説明

防虫鋼板

【課題】優れた加工性と、優れた溶接性とを有し、さらに優れた昆虫忌避性を兼備する防虫鋼板を提供する。
【解決手段】黒色鋼板、好ましくは亜鉛系めっき鋼板に黒色化処理を施した黒色鋼板を基板とし、該黒色鋼板の少なくとも片方の表面に、忌避剤、あるいはさらに潤滑剤を含有する樹脂組成物からなり、片方の鋼板表面の単位面積あたりに付着している質量で、0.3〜4g/m2有する樹脂層を被成する。忌避剤は、ピレスロイド系化合物を主成分とする昆虫忌避成分の少なくとも1種と、あるいはさらに沸点が250℃以上である多価アルコールの脂肪酸エステルの少なくとも1種とすることが好ましく、忌避剤を片方の鋼板表面の単位面積あたりに付着している質量で0.002〜0.4g/m2含有することが好ましい。これにより、加工性、溶接性を低下させることなく、ゴキブリ等の昆虫を忌避する昆虫忌避性を顕著に向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴキブリをはじめとする、人に不快感を抱かせる昆虫(不快害虫)、あるいは衛生上、害を及ぼす昆虫(衛生害虫)等の忌避機能を有する防虫鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
家電製品、自動車部品、建築部材等では、意匠性や、さらには防錆性、耐食性、耐熱性等の向上を目的として、予め表面に塗装を施した塗装鋼板が使用されるようになっている。近年、家電製品等では、機器内で発生する熱に誘引されて、機器内にゴキブリをはじめとする昆虫(害虫)が侵入して、様々な被害を発生させる場合が多い。例えば、機器内に侵入した昆虫が、機器内のプリント回路基板上での絶縁不調や導通不良を発生させる場合がある。このような被害を防ぐために、プリント回路基板に昆虫の忌避剤を塗布して昆虫の侵入防止を図る対策が提案されている。しかし、このような方法では、忌避剤を充分な量とすることができず、また昆虫が基板に接触することが避けられず、昆虫の忌避という効果を充分に期待できないという問題があった。
【0003】
このような問題に対して、例えば、特許文献1には、冷間圧延鋼板表面に、樹脂層、害虫忌避材または害虫忌避材を含む層を順次形成した塗装鋼板(プレコート鋼板)が提案されている。このような塗装鋼板を、例えばシャーシに加工し、そのシャーシ上にプリント回路基板を設置すれば、昆虫(害虫)が回路に接触することがなく、昆虫(害虫)が原因で生じる回路の接触、導通不良等の故障の発生はなくなるとしている。
【特許文献1】特開平11−300884号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載された技術では、鋼板表面に多量の樹脂層や害虫忌避成分を含有する層を設ける必要があり、絶縁性が高くなり溶接性が低下するという問題や、加工時に樹脂層が剥離しやすく、加工性が低下するという問題があった。
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、成形加工時の樹脂層の剥離もなく、優れた加工性と、導電性が良好で、優れた溶接性とを有し、さらにゴキブリ等の害虫を寄せ付けない更なる優れた昆虫忌避性を兼備する防虫鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、昆虫忌避性を更に向上させるための方策について鋭意検討した。その結果、害虫、とくに熱に誘引されて集まるというゴキブリの習性に着目し、機器内で発生する熱を可能なかぎり放散させ、機器内の温度をゴキブリが好む温度域未満とすることが、昆虫忌避性の更なる向上に肝要であることに思い至った。そして、黒色鋼板は、熱放散性が高く、機器内の温度を低下させることができると考え、機器部材の基板として黒色鋼板を使用することに想到した。そしてさらに、黒色鋼板の表面に、特定厚さの忌避剤を含有する樹脂組成物からなる樹脂層を被成することにより、優れた加工性と、良好な溶接性とを有し、更なる優れた昆虫忌避性を兼備する防虫鋼板が得られるという知見を得た。
【0006】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)黒色鋼板の少なくとも片方の表面に、忌避剤を含有する樹脂組成物からなる樹脂層を、片方の鋼板表面の単位面積あたりに付着している質量で、0.3〜4g/m2有することを特徴とする防虫鋼板。
【0007】
