説明

集電装置用防風カバー

【発明の詳細な説明】
【0001】
【定義事項】本明細書中において「前・後・左・右」とは、それぞれ車両の進行方向に対する前・後・左・右を言うものとする。
【0002】
【産業上の利用分野】本発明は、鉄道車両の屋根に据え付けた集電装置から発生する空力音を低減化するため、集電装置を取り囲むように設置される防風カバーに関し、車両走行時に防風カバーを起因とする圧力変動の緩和を目的とするものである。
【0003】
【従来の技術】鉄道車両の高速化にあたり、沿線環境に与える悪影響、特に騒音を出来るだけ緩和するための試みが従来より種々なされている。本出願人は、車両走行中の騒音源として車両屋根に設置される集電装置に着目し、集電装置から発生する空力音を低減化させるべく、次の2方面から対策を講じている。すなわち、集電装置の形状、及び、集電装置の周囲を取り囲む防風カバーの形態の改良である。
【0004】集電装置の形状については、舟体を翼状とし、さらに舟体の支持部を柱状構造またはシングルアーム式パンタグラフ構造とすることにより、騒音の低減化に一応の成果を挙げている。
【0005】防風カバーについては、図3に示すような、集電装置20の前後に形成した緩やかな傾斜平面からなるスロープ部11,11と、集電装置20の左右両側方に立設した側壁部12とで構成したものが従来採用されている。かかる形態は、舟体21を翼状としたことによって風からの影響を受けやすくなるため、舟体21に当たる風の流れを安定化させて、舟体21に対する風の悪影響を少なくすると共に、防風カバー10自体から発生する空力音レベルを低下させることを目的として採用したものである。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】鉄道車両は、空気を押し退けながら走行するため、車体の周囲に風圧による圧力変動を生じさせる。この圧力変動は、周辺環境へ振動・騒音等の悪影響を及ぼすほか、対向列車とすれ違う際、自車,他車共に振動等の好ましくない影響を被るおそれがある。さらに列車がトンネル内へ突入する時には、トンネル壁で周囲が閉塞されているため圧力変動が圧力波として進行方向の前方へ伝播し、トンネル出口側で衝撃音を発生させる。
【0007】圧力変動は、車両先頭部が最も顕著なのは当然であるが、それ以外に、防風カバーの設置位置においても発生する。これは、車両進行方向に対して垂直方向の断面形状が、防風カバーの前後で変化することによる。
【0008】防風カバー10に由来する圧力変動を小さくするための条件としては、次の2つが挙げられる。その一つは、防風カバー10における車両進行方向に対して垂直な方向から正面視したときの面積(以下、「投影面積」と言う)を出来るだけ小さくすることである。もう一つは、防風カバー10の端部から車両進行方向に対して垂直な方向の断面積が最大となる位置(通常は中央の舟体21の位置)に至るまでの面積の変化率をあまり変動させず且つその値をなるべく小さくすることである。
【0009】防風カバー10の投影面積については、防風カバー10内面と舟体21の側方へ突設するホーン部23及び集電装置20を支持する碍子22との間に絶縁離隔を確保する必要性、及び、集電装置20の周囲に保守点検のための作業スペースを確保する必要性から、縮小できる範囲には限界がある。
【0010】もう一方の条件である防風カバー10の断面積の変化率については、これを一定で且つなるべく小さくする手法として、スロープ部11を前後に延長することが考えられる。しかしながら、スロープ部11を延長して防風カバー10の全長を増大させると、防風カバー10の重量が増加し、その結果、車両重量の増大及び重心位置の上昇を招く。車両重量の増大は地盤振動の増加、重心位置の上昇は走行安定性の悪化という問題をそれぞれもたらす。また、防風カバー10が大型化すると、振動などにより疲労破壊を起こしやすくなるという新たな問題も生ずるので、スロープ部11の形成長さには自ずと限界がある。
【0011】以上述べた理由により、従来の防風カバー10は、圧力変動の緩和に関して満足できるとは言い難く、それ故、鉄道車両の高速走行を実施するに当たっては、圧力変動がより小さい防風カバー形態の開発が望まれている。
