説明

電子鍵盤楽器

【課題】アコースティックピアノでのダンパペダル非踏み込み時の音高に応じた押下荷重の変化を模擬可能にして、鍵域の境目における押鍵負荷の違和感を小さくする。
【解決手段】ハンマの屈曲長さの設定によって、生ピアノの押鍵往行程においてダンパが弦から離間する直後の位置を想定したストローク位置STxにおける各鍵の押下荷重Fxは、低音側の鍵から徐々に高音側ほど小さくなるように設定される。生ピアノにおいてダンパ機構の有無で分かれる鍵域の境目に相当する境目Bで隣接する第1の鍵K1aと第2の鍵K2aとの間の押下荷重Fxの差DBは、鍵盤部において互いに隣接する他の2つの鍵の間の押下荷重Fxの差D1、D2のうち最大のものよりも大きい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鍵に押下荷重が付与された電子鍵盤楽器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電子鍵盤楽器において、鍵に連動して回動するハンマ等を設け、押鍵操作に慣性力を付与し、アコースティックピアノの押鍵負荷を模擬したものが知られている。例えば、下記特許文献1の鍵盤楽器では、低音側の鍵から順にハンマの長さを短くし、高音側の鍵ほど押鍵するときの押下荷重が軽くなるように構成される。特に、隣り合うハンマの周端部を連続する傾斜形状に形成することで、低音側から高音側にいくにつれて、押下荷重が滑らかに変化するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−164760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記鍵盤楽器では、隣接する鍵間の押下荷重の差が全鍵域でほぼ一定である。ところが、アコースティックピアノ(以下「生ピアノ」と称する)においては、高音域を除いてダンパ機構があり、ダンパペダルの踏み込みの有無によって、ダンパの重さ分だけ実際の各鍵の押下荷重が変化する。そのため、特に、ダンパペダルの非踏み込み時を基準とすると、中音域から高音域に至る境目での押鍵負荷の段差的な変化が上記従来の鍵盤楽器においては存在せず、生ピアノとは異質の押鍵負荷が感じられるものであった。以下にこれを説明する。
【0005】
図4(a)は、生ピアノ(グランドピアノ)におけるダンパ機構がある鍵域の1つの鍵の押鍵ストロークに対する押下荷重の変化を示す図である。図4(a)において、横軸が非押鍵位置ST0からの押鍵ストローク位置、縦軸が押下荷重を示す。ダンパ機構は、ダンパペダルを踏み込むと、弦に当接していたダンパが弦から離間し、弦を開放させる機構である。ダンパは押鍵によっても可動し、押鍵往行程においてストローク位置ST1からダンパが弦から離間する。
【0006】
ストローク位置ST2以降は、ジャックとハンマローラとの係合等のハンマ駆動に起因する荷重変動や、押鍵ストッパへの当接等による荷重変動が生じる。ダンパ機構は通常、高音域側の20鍵ほどの鍵域には設けられておらず、これより低い中低音域でのみ、ダンパによる荷重変化が生じる。
【0007】
図4(a)に示すように、ダンパの踏み込み時(ダンパオン時)/非踏み込み時(ダンパオフ時)の荷重変化曲線を比較すると、ダンパが弦から離間し始めるストローク位置ST1とジャックがハンマローラを駆動し始めるストローク位置ST2との間のストローク位置STx(所定深さ)では、ダンパの非踏み込み時の方が荷重増加分Dだけ荷重が大きい。
【0008】
