説明

電極用バインダー組成物

【課題】得られる活物質層における重合体粒子の局在化が可及的に抑制され、充放電特性、耐酸化性および密着性のすべてに優れる電極を与えることができる電極用バインダー材料を提供すること。
【解決手段】上記電極用バインダー組成物は、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体粒子および液状媒体を含有し、pHが7〜8である蓄電デバイスの電極用バインダー組成物であって、前記重合体粒子の平均粒子径をR1とし、前記電極用バインダー組成物に0.2N塩酸を添加して組成物のpHを5としたときの重合体粒子の平均粒子径をR2としたとき、比R1/R2の値が1.1〜3.0であることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極用バインダー組成物に関する。
上記電極用バインダー組成物は特定の重合体粒子を含有し、密着性に優れ、蓄電デバイスの電極用のバインダー材料として好適なものである。上記バインダー組成物は、さらに耐酸化性にも優れるから、蓄電デバイスの正極を形成するために特に好適に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の駆動用電源として、電圧が高く、高いエネルギー密度を有する蓄電デバイスが要求されている。特にリチウムイオン電池、リチウムイオンキャパシタなどは、高電圧・高エネルギー密度の蓄電デバイスとして期待されている。
このような蓄電デバイスに使用される電極は、通常、活物質粒子と、電極バインダーとして機能する重合体粒子との混合物を集電体表面へ塗布・乾燥することにより製造される。電極に使用される重合体粒子に要求される特性としては、活物質粒子同士の結合能力および活物質粒子と集電体との結着能力や、電極を巻き取る工程における耐擦性、その後の裁断などによっても塗布された電極用組成物層(以下、単に「活物質層」ともいう。)から活物質の微粉などが発生しない粉落ち耐性などを挙げることができる。重合体粒子がこれらの種々の要求特性を満足することにより、得られる電極の折り畳み方法、捲回半径の設定などの蓄電デバイスの構造設計の自由度が高くなり、デバイスの小型化を達成することができる。なお、上記の活物質粒子同士の結合能力および活物質粒子と集電体との結着能力、ならびに粉落ち耐性については、性能の良否がほぼ比例関係にあることが経験上明らかになっている。従って本明細書では、以下、これらを包括して「密着性」という用語を用いて表す場合がある。
【0003】
電極バインダーとしては、たとえば正極にはポリフッ化ビニリデン(PVDF)などの、耐酸化性に優れるため充放電特性に優れる含フッ素系有機重合体を使用することが有利である。また、たとえば負極には、耐酸化性に劣るものの、密着性に優れる(メタ)アクリル酸系の重合体を使用することが有利である。しかしながら、フッ素原子を含有する有機重合体は、一般に、良好な活物質層の密着性と蓄電デバイスの良好な充放電特性を両立させることが困難であるため、得られる電極の機械的強度および耐久性に問題がある。そこで、充放電特性を維持しつつ、密着性を向上する技術が種々検討され、提案されている。
例えば、特許文献1には、PVDFとゴム系高分子とを併用することにより、負極用バインダーの充放電特性と、密着性とを両立しようとする技術が提案されている。特許文献2には、PVDFを特定の有機溶媒へ溶解し、これを集電体表面上に塗布した後、低温で溶媒を除去する工程を経ることによって密着性を向上しようとする技術が提案されている。さらに特許文献3には、フッ化ビニリデン共重合体粒子からなる主鎖に、フッ素原子を有する側鎖を有する構造の電極バインダーの適用によって、密着性を向上しようとする技術が提案されている。
さらに、バインダーの化学構造、組成などを変更調整することによって上記特性を向上しようとする提案がなされている(特許文献4〜6)。
【0004】
ところで近年、環境などへの配慮から、従来の有機媒体に代えて分散媒として水を含有する電極用スラリー(以下、単に「水系スラリー」ともいう)の使用が検討され始めている。この水系スラリーを集電体の表面に塗布した後、乾燥機内で高温の空気を循環し、あるいは吹き付けて水分を蒸発させることにより、集電体の表面に活物質層を形成することができる。しかしながらこの方法によると、水分が蒸発する際に、水系スラリー中に含まれる重合体粒子が局在化して不動化するという問題があった。例えば、集電体と活物質層との界面における重合体の割合が相対的に少なくなると、集電体と活物質層との結着性が著しく低下することになる。
このように水系スラリー中に含まれる重合体粒子が、活物質層内で局在化して不動化すると、前述した密着性が著しく低下するだけでなく、蓄電デバイスの電気的特性を十分に発揮させることができないこととなる。このような水系スラリーにおける密着性の不足を補うために、特許文献7では集電体上に活物質層を多層塗工することによって活物質層の集電体近傍における重合体の濃度を高める技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−3529号公報
【特許文献2】特開2010−55847号公報
【特許文献3】特開2002−42819号公報
【特許文献4】特開2000−299109号公報
【特許文献5】特開2010−205722号公報
【特許文献6】特開2010−3703号公報
【特許文献7】特開平10−270013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、含フッ素系有機重合体とゴム系高分子とを併用する特許文献1の技術によると、密着性は向上するものの、有機重合体の充放電特性が減殺されるとともに耐酸化性が大きく損なわれるため、これを用いて製造される蓄電デバイスは、充放電を繰り返すこと、あるいは過充電することによって電極の内部抵抗が上昇し、電池特性が不可逆的に劣化してしまうという問題がある。一方、電極バインダーとして含フッ素系有機重合体のみを使用する特許文献2および3の技術によると、密着性のレベルは未だ不十分である。
また、特許文献4〜6のようなバインダー成分では、密着性は向上するものの活物質に付着するバインダー自身が電極の抵抗成分となり、良好な充放電特性を長期に亘って維持することは困難であった。
活物質層における重合体粒子の局在化の問題については、上記特許文献7の技術によってこれを解決しようとすると、集電体と活物質層との結着性を向上することは可能となるものの、活物質層の集電体近傍における重合体濃度が必要以上に高いこととなるため、得られる蓄電デバイスの電気的特性は不十分となる。
本発明は、このような現状に鑑みてなされたものであり、その目的は、得られる活物質層における重合体粒子の局在化が可及的に抑制され、充放電特性、耐酸化性および密着性のすべてに優れる電極を与えることができる電極用バインダー材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の上記目的および利点は、
フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体粒子および液状媒体を含有し、pHが7〜8である蓄電デバイスの電極用バインダー組成物であって、
前記重合体粒子の平均粒子径をR1とし、
前記電極用バインダー組成物に0.2N塩酸を添加して組成物のpHを5としたときの重合体粒子の平均粒子径をR2としたとき、
比R1/R2の値が1.1〜3.0であることを特徴とする、前記電極用バインダー組成物によって達成される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の電極用バインダー組成物を用いると、活物質層における重合体粒子の局在化が可及的に抑制され、充放電特性および密着性に優れる電極を製造することができる。本発明の電極用バインダー組成物を用いて製造された電極を備える蓄電デバイスは、充放電の繰り返しによっても電極の内部抵抗が上昇する程度が少なく、充放電特性に優れるものである。
本発明の電極用バインダー組成物は、さらに耐酸化性にも優れるから、蓄電デバイスの正極を形成するために特に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】実施例1で得られた重合体粒子のDSCチャート。
【図2】実施例2で得られた重合体粒子のDSCチャート。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、本発明は、下記に記載された実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変型例も含むものとして理解されるべきである。
【0011】
1.電極用バインダー組成物
本発明の電極用バインダー組成物は、重合体粒子および液状媒体を含有する。
1.1 重合体粒子
本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子は、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する。そしてこの重合体粒子は、pHが7〜8である組成物中における平均粒子径をR1とし、該組成物に0.2N塩酸を添加して組成物のpHを5としたときの平均粒子径をR2としたときに、比R1/R2の値が1.1〜3.0であることが特徴である。このことは、重合体粒子が、中性付近にある場合の方が酸性状態にあるときよりも膨潤していることを意味する。本発明者らは、重合体粒子にこのような性質を付与することにより、安定した性能の活物質層を形成できるとともに、得られる蓄電デバイスにおける良好な充放電特性が担保されることを見い出し、本発明に到った。
すなわち、後述のように本発明の電極用バインダー組成物は、集電体上に電極活物質と混合された水系の電極用スラリーとして塗布され、次いでこれを乾燥することによって活物質層が形成されることとなる。ここで、活物質が水と反応してスラリーのpHが変化して重合体粒子同士の凝集が起こり、スラリーが不安定化して均質な塗布が困難となる場合がある。このとき、重合体粒子が適当な膨潤性を有することにより、粒子の凝集には至らず、スラリーの安定性が維持され、均質な塗布が可能となる。
また、蓄電デバイスにおいては、充放電(つまり、活物質へのLiイオンの出入り)に伴って、活物質の体積および活物質近傍のpHが変化する。このとき、重合体粒子の平均粒子径が活物質の体積変化に追随して変化しないと、重合体粒子−活物質の接触部において破壊が起こり、電池特性が劣化することとなる。このような劣化を避けるため、pH変化に伴って重合体粒子の平均粒子径が変化することが好ましい。
【0012】
さらに、一般的に、電極用スラリーを集電体の表面に塗布した後、形成された塗膜を乾燥する工程において、重合体粒子および活物質粒子のうちの少なくとも一方がマイグレーションすることが確認されている。すなわち、粒子が液状媒体の表面張力の作用を受けることによって塗膜の厚み方向に沿って移動するのである。より具体的には、重合体粒子および活物質粒子のうちの少なくとも一方が、塗膜面のうちの、集電体と接する面とは反対側、すなわち液状媒体が蒸発する気固界面側へと移動する。このようなマイグレーションが起こると、重合体粒子および活物質粒子の分布が塗膜の厚み方向で不均一となり、電極特性が悪化する、密着性が損なわれる、などの問題が発生する。例えば、バインダーとして機能する重合体粒子が活物質層の気固界面側へとブリード(移行)して局在化し、集電体と活物質層との界面における重合体粒子の量が相対的に少なくなると、活物質層への電解液の浸透が阻害されることにより十分な電気的特性が得られなくなるとともに、集電体と活物質層との結着性が不足して剥離してしまう。さらに、重合体粒子がブリードすることにより、活物質層表面の平滑性が損なわれてしまう。
このようなマイグレーションをコントロールする要因としては、活物質粒子と重合体粒子の粒子径を適切な比率にコントロールする方法が考えられる。しかし、乾燥工程において液状媒体が除去されるにつれて刻一刻と活物質と重合体粒子の環境は変化する。このため、電極用スラリー組成物で活物質と重合体粒子の比率を制御するだけではマイグレーションを十分に抑制することができない場合がある。
【0013】
