説明

電極及びその製造方法

【課題】 チタン又はチタン合金からなる導電性基体の表面に電極活性物質を被覆した不溶性電極において、電極寿命を経済的に延長する。
【解決手段】チタン又はチタン合金からなる導電性基体の表面に電極活性物質を被覆する前に、その導電性電極の表面を電解酸化処理により多孔質化する。多孔質化された基体表面の上に被覆された電極活性物質が、アンカー効果により、下の導電性基体の表面に強固に固定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、長期にわたって電解を継続する必要がある工業用電解又は民生用電解に使用される電極に関し、更に具体的には、酸素発生を伴う電解工程(主として亜鉛、錫又は銅の電気めっきやステンレス鋼の表面処理、金属の電解採取)、又は塩素発生を伴う電解工程(主としてイオン交換膜又は隔膜を装着した食塩電解や無隔膜方式の海水電解及び水電解)などに使用される不溶性の電極に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板の電気亜鉛メッキや電気錫メッキ、銅箔製造等の酸素発生を伴う電解工程においては、鉛又は鉛合金からなる電極が使用されてきた。これらの電極の使用は、溶出した鉛によるメッキ液の汚染、製造膜質の低下、陽極に析出した鉛による電極劣化等を伴うという問題があった。これらの問題の結果、電解設備を停止せざるを得なくなり、電解設備又は附帯設備の停止に伴う生産性の低下や、メンテナンス作業に要する作業者の労力増加等を含め、安定操業の中断と経済性への影響が問題となっていた。食塩電解、海水電解、水電解で使用される電極に関しても同様の問題があり、安定操業が可能な長寿命の電極が望まれていた。
【0003】
このような事情を背景として、鉛又は鉛合金電極に代わるクリーンな酸素発生用電極として、導電性基体上に電極活性物質層を形成した不溶性陽極が開発され、種々提案されている。その一つがバルブ金属、なかでも特にチタン又はチタンを主成分とする合金(以下チタン合金という)を導電性基体に用いた電極であり、その基体表面に、白金族金属又はその酸化物からなる電極活性物質を層状に被覆したものが、種々の工業用電解又は民生用電解における不溶性電極として広く使用されている。
【0004】
不溶性電極を作製する際の電極活性物質被覆法としては、一般に熱分解焼結法が採用されている。その際、導電性基体の表面を事前に粗面化し、これによって発現するアンカー効果により、電極活性物質層を導電性基体の表面へ強固に密着、固定させ、これによって不溶性電極の耐久性を向上させることが行われている。
【0005】
導電性基体を粗面化する一般的な前処理方法としては、アルミナ、スチールショット、スチールグリッドなどの研削材を吹き付けて機械的に粗面化するブラスト処理法や、シュウ酸、硝酸、硫酸、塩酸、フッ酸などの流動浴又は静止浴に浸漬させて、導電性基体の表面を溶解させる化学的エッチング等があり、これらの前処理法を2種類以上組み合わせる方法も考えられている(特許文献1)。
【0006】
しかしながら、これらの前処理方法を行った後に白金族金属又はその酸化物からなる電極活性物質を熱分解焼結法により被覆した場合、形成された電極活性物質層にクラックが発生し、電極活性物質層が導電性基体表面から剥離しやすい。また、剥離に至らないまでも、導電性基体から電極活性物質が浮き上がる。これらのために、電極機能が失われやすいという問題があり、同時に電極寿命の短命化に繋がるという問題もある。
【0007】
一方、電極の短命化に対しては、導電性基体と電極活性物質層との間にバルブ金属からなる中間層を介在させる手法が考えられている。この中間層はスパッタリング法、イオンプレーティング法、CVD法により導電性基体表面に形成され(特許文献2)、電気メッキ法等によっても形成される。しかしながら、これらの手法は技術的に高度な方法であるため、製造工数の増大や加工処理費用の増大を伴い、電極製造コストを大きく高めることになる。また、耐久性向上の別の手法として、電極活性物質層の層厚を大きくさせることも有効であるが、前述の手法と同様にコスト高が顕著になる。