図4(b)は、全鍵域の各鍵のストローク位置STxにおける押下荷重を示す模式図である。横軸が音高で、縦軸が押下荷重を示す。図4(b)において、境目Bは、ダンパ機構が有る鍵域とない鍵域との境界を表す。全体的に、高音側の鍵ほど、ストローク位置STxにおける押下荷重は小さくなっている。境目Bより高音側の鍵域では、ダンパオン/オフにかかわらず、各鍵におけるストローク位置STxにおける押下荷重は変化しない。しかし、境目Bより低音側の鍵域では、ダンパオン時(Lon)よりもダンパオフ時(Loff)の方が、各鍵におけるストローク位置STxにおける押下荷重が大きい。すなわち、中低音域の鍵については、押鍵往行程において、途中であるストローク位置ST1からの荷重が、ダンパオフ時にダンパの重さ分だけ大きくなる。ダンパオフ時の音高に応じた押下荷重については、境目Bで隣接する鍵間で、他の隣接する2鍵間よりも大きな段差的変化が生じる。
【0009】
ところが、上記従来の鍵盤楽器では、各鍵の押下荷重はダンパペダルの操作の有無とは無関係であり、上記の境目Bに相当する位置で隣接する鍵の間でも押下荷重の差は他の鍵間での差と常に同程度である。そもそも、電子鍵盤楽器においては、ダンパペダル自体が設けられないものも珍しくない。従って、生ピアノのダンパオフ時に感じる境目Bでの押下荷重の段差的な変化が上記従来の鍵盤楽器では感じられず、上級者にとっては押鍵負荷に違和感を覚える場合があった。
【0010】
本発明は上記従来技術の問題を解決するためになされたものであり、その目的は、アコースティックピアノでのダンパペダル非踏み込み時の音高に応じた押下荷重の変化を模擬可能にして、鍵域の境目における押鍵負荷の違和感を小さくすることができる電子鍵盤楽器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために本発明の請求項1の電子鍵盤楽器は、各々押鍵操作される複数の鍵からなる鍵盤部(KB)を有した電子鍵盤楽器において、前記複数の各鍵の押鍵ストローク中の所定深さ(STx)における押下荷重が、低音側の鍵から徐々に高音側の鍵ほど小さくなるように設定され、前記鍵盤部の全鍵域のうち最低音から所定音高(F#6)までの第1の鍵域と該所定音高から最高音までの第2の鍵域との境目(B)で互いに隣接する低音側の第1の鍵(K1a)と高音側の第2の鍵(K2a)との間の前記押下荷重の差(DB)が、前記鍵盤部において互いに隣接する他の2つの鍵の間の前記押下荷重の差(D1、D2)のうち最も大きいものよりも大きく設定されていることを特徴とする。
【0012】
好ましくは、前記所定音高は、アコースティックピアノにおいてダンパペダルの踏み込み操作によってダンパを弦から離間させる機能を有する鍵域の音高のうち最高の音高を想定したものである(請求項2)。
【0013】
好ましくは、前記第1の鍵と前記第2の鍵との間の前記押下荷重の差(DB)は、アコースティックピアノにおいてダンパペダルの踏み込み操作によってダンパを弦から離間させる機能を有する鍵域のうち最高の音高の鍵と該鍵の高音側に隣接する鍵との間の、前記ダンパペダルの非踏み込み状態における、押鍵往行程において対応するダンパが対応する弦から離間する直後の位置における押下荷重の差以下に設定される(請求項3)。
【0014】
好ましくは、前記所定深さは、アコースティックピアノの押鍵往行程において対応するダンパが対応する弦から離間する直後の位置を想定した深さである(請求項4)。
【0015】
好ましくは、ペダル(PD)と、該ペダルの操作を検出するペダル検出手段(16)と、押鍵操作された鍵に対応する楽音を発生させると共に発生させる楽音に前記ペダル検出手段の検出結果に応じて所定の効果を付与するよう制御する楽音制御部(10)とを有し、前記楽音制御部は、前記第1の鍵域の鍵の押鍵操作により発生する楽音については、前記ペダル検出手段により前記ペダルのオン操作が検出された場合に前記所定の効果を付与するよう制御する(請求項5)。
【0016】