一方、電極用スラリーを集電体の表面に塗布した後、形成された塗膜を乾燥する工程において、液状媒体の除去量により活物質層中のpH変化は刻一刻と変化する。本願発明の電極用バインダー組成物では、比R1/R2の値が特定範囲で変化することにより、このような乾燥工程での塗布膜中の環境に対応して重合体の粒子径が最適に変化するため、このようなマイグレーションをより効果的に抑制することが可能となる。
一方、pH変化に伴う重合体粒子の平均粒子径の変化率が大きすぎると、乾燥時にバインダーの収縮が大きくなり、活物質間の密着が弱まる。蓄電デバイスの充放電中に活物質が集電体から剥離ないし脱落する場合があり、充放電特性が悪化することとなる。
これらの観点から、上記比R1/R2の値が1.1〜3.0の範囲であれば、電極用バインダー組成物を電極用スラリーとしたときの塗布性が良好となり、且つ得られる蓄電デバイス充放電特性が優れるものとなるのである。このような考察は、本願発明者らによって初めてなされたものであり、従来知られていない考え方である。比R1/R2の値は、好ましくは1.2〜2.8であり、より好ましくは1.3〜2.5である。
pH変化に伴って平均粒子径が変化するこのような重合体粒子は、後述の好ましい方法によって重合された、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体粒子である。
【0014】
本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子における、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を導く単量体としては、例えばフッ素原子を有するオレフィン化合物、フッ素原子を有する(メタ)アクリル酸エステルなどを挙げることができる。フッ素原子を有するオレフィン化合物としては、例えばフッ化ビニリデン、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化塩化エチレン、パーフルオロアルキルビニルエーテルなどを挙げることができる。フッ素原子を有する(メタ)アクリル酸エステルとしては、例えば下記一般式(1)で表される化合物、(メタ)アクリル酸3[4〔1−トリフルオロメチル−2,2−ビス〔ビス(トリフルオロメチル)フルオロメチル〕エチニルオキシ〕ベンゾオキシ]2−ヒドロキシプロピルなどを挙げることができる。
【0015】
【化1】

【0016】
(一般式(1)中、Rは水素原子またはメチル基であり、Rはフッ素原子を含有する炭素数1〜18の炭化水素基である。)
上記一般式(1)中のRとしては、例えば炭素数1〜12のフッ化アルキル基、炭素数6〜16のフッ化アリール基、炭素数7〜18のフッ化アラルキル基などを挙げることができ、炭素数1〜12のフッ化アルキル基であることが好ましい。上記一般式(1)中のRの好ましい具体例としては、例えば2,2,2−トリフルオロエチル基、2,2,3,3,3−ペンタフルオロプロピル基、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロプロパン−2−イル基、β−(パーフルオロオクチル)エチル基、2,2,3,3−テトラフルオロプロピル基、2,2,3,4,4,4−ヘキサフルオロブチル基、1H,1H,5H−オクタフルオロペンチル基、1H,1H,9H−パーフルオロ−1−ノニル基、1H,1H,11H−パーフルオロウンデシル基、パーフルオロオクチル基などを挙げることができる。フッ素原子を有する単量体としては、これらのうち、フッ素原子を有するオレフィン化合物が好ましく、特に好ましくはフッ化ビニリデン、四フッ化エチレンおよび六フッ化プロピレンよりなる群から選ばれる少なくとも1種である。
上記フッ素原子を有する単量体は、1種のみを使用してもよく、2種以上を混合して使用してもよい。
上記重合体粒子は、フッ素原子を有する単量体以外の、共重合可能な他の不飽和単量体に由来する繰り返し単位を有していてもよい。
このような他の不飽和単量体としては、例えば親水性単量体、不飽和カルボン酸エステル(ただし、前記親水性単量体に該当するものは除く。以下同じ。)、架橋性単量体およびその他の単量体を挙げることができる。
【0017】
上記親水性単量体としては、例えば不飽和カルボン酸、不飽和カルボン酸のヒドロキシアルキルエステル、不飽和ニトリル化合物、不飽和スルホン酸、不飽和リン酸などを挙げることができ、これらのうちから選択される1種以上を使用することができる。このような親水性単量体の具体例としては、上記不飽和カルボン酸として、例えば(メタ)アクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸などの、モノカルボン酸またはジカルボン酸を挙げることができ、これらから選択される1種以上を使用することができる。不飽和カルボン酸としては、アクリル酸およびメタクリル酸から選択される1種以上を使用することが好ましい。上記不飽和カルボン酸のヒドロキシアルキルエステルとしては、例えば(メタ)アクリル酸ヒドロキシメチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸エチレングリコール、ジ(メタ)アクリル酸エチレングリコール、ジ(メタ)アクリル酸プロピレングリコール、トリ(メタ)アクリル酸トリメチロールプロパン、トリ(メタ)アクリル酸トリメチロールプロパン、テトラ(メタ)アクリル酸ペンタエリスリトール、ヘキサ(メタ)アクリル酸ジペンタエリスリトールなどを挙げることができ、これらから選択される1種以上を使用することができる。上記不飽和ニトリル化合物として、例えば(メタ)アクリロニトリル、α−クロルアクリロニトリル、α−エチルアクリロニトリル、シアン化ビニリデンなどを挙げることができ、これらから選択される1種以上を使用することができる。不飽和ニトリル化合物としては、これらのうちアクリロニトリルおよびメタクリロニトリルから選択される1種以上が好ましく、特にアクリロニトリルが好ましい。上記不飽和スルホン酸としては、例えば、ビニルスルホン酸、4−ビニルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アクリルアミド−t−ブチルスルホン酸などを、上記不飽和リン酸としては、例えば4−ビニルベンゼンリン酸ナトリウムなどを、それぞれ挙げることができる。
【0018】
上記架橋性単量体は重合性不飽和結合を二個以上有する単量体であり、例えばジビニルベンゼン、ジ(メタ)アクリル酸エチレングリコール、ジ(メタ)アクリル酸プロピレングリコール、トリ(メタ)アクリル酸トリメチロールプロパン、トリ(メタ)アクリル酸トリメチロールプロパン、テトラ(メタ)アクリル酸ペンタエリスリトール、ヘキサ(メタ)アクリル酸ジペンタエリスリトール、(メタ)アクリル酸アリル、ジ(メタ)アクリル酸エチレンなどを挙げることができる。
上記不飽和カルボン酸エステルとしては、(メタ)アクリル酸エステルを好ましく使用することができ、これらの例としては、例えば(メタ)アクリル酸のアルキルエステル、(メタ)アクリル酸のシクロアルキルエステル、などを挙げることができる。これらの具体例としては、上記(メタ)アクリル酸のアルキルエステルとしては、炭素数1〜10のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸のアルキルエステルを好ましく例示することができ、例えば(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−プロピル、(メタ)アクリル酸i−プロピル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸i−ブチル、(メタ)アクリル酸n−アミル、(メタ)アクリル酸i−アミル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸n−オクチル、(メタ)アクリル酸ノニル、(メタ)アクリル酸デシルなどを;
上記(メタ)アクリル酸のシクロアルキルエステルとして、例えば(メタ)アクリル酸シクロヘキシルなどを;
それぞれ挙げることができ、これらのうちから選択される1種以上を使用することができる。これらのうち、(メタ)アクリル酸のアルキルエステルであることが好ましく、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−ブチルおよびアクリル酸2−エチルヘキシルから選択される1種以上を使用することがより好ましい。
【0019】
上記その他の単量体としては、例えばスチレン、α−メチルスチレン、p−メチルスチレン、クロルスチレンなどの芳香族ビニル化合物;
例えば無水マレイン酸などのエチレン性不飽和ジカルボン酸の酸無水物;
例えば(メタ)アクリルアミド、N−メチロールアクリルアミドなどのエチレン性不飽和カルボン酸のアルキルアミド;
酢酸ビニル、プロピオン酸ビニルなどのカルボン酸ビニルエステル;
モノアルキルエステル;
モノアミド;
アミノエチルアクリルアミド、ジメチルアミノメチルメタクリルアミド、メチルアミノプロピルメタクリルアミドなどのエチレン性不飽和カルボン酸のアミノアルキルアミドなどを挙げることができ、これらのうちから選択される1種以上を使用することができる。
本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子は、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を、重合体の全質量に対して5〜50質量部含有することが好ましく、15〜40質量部含有することがより好ましく、特に20〜30質量部含有することが好ましい。
【0020】
1.1.1 ポリマーアロイ
本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子は、
フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体を1段階重合で合成して得られる共重合体であってもよいが、
フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体Aと、
フッ素原子を有する単量体以外の共重合可能な他の不飽和単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体Bと、
を含有する重合体の複合体であることが、得られる電極の耐酸化性と密着性とを同時に発現することができることから好ましい。
上記重合体の複合体としては、ポリマーアロイであることが好ましい。
「ポリマーアロイ」とは、「岩波 理化学辞典 第5版.岩波書店」における定義によれば、「2成分以上の高分子の混合あるいは化学結合により得られる多成分系高分子の総称」であって「異種高分子を物理的に混合したポリマーブレンド、異種高分子成分が共有結合で結合したブロックおよびグラフト共重合体、異種高分子が分子間力によって会合した高分子錯体、異種高分子が互いに絡み合ったIPN(Interpenetrating Polymer Network)など」をいう。しかしながら、本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子としてのポリマーアロイとは、「異種高分子成分が共有結合によって結合していないポリマーアロイ」のうちのIPN(相互侵入高分子網目)と称されるものが好ましい。
【0021】
ポリマーアロイを構成する重合体Aは、イオン導電性に優れるとともに、結晶性樹脂のハードセグメントが凝集して、主鎖にC−H…F−Cのような疑似架橋点を与えているものと考えられる。このためバインダー樹脂として重合体Aを単独で用いると、そのイオン導電性および耐酸化性は良好であるものの、密着性および柔軟性が不十分であるため密着性は低い。一方、ポリマーアロイを構成する重合体Bは、密着性および柔軟性には優れるものの、耐酸化性が低いから、これをバインダー樹脂として単独で電極(特に正極)に使用した場合には、充放電を繰り返し、あるいは過充電することによって酸化分解して変質するため、抵抗上昇率の低い蓄電デバイスを得ることができない。
しかしながら、重合体Aおよび重合体Bを含有するポリマーアロイを使用することにより、イオン導電性および耐酸化性と、密着性とを同時に発現することができ、抵抗上昇率の低い蓄電デバイスを与える電極を製造することが可能となる。ポリマーアロイが重合体Aと重合体Bのみからなる場合、より耐酸化性を向上させることができ、好ましい。
