば、新たな鋼質を得ることが可能となる。さらには、予備脱酸で生成した介在物を基点に効果的に微細化させることによって、粗大介在物の残留による鋼質上の諸問題を解決することにも繋がる。
【課題を解決するための手段】
【0029】
上述のように、本発明が解決しようとする課題は、溶鋼段階での酸化物系介在物の微細分散化の実現であり、従来とは異なる機構および手段により解決するものである。
【0030】
その機構とは、比重の小さい酸化物系介在物を溶鋼に分散させた後に適切な条件を設定することによって、比重の小さい相に大きい相が接した酸化物系介在物を生成させ、各相の比重差によって生じる応力によって比重の小さい相と大きい相との相界面を基点として割れを発生させて、介在物の崩壊を自発的に生じさせることによって介在物を微細化するものである。
【0031】
すなわち、先に主たる脱酸元素と異なる予備脱酸元素を用いて予備脱酸を行うことにより、比重の小さい予備脱酸元素の酸化物系介在物を溶鋼に分散させ、次に主たる脱酸として、既に分散している比重の小さい酸化物相の周囲に比重の大きい主たる脱酸元素の酸化物を生成させるような脱酸を行うことで、生成した主たる脱酸元素の酸化物相が、反応の進行とともに比重差で生じる応力で自発的に崩壊し、微細化するものである。
【0032】
本発明者らは、予備脱酸元素として、製鋼温度域において、酸素との親和力がAlと同じかまたはAlよりも弱くかつMnよりも高い元素を用い、予備脱酸の後、主たる脱酸の前の段階の溶鋼において、予備脱酸元素の酸化物系介在物の濃度を、酸素濃度に換算して0.0005質量%以上0.01質量%以下とするとともに、予備脱酸元素の酸化物と平衡する予備脱酸元素の濃度を、脱酸反応式によって製鋼温度域で計算される酸素分圧が5×10-13atm以上1×10-11atm以下になる濃度以下とすることによって、この介在物の微細化機構を効果的に進行させることが可能であることを知見した。
【0033】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は、下記の(1)および(2)に記載の鋼の製造方法にある。
【0034】
(1)Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた主たる脱酸元素を添加して溶鋼を脱酸して、前記主たる脱酸元素の酸化物系介在物を分散させた鋼の製造方法において、前記主たる脱酸元素を添加する前に、製鋼温度域で、酸素との親和力がAlと同じかまたはAlよりも弱くかつMnよりも強い予備脱酸元素を添加して予備脱酸を行い、前記予備脱酸元素の添加によって生成し溶鋼中に懸濁する前記予備脱酸元素の酸化物系介在物を製鋼温度域で固相とし、前記予備脱酸元素の酸化物系介在物の溶鋼中の濃度を、酸素濃度に換算して0.0005質量%以上0.01質量%以下とし、かつ前記予備脱酸元素の酸化物と平衡するそれぞれの予備脱酸元素の溶鋼中の濃度を、脱酸反応式によって製鋼温度域で計算される酸素分圧が5×10-13atm以上1×10-11atm以下になる濃度以下とし、その後に主たる脱酸元素を添加して脱酸を行うことを特徴とする鋼の製造方法。
【0035】
(2)前記主たる脱酸元素を添加して溶鋼を脱酸した後における、前記主たる脱酸元素の溶存濃度の合計が0.0001質量%以上0.003質量%以下であることを特徴とする前記(1)に記載の鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明の鋼の製造方法によれば、粗大介在物の生成回避とそのために生じる様々な製造上の諸問題や鋼質への悪影響を増大することなく、鋼中に微細介在物を分散させることができる。また、溶鋼の脱酸操作によって生成した酸化物系介在物を、微細化し、溶鋼中に分散させた状態を受け継いだ鋼材を得ることができるため、鋼の合金成分の制御や組織制御だけでは得られない新たな性能を鋼材に発現させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】Al23固相が懸濁した溶鋼とZrを含む溶鋼との界面近傍におけるZrO2系介在物の形成を示す走査型電子顕微鏡による二次電子線像である。