好ましくは、ペダルと、該ペダルの操作を検出するペダル検出手段と、前記複数の各鍵の押鍵ベロシティを検出するベロシティ検出手段(14)と、押鍵操作された鍵に対応する楽音を発生させると共に発生させる楽音の音量を前記ベロシティ検出手段の検出結果に応じて制御する楽音制御部(10)とを有し、前記楽音制御部は、前記第1の鍵域の鍵の押鍵操作により発生する楽音については、前記ペダル検出手段により前記ペダルのオン操作が検出されない場合よりもオン操作が検出された場合に、同じ押鍵ベロシティに対する音量設定をより大きくする(請求項6)。
【0017】
なお、上記括弧内の符号は例示である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の請求項1によれば、アコースティックピアノでのダンパペダル非踏み込み時の音高に応じた押下荷重の変化を模擬可能にして、鍵域の境目における押鍵負荷の違和感を小さくすることができる。
【0019】
請求項2によれば、ダンパ機構の有無により分かれる鍵域の境目における押鍵負荷の違和感を小さくすることができる。
【0020】
請求項3によれば、ダンパペダルの踏み込み時及び非踏み込み時の双方からみた押鍵負荷の違和感抑制のバランスをとることができる。
【0021】
請求項4によれば、押鍵ストロークにおけるダンパの作用による押下荷重の増加を模擬することができる。
【0022】
請求項5によれば、ダンパペダル操作に応じた押鍵負荷と楽音の効果付与との関係を調和させることができる。
【0023】
請求項6によれば、ダンパペダル操作に応じた押鍵負荷と楽音音量との関係を調和させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施の形態に係る電子鍵盤楽器の鍵盤部の平面図、同鍵盤楽器の構成を示す模式図である。
【図2】境目で隣接する第1、第2の鍵の押下荷重の違いを示す図、全鍵域の各鍵の押下荷重について、生ピアノのものと本鍵盤楽器のものとを併せて示した模式図、境目の近傍の鍵の押下荷重を示す図である。
【図3】変形例において、境目で隣接する第1、第2の鍵の押下荷重の違いを示す図、全鍵域の各鍵の押下荷重について、生ピアノのものと本鍵盤楽器のものとを併せて示した模式図である。
【図4】生ピアノにおけるダンパ機構がある鍵域の1つの鍵の押鍵ストロークに対する押下荷重の変化を示す図、全鍵域の各鍵の押下荷重を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
【0026】
図1(a)は、本発明の一実施の形態に係る電子鍵盤楽器の鍵盤部の平面図である。図1(b)は、本電子鍵盤楽器の構成を示す模式図である。
【0027】
図1(b)に示すように、本電子鍵盤楽器には、制御部10、楽音発生部15、ダンパペダルPD、ペダル操作検出センサ16が設けられている。また、図1(a)に示すように、本鍵盤楽器の鍵盤部KBは、各々押鍵操作される複数の鍵Kを有する。各鍵Kに付与される押下荷重の設定が、全鍵域のうち第1の鍵域と第2の鍵域との境目Bで急変している。押下荷重の設定については後述する。境目Bでは、低い側の第1の鍵K1aと高い側の第2の鍵K2aとが隣接する。鍵域の境目Bは、生ピアノ(グランドピアノ)におけるダンパ機構の有無で分かれる音高位置を想定したものである。
【0028】
第1の鍵域は、ダンパペダルの踏み込み操作によってダンパを弦から離間させる機能を有する鍵域(中低音域)に相当し、第2の鍵域はそのような機能を有しない高音域に相当する。第1の鍵K1aの音高はダンパ機構のある中低音域における最高の音高(所定音高)に設定され、本実施の形態ではF#6とするが、これは一例である。生ピアノにおいては機種によって仕様が異なるが、ダンパ機構のない高音域の鍵数が通常20鍵程度であるので、例えば、音高E6の鍵を第1の鍵K1aとしてもよい。
【0029】