このようなポリマーアロイは、JIS K7121に準拠する示差走査熱量測定(DSC)によって測定した場合、−50〜250℃の温度範囲において吸熱ピークを1つしか有さないものであることが好ましい。この吸熱ピークの温度は、−30〜+30℃の範囲にあることがより好ましい。
【0022】
ポリマーアロイを構成する重合体Aは、これが単独で存在する場合には、一般的に−50〜250℃に吸熱ピーク(融解温度)を有する。また、ポリマーアロイを構成する重合体Bは、重合体Aとは異なる吸熱ピーク(ガラス転移温度)を有することが一般的である。このため、重合体中において重合体Aおよび重合体Bが、例えばコア−シエル構造のように相分離して存在する場合、−50〜250℃において2つの吸熱ピークが観察されるはずである。しかし、−50〜250℃における吸熱ピークが1つのみである場合には、該重合体はポリマーアロイであると推定することができる。
さらに、ポリマーアロイである重合体の有する1つのみの吸熱ピークの温度が−30〜+30℃の範囲にある場合、該重合体は活物質層に対してより良好な柔軟性と粘着性とを付与することができ、従って密着性をより向上させることができることとなり、好ましい。
【0023】
1.1.2 重合体A
本発明の電極用バインダー組成物が好ましく含有するポリマーアロイである重合体は、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体Aを含有する。このフッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位は、フッ化ビニリデン、四フッ化エチレンおよび六フッ化プロピレンからなる群から選ばれる少なくとも1種に由来する繰り返し単位のみからなることが好ましい。
重合体Aは、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位のほかに、他の不飽和単量体に由来する繰り返し単位をさらに有していてもよい。ここで、他の不飽和単量体としては、上記で説明した親水性単量体、不飽和カルボン酸エステル、架橋性単量体およびその他の単量体を使用することができる。
この重合体Aにおける、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位の含有割合は、重合体Aの全質量に対して、好ましくは80質量%以上であり、より好ましくは90質量%以上である。この場合のフッ素原子を有する単量体は、そのすべてがフッ化ビニリデン、四フッ化エチレンおよび六フッ化プロピレンから選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。重合体Aのさらに好ましい態様は、以下のとおりである、すなわち、
重合体Aにおけるフッ化ビニリデンに由来する繰り返し単位の含有割合が、重合体Aの全質量に対して、好ましくは50〜99質量%であり、さらに好ましくは80〜98質量%であり;
四フッ化エチレンに由来する繰り返し単位の含有割合が、好ましくは50質量%以下であり、より好ましくは1〜30質量%であり、さらに好ましくは2〜20質量%である;そして
六フッ化プロピレンに由来する繰り返し単位の含有割合は、好ましくは50質量%以下であり、より好ましくは1〜30質量%であり、さらに好ましくは2〜25質量%である。
重合体Aは、フッ化ビニリデン、四フッ化エチレンおよび六フッ化プロピレンからなる群から選ばれる少なくとも1種に由来する繰り返し単位のみからなるものであることが、最も好ましい。
【0024】
1.1.3 重合体B
本発明の電極用バインダー組成物が好ましく含有するポリマーアロイである重合体粒子は、フッ素原子を有する単量体以外の共重合可能な他の不飽和単量体に由来する繰り返し単位を有する。この他の不飽和化合物としては、上記で説明した親水性単量体、不飽和カルボン酸エステル、架橋性単量体およびその他の単量体を使用することができる。
一般的に重合体Bのような成分は、密着性は良好であるが、イオン導電性および耐酸化性が不良であると考えられており、従来から正極には使用されてこなかった。しかし本発明は、このような重合体Bを、重合体Aと共にポリマーアロイ粒子として使用することにより、良好な密着性を維持しつつ、十分なイオン導電性および耐酸化性を発現することに成功したものである。
重合体Bにおける各単量体に由来する繰り返し単位の含有割合は、それぞれ以下のとおりである。以下はいずれも重合体Bの質量を100質量%としたときの値である。
親水性単量体:好ましくは50質量%以下、より好ましくは5〜40質量%
架橋性単量体:好ましくは3質量%以下、より好ましくは2質量%以下
不飽和カルボン酸エステル:好ましくは50質量%以上、より好ましくは60〜95質量%
その他の単量体:好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下
【0025】
特に好ましい重合体Bは、少なくとも、親水性単量体に由来する繰り返し単位および不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位を有し、
親水性単量体に由来する繰り返し単位の含有割合が8〜35質量%であって、メタクリル酸に由来する繰り返し単位の含有割合は15質量%以下であり、
ただし、アクリル酸およびメタクリル酸から選ばれる単量体に由来する繰り返し単位の含有割合の合計が12.5質量%以上である場合には、架橋性単量体に由来する繰り返し単位を1質量%以下の範囲でさらに含有し、
一方、アクリル酸およびメタクリル酸から選ばれる単量体に由来する繰り返し単位の含有割合の合計が12.5質量%未満である場合には、架橋性単量体に由来する繰り返し単位を含有しない。
重合体Bは、親水性単量体、架橋性単量体および不飽和カルボン酸エステル以外のその他の単量体に由来する繰り返し単位を含有しないことが好ましい。
【0026】
1.1.4 ポリマーアロイの合成
本発明の電極用バインダー組成物に好ましく含有されるポリマーアロイである重合体は、上記のような構成をとるものである限り、その合成方法は特に限定されるものではないが、例えば公知の乳化重合工程またはこれを適宜に組み合わせることによって、容易に合成することができる。
例えば先ず、フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体Aを、公知の方法によって合成し、次いで
該重合体Aに、重合体Bを構成するための単量体を加え、重合体Aからなる重合体粒子の編み目構造の中に、前記単量体を十分吸収させた後、重合体Aの編み目構造の中で、吸収させた単量体を重合して重合体Bを合成する方法により、ポリマーアロイを容易に製造することができる。このような方法によってポリマーアロイを製造する場合、重合体Aに、重合体Bの単量体を十分に吸収させることが必須である。吸収温度が低すぎる場合または吸収時間が短すぎる場合には単なるコアシェル型の重合体または表層の一部のみがIPN型の構造である重合体となり、本発明におけるポリマーアロイを得ることができない場合が多い。ただし、吸収温度が高すぎると重合系の圧力が高くなりすぎ、反応系のハンドリングおよび反応制御の面から不利となり、吸収時間を過度に長くしても、さらに有利な結果が得られるわけではない。
【0027】
上記のような観点から、吸収温度は、30〜100℃とすることが好ましく、40〜80℃とすることがより好ましく;
吸収時間は、1〜12時間とすることが好ましく、2〜8時間とすることがより好ましい。このとき、吸収温度が低い場合には吸収時間を長くすることが好ましく、吸収温度が高い場合には短い吸収時間で十分である。吸収温度(℃)と吸収時間(h)を乗じた値が、おおむね120〜300(℃・h)、好ましくは150〜250(℃・h)の範囲となるような条件が適当である。
重合体Aの編み目構造の中に重合体Bの単量体を吸収させる操作は、乳化重合に用いられる公知の媒体中、例えば水中で行うことが好ましい。
ポリマーアロイ中の重合体Aの含有量は、ポリマーアロイ100質量%中、3〜60質量%であることが好ましく、5〜55質量%であることがより好ましく、10〜50質量%であることがさらに好ましく、特に20〜40質量%であることが好ましい。ポリマーアロイが重合体Aを前記範囲で含有することにより、イオン導電性および耐酸化性と、密着性とのバランスがより良好となる。また、各単量体に由来する繰り返し単位の含有割合が上記の好ましい範囲にある重合体Bを用いた場合には、ポリマーアロイが重合体Aを前記範囲で含有することにより、該ポリマーアロイ全体の各繰り返し単位の含有割合を上述の好ましい範囲に設定することが可能となり、このことにより蓄電デバイスの充放電特性が良好となることが担保される。
【0028】
1.1.5 重合体の製造方法(乳化重合の条件)
本発明における重合体の製造、すなわち、
フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体を1段階重合で合成する場合の該重合、
重合体Aの重合、ならびに
重合体Aの存在下における重合体Bの重合
は、それぞれ、公知の重合開始剤、分子量調節剤、乳化剤(界面活性剤)などの存在下で行うことができる。
上記重合開始剤としては、例えば過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムなどの水溶性重合開始剤;
過酸化ベンゾイル、ラウリルパーオキサイド、2,2’−アゾビスイソブチロニトリルなどの油溶性重合開始剤;
重亜硫酸ナトリウム、鉄(II)塩、三級アミンなどの還元剤と、過硫酸塩や有機過酸化物などの酸化剤との組合せからなるレドックス系重合開始剤などを挙げることができる。これらの重合開始剤は、1種単独または2種以上を組み合わせて用いることができる。
重合開始剤の使用割合は、使用する単量体の合計(重合体粒子を一段階重合で合成する場合においては使用する単量体の合計、重合体Aの製造においては重合体Aを導く単量体の合計、重合体Aの存在下に重合体Bを重合する場合においては重合体Bを導く単量体の合計。以下同じ。)100質量部に対して、0.3〜3質量部とすることが好ましい。
【0029】
上記分子量調節剤としては、例えばクロロホルム、四塩化炭素などのハロゲン化炭化水素;
n−ヘキシルメルカプタン、n−オクチルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタン、t−ドテジルメルカプタン、チオグリコール酸などのメルカプタン化合物;
ジメチルキサントゲンジサルファイド、ジイソプロピルキサントゲンジサルファイドなどのキサントゲン化合物;
ターピノーレン、α−メチルスチレンダイマーなどのその他の分子量調節剤を挙げることができる。これらの分子量調節剤は、1種単独または2種以上を組み合わせて用いることができる。
分子量調節剤の使用割合は、使用する単量体の合計100質量部に対して、5質量部以下とすることが好ましい。
上記乳化剤としては、例えば、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、両性界面活性剤、フッ素系界面活性剤などを挙げることができる。
【0030】
上記アニオン性界面活性剤としては、例えば高級アルコールの硫酸エステル、アルキルベンゼンスルホン酸塩、脂肪族スルホン酸塩、ポリエチレングリコールアルキルエーテルの硫酸エステルなどを;
上記ノニオン性界面活性剤としては、例えばポリエチレングリコールのアルキルエステル、ポリエチレングリコールのアルキルエーテル、ポリエチレングリコールのアルキルフェニルエーテルなどを、それぞれ挙げることができる。
両性界面活性剤としては、例えば
アニオン部分が、カルボン酸塩、硫酸エステル塩、スルホン酸塩またはリン酸エステル塩などからなり、そして
カチオン部分が、アミン塩、第4級アンモニウム塩などからなるものを挙げることができる。このような両性界面活性剤の具体例としては、例えばラウリルベタイン、ステアリルベタインなどのベタイン化合物;
ラウリル−β−アラニン、ラウリルジ(アミノエチル)グリシン、オクチルジ(アミノエチル)グリシンなどのアミノ酸タイプの界面活性剤などを挙げることができる。
上記フッ素系界面活性剤としては、例えば
