説明

陽電子消滅を利用した非破壊検査法

【課題】 本発明は、大掛かりな検出装置を必要とせず、表面のみならず材料内部の非破壊検査で、材料内部を簡便に検査可能とすることを目的とする。
【解決手段】 ミュー粒子を材料内部で停止させ、材料内部でミュー粒子崩壊によって生じた陽電子の寿命を検出することにより材料内部の欠陥を検査する非破壊検査方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物を構成する材料の内部において、損傷・破壊などで生じる微視的欠陥の非破壊検査法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
材料の欠陥を検知する方法として、超音波によって直接材料の状態を調査する非破壊検査方法がある。この方法は、超音波の波長程度のオーダーの欠陥を検知するのに適しているが、微視的な欠陥(<μm)には適していない。特に疲労破壊などでは、微視的欠陥が集まり巨視的欠陥に成長する。そして疲労破壊などでは、微視的欠陥の生成過程が破壊までの主な時間を占める。微視的欠陥を観測することで、初期から材料の寿命を推定することができる。微視的欠陥の検知には、陽電子消滅を利用した非破壊検査法が知られている。
【0003】
陽電子消滅による検査法の原理は以下のとおりである。材料中に入射した陽電子は、材料中の原子や電子と相互作用を繰り返しながらエネルギーを失い、電子と対消滅して2つのガンマ線に変換する。入射してからガンマ線に変換するまでの時間は指数分布に従い、その平均時間を陽電子寿命と定義する。
材料中に欠陥密度の大きな箇所があった場合、陽電子はその欠陥に引き寄せられ束縛される。その部分の電子密度は周りに比べて小さいため、陽電子寿命は長くなる。したがって、陽電子寿命は欠陥密度を反映する。
【0004】
陽電子消滅法に用いる陽電子は、通常、放射線源(Na:0.54MeV、Ge:1.9MeV)によって供給されるが、その運動エネルギーは数MeV以下である。陽電子が鉄などの検査対象材料に入射した場合、陽電子は表面から1mm以内で停止してしまうため、表面のみの非破壊検査になり、表面が非検査材料で覆われている場合や厚い材料の奥行き方向の検査には適さない。透過力の強い1.02MeV以上のガンマ線源を用いて、材料中でガンマ線を電子・陽電子対生成させる材料深部の非破壊検査法がある。しかし、対生成する確率は、奥行き方向に進むにつれ指数関数的に減少するため、深部の非破壊検査には非効率である。
【0005】
この解決法として、透過性の高いレーザー逆コンプトン高エネルギーX線を用い、材料内部で陽電子を生成させることにより、材料内部の深いところで陽電子消滅ガンマ線分光を行うことが提案されている。
ところが上記高エネルギーX線を用いる方法では、材料中でX線が陽電子を生成する深さ方向の位置検出が簡便ではない欠点があった。すなわち深さ方向の位置検出には、別途深さ方向の位置検出器を必要とし、そのための位置検出装置が大掛かりになる欠点があった。
【特許文献1】特開2003−215251号公報
【特許文献2】特開2003−270176号公報
【特許文献3】特開2004−150851号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって本発明は、大掛かりな位置検出装置を必要とせず、表面のみならず材料内部の非破壊検査で、材料内部を簡便に検査可能とする非破壊検査法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、ミュー粒子を材料内部で停止させ、ミュー粒子崩壊によって生じた陽電子の寿命を測定することにより材料内部の欠陥を検査する非破壊検査方法である。
【0008】
また本発明は、材料中において陽電子の制動放射過程で生成されたガンマ線を検出してスタート時刻とし、陽電子が電子と対消滅して生じたガンマ線を検出してストップ時刻とし、その時間差から上記陽電子の寿命を測定する非破壊検査方法である。
【0009】