【0008】
【特許文献1】特開平8−109490号公報
【特許文献2】特開平2−282491号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上に述べたように、従来の不溶性電極においては、導電性基体表面からの電極活性物質層の剥離、浮き上がりによる電極寿命の低下が問題になる。この対策として、導電性基体表面の粗面化が行われているが、効果が不十分である。導電性基体と電極活性物質層との間に中間層を介在させる手法は高コストである。これらのため、電極活性物質層の密着性、固定強度を低コストで高め、電極寿命を向上させる手法の開発が待たれている。
【0010】
本発明の目的は、電極活性物質層の密着性、固定強度が高くて長寿命であり、なおかつ製造コストが安い不溶性電極を提供することにある。
【0011】
本発明の別の目的は、電極活性物質層の密着性、固定強度が高くて長寿命な不溶性電極を安価に製造することができる電極製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明者らは、導電性基体表面の粗面化法に着目し、従来の粗面化法に代わる新たな粗面化法の開発を企画し、様々な表面処理法を比較検討した。その結果、導電性基体金属がチタン又はチタン合金からなる場合、これを陽極として電解液中でアノード電流を流す電解酸化処理を行うと、導電性基体の表面が多孔質化(ポーラス化)すること、従来の粗面化は基体表面を凹凸化し、単にその表面積を増加させるだけであるのに対し、電解酸化処理による導電性基体表面の多孔質化では、導電性基体の表層部が特定の深さにわたって多孔質化すること、その結果、電極活性物質が導電性基体の表層部に木の根のように深く複雑に入り込み、文字どおりの強力なアンカー効果が得られること、その結果として、電極活性物質が基体表面上に長期間強固に保持され続け、電極寿命が延びることなどが判明した。
【0013】
本発明はかかる知見を基礎として完成されたものであり、その電極は、チタン又はチタンを主成分とする合金からなり、且つ電解質溶液中で電解酸化することにより表面が多孔質化された導電性基体の前記表面に電極活性物質層が形成されていることを構成上の特徴点とする。
【0014】
また、本発明の電極製造方法は、チタン又はチタン合金からなる導電性基体の表面を、電解質溶液中で電解酸化して多孔質化する工程と、多孔質化された導電性基体の表面に電極活性物質を層状に被覆する工程とを含むことを構成上の特徴点とする。
【0015】
本発明の電極及び電極製造方法においては、電解質溶液中での電解酸化処理により、導電性基体の表面を、電極活性物質層形成前に多孔質活化(ポーラス化)することが重要である。この多孔質化反応では、チタン又はチタン合金からなる導電性基体の表面がミクロ的に酸化、剥離を繰り返し、表面に微細な凹部が多数形成される現象の繰り返しにより、表層部が多孔質化される。この多孔質化により、導電性基体の表面に電極活性物質層を形成する際、その電極活性物質が多数の凹部が組み合わさった複雑形状の多孔内に侵入する。その結果、製造された電極では、電極活性物質層が基体の表層部に広く、深く、複雑に侵入し、文字どおりの強力なアンカー効果により導電性基体表面に長期にわたって強固に固定され、その電極の耐久性を飛躍的に向上させる。
【0016】
また、電解酸化処理での酸化チタンの発現により、電極活性物質層として通常使用される酸化イリジウム及び酸化タンタル触媒層との化学結合性などが変化し、これが耐久性の向上に寄与する可能性も考えられる。酸化物は絶縁物であるが、電解酸化処理で生成される酸化チタンが電極機能に悪影響を与える懸念は確認されていない。
【0017】