フルオロブチルスルホン酸塩、フルオロアルキル基を有するリン酸エステル、フルオロアルキル基を有するカルボン酸の塩、フルオロアルキルエチレンオキシド付加物などを挙げることができる。このようなフッ素系界面活性剤の市販品としては例えばエフトップEF301、EF303、EF352((株)トーケムプロダクツ製);
メガファックF171、F172、F173(DIC(株)製);
フロラードFC430、FC431(住友スリーエム(株)製);
アサヒガードAG710、サーフロンS−381、S−382、SC101、SC102、SC103、SC104、SC105、SC106、サーフィノールE1004、KH−10、KH−20、KH−30、KH−40(旭硝子(株)製);フタージェント250、251、222F、FTX−218((株)ネオス製)などを挙げることができる。乳化剤としては、上記のうちから選択される1種または2種以上を使用することができる。
【0031】
乳化剤の使用割合は、使用する単量体の合計100質量部に対して、0.01〜10質量部とすることが好ましく、0.02〜5質量部とすることがさらに好ましい。
乳化重合は適当な水性媒体中で行うことが好ましく、特に水中で行うことが好ましい。この水性媒体中におけるモノマーの合計の含有割合は、10〜50質量%とすることができ、20〜40質量%とすることが好ましい。
乳化重合の条件としては、重合温度40〜85℃において重合時間2〜24時間とすることが好ましく、重合温度50〜80℃において重合時間3〜20時間とすることがさらに好ましい。
本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子がポリマーアロイ粒子である場合、該重合体粒子のうちの少なくとも重合体B、好ましくは重合体AおよびBの双方、は、80℃を超えない重合条件で製造されたものであることが好ましい。ここで、「80℃を超えない重合条件」とは、重合反応系に重合開始剤を加えた時点から重合終了まですべての時間において、反応温度が80℃以下であることをいう。重合開始剤を加える時点より前または重合終了後において80℃以上に加熱することまでを禁止するものではない。
【0032】
1.2 液状媒体
本発明の電極用バインダー組成物は、さらに液状媒体を含有する。
上記液状媒体は、水を含有する水性媒体であることが好ましい。この水性媒体は、水以外に少量の非水媒体を含有することができる。このような非水媒体としては、例えばアミド化合物、炭化水素、アルコール、ケトン、エステル、アミン化合物、ラクトン、スルホキシド、スルホン化合物などを挙げることができ、これらのうちから選択される1種以上を使用することができる。このような非水媒体の含有割合は、水性媒体の全部に対して、好ましくは10質量%以下であり、より好ましくは5質量%以下である、水性媒体は、非水媒体を含有せずに水のみからなるものであることが最も好ましい。
本発明の電極用バインダー組成物は、媒体として水性媒体を使用し、好ましくは水以外の非水媒体を含有しないことにより、環境に対する悪影響を与える程度が低く、取扱作業者に対する安全性も高い。この点、有機溶媒を媒体として含有する組成物は、廃棄処理の手間およびコストの問題が生じ、可燃性などの特性に起因して防火性保存設備が必要となり、取扱いにも特別の熟練および配慮が必要となる不利益が生ずる。
【0033】
1.3 電極用バインダー組成物
本発明の電極用バインダー組成物は、上記のような重合体粒子が上記のような液状媒体中に分散されたスラリー状またはラテックス状であることが好ましい。
本発明の電極用バインダー組成物のpHは7〜8である。
pHが7〜8である本発明の電極用バインダー組成物に含有される重合体粒子の平均粒子径R1は、50〜400nmの範囲にあることが好ましく、100〜250nmの範囲にあることがより好ましい。重合体粒子の平均粒子径が前記範囲にあることにより、組成物自体の安定性が向上するとともに、得られる電極における、電極活物質同士の結着性および集電体と電極活物質層との間の密着性がさらに良好となる。
重合体粒子の平均粒子径は、光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置を用いて行われる。このような粒度分布測定装置としては、たとえば、コールターLS230、LS100、LS13 320(以上、Beckman Coulter.Inc製)、FPAR−1000(大塚電子(株)製)などを挙げることができる。これらの粒度分布測定装置は、重合体粒子の一次粒子だけを評価対象とするものではなく、一次粒子が凝集して形成された二次粒子をも評価対象とすることができる。従って、これらの粒度分布測定装置によって測定された粒度分布は、電極用バインダー組成物中に含まれる重合体粒子の分散状態の指標とすることができる。
本発明の電極用バインダー組成物に0.2N塩酸を添加して組成物のpHを5としたときの重合体粒子の平均粒子径R2も、上記と同様の方法によって測定することができる。
【0034】
本発明の電極用バインダー組成物は、重合体粒子状が水性媒体に分散されたラテックス状であることが好ましい。本発明の電極用バインダー組成物としては、重合体を合成(重合)し、好ましくは反応を停止した後の重合反応混合物を、必要に応じて混合物の液性を調整した後、これをそのまま本発明の電極用バインダー組成物として用いることが特に好ましい。従って、本発明の電極用バインダー組成物は、重合体粒子および液状媒体(好ましくは水性媒体)のほかに、乳化剤、重合開始剤またはその残滓、界面活性剤、中和剤などの、乳化重合に通常用いられる成分またはその残滓といった他の成分を含有することができる。これら他の成分の含有割合としては、他の成分の合計質量が組成物の固形分量に対する割合として、3質量%以下であることが好ましく、2質量%以下であることがより好ましい。
組成物の液性の調整には、公知の水溶性の酸または塩基を用いることができる。酸としては、例えば塩酸、硝酸、硫酸、リン酸などを;
塩基としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、アンモニア水などを、それぞれ挙げることができる。
【0035】
電極用バインダー組成物の固形分濃度(組成物中の液状媒体以外の成分の合計質量が、組成物の全質量に対して占める割合)としては、20〜60質量%であることが好ましく、25〜50質量%であることがより好ましい。
本発明の電極用バインダー組成物は、上記した重合体、液状媒体、乳化重合に通常用いられる成分およびその残滓、ならびに液性調整のための酸または塩基以外の他の成分を含有しないことが好ましい。
上記のような本発明の電極用バインダー組成物は、例えばリチウムイオン二次電池、電気二重層キャパシタ、リチウムイオンキャパシタなどの電気化学デバイスの電極材料として好適に用いることができる。電極用バインダー組成物は、リチウムイオン二次電池の正極の材料として用いた場合に本発明の有利な効果が最大限に発揮されることから、この態様が特に好ましい。
【0036】
2 電極用スラリー
上記の如き、本発明の電極用バインダー組成物を用いて電極用スラリーを製造することができる。
電極用スラリーとは、これを集電体の表面に塗布した後、乾燥して、集電体上に活物質層を形成するために用いられる分散液であり、本発明の上記のような電極用バインダー組成物と、活物質と、を少なくとも含有し、必要に応じてこれら以外のその他の成分を含有していてもよい。
電極用スラリーは、その曳糸性が30〜80%であることが好ましく、33〜79%であることがさらに好ましく、35〜78%であることがより好ましい。曳糸性が前記範囲にあれば、これらの問題の発生を抑制することができ、良好な電気的特性と密着性とを両立させた正極を製造することが容易となる。
本明細書における「曳糸性」は、以下のようにして測定される。
まず、底部に直径5.2mmの開口部を有するザーンカップ(太佑機材(株)製、ザーンビスコシティーカップNo.5)を準備する。この開口部を閉じた状態で、ザーンカップに正極用スラリー40gを流し込む。その後、開口部を開放すると、開口部から正極用スラリーが流れ出す。ここで、開口部を開放した時をT、正極用スラリーの曳糸が終了した時をT、正極用スラリーの流出が終了した時をTとした場合に、本明細書における「曳糸性」は下記数式(1)から求めることができる。
曳糸性(%)=((T−T)/(T−T))×100 (1)
以下、上記正極用スラリーに含まれる重合体粒子以外の成分について、それぞれ詳細に説明する。
【0037】
2.1 活物質
活物質は、目的とする蓄電デバイスの種類などに応じて適宜選択される。
リチウムイオン二次電池の正極を形成するための電極用スラリー(正極用スラリー)の場合、活物質(正極活物質)としては、例えばLi1+x(ただし、MはCo、NiおよびMnから選択される少なくとも1種、MはAlおよびSnから選択される少なくとも1種、Oは酸素原子を表し、x、y、zは、それぞれ0.10≧x≧0、4.00≧y≧0.85、2.00≧z≧0の範囲の数である)で表される複合金属酸化物、例えばコバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウム、マンガン酸リチウム、三元系ニッケルコバルトマンガン酸リチウムなどを挙げることができるほか、
オリビン構造を有するリチウム原子含有酸化物を好適に使用することができる。
上記のオリビン構造を有するリチウム原子含有酸化物は、下記一般式(1)
Li1−x(XO) (1)
(式(1)中、MはMg、Ti、V、Nb、Ta、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、A1、Ga、GeおよびSnよりなる群から選択される金属のイオンの少なくとも1種であり;
Xは、Si、S、PおよびVよりなる群から選択される少なくとも1種であり;
xは数であり、0<x<1の関係を満たす。)
で表され、そしてオリビン型結晶構造を有する化合物である。上記式(1)におけるxは、MおよびXの価数に応じて、式(1)全体の価数が0価となるように選択される。
上記オリビン構造を有するリチウム原子含有酸化物は、金属元素Mの種類によって電極電位が異なる。従って、金属元素Mの種類を選択することにより、電池電圧を任意に設定することができる。オリビン構造を有するリチウム原子含有酸化物の代表的なものとしては、LiFePO、LiCoPO、LiMnPO、Li0.90Ti0.05Nb0.05Fe0.30Co0.30Mn0.30POなどを挙げることができる。これらのうち、特にLiFePOは、原料となる鉄化合物の入手が容易であるとともに安価であるため、好ましい。また、上記の化合物中のFeイオンをCoイオン、NiイオンまたはMnイオンに置換した化合物も、上記各化合物と同じ結晶構造を有するので、正極活物質として同様の効果を有する。
【0038】
リチウムイオン二次電池の負極を形成するための電極用スラリー(負極用スラリー)の場合、活物質(負極活物質)としては、例えば炭素材料、カーボンなどを好適に用いることができる。上記炭素材料としては有機高分子化合物、コークス、ピッチなどを焼成して得られる炭素材料を例示することができ、該炭素材料の前駆体である有機高分子化合物としては、例えばフェノール樹脂、ポリアクリロニトリル、セルロースなどを挙げることができる。上記カーボンとしては、例えば人造グラファイト、天然グラファイトなどを挙げることができる。
電気二重層キャパシタ用の電極を形成するための電極用スラリーの場合、活物質としては、例えば人造黒鉛、天然黒鉛、難黒鉛化炭素、アモルファスカーボン、ハードカーボン、ソフトカーボン、炭素繊維、メソカーボンマイクロビーズ(MCMB)、;
コークス、ピッチなどを焼成して得られる炭素材料;
ポリアセン系有機半導体(PAS)などを用いることができる。
活物質は粒子状であることが好ましく、その平均粒子径(Db)は、0.4〜30μmの範囲であることが好ましく、0.5〜25μmの範囲であることがより好ましい。
【0039】
2.2 その他の成分
上記電極用スラリーは、前述した成分以外に、必要に応じてその他の成分を含有することができる、このようなその他の成分としては、例えば導電付与剤、水、非水系媒体、増粘剤などを挙げることができる。
2.2.1 導電付与剤
上記導電付与剤の具体例としては、リチウムイオン二次電池においてはカーボンなどが;