【0012】
【課題を解決するための手段】本発明は、前記従来の課題に鑑み創案した防風カバーであって、次のような形態を備えている点を特徴とする。すなわち、外表面のほぼ全体が連続する湾曲面に形成され、当該防風カバーの車両進行方向に対して垂直方向の断面積が前端及び後端から舟体位置へ向かって連続的に増加して、当該舟体位置において最大となるように設定され、且つ、前記断面積の車両進行方向に沿う変化グラフが直線領域を3分の1程度含むように形成されていることである。
【0013】
【発明の実施の形態】本発明に係る防風カバーの特徴の一つは、外表面のほぼ全体を、連続する湾曲面に形成したことである。ここで「ほぼ全体」とは、図1及び図2に示す如く、集電装置20が設置される領域は凹部2となるので、当該凹部2及びその周辺の限られた部分は必ずしも湾曲面としなくてもよいことを意味する。
【0014】「連続する湾曲面」とは、通常は凸の湾曲面であり、平面や隅角,稜線等は原則として含まない。但し、前記凹部2の周囲の如く、騒音低減機能や圧力変動に悪影響を与えるおそれのない限られた範囲であれば、必要に応じて、平面部分や凹の湾曲面を局所的に含むことを妨げない。
【0015】本発明のもう一つの特徴は、防風カバー1における車両進行方向に対して垂直な方向の断面積を、前端及び後端から舟体位置へ向かって連続的に増加するように設定したこと、及び、舟体位置において断面積が最大となるように設定したこと、並びに、前記断面積の変化グラフが直線領域を3分の1程度含むように設定したことにある。
【0016】以上の如く構成された本発明防風カバーは、ほぼ全体が湾曲面から成り、断面積が端部から中央の舟体位置へ向かって緩やかに増加し、しかも断面積の変化率があまり大きく変動することがなく、且つ、断面積の変化グラフが直線領域を3分の1程度含むように形成されているので、従来よりも投影面積を縮小しなくとも、車両走行時の圧力変動を従来より抑制することが可能である。
【0017】
【実施例】以下、本発明の詳細を、実施例を示す図面に基づいて説明する。図1は、本発明に係る防風カバー1の一実施例を示す斜視図、図2の(A)及び(B)は、それぞれ防風カバー1の平面図及び側面図である。
【0018】集電装置20は、舟体21を翼状とし、舟体支持部24を柱状構造またはシングルアーム構造としたものを前提としている。
【0019】図示する防風カバー1は、集電装置20の設置用に中央領域へ形成される凹部2の周辺を除き、外表面のほぼ全体が凸の湾曲面に形成され、且つ車両進行方向に垂直な方向の断面積が中央の舟体位置へ向かって緩やかに増大し、しかも、その変化率があまり変動しないように設定される。従って、本実施例に係る防風カバー1の全体形状は、恰も船底を反転させ、中央領域に凹部2を形成した如き形状と言うことができる。
【0020】防風カバー1には強度,耐久性が要求されるので、その材質としてアルミニウム、ジュラルミン等のアルミ合金、チタン合金その他の軽合金、ステンレス鋼、FRP,GRP,プラスチック等が挙げられ、軽量性及び価格の点から見て、アルミニウム又はアルミ合金が適していると考えられる。
【0021】防風カバー1は、全体を単一の部材で製作してもよく、あるいは複数の部品を車両屋根上で組み合わせて構成するものであってもよい。
【0022】なお、防風カバー1の中央付近において左右両側に形成した切欠3は、集電装置20における柱状の支持部24を車両屋根上へ折り畳む際に、舟体20の左右に突出させたホーン部23と防風カバー1との絶縁離隔を確保するためのものである。
【0023】本実施例では、図2(A)に示すとおり、前端及び後端から凹部2付近までの領域R1,R3にあっては、側面形状が角度αの昇り勾配を有し、凹部2が形成される中央領域R2では高さ寸法が一定となるように形成されている。また図2(B)に示すとおり、平面形状は、前端及び後端から中央の舟体位置まで連続して幅寸法Wが増加するように形成されている。