【図2】立体的な観察によってZrO2系介在物の微小割れを示す、走査型電子顕微鏡による二次電子線像である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
1.介在物の微細化機構
1−1.主たる脱酸と予備脱酸
以下、本発明による介在物の微細化機構の内容を、例を挙げて説明する。ここで予備脱酸とは、溶鋼の主たる脱酸を行う前に、酸素と親和力の高い元素を添加する脱酸をいう。本例では、主たる脱酸元素をZr、予備脱酸元素をAlとし、主たる脱酸で生成する脱酸生成物をZr酸化物系介在物とする。
【0039】
溶鋼の脱酸は、溶鋼という溶媒の中で、酸素と脱酸元素との反応を意味するため、厳密には脱酸元素濃度も脱酸力の強弱に影響する。しかし、ここでは脱酸元素の種類について概略の理解をするために、酸化物の反応性および安定性を表すエリンガム図に基づいて説明する。
【0040】
本発明でいう、溶鋼の予備脱酸で用いる予備脱酸元素、すなわち酸素と親和力の強い元素とは、AlおよびAlよりも酸素との親和力が弱い元素であり、エリンガム図において1800Kから2000Kの温度域で4/3Al+O2=2/3Al23の反応を表す線よりも上で、2Mn+O2=2MnOの反応を表す線およびそれよりも下に位置する反応を構成する元素を意味する。そして溶鋼中におけるこれらの元素と酸素との反応を予備脱酸という。
【0041】
また、主たる脱酸元素とはAlよりも酸素との親和力が強い元素であり、エリンガム図において上記温度域で4/3Al+O2=2/3Al23の反応を表す線よりも下に位置する反応を構成する元素を意味する。そして溶鋼中におけるこれらの元素と酸素との反応を主たる脱酸という。具体的にはZr、Hf、YおよびREMが主たる脱酸元素に該当する。
【0042】
1−2.予備脱酸
予備脱酸の段階では、予備脱酸元素の酸化物で構成された脱酸生成物が溶鋼に懸濁している状態であることが必要である。さらにはこの脱酸生成物はこの段階で固相によって構成されていることが適当である。
【0043】
たとえばAlによる予備脱酸であれば、懸濁している脱酸生成物はAl23(s)である。ここで、Al23(s)が安定に存在し、かつAlが可及的少量であれば、後述の(3)式で表される反応を容易に生じることができる。予備脱酸反応は、下記(1)式で表される。(1)式で酸素活量を酸素に換えて表すと下記(1′)式になる。
2Al + 3O = Al23(s) …(1)
2Al + 3/2O2(g) = Al23(s) …(1′)
【0044】
ここで、溶鋼中の酸素分圧の好適な範囲は、5×10-13atm以上1×10-11atm以下である。酸素分圧が1×10-11atm以下であれば、Al23(s)が安定に存在し得る。しかし、これよりも大きいと予備脱酸およびAl23の介在物としての懸濁が不十分になるとともに、溶存酸素濃度も相応に増加して、主たる元素による脱酸反応が溶存酸素濃度主体となってしまう。一方、酸素分圧が5×10-13atm未満の場合には、Al23が介在物として懸濁し、かつ溶存Al濃度が高い状態となり、それに引き続く主たる脱酸元素による脱酸でAl23系介在物の分解反応が生じないことになる。
【0045】
酸素分圧での表記とした理由は、脱酸元素を他の元素に変更した場合でも、同様の考え方で表すことができるからである。さらには脱酸元素が複数の元素からなる複合脱酸の状態であっても、酸素分圧で介在物の状態の判断ができるからである。
【0046】
この酸素分圧は、溶鋼の脱酸に関わる熱力学諸定数を用いた計算で算出可能であり、酸素濃淡電池を原理とするジルコニア固体電解質を用いた酸素センサーを用いて直接測定することも可能である。