ニッケル水素二次電池においては、正極では酸化コバルトが:
負極ではニッケル粉末、酸化コバルト、酸化チタン、カーボンなどが、それぞれ用いられる。上記両電池において、カーボンとしては、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、ファーネスブラック、チャンネルブラック、ランプブラック、グラファイト、炭素繊維、活性炭、フラーレンなどを挙げることができる。これらの中でも、アセチレンブラックまたはファーネスブラックを好ましく使用することができる。導電付与剤の使用割合は、活物質粒子100質量部に対して、好ましくは20質量部以下であり、より好ましくは1〜15質量部であり、特に2〜10質量部であることが好ましい。
電気二重層キャパシタ用の電極を形成するための電極用スラリーの場合には、導電付与剤を含有しないことが好ましい。
【0040】
2.2.2 水
上記電極用スラリーは、さらに水を含有することができる。水を含有することにより、電極用スラリーの安定性が良好となり、電極を再現性よく製造することが可能となる。水は、電極用スラリー(特に正極用スラリー)で一般的に使用されている高沸点溶剤(たとえば、N−メチルピロリドンなど)と比較して蒸発速度が速く、溶媒除去時間の短縮による生産性の向上、粒子のマイグレーションの抑制などを期待することができる。
本発明の電極用バインダー組成物が液状媒体として水を含有するものである場合、電極用スラリーにおける水は、電極用バインダー組成物から持ち込まれる水のみからなっていてもよく、あるいは電極用バインダー組成物から持ち込まれる水と新たに追加される水との合計であってもよい。
【0041】
2.2.3 非水系媒体
上記電極用スラリーは、その塗布性を改善する観点から、80〜350℃の標準沸点を有する非水系媒体を含有することができる。このような非水系媒体の具体例としては、例えばN−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドなどのアミド化合物;
トルエン、キシレン、n−ドデカン、テトラリンなどの炭化水素;
2−エチル−1−ヘキサノール、1−ノナノール、ラウリルアルコールなどのアルコール;
メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、ホロン、アセトフェノン、イソホロンなどのケトン;
酢酸ベンジル、酪酸イソペンチル、乳酸メチル、乳酸エチル、乳酸ブチルなどのエステル;
o−トルイジン、m−トルイジン、p−トルイジンなどのアミン化合物;
γ−ブチロラクトン、δ−ブチロラクトンなどのラクトン;
ジメチルスルホキシド、スルホランなどのスルホキシド・スルホン化合物などを挙げることができ、これらのうちから選択される1種以上を使用することができる。これらの中でも、重合体粒子の安定性、電極用スラリーを塗布する際の作業性などの点から、N−メチルピロリドンを使用することが好ましい。
しかしながら電極用スラリーは、環境負荷の低減、作業者の安全確保および管理コストの低減の観点から、非水系媒体を含有しないことが好ましい。
【0042】
2.2.4 増粘剤
上記電極用スラリーは、その塗工性を改善する観点から、増粘剤を含有することができる。増粘剤としては、例えばカルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどのセルロース化合物;
上記セルロース化合物のアンモニウム塩またはアルカリ金属塩;
ポリ(メタ)アクリル酸、変性ポリ(メタ)アクリル酸などのポリカルボン酸;
上記ポリカルボン酸のアルカリ金属塩;
ポリビニルアルコール、変性ポリビニルアルコール、エチレン−ビニルアルコール共重合体などのポリビニルアルコール系(共)重合体;
(メタ)アクリル酸、マレイン酸およびフマル酸などの不飽和カルボン酸と、ビニルエステルとの共重合体の鹸化物などの水溶性ポリマーなどを挙げることができる。これらの中でも特に好ましい増粘剤としては、カルボキシメチルセルロースのアルカリ金属塩、ポリ(メタ)アクリル酸のアルカリ金属塩などである。
これら増粘剤の市販品としては、カルボキシメチルセルロースのアルカリ金属塩として、例えばCMC1120、CMC1150、CMC2200、CMC2280、CMC2450(以上、ダイセル化学工業(株)製)などを挙げることができる。
電極用スラリーにおける増粘剤の使用割合としては、電極用スラリーの全固形分量に対して、好ましくは20質量%以下であり、より好ましくは0.1〜15質量%であり、さらに好ましくは0.5〜10質量%である。
【0043】
2.3 電極用スラリーの製造方法
電極用スラリーは、活物質100質量部に対して、本発明の電極用バインダー組成物が、固形分換算で0.1〜10質量部含有されていることが好ましく、0.3〜4質量部含有されていることがより好ましい。電極用バインダー組成物の含有割合、固形分換算で0.1〜10質量部であることにより、良好な密着性が発現され、その結果、得られる蓄電デバイスの抵抗上昇率をより低くすることができる。
電極用スラリーは、本発明の電極用バインダー組成物と、上記のような活物質と、必要に応じて用いられる他の成分と、を混合することにより調製される。これらを混合するための手段としては、例えばボールミル、サンドミル、顔料分散機、擂潰機、超音波分散機、ホモジナイザー、プラネタリーミキサー、ホバートミキサーなどの公知の混合装置を利用することができる。
電極用スラリーの調製は減圧下で行うことが好ましく、これにより、得られる活物質層内に気泡が生じることを防止することができる。減圧の程度としては、絶対圧として、5.0×10〜5.0×10Pa程度とすることが好ましい。
正極用スラリーを製造するための混合撹拌は、スラリー中に活物質粒子の凝集体が残らない程度に撹拌し得る混合機と、必要にして十分な分散条件とを選択する必要がある。分散の程度としては、少なくとも100μmより大きい凝集物がなくなるように混合分散することが好ましい。分散の程度は粒ゲージにより測定可能である。
上記のような電極用スラリーは、本発明の電極用バインダー組成物を含有することにより、活物質相互間および活物質−集電体間の密着性の高い活物質層を有する電極を形成することができ、また、このような電極を備える蓄電デバイスは抵抗上昇率が十分に低いものである。
【0044】
3 電極
本発明における電極は、本発明の電極用バインダー組成物から調製された電極用スラリーを用いて製造することができる。
本発明における電極は、
集電体と、
前記集電体の表面上に、上記で説明した電極用スラリーを塗布して乾燥する工程を経て形成された活物質層と
を備える。塗膜の乾燥後、好ましくはプレス加工が行われる。
【0045】
3.1 集電体
集電体としては、例えば金属箔、エッチング金属箔、エキスパンドメタルなどを用いることができる。これらの材料の具体例としては、例えばアルミニウム、銅、ニッケル、タンタル、ステンレス、チタンなどの金属を挙げることができ、目的とする蓄電デバイスの種類に応じて適宜選択して用いることができる。
例えばリチウムイオン二次電池の正極を形成する場合、集電体としては上記のうちのアルミニウムを用いることが好ましい。この場合、集電体の厚みは、5〜30μmとすることが好ましく、8〜25μmとすることがより好ましい。
一方、リチウムイオン二次電池の負極を形成する場合、集電体としては上記のうちの銅を用いることが好ましい。この場合、集電体の厚みは、5〜30μmとすることが好ましく、8〜25μmとすることがより好ましい。
さらに、電気二重層キャパシタ用の電極を形成する場合、集電体としては上記のうちのアルミニウムまたは銅を用いることが好ましい。この場合、集電体の厚みは、5〜100μmとすることが好ましく、10〜70μmとすることがよりに好ましく、特に15〜30μmとすることが好ましい。
【0046】
3.2 活物質層の形成
電極における活物質層は、上記のような集電体の表面上に、電極用スラリーを塗布して乾燥する工程を経ることにより、形成される。
集電体上への電極用スラリーの塗布方法としては、例えばドクターブレード法、リバースロール法、コンマバー法、グラビヤ法、エアーナイフ法などの適宜の方法を適用することができる。
塗膜の乾燥処理は、好ましくは20〜250℃、より好ましくは50〜150℃の温度範囲において、好ましくは1〜120分間、より好ましくは5〜60分間の処理時間で行われる。
乾燥後の塗膜は、好ましくはプレス加工に供される。このプレス加工を行うための手段としては、例えばロールプレス機、高圧スーパープレス機、ソフトカレンダー、1トンプレス機などを挙げることができる。プレス加工の条件は、用いる加工機の種類ならびに活物質層の所望の厚みおよび密度に応じて、適宜に設定される。
活物質層の好ましい厚みおよび密度は、その用途により異なる。
リチウムイオン二次電池負極の場合、厚みが40〜100μmであり、密度が1.3〜1.9g/cmであることが好ましく;
リチウムイオン二次電池正極の場合、厚みが40〜100μmであり、密度が1.5〜5.0g/cmであることが好ましく;そして
電気二重層キャパシタ用電極の場合、厚みが30〜100μmであり、密度が0.4〜1.0g/cmであることが好ましい。
【0047】
3.3 活物質層の重合体分布係数
上記のようにして形成された活物質層は、その重合体分布係数が0.6〜1.0である。
この重合体分布係数とは、蓄電デバイス用正極から集電体を剥離角度90°にて剥離したときに、活物質層のうちの剥離界面近傍(±1.5μm)における(a)重合体の濃度の、活物質層全体の(a)重合体の平均濃度に対する比である。この重合体分布係数が1であれば、活物質層中の重合体成分が均一に分布していると考えることができる。重合体分布係数が1を超える値であれば、集電体と活物質層との剥離界面近傍に重合体成分が局在しており、一方、この値が1未満であれば、集電体と活物質層との剥離界面近傍の重合体成分が疎になっていると考えることができる。
従って、活物質層の重合体分布係数が0.6〜1.0であれば、重合体成分が集電体と活物質層との界面近傍に十分に存在すると考えることができる。そのため、重合体分布係数が上記範囲の活物質層を有する正極は、集電体と活物質層間の結着性が良好であり、粉落ち性に優れるとともに電気的特性にも優れることとなる。活物質層の重合体分布係数が前記範囲未満であると、集電体と活物質層との界面においてバインダーとして機能する(a)重合体が相対的に少なくなるため、集電体と活物質層の結着性が不足する。また、(a)重合体のこのようなブリード(移行)が起こることにより、活物質層表面の平滑性が損なわれる場合がある。一方、重合体分布係数が前記範囲を超えると、集電体と活物質層との界面に絶縁体であるバインダー成分が局在化することになり、電極の内部抵抗が上昇して電気的特性が損なわれることとなる。
【0048】
重合体分布係数の値は、好ましくは0.7〜0.95であり、より好ましくは0.75〜0.9である。なお、重合体分布係数は、活物質層中で(a)重合体が完全に均一である値「1」ではなく、これよりもやや小さい値をとることが好ましいのは、以下の理由によるものと推察される。重合体分布係数が1より小さい値をとるということは、集電体と活物質層との界面における(a)重合体の存在割合が相対的に少ないことを意味する。絶縁体である(a)重合体がこのように分布することにより、集電体と活物質層との界面の導電性が向上する結果、電極の内部抵抗がより低くなって電気的特性がより良くなるものと推察される。
【0049】
上記「重合体分布係数」は、以下のようにして測定することができる。すなわち、
(1)同一構成の蓄電デバイス用正極を2つ準備する。
(2)アルミニウム板上に、両面テープ(ニチバン(株)製、品番「NW−25」)を貼り付けた後、この両面テープの上にカプトンテープ((株)テラオカ製、品番「650S」)を、粘着面が上になるようにして貼り付ける。
(3)(1)で準備した正極のうちの1つの活物質層20側の面を、(2)のカプトンテープの粘着面上に貼り付け、JIS Z0237に準拠して2kgのゴムローラーを10mm/sの速度で自重のみの圧力を加えて2往復して圧着する。
(4)(3)で得た正極付きアルミ板を、集電体10を上に向けて水平に固定した後、アルミ板との角度を90°に維持しつつ、90°剥離試験機(テスター産業社製、型番「TE−3001」)を用いて集電体10を上方向に50mm/minの速度で引き上げ、正極から集電体10を剥離角度90°で剥離する。