各鍵Kの構成は、押下荷重を除けば同様であり、図1(b)では1つの鍵Kを示している。鍵Kは鍵支点11を中心に前端部(図1(b)の左端部)が上下に揺動(回動)自在にされている。鍵Kは、初期位置において前端部が押下されると前端部が下方に変位する。鍵Kの下方にはハンマHMが対応して配設される。すなわち、ハンマHMは、鍵Kの配列方向に並列に鍵数分配列される。各ハンマHMは、回動支点13を中心に図1(b)の時計及び反時計方向に回動自在になっている。
【0030】
ハンマHMの前端部と鍵Kの前端部とは回動軸12で回動自在に連結されている。従って、押離鍵操作により鍵Kが回動するのに連動して対応するハンマHMが回動する。ハンマHMの後端部は屈曲形成され、質量が集中するようになっている。自由状態では、ハンマHMは、鍵Kを図1(b)の時計方向に付勢するように配設されている。従って、押鍵往行程においては、ハンマHMが有する質量によって、押鍵に対する反力、すなわち、押下荷重として鍵Kに負荷がかかるようになっている。ハンマHMが有する質量によって、押鍵操作に対して慣性力が付与され、生ピアノのような押鍵感触が得られる。各ハンマHMの質量は、後端部の屈曲長さHMaの設定によってなされ、個々に異なっている。
【0031】
また、各鍵Kの押鍵操作を検出するための押鍵センサ14が各鍵Kに対応して配設される。押鍵センサ14は、例えば、2メイク式のセンサで、鍵Kによって押下され、押鍵があったこと、及び押鍵ベロシティを検出し、その検出信号を制御部10に供給する。また、足で踏み込み操作されるダンパペダルPDの操作はペダル操作検出センサ16によって検出され、その検出信号が制御部10に供給される。
【0032】
制御部10は、個々には図示しないが、CPU、ROM、RAM、タイマ、記憶装置、各種インターフェイス等を備え、ROMに記憶されたプログラムに従って、CPUが楽器全体の動作を制御する。楽音発生部15は、個々には図示しないが、音源回路、効果回路、サウンドシステム等を備え、制御部10による制御に従って、音響を発生させる。本実施の形態では、押鍵操作された鍵Kに対応する楽音が発生すると共に、ダンパペダルPDがオンされたときには、第1の鍵域の鍵Kに対応する効果音(所定の効果)が付加される。この効果音としては、一例として、開放弦による共鳴音(ダンパ音)に相当するが楽音が採用されるが、それに限定されない。
【0033】
次に、図2を用いて押下荷重の設定について説明する。図2(a)は、境目Bで隣接する第1の鍵K1a及び第2の鍵K2aの押鍵ストロークに対する押下荷重の違いを示す図である。横軸が鍵Kの初期位置である非押鍵位置ST0からの押鍵ストローク位置、縦軸が押下荷重を示す。第1の鍵K1a、第2の鍵K2aの押下荷重の曲線がLK1a、LK2aで示されている。ストローク位置STxは図4(a)に示すものと同義であり、生ピアノの押鍵往行程においてダンパが弦から離間する直後の位置を想定した位置でもある。
【0034】
ところで、本実施の形態では、いずれの鍵Kも、押鍵ストロークにおける押下荷重の変化は常時固定であり、ダンパペダルPDの操作の有無によって変わるわけではない。
【0035】
図2(b)は、全鍵域の各鍵Kのストローク位置STxにおける押下荷重について、生ピアノのものと本鍵盤楽器のものとを併せて示した模式図である。図4(b)と同様に、横軸が音高で縦軸が押下荷重を示す。本鍵盤楽器の押下荷重は、境目Bより低音側が曲線L1、高音側が曲線L2で示される。生ピアノの押下荷重は、境目Bより低音側が曲線Lon及び曲線Loff、高音側が曲線L2で示される。以下、「ストローク位置STxにおける押下荷重」を特に「押下荷重Fx」と略記する。
【0036】