本発明の電極及び電極製造方法で重要な電解酸化処理は、電解質溶液中で導電性基体を陽極とし、任意の導電材料を陰極として一定電流を通じる定電流電解により実施することができる。また、一定電圧を印加する定電圧電解により実施することができる。これらの電解酸化処理では、電解を停止するタイミングが重要であり、定電流電解の場合は電解電圧が40〜300Vに到達した時点で電解を停止するのが好ましく、170〜250Vに到達した時点で電解を停止するのが、より好ましい。このタイミングで電解を停止することにより、導電性基体の表面に微細な凹部が0.04〜1μmの間隔で多数形成され、アンカー効果に有利な多孔質層が基体表層部に形成される。
【0018】
すなわち、定電流電解では、通電開始と共に電解電圧が上昇し始める。定電圧電解では、電圧の印加開始と共に電解電流が減少し始める。これは、電解酸化の開始と共に導電性基体表面に酸化膜が形成され、電解の進行と共に酸化も進行して通電抵抗が増大するためである。電解停止のタイミングが早すぎる場合は、導電性基体表面の多孔質化が進行しない。反対に電解停止が遅れると、導電性基体の表層部の多孔質化が過剰に進むために、多孔質層の機械的強度が低下し、これによる電極の短命化を抑制する効果が得られないおそれがある。
【0019】
このように、電解酸化処理では、導電性基体の表層部に好ましい多孔質層を形成するために、その電解を停止するタイミングが重要であり、定電流電解の場合は、その停止タイミングが、好ましくは電解電圧が40〜300Vに到達した時点、より好ましくは170〜250Vに到達した時点ということである。
【0020】
定電流電解での電流値としては、陽極での電解電流密度で表して0.01〜1.00A/cm2 が好ましい。更に好ましくは0.01〜0.30A/cm2 である。電流密度が0.01A/cm2 未満であると必要な電解電圧が得られ難い傾向となり、逆に1.00A/cm2 より大きいと電解が安定しない傾向が生じる。
【0021】
電解酸化処理に使用される電解質溶液としては、シュウ酸、ホウ酸、硝酸、リン酸、硫酸、塩酸又はフッ酸等が含まれる導電性の高い電解質溶液を挙げることができる。これらの酸液は、単独液又は2種類以上の混合液のいずれでもよい。また、溶解速度を促進させる手段として、これらの電解質溶液中にフッ素イオン、塩素イオン、臭素イオン等のハロゲンイオン、或いは過塩素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、臭素イオン等の酸化力の高いイオンを含むハロゲン化物イオンを添加してもよい。更には、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、硝酸カリウム等の中性塩を添加してもよい。電解質溶液中にハロゲンイオン又は酸化力の高いハロゲン化物イオンを添加することについては、導電性基体の多孔質形状が異なるものとなる可能性があり、電極寿命の大幅延長を期待できる。
【0022】
シュウ酸、ホウ酸、硝酸、リン酸、硫酸、塩酸又はフッ酸の各電解質溶液濃度は0.01モル/L以上が好ましく、更に好ましくは0.01モル/L〜10.00モル/Lである。2種類以上の酸を混合する場合も各酸の濃度の合計がこれらの範囲にあればよい。
【0023】
電解酸化は、溶液温度の上昇を伴う(沸点を超える)ことから、電解酸化の開始温度は問わない。むしろ、電解酸化時は溶液を冷却することが望まれる。
【0024】
本発明において導電性基体に用いられるチタン又はチタン合金としては、日本工業規格(JIS規格)に定められた1種、2種、3種、4種の各種工業用純チタンや、ニッケル、ルテニウム、タンタル、パラジウム、タングステン等を添加して耐食性を向上させたチタン合金、アルミニウム、バナジウム、モリブデン、錫、鉄、クロム、ニオブ等を添加したチタン合金を一例として挙げることができる。また、チタン又はチタン合金からなる導電性電極の形状としては、板、ロッド、メッシュ等を挙げることができる。
【0025】