(5)剥離した界面の両側、すなわち集電体10に残存した活物質層の表面から深さ1.5μmまでの活物質(1.5μm未満の厚みしか残存しなかった場合はその残存した部分のすべて)およびカプトンテープ側に残存した活物質層表面から深さ1.5μmまでの活物質を掻き取り、これを「測定試料A」とする。
(6)(1)で準備したもう1つの蓄電デバイス用正極100から活物質層20をすべて掻き取り、これを「測定試料B」とする。
(7)測定試料Aおよび測定試料Bのそれぞれについて、高周波誘導加熱方式パイロライザーを有する熱分解ガスクロマトグラフィ(Agilent Technologies社製、型番「GC6890N」)を用いて分析し、各試料の重合体の含有割合(重量%)を算出する。そして、得られた値を下記数式(2)に代入することにより、重合体分布係数を算出することができる。
重合体分布係数=(測定試料Aの重合体含有量:質量%)/(測定試料Bの重合体含有量:質量%) (2)
【0050】
4 蓄電デバイス
本発明における蓄電デバイスは、上記のような電極を備える。
本発明における蓄電デバイスは、上記のような電極が、電解液を介して対向電極と相対し、好ましくはセパレータの存在によって隔離された構造を有する。
その造方法としては、例えば、2つの電極(正極および負極の2つ、またはキャパシタ用電極の2つ)をセパレータを介して重ね合わせ、これを電池形状に応じて巻く、折るなどして電池容器に入れ、電池容器に電解液を注入して封口する方法が挙げられる。電池の形状は、コイン型、ボタン型、シート型、円筒型、角形、扁平型など、適宜の形状であることができる。
上記電解液は、目的とする蓄電デバイスの種類に応じて適宜選択して用いられる。電解液としては、適当な電解質が溶媒中に溶解された溶液が用いられる。
リチウムイオン二次電池を製造する場合には、電解質としてリチウム化合物が用いられる。具体的には、例えばLiClO、LiBF、LiI、LiPF、LiCFSO、LiAsF、LiSbF、LiAlCl、LiCl、LiBr、LiB(C、LiCHSO、LiCSO、Li(CFSONなどを挙げることができる。この場合の電解質濃度は、好ましくは0.5〜3.0モル/Lであり、より好ましくは0.7〜2.0モル/Lである。
【0051】
電気二重層キャパシタを製造する場合には、電解質として例えばテトラエチルアンモニウムテトラフルオロボレート、トリエチルメチルアンモニウムテトラフルオロボレート、テトラエチルアンモニウムヘキサフルオロホスフェートなどが用いられる。この場合の電解質濃度は、好ましくは0.5〜3.0モル/Lであり、より好ましくは0.7〜2.0モル/Lである。
リチウムイオンキャパシタを製造する場合における電解質の種類および濃度は、リチウムイオン二次電池の場合と同じである。
上記いずれの場合であっても、電解液に用いられる溶媒としては、例えばプロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、メチルエチルカーボネートなどのカーボネート;
γ−ブチロラクトンなどのラクトン;
トリメトキシシラン、1,2−ジメトキシエタン、ジエチルエーテル、2−エトキシエタン、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフランなどのエーテル;
ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド;
1,3−ジオキソラン、4−メチル−1,3−ジオキソランなどのオキソラン誘導体;
アセトニトリル、ニトロメタンなどの窒素含有化合物;
ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、プロピオン酸エチル、リン酸トリエステルなどのエステル;
ジグライム、トリグライム、テトラグライムなどのグライム化合物;
アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトンなどのケトン;
スルホランなどのスルホン化合物;
2−メチル−2−オキサゾリジノンなどのオキサゾリジノン誘導体;
1,3−プロパンスルトン、1,4−ブタンスルトン、2,4−ブタンスルトン、1,8−ナフタスルトンなどのスルトン化合物などを挙げることができる。
【0052】
このような蓄電デバイスは、活物質層における活物質相互間および活物質−集電体間の密着性が高く、しかも抵抗上昇率が十分に低いから、多数回の繰り返し使用や過充電に耐えるものである。従って、この蓄電デバイスは、電気自動車、バイブリッドカー、トラックなどの自動車に搭載される二次電池またはキャパシタとして好適であるほか、AV機器、OA機器、通信機器などに用いられる二次電池、キャパシタとしても好適である。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
実施例、比較例中の「部」および「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0054】
I.正極への適用例
実施例1
<正極用バインダー組成物の調製および評価>
(1)重合体Aの合成
電磁式撹拌機を備えた内容積約6Lのオートクレーブの内部を十分に窒素置換した後、脱酸素した純水2.5Lおよび乳化剤としてパーフルオロデカン酸アンモニウム25gを仕込み、350rpmで撹拌しながら60℃まで昇温した。次いで、単量体であるフッ化ビニリデン(VDF)70%および六フッ化プロピレン(HFP)30%からなる混合ガスを、内圧が20kg/cmに達するまで仕込んだ。重合開始剤としてジイソプロピルパーオキシジカーボネートを20%含有するフロン113溶液25gを窒素ガスを使用して圧入し、重合を開始した。重合中は内圧が20kg/cmに維持されるようVDF60.2%およびHFP39.8%からなる混合ガスを逐次圧入して、圧力を20kg/cmに維持した。また、重合中は撹拌および加熱を継続して反応温度を60℃に維持した。さらに、重合が進行するに従って重合速度が低下するため、3時間経過後に、先と同じ重合開始剤溶液の同量を窒素ガスを使用して圧入し、さらに3時間反応を継続した。その後、加熱を止めて反応液の冷却を開始すると同時に撹拌を停止した。次いで、反応系の圧力を開放して未反応の単量体を放出して反応を停止することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
得られた重合体Aについて19F−NMRにより分析した結果、各単量体の質量組成比はVDF/HFP=21/4であった。
また、得られた重合体Aについて、動的光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置(大塚電子(株)製、形式「FPAR−1000」)を用いて粒度分布を測定し、その粒度分布から求めた数平均粒子径は140nmであった。
【0055】
(2)ポリマーアロイ粒子の合成(重合体Bの重合)
容量7Lのセパラブルフラスコの内部を十分に窒素置換した後、上記(1)で得られた重合体Aの微粒子を含有する水系分散体1,600g(重合体A換算で25部に相当)、乳化剤「アデカリアソープSR1025」(商品名、(株)ADEKA製)0.5部、メタクリル酸メチル(MMA)12部、アクリル酸2−エチルヘキシル(EHA)38部、メタクリル酸(MAA)5部およびアクリロニトリル(AN)20部ならびに水130部を順次仕込み、70℃で3時間攪拌して重合体Aに単量体を吸収させた。次いで油溶性重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル0.5部を含有するテトラヒドロフラン溶液20mLを添加し、75℃に昇温して3時間反応を行い、さらに85℃で2時間反応を行った。その後、冷却した後に反応を停止し、重合体粒子を40%含有する水系分散体を得た。この水系分散体のpHは2.5であり、2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH8.0に調整することにより、正極用バインダー組成物を得た。
(3)数平均粒子径R1、R2の評価
この正極用バインダー組成物について、動的光散乱法を測定原理とする粒度分布測定装置(大塚電子(株)製、形式「FPAR−1000」)を用いて粒度分布を測定し、その粒度分布から求めた数平均粒子径R1は280nmであった。また、この正極用バインダー組成物を少量分取し、これに0.2N塩酸を添加してpH5.0に調整した後に、上記と同様にして測定した数平均粒子径R2は200nmであった。従って、比R1/R2は1.40と計算される。
【0056】
(4)THF不溶分の評価
得られた正極用バインダー組成物のTHF不溶分を、以下のようにして測定した。
得られた正極用バインダー組成物の約10gを直径8cmのテフロン(登録商標)シャーレへ取り、120℃で1時間乾燥して成膜した。得られた膜(重合体)のうちの1gを正確に秤り採り、これを密閉容器中でテトラヒドロフラン(THF)400mL中に浸積して、50℃において3時間振とうした。振とう後の液を300メッシュの金網で濾過して不溶分を除去した後、THFを留去して得られた残存物(溶解分)の重量(Y(g))を測定した。この値を下記数式(3)に代入して求めた重合体粒子の不溶分(THF不溶分)は75%であった。
THF不溶分(%)={(1−Y)/1}×100 (3)
(5)DSC測定
得られた膜(重合体)を示差走査熱量計(DSC)によって測定したところ、溶解温度Tmは観察されず、単一のガラス転移温度Tgが−2℃に観測されたことから、上記正極用バインダー組成物に含有される重合体粒子はポリマーアロイ粒子であると考えられる。
【0057】
<活物質粒子の調製>
市販のリン酸鉄リチウム(LiFePO)をめのう乳鉢で粉砕し、ふるいを用いて分級することにより、粒子径(D50値)が0.5μmである活物質粒子を調製した。
【0058】
<正極用スラリーの調製および評価>
(1)正極用スラリーの調製
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス(株)製、商品名「TKハイビスミックス 2P−03」)中に、増粘剤(商品名「CMC1120」、ダイセル化学工業(株)製)1部(固形分換算)、上記<活物質粒子の調製>で調製した活物質粒子100質量部、アセチレンブラック5部および水68部を投入し、60rpmで1時間攪拌を行った。次いで、上記<バインダー組成物の調製>で調製したバインダー組成物を、該組成物中に含有される重合体粒子が第1表の1に記載の量(部)となるように加え、1時間攪拌してペーストを得た。得られたペーストに水を加えて固形分濃度を50%に調整した後、攪拌脱泡機((株)シンキー製、商品名「あわとり練太郎」)を使用して、200rpmで2分間、1,800rpmで5分間、さらに真空下(約5.0×10Pa)において1,800rpmで1.5分間攪拌混合することにより、正極用スラリーを調製した。
(2)曳糸性の評価
上記で得た正極用スラリーの曳糸性を、以下のようにして測定した。
先ず、容器の底辺に直径5.2mmの開口部が存在するザーンカップ(太佑機材(株)製、ザーンビスコシティーカップNo.5)を準備した。このザーンカップの開口部を閉じた状態で、上記で調製した正極用スラリーを40g流し込んだ。開口部を開放するとスラリーが流れ出した。このとき、開口部を開放した瞬間の時間をTとし、スラリーが流れ出る際に糸を曳くようにして流出し続けた時間を目視で測定し、この時間をTとした。さらに、糸を曳かなくなってからも測定を継続し、正極用スラリーが流れ出なくなるまでの時間Tを測定した。測定した各値T、TおよびTを上記数式(1)に代入して曳糸性を求めた。その結果、上記正極用スラリーの曳糸性は65%であった。
【0059】
<正極および蓄電デバイスの製造および評価>
(1)正極の製造
厚さ30μmのアルミニウム箔からなる集電体の表面に、上記で調製した正極用スラリーを、乾燥後の膜厚が100μmとなるようにドクターブレード法によって均一に塗布し、120℃で20分間乾燥した。その後、膜(活物質層)の密度が1.6g/cmになるようにロールプレス機によりプレス加工することにより、正極を得た。
【0060】
(2)正極の重合体分布係数の評価
上記「(1)正極の製造」で製造した正極2枚を用いて、以下のようにして活物質層の重合体分布係数の評価を行った。
