説明

電動機

【課題】絶縁紙を用いることなく絶縁距離を確保した電動機を提供すること。
【解決手段】導体61の表面に絶縁皮膜62が被覆された素線2を巻回してなる多相のコイル1を有するものであり、コイル1は、絶縁距離の確保が必要な箇所に絶縁被膜62の表面から突出した複数の絶縁用突起35を備えた電動機。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相コイルを有する電動機であって、絶縁紙を用いることなく絶縁距離の確保を可能としたものに関する。
【背景技術】
【0002】
HV用三相交流モータなどの電動機は、ステータコアに対してU相コイル、V相コイル、W相コイルがそれぞれ順に巻かれ、コイル同士がコイルエンド部分で重なりを生じさせている。そうした重なり部分には最も高い電圧(例えば1300V)がかかるため、コイル同士の電気的絶縁が必要であった。そのため、従来の電動機では、各コイル間に相間絶縁紙と呼ばれる絶縁性のシートが入れられていた。そうした絶縁は、コイル同士の相間だけではなく、ステータを構成するティースとコイルとの間にも絶縁のためスロット絶縁紙が設けられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−217679号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
電動機は、コイルそのものが絶縁皮膜によって絶縁されているが、それでも特に高い電圧がかかるコイルエンド部分などには更に絶縁のための処理が必要になる。そのため、従来の電動機では絶縁紙を使用した構造がとられていたが、絶縁紙が高価であることから電動機全体の価格を引き上げてしまう他、コイルエンド部分への挿入が難しいため生産性が悪く、そうした面からも電動機のコストを上げてしまうことが問題であった。その他、電動機を構成するコイルは電圧のかかり方が部分的に異なるため、絶縁皮膜の厚さを変えるなどの技術的思想も提案されている。しかし、膜厚調整を行った導体への皮膜形成についても、製造工程が複雑になってしまいコストアップは避けられない。
【0005】
本発明は、かかる課題を解決すべく、絶縁紙を用いることなく絶縁距離を確保した電動機を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る電動機は、導体の表面に絶縁皮膜が被覆された素線を巻回してなる多相のコイルを有するものであり、前記コイルは、絶縁距離の確保が必要な箇所に前記絶縁被膜の表面から突出した複数の絶縁用突起を備えたものであることを特徴とする。
また、本発明に係る電動機の前記絶縁用突起は、前記絶縁被膜の膜厚より大きい粒状の絶縁体であって、その絶縁体が前記絶縁被膜に嵌入して形成されたものであることが好ましい。
また、本発明に係る電動機は、前記絶縁体がガラス又はセラミックスの球体であることが好ましい。
【0007】
また、本発明に係る電動機の前記絶縁用突起は、前記絶縁皮膜を前記導体へ被覆する工程で、前記絶縁体が前記絶縁皮膜に対して埋め込まれて形成されたものであることが好ましい。
また、本発明に係る電動機の前記絶縁用突起は、前記コイルに対して前記絶縁皮膜の融点よりも高い温度に熱した前記絶縁体が、前記絶縁皮膜に対して埋め込まれて形成されたものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明の電動機は、絶縁距離の確保が必要な箇所に絶縁被膜の表面から突出した複数の絶縁用突起を備えるコイル構成としたので、例えば、最も電圧がかかるコイルの相間部分において絶縁用突起による一定の絶縁距離を確保することができる。そして、本発明の電動機によれば、こうした絶縁の効果を果たすために相間絶縁紙を用いる必要がなくなり、従来のような相間絶縁紙の挿入といった煩わしい作業も行わなくてよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施形態の電動機を構成するコイルを示した斜視図である。
【図2】ステータの組付状態を示した斜視図である。
【図3】コイルの相間部分における絶縁状態を示した図である。
【図4】スロット内におけるコイルの絶縁状態を示した図である。
【図5】被覆工程で行われる絶縁用突起の噴射による嵌入方法を概念的に示した図である。
