説明

陰イオンと陽イオンの同時分析法

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は試料中の陽イオンと陰イオンを同時に分析する方法に関し、特に陰イオン交換カラムと陽イオン交換カラムを直列に結合した分離カラム、または陽イオン交換体と陰イオン交換体の混合物を充填した分離カラムを用いる陽イオンと陰イオンの同時分析法に関する。
【0002】
【従来の技術】試料中の陽イオン(Li+ ,Na+ ,K+ ,Mg2+,Ca2+等)の分析については、従来より炎光光度法、原子吸光法などの有力な方法があり、無機イオンの分析法として最近広く利用されるようになったイオンクロマトグラフィーの利用は主流にはなっていない。一方、陰イオン(Cl- ,NO2-、Br- ,NO3-,SO42- ,等)の分析には、従来、沈澱法、発色法などがあるが、手間、分析精度、分析感度等、イオンクロマトグラフィーには及ばず、現在ではイオンクロマトグラフィーが主流となっている。イオンクロマトグラフィーの特徴は、同時に複数のイオンが分離され、効率良く分析されることであるが、従来は陰イオンだけ、または陽イオンだけの分離であった。最近、更に効率を上げるため、陽イオンと陰イオンを同時に分離分析する各種の試みがなされるようになった。例えば、エチレンジアミン4酢酸(EDTA)を添加した溶離液を陰イオン交換カラムに流し、陰イオンは陰イオン交換体で分離し、陽イオンはEDTAとコンプレックスを生成させ陰イオンとして分離して伝導度検出器で測定する方法が発表されている。
【0003】又、陽イオン分離カラムと陰イオン分離カラムを直列に結合して伝導度検出器、または紫外検出器で測定する方法、陰イオン分離カラムと陽イオン分離カラムを並列に結合し、伝導度検出器を2台用いてそれぞれの分離カラムにつないで陰イオン、陽イオンそれぞれ測定する方法、陽イオン交換充填剤と陰イオン交換充填剤を混合して充填した分離カラムに伝導度検出器、紫外吸収検出器を結合して測定する方法、陰イオン分離カラムと陽イオン分離カラムを6方バルブを介して直列に結合し、試料を注入して陰イオン分離カラムを陽イオンが通過した後陰イオン分離カラムを6方バルブを用いて分析系より外し、陽イオン分離カラムで陽イオンが分離されてから再び陰イオン分離カラムを分析系に入れて陰イオンを分離する方法、等発表されている。これらはいずれも1つの溶離液を用い、1回の注入で陽イオンと陰イオンを同時に分離、分析する方法である。
【0004】
【発明が解決しょうとする課題】これらの方法で最も問題であるのは、陽イオン交換体と陰イオン交換体の2種のイオン交換体が用いられるが、それぞれに特有のシステムピークが生ずることである。システムピークは、溶離液に含まれる成分が保持される場合認められるマイナスピークである。溶離液が同じでも、イオン交換体が異なればシステムピークの位置は異なり、サンプルイオンのピークに別々の妨害を与える。そのため、同時に測定できる陽イオン、陰イオンの数は限定されたものであった。従って、システムピークの発生のない溶離液を見いだし、陽イオン、陰イオンの分離を行なうのが重要課題であった。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明においては、低交換容量の陰イオン交換体を充填したカラムと、低交換容量の陽イオン交換体を充填したカラムを直列に連結した分離カラム、または低交換容量の陰イオン交換体と低交換容量の陽イオン交換体の混合物を充填した分離カラムに、糖または糖アルコールとホウ酸を含むpH6.5からpH8.5の溶離液を流し、注入された試料中陽イオン及び陰イオンを該分離カラムで分離したのち、電気伝導度検出器により検出することによりシステムピークの発生がなく、数多くの陽イオンと陰イオンを分離できることを見いだしたものである。本発明に用いる低交換容量の陰イオン交換体としては、ポーラスポリマー、シリカ、アルミナ、ジルコニア、等の基材に4級アンモニウム基を化学結合したもの、または低交換容量の陽イオン交換体に陰イオン交換性のラテックスをイオン的に結合したもの、が主に用いられる。基材としてのポリマーには、ポリスチレン系、ポメタクリレート系、などがあるが、親水性の高いポリメタクリレート系のほうが望ましい。基材の粒径は3ミクロンから20ミクロンのものがもちいられるが、高性能な分離カラムを得るにはできるだけ小さいほうがよい。イオン交換容量は10μeq/g〜100μeq/gのものが適当である。ラッテクスの粒径は0.001ミクロンから0.1ミクロンのものが被覆される。