70mm×150mm×3mmのアルミニウム板上に、両面テープ(ニチバン(株)製、品番「NW−25」)120mmを貼り付けた後、この両面テープの上にカプトンテープ((株)テラオカ製、品番「650S」)を、粘着面が上になるようにして貼り付けて固定ステージを作製した。次いで、上記「(1)正極の製造」で製造した正極のうちの1つを20mm×100mmの大きさに切り出した試験片の活物質層側の面を、上記固定ステージのカプトンテープ粘着面上に貼り付け、JIS Z0237に準拠して2kgのゴムローラーを10mm/sの速度で自重のみの圧力を加えて2往復して圧着した。
この正極付きアルミ板を、集電体側を上に向けて水平面上に載置した後、90°剥離試験機(テスター産業(株)製、型番「TE−3001」)を用いて集電体を上方向に50mm/minの速度で引き上げ、正極から集電体を剥離角度90°で剥離した。
この試験片の剥離した界面の、集電体側に残存した活物質層の表面から深さ1.5μmまでの活物質、およびカプトンテープ側に残存した活物質層表面から深さ1.5μmまでの活物質をそれぞれ掻き取り、これらを合わせて「測定試料A」とした。
これとは別に、上記「(1)正極の製造」で準備したもう1つの正極から活物質層をすべて掻き取り、これを「測定試料B」とした。
測定試料Aおよび測定試料Bのそれぞれについて、高周波誘導加熱方式パイロライザーを有する熱分解ガスクロマトグラフィ(Agilent Technologies社製、型番「GC6890N」)を用いて分析して各試料の重合体の含有割合(重量%)を算出し、得られた値を上記数式(2)に代入することによって、重合体分布係数を算出した。
【0061】
(3)正極のクラック率の評価
上記で得た正極を、幅2cm×長さ10cmの極板に切り出し、幅方向に直径2mmの丸棒に沿って正極板を折り曲げ回数100回にて繰り返し折り曲げ試験を行った。丸棒に沿った部分のクラックの大きさを目視により観察し計測し、クラック率を測定した。クラック率は、下記数式(4)によって定義した。
クラック率(%)={クラックの入った長さ(mm)÷極板全体の長さ(mm)}×100 (4)
ここで、柔軟性や密着性に優れた電極板はクラック率が低い。クラック率は0%であることが望ましいが、正極板と負極板とをセパレータを介して渦巻き状に捲回して極板群を製造する場合には、クラック率が20%までなら許容される。しかし、クラック率が20%より大きくなると、正極板が切れ易くなり極板群の製造が不可能となり、極板群の生産性が低下する。このことから、クラック率の閾値として20%までが良好な範囲であると考えられる。
クラック率の測定結果は第2表に示した。
【0062】
(4)負極の製造
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス(株)製、商品名「TKハイビスミックス 2P−03」)に、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)4部(固形分換算)、負極活物質としてグラファイト100部(固形分換算)、N−メチルピロリドン(NMP)80部を投入し、60rpmで1時間撹拌を行った。その後、さらにNMP20部を投入した後、撹拌脱泡機((株)シンキー製、製品名「あわとり練太郎」)を使用して、200rpmで2分間、次いで1,800rpmで5分間、さらに真空下において1,800rpmで1.5分間撹拌・混合することにより、負極用スラリーを調製した。
厚さ20μmの銅箔からなる集電体の表面に、上記で調製した負極用スラリーを、乾燥後の膜厚が150μmとなるようにドクターブレード法によって均一に塗布し、120℃で20分間乾燥した。その後、膜の密度が1.5g/cmとなるようにロールプレス機を使用してプレス加工することにより、負極を得た。
(5)リチウムイオン電池セルの組立て
露点が−80℃以下となるようAr置換されたグローブボックス内で、上「(2)負極の製造」において製造した負極を直径16.16mmに打ち抜き成型したものを、2極式コインセル(宝泉(株)製、商品名「HSフラットセル」)上に載置した。次いで、直径24mmに打ち抜いたポリプロピレン製多孔膜からなるセパレータ(セルガード(株)製、商品名「セルガード#2400」)を載置し、さらに、空気が入らないように電解液を500μL注入した後、前記「(1)正極の製造」において製造した正極を直径15.95mmに打ち抜き成型したものを載置し、前記2極式コインセルの外装ボディーをネジで閉めて封止することにより、リチウムイオン電池セル(蓄電デバイス)を組み立てた。
ここで使用した電解液は、エチレンカーボネート(EC)およびエチルメチルカーボネート(EMC)からなる混合溶媒(EC:EMC=1:1(質量比))中にLiPFを1モル/Lの濃度で溶解した溶液である。
【0063】
(6)蓄電デバイスの評価(充放電レート特性の評価)
上記で製造した蓄電デバイスにつき、定電流(0.2C)にて充電を開始し、電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し、電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)として、0.2Cでの充電容量を測定した。次いで、定電流(0.2C)にて放電を開始し、電圧が2.7Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし、0.2Cでの放電容量を測定した。
次に、同じセルにつき、定電流(3C)にて充電を開始し、電圧が4.2Vになった時点で引き続き定電圧(4.2V)にて充電を続行し、電流値が0.01Cとなった時点を充電完了(カットオフ)として3Cでの充電容量を測定した。次いで、定電流(3C)にて放電を開始し、電圧が2.7Vになった時点を放電完了(カットオフ)とし、3Cでの放電容量を測定した。
上記の測定値を用いて、0.2Cでの充電容量に対する3Cでの充電容量の割合(百分率%)を計算することにより充電レート(%)を、
0.2Cでの放電容量に対する3Cでの放電容量の割合(百分率%)を計算することにより放電レート(%)を、それぞれ算出した。
充電レートおよび放電レートの双方がいずれもが80%以上のとき、充放電レート特性は良好であると評価することができる。
測定された充電レートおよび放電レートの値を、第1表の1にそれぞれ示した。
なお、測定条件において「1C」とは、ある一定の電気容量を有するセルを定電流放電して1時間で放電終了となる電流値のことを示す。たとえば「0.1C」とは、10時間かけて放電終了となる電流値のことであり、10Cとは0.1時間かけて放電完了となる電流値のことをいう。
【0064】
実施例2
上記実施例1の「(2)重合体Bの合成」において、重合体Aに、重合体Bを構成する単量体を吸収させる時間を十分にとらず、連続的に油溶性重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル0.5部を含有するテトラヒドロフラン溶液20mLを添加し、75℃に昇温して3時間反応を行なった以外は実施例1と同様に操作して、固形分濃度40%の水系分散体を得た。この水系分散体に2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH7.6に調整することにより、正極用バインダー組成物を得た。
この正極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例1と同様にして爾後の評価を行った。評価結果は第1表の1および第2表に示した。
【0065】
実施例3
<正極用バインダー組成物の調製>
上記実施例1の「(1)重合体Aの合成」において、単量体ガスの組成と乳化剤量を適宜に変更したほかは実施例1と同様にして、第1表の1に示す組成の重合体の微粒子を含有する水系分散体を調製し、これに水を追加することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
次いで実施例1の「(2)重合体粒子の合成」において、上記の水系分散体を固形分換算で第1表の1に記載の量だけ用い、重合体Bを構成する単量体の種類および仕込み量(部)ならびに単量体を重合体Aに吸収させる際の条件をそれぞれ第1表の1のとおりとし、さらに乳化剤の使用量を適宜変量することによって、第1表の1に記載の組成を有する重合体粒子を含有する水系分散体を得た。この分散体に2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH8.0に調整することにより、水系分散体を得た。
次いで、分散媒体としてN−メチルピロリドン(NMP)を使用して上記水系分散体の溶媒置換を行うことにより、NMP系正極用バインダー組成物を得た。このバインダー組成物中の重合体粒子は、溶媒置換後も粒子径状を保っていた。
この正極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例1と同様にして「(3)数平均粒子径R1、R2の評価」(水系分散体で実施)、「(4)THF不溶分の評価」および「(5)DSC測定」を行った。結果は第1表の1に示した。
【0066】
<活物質粒子の調製>
上記実施例1の「活物質粒子の調製」において、使用した活物質の種類およびふるいの目開きを適宜変更することにより、第1表の1に記載の粒子径(D50値)を有する活物質粒子を調製した。
<正極用スラリーの調製ならびに正極および蓄電デバイスの製造および評価>
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス(株)製、商品名「TKハイビスミックス 2P−03」)に増粘剤(商品名「CMC2200」、ダイセル化学工業(株)製)3部(固形分換算)、上記「活物質粒子の調製」で調製した活物質粒子100質量部、アセチレンブラック5部、上記「バインダー組成物の調製」で調製したバインダー組成物0.5部(固形分換算)およびNMP68部を投入し、60rpmで2時間攪拌してペーストを得た。得られたペーストにNMPを加えて固形分濃度を45%に調整した後、攪拌脱泡機((株)シンキー製、商品名「あわとり練太郎」)を使用して、200rpmで2分間、1800rpmで5分間、さらに真空下において1800rpmで1.5分間攪拌混合することにより、正極用スラリーを調製した。
上記の正極用スラリーを用いたほかは、実施例1における「正極および蓄電デバイスの製造および評価」と同様にして正極および蓄電デバイスを製造し、評価した。
評価結果は第1表に示した。
【0067】
実施例4ならびに比較例1および2
上記実施例1の「(1)重合体Aの合成」において、単量体ガスの組成と乳化剤量を適宜に変更したほかは実施例1と同様にして、第1表の1に示す組成の重合体Aの微粒子を含有する水系分散体を調製し、該水系分散体の固形分濃度に応じて水を減圧除去または追加することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
次いで実施例1の「(2)重合体粒子の合成」において、上記の水系分散体を固形分換算で第1表の1に記載の量だけ用い、重合体Bを構成する単量体の種類および仕込み量(部)ならびに単量体を重合体Aに吸収させる際の条件をそれぞれ第1表の1のとおりとし、さらに乳化剤の使用量を適宜変量することによって、第1表の1に記載の組成を有する重合体粒子を含有する水系分散体を得た。これらの水系分散体に、それぞれ2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えて第1表の1に記載のpHに調整することにより、正極用バインダー組成物をそれぞれ得た。
この正極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例1と同様にして爾後の評価を行った。評価結果は第1表の1および第2表に示した。
【0068】
II.負極への適用例
実施例5
<バインダー組成物の調製および評価>
上記実施例1の「(1)重合体Aの合成」において、単量体ガスの組成と乳化剤量を適宜に変更したほかは実施例1と同様にして、第1表の2に示す組成の重合体の微粒子を含有する水系分散体を調製し、これに水を追加することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