【図6】被覆工程で行われる絶縁用突起の転写による嵌入方法を概念的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
次に、本発明に係る電動機の実施形態について、図面を参照しながら以下に説明する。電動機としては、HV用三相交流モータを例に挙げることができる。モータを構成するステータには、例えば図1に示すような2重コイル1が使用される。この2重コイル1は、第1コイル10と第2コイル20とからなり、第1コイル10の内周側に第2コイル20が重ねられている。そして、その第1コイル10および第2コイル20は、素線2が複数巻回されたものである。
【0011】
素線2は、矩形断面をした平角導体の表面に、絶縁性の樹脂が絶縁皮膜として被覆されたものである。導体には銅などの導電性の高い金属が使用され、絶縁皮膜にはPPS(ポリフェニレンサルファイド樹脂)などの熱可塑性樹脂が用いられる。2重コイル1の形成には、先ず2本の素線2がエッジワイズ曲げ加工によって巻回され、八角形の素体コイルが形成される。そして、その素体コイルに変形が加えられ、図1に示すような形状の2重コイル1が形作られる。
【0012】
第1コイル10および第2コイル20は、平角形状の素線2が複数本分並べられ、所定の幅を持った平面形状を有している。そして、図面の左右にそれぞれ上下方向に伸びた直線部分11,21がステータコアのスロットに挿入される部分であり、図面の上下方向に重なった部分がスロットから突き出るコイルエンド部分12,22となる。上下のコイルエンド部分12,22は対称的に形成され、上下方向にそれぞれ突き出した凸形状部31と、その両側にあって直線部分11,21に連続する肩部32,33が形成されている。
【0013】
次に図2は、ステータの組付状態を示した斜視図である。ステータ4は、複数の2重コイル1によってコイル籠3が形成され、直線部分11,21がステータコア40のスロット41内に収められる。それには先ず、コイル籠3が形成される。コイル籠3は、24組の2重コイル1が円周方向に組まれるが、その際、一の2重コイル1の凸形状部31の下に他の2重コイル1の肩部32,33が重ねられる。こうした組み付けには複数の2重コイル1に位置決め治具5が使用される。
【0014】
その後、コイル籠3に対して外周側からピース45が差し込まれる。ステータコア40は、複数のピース45が円周状に並べられた分割式の構造であり、円筒状に組み上がった後は外周部分に不図示のアウターリングが焼きバメされ一体に形成される。こうした構造のステータ4によれば、高出力化と小型化とを図ることが可能となる。すなわち、2重コイル1は、素線2の巻数の増加や素線2の幅寸法が大きくなったとしても成形が可能であるため、占積率の向上による高出力化が可能になる。また、凸形状部31のスペース確保により、コイルエンドが短縮するため小型化が可能になる。
【0015】
ところで、ステータ4は、隣り合う位相の異なる2重コイル1同士の間で重なり合っている。すなわち、図2に表されているコイルエンド部分には、一の2重コイル1の凸形状部31に対し、他の2重コイル1の肩部32,33が下側に入り込んで重なっている。従来、このような重なり合った箇所には、コイル間に相間絶縁紙が挟み込まれ、絶縁のための距離が確保されていた。従って、課題でも述べたように、コイル籠3を円周方向に組む際、複数の箇所にそれぞれ相間絶縁紙を挿入する作業が必要であった。しかし、本実施形態では、そうした相間絶縁紙を不要にするため、2重コイル1の肩部32,33の表面に複数の絶縁用突起35が設けられている。
【0016】
図2に表されていないが、一の2重コイル1の肩部32,33に重なった他の2重コイル1の凸形状部31との間には、図1に示すように絶縁用突起35が介在する。そのため図3に示すように、最も電圧がかかる箇所でコイル同士が接することなく、絶縁用突起35によって隙間ができ一定の絶縁距離が確保されることになる。絶縁用突起35は、絶縁性を有する球状のガラスビーズやセラミックボールが使用されている。そして、その絶縁用突起35は、後述するように、素線2の絶縁皮膜に対して一部が表面から露出するようにして嵌入され、素線2の一部として構成されている。そのため、前述したようにコイル籠3を円周方向に組む場合でも、従来のように相間絶縁紙の挿入といった作業を行わなくとも、絶縁用突起35による絶縁距離の確保が可能になる。