(2)(1)において、前記樹脂層が、前記忌避剤を、片方の鋼板表面の単位面積あたりに付着している質量で0.002〜0.4g/m2含有することを特徴とする防虫鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記忌避剤が、ピレスロイド系化合物を主成分とする昆虫忌避成分の少なくとも1種であることを特徴とする防虫鋼板。
(4)(3)において、前記忌避剤がさらに、沸点が250℃以上である多価アルコールの脂肪酸エステルの少なくとも1種を含有することを特徴とする防虫鋼板。
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記樹脂組成物がさらに潤滑剤を含有することを特徴とする防虫鋼板。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、成形加工時の樹脂層の剥離もなく、所望の形状に加工することができ、また、溶接性にも優れ、ゴキブリ等の昆虫を寄せ付けない優れた昆虫忌避性を有する防虫鋼板を安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明になる防虫鋼板を、電気機器のプリント基板、配線基板、内箱等に利用すれば、昆虫の侵入による、基板接点等における絶縁不良等の故障を低減でき、装置の故障というトラブルを大幅に低減できるという効果もある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の防虫鋼板は、黒色鋼板を基板とする。
本発明で基板として使用する黒色鋼板は、亜鉛めっき鋼板または亜鉛合金めっき鋼板、例えば溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛−アルミ二ウム合金(Zn−5mass%Al)めっき鋼板、溶融亜鉛−アルミ二ウム合金(Zn−55mass%Al)めっき鋼板、電気亜鉛−ニッケル合金めっき鋼板などの、亜鉛系めっき鋼板や、アルミめっき鋼板、ニッケルめっき鋼板、ステンレス鋼板等、の鋼板に黒色化処理を施して得られた鋼板である。なお、黒色化処理は、鋼板に、湯洗、アルカリ洗浄などの通常の洗浄処理を行ったのち、施すことが好ましい。
【0010】
黒色化処理の方法は本発明ではとくに限定する必要はないが、陽極電解、陰極処理、交番電解等の電気化学的な処理方法や、Ni、Co、Feなどの金属をそれらの酸化物とともに置換析出させる処理等を用いることができる。また、特開2006−291279号公報に記載されたような黒色顔料を含有する樹脂被膜層を設けてもよく、特開2006−291281号公報に記載されたような黒色めっき鋼板を用いてもよい。なお、黒色化処理としては、黒色皮膜の安定性の観点から、亜鉛−ニッケル合金めっき層を有する電気亜鉛−ニッケル合金めっき鋼板に、例えば塩素酸イオンを5〜100g/l、硫酸イオンを10〜300g/lを含む水溶液中で、pH:0.5以上3.0未満、温度:30〜75℃、電気量:10〜300 C/dm2nの条件で陽極電解を施す方法がより好ましい。
【0011】
上記したような黒色化処理を施された黒色鋼板では、表面に黒色皮膜を有する。黒色皮膜の膜厚としては、0.01〜0.5μm程度とすることが好ましい。0.01μm未満では、黒色化が不十分であり、一方、0.5μmを超えて厚くなると、黒色皮膜の密着性が低下する。なお、亜鉛系めっき鋼板に形成された黒色皮膜には、少なくとも亜鉛を含む金属およびそれらの酸化物を含み、さらにそれら金属の水酸化物を含んでいてもよい。なお、黒色皮膜の膜厚は、より好ましくは0.05〜0.2μmである。
【0012】
本発明の防虫鋼板は、基板である黒色鋼板の少なくとも片方の表面に、忌避剤を含有する樹脂組成物からなる樹脂層を有する。なお、樹脂層は、黒色鋼板の両方の表面に設けてもよいことは言うまでもない。
本発明の防虫鋼板では、表面に形成される樹脂層は、片方の表面の単位面積当たりに付着している質量で、0.3〜4g/m2とする(平均厚みで0.1〜5μmとする)。付着量が、0.3 g/m2未満では、潤滑性、および昆虫の忌避効果が不十分となる。一方、4g/m2 を超えて付着すると、樹脂層の絶縁抵抗が高くなり、溶接性が低下する。このため、樹脂層の付着量は0.3〜4g/m2に限定した。なお、好ましくは0.5〜4g/m2(平均厚みで0.2〜5μm)である。
【0013】