【0006】用いられる低交換容量の陽イオン交換体としては、ポリスチレンゲルを表面だけスルフォン化したもの、ポーラスポリマー、シリカなどの基材にスルフォン酸基またはカルボキシル基を化学結合したもの、ポーラスポリマー、シリカなどの基材にスルフォン酸基またはカルボキシル基を有するポリマーを被覆したもの、などが用いれる。これらの陽イオン交換体および陰イオン交換体は、それぞれ別々に、または混合して内径1mmから6mm、長さ5cmから30cmのカラムに充填される。カラムの材質はステンレス、樹脂、ガラスなど溶離液に侵されない各種のものが用いられる。陽イオン交換体、陰イオン交換体の比率は得られる陽イオン、陰イオンの分離が適切になるように選択する。
【0007】分離カラムに流す溶離液は糖または糖アルコールにホウ酸を混合し、トリスヒドロキシアミノメタン、トリエタノールアミン、などの塩基によりpHを6.5から8.5の間に調整されたものを用いる。本溶離液では、糖または糖アルコールとホウ酸がコンプレックスを形成し、陰イオンを生成する。これが溶離イオンとなって、陰イオンを分離し、pH調整のため加えられる塩基により陽イオンが分離される。糖または糖アルコールとしては、グルコース、フルクトース、マンノース、ラクトース、グリセロール、マンニトールなど、が用いられる。ホウ酸と糖または糖アルコールとの間で生ずるコンプレックスの電気伝導度は低いため伝導度検出器の使用に適しており、試料陰イオン(Cl- ,NO2-、Br- ,NO3-,SO42- ,等)の溶出位置ではプラスの伝導度レスポンスが得られる。用いる塩基としては、電気伝導度検出器の検出に有利のようにできるだけ伝導度の低い塩基が望ましい。また、検出器ベースラインを安定させるためには、塩基のpK値は溶離液のpHに近いことが望ましい。それらの要件を満たすものとして、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(pK=8.08)、トリエタノールアミン(pK=7.76)、ジエチルアミン(pK=6.56)、等が最も好適に用いることができる。陽イオンについても、その溶出位置にプラスのレスポンスが得られる。従って、陰イオン、陽イオンともに同一極性のピークであり、クロマトグラムの記録は途中で極性の切り替えなどしなくともよく、通常のイオンクロマトグラフ ーと同じ操作で陽イオンと陰イオンの同時測定が実施できる。溶離液のpHは6.5から8.5のものを用いるが、その理由は次の通りである。ホウ酸と糖または糖アルコールのコンプレックスが生成しはじめるのが、pH6.5付近と考えられ、これより陰イオンの分離が可能となる。pHが増大するとコンプレックスの量が増え、陰イオンの溶出がはやまるが、pH8.5をこえると存在するホウ酸及び糖または糖アルコールがほぼ100%コンプレックス化しそれ以上のpHの上昇は塩基の濃度が増えるのみで陽イオンの溶出を早め陰イオンのピークと重なる可能性が大となる。例えば、実施例1に於いて溶離液のpHを8.5とすると、ナトリウムイオンのピーク14が硝酸イオンのピーク13より早く溶出して陰イオンのピークと重なってくる。従って、溶離液のpHは8.5以下でないと良好な陰イオンと陽イオンの同時分離が得られない。
【0008】図1に本発明で用いられるイオンクロマトグラフの模式図を示す。イオンクロマトグラフは通常用いられるものと等しく、溶離液容器1、送液ポンプ2、インジェクター3、分離カラム4、伝導度検出器6、インテグレーター7、廃液容器8よりなる。必要に応じて、カラム恒温槽5を付け加える。分離カラム4は、低交換容量陽イオン交換カラムと低交換容量陰イオン交換カラムを直列に結合したもの、或は低交換容量陽イオン交換体と低交換容量陰イオン交換体の混合物を充填した分離カラムを用いる。陽イオン交換カラムと陰イオン交換カラムの結合順序はどちらが先でも同じ分離が得られる。
【0009】
【実施例】以下に、本願発明について代表的な例を示しさらに具体的に説明する。なお、これらは説明のための単なる例示であって、本発明はこれらに何ら制限されるものでない。