【0017】
更に、2重コイル1は、第1コイル10と第2コイル20のコイルエンド部分12,22が重なっているため、相間でなくともこの部分において絶縁距離をとることが好ましい。そこで、第1コイル10のコイルエンド部分22において、その内周側にも絶縁用突起35を設けるようにすれば、2重コイル1はコイルエンド部分12,22の間でも図3に示す場合と同様に絶縁距離をとることができる。
【0018】
また、2重コイル1は、コイルエンド部分12,22だけではなく、直線部分11,21に対しても絶縁用突起35を設けるようにしてもよい。直線部分11,21は、ステータコア40のスロット41内に挿入される。その際、従来の電動機はスロット41内にスロット絶縁紙が入れられ、スロット絶縁紙が直線部分11,21とステータコア40との間の絶縁距離が確保されていた。そこで、本実施形態の電動機では、2重コイル1の直線部分11,21にも絶縁皮膜に絶縁用突起35を嵌入させる。これによってステータ4は、図4に示すように、スロット絶縁紙が無くてもティース42に対して素線2が直接接しないように絶縁距離をとることができる。更に、このような構造であれば、硬い絶縁用突起35が保護部材として機能し、スロット41内にコイルを挿入する際、或いは挿入後にもステータコア40との擦れによって生じ得る絶縁被膜の損傷を防止することができる。
【0019】
ところで、絶縁用突起35を備えた2重コイル1は、例えば、素線2の絶縁皮膜を押出成形する被覆工程で、その絶縁皮膜への絶縁用突起35が嵌入される。ここで、図5は、被覆工程で行われる絶縁用突起35の嵌入方法を概念的に示した図である。素線2は、矩形断面の平角導体61が成形装置50を通って矢印で示す方向に送り出され、その間に絶縁性の樹脂が表面に絶縁皮膜62として被覆される。成形装置50では、内部で樹脂が溶融され、そうした樹脂が平角導体61が押し出されるダイス51へと供給される。そして、平角導体61がダイス51から押し出される際、その表面に約60μmの厚さで絶縁皮膜62が連続的に形成される。
【0020】
成形装置50の下流側には、素線2に向けて絶縁体63を噴射する噴射装置55が設けられている。絶縁体63は、直径が100μm程度の球状のガラスビーズやセラミックボールなどである。成形装置50から押し出された素線2は、絶縁皮膜62が熱をもって柔らかい状態である。噴射装置51では、そうした素線2に対して所定のタイミングで勢いよく絶縁体63を衝突させる。これにより、素線2の絶縁皮膜62に絶縁体63が埋め込まれる。絶縁体63は、絶縁被膜62の膜厚よりも直径が大きいため、絶縁被膜62に嵌入しても一部が表面から露出する。こうして嵌入した絶縁体63が、図1に示すように素線2の絶縁用突起35となる。
【0021】
素線2は、その後の工程で2重コイル1として形成されるが、噴射装置51から噴射された絶縁体63は、2重コイル1となった時に肩部32,33や直線部分11,21となる位置に合わせて埋め込まれる。なお、図5には噴射装置51を上方にしか配置していないが、下側にも設けることで両面に絶縁用突起35を形成する場合に対応することができる。従って、絶縁体63を絶縁被膜62に嵌入させた素線2により、所定の箇所に絶縁用突起35を備えた2重コイル1を容易に製造することができ、前述したように、コイル籠3を円周方向に組む場合でも、従来のように相間絶縁紙の挿入といった作業を行わなくとも、絶縁用突起35による絶縁距離の確保が可能になる。
【0022】
ところで、絶縁被膜62に対して絶縁体63を嵌入させる方法は、図6に示すように転写によって行うものであってもよい。そこで、図6は、被覆工程で転写により行われる絶縁用突起35の嵌入方法を概念的に示した図である。この場合、成形装置50の下流側には、素線2に向けて絶縁体63を転写する転写ローラ58が設けられている。転写ローラ58には絶縁体63が保持され、成形装置50から矢印方向に押し出された素線2の移動に合わせて回転する。そこで、柔らかい状態の絶縁皮膜62へ絶縁体63が押し付けられると、転写ローラ58から外れた絶縁体63が絶縁皮膜62に埋め込まれる。なお、転写ローラ58には、適宜絶縁体63が供給保持され、所定の範囲に連続的な絶縁体63の転写が可能である。
