説明

鋼材の設計方法

【課題】効率よく鋼材の製造条件を確定できる鋼材の設計方法を提供する。
【解決手段】素材の鋼片から複数の工程を経て製造される鋼材の製造条件を確定するに際し、複数の工程のうち少なくとも一つの工程から、試験材をサンプリングするサンプリングステップと、試験材中の析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つを分析する分析ステップとを有し、析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つの結果と、次の1)から3)に記載の少なくとも一つの事項とを対比することにより製造条件を確定する鋼材の設計方法;1)他の一以上の試験材で同様にして得られた析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量のうちの相当する結果、2)試験材の所望の特性の測定値の結果、3)前記鋼材の所望の特性の目標値。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、造船、土木、建築等の分野に用いられる薄鋼板、厚鋼板、棒鋼、線材等の鋼材を設計する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車、造船、土木、建築等の分野に用いられる鋼材は、薄肉化や材料特性の向上の観点から高強度化(高YS化および/または高TS化)が図られている。例えば、自動車の分野では、燃費向上による地球環境保護の観点から車体の軽量化と乗員の安全確保の観点から車体の衝突安全性の向上が強く求められており、薄鋼板の高強度化が急速に進んでいる。また、造船や土木、建築の分野では、厚鋼板の高強度化に対して強い要求がある。さらに、最近では、資源開発の活発化により、ラインパイプ素材として高強度な鋼板が求められている。また、このような鋼材には、単に高強度化のみならず、深絞り加工性や穴広げ加工性等の加工性あるいは高靭性等など、各用途に応じた特性も求められている。
【0003】
従来、こうした分野に用いられる高強度鋼板の強度は340〜440MPa級であり、その強化機構としては、Si、Mnを利用した固溶強化や硬質な第2相(ベイナイトやマルテンサイト)を利用した組織強化が主として用いられていた。しかしながら、440MPa以上に鋼板を高強度化しようとすると、上述の2つの強化機構では不十分であり、微細な析出物を利用した析出強化を併用する必要が生じてくる。非特許文献1の図1に示すように、Ashby-Orowanモデルにより計算された析出強化σDと析出物の寸法X(サイズ)、析出物の析出率(体積率)fとの関係は、実験結果とよく一致しており、析出強化σDは、析出物の寸法X(サイズ)と析出率fに大きく依存する、すなわち析出物のサイズが小さいほど、また析出率fが大きいほど大きくなる。そのため、析出強化を有効に利用するためには析出強化元素(Nb、Ti、Vなど)の含有量に加え、鋼板の製造条件(スラブ加熱、熱間圧延、焼鈍などの条件)を適正に制御し、最終製品中の析出物のサイズと量を制御する必要がある。図2に、析出強化を利用した高強度熱延鋼板(HSLA鋼)の熱間圧延工程における冶金的要因を示したが、スラブ加熱工程では析出強化に利用できる析出物(例えばTiCなど)を完全に固溶させ、巻取り中あるいは巻取り後に微細な析出物として多量に析出させることが必要である。特に、析出物のサイズと量は、鋼板の伸びフランジ性や曲げ性にも影響をおよぼすので、その制御が重要である。同様に、造船やラインパイプ用の鋼材でも、靭性の向上や溶接部の特性(強度やHAZ軟化特性)の改善を図る上で、鋼材の製造条件や溶接条件により析出物の適正な制御が重要である。
【非特許文献1】W.C.Leslie:「レスリー鉄鋼材料化学」、丸善株式会社(1985)P213
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の分析技術では、鋼材の所望の特性と関連付けて析出物の制御を適正に行うことが困難であった。ここで所望の特性とは、具体的には、薄鋼板および厚板鋼材の材料強度と析出物の量とサイズ、溶接HAZ部の軟化挙動と析出物の量とサイズ、パイプ素材の靭性と析出物の量とサイズなどがあげられる。そのため、従来では、新規の鋼材の成分組成も含めた製造条件の最適化は経験的なアプローチに頼っていた。すなわち、図3に、従来の鋼材の設計方法の操作フローの一例を示すが、実験室あるいは工場において、製造条件(加熱温度、圧延温度など)を変化させ、最終製品を試作し、その材料特性を求め、試行錯誤により製造条件を適正化していた。したがって、鋼材の製造条件の確定までに多大の時間を要し、極めて非効率であった。