本発明の防虫鋼板では、樹脂組成物は、樹脂に忌避剤、あるいはさらに潤滑剤を含有する。使用する樹脂はとくに限定する必要はなく、忌避剤、あるいはさらに潤滑剤を、均一に分散または溶解できるものであればよい。このような樹脂としては、例えばアクリル樹脂、ウレタン樹脂等が例示できる。
樹脂組成物中の忌避剤の含有量は、樹脂100質量部に対して、0.01〜20質量部とすることが好ましい。樹脂組成物中の忌避剤の含有量が、0.01質量部未満では、所望の昆虫忌避効果が確保できなくなる。一方、20質量部を超えて多くなると、均一な塗布が困難となり、鋼板表面に均一な樹脂層の形成ができにくくなる。なお、より好ましくは0.1〜20質量部である。さらに好ましくは1〜10質量部である。
【0014】
なお、ここでいう樹脂、忌避剤の含有量は、乾燥後における含有量を意味する。以下、潤滑剤等の含有量についても同様とする。
本発明で使用する忌避剤は、ピレスロイド系化合物を主成分とする昆虫忌避成分の少なくとも1種を含有し、あるいはさらに沸点が250℃以上である多価アルコールの脂肪酸エステルの少なくとも1種を含有することが好ましい。昆虫忌避成分単独でも、忌避効果は生じるが、多価アルコールの脂肪酸エステルと複合して含有すると、さらに忌避効果が向上する。昆虫忌避成分と多価アルコールの脂肪酸エステルとを複合含有することにより、昆虫忌避成分が樹脂層表面にブリードしやすくなり、少量の昆虫忌避成分と薄い樹脂層でも、昆虫忌避効果がさらに向上すると考えられる。
【0015】
昆虫忌避成分の主成分である「ピレスロイド系化合物」としては、例えば、α−シアノ−3−フェノキシベンジル(+)シス/トランス−2,2−ジメチル−3−(2−メチル−1−プロぺニル)シクロプロンカルボキシラート、α−シアノ−3−フェノキシベンジル(1R,3S)−2,2−ジメチル−3−(1,2,2,2−テトラブロモエチル)シクロプロパンカルボキシラート、(S)−α−シアノ−3−フェノキシベンジル=(Z)−(1R,3S)−2,2−ジメチル−3−〔2−(2,2,2−トリフルオロ−1−トリフルオロメチルエトキシカルボニル)ビニル〕シクロプロパンカルボキシラート、(RS)−α−シアノ−3−フェノキシベンジル=(Z)−(1RS,3RS)−3−(2−クロロ−3,3,3−トリフルオロプロピニル)−2,2−ジメチルシクロプロパンカルボキシラートが挙げられる。昆虫忌避成分として、これら化合物を単独、あるいは適宜組み合わせて使用してもよい。
【0016】
また、「沸点が250℃以上である多価アルコールの脂肪酸エステル」としては、トリグリセリド、多価アルコール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル等が好ましい。なお、これらは、単独または2種以上を複合して混合してもよい。
【0017】
なお、トリグリセリドの好ましい具体例としては、ヤシ油、ククイナツ油、サフラワー油、アカデミアナッツ油、トリ(カプリル・カプリン酸)グリセリド、トリ−2−エチルヘキサン酸グリセリド等が例示できる。
また、多価アルコール脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、トリイソステアリン酸ジグリセリル、ジカプリン酸プロピレングリコール、テトラ2−エチルヘキサン酸ペンタエリスリトール、トリ2−エチルへキサン酸トリメチロールプロパン等が例示できる。
【0018】
また、グリセリン脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、モノワンデシレングリセリル、モノイソステアリン酸グリセリル、ジオレイン酸グリセリル等が例示できる。
また、ポリグリセリン脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、モノオレイン酸ジグリセリル、モノイソステアリン酸ジグリセリル、トリイソステアリン酸ジグリセリル、モノラウリン酸ヘキサグリセリル、モノミリスチン酸ヘキサグリセリル、ポリリシノレイン酸ヘキサグリセリル、モノイソステアリン酸デカグリセリル、ジイソステアリン酸デカグリセリル、ポリリシノレイン酸デカグリセリル等が例示できる。
【0019】
また、ソルビタン脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、モノラウリン酸ソルビタン、セスキイソステアリン酸ソルビタン、トリオレイン酸ソルビタン等が例示できる。
