説明

電子銃

電子線露光装置やオージェ電子分光装置等に好適な、高い角電流密度動作においても全放射電流量が少ない電子源を提供する。
タングステン又はモリブテンの単結晶からなり、その表面に2A族、3A族及び4A族からならる群から選ばれる1種以上の金属元素と酸素との被覆層を設けてなる陰極(1)を具備する電子銃であって、前記陰極(1)の端部が円錐台形状を有し、しかも円錐台形状部分(8)の円錐全角が25°以上95°以下であり、上面(9)の直径が5μm以上200μm以下であることを特徴とする電子銃。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、走査型電子顕微鏡、オージェ電子分光、電子線露光機、ウェハ検査装置などの電子線応用機器に用いられる電子銃、ことに電子線露光機用に好適な電子銃に関する。
【背景技術】
近年、熱陰極よりも長寿命でより高輝度の電子ビームを得るために、タングステン単結晶の針状電極にジルコニウムと酸素との被覆層を設けたといわれる陰極を用いた電子銃が用いられている(以下、ZrO/W電子銃と記す)(D.Tuggle,J.Vac.Sci.Technol.16,p1699(1979)参照)。
ZrO/W電子銃は、軸方位が<100>方位からなるタングステン単結晶の針状の陰極に、ジルコニウム及び酸素からなる被覆層(以下、ZrO被覆層という)が設けられる。該ZrO被覆層によってタングステン単結晶の(100)面の仕事関数は、4.5eVから約2.8eVに低下させられ、前記陰極の先端部に形成された(100)面に相当する微小な結晶面のみが電子放出領域となるので、従来の熱陰極よりも高輝度の電子ビームが得られ、しかも長寿命であるという特徴を有する。また冷電界放射電子源よりも安定で、低い真空度でも動作し、使い易いという特徴を有している(M.J.Fransen,“On the Electron−Optical Properties of the ZrO/W Schottky Electron Emitter”,ADVANCES IN IMAGING AND ELECTRON PHYSICS,VOL.III,p91−166,1999 by Academic Press.参照)。
ZrO/W電子銃は、図1に示すように、絶縁碍子5に固定された導電端子4に設けられたタングステン製のフィラメント3の所定の位置に電子ビームを放射するタングステンの<100>方位の針状の陰極1が溶接等により固着されている。陰極1の一部には、ジルコニウムと酸素の供給源2が設けられている。図示していないが陰極1の表面はZrO被覆層で覆われている。
陰極1はフィラメント3により通電加熱されて一般に1800K程度の温度下で使用されるので、陰極1の表面のZrO被覆層は蒸発する。しかし、供給源2よりジルコニウム及び酸素が拡散することにより、陰極1の表面に連続的に供給されるので、結果的にZrO被覆層が維持される。
ZrO/W電子銃の陰極1の先端部はサプレッサー電極6と引き出し電極7の間に配置され使用される(図2参照)。陰極1には引き出し電極7に対して負の高電圧が印加され、更にサプレッサー電極6には陰極1に対して数百ボルト程度の負の電圧が印加され、フィラメント3からの熱電子を抑制する。
ZrO/W電子銃は低加速電圧で用いられる測長SEMやウェハ検査装置においては、プローブ電流が安定していて且つエネルギー幅の拡がりが抑えられるという理由で0.1〜0.2mA/srの角電流密度で動作される。
一方、電子線露光装置、及びオージェ分光装置等においては、スループットが重視されるために0.4mA/sr程度の高い角電流密度で動作される。このようなスループットを重視する用途では、更に高い角電流密度動作が望まれ、1.0mA/srもの高い角電流密度での動作が要求されることがある。
しかしながら、ZrO/W電子銃においては、(1)高角電流密度動作時に高々1.0mA/sr程度の角電流密度が上限である、(2)この時、陰極と引き出し電極間に印加される引き出し電圧が4kV以上と大きく、チップ先端での電界強度が0.4〜1.0×10V/mと著しく高くなり、アーク放電による故障頻度が高くなる(D.W.Tuggle、J.Vac.Sci.Technol.B3(1),p220(1985)参照)。