【0047】
1−3.主たる脱酸
予備脱酸後の溶鋼は、状態で脱酸生成物であるAl23(s)が懸濁しており、かつ不可避的な溶存酸素が少量残存した状態である。
【0048】
このような状態が形成された後に、主たる脱酸元素であるZrを溶鋼に添加して可及的速やかに攪拌操作を行って脱酸を行った場合には、主に以下の(2)式および(3)式で表される二つの反応が生じる。
Zr + 2O = ZrO2(s) …(2)
Zr + 2/3Al23(s) = 4/3Al + ZrO2(s) …(3)
【0049】
(2)式は、よく知られた溶鋼の脱酸反応であり、(3)式は予備脱酸で生じた介在物の酸化物と主たる脱酸元素のZrとの脱酸反応である。本発明の鋼の製造方法は、主たる元素による脱酸反応が(2)式のみならず(3)式の反応を起こすことで、(3)式によって得られる主たる脱酸元素の酸化物が予備脱酸元素の酸化物よりも微細化する過程を見出したことに立脚する。
【0050】
2.脱酸実験
上記(3)式の反応を明らかにするために、脱酸剤添加直後の介在物の状態に着目した脱酸実験を行い、介在物の分散状態について詳細な観察を行った結果について説明する。
【0051】
2−1.実験条件
具体的な実験条件について説明する。約1873Kの温度で予備脱酸状態を模擬したAl23が介在物として懸濁する溶鋼(以下「元の溶鋼」という。)に1mass%のZrを含む鋼を添加した。添加後約30秒保持をした後、Zrを含む溶鋼と元の溶鋼との界面が保存されるような状態で坩堝ままで水冷した。
【0052】
その界面近傍を含む断面を鏡面研磨して、元はAl23系介在物だったと考えられるZrO2系介在物を走査型電子顕微鏡で観察した。その結果、もともとAl23固相の状態で懸濁していた酸化物系介在物が、その周囲からZrと反応してAlとZrが置換する形式で反応が進行していった状態が観察された。そこで、微小な介在物を立体的かつ明瞭に観察するために、ブロム‐メタノール溶液で鉄母相表層部のみを少量溶解した。
【0053】
2−2.実験結果
図1は、Al23固相が懸濁した溶鋼とZrを含む溶鋼との界面近傍におけるZrO2系介在物の形成を示す走査型電子顕微鏡による二次電子線像である。この溶解した面にある介在物を走査型電子顕微鏡によって鋼の凝固組織とともに観察した結果、同図の左1/3の部分に、数十μm程度の凝固組織を有するFe−1mass%Zr合金が認められ、それよりも約100μmから150μm程度の帯状の範囲に数μm程度の白い粒子が分散して観察される。その白い粒子が、元の溶鋼にAl23として懸濁し、かつZrを含む溶鋼と接触してZrO2に変化した介在物である。
【0054】
図2は、立体的な観察によってZrO2系介在物の微小割れを示す、走査型電子顕微鏡による二次電子線像である。ZrO2介在物の一つを拡大した同図から理解されるように、このZrO2系介在物には微細な割れが観察される。すなわち、この介在物は時間の経過とともに割れが進展して微細化に至る途中段階であると考えられる。
【0055】
さらに、複数のこのようなZrO2系介在物について観察を続けたところ、その介在物の内部には空隙が生じていること、また中心部には未反応のAl23相が残存していることも認められる。
【0056】
このような観察結果は、従来の鏡面研磨した断面を観察する手法のみならず、微小な介在物を立体的に観察する手法が奏功したものと思われる。そして、本発明者らは、このように観察された割れや空隙について、前記(3)式の反応が進行したことにより固相の密度差から形成されたのがこの空隙であり、そしてこの密度差を解消するために応力によって発生したのがこの割れであると推察できる。
【0057】
この割れは、時間とともに進展していくので、この微細な割れが進行することによって、主たる脱酸で生成したZrO2系介在物分散量(粒子数)が元のAl23系介在物の分散量の数倍ないし十数倍程度に増加し、かつその分散径(粒子径)は小さくなるという、介在物の微細分散に極めて有効な知見を得るに至ったのである。