【0005】
本発明は、かかる事情を鑑みてなされたもので、効率よく鋼材の製造条件を確定できる鋼材の設計方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
新規鋼材の設計にあたっては、最終製品での析出物および/または介在物(以下、析出物等という)の組成、サイズおよび着目元素の固溶量を最適化する必要がある。そのためには、成分、加熱工程、熱間加工工程、冷却工程、再加熱工程、巻取り工程等の各製造工程でサイズ別の析出物等の組成や注目元素の固溶量が製造条件によってどのように変化するのかを把握する必要がある。
【0007】
発明者らは、高精度に析出物等の組成、サイズまたは着目元素の固溶量を分析できる技術を開発し、この開発された分析技術を駆使することにより、効率よく鋼材の製造条件を確定できる鋼材の設計方法を見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、素材の鋼片から複数の工程を経て製造される鋼材の製造条件を確定するに際し、前記複数の工程のうち少なくとも一つの工程から、試験材をサンプリングするサンプリングステップと、前記サンプリングされた試験材中の析出物等の組成、前記析出物等のサイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つを分析する分析ステップとを有し、前記分析された析出物等の組成、析出物等のサイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つの結果と、次の1)から3)に記載の少なくとも一つの事項とを対比することにより、製造条件を確定することを特徴とする鋼材の設計方法を提供する;
1) 他の一以上の試験材で同様にして得られた析出物等の組成、析出物等のサイズおよび着目元素の固溶量のうちの相当する結果、
2) 試験材の所望の特性の測定値の結果、
3) 前記鋼材の所望の特性の目標値。
【0009】
本発明の鋼材の設計方法における分析ステップでは、試験材を電解液中で電解し、前記試験材に付着している析出物等を分散性を有する溶液中に分離後、前記析出物等の組成および/またはサイズを分析することが好ましい。また、分離された析出物等を含んだ分散性を有する溶液を一段以上ろ過することにより、前記析出物等をサイズ別に分別して、前記析出物等の組成を分析することが好ましい。さらに、試験材を電解した後の電解液を分析し、前記電解液中の着目元素の濃度と鉄の濃度との比を求め、求められた比に前記試験材の鉄の含有量を乗じることで、着目元素の固溶量を分析することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の鋼材の設計方法によれば、本発明者らが新規に開発した分析方法により得た析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量に関する知見に基づいて、所望の特性と製造条件の関係を把握できるので、効率よく鋼材の製造条件を確定できる。なお、本発明は特に析出強化を利用した高強度の高級鋼開発により有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
i) 析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量の分析方法
先ず、本発明者らが開発した、高精度に析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量を分析する方法について説明する。
【0012】
鋼材試料を適切な条件で電解し、析出強化元素の固溶部分をマトリクスの鉄とともに電解液中に溶解させ、析出物等を試料表面に露出させる。このとき、露出した析出物等は電気的引力によって陽極である試料表面に付着するので、析出物等と電解液(固溶部分)とを分離できる。すなわち、析出物等の付着した試料を電解液から取り出すだけで、ほとんどすべての析出物等が電解液から取り出せることになる。そして、試料とともにポリ燐酸水溶液のような分散性を有する溶液に浸漬して超音波を付与し、試料に付着している析出物等を試料から剥離する。このとき、分離された析出物等は、ポリ燐酸塩から表面電荷が付与されて、互いに反発しあって分散性を有する溶液中に分散する。
【0013】
先ず、析出物等をサイズ別に分けない場合には、析出物等を含んだ分散性を有する溶液を動的光散乱分光分析方法で分析し、全析出物等の平均粒径や粒径分布を求める。
【0014】