次いで実施例1の「(2)重合体粒子の合成」において、上記の水系分散体を固形分換算で第1表の2に記載の量だけ用い、単量体の仕込み量(部)をそれぞれ第1表の2のとおりとし、さらに乳化剤の使用量を適宜変量することによって、第1表の2に記載の組成を有する重合体粒子を含有する水系分散体を得た。この水系分散体に2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH7.1に調整することにより、負極用バインダー組成物を得た。
正極用バインダー組成物の代わりに、上記で得た負極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例1と同様にして「(3)数平均粒子径R1、R2の評価」、「(4)THF不溶分の評価」および「(5)DSC測定」を行った。結果は第1表の2に示した。
【0069】
<活物質粒子の調製>
上記実施例1の「活物質粒子の調製」において、使用した活物質の種類およびふるいの目開きを適宜変更することにより、第1表の2に記載の粒子径(D50値)を有する活物質粒子を調製した。
<負極用スラリーの調製および評価>
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス(株)製、商品名「TKハイビスミックス 2P−03」)中に、増粘剤(商品名「CMC1150」、ダイセル化学工業(株)製)0.1部(固形分換算)、負極活物質としてグラファイト100部(固形分換算)、水68部を投入し、60rpmで1時間攪拌を行った。その後、「バインダー組成物の調製」の項で調製された負極用バインダー組成物を、該組成物中に含有される重合体粒子が第1表の2に記載の量(部)となるように加え、さらに1時間攪拌しペーストを得た。得られたペーストに水を投入し、固形分を50%に調製した後、攪拌脱泡機((株)シンキー製、商品名「あわとり練太郎」)を使用して、200rpmで2分間、1800rpmで5分間、さらに真空下において1800rpmで1.5分間攪拌混合することにより、負極用スラリーを調製した。
正極用スラリーの代わりに上記で調製した負極用スラリーを用いたほかは、上記実施例1における「(2)曳糸性の評価」と同様にして曳糸性を評価した。評価結果は第1表の2に示した。
【0070】
<負極および蓄電デバイスの製造および評価>
(1)負極の製造
厚さ20μmの銅箔からなる集電体の表面に、上記で調製した負極用スラリーを、乾燥後の膜厚が150μmとなるようにドクターブレード法によって均一に塗布し、120℃で20分間乾燥した。その後、膜の密度が1.6g/cmとなるようにロールプレス機を使用してプレス加工することにより、負極を得た。
(2)負極のクラック率の評価
正極の代わりに上記で得た負極を用いたほかは、実施例1における「(2)正極のクラック率の評価」と同様に操作して、負極のクラック率を測定した。クラック率の値は第2表に示した。
【0071】
(3)正極の製造
二軸型プラネタリーミキサー(プライミクス(株)製、商品名「TKハイビスミックス 2P−03」)中に、電気化学デバイス電極用バインダー((株)クレハ製、商品名「KFポリマー#1120」)4.0部(固形分換算)、導電助剤(電気化学工業(株)製、商品名「デンカブラック50%プレス品」)3.0部、正極活物質として粒径5μmのLiCoO(ハヤシ化成(株)製)100部(固形分換算)およびN−メチルピロリドン(NMP)36部を投入し、60rpmで2時間攪拌を行った。得られたペーストにNMPを追加して固形分濃度を65%に調製した後、攪拌脱泡機((株)シンキー製、商品名「あわとり練太郎」)を使用して、200rpmで2分間、1800rpmで5分間、さらに真空下において1800rpmで1.5分間攪拌混合することにより、正極用スラリーを調製した。
厚さ30μmのアルミニウム箔からなる集電体の表面に、上記で調製した正極用スラリーを、乾燥後の膜厚が80μmとなるようにドクターブレード法によって均一に塗布し、120℃で20分間乾燥した。その後、膜(活物質層)の密度が3.0g/cmになるようにロールプレス機によりプレス加工することにより、正極を得た。
(4)蓄電デバイスの製造および評価
上記で得た負極および正極を使用したほかは、実施例1における「(5)蓄電デバイスの評価(充放電レート特性の評価)」と同様にして蓄電デバイスの製造して評価した。評価結果は第2表に示した。
【0072】
実施例6
上記実施例1の「(1)重合体Aの合成」において、単量体ガスの組成と乳化剤量を適宜に変更したほかは実施例1と同様にして、第1表の2に示す組成の重合体の微粒子を含有する水系分散体を調製し、これに水を追加することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
次いで実施例1の「(2)重合体粒子の合成」において、上記の水系分散体を固形分換算で第1表の2に記載の量だけ用い、重合体Bを構成する単量体の種類および仕込み量(部)ならびに単量体を重合体Aに吸収させる際の条件をそれぞれ第1表の2のとおりとし、さらに乳化剤の使用量を適宜変量することによって、第1表の2に記載の組成を有する重合体粒子を含有する水系分散体を得た。この水系分散体に2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH7.3に調整することにより、負極用バインダー組成物を得た。
この負極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例5と同様にして爾後の評価を行った。評価結果は第1表の2および第2表に示した。
【0073】
比較例3
上記実施例1の「(1)重合体Aの合成」において、単量体ガスの組成と乳化剤量を適宜に変更したほかは実施例1と同様にして、第1表の2に示す組成の重合体の微粒子を含有する水系分散体を調製し、これに水を追加することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
次いで実施例1の「(2)重合体粒子の合成」において、上記の水系分散体を固形分換算で第1表の2に記載の量だけ用い、重合体Bを構成する単量体の仕込み量(部)をそれぞれ第1表の2のとおりとし、乳化剤の使用量を適宜変量し、さらに重合条件を85℃、12時間とすることによって、第1表の2に記載の組成を有する重合体粒子を含有する水系分散体を得た。この水系分散体に2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH7.5に調整することにより、負極用バインダー組成物を得た。
この負極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例5と同様にして爾後の評価を行った。評価結果は第1表の2および第2表に示した。
【0074】
比較例4
上記実施例1の「(1)重合体Aの合成」において、単量体ガスの組成と乳化剤量を適宜に変更したほかは実施例1と同様にして、第1表の2に示す組成の重合体の微粒子を含有する水系分散体を調製し、これに水を追加することにより、重合体Aの微粒子を40%含有する水系分散体を得た。
容量7Lのセパラブルフラスコの内部を十分に窒素置換した後、上記で得られた重合体Aの微粒子を含有する水系分散体1,600g(重合体A換算で25部に相当)、乳化剤「アデカリアソープSR1025」(商品名、(株)ADEKA製)0.5部、メタクリル酸メチル(MMA)30部、アクリル酸2−エチルヘキシル(EHA)30部およびアクリル酸(MAA)5部ならびに水130部を順次仕込み、70℃で3時間攪拌して重合体Aに単量体を吸収させた。次いで油溶性重合開始剤であるアゾビスイソブチロニトリル0.5部を含有するテトラヒドロフラン溶液20mLを添加し、75℃に昇温して3時間反応を行った。3時間後、アクリル酸(MAA)5部を追加して、さらに85℃で2時間反応を行った。その後、冷却した後に反応を停止し、重合体粒子を40%含有する水系分散体を得た。この水系分散体に2.5N水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH7.6に調整することにより、負極用バインダー組成物を得た。
この負極用バインダー組成物を用いたほかは、実施例5と同様にして爾後の評価を行った。評価結果は第1表の2および第2表に示した。
【0075】
【表1】

【0076】
【表2】

【0077】
【表3】

【0078】
第1表の1および2における各成分の略称は、それぞれ以下の意味である。
[重合体Aの単量体]
VDF:フッ化ビニリデン
HFP:六フッ化プロピレン
TFE:四フッ化エチレン
[重合体Bの単量体]
−親水性単量体−
AA:アクリル酸
MAA:メタクリル酸
HEMA:メタクリル酸2−ヒドロキシエチル
AN:アクリロニトリル
−架橋性単量体−
AMA:メタクリル酸アリル
−不飽和カルボン酸エステル−
MMA:メタクリル酸メチル
EHA:アクリル酸2−エチルヘキシル
[ポリマーアロイであるか否か?]
○:ポリマーアロイである。
×:ポリマーアロイでない。
第1表の1および2における「−」の表記は、当該欄に該当する単量体を使用しなかったか、あるいは当該欄所定の測定を行わなかったことを示す。
【0079】
上述のとおり、重合体粒子がポリマーアロイであることは、DSCチャートから観測される吸熱ピークが1つであることから推定した。
上記実施例1および2で得られた重合体粒子のDSCチャートを図1および2にそれぞれ示した。
図2には重合体Aの溶解温度Tmと重合体Bのガラス転移温度Tgがそれぞれ観測された。
一方、図1を見ると、重合体Aの熔解温度Tmおよび重合体Bのガラス転移温度Tgはいずれも観測されず、重合体AのTmとも重合体BのTgとも異なる温度に単一の新しいガラス転移温度Tgが発生していることから、この重合体粒子はポリマーアロイであるものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体粒子および液状媒体を含有し、pHが7〜8である蓄電デバイスの電極用バインダー組成物であって、
前記重合体粒子の平均粒子径をR1とし、
前記電極用バインダー組成物に0.2N塩酸を添加して組成物のpHを5としたときの重合体粒子の平均粒子径をR2としたとき、
比R1/R2の値が1.1〜3.0であることを特徴とする、前記電極用バインダー組成物。
【請求項2】
前記フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位が、
フッ化ビニリデン、四フッ化エチレンおよび六フッ化プロピレンよりなる群から選択される少なくとも1種に由来する繰り返し単位である、請求項1に記載の電極用バインダー組成物。
【請求項3】
前記重合体粒子が、さらに、
不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位を有する、請求項1または2に記載の電極用バインダー組成物。
【請求項4】
前記重合体粒子が、
フッ素原子を有する単量体に由来する繰り返し単位を有する重合体Aと
不飽和カルボン酸エステルに由来する繰り返し単位を有する重合体Bと
からなるポリマーアロイ粒子である、請求項3に記載の電極用バインダー組成物。
【請求項5】
前記ポリマーアロイ粒子中の重合体Aの含有割合が、ポリマーアロイ粒子100質量部に対して1〜60質量部である、請求項4に記載の電極用バインダー組成物。
【請求項6】
前記重合体粒子の平均粒子径R1が50〜400nmである、請求項1に記載の電極用バインダー組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の電極用バインダー組成物を用いて製造されたことを特徴とする、蓄電デバイスの電極。
【請求項8】
請求項7に記載の電極を備えることを特徴とする、蓄電デバイス。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−84502(P2013−84502A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−224817(P2011−224817)
【出願日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】