【0023】
この場合も、絶縁体63は2重コイル1となった時に肩部32,33や直線部分11,21となる位置に合わせて埋め込まれる。そして、図6には噴射装置51を上方にしか配置していないが、下側にも設けることで両面に絶縁用突起35を形成する場合に対応することができる。従って、絶縁体63を絶縁被膜62に嵌入させた素線2により、所定の箇所に絶縁用突起35を備えた2重コイル1を容易に形成することができ、相間絶縁紙の挿入を行わなくとも絶縁用突起35による絶縁距離の確保が可能になる。
【0024】
図5及び図6に示した嵌入方法では、成形装置50による押出成形直後に絶縁体63を埋め込むようにしたため、2重コイル1を形成する前から素線2に絶縁用突起35が設けられている。しかし、2重コイル1を形成した後に絶縁体63を嵌入させるようにしてもよい。その場合、2重コイル1が形成された段階では既に絶縁被膜62は固くなっている。そのため、樹脂である絶縁被膜62の融点よりも10℃ほど高い温度に熱した絶縁体63を、噴射や転写などにより絶縁被膜62へ埋め込み、肩部32,33などの所定箇所に絶縁用突起35を形成する。そして、この場合でも絶縁用突起35を必要な箇所に備えた2重コイル1を容易に製造することができ、また、この2重コイル1により相間絶縁紙の挿入を行わなくとも絶縁距離の確保が可能になる。
【0025】
以上、本発明に係る電動機について実施形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で様々な変更が可能である。
例えば、電動機として2重コイル1によって構成されるものを示したが、本発明の特徴である絶縁構造を除く他の構造に関しては、前記実施形態の電動機に限定されることはない。
また、本発明によれば絶縁用突起によって確実に絶縁距離が確保できるため、例えば絶縁被膜の膜厚を薄くして導体の断面積を大きくするようにしてもよい。これによれば、占積率を高めて電動機の性能を上げることができる。
【0026】
また、前記実施形態では絶縁体63は球体のガラスビーズなどとしたが、その形状や材質はこれに限定されるものではない。
また、絶縁体の表面に凹凸を施すなど、表面処理を施すことによって絶縁被膜へ嵌入させた際の密着性を上げるようにしてもよい。
その他、電圧の大きい相間部分とその他の部分など、絶縁体を嵌入させる箇所に対応して絶縁距離が変わるように、絶縁体の大きさを変化させるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0027】
1 2重コイル
2 素線
3 コイル籠
4 ステータ
10 第1コイル
20 第2コイル
35 絶縁用突起
61 平角導体
62 絶縁皮膜
63 絶縁体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体の表面に絶縁皮膜が被覆された素線を巻回してなる多相のコイルを有する電動機において、
前記コイルは、絶縁距離の確保が必要な箇所に前記絶縁被膜の表面から突出した複数の絶縁用突起を備えたものであることを特徴とする電動機。
【請求項2】
請求項1に記載する電動機において、
前記絶縁用突起は、前記絶縁被膜の膜厚より大きい粒状の絶縁体であって、その絶縁体が前記絶縁被膜に嵌入して形成されたものであることを特徴とする電動機。
【請求項3】
請求項2に記載する電動機において、
前記絶縁体は、ガラス又はセラミックスの球体であることを特徴とする電動機。
【請求項4】
請求項2又は請求項3に記載する電動機において、
前記絶縁用突起は、前記絶縁皮膜を前記導体へ被覆する工程で、前記絶縁体が前記絶縁皮膜に対して埋め込まれて形成されたものであることを特徴とする電動機。
【請求項5】
請求項2又は請求項3に記載する電動機において、
前記絶縁用突起は、前記コイルに対して前記絶縁皮膜の融点よりも高い温度に熱した前記絶縁体が、前記絶縁皮膜に対して埋め込まれて形成されたものであることを特徴とする電動機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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