【0024】かかる構成に基づき、本実施例の防風カバー1は、前端又は後端から中央の舟体位置へ向かって、両端側の領域R1及びR3では比較的大きい増大率で断面積が増大するが、中央領域R2でも幅寸法Wの増加により引き続き断面積を増大させるから、領域R1及びR2における断面積の変化率を従来よりも低く抑えることができる。
【0025】なお、勾配αを有する領域R1及びR3が防風カバー1に占める割合が大きいほど、投影面積の変化率を小さくすることができるが、集電装置20の大きさに基づいて、必要となる凹部2の最小形成範囲が規定されるため、これに応じて前後の領域R1,R3の範囲も決定される。
【0026】防風カバー1の外形寸法の一例を掲げると、図2において、防風カバー1の全長12000mm、中央位置における車両屋根からの高さ650mm、中央位置における最大幅寸法1900mm、R1及びR2の形成長さ各3200mm、側面視したときの前後端側の傾斜αは約10〜15°程度である。
【0027】図1に示す本発明の防風カバー1と、図3に示す前記従来の防風カバー10とを比較すると、本発明防風カバー1は外表面のほぼ全体が湾曲面から形成されているのに対し、従来の防風カバー10は、スロープ部11及び側面12がいずれも平面から構成されている点で相違する。また断面積の変化状況を見ると、図4グラフに示す如く、本発明防風カバー1の断面積(破線で示す)は、両端部から中央の舟体位置へ向かって緩やかに且つ連続的に増加しており、しかも、前後端部からそれぞれ約1.3乃至3.3mのおよそ2mの領域は実質的な直線となっている。すなわち本発明防風カバー1は、断面積の変化グラフが、全長の3分の1程度の領域において直線となっている。これに対し、従来の防風カバー10の断面積(実線で示す)は、スロープ部11に対応する範囲においてのみ大きい変化率で増加し、最大値に達したのちは変化がない。このような違いに基づき、本発明に係る防風カバー1は、全長及び最大断面積を従来と等しくして、投影面積の変化率を従来よりも小さく抑制することができる。
【0028】前述の相違に基づき、本発明に係る防風カバー1は、従来のものよりも圧力変動が抑制される。図5は、列車がトンネルに突入した際に、トンネル出口側で観測される圧力変動の一般的な波形を示すグラフである。同グラフに示すとおり、トンネル突入時に車両先頭部による大きい圧力変動P0 が生じ、次いで防風カバーによる小さい圧力変動ΔP(=P1 −P2 )が観測されたのち、最後に車両後尾部の圧力変動が生ずる、というのが一般的な圧力変動のパターンである。防風カバーを車両に搭載して圧力変動の測定試験を行ったところ、時速約300kmで車両がトンネル内へ突入した時に、トンネル出口側で生ずる圧力変動値ΔP=P1 −P2 は、従来の防風カバーでは約19Paであった。これに対し、本発明の防風カバーでは、ΔPを約11Paまで低減することができた。
【0029】ところで、本発明に係る防風カバーが圧力変動の抑制効果に優れているとしても、防風カバー自体から発生する空力音が従来の防風カバーより余りに増大したのでは、実用性が失われる。そこで風洞試験を行ったところ、本発明に係る防風カバーは、従来の防風カバーと比べて、空力音レベルに大差はなく、むしろ低減化するという結果が得られた。
【0030】風洞試験の要領は次の通りである。図6の(A)及び(C)に示す本発明に係る防風カバーの20分の1模型M(長さ600mm×幅95mm×高さ32.5mm)及び同図(B)に示す従来の防風カバーの20分の1模型N(長さ600mm×幅80mm×高さ32.5mm)を用意し、風洞Fに配置した支持台G上に取り付ける。
【0031】空力音の測定は、風洞Fから秒速40m(時速144km)の風を送り、図7に示す如く、防風カバーの中心から側方約500mmの位置であって、且つ、舟体の高さに相当する位置に設置したマイクロフォンで行う。
【0032】風洞試験の結果、本発明の防風カバーは、実車換算して、300Hz付近の空力音レベルのピークが従来型の防風カバーよりも約6dBほど低減し、他の周波数帯では同等のレベルに抑えられた。