【0058】
3.酸化物系介在物の要件
次に、これらの知見に基づいた、主たる脱酸元素の添加以前に溶鋼に分散懸濁する酸化物系介在物の要件について検討する。
【0059】
1800K〜2000Kの製鋼温度域でAlまたはそれよりも脱酸力の弱い元素の酸化物であってその比重が5000kg/m3未満の固相酸化物が介在物として懸濁していることが必要である。酸化物を構成する元素は,上述したAlおよびAlよりも脱酸力が弱い元素であってMnを含んでそれよりも脱酸力が強い元素である必要がある。
【0060】
このような酸化物は、Al23、SiO2およびTi23に加えて、複合酸化物であるFeO・Al23(Hercynite)、2Al23・2SiO2(Mullite)、MnO・Al23(Galaxite)、TiAl25等が挙げられる。ただし、複合酸化物を呈して低融点になる組成Silicateの多く、例えば2SiO2・Al23・CaO(Anorthite)等は不適である。
【0061】
介在物が固相であることが必要である理由は、懸濁した酸化物から、Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた主たる脱酸元素を添加して、その元素の酸化物系介在物が生成するときに、結晶構造や比重の差によって生じる応力で微細に破砕が生じる効果が得られるからである。
【0062】
これらの酸化物を還元する脱酸剤(主たる脱酸元素)は、Alよりも脱酸力の強い元素であって、かつ比重が5000kg/m3以上の酸化物を形成するものである必要がある。このことから、この脱酸剤として用いる元素は、Zr、Hf、YおよびREMが適切である。
【0063】
ここで、REMとは原子番号で57から71までのLaからLuを意味する。実用を念頭に置けば、具体的にはLa、Ce、Nd、Pr、Sm等の元素が該当する。これらの元素の酸化物は、比重が概ね6000kg/m3以上である。さらには、これらの元素の複合脱酸の場合は、全てが知られているわけではないが、多くは固溶体や複合酸化物の固体を呈することが知られているので、これらの複合酸化物も同様の原理で酸化物系介在物の微細化効果を享受できると考えられる。
【0064】
さらに、本発明者らの調査の結果、これらの元素は溶存状態として溶鋼には残存させない、ひいては鋼材に残存させないことによって、炭素や窒素等その他の軽元素と親和力の強い性質から生じる製造上の諸課題(耐火物との反応や浸漬ノズルの閉塞等)や鋼質への影響を回避できることがわかった。
【0065】
これらの諸課題等を回避するための溶鋼中のこれらの元素の臨界的な濃度は、これらの元素の全濃度ではなく、そこから介在物起因の濃度を差し引いた溶存濃度で表される。本発明では、これらの元素を含有する酸化物系介在物の内在を前提としているのであるが、これらの介在物濃度すなわち量は、溶鋼または鋼材に含まれる軽元素との相互作用の指標とはならないからである。
【0066】
介在物起因の濃度については、Zr、Hf、YおよびREMの酸化物量は酸不溶性濃度で関連付けられるので、それらの元素の溶存濃度は全濃度から酸不溶性濃度を差し引いた値を求め、これらの元素が質量割合で等価と仮定した合計で0.003mass%以下であればよいことがわかった。Zr、Hf、YおよびREMの溶存濃度は、0.002mass%以下が望ましく、0.001mass%以下がさらに望ましい。一方、その濃度の下限は、主たる脱酸元素の添加によって、より確実に脱酸生成物を生成せしめるために0.0001mass%以上が望ましく、0.0003mass%以上がより望ましい。
【0067】
4.さらに安定かつ確実に介在物の微細分散効果を享受できる条件(Al濃度)
つぎに、本発明の技術の原理に基づいて、さらに安定かつ確実に介在物の微細分散効果を享受できる状態について検討したところ、予備脱酸の段階で、溶存Al濃度と、懸濁する酸化物系介在物のAl量に着目すればよいことがわかった。
