説明

電子波ジャイロ

【課題】原理的に小型化が可能な新規なジャイロを提供する。
【解決手段】導電性を有し電子波が伝播可能な円環状経路11と、円環状経路11を第1の方向に伝搬する第1の電子波と、円環状経路11を第1の方向とは逆の第2の方向に伝播する第2の電子波とを円環状経路11に生じさせる電源12(電子波発生手段)と、第1の電子波と第2の電子波との位相差を検出する検出装置14(位相差検出手段)とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子波を用いたジャイロに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、環状の光路を互いに反対方向に周回する2つのレーザ光の干渉を用いたジャイロが知られている。このような光ジャイロとして、希ガスレーザを用いた光ジャイロが提案されている(たとえば特許文献1参照)。しかし、希ガスレーザを用いた光ジャイロは、駆動に高電圧が必要で消費電力が大きいという課題、および、装置が大きく熱に弱いという課題を有していた。このような課題を解決するジャイロとして、環状(たとえば四角環状)の導波路を備える半導体リングレーザを用いたジャイロが提案されている(たとえば特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平11−351881号公報
【特許文献2】特開2000−230831号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
現在、ジャイロの小型化が求められているが、レーザ光の干渉を用いた従来のジャイロでは、充分な小型化が難しいという問題があった。
【0004】
このような状況において、本発明の目的の1つは、原理的に小型化が可能な新規なジャイロを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するため、本発明の電子波ジャイロは、導電性を有し電子波が伝播可能な円環状の経路と、前記経路を第1の方向に伝搬する第1の電子波と、前記経路を前記第1の方向とは逆の第2の方向に伝播する第2の電子波とを前記経路に生じさせる電子波発生手段と、前記第1の電子波と前記第2の電子波との位相差を検出する位相差検出手段とを備える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、電子波を用いた本発明のジャイロについて説明する。
【0007】
本発明のジャイロは、導電性を有し電子波が伝播可能な円環状の経路(以下、「円環状経路」という場合がある)と、円環状経路を第1の方向に伝搬する第1の電子波と、円環状経路を第1の方向とは逆の第2の方向に伝播する第2の電子波とを円環状経路に生じさせる電子波発生手段と、第1の電子波と第2の電子波との位相差を検出する位相差検出手段とを備える。円環状経路は、真円状であってもよいし、真円以外の形状(たとえば楕円状や略真円状など)であってもよい。
【0008】
このようなジャイロは、固体の導電性環状体における電子の弾道輸送(バリスティック(Ballistic Transport)を利用することによって実現できる。そのような導電性環状体における電子の移動は、たとえば、フィジカE(PHYSICA E、2、p.519−522、1998年)に記載されている。また、真空中の菱形の閉経路を互いに逆方向に進行する2つの電子波がサニャック効果(Sagnac効果)を示すことは、たとえば、フィジカル・レビューA(PHYSACAL REVIEW A、Vol.48、No.1、p143−151、1993年)に記載されている。本発明の電子波ジャイロも、サニャック効果を用いて角速度を検出する。
【0009】
本発明の電子波ジャイロは、上記円環状の経路が複数の箇所(たとえば2箇所)で内接する第2の円環状の経路をさらに備えてもよい。この場合、第2の円環状の経路に内接する上記円環状の経路において、第1および第2の電子波がそれぞれ共鳴してもよい。
【0010】
本発明の電子波ジャイロでは、上記経路(円環状の経路および第2の円環状の経路)が半導体によって形成されていてもよい。
【0011】
本発明のジャイロの構成の一例を図1に模式的に示す。図1のジャイロ10は、導電体で形成された円環状経路11と、円環状経路11に電流を流すための電源12と、抵抗13と、電子波の干渉を検出するための検出装置14とを含む。