次に、析出物等をサイズ別に分ける場合には、以下の手順による。析出物等の分散した分散性を有する溶液をフィルタ孔径YとZ(ただし、Y>Z)のフィルタを用いて順次ろ過する。このとき、孔径Yのフィルタ上の残渣がサイズY以上の析出物等であり、孔径Zのフィルタ上の残渣がサイズZ以上Y未満の析出物等であり、孔径Zのフィルタを透過したろ液にはサイズZ未満の析出物等が含まれる。次いで、ろ過後のフィルタ上の析出物等とろ液を、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法、ICP質量分析法および原子吸光分析法等により分析し、サイズY以上、サイズZ以上Y未満、サイズZ未満の析出物等中の着目元素の含有量を求める。または、ろ過後のろ液を動的光散乱分光分析方法で分析し、サイズZ未満の析出物等の平均粒径や粒径分布を求める。
【0015】
このように、複数のフィルタ孔径のフィルタを用いてろ過することにより、析出物等をサイズ別に分別することが可能となる。なお、析出物等を含んだ分散性を有する溶液を所定のフィルタ孔径のフィルタでろ過すると、析出物等のサイズに応じてフィルタに捕集されるものとフィルタを通過するものとに分かれるが、このとき、比較的大きな析出物等によりフィルタ孔の閉塞が進行し、本来通過するべきサイズの析出物等がフィルタを通過せずに捕集されることがある。このような場合は、フィルタに捕集された析出物等の分析値は正しい値より高くなり、反対にろ液の分析値は正しい値より低くなる。しかし、フィルタとして、直孔でかつ4%以上の空隙率を有するフィルタを用いれば、フィルタ孔径より小さい析出物等が捕集されることなく、より正確な析出物等のサイズ別分析が可能となる。ここで、直孔とは、一定の開口形状で貫通しているフィルタ孔のことをいう。
【0016】
着目元素の固溶量を求めるには、析出物等と分離された電解液中の着目元素の絶対量を測定して、鋼材試料の電解重量で除算する必要がある。しかしながら、一般的な電解液はメタノールを主体とした有機溶媒で揮発性が高いうえに数百ミリリットルもの液量となることから、着目元素の含有量を測定することは容易ではない。そこで、多量の電解液から1/10以下の適当量を採取して乾燥した後、適切な溶液で溶解して水溶液としてから着目元素と鉄をそれぞれ適切な溶液分析法で測定し、その濃度比(即ち、着目元素の測定濃度/鉄の測定濃度)に鋼材試料中の鉄の含有量を乗算することにより、着目元素の鋼中の固溶量を求めた。なお、水溶液を分析する方法としては、ICP発光分光分析法、ICP質量分析法および原子吸光分析法が適当である。また、鋼材試料中の鉄の含有量を求めるための方法としては、スパーク放電発光分光分析方法(JIS G1253)、蛍光X線分析方法(JIS G1256)、ICP発光分光分析法およびICP質量分析法等により得られた鉄以外の元素の合計値を100質量%から減算する方法が適当である。
【0017】
本発明の鋼材の設計方法においては、こうして得られた析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つの結果を、製造条件の確定に反映させる。析出物等の組成の結果のみを用いる場合は、例えば、析出物を構成する着目元素の種類とその含有量のうちいずれかで提示可能である。また、析出物等のサイズの結果のみを用いる場合は、例えば、前述の動的光散乱分光分析方法で得られた平均粒径や粒径分布で提示できる。析出物等の組成とサイズの両方の結果を用いる場合は、例えば、析出物等のサイズ別における着目元素の析出物等中の含有量で提示できる。なお、着目元素の析出物等中の含有量とは、例えば、着目する元素に関して、その元素が析出物等としてどれくらい存在しているかを、(a)鋼材全体に対する含有率、(b)着目元素量全体に対する比、(c)着目元素の固溶量に対する比、等、必要に応じて提示できる。また、着目元素の固溶量は、例えば、着目する元素に関して、その元素が固溶した状態でどれくらい存在しているかを、(d)鋼材全体に対する含有率、(e)着目元素量全体に対する比、(f)析出物等中の着目元素の含有量に対する比、等、必要に応じて提示できる。
【0018】
ii)鋼材の設計方法