【0068】
4−1.溶存Al濃度
溶存Al濃度は、それと関連付けられる簡便な指標である酸可溶性Al濃度[sol.Al]が、[sol.Al]≦0.003mass%を満たすことである。[sol.Al]が0.003mass%を超えて大きいと、それに引き続いてZr等の脱酸元素を添加してもAl23系介在物が化学的により安定するためにAl23の反応が不十分であり、比重の大きい酸化物系介在物の生成が抑制されるためである。溶鋼中でAl23と平衡するAlの濃度[sol.Al]が、[sol.Al]≦0.003mass%を満たす場合、脱酸反応式によって製鋼温度域で計算される溶鋼中の酸素分圧が1×10-11atm以下を満たす。[sol.Al]≦0.002mass%であると、そのAl23をより確実にZrと反応させることができるため、望ましい。
【0069】
4−2.酸不溶性Al濃度(酸化物系介在物の懸濁量)
一方で、予備脱酸の段階における比重の小さい酸化物系介在物の懸濁も重要である。予備脱酸の段階において、比重の小さい酸化物系介在物は、Al23を少なくとも複合する形態をとることから、比重の小さい酸化物系介在物の量を制御すれば、本発明の効果を享受することができる。
【0070】
この時の酸化物系介在物の懸濁量は、酸不溶性Al濃度[insol.Al]と関連付けられ、[insol.Al]≧0.0005mass%を満足すれば、本発明の介在物の微細分散の効果を享受することができる。[insol.Al]≧0.001mass%であれば、より確実に介在物の微細分散の効果を享受することができるため、望ましい。
【0071】
5.全酸素濃度
さらに、懸濁する酸化物系介在物量と予備脱酸の程度を表す工業的に利用できる指標として、全酸素濃度[T.O]がある。本発明者らの調査の結果、この全酸素濃度が[T.O]≦0.01mass%を満足すれば、本発明の介在物の微細分散の効果を享受できることがわかった。
【0072】
ここで、予備脱酸の段階では、全酸素濃度は介在物酸素濃度と溶存酸素濃度とを含むが、その寄与割合は不可分である。介在物酸素は、酸不溶性Al濃度とともに説明したように、一定量以上含まれる必要がある。化合物をAl23と仮定すれば、本発明の微細分散効果を享受するには、介在物酸素濃度は0.0005mass%以上とする必要があり、0.001mass%以上が望ましい。
【0073】
一方、Al23以外の介在物酸素や溶存酸素については、少ない方が、主たる脱酸に用いる元素の添加量を減じることができるばかりか、その反応によって生成する粗大な介在物の増大を回避できるため、望ましい。そこで、介在物酸素と溶存酸素が不可分であることを考慮して、本発明では、全酸素濃度を0.01mass%以下とする。全酸素濃度は0.008mass%以下が望ましい。
【0074】
6.予備脱酸元素としてTiを用いる場合の条件
Alと同様に、溶鋼にあって脱酸力を有し、かつ固相を呈する酸化物系介在物を形成する元素としてTiがある。Tiは、Alと比して脱酸力は弱いものの、本発明の原理に基づく介在物の微細分散効果を発揮するのに適当な元素である。
【0075】
Tiの好適な利用方法は、予備脱酸の段階でTiを添加してTi酸化物を生成せしめるとともに、溶鋼に残存するTiの濃度[Ti]を0.02mass%以下とする条件を満足させることである。[Ti]が0.02mass%を超えると、Ti酸化物が安定となり、Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた元素を添加しても、これらの元素の脱酸生成物が安定に生成することが困難であり、本発明の原理に基づく介在物の微細分散効果を得ることができない。[Ti]が0.005mass%≦[Ti]≦0.02mass%を満たす場合、脱酸反応式によって製鋼温度域で計算される酸素分圧が5×10-13atm以上1×10-11atm以下を満たす。
【0076】