この欠点を解決するために陰極1とサプレッサー電極6と引き出し電極7からなら電子銃において、該陰極1が希土類六ほう化物からなり先端がサプレッサー電極6と引き出し電極7との間に配置されることを特徴とする電子銃が提案されている(特開2001−325910号公報参照)。
ZrO/W電子銃は(1)高角電流密度動作時に高々1.0mA/sr程度の角電流密度が上限である、(2)この時、陰極と引き出し電極間に印加される引き出し電圧が4kV以上と大きく、チップ先端での電界強度が0.4〜1.0×10V/mと著しく高くなり、アーク放電による故障頻度が高くなるといった問題点がある。
これらを解決する希土類六ほう化物陰極を用いた電子銃では、六ほう化物が真空中で残留酸素と反応して酸化消耗するなどして電子放射部の形状が変わるなどして、動作時間と共に特性が変化する欠点がある(P.R.Davis,J.Vac.Sci.Technol,B4(1)、p112(1986)、H.Hagiwara,SCANNING ELECTRON MICROSCOPE,II,p473(1982),SEM Inc.参照)。
また、ほう化ランタン熱陰極はイオン衝撃により電子放射部表面が荒れたり、顕著な場合には電子放射部の形状が変化して、電子ビームの角度分布にリップルが現れ、電子ビーム照射面での均一性が劣化するといった欠点がある。これらの事情により、希土類六ほう化物陰極を用いた電子銃の寿命は数ヶ月程度である。
また、陰極1とサプレッサー電極6と引き出し電極7からなる電子銃において、該陰極1が希土類六ほう化物からなり先端がサプレッサー電極6と引き出し電極7との間に配置されることを特徴とする電子銃においては、余剰電流が多いという問題点がある。
【発明の開示】
本発明者は、上記の事情に鑑みていろいろ検討した結果、前記課題を解決して本発明に至ったものである。
即ち、本発明は、タングステン又はモリブデンの単結晶ニードル(又はロッド)に、周期律表の2A族、3A族及び4A族からなる群から選ばれる1種以上の金属元素を拡散させるための供給源を設けてなる陰極を具備する電子銃であって、前記陰極の端部が円錐台形状を有し、しかも前記円錐台形状部分の円錐全角が25°以上95°以下であり、上面の直径が5μm以上200μm以下であることを特徴とする電子銃にある。本発明の電子銃では、円錐台の上面の直径が好ましくは50μm以上200μm以下であり、金属元素が好ましくはジルコニウムまたはチタンであり、陰極を構成する単結晶の<100>方位と、前記上面の法線の向きとが、好ましくは、2°以内の角度差にある。
また、本発明は、タングステン又はモリブデンの単結晶ニードル(又はロッド)に、周期律表の2A族、3A族及び4A族からなる群から選ばれる1種以上の金属元素を拡散させるための供給源を設けてなる陰極を具備する電子銃の製造方法であって、単結晶端部を機械研磨または電解研磨により円錐状に形成した後、円錐先端部を機械研磨または集束ガリウムイオンビームにより平面的に削除し円錐台状に形成することを特徴とする電子銃の製造方法にある。本発明の電子銃の製造方法では、集束ガリウムイオンビームによる円錐台状への形成は、好ましくは、二フッ化キセノンガス雰囲気中で行われる。
【図面の簡単な説明】
図1: ZrO/W電子銃の構造図。
図2: 電子放射特性の評価装置の構成図。
図3: 陰極の拡大図。
図4: 引き出し電圧−角電流密度、引き出し電圧−全放射電流、の測定結果(実施例1並びに比較例)。
【符号の説明】
1:陰極
2:供給源
3:フィラメント
4:導電端子
5:絶縁碍子
6:サプレッサー電極
7:引き出し電極
8:(円錐台部の)円錐部
9:平坦部(円錐台部の上面部)
10:蛍光板
11:アパーチャー
12:カップ状電極
13:プローブ電流測定用微小電流計
14:バイアス電源
15:高圧電源
16:フィラメント加熱電源
17:全放射電流測定用電流計