【0033】さらに、防風カバーで囲んだ集電装置の舟体が標準作用高さ(5000mm)にある状態において、これを主流速v0 の空気流中に置くと仮定したときに、舟体中心にあたる風の流速をv1 とし、流速v1 /主流速v0 の値をシミュレーション計算によって求めたところ、本発明の防風カバーはv1 /v0 =約1.04であったのに対し、従来の防風カバーはv1 /v0 =約1.06となった。このシミュレーション結果より、本発明に係る防風カバーの形態は、舟体に当たる風速を従来と比べて増大させるものではなく、よって、舟体の揚力変動について悪影響を及ぼすおそれが少ないこと、また、空力音レベルの上昇を招くものでもないことが理解される。
【0034】
【発明の効果】以上の説明から明らかなように、本発明に係る防風カバーは、車両走行時に生ずる圧力変動を緩和することができ、しかも従来のものと比べて、空力音低減化効果を損なうことはない。従って、本発明は、沿線環境に及ぼす影響を最小限に抑えることができ、時速300kmを越える鉄道車両の高速走行の実現化に多大な寄与を果たす。
【0035】また本発明に係る防風カバーは、断面積の変化率を小さくできるにもかかわらず、投影面積を従来よりも縮小させないから、集電装置を設置するために必要な凹部の領域を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例を示すものであって、車両屋根に設置した防風カバーの斜視図である。
【図2】本発明の一実施例を示すものであって、(A)は防風カバーの側面図、(B)は同防風カバーの平面図である。
【図3】従来の防風カバーを示す斜視図である。
【図4】本発明に係る防風カバー及び従来の防風カバーの断面積の車両進行方向に沿う変化状況を示すグラフである。
【図5】車両がトンネル内へ突入したときにトンネル出口側で観測される圧力変動を示すグラフである。
【図6】20分の1模型を用いて風洞試験を行う要領を示すものであって、(A)は本発明に係る防風カバー模型を風洞に設置した状況を示す平面図、(B)は従来の防風カバー模型を示す平面図、(C)は本発明に係る防風カバー模型を風洞に設置した状況を示す側面図である。
【図7】20分の1模型を用いた風洞試験における空力音の測定位置を示す正面図である。
【符号の説明】
1 防風カバー
2 凹部
3 切欠
20 集電装置
21 舟体
22 碍子
23 ホーン部
24 支持部

【特許請求の範囲】
【請求項1】 鉄道車両の屋根に設置される集電装置の周囲を取り囲む防風カバーであって、当該防風カバーの外表面のほぼ全体が連続する湾曲面に形成され、当該防風カバーの車両進行方向に対して垂直方向の断面積が前端及び後端から舟体位置へ向かって連続的に増加して、当該舟体位置において最大となるように設定され、且つ、前記断面積の車両進行方向に沿う変化グラフが直線領域を3分の1程度含むように形成されていることを特徴とする集電装置用防風カバー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図5】
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【図4】
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【図6】
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【特許番号】第2916759号
【登録日】平成11年(1999)4月23日
【発行日】平成11年(1999)7月5日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平8−273491
【出願日】平成8年(1996)10月16日
【公開番号】特開平10−126903
【公開日】平成10年(1998)5月15日
【審査請求日】平成8年(1996)12月20日
【出願人】(000196587)西日本旅客鉄道株式会社 (202)
【出願人】(000163372)近畿車輌株式会社 (108)
【参考文献】
【文献】実開 平6−60201(JP,U)