また、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、モノステアリン酸POE(6)ソルビタンが例示できる。また、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、モノラウリン酸POE(6)ソルビット、テトラオレイン酸POE(30)ソルビット等が例示できる。また、ポリエチレングリコール脂肪酸エステルの好ましい具体例としては、モノラウリン酸ポリエチレングリコール(10EO)、ジイソステアリン酸ポリエチレングリコール等が例示できる。
【0020】
なお、昆虫忌避成分と多価アルコールの脂肪酸エステルとを混合する場合には、その混合比は、質量比で1:1〜1:10とすることが好ましく、特に1:1〜1:5とすることがより好ましい。
また、潤滑性を向上させるために、潤滑剤を含有させることが好ましい。使用する潤滑剤の種類はとくに限定する必要はないが、樹脂組成物に均一に分散でき、しかも樹脂や忌避剤を劣化させないものとすることが肝要となる。このような潤滑剤としては、ポリエチレン系ワックス、フッ素系パウダー、アクリル系ビーズ、二硫化モリブデン等の固形潤滑剤等が例示できる。樹脂組成物中における潤滑剤の配合量は、樹脂100質量部に対し、1〜10質量部とすることが好ましい。1質量部未満では充分な潤滑性を付与することができない。一方、10質量部を超えると、樹脂層と鋼板表面との密着性が低下する。
【0021】
本発明の防虫鋼板の樹脂層形成に用いる樹脂組成物は、樹脂に前記した忌避剤あるいはさらに潤滑剤を含有するが、さらにその他の成分として、顔料、分散剤、レべリング剤、ワックス、骨材等を含有してもよい。これらその他の成分は、本発明の効果を阻害しない範囲であればよく、樹脂100質量部に対し、50質量部以下とすることが好ましい。なお、より好ましくは30質量部以下、さらに好ましくは10質量部以下である。
【0022】
このような配合の樹脂組成物を用いて鋼板の少なくとも片方の表面に形成された樹脂層における、忌避剤の含有量は、該片方の表面の単位面積当たりに付着している質量で、0.002〜0.4g/m2とすることが好ましい。樹脂層中の忌避剤の含有量が、0.002g/m2未満では、充分な昆虫忌避効果が得られない。一方、0.4g/m2を超えて多量に含有すると、樹脂層の潤滑性、密着性が低下する。なお、より好ましくは0.01〜0.4 g/m2、さらに好ましくは0.01〜0.2 g/m2、なお好ましくは0.2〜0.3 g/m2である。
【0023】
つぎに、本発明の防虫鋼板の好ましい製造方法について説明する。
まず黒色鋼板を用意する。黒色鋼板の製造方法はとくに限定されないが、亜鉛系めっき鋼板や、アルミめっき鋼板、ニッケルめっき鋼板、ステンレス鋼板等、の鋼板に黒色化処理として、陽極電解、陰極処理、交番電解等の電気化学的な処理方法や、Ni、Co、Feなどの金属をそれらの酸化物とともに置換析出させる処理や電気めっき等を施し、表面に黒色皮膜を形成した鋼板とすることが好ましい。
【0024】
そして、上記したように、樹脂、忌避剤、必要により潤滑剤やその他の成分を配合し、それらを、水または有機溶剤に溶解または分散させエマルジョンとした塗布用溶液(樹脂組成物を含有する溶液)を用意する。
用意した塗布用溶液を、基板である用意した黒色鋼板の表面に、所望の付着量となるように塗布する。塗布方法は、通常のスプレー、バーコータ、ロールコータ、浸漬等の方法がいずれも適用できる。ついで、塗布された鋼板は、加熱炉に装入され、表面に樹脂層を形成される。使用する加熱炉は、通常の高周波誘導炉、熱風炉等がいずれも適用できる。なお、加熱炉の雰囲気温度は300℃以下とすることが好ましい。300℃を超える温度では、忌避剤が蒸散し、樹脂層中に残存しにくくなる。加熱炉の雰囲気温度は、より好ましくは250℃以下である。なおこの際、基板である鋼板の最高加熱温度は概ね80℃以上となるようにすることが好ましい。加熱炉の雰囲気温度を300℃以上としてもよいが、その場合、加熱時間を1〜5秒程度と短時間とする必要がある。加熱時間を短時間とすることにより、製造効率が向上するとともに、鋼板の最高到達温度が80〜100℃程度となるため、忌避剤もほとんど蒸散しない。
【実施例】
【0025】