【0012】
円環状経路11は半導体(ドーピングされた半導体であってもよい)によって形成されてもよい。また、円環状経路11は、他の導電体で形成されてもよい。円環状経路11の幅(図5(e)のW1参照)は、たとえば、10nm〜100nmの範囲としてもよい。また、円環状経路11の内径(図5(e)のW2参照)は、たとえば、0.1μm〜10μmの範囲としてもよい。また、円環状経路は、複数の円環状の経路を含むものであってもよい。
【0013】
電源12は、円環状経路11を時計回りの方向に伝搬する第1の電子波と、円環状経路12を反時計回りの方向に伝搬する第2の電子波とを、円環状経路11に生じさせるための電子波発生手段である。具体的には、電源12は、円環状経路11に、直流でたとえば1μA程度の電流を流すための電源である。そのような電源としては、一般に使用されている高精度な直流電源を利用できる。抵抗13には、たとえば10kΩの抵抗を用いることができる。
【0014】
検出装置14は、第1の電子波と第2の電子波との位相差を検出する手段である。第1の電子波の位相と第2の電子波の位相との差が変化すると、後述するように、所定の位置の電圧が変化する。この電圧の変化を検出することによって、第1の電子波と第2の電子波との位相差を検出できる。したがって、検出装置14には、電圧計などを用いることができる。
【0015】
点Aを電源12のマイナス側に接続し点Bを電源12のプラス側に接続すると、円環状経路11の点Aから点Bに向かって、電子波は、時計回りおよび反時計回りに進行する。これらの電子波は、それぞれ、円環状経路11の経路長に従って共鳴する。これら2つの電子波は、点Bにおいて干渉する。円環状経路11が角速度Ωで回転している場合、2つの電子波の位相差Δφは、Δφ=8π22Ω/(λv)の式で表される。ここで、Rは、円環状経路11の半径であり、vは円環状経路11における電子の速度であり、λは電子波の波長である。位相差Δφは点Bにおける干渉をもたらし、その干渉は、出力の振動(導電率の振動または電圧の振動)として観測される。
【0016】
円環状経路11の導電率は円環状経路11の角速度に依存するため、角速度は、導電率を測定することによって算出できる。
【0017】
電子波ジャイロは、その感度を[ω/R]倍することが可能である(ωは電子波の周波数である)。電子波ジャイロを実現するためには、ジャイロが、その内部に共振器を有することが必要である。ジャイロが回転すると、共振器を互いに逆方向に進行する2つの電子波の間で、共振器の実効的な長さが異なるため、その実効的な長さは角速度Ωに依存する。その結果、互いに逆方向に進行する2つの電子波の間で、位相差Δφが生じる。それらの波の干渉は、周波数がΔωである導電率の振動(または電圧の振動)をもたらす。そのため、導電率の振動(または電圧の振動)の周波数から、角速度Ωを求めることが可能である。
【0018】
ジャイロ10の回転の角速度Ωと、検出装置14で検出される電圧(Uout)との関係を図2に示す。図2に示すように、角速度Ωの変化によって電圧が周期的に変化する。
【0019】
本発明の電子波ジャイロの構成の他の一例を、図3に模式的に示す。図3のジャイロ30も、2つの電子波の位相差を検出する。図3のジャイロ30は円環状経路31を含む。円環状経路31は、線A−Bを長軸とし線C−Dを短軸とする楕円経路(第2の円環状経路)31aと、楕円経路31aと点Cおよび点Dで接続された円環状経路31bとを含む構造を有する。すなわち、円環状経路31bは、点Cおよび点Dにおいて、楕円経路31aに内接する。ジャイロ30は、また、円環状経路31に電流を流すための電源32と、抵抗33と、電子波の干渉を検出するための検出装置34とを含む。
【0020】
電源32は、円環状経路31を時計回りの方向に伝搬する第1の電子波と、円環状経路31を反時計回りの方向に伝搬する第2の電子波とを、円環状経路31に生じさせるための電子波発生手段である。電源32は、電源12と同様に、円環状経路31に、直流でたとえば1μA程度の電流を流すための電源である。そのような電源としては、一般に使用されている高精度な直流電源を利用できる。抵抗33には、たとえば10kΩの抵抗を用いることができる。
【0021】
検出装置34は、第1の電子波と第2の電子波との位相差を検出する手段である。検出装置34には、電圧計などを用いることができる。