さらに本発明は、ミュー粒子の運動量を変えながら上記陽電子寿命を測定することにより、材料の奥行き方向の欠陥位置及び欠陥分布を測定する非破壊検査方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、ミュー粒子を用いることで、材料深部の陽電子消滅法による非破壊検査が可能になり、またミュー粒子のエネルギーを単に変更することで欠陥分布の深さ方向の形状を測定できるようになるという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
ミュー粒子は透過力が強く、数cmの鉄など容易に透過することが可能であり、その運動量を制御することにより、材料内部の任意の場所に静止させることも可能である。正電荷をもつミュー粒子は陽電子と2つのニュートリノに崩壊する。したがって、ミュー粒子が材料内部で停止・崩壊することにより材料深部で陽電子を生成することができ、材料深部の陽電子消滅法による非破壊検査が可能になる。以上で述べた非破壊検査法の模式図を図1に示す。
【0012】
次に、ミュー粒子を用いた陽電子対消滅による非破壊検査法を実施するための測定装置の模式図を図2に示す。測定装置には、時間応答性のよいフッ化バリウム(BaF2)検出器を検査対象材料の前後に配置した。検査対象材料には、厚さ3cmのSUS316ステンレス板を用い、金属疲労などにより奥行き方向に欠陥が分布する場合を想定した。図2において、上図は測定システムの鳥瞰図、下図はその断面図である。
【0013】
図3にミュー粒子の運動量とSUS316ステンレス内で停止・崩壊したミュー粒子の位置との関係を示す。同図において、縦軸は、ステンレス内部でミュー粒子が止まった位置、また横軸は、ミュー粒子の運動量を示す。
図3から、ミュー粒子の運動量を制御することにより、材料内部での停止位置を定めることができることが分かる。ミュー粒子崩壊で生じた陽電子は、材料の中を移動し、そして電子と対消滅をする。
【0014】
例えば、ミュー粒子の運動量をp=115MeV/c(分布幅Δp/p=1%)としたとき、ミュー粒子の停止・崩壊位置の分布と陽電子消滅位置の分布を図4に示す。ミュー粒子の進行方向及びそれと逆方向に検出器が配置されているため、ミュー崩壊点からそれぞれの方向に陽電子が進んだ場合に検出され、また陽電子消滅位置分布も2成分に分解される。ミュー粒子の運動量によって、奥行き方向の探索場所を変えることができる。
【0015】
図5に様々なミュー粒子の運動量についてミュー粒子の停止位置と陽電子の消滅位置を計算した結果を示す。
材料中の陽電子寿命を測定するためには、陽電子が生成された時刻(スタート時刻)と陽電子が電子と対消滅した時刻(ストップ時刻)を計測する必要がある。そのスタート時刻及びストップ時刻は以下のように測定することができる。
【0016】
スタート時刻
崩壊で生じた陽電子のエネルギーは最大53MeVで、図6のような分布になる。陽電子エネルギーが材料の臨界エネルギーよりも大きな場合、陽電子は材料中で制動放射によってガンマ線を放出する。この過程は陽電子寿命よりも短い時間内で起こるため、制動放射で放出されたガンマ線を検出することによりスタート時刻を知ることができる。また、制動放射で放出されたガンマ線のエネルギーが1.02MeVより大きい場合、電子−陽電子対が生成されるが、その場合には電子又は陽電子を検出することによりスタート時刻を測定する。
【0017】
ストップ時刻
陽電子が電子と対消滅して生じたガンマ線を検出することにより、ストップ時刻を測定する。スタート時刻とストップ時刻を測定し、その時間差分布が得られる。その分布は指数分布になり、指数関数を用いてフィッティングすることにより寿命が決まる。測定器による時間計測誤差やバックグラウンドを考慮し、その時間差分布をシミュレーションで求めたものが図7である。同図において、シミュレーション・データを〇印で、フィッティングで得られた結果(信号とバックグラウンド成分)を線で示した。
1つのミュー粒子崩壊で2つ以上陽電子対消滅が生じる場合があるが、その場合、どれか1つを無作為に選択する。
【0018】
次に奥行き方向の欠陥位置と欠陥分布の測定方法について説明する。