図2(b)に示すように、第2の鍵域では、ダンパオン/オフにかかわらず、本鍵盤楽器と生ピアノとで、押下荷重Fxは一致している(曲線L2)。生ピアノの第1の鍵域では、上述したように、押下荷重Fxは、ダンパオン時(Lon)よりもダンパオフ時(Loff)の方が大きい。本鍵盤楽器の第1の鍵域では、押下荷重Fxが、生ピアノのダンパオン時(Lon)の押下荷重Fxとダンパオフ時(Loff)の押下荷重Fxとのちょうど中間の値となるように設定される。従って、曲線L1は曲線Lon、Loffの間で両者に平行である。第1の鍵域、第2の鍵域の各々で、本鍵盤楽器と生ピアノのいずれにおいても、押下荷重Fxは、低音側の鍵Kから徐々に高音側の鍵Kほど小さくなるように設定される。従って、音高に応じた押下荷重Fxの変化は滑らかである。
【0037】
図2(c)は、境目Bの近傍の鍵Kの押下荷重Fxを示す図である。図2(c)に示すように、本鍵盤楽器の第1の鍵域では、隣接する鍵K(例えば、鍵K1cと鍵K1b、鍵K1bと鍵K1c)の間の押下荷重Fxの差D1はほぼ一定であり、最低音の付近では少し大きくなっている(図2(b)参照)。また、本鍵盤楽器の第2の鍵域では、隣接する鍵K(例えば、鍵K2aと鍵K2b、鍵K2bと鍵K2c)の間の押下荷重Fxの差D2はほぼ一定である。境目Bの近傍では差D1と差D2とはほぼ同じ値である。
【0038】
生ピアノにおいて境目Bで隣接する鍵間の押下荷重Fxの差は、ダンパオフ時で差DBoff、ダンパオン時で差DBonである。差DBonは境目Bの近傍の差D1や差D2とほぼ同じ値である。
【0039】
一方、境目Bで隣接する第1の鍵K1aと第2の鍵K2aとの間の押下荷重Fxの差DBは、鍵盤部KBにおいて互いに隣接する他の2つの鍵Kの間の押下荷重Fxの差D1、D2のうち最も大きいものよりも十分に大きく設定されている。これにより、境目Bにおいて押下荷重Fxに段差的な差が生じる(図2(b)参照)。従って、図2(a)に示すように、第1の鍵K1aの押下荷重Fxの曲線LK1a、第2の鍵K2aの押下荷重Fxの曲線LK2aとには、他の隣接する2つの鍵Kの間の差よりも大きな差がある。これにより、境目Bでの押下荷重の変化が生ピアノのダンパオフ時に似る。
【0040】
しかしその一方、差DBは、差DBonと差DBoffとの中間の値であるので、生ピアノにおけるダンパオフ時の差DBoffに比べれば差DBは小さい。本鍵盤楽器では押下荷重Fxが固定であるが、第1の鍵域では、押下荷重Fxが、生ピアノのダンパオン/オフ時の中間値に設定されているので、ダンパオン/オフ時のどちらか一方に合わせる設定に比べれば、ダンパオン/オフ時のいずれと比較しても著しい違いはない。そのため、演奏する鍵Kが境目Bを跨いだ際に、音高に応じた押下荷重Fxの変化の感覚が生ピアノのダンパオン/オフ時のいずれからみても遠すぎず、違和感が小さいものとなる。
【0041】
ただし、本実施の形態では、ハンマHMの後端部の屈曲長さHMaを個々に定めることで押下荷重を設定するので、実際には、その荷重が押鍵初期から作用し、押鍵初期においては生ピアノに比べて押下荷重が大きい。それにしても、ダンパオフ時に合わせる設定に比べれば、押鍵行程の全体を通して違和感が小さく、妥協可能な範囲内で最も適切な設定といえる。
【0042】
本実施の形態によれば、第1の鍵K1aは、生ピアノにおけるダンパ機構のある鍵域における最高音高を想定した鍵であり、そして、境目Bで隣接する第1の鍵K1aと第2の鍵K2aとの間の押下荷重Fxの差DBを他の隣接する2つの鍵K間よりも大きくした。これにより、生ピアノでのダンパペダル非踏み込み時の音高に応じた押下荷重の変化を模擬可能にして、ダンパ機構の有無で分かれる鍵域の境目Bにおける押鍵負荷の違和感を小さくすることができる。さらに、差DBを差DBonと差DBoffとの中間の値としたので、ダンパペダルの踏み込み時及び非踏み込み時の双方からみた押鍵負荷の違和感抑制のバランスをとることができる。特に、生ピアノの押鍵往行程においてダンパが弦から離間する直後の位置を想定したストローク位置STxでの押下荷重Fxを設定対象としたので、押鍵ストロークにおけるダンパの作用による押下荷重の増加を模擬することができる。