図3に示した従来の設計方法では、多数の製造条件を組み合わせた実験と評価を繰り返す必要があった。一方、図4に示すように、本発明である鋼材の設計方法では、成分および各工程における製造条件が分析結果に基づいて最適化できるため、製造条件の確定を非常に効率的に行えることがわかる。例えば、強度780MPa以上の鋼板を開発する際に、強度不足が発生した場合、従来の設計方法では、析出強化元素の含有量が不足しているのか、各工程における製造条件が不適切なため析出物等の析出量が不足しているのか、あるいは析出物等が粗大化しているかの判別を行うことが非常に困難であった。このため、経験に頼って析出強化元素の含有量を増加したり、製造条件を種々変更する実験を行って原因を特定する必要があった。しかしながら、本発明の鋼材の設計方法を用いれば、最終製品における析出強化元素のサイズ別析出物等中の含有量および固溶量を分析することにより、強度不足の原因が特定できる。すなわち、鋼材に含まれている析出強化元素の大半が微細な析出物等として析出しているにも関わらず、強度不足が生じているのであれば、析出強化元素の含有量不足が強度低下の主原因であり、サイズが100nm以上の粗大な析出物等中の析出強化元素の含有量が多いのであれば、スラブ加熱温度の低下が強度不足の主原因であり、サイズが20nm以上から100nm未満程度の析出物等中の析出強化元素の含有量が多いあるいは析出強化元素の固溶量が多い場合は、熱間圧延および/またはその後の制御冷却条件が不適切であることが強度不足の主原因であることが直ちにわかり、成分および/または製造条件の修正が直ちに行える。逆に、本発明の鋼材の設計方法により強度過剰を是正し、含有元素の削減を図ることも可能である。すなわち、最終製品における析出強化元素のサイズ別析出物等中の含有量および固溶量を分析し、強度過剰の原因が析出物等の析出量過多であることがわかれば、直ちに添加元素量の削減を図ることが可能となる。
【0019】
さらに、強度以外の特性向上にも本発明の鋼材の設計方法が有効な手立てとなる。例えば、厚鋼板の靭性は結晶粒径に大きく依存するが、結晶粒径と析出物等は密接な関係にある。すなわち、析出物等のサイズが大きい場合は、再結晶-粒成長時に結晶粒のピンニング効果が弱く結晶粒が粗大化しやすい。従来、TEM観察により析出物等のサイズからピンニング効果を推定していたが、本発明の方法により、析出物等の量とサイズの両面から結晶粒のピンニング効果が検証可能となる。これにより、結晶粒の粗大化が、析出物等の析出量が不足しているために起こったのか、析出物等が粗大化しているために起こったのかを同定することができる。そして、前者の場合は添加元素の増量が有効な対策となり、後者の場合は製造条件の適正化で対応が可能となる。
【0020】
このように、本発明では、析出物等の組成、サイズおよび着目元素の固溶量の少なくとも一つを基に製造条件が調整されるので、非常に効率よく最適な製造条件を確定できることになる。
【0021】
本発明の鋼材の設計方法は、鋼材の組成の最適化から、スラブ加熱温度、粗圧延および仕上圧延条件、圧延後の冷却開始時間や制御冷却条件、巻取温度などの最適化に適用できる。また、熱延板および冷延板の焼鈍条件、めっき鋼板(溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、アルミめっき等)の加熱冷却条件、厚鋼板製造時の制御冷却条件や制御冷却中の再加熱条件など種々の加熱冷却条件、鋼管の組成の最適化および造管条件の最適化などにも適用できる。さらに、溶接や高周波焼入れに適した鋼成分の適正化や、溶接条件や高周波焼入れ条件など最終製品に加工途中あるいは加工後に施される種々の熱処理過程の最適化にも適用できる。また、浸炭および浸窒条件の最適化にも適用可能である。近年、適用が増加しているホットプレス用鋼板の成分適正化やホットプレス条件(温間プレスを含む)の適正化にも適用可能である。
【実施例1】
【0022】
目標強度780MPaの高強度熱延鋼板の設計方法を例に取り、以下の実験を行った。
【0023】
熱間圧延前の素材の鋼片としては、表1に示す成分を有する鋼を実験室真空溶解炉にて溶製し、1250℃に加熱後分塊圧延により製造した板厚35mmのシートバーから採取した板厚30mm、板幅100mm、長さ120mmの鋼片を用いた。
【0024】
(従来例)
1) スラブ加熱温度および巻取温度の絞込み
析出物等の形成元素が固溶する温度を決めるため、上記鋼片を、1150、1200、1250、1300℃の4水準の加熱温度で加熱後、8パスの熱間圧延により仕上温度900℃で板厚3mmの熱延板とした。その後、平均冷却速度70〜80℃/sで冷却し、550、600℃の2水準の巻取温度で1時間保持の巻取り処理後、室温まで炉冷した。巻取り処理後の熱延板を酸洗した後、JIS 5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241 に従い引張試験を行い、引張強度(TS)を調査した。また、熱延板中の析出物等中のTi含有量を、従来法により、すなわち10%AA系電解液(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)でサンプルを電解処理したのち抽出残渣をフィルタ孔径0.2μmのフィルタでろ過捕集して、定量分析する方法により求めた。Ti含有量の単位は質量ppmで、試験片の全成分の合計が100質量%となる。