一般に、陽電子寿命は欠陥密度に依存する。欠陥密度(又は陽電子寿命)が奥行き方向にガウス分布にしたがって変化している場合を考える。
図8は、ミュー粒子の運動量を85MeV/cとしたときの陽電子対消滅位置の分布と欠陥密度分布の一例を示す。欠陥密度の大きさ(又は陽電子寿命)はガウス分布の高さで、欠陥密度の分布幅はガウス分布の幅で、欠陥密度の位置はガウス分布の中心位置で表現することができる。検査対象材料に欠陥密度がある場合、陽電子寿命にも分布があるため、その最大値から最小値まで連続的な値になるが、実際に測定できるのはその実効値となる。
その欠陥分布のパラメータを変えることによって、寿命測定がどのようになるかを評価したものが図9である。欠陥分布の形や位置によって測定寿命が変化するため、欠陥密度分布を測定することが可能となる。
【0019】
特に、奥行き方向の欠陥密度分布の中心位置を測定するためには、ミュー粒子の運動量を変化させて、検査対象材料の奥行き方向を探索する。ステンレス鋼の奥行き中央部に欠陥密度分布がある場合、ミュー粒子の運動量を変化させて、陽電子消滅位置分布を示したものが図10である。そのときの陽電子寿命測定は図11のようになる。運動量によって欠陥分布位置を特定することができる。測定される寿命は、欠陥密度分布で決められる寿命分布を陽電子の対消滅分布の重みで平均された寿命に関係する。これを図12に示す。したがって、測定寿命は欠陥密度分布に依存することがわかる。よって、図11と図12から材料内部の欠陥分布を決定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0020】
発電プラントなどの構造物を構成する材料に起こる微視的欠陥の蓄積による破壊を未然に防ぐため、健全性の評価が定期的に行われる。本発明によれば、前記健全性の評価に際し、内部の微視的欠陥の進展を観測できるため、初期段階から材料寿命を推定することが可能になる。また、複雑な形状の材料評価実験においても、分解することなく内部の材料欠陥情報を知ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】陽電子による非破壊検査法の模式図
【図2】ミュー粒子を用いた陽電子消滅による非破壊検査法の測定装置の模式図
【図3】ミュー粒子の運動量とステンレス内で停止・崩壊したミュー粒子の位置との関係図
【図4】ミュー粒子の停止・崩壊位置の分布と陽電子消滅位置の分布図
【図5】ミュー粒子の運動量に対するミュー粒子の停止位置と陽電子の消滅位置を示す図
【図6】ミュー粒子の崩壊で生じた陽電子の運動エネルギー分布図
【図7】時間差分布のシミュレーション結果図。
【図8】陽電子消滅位置分布と欠陥分布モデル図
【図9】欠陥分布モデルのパラメータを変えたときの寿命測定図
【図10】ミュー粒子の運動量を変化させたときの奥行き方向の欠陥分布モデル及び陽電子対消滅位置の分布図
【図11】ミュー粒子の運動量を変化させ、奥行き方向の欠陥分布を測定したときの寿命測定図
【図12】様々な欠陥分布による平均寿命と測定寿命との関係を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミュー粒子を材料内部で停止させ、材料内部でミュー粒子崩壊によって生じた陽電子の寿命を検出することにより材料内部の欠陥を検査する非破壊検査方法。
【請求項2】
材料中で陽電子の制動放射過程によって生成したガンマ線又は電子を検出してスタート時刻とし、陽電子が電子と対消滅して生じたガンマ線を検出してストップ時刻とし、その時間差から上記陽電子の寿命を測定することを特徴とする請求項1に記載の非破壊検査方法。
【請求項3】
ミュー粒子の運動量を変えながら上記陽電子の寿命を測定することにより、材料の奥行き方向の欠陥位置及び欠陥分布を測定することを特徴とする請求項1又は2に記載の非破壊検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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