【0043】
ところで、各鍵Kの押下荷重の設定は、ハンマHMの屈曲長さHMaの設定によるものには限定されない。例えば、鍵KまたはハンマHMに錘を設けてもよい。あるいは、回動支点13(図1(b)参照)の位置で設定してもよい。あるいは、ゴム等の弾性膨出部を有した反力発生部を専用または鍵スイッチ兼用として設けてもよい。例えば、押鍵センサ14(図1(b))を適切な反力を発生させるように構成する。そして、この反力発生部に押鍵往行程の途中で鍵Kが当接することで、押下荷重が生じる。
【0044】
このような反力発生部を採用した場合の、境目Bで隣接する第1の鍵K1a及び第2の鍵K2aの押鍵ストロークに対する押下荷重の違いを図3(a)に示す。図3(a)は図2(a)に対応する図である。図3(a)に示すように、押鍵初期では、第1の鍵K1aの押下荷重(LK1a)、第2の鍵K2aの押下荷重(LK2a)に差異はなく、押鍵往行程の途中から第2の鍵K2aの方が大きくなる。この例では、ストローク位置STxは、鍵Kが反力発生部に当接した以降の位置とする。
【0045】
反力発生部による反力の程度は個々に任意に設定可能である。従って、音高が高いほど徐々に大きくすることも可能である。また、反力発生部に鍵Kが当接するストローク位置も任意に設定可能であり、生ピアノにおけるダンパが弦から離間する位置に合わせても良い。なお、反力発生部に当接するものは、鍵KではなくハンマHMとしてもよい。
【0046】
また、次の変形例も考えられる。図2(b)に示した例では、第1の鍵域で、押下荷重Fxが、生ピアノのダンパオン時(Lon)とダンパオフ時(Loff)との中間の値となるようにしたが、これに限られず、例えば、図3(b)に示す変形例を採用してもよい。
【0047】
図3(b)は、図2(b)に対応し、全鍵域の各鍵Kのストローク位置STxにおける押下荷重について、生ピアノのものと本鍵盤楽器のものとを併せて示した模式図である。この変形例では、本鍵盤楽器の押下荷重は、境目Bより低音側が曲線Loff、高音側が曲線L3で示される。生ピアノの押下荷重は、境目Bより低音側が曲線Lon及び曲線Loff、高音側が曲線L2で示される。
【0048】
すなわち、第1の鍵域では、本鍵盤楽器の押下荷重Fxは、生ピアノのダンパオン時の押下荷重Fxと一致している(曲線Loff)。本鍵盤楽器の第2の鍵域では、押下荷重Fx(曲線L3)が、生ピアノの押下荷重Fx(曲線L2)よりも大きく、曲線L3は、曲線Loffの仮想延長曲線よりも下に位置し、曲線L2と平行である。曲線L3は、図2(c)の曲線L1の延長曲線とも表現できる。この例でも、第1の鍵K1aと第2の鍵K2aとの間の押下荷重Fxの差は、他の隣接する2つの鍵Kの間の押下荷重Fxの差D1、D2のうち最も大きいものよりも十分に大きい。図3(b)の例では、第2の鍵域でも、曲線L2、L3は近いので、押鍵負荷の違和感が小さい。一方、第1の鍵域では、押下荷重Fxが生ピアノのダンパオフ時と一致するので、特にダンパを用いない、あるいはもともとダンパペダルPDを設けない構成とした場合に、押鍵負荷の違和感が小さい。
【0049】
なお、図2(b)の例では、押下荷重Fxが、生ピアノのダンパオン時(Lon)とダンパオフ時(Loff)との中間の値としたが、曲全L1が全体的に中間の値から上下に多少ずれてもよい。また、図3(b)の例では、本鍵盤楽器の押下荷重Fxの曲線Loff及び曲線L3の全体を、図において下方に少しシフトさせてもよい。結局、押鍵負荷の違和感を緩和する観点からは、第1の鍵K1aと第2の鍵K2aとの間の押下荷重Fxの差を、生ピアノの第1の鍵域におけるダンパオン時(Lon)とダンパオフ時(Loff)との押下荷重Fxの差の範囲内で、互いに隣接する他の2つの鍵Kの間の押下荷重の差(D1、D2)の最大値よりも大きくすればよい。別の表現をすれば、境目Bに生じる押下荷重の段差の大きさを、生ピアノのダンパオフ時の境目Bに生じる押下荷重の段差以下に設定すればよい。