【0025】
表2に、加熱温度および巻取温度とTS、全析出物等中のTi含有量との関係を示す。780MPa以上のTSを得るためには、加熱温度は1250℃以上、巻取温度は600℃以上にする必要があることがわかる。また、TSが780MPaに達していない巻取温度550℃の場合における全析出物等中のTi含有量は、TSが780MPaに達している巻取温度600℃の場合に比べ、半分以下であることがわかる。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
2) 巻取温度の最適化
巻取り時の析出物等の析出状態の適正化を図るために、鋼片を、1250℃に加熱後、従来例1と同様な熱間圧延を行い、600、650、700℃の3水準の巻取温度で1時間保持の巻取り処理後、室温まで炉冷した。その後、従来例1と同様に、TSおよび析出物等を調査した。
【0029】
表3に、巻取温度とTS、全析出物等中のTi含有量との関係を示す。巻取温度が600、650℃では780MPa以上のTSが得られるが、巻取温度が700℃では780MPa未満のTSしか得られない。このことから、適正な巻取温度は600〜650℃であることがわかる。また、TSが780MPaに達していない巻取温度700℃の場合における全析出物等中のTi含有量は、TSが780MPaに達している巻取温度650℃の場合に比べ、多いことがわかる。そこで、TEMで析出物等を観察したところ、巻取温度が700℃の場合にはサイズ20nm以上析出物等が多く観察されたが、こうしたサイズを反映した結果が得られないため、析出物等の析出状態とTSの関係を正確に把握できなかった。
【0030】
【表3】

【0031】
(発明例)
1) スラブ加熱温度の決定
上記鋼片から一辺約30mmの直方体の試料を切り出し、1150、1200、1250、1300℃に1時間加熱後、直ちに水冷し、本発明者らが開発した上記分析方法により固溶Ti量を求めた。具体的には、水冷後の試料の中心部近辺から適当な大きさの試験片を切り出し、10%AA系電解液中で電流密度20mA/cm2で約0.2gだけ定電流電解後、表面に析出物が付着している試験片を電解液から取り出した後の電解液中のTi量を求めた。Ti量の単位は質量ppmで、試験片の全成分の合計が100質量%となる。
【0032】
図5に、スラブ加熱温度と固溶Ti量との関係を示す。スラブ加熱温度を1250℃以上にすれば固溶Ti量が飽和しているので、最適な加熱温度は1250℃と決定できる。このように、本発明例による方法は、上記従来例で示したスラブ加熱温度の絞込みより、簡便であることがわかる。
【0033】
2) 巻取温度の決定
上記した試料を、1250℃に加熱後、550℃〜700℃で1時間保持し、水冷した。その後、中心部付近から試験片を切り出し、本発明者らが開発した上記分析方法により析出強化に寄与するサイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量を分析した。具体的には、上記電解液から取り出した試験片を、ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液(500mg/l)(以下、SHMP水溶液とよぶ)中に浸漬し、超音波振動を付与して、析出物等を試験片から剥離しSHMP水溶液中に分離した後、析出物等を含むSHMP水溶液を、フィルタ孔径20nmのフィルタを用いてろ過し、ろ過後のろ液に対してICP発光分光分析装置を用いて分析し、ろ液中のTiの絶対量を測定し、Tiの絶対量を電解重量で除して、サイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量を求めた。なお、電解重量は、析出物等剥離後の試験片に対して重量を測定し、電解前の試験片重量から差し引くことで求めた。Ti含有量の単位は質量ppmで、試験片の全成分の合計が100質量%となる。
【0034】
図6に、巻取温度とサイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量との関係を示す。サイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量は巻取温度が625℃付近にピークを持ち、巻取温度が600℃未満でも、巻取温度が650℃を超えても急激に減少することがわかる。以上の簡易な実験から、最適な巻取温度は625℃と推定される。
【0035】