基板として、黒色鋼板AA(鋼帯:0.8mm厚、1200mm幅)を用意した。用いた黒色鋼板は、電気めっきラインにて、冷延鋼板の両面に亜鉛−ニッケル合金(Zn−15mass%Ni合金)めっき(めっき付着量:20g/m2)を施したのち、塩素酸ナトリウムおよび硫酸ナトリウムを含む溶液(塩素酸イオン濃度:80g/l、硫酸イオン濃度:100g/l、pH:1.0、液温:50℃)中で、ニッケル電極を対極として、電流密度:40A/dm2 で陽極電解を行い、両面に黒色皮膜を形成して得た鋼板とした。なお、黒色皮膜の厚さは0.15μmとした。黒色皮膜の厚さは、集束イオンビーム加工装置で作製した薄膜の断面電子顕微鏡観察により測定した。なお、比較例として、黒色鋼板に代えて、黒色皮膜を形成しない、電気亜鉛めっき鋼板BB(めっき付着量:20g/ m2)を用いた。
【0026】
基板から試験板を採取し、該試験板に、表1に示す配合組成の塗布用溶液を、バーコータを用いて塗布し、ついで熱風乾燥機を用いて、雰囲気温度:240℃で4秒間乾燥し、基板表面に樹脂層を形成した。鋼板の最高到達温度は100℃であった。
塗布用溶液の作製には、樹脂として、
記号(A);ウレタン系樹脂水系エマルジョン(商品名:ス-パーフレックス110、第一製薬株式会社製、固形分濃度:30質量%)、または
記号(B);アクリル系樹脂エマルジョン(商品名:ポリゾールAP-6720、昭和高分子株式会社製、固形分濃度:44質量%)
を用いた。
【0027】
また、昆虫忌避成分としては、
記号(a);α−シアノ−3−フェノキシベンジル(+)シス/トランス−2,2−ジメチル−3−(2−メチル−1−プロぺニル)シクロプロンカルボキシラート、または
記号(b);(S)−α−シアノ−3−フェノキシベンジル=(Z)−(1R,3S)−2,2−ジメチル−3−〔2−(2,2,2−トリフルオロ−1−トリフルオロメチルエトキシカルボニル)ビニル〕シクロプロパンカルボキシラート
を用いた。
【0028】
また、多価アルコールの脂肪酸エステルとしては、
記号(o);トリ−2−エチルヘキサン酸グリセリド、または
記号(p)ジオクタン酸ネオペンチルグリコール、または
記号(q)テトライソステアリン酸ペンタエリスリット
を用いた。また、潤滑剤は、ポリエチレンワックス(商品名:ケミパールW-100、三井化学株式会社製、固形分濃度:40質量%)を用いた。なお、塗布用溶液中の各々の添加量は、樹脂エマルジョンへの添加量を調整して、溶液全量に対する質量%で、潤滑剤濃度が1質量%、昆虫忌避成分の濃度が0.05〜3.0質量%、多価アルコールの脂肪酸エステルの濃度が0.2〜4.0質量%となるように調整した。なお、潤滑剤、昆虫忌避成分、多価アルコールの脂肪酸エステルのうちの少なくとも1種を添加しない場合も実施し、比較例とした。なお、樹脂層を形成しない試験板も用意した。
【0029】
基板表面に上記した樹脂層を形成した各試験板から、試験片を採取して、樹脂層の付着量、忌避剤の付着量、摂食忌避試験、溶接性試験、加工性試験を実施した。各試験の試験方法はつぎのとおりである。
(1)樹脂層の付着量測定
試験板から、100×100mmの大きさの試験片を切り出し、その試験片の質量を秤量したのち、アセトンで樹脂層を剥離除去して、再度試験片を秤量した。得られた樹脂層の剥離前後の質量差を樹脂層の付着量とした。樹脂層の付着量は、樹脂と潤滑剤と忌避剤(昆虫忌避成分+多価アルコールの脂肪酸エステル)との合計量である。
(2)忌避剤の付着量測定
試験板から、100×100mmの大きさの試験片を切り出し、その試験片をアセトンに浸漬し、忌避剤を抽出し、ガスクロマトグラフィーで、昆虫忌避成分、多価アルコールの脂肪酸エステルを定量し、その合計を忌避剤の付着量とした。
(3)摂食忌避試験
試験板から、100×100mmの大きさの試験片を2枚切り出し、摂食忌避試験1、摂食忌避試験2を実施した。なお、樹脂層を形成しない試験板からも同様の試験片を2枚採取した。
(3−1)摂食忌避試験1
直径:600mm、円周上の壁の高さが100mmである円形のバット10を、床上に水平に設置し、図1に示すように、その略中央にシェルター4と水5を置いた。そして、シェルター4の周りに、樹脂層を形成した試験片1および樹脂層を形成しない試験片(めっき鋼板(基板)のまま)2をそれぞれ2枚ずつ、シェルター4を中心として対角となるように、配置した。さらに各試験片のうえにそれぞれ餌3を5g置いた。なお、試験片近傍の床を30℃に保持した。
【0030】
なお、シェルター4は、上面を覆った箱状で、大きさ:100×100mm×高さ10mmの厚紙製で、4面に30×40mmの入口41を設けたものである。