【0022】
電源32によって図3の点A−B間に電圧が印加されると、点A−B間に電流が流れ、円環状経路31bを時計回りの方向に伝搬する第1の電子波と、円環状経路31bを反時計回りの方向に伝搬する第2の電子波とが発生する。図3の構成では、第1および第2の電子波が点AおよびBにおける電気的接続の影響を受けることを、低減することが可能である。
【0023】
円環状経路31bでは、第1の電子波が、円環状経路31bの経路長に従って共鳴する。同様に、円環状経路31bでは、第2の電子波が、円環状経路31bの経路長に従って共鳴する。これらの2つの電子波は、ジャイロ本体の回転によってサニャック効果を生じる。そのため、ジャイロ本体の回転に応じて、2つの電子波の位相差が変化する。この位相差の変化は、点Bにおいて電圧の変化として検出される。そのため、点Bにおける電圧を測定することによって、ジャイロ本体の回転の角速度を算出することが可能である。
【0024】
ジャイロ30の回転の角速度Ωと、検出装置34で検出される電圧(Uout)との関係を図4に示す。図4には、角速度がΩ1である場合の電圧の変化と、角速度がΩ2である場合の電圧の変化とを示している。角速度によって、電圧変化の振動数が変化する。このため、電圧変化の振動数を測定することによって、角速度を算出できる。
【0025】
ジャイロ10の製造方法の一例を図5に示す。図5(a)、(c)および(e)は上面図であり、図5(b)、(d)および(f)はそれらの断面図である。
【0026】
まず、基板51上に、半導体層の積層膜60と、レジスト膜61とを形成する。基板51は、GaAs(001)基板である。レジスト膜61は、電子線リソグラフィー用のレジスト膜である。積層膜60の構造を表1に示す。なお、基板に隣接するAlSb層(厚さ1μm)からInSb層(厚さ150オングストローム)までは、表1に示す順序で積層されている。
【0027】
【表1】

【0028】
Siのδドープは、2つの層の界面で行われる。積層膜60は、一般的な方法で形成でき、たとえば、分子線エピタキシー(MBE)などの方法で形成できる。
【0029】
表1に示す積層膜60では、量子井戸層であるInSb層(厚さ250オングストローム)に、2次元の電子ガスが生じる。InSb量子井戸では、電子の弾道輸送が比較的高い温度で起こる。そのため、表1および図5に示す構造の電子波ジャイロは、1K程度の温度で動作させることが可能である。
【0030】
積層膜60およびレジスト膜61を形成したのち、図5(a)および(b)に示すように、レジスト膜61を電子線リソグラフィーでパターニングし、積層膜60をエッチングする。積層膜60の一部が円環状経路11を構成する。レジスト膜61のパターニングおよび積層膜60のエッチングは、円環状経路11および円環状経路11への配線となる部分が残存するように行われる。円環状経路11となる部分の幅W1(図5(e)参照)は、たとえば0.05μmであり、円環状経路11となる部分の内径W2(図5(e)参照)はたとえば0.5μmである。
【0031】
次に、図5(c)および(d)に示すように、リフトオフ工程のためのレジスト膜62を形成する。
【0032】
次に、図5(e)および(f)に示すように、金属膜を形成したのちレジスト膜62を除去することによって、2つの電極端子63を形成する。2つの電極端子63は、入力および出力の端子として機能する。このようにして、ジャイロ10が製造される。なお、ジャイロ30も同様の方法で形成できる。
【0033】
本発明のジャイロの他の一例を図6(a)〜(d)に示す。これらは、図2および図3のジャイロと比較して円環状経路が異なる。図6(a)の円環状経路71は、表1に示すような半導体ヘテロ構造によって形成できる。
【0034】
図6(b)の円環状経路72は、2点で交差・接触する2つのカーボンナノチューブリングで形成できる。図6(c)の円環状経路73は、円環状に曲げられて交差・接触している1本のカーボンナノチューブで形成できる。これらのカーボンナノチューブリングは、たとえば、後述するザ・ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリーBに記載の方法で形成できる。
【0035】
図6(d)の円環状経路74は、巨大分子で形成できる。そのような巨大分子としては、DNAなどが挙げられる。
【0036】