導電性基体をアルカリ、有機溶剤で洗浄した後、直接電解酸化処理することができるが、電解酸化処理を行う前に、通常行われている表面処理法である機械的処理や化学処理を行ってもよい。金属の機械的表面前処理法としては、微細な研磨材を使って、導電性基体表面を緻密に凹凸化するブラスト処理法があり、ブラスト処理法としては、アルミナ、スチールショット、スチールグリッド等を研削材として金属表面前処理を行う圧縮エアによる投射方法等がある。研磨材の粒径は20〜600μmが好ましいが、次に記載する化学エッチング処理法との併用を考慮する場合は50〜300μmがよい。
【0026】
金属の化学的表面前処理の方法としては、シュウ酸、硝酸、硫酸、塩酸、フッ酸等の浴中で化学エッチングを行う方法がある。これらの方法では、温度が20〜90℃の範囲内の流動浴又は静止浴中に、金属材を1〜5時間の範囲内で浸漬させることにより、その材料表面の化学的な溶解が可能となり、不規則に凹凸部を形成することができる。
【0027】
電極が酸素発生用の場合、導電性基体の表面に被覆する電極活性物質としては、白金族金属又はその酸化物とバブル金属(チタン、タンタル、ニオブ、タングステン、ジルコニウム)及び錫からなる群より選ばれた1種類以上の金属の酸化物との混合酸化物が好適である。代表的な例としては、イリジウム−タンタル混合酸化物、イリジウム−タンタル−チタン混合酸化物等を挙げることができる。この際、金属換算でイリジウム金属50〜95wt%と白金族金属以外の金属50〜5wt%とからなる混合酸化物が、酸素発生に対する電極活性及び耐久性に優れている。そのなかでも、金属換算でイリジウム金属50〜90wt%とバブル金属及び錫から選ばれた金属50wt%未満とからなる混合酸化物がよく、金属換算でイリジウム金属65〜90wt%とバブル金属及び錫から選ばれた金属35〜10wt%とからなる混合酸化物が特によい。酸化イリジウムを含む混合酸化物において酸化イリジウム量が過少の場合は、電極活性物質の酸素発生能力が不十分となるおそれがある。反対に、酸化イリジウム量が過多の場合は、酸化イリジウムの電解液への溶解速度が速くなるため耐久性が低下するおそれがある。
【0028】
電極が塩素発生用の場合、導電性基体の表面に被覆する電極活性物質としては、イリジウム、ルテニウム、白金等の白金族金属またはその酸化物とチタン、タンタル、ニオブ、タングステン、ジルコニウム等のバルブ金属及び錫からなる群より選ばれた1種類以上の金属の酸化物との混合酸化物が好適である。代表的な例としては、イリジウム−ルテニウム−チタン混合酸化物、ルテニウム−チタン酸化物を挙げることができる。白金及びイリジウム酸化物も用いることができる。
【0029】
電解酸化で表面処理した導電性基体表面への電極活性物質の被覆法としては、従来より採用されている熱分解焼結法や電気メッキ法等を適用できるが、熱分解焼結法が好ましい。すなわち、導電性基体表面に電極活性物質の金属塩溶液を塗布乾燥し、320〜550℃の温度で加熱処理をする。目標とする電極活性物質量を確保するために、塗布、乾燥、焼成の工程を数回から数十回繰り返す。このようにして製造した電極は、導電性基体表面への前処理としてブラスト処理、化学エッチング処理を行った電極と比べて、耐久性に優れ寿命が長いことを、各種の実験で確認している。
【発明の効果】
【0030】
本発明の電極は、チタン又はチタン合金からなり、且つ電解質溶液中で電解酸化することにより表面が多孔質化された導電性基体の前記表面に電極活性物質層が形成された構成を採用することにより、電極活性物質がアンカー効果により導電性基体の表面に強固に接合保持されるので長寿命であり、なおかつ基体表面と電極活性物質層との間に中間層を必要としないので製造コストが安い。
【0031】
また、本発明の電極製造方法は、チタン又はチタン合金からなる導電性基体の表面に電極活性物質を被覆する際の表面前処理として、電解酸化処理による多孔質化を行うことにより、電極活性物質をアンカー効果により中間層なしでも導電性基体の表面に強固に接合保持できるので、製造コストの上昇を伴うことなく電極寿命を延長できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下に本発明の実施形態を、電極の製造工程順に説明する。