このように配置されたバット10内に、チャバネゴキブリの雌と雄を、それぞれ50匹を放ち、室温で48時間放置した。放置後、餌の重量を測定し、下記(1)式により摂食忌避率を算出した。
【0031】
摂食忌避率(%)={(試験片2上の餌の減少量−試験片1上の餌の減少量)/試験片2上の餌の減少量}×100 ‥‥(1)
(3−2)摂食忌避試験2
樹脂層を形成した試験片1と樹脂層を形成しない試験片2とを、温度:50℃、相対湿度75%の雰囲気中に4ヶ月間放置したのち、摂食忌避試験1と同様の試験を実施し、同様に、摂食忌避率を算出した。
(4)溶接性試験
試験板から、100×200mmの大きさの試験片を2枚切り出した。そして、これら2枚の試験片の表面を合わせて、スポット溶接機で連続スポット溶接を実施し、連続打点数を求めた。なお、連続打点数は、1対の電極で正常なナゲット(溶接ビード)が形成できなくなり、鋼板と電極とが溶着するまでの溶接回数をいうものとする。連続スポット溶接の条件は次のとおりとした。
【0032】
電極:Cr−Cu電極(CF型:6mmφ)、
溶接電流:9500A、
加圧力:250kg/cm2
溶接時間:8サイクル(50Hz)
(5)加工性試験
試験板から、50×200mmの大きさの試験片を切り出した。そして、その試験片の表面にカッターナイフで1mm角の碁盤目を100個導入し、ついで碁盤目部をエリクセン試験機で6mm押し出す、押出加工を加えた。そして該押出加工部に、セロハンテープを貼りそして引き離して、被膜の剥離状況を観察し、被膜の剥離なしを◎、1〜5個の碁盤目で被膜が剥離を○、6〜10個の碁盤目で被膜が剥離を△、11個以上の碁盤目で被膜が剥離を×、とする基準で加工性を評価した。
【0033】
得られた結果を表2に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
本発明例は、優れた昆虫忌避効果を示すことがわかる。黒色被膜を形成した鋼板を基板として使用する本発明例は、黒色被膜を形成しない基板を使用する比較例(試験片No.14)に比べて昆虫忌避率が高くなっている。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】摂食忌避試験用器具の配置の概略を示す平面概略図である。
【図2】摂食忌避試験用器具のシェルターの概略図である。
【符号の説明】
【0038】
1 表面に樹脂層を形成した試験片
2 表面に樹脂層を形成しない試験片
3 餌
4 シェルター
41 入口
5 水
10 バット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒色鋼板の少なくとも片方の表面に、忌避剤を含有する樹脂組成物からなる樹脂層を、片方の鋼板表面の単位面積あたりに付着している質量で、0.3〜4g/m2有することを特徴とする防虫鋼板。
【請求項2】
前記樹脂層が、前記忌避剤を、片方の鋼板表面の単位面積あたりに付着している質量で0.002〜0.4g/m2含有することを特徴とする請求項1に記載の防虫鋼板。
【請求項3】
前記忌避剤が、ピレスロイド系化合物を主成分とする昆虫忌避成分の少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の防虫鋼板。
【請求項4】
前記忌避剤がさらに、沸点が250℃以上である多価アルコールの脂肪酸エステルの少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項3に記載の防虫鋼板。
【請求項5】
前記樹脂組成物がさらに潤滑剤を含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の防虫鋼板。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−114168(P2009−114168A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−52076(P2008−52076)
【出願日】平成20年3月3日(2008.3.3)
【出願人】(000200323)JFE鋼板株式会社 (77)
【出願人】(000197975)石原薬品株式会社 (83)
【出願人】(000100539)アース製薬株式会社 (191)
【Fターム(参考)】