【0010】実施例1分離カラムとして、スルフォン化ポリスチレンを充填した陽イオン交換カラムShodex IC Y−521(交換容量30μeq/g、粒径10ミクロン、昭和電工製)と第4級アンモニウム基を化学結合したポリヒドロキシメタアクリレートを充填した陰イオン交換カラムShodex IC I−524A(交換容量50μeq/g,粒径10ミクロン、昭和電工製)を直列に結合したものを用い、溶離液として16mMマンニトールと4mMホウ酸の混液に0.5Mのトリスヒドロキシメチルアミノメタンを加えてpHを7.5に調整したものを1.2ml/minで流した。標準試料として、NaF100nM,KCl 50nM,NaNO2 100nM,NaBr 50nM,NaNO3 100nM,(NH42 SO4 50nM,NaH2 PO4 50nMの混液を50μl注入した。検出は電気伝導度検出器を用い、図2の様なクロマトグラムがえられた。陰イオンとして、F- 、Cl- ,NO2-,Br- ,NO3-,HPO42- ,SO42- の7種類が検出され、陽イオンとしてはNa+ ,K+ の2種類が検出され、合計9種類のイオンが検出された。但し、NH4+イオンはピークとして認められなかった。システムピークはV0 のマイナスピークのみしか認められず、上記の陰イオン、陽イオンの分離に妨害はなかった。
【0011】比較例1分離カラムとしては、実施例1と同じ結合カラムを用い、溶離液として2.5mMフタル酸水溶液に0.2Mのトリスヒドロキシアミノメタンを添加してpHを4.2に合わせたものを1.2ml/minで流した。標準試料として実施例1と同じ混液を50μl注入した。検出は電気伝導度検出器を用い、図3のようなクロマトグラムが得られた。陰イオンとして、F- ,Cl- ,NO2-,Br-,NO3-,SO42- の6種類がピークとして認められ、陽イオンとしてはNa+のみであった。H2 PO4-はほとんどレスポンスがなく、NH4+及びK+ はシステムピークと重なる。従って、合計7種類のイオンが測定可能であった。
【0012】実施例2分離カラムとしては、実施例1と同じ結合カラムを用い、溶離液として35mMのグルコースと5mMのホウ酸の混液に1Mのトリエタノールアミンを加え、pHを7.8に調整したものを1.2ml/minで流した。実施例1と同じ標準試料を注入した結果、図4のようなクロマトグラムが得られた。システムピークの発生はなく、陰イオンとしてF- ,Cl- ,NO2-,Br- ,NO3-,SO42- ,HPO42- が分離され、陽イオンとしてNa+ ,K+ が分離された。NH4+はピークとして検出されなかった。
【0013】実施例3分離カラムとして、スルフォン化ポリスチレン(粒径10ミクロン、交換容量30μeq/g)と第4級アンモニウム基を化学結合したポリヒドロキシメタアクリレート(粒径10ミクロン、交換容量50μeq/g)を重量比で3:2の割合で混合し、混合物をステンレス製カラム(4.6×250mm)に充填した。これに16mMマンニトールと4mMホウ酸の混液に0.5Mのトリスヒドロキシメチルアミノメタンを加えてpHを7.5に調整したものを1.2ml/minで流した。標準試料として実施例1と同じ組成のものを注入したところ、図2とほぼ同じクロマトグラムが得られた。
【0014】
【発明の効果】本発明の陽イオン、陰イオン分析法により、妨害となるシステムピークの発生はなく、多数の陽イオンと陰イオンが分離可能となり、イオン分析の効率化が図られた。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明で用いられるイオンクロマトグラフの一例。
【図2】F- 、Cl- ,NO2-,Br- ,NO3-,HPO42- ,SO42- 、Na+ ,K+ を含む標準液を実施例1の本発明の方法により分離したときのクロマトグラム。
【図3】F- 、Cl- ,NO2-,Br- ,NO3-,HPO42- ,SO42- 、Na+ ,K+ を含む標準液を比較例1の方法により分離したときのクロマトグラム。
【図4】F- 、Cl- ,NO2-,Br- ,NO3-,HPO42- ,SO42- 、Na+ ,K+ を含む標準液を実施例2の本発明の方法により分離したときのクロマトグラム。