さらにはTiの添加にAlを併用することが可能である。Alを併用する場合には、酸可溶性Al濃度[sol.Al]も0.003mass%以下とする必要がある。これは、Tiによる予備脱酸にAlを併用した場合においても、[sol.Al]が0.003mass%を超えた場合には、Al23が安定となるためである。
【0077】
7.溶鋼の化学成分の範囲および限定理由
次に、本発明を実施するにあたって、対象となる溶鋼に含まれる元素について述べる。本発明は、鉄を基本の構成溶媒としてなされたものであるが、鋼の製造を想定した場合には、種々の合金成分や不純物が含まれるので、その代表的な成分の好適濃度範囲を記述する。以下の各元素の濃度は、全て各元素を鉄の一部に換えて得られるものである。
【0078】
7−1.C、SiおよびMn
C:0.0005〜1.2mass%
Cは、鋼材にあっては強度と靱性を得るために有用な元素であり、鋼としての強度を得るには0.0005mass%以上を含むことが好適である。一方、脱酸反応としては、予備脱酸以後では大きな影響が少なく、1.2mass%以下までは許容される。
【0079】
Si:0.01〜0.6mass%
Siは、鋼材にあっては強度や焼き入れ性を得るために有用な元素である。Siは、脱酸反応に関しては、脱酸元素として予備脱酸の過程では一定の影響がある。予備脱酸前のSi濃度は、0.3mass%以下とし、0.2mass%以下が望ましい。さらにSiは、予備脱酸元素として有用であり、その効果を発揮するには少なくとも0.01mass%を含有することが好適である。
【0080】
Siの影響は、Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた元素を添加する脱酸以降では小さくなるため、その後はより広い範囲での添加調整が可能となる。
【0081】
以上のことから、鋼の製造を想定した鋳造段階では、Si濃度は0.01mass%以上0.6mass%以下が許容される。
【0082】
Mn:0.1〜3mass%
Mnは、鋼材にあっては強度向上や組織制御に有用な元素である。Mnは、それ自体は酸素との親和力は大きくないが、脱酸生成物が複合酸化物を呈することで脱酸剤として機能する。その脱酸反応に関しては、予備脱酸の過程では、特にSiと共存した場合に脱酸元素として一定の影響を及ぼす。予備脱酸前におけるMn濃度は、Si濃度が0.3mass%以下の場合には2.0mass%以下、Si濃度が0.2mass%以下の場合には3.0mass%以下まで許容される。予備脱酸での効果を得るには、Mnは0.1mass%以上を含むことが必要である。
【0083】
介在物の微細分散を実現するため、すなわち予備脱酸の段階で固相介在物を確実に生成させるには、予備脱酸の段階でのMn濃度は低いことが好ましい。そのため、Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた元素を添加する脱酸以降で、Mn自体が酸素との親和力が大きくないことを利用して、さらにMnを含む合金鉄を添加してMn濃度を調整する方法もある。
【0084】
7−2.その他の元素
脱酸に影響する元素の濃度について、その許容範囲は、Cr:0.05〜25mass%、Nb:0.001〜0.2mass%、V:0.001〜0.2mass%、B:0.0001〜0.2mass%である。
さらに本発明の鋼の製造方法は、鉄の一部に換えて、脱酸に大きな影響を及ぼさない以下の元素を含んだ状態で実施することが可能である。各元素の濃度範囲は、P:0.001〜0.2mass%、S:0.0001〜0.6mass%、Cu:0.01〜2mass%、Ni:0.01〜2mass%、Mo:0.01〜2mass%である。これらの元素は、主たる脱酸元素による脱酸生成物系介在物が安定な化合物であることを応用して、必要に応じて主たる脱酸元素添加後に添加調整することが可能である。
【0085】