【0033】
第1工程として、製造すべき電極に対応する形状に形成された、チタン又はチタン合金からなる導電性基体を用意する。次いで、第2工程として、この導電性基体を脱脂後、前処理として電解酸化処理する。
【0034】
電解酸化処理では、シュウ酸、ホウ酸、硝酸、リン酸、硫酸、塩酸又はフッ酸等を含む導電性の高い電解質溶液中で、前記導電性基体を陽極、白金板等を陰極として、定電流発生装置により一定電流を通じる。通電開始時の通電抵抗は小さいので、電解電圧は低い。通電開始と共に導電性基体の表面が酸化されることにより通電抵抗が増大し、電解電圧が徐々に高くなる。通電の間、電解電圧を測定し、これが所定電圧に達した時点で通電を停止する。これにより、前記導電性基体の表面が所定の深さにわたって多孔質化される。
【0035】
すなわち、電解酸化処理によってミクロ的な酸化、剥離が繰り返されることにより、導電性基体の表面に微細な凹部が密なピッチで無数に形成され、電解酸化処理の進行と共にその凹部の数、深さともに増大する。その結果、導電性基体の表層部に多孔質層が形成される。通電停止時の電圧値、すなわち通電停止のタイミングは、基体表面の多孔性状に大きな影響を与える。その重要性は前述したとおりである。
【0036】
導電性基体の前処理が終わると、第3工程として、多孔質化された前記基体の表面に電極活性物質層を形成する。
【0037】
この工程では、イリジウム、ルテニウム、白金等の白金族金属とバルブ金属との混合酸化物、具体的にはイリジウム−タンタル混合酸化物、イリジウム−タンタル−チタン混合酸化物等といった電極活性物質の金属塩溶液を調製し、これを前記基体の表面に塗布し乾燥させた後、所定の加熱温度で焼成する。導電性基体の表面に塗布された金属塩溶液は、その基体の表面に形成された多孔内に侵入する。金属塩溶液の塗布−乾燥−焼成を繰り返すことにより、前記基体の表面に所定厚の電極活性物層を形成する。
【0038】
形成された電極活性物質層は、下地である導電性基体の表面が多孔質化されているために、前記表面に複雑に喰い込み、これによる強固なアンカー効果により高い密着性、接合強度で前記表面に固定される。その結果、電極の使用時に電極活性物質の脱落が効果的に抑制され、電極の使用寿命が延びる。
【0039】
詳しく説明すると、導電性基体の表面を多孔質化した場合でも、導電性基体の表面に形成された電極活性物質層にクラックが入り、操業液が浸透して導電性基体に達し、これを酸化することが予想される。導電性基体の表面に電極活性物質の被覆前処理とてブラスト処理や化学エッチング処理を行った場合、その表面が凹凸化し、表面積が増大しているだけであるので、接合面積の増大による接合強度の上昇は得られるが、実際的なアンカー効果は得られない。このため、クラックを通して操業液が導電性基体の表面に達し、その酸化、腐食が進み始めると、電極活性物質層は基体表面から急速に剥離し、剥離しないまでも基体表面から浮き上がる。結果、電極機能が失われる。
【0040】
これに対し、本実施形態の電極の場合、電極活性物質は導電性基体の多孔質表層部に深く、しかも複雑に喰い込んで基体表面上に固定されている。この強固なアンカー効果のため、クラックを通して操業液が導電性基体の表面に達し、その酸化、腐食が進み始めたとしても、電極活性物質は基体表面との接合性を維持したまま、その表面上に長く保持され続ける。つまり、電極活性物質は導電性基体の表面上に長期間保持され続けるのである。このため、電極機能を失うまでの期間が長くなり、電極寿命が延びる。これが、本発明者が現在考えている電極延長の主たるメカニズムである。
【実施例】
【0041】
次に、本発明の実施例を説明し、比較例と対比することにより、本発明の効果を明らかにする。
【0042】
(実施例1)