【0050】
ところで、生ピアノのダンパ操作を想定して押鍵負荷の違和感を抑制する観点からは、少なくともストローク位置STxで図2(b)または図3(b)に示すような押下荷重となればよく、その他のストローク位置での押下荷重について上記のように設計することは必須でない。特に、ストローク位置ST2以降でジャックとハンマローラとの係合による荷重変動を模擬することは好ましいが、それは別の解決課題となる。
【0051】
また、境目Bは、上記の例示に限られない。例えば、第1の鍵域の最高音高は、生ピアノにおいてダンパペダルの踏み込み操作によってダンパを弦から離間させる機能を有する鍵域の音高のうち最高の音高を想定すればよい。上記した、ストローク位置STxの生ピアノでの想定深さ、及び第1の鍵域の生ピアノで想定される最高音高は、生ピアノの仕様によっても異なるため、一義的に定まらない。しかし、既存の生ピアノにおいてあり得る範囲の想定深さ、想定最高音高は、本発明で特定するものに含まれる。なお、生ピアノには、アコースティックアップライトピアノも含まれる。
【0052】
ところで、上記したのは、実際の押下荷重の設定についてであった。下記に、荷重の設定に合致した楽音制御を行って、発生楽音の観点から聴覚的に違和感を緩和する手法を説明する。
【0053】
制御部10は、第1の鍵域の鍵Kの押鍵操作により楽音発生部15から発生する楽音については、ダンパペダルPDのオン操作が検出された場合に効果音(共鳴音)を付与するよう制御する。すなわち、生ピアノでは、ダンパペダルオン時には第1の鍵域の弦が開放状態となって共鳴音が付与されるので、それを模擬した効果音を発生させる。第2の鍵域では、ダンパオン/オフにかかわらず共鳴音の付与はしない。これにより、ダンパペダル操作に応じた押鍵負荷と楽音の効果付与との関係を調和させることができる。
【0054】
また、制御部10は、各鍵Kについて、押鍵センサ14で検出された押鍵ベロシティを用いて音量を制御し、押鍵ベロシティが大きいほど音量を大きくする。その際、第1の鍵域の鍵Kの押鍵操作により発生する楽音の音量については、ペダル操作の有無によって、押鍵ベロシティに応じた楽音の音量の大きさを可変とする(異ならせる)。すなわち、タッチレスポンスの程度を可変とする。具体的には、第1の鍵域では、ダンパペダルPDのオン操作が検出されない場合よりもオン操作が検出された場合に、同じ押鍵ベロシティに対する音量設定をより大きくする。第2の鍵域では、ダンパオン/オフによるタッチレスポンスの可変制御は行わない。
【0055】
そのためには、例えば、特開2002−41042号公報に示されるように、押鍵ベロシティに対する音量を規定したタッチカーブテーブルを2種類設け、ペダル操作の有無によってそれらを持ち替えればよい。例えば、生ピアノでは、ダンパペダルオン時には第1の鍵域では押鍵が軽くなって音量が大きくなる傾向があるので、本鍵盤楽器ではそれに合わせて、ダンパペダルオン時には第1の鍵域でのみタッチレスポンスの効きをよくする。これにより、ダンパペダル操作に応じた押鍵負荷と楽音音量との関係を調和させることができる。音量制御の手法はタッチカーブに限定されない。
【0056】
なお、これらのような、効果音やタッチレスポンスをペダル操作に応じて制御しない構成とする場合は、ダンパペダルPDを設けることは必須でない。
【符号の説明】
【0057】