18:放射電子線
発明を実施すための最良の形態
本発明の具体的な実施態様としては、タングステンまたはモリブデン単結晶<100>方位のロッド状陰極1の端部に機械研磨または電解研磨によりに円錐部8を設け、更にその頂点をダイヤモンド研磨剤を被覆した研磨フィルムにより研磨する或いは集束ガリウムイオンビーム装置を適用して頂点を切断し平坦部9を設けるものである。
本発明に於いて、集束ガリウムイオンビームで加工する際に二フッ化キセノンガスを導入すると加工時間を短縮することが可能である。また、円錐部8の全角は25°以上95°以下で、平坦部9(又は上面部分)の直径は5〜200μmである。更に、陰極1の端部に形成された平坦な電子放射面の法線は<100>方位と2°以内、好ましくは0.5°以内の角度差に収められることが好ましい。
タングステンまたはモリブデン単結晶からなる<100>方位のロッドは陰極として機能し、周期律表(長周期型)の2A族(Be、Mg、Ca、Sr、Baなど)、3A族(Sc、Y、ランタノイド元素、アクチノイド元素)及び4A族(Ti、Zr、Hfなど)からなる群から選ばれる1種以上の金属元素を拡散させるための供給源が設けられる。Zr−Oの系を例にとると、水素化ジルコニウムを粉砕して有機溶剤と混合しペースト状にしたものを陰極の一部に塗布して、1×10−6Torr程度の酸素雰囲気中で陰極を加熱してZrHを熱分解し、更に酸化してジルコニウムと酸素の供給源を形成する。
この陰極を引き出し電極7とサプレッサー電極6の間に配置して、引き出し電極7に対して陰極1に数キロボルトの負の高電圧を印加する。サプレッサー電極6には陰極1に対して数百ボルトの負の電圧を印加すると共に陰極1を1500〜1900Kに加熱することにより電子放射が行える。
本発明の電子銃は、1mA/sr以上の高い角電流密度で動作し、全放射電流が数10μA程度と低く、余剰電流が極めて低いため信頼性が高い。更に、この電子銃は1×10−8Torr以下の真空中で動作し、タングステンが母材となっているため長期の動作によっても陰極の消耗が極めて小さく特性の変化が少ないし、また、陰極表面がイオン衝撃により荒らされても直ぐに平滑な表面に修復するという特徴を有している。
【実施例】
(実施例1、2、比較例)
絶縁碍子5にロウ付けされた導電端子4にタングステン製のフィラメント3をスポット溶接により固定した。<100>方位の単結晶タングステンチップの端部にダイヤモンドペーストと研磨盤を用いて全角が90°の円錐部8を形成し、更に円錐部の頂点をダイヤモンド研磨剤で被覆した研磨フィルムで研磨して直径100μmの平坦部9を形成した。このロッドを前記フィラメントにスポット溶接により取り付けた。このロッドは陰極1として機能する。
水素化ジルコニウムを粉砕して酢酸イソアミルと混合しペースト状にしたものを陰極1の一部に塗布した。酢酸イソアミルが蒸発した後、図2に示す装置に導入した。
陰極1の先端はサプレッサー電極6と引き出し電極7との間に配置される。尚、陰極1の先端とサプレッサー電極6の距離は0.15mm、サプレッサー電極6と引き出し電極7の距離は0.8mm、引き出し電極7の孔径は0.8mm、サプレッサー電極6の孔径は0.8mmである。
フィラメント3はフィラメント加熱電源16に接続され、更に高圧電源15に接続され、引き出し電極7に対して負の高電圧、即ち引き出し電圧Vexが印加される。また、サプレッサー電極6はバイアス電源14に接続され、陰極1とフィラメント3に対して更に負の電圧、バイアス電圧Vb、が印加される。これによりフィラメント3からの放射熱電子を遮る。電子源からの全放射電流Itは高圧電源15とアース間に置かれた電流計17により測定される。陰極1の先端から放射した電子ビーム(放射電子線)18は引き出し電極7の孔を通過して、蛍光板10に到達する。蛍光板10の中央にはアパーチャー11(小孔)が有り、通過してカップ状電極12に到達したプローブ電流Iは微小電流計13により測定される。なおアパーチャー11と陰極1の先端との距離とアパーチャー11の内径から算出される立体角をωとすると角電流密度はI/ωとなる。