そこで、この結果が正しいかどうかを確認するために、スラブ加熱温度は1250℃とし、巻取温度を600、625、650℃と変化させて、巻取温度とTSおよびサイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量との関係を調査した。
【0036】
表4に、巻取温度とTS、サイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量との関係を示す。巻取温度が700℃を除き、TSはいずれも780MPaを超えているが、最適な巻取温度は625℃であることが確認できる。また、TSが高いほど、サイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量が多いことがわかる。なお、表4には、巻取温度が700℃の熱延板を本発明者らの開発した上記分析方法により分析した結果を、参考データとして併せて示したが、分析結果から判断すれば、巻取温度が650℃以下の分析結果により最適値が見出せることがわかる。さらに、従来例で全析出物中のTi含有量と材料特性の関係が不明確であった巻取温度が700℃の材料でも、サイズ20nm未満の析出物等中ではTi含有量が非常に少ないという結果が得られ、TSとの相関が得られた。すなわち、材料特性と析出物等の組成およびサイズを組み合わせた分析結果と製造パラメーターの3者の関係を明確にすることができた本発明では、鋼材設計が効率的に進められることがわかる。
【0037】
【表4】

【実施例2】
【0038】
(発明例)
目標TS780〜820MPa、目標穴広げ率40%以上の高強度熱延鋼板の設計方法を例に取り、以下の実験を行った。
【0039】
熱間圧延前の素材の鋼片としては、表5に示す成分を有する鋼A、Bを実験室真空溶解炉にて溶製し、1250℃に加熱後分塊圧延により製造した板厚35mmのシートバーから採取した板厚30mm、板幅100mm、長さ120mmの鋼片を用いた。これらの鋼片を、1250℃で1時間加熱後、仕上温度890℃で熱間圧延して板厚3.2mmの熱延板とし、巻取温度650℃で1時間保持の巻取り処理後、室温まで炉冷した。巻取り処理後の熱延板を酸洗した後、JIS 5号引張試験片を採取し、実施例1の場合と同様な引張試験を行い、TSを調査した。また、鉄連規格JFST 1001に従いλを調査した。
【0040】
表5に、TSとλの結果を示す。鋼AおよびBともにTSは目標値を下回っているが、λは、鋼Aに比べて鋼Bの方が高く、鋼Bのλは目標値を満足していることがわかる。
【0041】
従来の鋼材の設計方法では、ここで、鋼の組成と熱間圧延条件を種々変化させながら試行錯誤的に目標値となるように製造条件の最適化が図られていた。
【0042】
本発明である鋼材設計方法では、以下のように行う。
【0043】
まず、本発明者らが開発した下記の分析方法により、鋼AおよびBのサイズ100nm未満、サイズ20nm以上と20nm未満の析出物等に含まれるTi量を定量する。すなわち、熱延板から適当な大きさの試験片を切り出し、10%AA系電解液中で電流密度20mA/cm2で約0.2gだけ定電流電解後、表面に析出物等が付着している試験片を電解液から取り出して、SHMP水溶液(500mg/l)中に浸漬し、超音波振動を付与して、析出物等を試験片から剥離しSHMP水溶液中に分離し、析出物等を含むSHMP水溶液を、フィルタ孔径100nmのフィルタを用いてろ過した後、さらにフィルタ孔径20nmのフィルタを用いてろ過し、ろ過後のフィルタ上の残渣とろ液に対してICP発光分光分析装置を用いて分析し、ろ過後のフィルタ上の残渣とろ液中のTiの絶対量を測定した。次いで、Tiの絶対量を電解重量で除して、サイズ20nm以上100nm未満の析出物等中に含まれるTi含有量とサイズ20nm未満の析出物等中に含まれるTi含有量を求めた。なお、電解重量は、析出物等剥離後の試験片に対して重量を測定し、電解前の試験片重量から差し引くことで求めた。Ti含有量の単位は質量ppmで、試験片の全成分の合計が100質量%となる。
【0044】
表6に、TS、λとサイズ別析出物等中のTi含有量の結果を示す。鋼AおよびBともにTSに寄与するサイズ20nm未満の析出物等等中のTi含有量は約470質量ppmである。一方、TSに寄与の少ないサイズ20nm以上100nm未満の析出物等のTi含有量をみると、鋼AにおけるTi含有量は、鋼BにおけるTi含有量の約3倍となっている。以上の結果から、上記の実験における鋼AおよびBのTSが目標値に達しなかった原因は、サイズ20nm未満の析出物等の析出量が少なかったためと考えられる。また、鋼AおよびBの強度がほぼ同一であるにも関わらず、鋼Bのλが鋼Aのそれに比べて高かった原因は、鋼Bでは比較的大きなサイズ20nm以上100nm未満の析出物等の析出量が少なかったためと考えられる。