本発明の実施にあっては、製鋼反応、特に脱酸反応を実施できる製鋼プロセスおよび製鋼炉であれば、プロセスおよび装置については特に限定はない。また、主たる脱酸反応の後に、溶鋼を凝固させて鋳片を得るプロセスについても特に限定はない。これは、本発明の対象である溶鋼中介在物は、粒径で数μmのオーダーまたはその1/10〜1/100程度の大きさであり、プロセスや装置の大きさに関わらずその分散を実現できると考えられるからである。
【実施例】
【0086】
本発明の鋼の製造方法の効果を確認するため、以下に示す実験を行い、その結果を評価した。
【0087】
1.試験条件
試験炉として減圧および不活性ガス雰囲気で約150kgの溶鋼の保持および鋳型への鋳造が可能な高周波誘導炉を用い、配合原料として電解鉄およびAl濃度が低い工業用純鉄を用いた。
【0088】
高周波誘導炉に配合原料を装入し、1873K±20Kを目安に溶解を行い、あらかじめ脱酸を行わない状態で炭素濃度のみを調整し、SiおよびMnを必要に応じて添加・調整した。その後、予備脱酸として予備脱酸元素を添加し、予備脱酸後の溶鋼から鉄製容器によって試料を汲み上げて採取した。さらに、主たる脱酸として、Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた元素を添加した。これらの元素を添加してから所定時間攪拌した後、予備脱酸時と同様に鉄製容器によって試料を汲み上げて採取した。
【0089】
【表1】

【0090】
予備脱酸元素として、実験番号1〜6および10〜14は金属Alを添加し、実験番号7〜9および14は金属Alと金属Tiとを添加した。また、主たる脱酸元素として、実験番号1、2、7、8および10〜14はZrを、実験番号3はHfを、実験番号4はYを、実験番号5はミッシュメタルを、実験番号6、9および14はZrとミッシュメタルを、それぞれ添加した。ミッシュメタルは、REMとしてLa、CeおよびNdを含有するものとした。実験番号1〜9は本発明例であり、実験番号10〜14は同様の操作を比較例として実施したものである。比較例では、表1において下線を付した溶鋼組成によって本発明の規定を満足しなかった。
【0091】
採取したボンブ試料は、所定の化学分析に供するとともに、試料底部の断面をダイヤモンドペーストでバフ研磨して鏡面仕上げを行った。さらにこの試料の研磨面を、5v/v%臭素‐メタノール溶液にて短時間溶解して、試料中に含有される介在物のみを残存せしめる程度に露出させた状態とした。
【0092】
この断面にある酸化物系介在物粒子を観察できるように走査型電子顕微鏡で画像を撮影して、この画像から介在物粒子を描出して画像処理装置によって粒子数を定量(測定)した。この方法で測定される粒子の大きさは0.3μm以上である。
【0093】
予備脱酸後および主たる脱酸後の溶鋼の主要組成を前記表1に脱酸条件とともに示す。また、予備脱酸後および主たる脱酸後に測定された介在物個数および平均粒子径を表2に示す。介在物個数は、1mm2あたりの密度に換算した値として表し、平均粒子径は円相当径として算術相加平均で表した。
【0094】
【表2】

【0095】
表2に示すように、実験番号1では、主たる脱酸後の介在物個数(分散量)は、本実験条件および本測定条件で、予備脱酸後(主たる脱酸前)の10倍以上の2000個/mm2を超えており、その一方で平均粒径は予備脱酸後の1/2以下の値であり、本発明の介在物の微細分散効果が明瞭に認められる。
【0096】
実験番号2〜6の結果からもわかるように、同様の効果は主たる脱酸における添加元素がHf、YおよびREMでも得られたことがわかる。このうち特に予備脱酸後の[sol.Al]が0.001mass%以下の実験番号2および実験番号6、ならびに主たる脱酸に用いた脱酸元素の溶存濃度の合計が0.002mass%以下の実験番号2、実験番号3および実験番号6においては、主たる脱酸後の介在物個数は予備脱酸後の15倍以上になっている。