続いて装置内を3×10−10Torr(4×10−8Pa)の超高真空中としてフィラメント3に通電して陰極1を1800Kに加熱し、ZrHを熱分解して金属ジルコニウムとした。更に酸素ガスを導入して装置内を3×10−6Torr(4×10−4Pa)として金属ジルコニウムを酸化し、ジルコニウムと酸素の供給源を形成した。
再度装置内を3×10−10Torr(4×10−8Pa)の超高真空中として陰極を1700Kまたは1800Kに維持したままサプレッサーにバイアス電圧V=300Vの電圧を印加して、続いて引き出し電圧Vex=1kVの高電圧を印加して数時間保持し、放射電流が安定したところで全放射電流Itとプローブ電流Ipを測定し、角電流密度を算出した。
結果を表1に、また、1700K時の引き出し電圧−角電流密度、引き出し電圧−全放射電流、の測定例を図4に示す。尚、併せて<100>方位の六ほう化ランタン単結晶陰極を用いて特開2001−325910号公報に開示されるのと同じ方法で電子放射特性を測定して比較例とした。陰極の円錐角は60°。平坦部の直径は50μmである。

【産業上の利用可能性】
本発明の電子銃は、比較例とほぼ同程度の角電流密度で動作し、その時の全放射電流は比較例に比べ一桁以上小さく、高い信頼性を有することが明らかである。また、従来のZrO/W電子銃がたかだか1mA/srの動作角電流密度なのに対して、本発明の電子銃は1kVの低い引き出し電圧で3−5mA/srという高い動作角電流密度の放射電流が得られる特徴があり、電子露光用電子源を始め多くの電子源として有用である。
また、本発明の電子銃の製造方法に拠れば、前記特徴のある電子銃を、再現性高く従って安価に提供することができるので、産業上非常に有用である。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン又はモリブデンの単結晶ニードルに、周期律表の2A族、3A族及び4A族からなる群から選ばれる1種以上の金属元素を拡散させるための供給源を設けてなる陰極を具備する電子銃であって、前記陰極の端部が円錐台形状を有し、しかも前記円錐台形状部分の円錐全角が25°以上95°以下であり、上面の直径が5μm以上200μm以下であることを特徴とする電子銃。
【請求項2】
円錐台の上面の直径が50μm以上200μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の電子銃。
【請求項3】
金属元素がジルコニウムまたはチタンであることを特徴とする請求項1又は2に記載の電子銃。
【請求項4】
陰極を構成する単結晶の<100>方位と、前記上面の法線の向きとが、2°以内の角度差であることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の電子銃。
【請求項5】
タングステン又はモリブデンの単結晶ニードルに、周期律表の2A族、3A族及び4A族からなる群から選ばれる1種以上の金属元素を拡散させるための供給源を設けてなる陰極を具備する電子銃の製造方法であって、単結晶端部を機械研磨または電解研磨により円錐状に形成した後、円錐先端部を機械研磨または集束ガリウムイオンビームにより平面的に削除し円錐台状に形成することを特徴とする電子銃の製造方法。
【請求項6】
二フッ化キセノンガス雰囲気中にて、集束ガリウムイオンビームにより円錐台状に形成することを特徴とする請求項5に記載の電子銃の製造方法。

【国際公開番号】WO2004/073010
【国際公開日】平成16年8月26日(2004.8.26)
【発行日】平成18年6月1日(2006.6.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−505025(P2005−505025)
【国際出願番号】PCT/JP2004/001686
【国際出願日】平成16年2月17日(2004.2.17)
【出願人】(000003296)電気化学工業株式会社 (1,539)
【Fターム(参考)】