導電性基体として、市販のJIS2種チタン板(長さ5cm、幅1cm、厚さ1.5mm)を準備した。これを10分間アセトン脱脂した後、このチタン板を陽極、白金板(長さ5cm、幅1cm、厚さ1.5mm)を陰極として、チタン板の表面を電解酸化処理した。電解酸化処理では、0.5モル/LのH2 SO4 溶液を電解質溶液とし、陽極と陰極間距離を1cm、陽極の電解電流密度を0.04A/cm2 として、電解電圧が初期の5Vから170Vに達するまで定電流電解を続けた。この段階で得られたチタン板に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)により表面性状の解析を行った。そのSEM写真を図1に示す。図1からも明らかなように、チタン板の表面に、直径が0.05〜0.5μmの凹部が最小間隔0.2μmで多数形成されていることが確認された。
【0043】
電解酸化処理が終わると、35%濃塩酸を6容量%含むブタノール(n−C49 OH)溶液に、塩化イリジウム酸(H2 IrCl6 ・6H2 O)と塩化タンタル(TaCl5 )を、金属イリジウムとタンタルの重量比が65:35となり且つイリジウムとタンタルの合計量が金属換算で70mg/mLとなるように溶解させた塗布液を調製し、この液を電解酸化処理を終えたチタン板の表面に塗布した。塗布後のチタン板を120℃で10分間の条件で乾燥処理した後、340℃に保持した電気炉内で20分間焼成処理した。この塗布−乾燥−焼成の工程を5回繰り返して、チタン板の表面に電極活性物質層を形成した電極を作製した。
【0044】
作製された電極を電解試験に供した。電解試験では、作製された電極の表面をポリテトラフルオロエチレン製のテープで、電解面積が1cm2 となるように被覆したものを陽極とした。また、白金板(長さ2cm、幅2cm、厚さ0.5mm)を陰極とし、定電流電解を行った。電解に使用した電解浴は、硫酸ナトリウムを10wt%溶解し、硫酸によりpHを1.2に調製したものである。電解浴を50℃に保ち、陽極の電解電流密度を1.0A/cm2 とした。陽極の判定基準として、電解電圧が電解初期の値から5V上昇した時点を陽極の寿命とした。上記電極の寿命は50時間以上であった。
【0045】
(実施例2)
実施例1で用いたのと同様のチタン板を用い、電解電圧が190Vに達するまで定電流電解酸化処理を行って、電極を作製した。他の電極作製条件は実施例1と同じである。電解酸化処理後に得られたチタン板の表面をSEMにて性状解析したところ、直径が0.05〜0.5μmの凹部が最小間隔0.2μmで多数形成されていることが確認された。作製された電極の寿命を実施例1と同じ試験で調査したところ100時間以上であった。
【0046】
(実施例3)
実施例1で用いたのと同様のチタン板を用い、電解電圧が200Vに達するまで定電流電解酸化処理を行って、電極を作製した。他の電極作製条件は実施例1と同じである。電解酸化処理後に得られたチタン板の表面をSEMにて性状解析したところ、直径が0.05〜0.5μmの凹部が最小間隔0.2μmで多数形成されていることが確認された。作製された電極の寿命を実施例1と同じ試験で調査したところ70時間以上であった。
【0047】
(実施例4)
実施例1で用いたのと同様のチタン板を用い、電解電圧が170Vに達するまで定電流電解酸化処理を行って、電極を作製した。電極活性物質を被覆する際の焼成温度は450℃とした。これら以外の電極作製条件は実施例1と同じである。電解酸化処理後に得られたチタン板の表面をSEMにて性状解析したところ、直径が0.05〜0.5μmの凹部が最小間隔0.2μmで多数形成されていることが確認された。作製された電極の寿命を実施例1と同じ試験で調査したところ500時間以上であった。
【0048】
(実施例5)
実施例1で用いたのと同様のチタン板を用い、電解電圧が190Vに達するまで定電流電解酸化処理を行って、電極を作製した。電極活性物質を被覆する際の焼成温度は、実施例4と同じ450℃とした。これら以外の電極作製条件は実施例1と同じである。電解酸化処理後に得られたチタン板の表面をSEMにて性状解析したところ、直径が0.05〜0.5μmの凹部が最小間隔0.2μmで多数形成されていることが確認された。作製された電極の寿命を実施例1と同じ試験で調査したところ500時間以上であった。