【0097】
さらには実験番号7〜実験番号9では、主たる脱酸後の介在物個数は約7000個/mm2から34000個/mm2にもおよび、予備脱酸後の40倍以上の分散量が得られた。また、平均粒径は予備脱酸後の1/3以下または1/4以下の値であった。実験番号7〜実験番号9では、予備脱酸時にTiおよびAlを添加し、かつ主たる脱酸をZrまたはZrおよびREMを用いて行った。
【0098】
一方、比較例である実験番号10〜14では、主たる脱酸後の介在物個数は予備脱酸後の約1.5〜7倍に留まり、平均粒径は予備脱酸後の56〜88%の値であり、効果的な介在物の微細化効果が得られなかったことがわかる。
【0099】
実験番号10は、主たる脱酸の段階でのZrの添加量が多く、Zrが高い溶存濃度で残留したことから、効果的な介在物の微細化効果が得られなかった例である。
【0100】
実験番号11は、予備脱酸後の酸可溶性Al(sol.Al)濃度が高く、結果として主たる脱酸で効果的なZr酸化物の分散が得られなかった例である。
【0101】
実験番号12は、予備脱酸後の酸不溶性Al(insol.Al)濃度が低く、結果として主たる脱酸で効果的なZr酸化物の分散が得られなかった例である。
【0102】
実験番号13は、予備脱酸後の全酸素(T.O)濃度が高く、結果として主たる脱酸で効果的なZr酸化物の分散が得られなかった例である。
【0103】
実験番号14は、予備脱酸後のTi濃度が高く、結果として主たる脱酸で効果的なZr酸化物およびREM酸化物の分散が得られなかった例である。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明の鋼の製造方法によれば、粗大介在物の生成回避とそのために生じる様々な製造上の諸問題や鋼質への悪影響を増大することなく、鋼中に微細介在物を分散させる方法を提示することができる。そのため、溶鋼の脱酸操作によって生成した酸化物系介在物を、微細化し、溶鋼中に分散させることができ、その状態を受け継いだ鋼材を得ることができるため、鋼の合金成分の制御や組織制御だけでは得られない新たな性能を鋼材に発現させることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zr、Hf、YおよびREMの1種または2種以上から選ばれた主たる脱酸元素を添加して溶鋼を脱酸して、前記主たる脱酸元素の酸化物系介在物を分散させた鋼の製造方法において、
前記主たる脱酸元素を添加する前に、製鋼温度域で、酸素との親和力がAlと同じかまたはAlよりも弱くかつMnよりも強い予備脱酸元素を添加して予備脱酸を行い、
前記予備脱酸元素の添加によって生成し溶鋼中に懸濁する前記予備脱酸元素の酸化物系介在物を製鋼温度域で固相とし、
前記予備脱酸元素の酸化物系介在物の溶鋼中の濃度を、酸素濃度に換算して0.0005質量%以上0.01質量%以下とし、
かつ前記予備脱酸元素の酸化物と平衡するそれぞれの予備脱酸元素の溶鋼中の濃度を、脱酸反応式によって製鋼温度域で計算される酸素分圧が5×10-13atm以上1×10-11atm以下になる濃度以下とし、
その後に主たる脱酸元素を添加して脱酸を行うことを特徴とする鋼の製造方法。
【請求項2】
前記主たる脱酸元素を添加して溶鋼を脱酸した後における、前記主たる脱酸元素の溶存濃度の合計が0.0001質量%以上0.003質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の鋼の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−144782(P2012−144782A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−4826(P2011−4826)
【出願日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】