【0045】
そこで、鋼Bの巻取温度を低下させてサイズ20nm以上100nm未満の析出物等中のTi含有量を減少させ、その分サイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量を増加させる試みと、新たに鋼Bに対してTiを増加させた鋼C(Ti=0.12%)を溶解し、成分と巻取温度を最適化させる試みの2つの実験を行った。実験方法は上記と同様であり、鋼片を1250℃で1時間加熱後、仕上温度890℃で熱間圧延し、650、625、600、575℃の巻取温度で1時間保持後炉冷した。なお、巻取温度が650℃超の場合は、表6の結果より析出物等が粗大化することが判明しているため、明らかに不要であることがわかる。
【0046】
表7に、鋼BおよびCにおける巻取温度とTS、λ、サイズ別析出物等中のTi含有量との関係を示す。鋼Bでは、巻取温度が575〜625℃の範囲内で目標値を満足することが、また、Tiを0.12%に増加した鋼Cでは、巻取温度が575〜650℃の範囲内で目標値を満足することがわかる。巻取温度を±25℃に制御可能であれば、Ti含有量の低い、すなわち低コストの鋼Bの方が好ましく、巻取温度範囲の許容幅を広く取りたければ、鋼Cの方が好ましいことがわかる。
【0047】
以上のように、本発明の鋼材の設計方法を適用することにより、鋼成分の適正化はもとより、合金コストと製造許容範囲のバランスを考慮した設計も、効率よく行えることがわかる。
【0048】
【表5】

【0049】
【表6】

【0050】
【表7】

【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】非特許文献1に記載の析出強化σDと析出物の寸法X、析出物の析出率fとの関係を示す図である。
【図2】析出強化を利用した高強度熱延鋼板の熱間圧延工程における冶金的要因を示す図である。
【図3】従来の鋼材の設計方法の操作フローの一例を示す図である。
【図4】本発明である鋼材の設計方法の操作フローの一例を示す図である。
【図5】スラブ加熱温度と固溶Ti量との関係を示す図である。
【図6】巻取温度とサイズ20nm未満の析出物等中のTi含有量との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材の鋼片から複数の工程を経て製造される鋼材の製造条件を確定するに際し、
前記複数の工程のうち少なくとも一つの工程から、試験材をサンプリングするサンプリングステップと、
前記サンプリングされた試験材中の析出物および/または介在物(以下、析出物等という)の組成、前記析出物等のサイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つを分析する分析ステップと、を有し、
前記分析された析出物等の組成、析出物等のサイズおよび着目元素の固溶量のうち少なくとも一つの結果と、次の1)から3)に記載の少なくとも一つの事項とを対比することにより、製造条件を確定することを特徴とする鋼材の設計方法;
1) 他の一以上の試験材で同様にして得られた析出物等の組成、析出物等のサイズおよび着目元素の固溶量のうちの相当する結果、
2) 試験材の所望の特性の測定値の結果、
3) 前記鋼材の所望の特性の目標値。
【請求項2】
分析ステップでは、試験材を電解液中で電解し、前記試験材に付着している析出物等を分散性を有する溶液中に分離後、前記析出物等の組成および/またはサイズを分析することを特徴とする請求項1に記載の鋼材の設計方法。
【請求項3】
分離された析出物等を含んだ分散性を有する溶液を一段以上ろ過することにより、前記析出物等をサイズ別に分別して、前記析出物等の組成を分析することを特徴とする請求項2に記載の鋼材の設計方法。
【請求項4】
分析ステップでは、さらに、試験材を電解した後の電解液を分析し、前記電解液中の着目元素の濃度と鉄の濃度との比を求め、求められた比に前記試験材の鉄の含有量を乗じることで、着目元素の固溶量を分析することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の鋼材の設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−126772(P2010−126772A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−303358(P2008−303358)
【出願日】平成20年11月28日(2008.11.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】