【0049】
(比較例1)
実施例1で用いたのと同様のチタン板を用い、電解電圧が20Vに達するまで定電流電解酸化処理を行って、電極を作製した。他の電極作製条件は実施例1と同じである。電解酸化処理後に得られたチタン板の表面をSEMにて性状解析したところ、電解酸化で得られる凹部は確認されなかった。すなわち、チタン板の表面は多孔質化(ポーラス化)していなかった。作製された電極の寿命を実施例1と同じ試験で調査したところ30時間未満であった。
【0050】
(比較例2)
導電性基体として、市販のJIS2種チタン板(長さ5cm、幅1cm、厚さ1.5mm)を用意した。これを10分間アセトン脱脂した後、このチタン板を10%シュウ酸溶液中に80℃で60分間浸漬してエッチング処理した。エッチング処理後のチタン板を十分に水洗した後、SEMにて表面の性状を解析した。そのSEM写真を図2に示す。図2からも明らかなように、エッチング後のチタン板の表面に電解酸化で得られる凹部は確認されず、チタン板の表面全体が鋭利な突起が多数形成された凹凸面であることが確認された。
【0051】
このチタン板から実施例1と同様にして電極を作製し、同じく実施例1と同様の方法で電極品質を評価した。電極寿命は30時間未満であった。
【0052】
(比較例3)
導電性基体として、市販のJIS2種チタン板(長さ5cm、幅1cm、厚さ1.5mm)を用意した。これに対して♯60のアルミナ粒を用いてサンドブラスト処理を行った。十分な水洗の後、10分間アセトン脱脂を行い、再度水洗を行った。この段階で得られたチタン板の表面をSEMにて性状解析した。その結果、表面に電解酸化で得られる凹部は確認されず、チタン板の表面全体が鋭利な突起が密集した凹凸表面であることが確認された。
【0053】
このチタン板から実施例1と同様にして電極を作製し、同じく実施例1と同様の方法で電極品質を評価した。電極寿命は30時間未満であった。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】電極活性物質被覆の前処理として導電性基体の表面に電解酸化処理を行ったときの表面性状を示すSEM写真である。
【図2】電極活性物質被覆の前処理として導電性基体の表面に化学エッチング処理を行ったときの表面性状を示すSEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン又はチタンを主成分とする合金からなり、且つ電解質溶液中で電解酸化することにより表面が多孔質化された導電性基体の前記表面に電極活性物質層が形成されていることを特徴とする電極。
【請求項2】
前記電解質溶液がシュウ酸、ホウ酸、硝酸、リン酸、硫酸、塩酸又はフッ酸の溶液、若しくはこれらの酸を2種類以上混合した溶液である請求項1に記載の電極。
【請求項3】
前記電極活性物質層が白金族金属又はその酸化物を含む請求項1又は2に記載の電極。
【請求項4】
前記電極活性物質層が白金族金属又はその酸化物に加えて、チタン、タンタル、ニオブ、タングステン、ジルコニウム、スズから選ばれた1種又は2種以上の金属の酸化物を含む請求項3に記載の電極。
【請求項5】
チタン又はチタンを主成分とする合金からなる導電性基体の表面を、電解質溶液中で電解酸化して多孔質化する工程と、多孔質化された導電性基体の表面に電極活性物質を層状に被覆する工程とを含む電極製造方法。
【請求項6】
前記電解酸化を、定電流電解により電解電圧が40〜300Vに達するまで実施する請求項5に記載の電極製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−197284(P2009−197284A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−41451(P2008−41451)
【出願日】平成20年2月22日(2008.2.22)
【出願人】(000108993)ダイソー株式会社 (229)
【Fターム(参考)】