10 制御部(楽音制御部)、 14 押鍵センサ(ベロシティ検出手段)、 16 ペダル操作検出センサ(ペダル検出手段)、 KB 鍵盤部、 PD ダンパペダル、 K1a 第1の鍵、 K2a 第2の鍵、B 境目、 STx ストローク位置(所定深さ)、 DB、D1、D2 差

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各々押鍵操作される複数の鍵からなる鍵盤部を有した電子鍵盤楽器において、
前記複数の各鍵の押鍵ストローク中の所定深さにおける押下荷重が、低音側の鍵から徐々に高音側の鍵ほど小さくなるように設定され、
前記鍵盤部の全鍵域のうち最低音から所定音高までの第1の鍵域と該所定音高から最高音までの第2の鍵域との境目で互いに隣接する低音側の第1の鍵と高音側の第2の鍵との間の前記押下荷重の差が、前記鍵盤部において互いに隣接する他の2つの鍵の間の前記押下荷重の差のうち最も大きいものよりも大きく設定されていることを特徴とする電子鍵盤楽器。
【請求項2】
前記所定音高は、アコースティックピアノにおいてダンパペダルの踏み込み操作によってダンパを弦から離間させる機能を有する鍵域の音高のうち最高の音高を想定したものであることを特徴とする請求項1記載の電子鍵盤楽器。
【請求項3】
前記第1の鍵と前記第2の鍵との間の前記押下荷重の差は、アコースティックピアノにおいてダンパペダルの踏み込み操作によってダンパを弦から離間させる機能を有する鍵域のうち最高の音高の鍵と該鍵の高音側に隣接する鍵との間の、前記ダンパペダルの非踏み込み状態における、押鍵往行程において対応するダンパが対応する弦から離間する直後の位置における押下荷重の差以下に設定されたことを特徴とする請求項1または2記載の電子鍵盤楽器。
【請求項4】
前記所定深さは、アコースティックピアノの押鍵往行程において対応するダンパが対応する弦から離間する直後の位置を想定した深さであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の電子鍵盤楽器。
【請求項5】
ペダルと、該ペダルの操作を検出するペダル検出手段と、押鍵操作された鍵に対応する楽音を発生させると共に発生させる楽音に前記ペダル検出手段の検出結果に応じて所定の効果を付与するよう制御する楽音制御部とを有し、前記楽音制御部は、前記第1の鍵域の鍵の押鍵操作により発生する楽音については、前記ペダル検出手段により前記ペダルのオン操作が検出された場合に前記所定の効果を付与するよう制御することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の電子鍵盤楽器。
【請求項6】
ペダルと、該ペダルの操作を検出するペダル検出手段と、前記複数の各鍵の押鍵ベロシティを検出するベロシティ検出手段と、押鍵操作された鍵に対応する楽音を発生させると共に発生させる楽音の音量を前記ベロシティ検出手段の検出結果に応じて制御する楽音制御部とを有し、前記楽音制御部は、前記第1の鍵域の鍵の押鍵操作により発生する楽音については、前記ペダル検出手段により前記ペダルのオン操作が検出されない場合よりもオン操作が検出された場合に、同じ押鍵ベロシティに対する音量設定をより大きくすることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の電子鍵盤楽器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−103544(P2012−103544A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−252845(P2010−252845)
【出願日】平成22年11月11日(2010.11.11)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】