【符号の説明】
1 溶離液容器
2 送液ポンプ
3 インジェクター
4 分離カラム
5 カラム恒温槽
6 伝導度検出器
7 インテグレーター
8 廃液容器
9 F- イオンのピーク
10 Cl- イオンのピーク
11 NO2- イオンのピーク
12 Br- イオンのピーク
13 NO3- イオンのピーク
14 Na+ イオンのピーク
15 K+ イオンのピーク
16 HPO42- イオンのピーク
17 SO42- イオンのピーク

【特許請求の範囲】
【請求項1】低交換容量の陰イオン交換体を充填したカラムと、低交換容量の陽イオン交換体を充填したカラムを直列に連結した分離カラム、または低交換容量の陰イオン交換体と低交換容量の陽イオン交換体の混合物を充填した分離カラムに、糖または糖アルコールとホウ酸を含むpH6.5からpH8.5の溶離液を流し、注入された試料中の陽イオン及び陰イオンを該分離カラムで分離したのち、電気伝導度検出器により検出することを特徴とする陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項2】糖または糖アルコールとして、グルコース、フルクトース、マンノース、ラクトース、グリセロール及びマンニトールからなる群より選ばれる一種以上を用いることを特徴とする請求項1に記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項3】糖または糖アルコールが、グリセロールまたはマンニトールである請求項1または2に記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項4】分離カラムに流す溶離液を、トリスヒドロキシアミノメタンまたはトリエタノールアミンによりpHを6.5から8.5の間に調整することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項5】低交換容量の陰イオン交換体が、ポーラスポリマー、シリカ、アルミナ及びジルコニアからなる群より選ばれる基材に、4級アンモニウム基を化学結合したものである請求項1ないし4のいずれかに記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項6】低交換容量の陰イオン交換体が、低交換容量の陽イオン交換体に陰イオン交換性のラテックスをイオン的に結合したものである請求項1ないし4のいずれかに記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項7】低交換容量の陽イオン交換体が、ポリスチレンゲルを表面だけスルフォン化したもの、ポリスチレン系もしくはポリメタクリレート系ポリマーまたはシリカ基材にスルフォン酸基またはカルボキシル基を化学結合したもの、あるいはポーラスポリマーまたはシリカ基材にスルフォン酸基もしくはカルボキシル基を有するポリマーを被覆したものである請求項1ないし6のいずれかに記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。
【請求項8】イオン交換容量が10eq/g〜100eq/gであるイオン交換体を充填した分離カラムを用いることを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の陽イオンと陰イオンの同時分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【特許番号】特許第3348537号(P3348537)
【登録日】平成14年9月13日(2002.9.13)
【発行日】平成14年11月20日(2002.11.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平6−214860
【出願日】平成6年9月8日(1994.9.8)
【公開番号】特開平8−75720
【公開日】平成8年3月22日(1996.3.22)
【審査請求日】平成13年4月16日(2001.4.16)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【参考文献】
【文献】特開 平1−285852(JP,A)
【文献】特開 昭60−235057(JP,A)