カーボンナノチューブで形成された円環状経路は、室温における電子の平均自由工程が65μmと長い点で好ましい。カーボンナノチューブ中における電子の波長は1nm程度と短く、高感度のジャイロを実現できる可能性がある。カーボンナノチューブのリングは、サイエンス(Science)で報告されており(Science,vol.293、p1299−1301、2001年)、また、ザ・ジャーナル・オブ・フィジカル・ケミストリーB(J. Phys. Chem. B)でも報告されている(J. Phys. Chem. B、vol.103、No.36、p7551−7556、1999年)。
【0037】
本発明の電子波ジャイロは、従来のジャイロに比べて小型化、省エネルギー化が可能である。また、電子波の波長は半導体中で数十nmであり金属中で数nmであるため、本発明の電子波ジャイロは、従来のジャイロよりも高感度とすることが可能である。電子の速度は、光のスピードよりもずっと遅い。そのため、本発明の電子波ジャイロでは、互いに逆方向に進行する2つの電子波の間の位相シフトや周波数シフトが、光ジャイロで生じるそれらに比べて大きくなり、高感度とすることが可能である。
【0038】
以上、本発明の実施形態について例を挙げて説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の技術的思想に基づいて他の実施形態に適用できる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明によれば、原理的に小型化が可能な新規なジャイロが得られる。このジャイロは、様々な分野に利用でき、たとえば、ロケット、人工衛星、宇宙ステーション、各種の移動体といった分野に利用してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の電子波ジャイロの構成の一例を模式的に示す図である。
【図2】本発明の電子波ジャイロが回転したときの角速度と出力との関係の一例を模式的に示すグラフである。
【図3】本発明の電子波ジャイロの構成の他の一例を模式的に示す図である。
【図4】本発明の電子波ジャイロが回転したときの時間と出力との関係の例を模式的に示すグラフである。
【図5】本発明の電子波ジャイロの製造方法の一例を模式的に示す図である。
【図6】本発明の電子波ジャイロの他の例を模式的に示す上面図である。
【符号の説明】
【0041】
10、30 ジャイロ
11、31、71、72、73、74 円環状経路
12、32 電源(電子波発生手段)
13、33 抵抗
14、34 検出装置(位相差検出手段)
51 基板
60 積層膜
61、62 レジスト膜
63 電極端子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性を有し電子波が伝播可能な円環状の経路と、
前記経路を第1の方向に伝搬する第1の電子波と、前記経路を前記第1の方向とは逆の第2の方向に伝播する第2の電子波とを前記経路に生じさせる電子波発生手段と、
前記第1の電子波と前記第2の電子波との位相差を検出する位相差検出手段とを備える電子波ジャイロ。
【請求項2】
前記円環状の経路が複数の箇所で内接する第2の円環状の経路をさらに備え、
前記第2の円環状の経路に内接する前記円環状の経路において、前記第1および第2の電子波がそれぞれ共鳴する請求項1に記載の電子波ジャイロ。
【請求項3】
前記経路が半導体によって形成されている請求項1または2に記載の電子波ジャイロ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−120977(P2007−120977A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−310021(P2005−310021)
【出願日】平成17年10月25日(2005.10.25)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度独立行政法人情報通信研究機構、研究テーマ「シームレスな位置情報検出を実現する高精度角速度センサチップの研究開発」に関する委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(393031586)株式会社国際電気通信基礎技術研究所 (905)
【Fターム(参考)】